Sardの定理(Sard's theorem)とは、開集合 $U\subset\mathbb{R}^m$ から $\mathbb{R}^n$ への $C^\infty$ 級写像の臨界値、すなわち微分が全射でない点の像の全体が測度零集合であるという定理である。多様体の間の滑らかな写像についても同じことが成り立ち、正則値は稠密に存在する。臨界点の集合そのものは大きくてもよいが、その像は必ず小さい。滑らかさを $C^1$ 級に下げると成り立たない例(Whitney の関数)があり、正則値の逆像が部分多様体になることから、この定理は埋め込み定理や横断性の議論の基礎になる。
前提知識: Lebesgue測度, 逆関数定理, 可微分多様体
滑らかな写像 $f\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ の微分 $Df(x)$ が全射でない点 $x$ を臨界点、その像 $f(x)$ を臨界値という。臨界値でない点 $y$ では、逆像 $f^{-1}(y)$ が $m-n$ 次元の滑らかな部分多様体になる(または空になる)ので、臨界値は「逆像の形が崩れうる値」である。Sard の定理(Sard's theorem)は、滑らかな写像の臨界値の集合が測度零であること、つまり「ほとんどすべての値は臨界値でない」ことを主張する。臨界点の集合そのものは大きくてもよい(定数写像ではすべての点が臨界点である)が、その像は必ず小さい。
この定理によって、「ほとんどすべての値 $y$ について」「ほとんどすべての方向について」といった形で、都合のよい値や向きを選べるようになる。Whitney の埋め込み定理・はめ込み定理の証明で次元の低い多様体からの写像の像を避けるとき、横断性定理で写像を少し動かして交わり方をよくするとき、写像度を定義するときに、この定理が使われる。
この記事では、$\mathbb{R}^n$ と多様体の上の測度零集合を定義してその基本性質を示し、$C^\infty$ 級写像についての Sard の定理を証明する。証明は Pontryagin と Milnor の方法による(Nic26 定理 2.1.18 の証明が同じ方法をとる)。
以下、$\mathbb{R}^n$ の点 $x=(x_1,\dots,x_n)$ に $\lvert x\rvert_\infty:=\max_i\lvert x_i\rvert$ を用いる。辺が座標軸に平行で 1 辺の長さが $s$ の閉立方体 $\prod_{i=1}^n[a_i,a_i+s]$ を単に立方体と呼び、その体積を $s^n$ とする。中心 $c$、1 辺 $2r$ の立方体は $\{x\mid\lvert x-c\rvert_\infty\le r\}$ である。
$A\subset\mathbb{R}^n$ が測度零(measure zero)であるとは、任意の $\varepsilon>0$ に対し、可算個の立方体 $Q_1,Q_2,\ldots$ で $A\subset\bigcup_kQ_k$ かつ $\sum_k\operatorname{vol}(Q_k)<\varepsilon$ となるものがあることをいう。測度零の集合を測度零集合または零集合という。
$A$ が測度零であることは、Lebesgue 外測度が $\lambda_n^*(A)=0$ であること、つまり $A$ が $n$ 次元 Lebesgue 測度の零集合であることと同値である(Lebesgue測度の記事の節「Euclid 空間の Lebesgue 測度」は、開いた直方体による被覆で外測度を定める)。
立方体 $Q$ の体積が $s^n$ なら、$Q$ は体積 $(s+\delta)^n$ の開いた直方体に含まれ、$\delta$ はいくらでも小さくとれる。逆に、辺の長さ $\ell_1,\dots,\ell_n$ の開いた直方体は、1 辺 $t$ の立方体 $\prod_i\lceil\ell_i/t\rceil$ 個で覆え、その体積の和 $\prod_i\lceil\ell_i/t\rceil t$ は $t\to0$ で $\prod_i\ell_i$ に近づく。よって被覆に使う図形を立方体にしても開いた直方体にしても、体積の和の下限が $0$ かどうかは変わらない。
測度零集合は、$C^1$ 級写像で写しても測度零のままである。これが多様体の上で測度零集合を定義できる理由であり、Sard の定理の証明でもくり返し使う。
$U\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{R}^n$ を $C^1$ 級写像とする。$A\subset U$ が測度零ならば、$f(A)$ も測度零である。
要点:$U$ を可算個の立方体の和に書き、各立方体の上では平均値の定理により $\lvert f(y)-f(x)\rvert_\infty\le nM\lvert y-x\rvert_\infty$($M$ は偏微分係数の絶対値の最大値)となることを使って、小さい立方体の像を 1 辺が $nM$ 倍程度の立方体で覆う。
$U$ は、$U$ に含まれる可算個の立方体の和である(有理数の座標をもつ点を中心とし、有理数の長さの辺をもつ立方体で $U$ に含まれるものを考えればよい)。測度零集合の可算個の和は測度零なので、$U$ に含まれる 1 つの立方体 $Q$ について $f(A\cap Q)$ が測度零であることを示せばよい。
$M:=\max_{i,j}\max_{z\in Q}\lvert\partial f_i/\partial x_j(z)\rvert$ とおく(連続関数のコンパクト集合上の最大値)。$x,y\in Q$ なら、線分 $[x,y]$ は $Q$ に含まれ($Q$ は凸)、1 変数の関数 $t\mapsto f_i(x+t(y-x))$ に平均値の定理(平均値の定理)を使うと、ある $z\in[x,y]$ で$$\lvert f_i(y)-f_i(x)\rvert=\Bigl\lvert\sum_{j=1}^n\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(z)(y_j-x_j)\Bigr\rvert\le nM\lvert y-x\rvert_\infty$$である。よって $\lvert f(y)-f(x)\rvert_\infty\le nM\lvert y-x\rvert_\infty$ である。
$\varepsilon>0$ に対し、$A\cap Q$ を体積の和が $\varepsilon$ 未満の立方体 $C_1,C_2,\ldots$(1 辺 $s_k$)で覆う。$C_k\cap Q\ne\emptyset$ なら点 $x_k\in C_k\cap Q$ を選ぶと、$y\in C_k\cap Q$ について $\lvert y-x_k\rvert_\infty\le s_k$ なので $\lvert f(y)-f(x_k)\rvert_\infty\le nMs_k$ であり、$f(C_k\cap Q)$ は中心 $f(x_k)$、1 辺 $2nMs_k$ の立方体に含まれる。これらの立方体は $f(A\cap Q)$ を覆い、体積の和は $(2nM)^n\sum_ks_k^n<(2nM)^n\varepsilon$ である。$\varepsilon$ は任意なので $f(A\cap Q)$ は測度零である。$\square$
同じ主張は Leb26 命題 10.3.10 にもある。連続なだけの写像はこの性質をもたない(下の節「反例」)。
$m< n$ とし、$U\subset\mathbb{R}^m$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{R}^n$ を $C^1$ 級写像とする。このとき $f(U)$ は $\mathbb{R}^n$ の測度零集合である。
$\tilde U:=U\times\mathbb{R}^{n-m}$ は $\mathbb{R}^n$ の開集合であり、$F(x,z):=f(x)$ で定めた $F\colon\tilde U\to\mathbb{R}^n$ は $C^1$ 級である。$U\times\{0\}$ は超平面 $\{x_n=0\}$ に含まれるので、lem-sard-hyperplane の 1 により測度零である。lem-sard-c1-null により $f(U)=F(U\times\{0\})$ は測度零である。$\square$
以下、多様体は Hausdorff かつ第 2 可算な $C^\infty$ 級多様体(可微分多様体)とする。$n$ 次元多様体 $N$ の局所座標 $(V,\psi)$ とは、開集合 $V\subset N$ から $\mathbb{R}^n$ の開集合への同相写像 $\psi$ で、$N$ の $C^\infty$ 級構造の極大アトラスに属するものをいう。
$n$ 次元多様体 $N$ の部分集合 $A$ が測度零であるとは、$N$ のすべての局所座標 $(V,\psi)$ について、$\psi(A\cap V)$ が $\mathbb{R}^n$ の測度零集合であることをいう。
$N$ が $\mathbb{R}^n$ の開集合のときは、恒等写像も局所座標なので、この定義は def-sard-null と一致する(逆向きは、局所座標 $\psi$ が $\mathbb{R}^n$ の開集合の間の微分同相写像であることと lem-sard-c1-null による)。「すべての局所座標」を確かめる必要はなく、覆う局所座標があれば十分である。
$A\subset N$ とし、局所座標の族 $(V_i,\psi_i)_{i\in I}$ で $A\subset\bigcup_iV_i$ かつすべての $i$ について $\psi_i(A\cap V_i)$ が測度零となるものがあるとする。このとき $A$ は測度零である。とくに、測度零集合の可算個の和は測度零であり、測度零集合の補集合は $N$ で稠密である。
要点:任意の局所座標の中で、Lindelöf 性により可算個の $V_i$ を選び、座標変換で測度零集合を写す(lem-sard-c1-null)。
局所座標 $(V,\psi)$ を任意にとる。開集合 $W:=\bigcup_i(V\cap V_i)$ は $A\cap V$ を含み、第 2 可算空間の部分空間なので第 2 可算であり、Lindelöf 空間である(Lindelöf空間)。よって $W$ の開被覆 $(V\cap V_i)_{i\in I}$ から可算個 $V\cap V_{i_1},V\cap V_{i_2},\ldots$ を選んで $W$ を覆える。座標変換 $\psi\circ\psi_{i_k}^{-1}\colon\psi_{i_k}(V\cap V_{i_k})\to\psi(V\cap V_{i_k})$ は $\mathbb{R}^n$ の開集合の間の $C^\infty$ 級写像なので、lem-sard-c1-null により$$\psi(A\cap V\cap V_{i_k})=\psi\circ\psi_{i_k}^{-1}\bigl(\psi_{i_k}(A\cap V\cap V_{i_k})\bigr)$$は測度零であり、その可算個の和 $\psi(A\cap V)$ も測度零である。
可算個の和については、$\psi\bigl((\bigcup_jA_j)\cap V\bigr)=\bigcup_j\psi(A_j\cap V)$ である。稠密性については、空でない開集合 $W\subset N$ と $W$ の点を含む局所座標 $(V,\psi)$ をとると、$\psi(W\cap V)$ は空でない開集合なので lem-sard-hyperplane の 2 により測度零でなく、$W$ は測度零集合に含まれない。$\square$
多様体の上では Lebesgue 測度そのものは定まらない(局所座標のとり方で体積が変わる)が、「測度零であること」は局所座標のとり方によらずに定まる。
$U\subset\mathbb{R}^m$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{R}^n$ を $C^1$ 級写像とする。点 $x\in U$ で微分 $Df(x)\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ が全射でない、すなわち Jacobi 行列の階数が $n$ 未満であるとき、$x$ を $f$ の臨界点(critical point)という。臨界点全体を $C_f$ と書き、その像 $f(C_f)$ の元を臨界値(critical value)という。$\mathbb{R}^n$ の点で臨界値でないものを正則値(regular value)という。
多様体の間の $C^\infty$ 級写像 $F\colon M\to N$($\dim M=m$、$\dim N=n$)については、点 $p\in M$ が $F$ の臨界点であるとは、$p$ を含む局所座標 $(U,\varphi)$ と $F(p)$ を含む局所座標 $(V,\psi)$ による局所表示 $\psi\circ F\circ\varphi^{-1}$ の $\varphi(p)$ における Jacobi 行列の階数が $n$ 未満であることをいう。臨界値・正則値も同様に定める。
多様体の場合の定義は局所座標のとり方によらない。局所座標を取り替えると、局所表示の Jacobi 行列には座標変換の Jacobi 行列(正則行列)が左右から掛かり、正則行列を掛けても階数は変わらないからである。$p$ が臨界点であることは、微分 $dF_p\colon T_pM\to T_{F(p)}N$ が全射でないことと同じである(接空間の記事の命題「微分の局所座標表示」)。
次の 3 点に注意する。
$U\subset\mathbb{R}^m$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{R}^n$ を $C^\infty$ 級写像とする。このとき $f$ の臨界値の集合 $f(C_f)$ は $\mathbb{R}^n$ の測度零集合である。
定理が主張するのは臨界値の集合 $f(C_f)$ が小さいことであり、臨界点の集合 $C_f$ 自体は大きくてもよい(たとえば定数写像では $C_f=U$ である)。測度零集合の補集合は稠密なので、正則値は $\mathbb{R}^n$ の中に稠密に存在する。正則値 $y$ の逆像 $f^{-1}(y)$ は部分多様体になるため、この定理は横断性の議論や埋め込み定理の出発点として使われる。滑らかさの仮定は本質的で、$C^1$ 級まで下げると主張は成り立たない。
$m< n$ の場合は lem-sard-low-dim に含まれる。$m\ge n$ の場合の証明の鍵は、臨界点を「どの階数の偏微分まで消えているか」で分けることである。$k\ge1$ について
$$
C_k:=\{x\in U\mid f\text{ の }1\text{ 階から }k\text{ 階までのすべての偏微分係数が }x\text{ で }0\}
$$
とおく。$C_1$ は $Df(x)=0$ となる点の集合であり、$C_f\supset C_1\supset C_2\supset\cdots$ である。偏微分係数は連続なので、$C_f$ と各 $C_k$ は $U$ の閉集合である($C_f$ は、$n$ 次の小行列式がすべて $0$ になる点の集合である)。高い階数まで偏微分が消える点では $f$ がほとんど動かないので、その像は小さい。これを次の補題で数値的に評価する。
$U\subset\mathbb{R}^m$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{R}^n$ を $C^\infty$ 級写像とし、$k$ を $n(k+1)>m$ をみたす正の整数とする。このとき $f(C_k)$ は測度零である。
$U$ は $U$ に含まれる可算個の立方体の和なので、$U$ に含まれる立方体 $Q$(1 辺 $\delta$)について $f(C_k\cap Q)$ が測度零であることを示せばよい。
Taylor の定理による評価.ある定数 $c$ があって、$x\in C_k\cap Q$、$y\in Q$ ならば
$$
\lvert f(y)-f(x)\rvert_\infty\le c\,\lvert y-x\rvert_\infty^{k+1}
$$
が成り立つ。
$h:=y-x$、$\phi(t):=f_i(x+th)$($0\le t\le1$、線分は凸な $Q$ に含まれる)とおくと、$\phi^{(j)}(t)=\sum_{l_1,\dots,l_j}\partial_{l_1}\cdots\partial_{l_j}f_i(x+th)\,h_{l_1}\cdots h_{l_j}$ であり、$x\in C_k$ なので $1\le j\le k$ で $\phi^{(j)}(0)=0$ である。Lagrange 剰余つきの Taylor の定理(Taylorの定理の記事の定理「Lagrange剰余つきのTaylorの定理」)により、ある $\theta\in(0,1)$ で $\phi(1)-\phi(0)=\phi^{(k+1)}(\theta)/(k+1)!$ である。$K$ を $k+1$ 階のすべての偏導関数 $\partial_{l_1}\cdots\partial_{l_{k+1}}f_i$ の $Q$ 上の絶対値の最大値とすると、和の項は $m^{k+1}$ 個なので $\lvert\phi^{(k+1)}(\theta)\rvert\le m^{k+1}K\lvert h\rvert_\infty^{k+1}$ である。よって $c:=m^{k+1}K/(k+1)!$ とおけばよい。
$m$ についての帰納法で、「すべての $n\ge1$、すべての開集合 $U\subset\mathbb{R}^m$、すべての $C^\infty$ 級写像 $f\colon U\to\mathbb{R}^n$ について $f(C_f)$ は測度零」を示す。$m< n$ の場合は lem-sard-low-dim で示したので、$m\ge n\ge1$ とし、$m-1$ 次元では主張が成り立つとする($m=0$ なら $n\ge1>m$ なので、帰納法の出発点は $m< n$ の場合に含まれる)。
$n\ge1$ より $n(m+1)>m$ なので、lem-sard-flat-points を $k=m$ に使うと $f(C_m)$ は測度零である。
$$
C_f=(C_f\setminus C_1)\cup(C_1\setminus C_2)\cup\cdots\cup(C_{m-1}\setminus C_m)\cup C_m
$$
なので、次の 2 つを示せばよい。
段 1:$f(C_f\setminus C_1)$ は測度零である。 $n=1$ なら臨界点は $Df=0$ となる点なので $C_f=C_1$ であり、示すことはない。$n\ge2$ とし、$\bar x\in C_f\setminus C_1$ をとる。$Df(\bar x)\ne0$ なので、ある偏微分係数 $\partial f_i/\partial x_j(\bar x)$ が $0$ でない。座標の番号を付け替えて(座標の置換は測度零集合と臨界点を保つ)、$\partial f_1/\partial x_1(\bar x)\ne0$ としてよい。
$$
h(x):=\bigl(f_1(x),x_2,\dots,x_m\bigr)
$$
とおくと、$Dh(\bar x)$ の行列式は $\partial f_1/\partial x_1(\bar x)\ne0$ なので、逆関数定理の記事の定理「逆関数定理」により、$\bar x$ の開近傍 $V\subset U$ で $h\colon V\to V':=h(V)$ が $C^\infty$ 級の微分同相写像となるものがある。$g:=f\circ h^{-1}\colon V'\to\mathbb{R}^n$ とおくと、$f_1(h^{-1}(t,w))=t$ なので、$(t,w)\in V'$($t\in\mathbb{R}$、$w\in\mathbb{R}^{m-1}$)について
$$
g(t,w)=\bigl(t,\ g^t(w)\bigr),\qquad g^t(w)\in\mathbb{R}^{n-1}
$$
の形である。ここで $g^t$ は開集合 $V'_t:=\{w\mid(t,w)\in V'\}\subset\mathbb{R}^{m-1}$ 上の $C^\infty$ 級写像である。
$Dg(h(x))=Df(x)\,Dh(x)^{-1}$ で $Dh(x)$ は正則なので、$x\in V$ が $f$ の臨界点であることと $h(x)$ が $g$ の臨界点であることは同値である。また $g$ の Jacobi 行列は
$$
Dg(t,w)=\begin{pmatrix}1&0\\ *&Dg^t(w)\end{pmatrix}
$$
の形なので、$\operatorname{rank}Dg(t,w)=1+\operatorname{rank}Dg^t(w)$ であり、$(t,w)$ が $g$ の臨界点であることは $w$ が $g^t$ の臨界点であることと同値である。帰納法の仮定($m-1$ 次元、値域 $\mathbb{R}^{n-1}$、$n-1\ge1$)により、各 $t$ について $g^t(C_{g^t})$ は $\mathbb{R}^{n-1}$ の測度零集合である。
$\bar x$ を内部に含むコンパクトな立方体 $K\subset V$ をとり、$S:=f(C_f\cap K)$ とおく。$C_f\cap K$ はコンパクトなので $S$ はコンパクトであり、とくに Borel 集合である。$S=g\bigl(h(C_f\cap K)\bigr)$ で $h(C_f\cap K)\subset C_g$ なので、$\mathbb{R}\times\mathbb{R}^{n-1}$ の切り口について
$$
S_t:=\{z\in\mathbb{R}^{n-1}\mid(t,z)\in S\}\subset g^t(C_{g^t})
$$
であり、すべての $t$ で $S_t$ は測度零である。Fubiniの定理の記事の系「Euclid空間の零集合と切り口」($p=1$、$q=n-1$)により、$S$ は $\mathbb{R}^n$ の測度零集合である。
$C_f\setminus C_1$ の各点についてこのような $K$ をとると、それらの内部は $C_f\setminus C_1$ を覆う。$\mathbb{R}^m$ の部分集合は Lindelöf 空間である(Lindelöf空間の記事の系「実数空間の部分空間」)から、可算個の $K_1,K_2,\ldots$ で $C_f\setminus C_1$ が覆える。よって $f(C_f\setminus C_1)\subset\bigcup_if(C_f\cap K_i)$ は測度零である。
段 2:$1\le k\le m-1$ について $f(C_k\setminus C_{k+1})$ は測度零である。 $\bar x\in C_k\setminus C_{k+1}$ をとる。$k+1$ 階のある偏微分係数が $\bar x$ で $0$ でないので、ある $k$ 階の偏導関数 $u:=\partial_{l_1}\cdots\partial_{l_k}f_i$ と番号 $s$ で $\partial u/\partial x_s(\bar x)\neq0$ となる。番号を付け替えて $s=1$ とする。$u$ は $C_k$ の上で $0$ である。
$$
h(x):=\bigl(u(x),x_2,\dots,x_m\bigr)
$$
は段 1 と同様に $\bar x$ の開近傍 $V$ から $V'$ への $C^\infty$ 級微分同相写像であり、$h(C_k\cap V)\subset\{0\}\times\mathbb{R}^{m-1}$ である。$V'_0:=\{v\in\mathbb{R}^{m-1}\mid(0,v)\in V'\}$ とおき、
$$
\bar g\colon V'_0\to\mathbb{R}^n,\qquad\bar g(v):=f\bigl(h^{-1}(0,v)\bigr)
$$
を考える。$x\in C_k\cap V$、$h(x)=(0,v)$ なら、$k\ge1$ より $Df(x)=0$ なので、連鎖律により $D\bar g(v)=0$ であり、$v$ は $\bar g$ の臨界点である。よって
$$
f(C_k\cap V)\subset\bar g(C_{\bar g})
$$
であり、帰納法の仮定($m-1$ 次元、値域 $\mathbb{R}^n$)により右辺は測度零である。段 1 と同様に可算個の $V$ で $C_k\setminus C_{k+1}$ を覆えば、$f(C_k\setminus C_{k+1})$ は測度零である。
以上から $f(C_f)$ は測度零集合の有限個の和なので、測度零である。$\square$
段 1 は「$f$ の 1 つの成分を座標に選ぶと、問題が 1 次元低い写像の族に分かれる」こと、段 2 は「高い階数の偏微分が消える点は超曲面 $\{u=0\}$ に乗る」ことを使っている。段 1 で切り口ごとの情報を集めて全体の測度を得るところに Fubini の定理が必要になる。段 2 の帰納法の仮定は、$m-1< n$ のときには lem-sard-low-dim に当たる。
$M$、$N$ を多様体、$F\colon M\to N$ を $C^\infty$ 級写像とする。このとき $F$ の臨界値の集合は $N$ の測度零集合であり、$F$ の正則値の集合は $N$ で稠密である。
$M$ は第 2 可算なので、可算個の局所座標 $(U_i,\varphi_i)$ で覆える。$N$ の局所座標 $(V,\psi)$ を任意にとり、$F_i:=\psi\circ F\circ\varphi_i^{-1}$ を開集合 $\varphi_i(U_i\cap F^{-1}(V))\subset\mathbb{R}^m$ の上の局所表示とする。臨界点の定義から、$p\in U_i\cap F^{-1}(V)$ が $F$ の臨界点であることは $\varphi_i(p)$ が $F_i$ の臨界点であることと同値なので、
$$
\psi\bigl(F(C_F)\cap V\bigr)=\bigcup_iF_i(C_{F_i})
$$
である。thm-sard-main により右辺の各項は測度零なので、左辺も測度零である。$(V,\psi)$ は任意なので $F(C_F)$ は測度零であり、prop-sard-manifold-null によりその補集合である正則値の集合は稠密である。$\square$
$f(x)=x^3-3x$($\mathbb{R}\to\mathbb{R}$)では $f'(x)=3(x^2-1)$ なので、臨界点は $x=\pm1$、臨界値は $f(1)=-2$ と $f(-1)=2$ の 2 つである。$-2< y<2$ なら $f^{-1}(y)$ は 3 点、$\lvert y\rvert>2$ なら 1 点であり、逆像の点の個数は臨界値のところでだけ変わる。$y=2$ の逆像は $\{-1,2\}$ で、$x=-1$ で $f$ は $2$ に接しているだけで横切らない。
$f(x,y)=x^2+y^2$ の臨界点は $Df=(2x,2y)=0$ となる原点だけで、臨界値は $0$ だけである。正則値 $c>0$ の逆像は半径 $\sqrt c$ の円(1 次元の部分多様体)、正則値 $c<0$ の逆像は空集合であり、臨界値 $0$ の逆像は 1 点に退化している。
定数写像 $f\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ では $Df=0$ なので、すべての点が臨界点であり、臨界点の集合 $\mathbb{R}^m$ は測度零でない。しかし臨界値は 1 点だけである。Sard の定理は臨界「値」についての定理であり、臨界「点」の集合については何も主張しない。$f(x,y)=x^2$ でも、臨界点の集合は $y$ 軸全体、臨界値は $0$ だけである。
$\gamma(t)=(\cos t,\sin t)$($\mathbb{R}\to\mathbb{R}^2$)では $m=1< n=2$ なので、すべての点が臨界点であり、臨界値の集合は単位円である。単位円は測度零(lem-sard-low-dim)で、正則値は単位円に乗らない点(円の内側の点と外側の点)、つまり逆像が空になる点である。次元の低い空間からの写像については、Sard の定理は「像が小さい」ことを述べている。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $C^\infty$ 級($C^1$ 級にとどめる、$m=2$、$n=1$) | Whitney の関数 | 臨界値の集合が測度零 |
| 微分可能性(連続写像にとどめる、$m=1$、$n=2$) | 空間充填曲線 $[0,1]\to[0,1]^2$ | 次元の低い空間からの写像の像が測度零 |
| 主張の対象を臨界値から臨界点に替える | 定数写像 | 臨界点の集合が測度零 |
thm-sard-main は $C^\infty$ 級を仮定したが、実際には $m\ge n$ のとき、$f\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ が $C^{m-n+1}$ 級であれば臨界値の集合は測度零である。これは Morse(1939)と Sard(1942)の論文による古典的な結果として知られている(AFG18 序文とその文献 [24]・[31]、Fer22 序文。どちらも定義域の次元を $n$、値域の次元を $m$ と書いて「$C^{n-m+1}$ 級」と述べている)。$m< n$ の場合に $C^1$ 級で十分なことは lem-sard-low-dim で示した。上の Whitney の関数は、$m=2$、$n=1$ で $k=m-n+1=2$ を $k=1$ に下げられないことを示している。さらに、$C^{m-n}$ 級で $m-n$ 階の偏導関数が Lipschitz 連続であれば十分であること(Bates, 1993)が Fer22 序文で紹介されている。この節の主張はこの記事では証明しない。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する