Gröbner基底(Gröbner basis)とは、単項式順序を固定した多項式環 $k[x_1,\dots,x_n]$ のイデアル $I$ の有限部分集合 $G$ で、$I$ の元の先頭項がどれも $G$ のどれかの元の先頭項で割り切れるもののことである。$G$ で割り算すると余りが一意に定まり、所属の判定と剰余環 $k[x_1,\dots,x_n]/I$ の計算ができ、標準単項式が剰余環の基底になる。生成系が Gröbner 基底であることは $S$ 多項式の余りがすべて $0$ になることで判定でき(Buchberger の判定法)、被約 Gröbner 基底は順序ごとにただ一つある。辞書式順序の Gröbner 基底は変数の消去に使え、連立代数方程式の解法や射影閉包の計算の基本道具である。
前提知識: 多項式環, イデアル, 単項式順序, Hilbertの基底定理
Gröbner基底とは、多項式環 $k[x_1,\dots,x_n]$ のイデアル $I$ の有限部分集合 $G$ で、$I$ のどの元の先頭項も $G$ のどれかの元の先頭項で割り切れるもののことである。一変数の多項式環では、イデアルは一つの多項式で生成され、割り算の余りが $0$ かどうかで所属が判定できる。多変数では生成系を一つ選んで割り算をしても、余りが割る順番に依存し、イデアルに属する多項式の余りが $0$ にならないことさえある。Gröbner 基底は、割り算の余りが一意に定まり、所属の判定・剰余環での計算・変数の消去を機械的に行えるようにする「よい生成系」である。
この記事では単項式順序を一つ固定して Gröbner 基底を定義し、割り算アルゴリズム、余りの一意性と剰余環の基底、生成系が Gröbner 基底であるための判定法(Buchberger の判定法)、Buchberger のアルゴリズムの停止、被約 Gröbner 基底の一意性、辞書式順序による消去定理を証明する。
以下 $k$ を体、$R=k[x_1,\dots,x_n]$ とし、単項式順序 $>$ を一つ固定する。先頭項 $\operatorname{LT}$、先頭単項式 $\operatorname{LM}$、先頭係数 $\operatorname{LC}$、多重次数 $\operatorname{multideg}$ は 単項式順序 の記事の定義「先頭項と多重次数」のとおりとする。
$R$ のイデアル $I$ について、$I$ の $0$ でない元の先頭項全体で生成されるイデアル
$$
\operatorname{LT}(I):=(\operatorname{LT}(f)\mid f\in I,\ f\neq0)
$$
を $I$ の先頭項イデアルという。これは単項式順序 の記事の命題「単項式イデアル」の意味の単項式イデアルである(先頭係数は $k$ の単元なので、先頭項と先頭単項式は同じイデアルを生成する)。
$I=(f_1,\dots,f_s)$ なら $(\operatorname{LT}(f_1),\dots,\operatorname{LT}(f_s))\subset\operatorname{LT}(I)$ であるが、等号は一般には成り立たない。生成元を組み合わせると先頭項が打ち消し合い、新しい先頭項が現れるからである(ex-gb-df)。
$I\neq0$ をイデアルとする。$I$ の $0$ でない元からなる有限集合 $G=\{g_1,\dots,g_s\}$ が
$$
\operatorname{LT}(I)=(\operatorname{LT}(g_1),\dots,\operatorname{LT}(g_s))
$$
を満たすとき、$G$ を(単項式順序 $>$ に関する)$I$ の Gröbner基底(Gröbner basis)という。$I=0$ のときは空集合を Gröbner 基底とする。
Gröbner 基底は $I$ を生成する(prop-gb-generates)。「基底」という名前だが、ベクトル空間の基底のような表示の一意性はなく、イデアルの生成系の一種である。
$I$ の Gröbner 基底 $G$ が次を満たすとき、被約 Gröbner 基底という。
$0$ でない $f,g\in R$ について、$x^\gamma$ を $\operatorname{LM}(f)$ と $\operatorname{LM}(g)$ の最小公倍元とし、
$$
S(f,g):=\frac{x^\gamma}{\operatorname{LT}(f)}\,f-\frac{x^\gamma}{\operatorname{LT}(g)}\,g
$$
を $f$ と $g$ の S多項式という。右辺の 2 つの項はどちらも先頭項 $x^\gamma$ をもち、それが打ち消し合うので、$S(f,g)=0$ でなければ $\operatorname{multideg}(S(f,g))< \gamma$ である。
$n=1$ では単項式順序は次数の順だけであり、$I=(h)$ の $0$ でない元の先頭項はどれも $\operatorname{LT}(h)$ の倍数なので、$\{h\}$ が Gröbner 基底である。生成系 $\{f_1,f_2\}$ から Gröbner 基底を作る操作は、Euclid の互除法で $\gcd(f_1,f_2)$ を求める操作の一般化になる。$I$ が一次式で生成されるときは、Gröbner 基底を求める計算は連立一次方程式の掃き出し法(行基本変形による階段形)に当たり、被約 Gröbner 基底は被約階段形に当たる。
多変数で問題になるのは、生成元の倍数の和で先頭項が打ち消されることである。たとえば $y f_1-x f_2$ では $f_1,f_2$ の先頭項が消え、どちらの先頭項でも割り切れない低い次数の多項式が現れうる。S 多項式はこの打ち消しの最小単位であり、Buchberger の判定法(thm-gb-buchberger)は「S 多項式の打ち消しから新しい先頭項が生まれなければ、どんな組み合わせからも生まれない」ことを述べる。
$g_1,\dots,g_s\in R$ を $0$ でない多項式の列とする。任意の $f\in R$ は
$$
f=q_1g_1+\cdots+q_sg_s+r\qquad(q_i,r\in R)
$$
と書けて、次の 2 条件を満たすようにできる。
$q_1=\cdots=q_s=0$、$r=0$、$p=f$ から始め、$p\neq0$ の間、次の操作を繰り返す。
$x>y$ の辞書式順序で $f=x^2+x-y^2+y$ を割る。$(g_1,g_2)=(xy+1,\ x+y)$ の順では
$$
f=(-1)(xy+1)+(x+1)(x+y)+(1-y^2)
$$
で余りは $1-y^2$ であり、$(g_1,g_2)=(x+y,\ xy+1)$ の順では $f=(x-y+1)(x+y)$ で余りは $0$ である。$f\in(xy+1,x+y)$ なのに、前者の余りは $0$ でない。$\{xy+1,x+y\}$ は Gröbner 基底でなく、$x+y$ を $x\mapsto -y$ として使うと $xy+1\equiv1-y^2$ なので、$I=(xy+1,x+y)=(x+y,\ y^2-1)$ である。
$I\neq0$ をイデアルとする。
1.$f\in I$ を $G$ で割り(thm-gb-division)、$f=\sum_iq_ig_i+r$ とする。$r=f-\sum_iq_ig_i\in I$ である。$r\neq0$ なら $\operatorname{LT}(r)\in\operatorname{LT}(I)=(\operatorname{LT}(g)\mid g\in G)$ であり、単項式順序 の記事の命題「単項式イデアル」の 1 により $\operatorname{LM}(r)$ はある $\operatorname{LT}(g_i)$ で割り切れる。これは余りの条件 1 に反する。よって $r=0$、$f\in(G)$ である。
2.$\operatorname{LT}(I)$ は単項式 $\operatorname{LM}(f)$($f\in I$、$f\neq0$)で生成されるので、単項式順序 の記事の命題「単項式イデアル」の 2 により、有限個の $f_1,\dots,f_t\in I$ で $\operatorname{LT}(I)=(\operatorname{LM}(f_1),\dots,\operatorname{LM}(f_t))$ となる。$\{f_1,\dots,f_t\}$ が Gröbner 基底であり、1 により $I$ を生成する。$\square$
2 から、体上の多項式環の任意のイデアルが有限生成であること(Hilbertの基底定理の体上の場合)が、Dickson の補題だけから従う。
$G=\{g_1,\dots,g_s\}$ をイデアル $I$ の Gröbner 基底とする。
1.存在は thm-gb-division による。$G$ による余り $r$ のどの単項式も $\operatorname{LT}(g_i)$ のどれでも割り切れず、$\operatorname{LT}(I)$ は単項式イデアルなので、単項式順序 の記事の命題「単項式イデアル」の 1 により $\operatorname{LT}(I)$ に属さない。一意性:$f=h+r=h'+r'$ とすると $r-r'=h'-h\in I$ である。$r-r'\neq0$ なら $\operatorname{LM}(r-r')\in\operatorname{LT}(I)$ だが、$r-r'$ の単項式は $r$ か $r'$ の単項式なので $\operatorname{LT}(I)$ に属さない。よって $r=r'$ である。
2.$f\in I$ なら $f=f+0$ が 1 の表示なので、余りは $0$ である。逆は余りの定義から明らか。
3.1 により、$f$ の剰余類は標準単項式の $k$ 係数の和 $r$ の剰余類に等しいので、標準単項式の剰余類は $R/I$ を張る。標準単項式の $0$ でない $k$ 係数の和 $r$ が $I$ に属したとすると、$r=0+r=r+0$ が 1 の 2 通りの表示になり矛盾する。よって一次独立である。$\square$
3 により、$R/I$ の中の計算(和・積・ある元が $0$ かどうか)は、余りを標準単項式の和として計算することで機械的に行える。$\dim_kR/I$ が有限であるのは、各変数 $x_i$ のある冪が $\operatorname{LT}(I)$ に属するときに限る。そうなら標準単項式の各指数は有界であり、そうでない変数があればその冪がすべて標準単項式になるからである。
$p_1,\dots,p_m\in R$ がすべて同じ多重次数 $\delta$ をもち、$c_1,\dots,c_m\in k$ について $p=\sum_ic_ip_i$ が $0$ であるか多重次数 $< \delta$ をもつとする。このとき $p$ は $p_j/\operatorname{LC}(p_j)-p_l/\operatorname{LC}(p_l)$($j,l\le m$)の形の多項式の $k$ 係数の一次結合である。
$p'_i:=p_i/\operatorname{LC}(p_i)$、$a_i:=c_i\operatorname{LC}(p_i)$ とおくと $p=\sum_ia_ip'_i$ である。$x^\delta$ の係数を比べると $\sum_ia_i=0$ である。したがって
$$
p=a_1(p'_1-p'_2)+(a_1+a_2)(p'_2-p'_3)+\cdots+(a_1+\cdots+a_{m-1})(p'_{m-1}-p'_m)+(a_1+\cdots+a_m)p'_m
$$
の最後の項は $0$ であり、主張が従う。$\square$
$G=\{g_1,\dots,g_s\}$ を $0$ でない多項式からなる $I=(g_1,\dots,g_s)$ の生成系とする。$G$ が $I$ の Gröbner 基底であるのは、すべての $i< j$ について $S(g_i,g_j)$ の $(g_1,\dots,g_s)$ による余りが $0$ のとき、かつそのときに限る。
$G$ が Gröbner 基底なら、$S(g_i,g_j)\in I$ なので thm-gb-normal-form の 2 により余りは $0$ である。
逆を示す。$0$ でない $f\in I$ をとり、$\operatorname{LT}(f)\in(\operatorname{LT}(g_1),\dots,\operatorname{LT}(g_s))$ を示せばよい。$f=\sum_ih_ig_i$ という表示は多数あり、各表示について $\delta:=\max\{\operatorname{multideg}(h_ig_i)\mid h_ig_i\neq0\}$ を考える。単項式順序は整列順序なので、$\delta$ が最小になる表示を選べる。$\operatorname{multideg}(f)\le\delta$ である。
$\operatorname{multideg}(f)< \delta$ と仮定して矛盾を導く。$T:=\{i\mid\operatorname{multideg}(h_ig_i)=\delta\}$ とし、$\operatorname{LT}(h_i)=c_ix^{\alpha(i)}$ と書くと
$$
f=\sum_{i\in T}c_ix^{\alpha(i)}g_i+\Bigl(\sum_{i\in T}(h_i-\operatorname{LT}(h_i))g_i+\sum_{i\notin T}h_ig_i\Bigr)
$$
である。括弧の中の各項の多重次数は $\delta$ より小さく、$f$ もそうなので、$p:=\sum_{i\in T}c_ix^{\alpha(i)}g_i$ も $0$ であるか多重次数 $< \delta$ をもつ。$p_i:=x^{\alpha(i)}g_i$($i\in T$)はすべて多重次数 $\delta$ をもつので、lem-gb-cancel により $p$ は $p_j/\operatorname{LC}(p_j)-p_l/\operatorname{LC}(p_l)$($j,l\in T$)の一次結合である。$x^{\gamma}$ を $\operatorname{LM}(g_j)$ と $\operatorname{LM}(g_l)$ の最小公倍元とすると、$x^\delta$ はこの両方で割り切れるので $x^\gamma$ で割り切れ、
$$
\frac{p_j}{\operatorname{LC}(p_j)}-\frac{p_l}{\operatorname{LC}(p_l)}=\frac{x^\delta}{\operatorname{LT}(g_j)}g_j-\frac{x^\delta}{\operatorname{LT}(g_l)}g_l=x^{\delta-\gamma}S(g_j,g_l)
$$
である。仮定より $S(g_j,g_l)$ の余りは $0$ なので、thm-gb-division の 2 から $S(g_j,g_l)=\sum_ia_ig_i$、$\operatorname{multideg}(a_ig_i)\le\operatorname{multideg}(S(g_j,g_l))< \gamma$ と書ける(S 多項式が $0$ なら全部 $a_i=0$ とする)。$x^{\delta-\gamma}$ を掛けると、各項の多重次数は $< \delta$ になる。
以上をまとめると $p$ は多重次数 $< \delta$ の項 $b_ig_i$ の和であり、$f=\sum_i(b_i+h'_i)g_i$($h'_i$ は括弧の中の係数)は各項の多重次数が $< \delta$ の表示になる。これは $\delta$ の最小性に反する。よって $\operatorname{multideg}(f)=\delta$ であり、$x^\delta$ の係数を比べると
$$
\operatorname{LT}(f)=\sum_{i\in T}\operatorname{LT}(h_i)\operatorname{LT}(g_i)\in(\operatorname{LT}(g_1),\dots,\operatorname{LT}(g_s))
$$
である。$\square$
この判定法は DF04 §9.6 Proposition 26(p. 324)の形であり、BPR16 Proposition 12.1(pp. 480–481)は先頭単項式が互いに割り切らない $G$ について同じ判定を述べている。
$F=\{f_1,\dots,f_t\}$ を $0$ でない多項式の集合とする。$G:=F$ から始め、$G$ のある 2 元の S 多項式の $G$ による余り $r$ が $0$ でない限り $G\leftarrow G\cup\{r\}$ とする操作を繰り返す。この手続きは有限回で止まり、止まったときの $G$ は $(F)$ の Gröbner 基底である。
要点:加える $r$ の先頭項は $G$ のどの先頭項でも割り切れないので、単項式イデアル $(\operatorname{LT}(g)\mid g\in G)$ は操作のたびに真に大きくなる。単項式イデアルの真の増大列は無限に続かないので止まり、止まった $G$ は Buchberger の判定法を満たす。
$r$ は $G$ の元の倍数の和と S 多項式の差なので $(F)$ に属し、$G$ は常に $(F)$ を生成する。余りの条件から $\operatorname{LM}(r)$ はどの $\operatorname{LT}(g)$($g\in G$)でも割り切れず、単項式順序 の記事の命題「単項式イデアル」の 1 により $\operatorname{LT}(r)\notin J_G:=(\operatorname{LT}(g)\mid g\in G)$ である。よって操作のたびに $J_G$ は真に大きくなる。無限に続いたとすると、真の増大列 $J_1\subsetneq J_2\subsetneq\cdots$ の合併は単項式で生成されるイデアルであり、同じ命題の 2 により有限個の単項式で生成され、それらはある $J_N$ に入るので $J_N=J_{N+1}$ となって矛盾する。止まったときにはすべての S 多項式の余りが $0$ なので、thm-gb-buchberger により $G$ は $(F)$ の Gröbner 基底である。
この議論は、止まるまでの回数に上界を与えない。
$I\neq0$ をイデアルとする。単項式順序を固定すると、$I$ の被約 Gröbner 基底はただ一つ存在する。その先頭単項式の全体は、$\operatorname{LT}(I)$ に属する単項式のうち割り切りについて極小なものの全体である。
要点:$\operatorname{LT}(I)$ の極小な単項式 $m$ ごとに、$m$ からその余りを引いた $m-\bar m$ を集めると被約 Gröbner 基底になる。2 つの被約 Gröbner 基底の同じ先頭単項式をもつ元の差は、$\operatorname{LT}(I)$ に属さない単項式だけからなる $I$ の元なので $0$ である。
$M$ を $\operatorname{LT}(I)$ に属する単項式のうち割り切りについて極小なものの集合とする。$\operatorname{LT}(I)$ の単項式はどれも $M$ のある元の倍数であり、単項式順序 の記事の定理「Dickson の補題」により $M$ は有限である。
存在:Gröbner 基底 $G$ をとり(prop-gb-generates)、$m\in M$ の $G$ による余りを $\bar m$ とする。$g_m:=m-\bar m\in I$ である。thm-gb-division の 2 より $\bar m$ の単項式は $m$ 以下で、$\operatorname{LT}(I)$ に属さない(thm-gb-normal-form の 1)ので $m$ と異なり、$m$ より真に小さい。よって $\operatorname{LT}(g_m)=m$ であり、$g_m$ の他の単項式は $\operatorname{LT}(I)$ に属さないので、どの $m'\in M$ でも割り切れない。$\{g_m\mid m\in M\}$ の先頭項は $\operatorname{LT}(I)$ を生成するので、これは被約 Gröbner 基底である。
先頭単項式:被約 Gröbner 基底 $G'$ の先頭単項式どうしは互いに割り切らない(被約性の 2)。$m\in M$ はある $\operatorname{LT}(g')$($g'\in G'$)で割り切れ、$\operatorname{LT}(g')\in\operatorname{LT}(I)$ と $m$ の極小性から $m=\operatorname{LM}(g')$ である。逆に $\operatorname{LM}(g')$ を割り切る $m\in M$ をとると、$m$ もある $\operatorname{LM}(g'')$ の倍数なので $\operatorname{LM}(g'')$ が $\operatorname{LM}(g')$ を割り切り、$g''=g'$、$\operatorname{LM}(g')=m$ である。
一意性:$G',G''$ を被約 Gröbner 基底とすると、先頭単項式はどちらも $M$ である。$m\in M$ を先頭単項式とする $g'\in G'$、$g''\in G''$ について、$g'-g''\in I$ で $m$ は打ち消し合い、残る単項式は $M$ のどの元でも割り切れないので $\operatorname{LT}(I)$ に属さない。$g'-g''\neq0$ ならその先頭単項式は $\operatorname{LT}(I)$ に属するはずなので、$g'=g''$ である。
DF04 §9.6 Theorem 27(p. 326)は同じ主張を、極小 Gröbner 基底の先頭項が一意であること(同節 Exercise 15、p. 332)を使って示している。2 つのイデアルが等しいかどうかは、被約 Gröbner 基底を比べれば判定できる。
$G$ を、辞書式順序 $x_1>\cdots>x_n$ に関するイデアル $I$ の Gröbner 基底とし、$0\le i< n$ とする。このとき $G_i:=G\cap k[x_{i+1},\dots,x_n]$ は、$k[x_{i+1},\dots,x_n]$ の辞書式順序 $x_{i+1}>\cdots>x_n$ に関する第 $i$ 消去イデアル $I_i:=I\cap k[x_{i+1},\dots,x_n]$ の Gröbner 基底である。とくに $I_i=0$ であるのは $G_i=\emptyset$ のときに限る。
$G_i\subset I_i$ である。$0$ でない $f\in I_i$ をとる。$\operatorname{LT}(f)\in\operatorname{LT}(I)$ なので、単項式順序 の記事の命題「単項式イデアル」の 1 により、ある $g\in G$ の $\operatorname{LM}(g)$ が $\operatorname{LM}(f)$ を割り切る。$\operatorname{LM}(f)$ には $x_1,\dots,x_i$ が現れないので $\operatorname{LM}(g)$ にも現れず、単項式順序 の記事の命題「消去の性質と次数の性質」の 1 により $g\in k[x_{i+1},\dots,x_n]$、すなわち $g\in G_i$ である。$k[x_{i+1},\dots,x_n]$ の辞書式順序は $k[x_1,\dots,x_n]$ の辞書式順序の制限なので、先頭項は同じであり、$\operatorname{LT}(I_i)$ は $G_i$ の先頭項で生成される。$I_i\neq0$ なら $\operatorname{LT}(I_i)\neq0$ なので $G_i\neq\emptyset$ である。$\square$
連立方程式 $f_1=\cdots=f_s=0$ を解くとき、辞書式順序の Gröbner 基底を求めると、最後の変数だけの多項式、最後の 2 変数の多項式、… が順に得られ、変数を一つずつ消去して解ける。
$x>y$ の辞書式順序で、$f_1=x^3y-xy^2+1$、$f_2=x^2y^2-y^3-1$、$I=(f_1,f_2)$ とする。$\operatorname{LT}(f_1)=x^3y$、$\operatorname{LT}(f_2)=x^2y^2$ の最小公倍元は $x^3y^2$ であり、
$$
S(f_1,f_2)=yf_1-xf_2=x+y\in I
$$
の先頭項 $x$ は $\operatorname{LT}(f_1),\operatorname{LT}(f_2)$ のどちらでも割り切れない。よって $\{f_1,f_2\}$ は Gröbner 基底でない。$x+y$ を法として $x\equiv-y$ を代入すると $f_1\equiv-(y^4-y^3-1)$、$f_2\equiv y^4-y^3-1$ なので
$$
I=(x+y,\ y^4-y^3-1)
$$
である。$g_1=x+y$、$g_2=y^4-y^3-1$ について $S(g_1,g_2)=y^4g_1-xg_2=xy^3+x+y^5$ を $(g_1,g_2)$ で割ると、$xy^3+x+y^5-y^3g_1-g_1-yg_2=0$ で余りは $0$ である。thm-gb-buchberger により $\{x+y,\ y^4-y^3-1\}$ は $I$ の Gröbner 基底であり、被約でもある。thm-gb-normal-form の 3 により $k[x,y]/I$ は $1,y,y^2,y^3$ を基底とする $4$ 次元の空間である。$y>x$ の辞書式順序では、同じ $I$ の被約 Gröbner 基底は $\{y+x,\ x^4+x^3-1\}$ になる。
$I=(y-x^2,\ z-x^3)\subset k[x,y,z]$ を考える。辞書式順序 $z>y>x$ では $\{z-x^3,\ y-x^2\}$ が Gröbner 基底であり(S 多項式 $-x^3y+x^2z$ の余りは $0$)、$k[x]$ に属する元がないので $I\cap k[x]=0$ である。辞書式順序 $x>y>z$ では被約 Gröbner 基底は
$$
\{x^2-y,\ xy-z,\ xz-y^2,\ y^3-z^2\}
$$
であり、thm-gb-elimination より $I\cap k[y,z]=(y^3-z^2)$ である。曲線 $t\mapsto(t,t^2,t^3)$ の $(y,z)$ 平面への射影は尖点のある曲線 $y^3=z^2$ に含まれる。次数つき逆辞書式順序 $x>y>z$ では被約 Gröbner 基底は $\{x^2-y,\ xy-z,\ y^2-xz\}$ であり、これを斉次化すると射影閉包の定義イデアルが得られる(射影閉包 の定理「Gröbner基底の斉次化」)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $\operatorname{LT}(I)$ が $G$ の先頭項で生成される | $x>y$ の辞書式順序、$G=\{xy+1,\ x+y\}$ は $I$ を生成するが Gröbner 基底でない | 余りの一意性と所属判定(thm-gb-normal-form):$f=x^2+x-y^2+y\in I$ の余りが $1-y^2$ になりうる(ex-gb-division-order) |
| 順序の整列性 | $n=1$、$1>x>x^2>\cdots$ で $1$ を $1-x$ で割る | 割り算アルゴリズムの停止(thm-gb-division) |
| 消去定理の辞書式順序 | 次数つき逆辞書式順序 $x>y$、$I=(x-y^2,\ x^2-1)$ | 消去(thm-gb-elimination):被約 Gröbner 基底 $\{x^2-1,\ y^2-x\}$ は $k[y]$ の元を含まないが $y^4-1\in I\cap k[y]$ |
| 係数が体 | $\mathbb{Z}[x]$ で $f=x$ を $g=2x$ で割る | 割り算:体上では先頭項で割り切れることと先頭単項式で割り切れることは同じだが、$\mathbb{Z}$ 上では違う。余りの単項式が先頭単項式 $x$ で割り切れないことを求めると、$x=q\cdot2x+r$ で $r$ は定数になり、$x-r\in2x\,\mathbb{Z}[x]$ となって不可能 |
3 行目では $y^4-1=(y^2-x)(y^2+x)+(x^2-1)\in I$ である。同じイデアルの辞書式順序 $x>y$ での被約 Gröbner 基底は $\{x-y^2,\ y^4-1\}$ であり、消去定理のとおり $I\cap k[y]=(y^4-1)$ を与える。
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