コホモロジー環

同義語:cohomology ring

概要

コホモロジー環(cohomology ring)とは、空間 $X$ の係数 $R$ のコホモロジー群の直和 $H^*(X;R)=\bigoplus_nH^n(X;R)$ にカップ積を積として入れた次数付き可換 $R$ 代数である。連続写像は環準同型を誘導し、ホモトピー同値な空間の環は同型なので、コホモロジー群が同じ空間を積で区別でき、写像の存在も制限される。たとえば $\mathbb{RP}^n$ の $\mathbb Z/2$ 係数の環が $\alpha^{n+1}=0$ で切れていることから、$m>n$ なら奇写像 $S^m\to S^n$ がないこと、さらに Borsuk–Ulam の定理が出る。Hopf 不変量はカップ積の平方で定まり、奇数次元では次数付き可換性により $0$ になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: カップ積, 特異コホモロジー, 次数付き環

空間 $X$ の各次数のコホモロジー群 $H^n(X;R)$ を、カップ積で掛け合わせられるものとしてまとめたものが コホモロジー環(cohomology ring)$H^*(X;R)$ である。コホモロジー群だけを見ていると同じに見える空間が、積を見ると区別できる。連続写像は環準同型を誘導するので、「環準同型として存在できるか」という代数の問いが、写像の存在を制限する。たとえば実射影空間のコホモロジー環から、球面の間の奇写像の非存在、さらに Borsuk–Ulam の定理が出る。
カップ積の定義と、積が双線形・結合的・次数付き可換であることの証明は カップ積 にある。この記事では、コホモロジー環を代数的な対象として定義し、代表的な空間の環を表にまとめ、環の構造を使う議論を 3 つ完全に証明する。実射影空間の間の写像の制限(とその帰結としての Borsuk–Ulam の定理)、Hopf 不変量の奇数次元での消滅、$\mathbb{RP}^3$ と $\mathbb{RP}^2\vee S^3$ の区別である。代数幾何学の Chow環 は、部分多様体の交わりを積とするコホモロジー環の類似物である。

定義

以下、$R$ は単位元をもつ可換環とし、$H^n(X;R)$ は $R$ 係数の特異コホモロジーを表す。

次数付き可換 $R$ 代数

$R$ 加群の直和 $A=\bigoplus_{n\ge0}A^n$ に、結合的で単位元 $1\in A^0$ をもつ $R$ 双線形な積が入っていて、$A^kA^\ell\subset A^{k+\ell}$ をみたすとき、$A$ を次数付き $R$ 代数という。$A^n$ の元を次数 $n$ の斉次元といい、次数を $|a|$ と書く。さらに斉次元について
$$ ab=(-1)^{|a||b|}\,ba $$
が成り立つとき、$A$ を次数付き可換(graded commutative)という。

次数付き可換性は「可換」とは違う。次数が奇数の元どうしは反可換であり、とくに $|a|$ が奇数なら $2a^2=0$ である。$R$ で $2$ が可逆なら $a^2=0$ となるが、$R=\mathbb Z/2$ では符号が意味をもたず、次数付き可換は可換と同じことになる。

コホモロジー環

位相空間 $X$ について、$R$ 加群の直和
$$ H^*(X;R):=\bigoplus_{n\ge0}H^n(X;R) $$
にカップ積 $\smile$ を積として入れた次数付き $R$ 代数を、$X$ の $R$ 係数のコホモロジー環という。連続写像 $f\colon X\to Y$ は引き戻し $f^*\colon H^*(Y;R)\to H^*(X;R)$ を誘導する。

コホモロジー環の基本性質
  1. $H^*(X;R)$ は単位元 $1\in H^0(X;R)$ をもつ次数付き可換 $R$ 代数である。
  2. 連続写像 $f\colon X\to Y$ について $f^*$ は単位元を保つ次数付き環準同型であり、$(g\circ f)^*=f^*\circ g^*$、$\mathrm{id}^*=\mathrm{id}$ が成り立つ。
  3. ホモトピックな写像は同じ $f^*$ を誘導する。とくにホモトピー同値な空間のコホモロジー環は次数付き $R$ 代数として同型である。
基本性質の証明の所在

1 の環の構造と 2・3 は カップ積 の定理「コホモロジー環」で、次数付き可換性は同記事の定理「次数付き可換性」で扱われている(Hat02 Proposition 3.10・Theorem 3.11, p. 210)。この記事では証明しない。

積の空間のコホモロジー環は、各因子の環から作れることが多い。射影を $p_1\colon X\times Y\to X$、$p_2\colon X\times Y\to Y$ とし、$a\in H^*(X;R)$、$b\in H^*(Y;R)$ についてクロス積を
$$ a\times b:=p_1^*a\smile p_2^*b\in H^*(X\times Y;R) $$
で定める。次数付き代数のテンソル積 $A\otimes_RB$ には、斉次元について $(a\otimes b)(c\otimes d):=(-1)^{|b||c|}ac\otimes bd$ で積を入れる。

Künneth の定理(環の形)

$X,Y$ を CW複体とし、すべての $k$ について $H^k(Y;R)$ が有限生成自由 $R$ 加群であるとする。このとき $a\otimes b\mapsto a\times b$ は次数付き $R$ 代数の同型
$$ H^*(X;R)\otimes_RH^*(Y;R)\xrightarrow{\ \cong\ }H^*(X\times Y;R) $$
を与える(Hat02 Theorem 3.15, p. 216。この記事では証明しない。Künnethの公式 も参照)。

有限生成自由という仮定は外せない(ex-cr-counterexamples の 1)。

代表的なコホモロジー環

空間係数コホモロジー環所在
球面 $S^n$($n\ge1$)$R$$R[u]/(u^2)$、$\lvert u\rvert=n$カップ積 の例「代表的なコホモロジー環」
トーラス $T^n$$R$外積代数 $\Lambda_R[\alpha_1,\dots,\alpha_n]$、$\lvert\alpha_i\rvert=1$Hat02 Example 3.16, p. 216
種数 $g$ の向き付け可能な閉曲面 $M_g$$\mathbb Z$$1$、$\alpha_i,\beta_i$(次数 $1$)、$\omega$(次数 $2$)を基底とし、$\alpha_i\beta_i=\omega=-\beta_i\alpha_i$、ほかの次数 $1$ どうしの積は $0$Hat02 Example 3.7, pp. 207–208
実射影空間 $\mathbb{RP}^n$$\mathbb Z/2$$(\mathbb Z/2)[\alpha]/(\alpha^{n+1})$、$\lvert\alpha\rvert=1$Hat02 Theorem 3.19, p. 220
複素射影空間 $\mathbb{CP}^n$$\mathbb Z$$\mathbb Z[\alpha]/(\alpha^{n+1})$、$\lvert\alpha\rvert=2$Hat02 Theorem 3.19, p. 220
四元数射影空間 $\mathbb{HP}^n$$\mathbb Z$$\mathbb Z[\alpha]/(\alpha^{n+1})$、$\lvert\alpha\rvert=4$Hat02 p. 222
八元数射影平面 $\mathbb{OP}^2$$\mathbb Z$$\mathbb Z[\alpha]/(\alpha^3)$、$\lvert\alpha\rvert=8$Hat02 §4.B, p. 427
$S^k\times S^\ell$($k,\ell\ge1$)$R$$1,a,b,ab$ を基底とし $a^2=b^2=0$、$\lvert a\rvert=k$、$\lvert b\rvert=\ell$thm-cr-kunneth と球面の行

$\mathbb{RP}^n$ の係数を $\mathbb Z/2$ にするのは、次数 $1$ の元 $\alpha$ の平方が $0$ でないためで、$\mathbb Z$ 係数の多項式環では次数付き可換性と両立しない。$n\ge3$ の $\mathbb{OP}^n$ は射影空間と同じ方法では作れず(Hat02 p. 379)、整数係数のコホモロジー環が $\mathbb Z[\alpha]/(\alpha^{n+1})$($\lvert\alpha\rvert=8$、$n\ge3$)となる空間も存在しない(同 p. 498)。表の最後の行で、$ab=(-1)^{k\ell}ba$ である。

実射影空間の間の写像

コホモロジー環の構造は、写像の存在を制限する。$\mathbb{RP}^n$ の $\mathbb Z/2$ 係数のコホモロジー環は $\alpha^{n+1}=0$ で切れているので、$\alpha^{n+1}\neq0$ となる高い次元の射影空間から、次数 $1$ で $0$ でない写像は作れない。

射影空間の間の写像

$m>n\ge1$ とする。任意の連続写像 $g\colon\mathbb{RP}^m\to\mathbb{RP}^n$ について、$g^*\colon H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb Z/2)\to H^1(\mathbb{RP}^m;\mathbb Z/2)$ は零写像である。

平方の冪を比べる

$H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb Z/2)$、$H^1(\mathbb{RP}^m;\mathbb Z/2)$ の生成元をそれぞれ $\beta$、$\alpha$ とする(表の行から、どちらも $\mathbb Z/2$ である)。$g^*\beta=c\alpha$($c\in\mathbb Z/2$)と書く。$\beta^{n+1}\in H^{n+1}(\mathbb{RP}^n;\mathbb Z/2)=0$ であり、$g^*$ は環準同型なので
$$ 0=g^*(\beta^{n+1})=(g^*\beta)^{n+1}=c^{n+1}\alpha^{n+1}=c\,\alpha^{n+1} $$
である($\mathbb Z/2$ では $c^{n+1}=c$)。$n+1\le m$ なので、$H^*(\mathbb{RP}^m;\mathbb Z/2)=(\mathbb Z/2)[\alpha]/(\alpha^{m+1})$ において $\alpha^{n+1}\neq0$ である。よって $c=0$、すなわち $g^*\beta=0$ である。$\blacksquare$

球面 $S^m\subset\mathbb R^{m+1}$ の上の写像 $f\colon S^m\to S^n$ が $f(-x)=-f(x)$ をみたすとき、$f$ を奇写像という。$p_m\colon S^m\to\mathbb{RP}^m$ を対蹠点を同一視する 2 重被覆とする(実射影空間、被覆空間)。

奇写像の非存在

$m>n\ge1$ なら、連続な奇写像 $S^m\to S^n$ は存在しない。

2 重被覆の持ち上げで $H^1$ の類を作る

連続な奇写像 $f\colon S^m\to S^n$ があったとする。$f$ は対蹠点の組を対蹠点の組に移すので、$g\circ p_m=p_n\circ f$ をみたす写像 $g\colon\mathbb{RP}^m\to\mathbb{RP}^n$ が定まり、商位相の性質から連続である。
点 $x\in S^m$ を固定し、$y:=f(x)\in S^n$、$\bar y:=p_n(y)$ とおく。$\bar y$ を基点とする $\mathbb{RP}^n$ の閉路 $\delta$ に対して、$y$ から出る持ち上げ $\tilde\delta$($p_n\circ\tilde\delta=\delta$ をみたす道。$p_n$ が被覆写像なのでただ 1 つある)の終点は $y$ か $-y$ である。終点が $y$ なら $\varphi(\delta):=0$、$-y$ なら $\varphi(\delta):=1\in\mathbb Z/2$ とおく。持ち上げは閉路のホモトピーについて不変なので(Hat02 Proposition 1.30, p. 60)、$\varphi$ は $\pi_1(\mathbb{RP}^n,\bar y)$ 上の写像である。対蹠写像 $x\mapsto-x$ は $p_n$ と可換なので、$-y$ から出る持ち上げは $y$ から出る持ち上げの対蹠である。したがって閉路の積 $\delta_1\cdot\delta_2$ の $y$ から出る持ち上げは、$\delta_1$ の持ち上げで $\pm y$ に着いたあと $\delta_2$ の持ち上げ(またはその対蹠)をたどり、$\varphi(\delta_1\cdot\delta_2)=\varphi(\delta_1)+\varphi(\delta_2)$ となる。よって $\varphi$ は群準同型 $\pi_1(\mathbb{RP}^n,\bar y)\to\mathbb Z/2$ である。$\mathbb Z/2$ は可換なので、$\varphi$ は $H_1(\mathbb{RP}^n;\mathbb Z)=\pi_1(\mathbb{RP}^n)^{\mathrm{ab}}$ からの準同型 $\bar\varphi$ を誘導する(Hat02 Theorem 2A.1, p. 166)。普遍係数定理により、評価写像 $H^1(Z;\mathbb Z/2)\to\operatorname{Hom}(H_1(Z;\mathbb Z),\mathbb Z/2)$ は弧状連結な空間 $Z$ について同型であり、連続写像と可換である(普遍係数定理、Hat02 Theorem 3.2, p. 195。$H_0(Z;\mathbb Z)$ は自由なので Ext の項は消える)。$\bar\varphi$ に対応する類を $w\in H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb Z/2)$ とする。
$S^m$ の中の $x$ から $-x$ への道 $\sigma$ を選ぶ($m\ge1$ なので $S^m$ は弧状連結)。$\gamma:=p_m\circ\sigma$ は $\mathbb{RP}^m$ の閉路で、$g\circ\gamma=p_n\circ(f\circ\sigma)$ である。$f\circ\sigma$ は $y$ から $f(-x)=-y$ への道なので、$g\circ\gamma$ の $y$ から出る持ち上げの終点は $-y$ であり、$\varphi(g\circ\gamma)=1$ となる。評価写像が連続写像と可換であることから、$g^*w$ は $[\gamma]\in H_1(\mathbb{RP}^m;\mathbb Z)$ で値 $\bar\varphi(g_*[\gamma])=\varphi(g\circ\gamma)=1$ をとる。よって $g^*w\neq0$ であり、thm-cr-rp-maps に反する。$\blacksquare$

Borsuk–Ulam の定理

$n\ge1$ とする。任意の連続写像 $h\colon S^n\to\mathbb R^n$ について、$h(x)=h(-x)$ をみたす $x\in S^n$ が存在する。

奇写像に直す

すべての $x$ で $h(x)\neq h(-x)$ と仮定し、$k(x):=\bigl(h(x)-h(-x)\bigr)/\lvert h(x)-h(-x)\rvert$ とおく。$k\colon S^n\to S^{n-1}$ は連続な奇写像である。$n\ge2$ なら、$m=n>n-1\ge1$ なので cor-cr-odd-maps に反する。$n=1$ なら $S^0=\{\pm1\}$ は離散で $S^1$ は連結なので $k$ は定値であり、$k(-x)=-k(x)$ に反する。$\blacksquare$

Borsuk–Ulamの定理 の記事は $n=1,2$ を初等的に証明し、一般の $n$ を引用している。上の証明は一般の $n$ を、$\mathbb{RP}^m$ のコホモロジー環の構造だけから導く。

Hopf 不変量

$n\ge2$ とし、連続写像 $f\colon S^{2n-1}\to S^n$ に沿って $S^n$ に $2n$ 次元の胞体を貼った空間を $C_f:=S^n\cup_fD^{2n}$ とする。$C_f$ は次元 $0,n,2n$ に 1 つずつ胞体をもつ CW複体で、$n\ge2$ なら隣り合う次元に胞体がないので、胞体コホモロジーの余境界はすべて $0$ である。よって $H^n(C_f;\mathbb Z)\cong\mathbb Z$、$H^{2n}(C_f;\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ であり、ほかの正の次数は $0$ である。

Hopf 不変量

上の状況で $H^n(C_f;\mathbb Z)$、$H^{2n}(C_f;\mathbb Z)$ の生成元 $a$、$b$ をとると、ある整数 $H(f)$ によって
$$ a\smile a=H(f)\,b $$
と書ける。$H(f)$ を $f$ の Hopf 不変量(Hopf invariant)という。$a$ を $-a$ に替えても $a\smile a$ は変わらないので、$H(f)$ は $b$ の選び方による符号を除いて決まる。

$C_f$ のホモトピー型は $f$ のホモトピー類だけで決まるので、$H(f)$(の絶対値)は $f$ のホモトピー類の不変量である(Hat02 §4.B, p. 427)。

奇数次元での消滅

$n\ge3$ が奇数なら、任意の $f\colon S^{2n-1}\to S^n$ について $H(f)=0$ である。

次数付き可換性

$|a|=n$ は奇数なので、thm-cr-basic の 1(次数付き可換性)により $a\smile a=(-1)^{n\cdot n}a\smile a=-a\smile a$、すなわち $2(a\smile a)=0$ である。$a\smile a$ は捩れのない群 $H^{2n}(C_f;\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ の元なので $a\smile a=0$ であり、$H(f)=0$ である。$\blacksquare$

Hopf 不変量の計算
  1. $f$ が定値写像なら、$C_f$ は $S^n\vee S^{2n}$ である。$a$ の $S^{2n}$ への制限は $H^n(S^{2n};\mathbb Z)=0$ の元、$a\smile a$ の $S^n$ への制限は $H^{2n}(S^n;\mathbb Z)=0$ の元なので、カップ積 の命題「一点和のカップ積」により $a\smile a=0$、$H(f)=0$ である。
  2. Hopf 写像 $\eta\colon S^3\to S^2$(Hopf写像)は $\mathbb{CP}^2$ の 4 胞体の貼り付け写像であり、$C_\eta=\mathbb{CP}^2$ である(Hat02 Example 4.45, p. 377 と p. 427)。表の $H^*(\mathbb{CP}^2;\mathbb Z)=\mathbb Z[\alpha]/(\alpha^3)$ により $\alpha^2$ は $H^4$ の生成元なので、$H(\eta)=\pm1$ である。
  3. 同様に、四元数射影平面 $\mathbb{HP}^2$ と 八元数射影平面 $\mathbb{OP}^2$ の最上次の胞体の貼り付け写像 $S^7\to S^4$、$S^{15}\to S^8$ は Hopf 不変量 $\pm1$ をもつ(Hat02 p. 427)。
    Hopf 不変量 $\pm1$ の写像 $S^{2n-1}\to S^n$ が存在するのは $n=2,4,8$ に限る(Adams の定理。Hat02 §4.B, p. 427。この記事では証明しない)。その帰結として、$\mathbb R^n$ が(単位元を仮定しない)多元体の構造をもつのは $n=1,2,4,8$ に限り、$S^n$ が H 空間(両側の単位元をもつ連続な乗法 $S^n\times S^n\to S^n$ が入る空間。単位元の条件はホモトピーを除いてでよい。Hat02 §3.C, p. 281)になるのは $n=0,1,3,7$ に限る(同 pp. 427–428)。thm-cr-hopf-odd は奇数の $n$ をこの定理より先に除外する。

環の構造で空間を区別する

カップ積 の系「コホモロジー群が同じで環が異なる空間」は、トーラスと $S^1\vee S^1\vee S^2$、$\mathbb{CP}^2$ と $S^2\vee S^4$ を整数係数の環で区別した。係数を $\mathbb Z/2$ にとると、次数 $1$ の元の冪も使える。

$\mathbb{RP}^3$ と $\mathbb{RP}^2\vee S^3$

$\mathbb{RP}^3$ と $W:=\mathbb{RP}^2\vee S^3$ は、$\mathbb Z/2$ 係数のコホモロジー群が各次数で同型だが、ホモトピー同値でない。

次数 1 の元の 3 乗を比べる

係数はすべて $\mathbb Z/2$ とする。表により $H^k(\mathbb{RP}^3)\cong\mathbb Z/2$($0\le k\le3$)である。$W$ は CW 複体 $\mathbb{RP}^2$ と $S^3$ の 0 胞体での一点和なので、カップ積 の命題「一点和のカップ積」により、正の次数 $k$ で $H^k(W)\cong H^k(\mathbb{RP}^2)\oplus H^k(S^3)$ であり、積は成分ごとに計算される。よって $H^k(W)\cong\mathbb Z/2$($0\le k\le3$)で、群は同型である。
$H^1(W)$ の $0$ でない元 $w$ は、$\mathbb{RP}^2$ への制限が生成元 $\alpha_2$、$S^3$ への制限が $0$ である。$w^3$ の制限は $\alpha_2^3\in H^3(\mathbb{RP}^2)=0$ と $0$ なので、$w^3=0$ である。一方 $H^1(\mathbb{RP}^3)$ の生成元 $\alpha$ は $\alpha^3\neq0$ をみたす。ホモトピー同値 $h\colon W\to\mathbb{RP}^3$ があれば、$h^*$ は環同型で(thm-cr-basic の 3)、$H^1$ の $0$ でない元どうしを対応させるので $h^*\alpha=w$ であり、$h^*(\alpha^3)=w^3=0$ となって $h^*$ の単射性に反する。$\blacksquare$

係数の取り替え

整数係数の環から $\mathbb Z/m$ 係数の環が決まるのは、ホモロジー群に捩れがない場合である。係数の準同型 $\mathbb Z\to\mathbb Z/m$ は余鎖の写像 $C^*(X;\mathbb Z)\to C^*(X;\mathbb Z/m)$ を誘導し、カップ積は単体の前後の面での値の積なので、この写像は余鎖のレベルでカップ積を保つ。よってコホモロジーに環準同型 $H^*(X;\mathbb Z)\to H^*(X;\mathbb Z/m)$ が誘導され、像は $m$ 倍で消えるので、環準同型
$$ \rho\colon H^*(X;\mathbb Z)\otimes\mathbb Z/m\longrightarrow H^*(X;\mathbb Z/m) $$
を得る(左辺は環 $H^*(X;\mathbb Z)/mH^*(X;\mathbb Z)$ と同じである)。

捩れのない場合の係数の取り替え

$m\ge2$ とし、すべての $n$ について $H_n(X;\mathbb Z)$ が自由アーベル群であるとする。このとき $\rho$ は次数付き環の同型である。

評価写像で直積に直す

アーベル群 $G$ について、評価写像 $H^n(X;G)\to\operatorname{Hom}(H_n(X;\mathbb Z),G)$ は、$H_{n-1}(X;\mathbb Z)$ が自由なので普遍係数定理の Ext の項が消えて同型であり(Hat02 Theorem 3.2, p. 195)、係数の準同型と可換である。$H_n(X;\mathbb Z)$ の基底を $(c_s)_{s\in S}$ とすると、$\operatorname{Hom}(H_n(X;\mathbb Z),G)\cong\prod_{s\in S}G$ である。したがって $\rho$ の次数 $n$ の部分は、成分ごとの還元が誘導する写像
$$ \Bigl(\prod_{s\in S}\mathbb Z\Bigr)\Big/m\Bigl(\prod_{s\in S}\mathbb Z\Bigr)\longrightarrow\prod_{s\in S}\mathbb Z/m $$
と同一視される。$m\prod_s\mathbb Z=\prod_sm\mathbb Z$ なので、これは同型である。$\rho$ は環準同型なので、次数付き環の同型である。$\blacksquare$

たとえば $\mathbb{CP}^n$ のホモロジー群は自由なので、$H^*(\mathbb{CP}^n;\mathbb Z/m)\cong(\mathbb Z/m)[\alpha]/(\alpha^{n+1})$ である。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
$H^k(Y;R)$ が有限生成自由であること(thm-cr-kunneth)可算無限個の点からなる離散空間 $X=Y=\mathbb N$、$R=\mathbb Z$クロス積 $H^*(X)\otimes H^*(Y)\to H^*(X\times Y)$ が同型であること
$H_n(X;\mathbb Z)$ が自由であること(prop-cr-coefficients)$X=\mathbb{RP}^2$、$m=2$$\rho\colon H^*(X;\mathbb Z)\otimes\mathbb Z/2\to H^*(X;\mathbb Z/2)$ が同型であること
空間の単連結性(Whiteheadの定理 のホモロジー版)非輪状な 2 次元 CW 複体 $X$ から 1 点への写像ホモロジーの同型(したがって任意の係数のコホモロジー環の同型)を誘導する写像がホモトピー同値であること
反例の確かめ
  1. 離散空間 $S$ の整数係数コホモロジーは $H^0(S;\mathbb Z)=\mathbb Z^S$($S$ 上の整数値関数)だけで、正の次数は $0$ である。$X\times Y=\mathbb N\times\mathbb N$ も離散で、$0$ 次のカップ積は値の積なので、$a\times b$ は関数 $(s,t)\mapsto a(s)b(t)$ である。テンソル積の元 $\sum_{i=1}^ra_i\otimes b_i$ の像を $\mathbb N\times\mathbb N$ 上の無限行列 $(\sum_ia_i(s)b_i(t))_{s,t}$ とみると、その左上の $N\times N$ の部分は有理数体上の階数が $r$ 以下である。単位行列にあたる関数 $\delta(s,t)$($s=t$ で $1$、ほかで $0$)は、左上の $N\times N$ の部分の階数が $N$ なので、どの $r$ でも像に入らない。よってクロス積は全射でない。
  2. $H_*(\mathbb{RP}^2;\mathbb Z)$ は次数 $0,1,2$ で $\mathbb Z,\mathbb Z/2,0$ であり、$H_1$ が自由でない。普遍係数定理から $H^1(\mathbb{RP}^2;\mathbb Z)=\operatorname{Hom}(\mathbb Z/2,\mathbb Z)=0$ なので、$\rho$ の左辺の次数 $1$ の部分は $0$ だが、右辺は $H^1(\mathbb{RP}^2;\mathbb Z/2)\cong\mathbb Z/2$ である。
  3. Hat02 Example 2.38(p. 142)の 2 次元 CW 複体 $X$ は、すべての被約ホモロジー群が $0$ で(非輪状)、基本群が位数 $60$ の群(正二十面体の回転群)への全射をもつ。普遍係数定理により被約コホモロジーも任意の係数で $0$ なので、$X$ から 1 点への写像は任意の係数のコホモロジー環の同型を誘導する。しかし $\pi_1(X)\neq1$ なので $X$ は可縮でない。単連結な CW 複体の間の写像なら、ホモロジーの同型を誘導すればホモトピー同値である(Hat02 Corollary 4.33, p. 367)が、この例はその単連結性の仮定を外したものである(同 p. 368 の注意)。

補足

ほかのコホモロジー環

可微分多様体 $M$ の de Rham コホモロジーは、微分形式の外積で次数付き可換環になり、de Rhamの定理 により $H^*(M;\mathbb R)$ と次数付き環として同型である(de Rhamコホモロジー)。代数多様体の Chow環 は、サイクルを一般の位置に動かして交わらせる積をもち、複素数体上ではサイクル類写像が Chow 環の積とカップ積を両立させる(Chow環 の記事の直感の節)。特性類の関係式も、旗多様体 の定理「旗多様体のコホモロジー環」のように、コホモロジー環の中の等式として述べられる。コホモロジー環が同型な空間をさらに区別するには、Steenrod平方 のようなコホモロジー作用素を使う。

文献

コホモロジー環の基本性質は Hat02 §3.2(Proposition 3.10・Theorem 3.11, p. 210)、Künneth の定理は Theorem 3.15(p. 216)、射影空間の環は Theorem 3.19(p. 220)、Hopf 不変量と Adams の定理は §4.B(p. 427)にある。thm-cr-rp-maps・cor-cr-odd-maps・thm-cr-rp3・prop-cr-coefficients と ex-cr-counterexamples の 1 の証明は、この記事で組み立てたものである。

関連項目

参考文献

[1]
Allen Hatcher, Algebraic Topology, Cambridge University Press, 2002, Proposition 1.30(p. 60)、Example 2.38(p. 142、非輪状空間)、Theorem 2A.1(p. 166)、Theorem 3.2(p. 195、普遍係数定理)、Example 3.7(pp. 207–208、閉曲面)、Proposition 3.10・Theorem 3.11(p. 210)、p. 222(四元数射影空間)、Theorem 3.15・Example 3.16(p. 216、Künneth の定理)、Theorem 3.19(p. 220、射影空間)、§3.C(p. 281、H 空間)、Corollary 4.33(p. 367)と p. 368 の注意、Example 4.45(p. 377)、p. 379(八元数射影平面)、p. 498(八元数射影空間の非存在)、§4.B(pp. 427–428、Hopf 不変量と Adams の定理)

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