前提知識: 時空, Lorentz多様体, 因果曲線, 因果階層
大域的双曲時空は、閉因果曲線を持たず、2点の間を結ぶ因果的な経路が「無限遠へ逃げない」時空である。前者を因果性、後者を因果ダイヤモンドのコンパクト性で表す。この条件は Lorentz 幾何における大域的な因果構造を強く制御し、波動方程式の初期値問題を定式化する Cauchy 超曲面の存在と同値になる。
以下、時空 $(M,g)$ は境界を持たない連結かつ時間向き付けられた滑らかな Lorentz 多様体とする。$J^+(p)$ と $J^-(p)$ はそれぞれ点 $p$ の因果的未来と因果的過去である。
時空 $(M,g)$ が大域的双曲(globally hyperbolic)であるとは、次の2条件を満たすことをいう。
古典的な定義では条件1を、各点が任意に小さな因果的凸近傍をもつという強因果性に置き換えることが多い。強因果性は因果性より強いが、因果ダイヤモンドのコンパクト性を条件2として併せれば、両方の定義は同値であるBS07。したがって、定義を比較するときは「因果的」と「強因果的」の違いだけを見て別概念と判断してはいけない。
標準 Minkowski 時空
$$
(\mathbb R^{1+n},\eta),\qquad
\eta=-dt^2+dx_1^2+\cdots+dx_n^2
$$
は大域的双曲であり、各超平面 $S_c=\{t=c\}$ は Cauchy 超曲面である。
未来向き因果曲線に沿って $t$ は非減少であり、非定値な閉因果曲線は存在しない。$p=(t_p,x_p)$、$q=(t_q,x_q)$ とする。因果ダイヤモンドが空でなければ、その各点 $(t,x)$ は
$$
t_p\le t\le t_q,\qquad
|x-x_p|\le t-t_p,qquad
|x-x_q|\le t_q-t
$$
を満たす。これらは閉条件であり、集合は Euclid 空間で有界だから、Heine–Borel の定理によりコンパクトである。したがって時空は大域的双曲である。
次に、延長不可能な未来向き因果曲線 $\gamma$ を考える。$t\circ\gamma$ は単調である。これが未来方向に上から有界なら、因果条件 $|dx/dt|\le1$ により空間成分は $t$ をパラメータとして Cauchy 列となり、$\mathbb R^n$ の完備性から有限の極限点をもつ。その点の先へ因果曲線を延長でき、延長不可能性に反する。よって $t$ の値域は未来に $+\infty$、過去に $-\infty$ まで延びる。したがって各 $S_c$ とちょうど1回交わる。$\square$
$(S,h)$ を完備な連結 Riemann 多様体とする。このとき
$$
(\mathbb R\times S,-dt^2+h)
$$
は大域的双曲であり、$\{t=c\}$ は滑らかで空間的な Cauchy 超曲面である。完備性は、有限の時間内に空間方向へ逃げる因果曲線を排除する。これは Minkowski 時空の積構造を曲がった空間 $(S,h)$ へ一般化した例である。
$T>0$ とし、2次元 Minkowski 時空を時間方向の平行移動 $(t,x)\mapsto(t+T,x)$ で割った Lorentz 円筒を考える。$x$ を固定して時間円周を1周する曲線は閉時間的曲線である。したがってこの時空は因果的でなく、大域的双曲でもない。この反例は因果ダイヤモンドだけを形式的に調べる前に、閉因果曲線の不存在を確認する必要があることを示す。
2次元 Minkowski 時空から原点を除いた
$$
M=\mathbb R^{1+1}\setminus\{(0,0)\}
$$
は因果的であるが、大域的双曲でない。実際、$p=(-2,0)$、$q=(2,0)$ とし、$z_k=(0,1/k)$ とおくと、すべての $k$ について
$$
z_k\in J^+(p)\cap J^-(q)
$$
である。しかし $(z_k)$ が周囲の Euclid 空間で収束する先は除かれた原点だけであり、$M$ 内で収束部分列を持たない。したがって因果ダイヤモンドはコンパクトでない。これは因果性だけでは大域的双曲性に足りないことを示す。
大域的双曲時空では、各 $p\in M$ に対して $J^+(p)$ と $J^-(p)$ は閉集合である。特に大域的双曲時空は因果的に単純である。
$q_k\in J^+(p)$ かつ $q_k\to q$ とする。$r\in I^+(q)$ を選ぶと、$I^-(r)$ は $q$ の開近傍なので、十分大きな $k$ に対して $q_k\in I^-(r)\subset J^-(r)$ である。したがって列の末尾はコンパクト集合
$$
J^+(p)\cap J^-(r)
$$
に含まれる。多様体は Hausdorff なのでコンパクト集合は閉であり、極限 $q$ もこの集合、特に $J^+(p)$ に属する。よって $J^+(p)$ は閉である。時間向きを逆にした同じ議論で $J^-(p)$ も閉である。定義により因果性も満たすので、時空は因果的に単純である。$\square$
時空 $(M,g)$ の部分集合 $S$ が Cauchy 超曲面であるとは、すべての延長不可能な未来向き因果曲線が $S$ とちょうど1点で交わることをいう。
この定義から $S$ は非因果的、すなわち相異なる2点を因果曲線で結べない。Cauchy 超曲面は閉じた位相的超曲面となるが、定義だけから滑らかさを仮定してはいない。「空間的 Cauchy 超曲面」というときは、滑らかな埋め込み超曲面であって、その誘導計量が正定値であることを追加する。
時空 $(M,g)$ について、次は同値である。
この同値性と位相的分裂は Geroch の定理であるGer70。証明には極限因果曲線、体積時間関数、因果ダイヤモンドのコンパクト性を組み合わせる長い議論が必要であるため、ここでは定理を正確な仮定とともに引用した。Geroch の1970年の結論はまず連続時間関数と位相的分裂であり、滑らかな空間的超曲面や計量の直交分裂までを同じ原定理の結論としてはいけない。
Cauchy 超曲面は、双曲型偏微分方程式の初期データを置く「空間」の役割を果たす。ただし、幾何学的な大域的双曲性だけで、任意の方程式の存在・一意性が自動的に従うわけではない。方程式側にも正常双曲型などの仮定が必要である。
滑らかな関数 $\tau\colon M\to\mathbb R$ で、勾配 $\nabla\tau$ が至る所で時間的かつ過去向きであり、各レベル集合が Cauchy 超曲面であるものを Cauchy temporal 関数という。
滑らかな時空 $(M,g)$ が大域的双曲なら、滑らかな Cauchy temporal 関数 $\tau$ が存在する。任意のレベル $S=\tau^{-1}(0)$ を用いて微分同相
$$
M\cong\mathbb R\times S
$$
を選ぶことができ、この座標で計量は
$$
g=-\beta(\tau,x)\,d\tau^2+h_\tau
$$
と書ける。ここで $\beta$ は正の滑らかな関数、$h_\tau$ は $S$ 上で滑らかに変化する Riemann 計量であり、各 $\{\tau=c\}$ は滑らかで空間的な Cauchy 超曲面である。
分裂は一般に一意でない。異なる Cauchy temporal 関数は異なる Cauchy 葉層と異なる $\beta,h_\tau$ を与える。したがって大域的双曲性は特定の「絶対時間」を選ぶのではなく、そのような良い時間座標が存在することを保証する。
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