永田の例(無限次元のNoether環)

同義語:Nagataの例(無限次元のNoether環)Nagata's example of a Noetherian ring of infinite dimension

概要

永田の例(無限次元のNoether環)(Nagata's example of a Noetherian ring of infinite dimension)とは、体 $k$ 上の可算無限変数の多項式環の変数を大きさ $1,2,3,\dots$ の組に分け、各組の変数で生成される素イデアル $\mathfrak p_i$ の和集合の補集合で局所化して得られる環 $B$ である。$B$ は Noether 整域で、その極大イデアルはちょうど $\mathfrak p_i$ から来るものであり、そこでの局所環は $i$ 次元の正則局所環である。Noether 局所環の次元はつねに有限なのに、$B$ の Krull 次元は無限大になる。Noether 性は、局所環がすべて Noether で零でない元が有限個の極大イデアルにしか入らない環は Noether という判定法による。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Krull次元, Noether環, 局所化, 素イデアル回避

Noether環の局所環は、Krull の標高定理によりすべて有限次元である(Krull次元 の定理「Noether環の次元」)。それならば Noether 環そのものの次元も有限だろうか。答えは否であり、その例を与えたのが永田雅宜(Masayoshi Nagata)である。永田の例は、可算無限個の変数の多項式環を、大きさがしだいに増える変数の組ごとに局所化して作る Noether 整域で、各極大イデアルでの局所環の次元は有限だが、その上限が無限大になる。
この記事では永田の例を定義し、それが Noether 環であること、極大イデアルが何であるか、各局所環の次元を完全に証明する。証明の鍵は二つあり、一つは「局所的に Noether で、零でない元が有限個の極大イデアルにしか入らない環は Noether」という判定法、もう一つは無限個の素イデアルの和集合についての回避の議論である。

定義

この記事では、環は単位元をもつ可換環とする。$k$ を体とし、$A=k[x_1,x_2,\dots]$ を可算無限個の変数の多項式環とする。

永田の例

自然数 $i\ge1$ について $m_i=i(i-1)/2$ とおき、$i$ 番目の変数の組を $X_i=\{x_{m_i+1},\dots,x_{m_i+i}\}$($i$ 個の変数)とする。$X_1,X_2,\dots$ は互いに交わらず、すべての変数を尽くす。
$$ \mathfrak p_i:=(x_{m_i+1},\dots,x_{m_i+i})\subset A,\qquad S:=A\setminus\bigcup_{i\ge1}\mathfrak p_i $$
とおき、局所化 $B:=S^{-1}A$ を永田の例(Nagata's example)という。

$A/\mathfrak p_i$ は $X_i$ 以外の変数の多項式環で整域なので、各 $\mathfrak p_i$ は素イデアルである。従って $S$ は $1$ を含み積で閉じ($s,t\notin\mathfrak p_i$ なら $st\notin\mathfrak p_i$)、$0\notin S$ である。$B$ は整域 $A$ の分数体の部分環なので整域である。
組の大きさ $1,2,3,\dots$ は一例で、大きさの列が上に有界でなければ同じ議論が通る(AM69 では組の大きさが真に増える列を使う)。

永田の例の性質

$B$ を永田の例とする。

  1. $B$ の極大イデアルはちょうど $\mathfrak m_i:=S^{-1}\mathfrak p_i$($i\ge1$)であり、$B_{\mathfrak m_i}$ は $i$ 次元の正則局所環である。とくに $\operatorname{ht}\mathfrak m_i=i$ である。
  2. $B$ は Noether 環である。
  3. $\dim B=\infty$ である。
証明の構成

1 は lem-nagata-avoidance と lem-nagata-local-ring から、2 は 1 と判定法 thm-nagata-noether-criterion から従う(prf-nagata-example)。3 は 1 から直ちに従う。

Noether性の局所的な判定法

有限指標による Noether 性の判定

環 $R$ が次の二条件を満たせば、$R$ は Noether 環である。

  1. すべての極大イデアル $\mathfrak n$ について、局所化 $R_{\mathfrak n}$ は Noether 環である。
  2. $0$ でない元 $a\in R$ を含む極大イデアルは有限個しかない。

$R$ の任意のイデアル $I$ が有限生成であることを示す。$I=0$ なら明らかなので、$0$ でない $a\in I$ を取る。条件 2 により、$a$ を含む極大イデアルは有限個で、それを $\mathfrak n_1,\dots,\mathfrak n_r$ とする。
条件 1 により $IR_{\mathfrak n_l}$ は有限生成なので、各 $l$ について $I$ の有限個の元で、その像が $IR_{\mathfrak n_l}$ を生成するものを選べる(生成元 $b/s$ の分母は $R_{\mathfrak n_l}$ の単元なので、分子 $b\in I$ だけで生成される)。これらすべてと $a$ で生成される $I$ の部分イデアルを $J$ とする。$J$ は有限生成で、すべての極大イデアル $\mathfrak n$ について $JR_{\mathfrak n}=IR_{\mathfrak n}$ である。実際、$\mathfrak n=\mathfrak n_l$ なら選び方による。それ以外の $\mathfrak n$ では $a\notin\mathfrak n$ なので $a$ は $R_{\mathfrak n}$ の単元であり、$JR_{\mathfrak n}=IR_{\mathfrak n}=R_{\mathfrak n}$ である。
$I=J$ を示す。$I/J$ に $0$ でない元 $u$ があれば、その零化イデアル $\operatorname{Ann}(u)$ は真のイデアルなので、ある極大イデアル $\mathfrak n$ に含まれる。$u$ の $(I/J)_{\mathfrak n}$ での像が $0$ なら、ある $s\notin\mathfrak n$ で $su=0$ となり、$s\in\operatorname{Ann}(u)\subset\mathfrak n$ に矛盾する。従って $(I/J)_{\mathfrak n}\ne0$ である。一方、局所化は完全なので $(I/J)_{\mathfrak n}=IR_{\mathfrak n}/JR_{\mathfrak n}=0$ であり、矛盾する。よって $I=J$ は有限生成である。$\square$

条件 2 は「有限指標」とよばれる。条件 1 だけでは足りないことは、後の反例の表で見る。

永田の例の素イデアル

$A$ の多項式 $f$ は有限個の変数しか含まないので、有限個の組の変数しか使わない。$f\in\mathfrak p_i$ であることは、$f$ の $X_i$ の変数をすべて $0$ に置き換えると $0$ になることと同値である($A/\mathfrak p_i$ への像が $0$)。$f$ が $X_i$ の変数を使わなければ、置き換えても $f$ は変わらない。従って次が成り立つ。

  • (有限指標) $0$ でない $f\in A$ を含む $\mathfrak p_i$ は有限個である。
無限個の素イデアルの和集合の回避

$A$ のイデアル $I$ が $\bigcup_{i\ge1}\mathfrak p_i$ に含まれるなら、ある $i$ について $I\subset\mathfrak p_i$ である。

$I\ne0$ で、どの $\mathfrak p_i$ にも含まれないと仮定して矛盾を導く。$0$ でない $f\in I$ を取る。有限指標により $f$ を含む $\mathfrak p_i$ は有限個で、それを $\mathfrak p_{i_1},\dots,\mathfrak p_{i_s}$ とする。$I$ はこの有限個のどれにも含まれないので、有限個の素イデアルの回避(素イデアル回避)により、どの $\mathfrak p_{i_j}$ にも入らない $g\in I$ がある($s=0$ なら $g=f$ とする)。
$f$ にも $g$ にも現れない組 $X_c$ を選び、その変数 $t\in X_c$ を一つ取って $h:=f+tg\in I$ とおく。$h$ がどの $\mathfrak p_i$ にも入らないことを、組 $X_i$ の変数を $0$ にした像 $\bar h=\bar f+\bar t\,\bar g$ で確かめる。

  • $i=c$ のとき:$f,g$ は $X_c$ の変数を使わないので $\bar f=f$、$\bar g=g$、$\bar t=0$ であり、$\bar h=f\ne0$ である。
  • $i=i_j$ のとき:$\bar f=0$、$\bar g\ne0$($g\notin\mathfrak p_{i_j}$)、$\bar t=t$ なので $\bar h=t\bar g\ne0$ である。
  • それ以外の $i$ のとき:$f\notin\mathfrak p_i$ なので $\bar f\ne0$ である。$\bar f$ と $\bar g$ は変数 $t$ を含まないので、$t$ についての次数を見ると、$\bar f$ は次数 $0$ の $0$ でない元、$t\bar g$ は次数 $1$ 以上の項だけからなる。従って $\bar h\ne0$ である。
    よって $h\in I$ はどの $\mathfrak p_i$ にも入らず、$I\subset\bigcup_i\mathfrak p_i$ に反する。$\square$

有限個の素イデアルについての回避は任意の環で成り立つが、無限個では一般に成り立たない。ここでは組の変数が互いに独立であることと、まだ使っていない組の変数 $t$ がいつでも残っていることを使った。

極大イデアルでの局所環

$C_i$ を $X_i$ 以外のすべての変数の多項式環、$K_i$ をその分数体とし、$X_i$ の変数を $y_1,\dots,y_i$ と書く。このとき
$$ B_{\mathfrak m_i}\cong A_{\mathfrak p_i}\cong K_i[y_1,\dots,y_i]_{(y_1,\dots,y_i)} $$
であり、これは $i$ 次元の正則局所環である。

$S\subset A\setminus\mathfrak p_i$ なので、局所化を二段に分けて $B_{\mathfrak m_i}=(S^{-1}A)_{S^{-1}\mathfrak p_i}\cong A_{\mathfrak p_i}$ である。$A=C_i[y_1,\dots,y_i]$ であり、$C_i\setminus\{0\}$ の元は $\mathfrak p_i$ に入らない($y$ を $0$ にしても変わらない)。そこでまず $C_i\setminus\{0\}$ で局所化すると $K_i[y_1,\dots,y_i]$ になり、$\mathfrak p_i$ は $(y_1,\dots,y_i)$ に移るので、$A_{\mathfrak p_i}\cong K_i[y]_{(y)}$ である。
$D:=K_i[y]_{(y)}$ は体上の有限変数多項式環の局所化なので Noether 局所環であり(Hilbertの基底定理、局所化)、極大イデアルは $i$ 個の元 $y_1,\dots,y_i$ で生成される。従って $\dim D\le i$ である(パラメータ系 の補題「極大根基の生成元数による次元上界」)。一方 $D/(y_1,\dots,y_j)D$ は $K_i[y_{j+1},\dots,y_i]$ の局所化で整域なので、
$$ 0\subsetneq(y_1)\subsetneq(y_1,y_2)\subsetneq\cdots\subsetneq(y_1,\dots,y_i) $$
は $D$ の素イデアルの鎖であり、$\dim D\ge i$ である。よって $\dim D=i$ で、極大イデアルが $\dim D$ 個の元で生成されるので $D$ は正則局所環である。$\square$

  1. $B$ の素イデアルは、$S$ と交わらない $A$ の素イデアル $P$ によって $S^{-1}P$ と書ける(局所化)。$P\cap S=\emptyset$ は $P\subset\bigcup_i\mathfrak p_i$ を意味するので、lem-nagata-avoidance によりある $i$ で $P\subset\mathfrak p_i$ である。また $j\ne i$ なら $X_i$ の変数は $\mathfrak p_j$ に入らないので $\mathfrak p_i\not\subset\mathfrak p_j$ である。
    $\mathfrak p_i$ を含み $S$ と交わらない素イデアル $P$ は、ある $j$ で $\mathfrak p_i\subset P\subset\mathfrak p_j$ となるので $j=i$、$P=\mathfrak p_i$ である。従って $\mathfrak m_i=S^{-1}\mathfrak p_i$ は $B$ の極大イデアルである。逆に $B$ の任意の極大イデアル $S^{-1}P$ は、$P\subset\mathfrak p_i$ となる $\mathfrak m_i$ に含まれるので $\mathfrak m_i$ に等しい。局所環の主張は lem-nagata-local-ring であり、$\operatorname{ht}\mathfrak m_i=\dim B_{\mathfrak m_i}=i$ である。
  2. thm-nagata-noether-criterion の条件を確かめる。条件 1 は lem-nagata-local-ring による。条件 2:$0$ でない $b=f/s\in B$($f\in A$、$s\in S$)が $\mathfrak m_i$ に入れば、ある $u\in S$ で $uf\in\mathfrak p_i$ となり、$u\notin\mathfrak p_i$ と素イデアルの性質から $f\in\mathfrak p_i$ である。有限指標により、そのような $i$ は有限個である。従って $B$ は Noether 環である。
  3. 1 により $\dim B\ge\operatorname{ht}\mathfrak m_i=i$ がすべての $i$ で成り立つ。$\square$

例と反例

無限次元の正則環

thm-nagata-example の 1 により、$B$ のすべての極大イデアルでの局所環は正則局所環なので、$B$ は Krull 次元が無限大の Noether 正則環である。局所環 $B_{\mathfrak m_i}$ の大域次元は $i$ なので(大域次元 の定理「正則局所環の全加群上界」)、$B$ の大域次元も無限大である(正則環 の例「永田の例の大域次元」)。正則環の大域次元が有限であるためには、次元が有限であることが要る。

組の大きさが有界な場合

組をすべて大きさ $1$ にして $\mathfrak p_i=(x_i)$、$S=A\setminus\bigcup_i(x_i)$、$B'=S^{-1}A$ とすると、lem-nagata-avoidance から prf-nagata-example までの議論はそのまま通り、$B'$ は Noether 環で、極大イデアルは $S^{-1}(x_i)$、各局所環は $K_i[x_i]_{(x_i)}$ という離散付値環である。従って $\dim B'=1$ である。永田の例で次元が無限大になるのは、組の大きさが上に有界でないからである。

判定法の有限指標を外した環

体 $k$ の可算個の直積 $R=\prod_{n\ge1}k$ を考える。

  • 各局所環は体である。実際、極大イデアル $\mathfrak n$ と $a=(a_n)\in\mathfrak n$ を取り、$e_n=1$($a_n\ne0$)、$e_n=0$($a_n=0$)で冪等元 $e$ を、$u_n=a_n$($a_n\ne0$)、$u_n=1$($a_n=0$)で単元 $u$ を定めると $a=eu$ である。$e=au^{-1}\in\mathfrak n$ なので $1-e\notin\mathfrak n$ であり、$e(1-e)=0$ から $R_{\mathfrak n}$ で $e=0$、従って $a=0$ となる。よって $\mathfrak nR_{\mathfrak n}=0$ である。
  • $R$ は Noether 環でない。$I_n=\{a\mid a_m=0\ (m>n)\}$ はイデアルの真の上昇列 $I_1\subsetneq I_2\subsetneq\cdots$ をなす。
  • 有限指標が成り立たない。$\mathfrak n_j=\{a\mid a_j=0\}$($j\ge1$)は極大イデアル($R/\mathfrak n_j\cong k$)で、$0$ でない元 $(1,0,0,\dots)$ は $j\ge2$ のすべての $\mathfrak n_j$ に入る。
    従って thm-nagata-noether-criterion の条件 1 だけでは Noether 性は従わない。
外す条件反例成り立たなくなること
組の大きさが上に有界でないex-nagata-bounded-blocks の $B'$(組の大きさがすべて $1$)$\dim B=\infty$($B'$ は $1$ 次元)
$S$ で局所化する局所化しない $A=k[x_1,x_2,\dots]$Noether 性($(x_1)\subsetneq(x_1,x_2)\subsetneq\cdots$)
判定法の条件 2(有限指標)ex-nagata-product-of-fields の $\prod_{n}k$Noether 性(各局所環は体)

一行目の $B'$ も Noether 環であり、外れているのは次元が無限大になることだけである。二行目の $A$ は次元も無限大だが、Noether 環ではない。

補足

文献

この例は AM69 Chapter 11, Exercise 4(p. 126)にあり、そこで用いる判定法は同書 Chapter 7, Exercise 9(p. 85)である。同書 Chapter 7, Exercise 11(p. 85)は、局所環がすべて Noether でも環は Noether とは限らないかを問うており、ex-nagata-product-of-fields はその答えの一つである。

Noether 局所環の次元が有限であることは、極大イデアルの生成元の個数で次元が抑えられることによる。永田の例はこの上界が局所的なものにすぎないことを示している。一方、体上有限生成な環や、それを局所化した環では次元は有限であり(Krull次元 の定理「体上有限生成な環の次元」)、幾何学で現れる Noether 環の多くは有限次元である。

関連項目

参考文献

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