双曲計量

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双曲計量(hyperbolic metric, そうきょくけいりょう)とは、全平面でない複素平面上の単連結な開集合について標準的な方法で与えられる計量のことをいう。


まず円盤上の計量について考える。$\mathbf{D}$ を半径 $1$ の開円盤とする。$\mathbf{D}$ 上の等角不変な距離 (計量) を導入する。以下で与えられる距離 $$\frac{|\mathrm{d}z|}{1-|z|^2}$$ について、これを双曲距離という。

まず、円盤に関する基本的な事項について復習をしておく。円盤に関して最初に記すべき事項として、Schwarzの補題が挙げられる - 以下に主張を述べる。

  • $f \colon \mathbf{D} \to \mathbf{D}$ なる解析関数について、$f(0) = 0$ であるとき、$|f(z)| \leq |z|$ かつ $|f'(0)| \leq 1$ が成り立つ。また、これらのいずれかが等号を充したとき、ある $|c| = 1$ なる複素数があって $f(z) = cz$ が成り立つ。

この主張を用いれば、以下の事実が示される。

  • $f \colon \mathbf{D} \to \mathbf{D}$ が等角同型であるとき、ある $|a| < 1$, $|c| = 1$ なる複素数があって $$f(z) = c\frac{z - a}{1 - \overline{a}z}$$ が成り立つ。

以下、双曲計量が等角同型によって保存されることをみる。$f(z) = c\frac{z - a}{1 - \overline{a}z}$ なる等角同型について、双曲計量を $M$, $M$ を $f$ で引き戻したものを $f^*M$ とよぶ。このとき、$f^*M$ は $$\frac{|f'(z)\mathrm{d}z|}{1-|f(z)|^2}$$ と表示される。

\begin{align*} \frac{|f'(z)\mathrm{d}z|}{1-|f(z)|^2} &= \frac{\left|\frac{(1-\overline{a}z) + \overline{a} (z - a)}{(1-\overline{a}z)^2}\right||\mathrm{d}z|}{1 - \left| \frac{(z - a)^2}{(1 - \overline{a}z)^2} \right|} \\ &= \frac{1-|a|^2 |\mathrm{d}z|}{|(1-\overline{a}z)^2|-|(z - a)^2|} \\ &= \frac{(1 - |a|^2) |\mathrm{d}z|}{1 - |a|^2 - |z|^2 - |az|^2} \\ &= \frac{|\mathrm{d}z|}{1 - |z|^2} \end{align*}

より、結局 $f^*M = M$ が示される。

円盤上の測地線について、これを決定する。任意に二点 $z$, $w$ を $\mathbf{D}$ からとったとする。$z$ と $w$ のあいだの測地線について決定するためには、$\mathbf{D}$ 上の等角同型によって $z = 0$ かつ $w \in \mathbb{R}_{>0}$ であるとしてよい。

$\gamma$ を $0$ と $w$ を最短距離でつなぐ曲線とする。このとき、$|\gamma(t)|$ は単調増大する - そうでなければ、切り貼りによってより短い曲線が構成できる。このとき、積分計算によって、実軸に沿って進む曲線が $0$ と $w$ を最短距離でつなぐことが理解される。よってこのような曲線は測地線となり、従って $0$ を通る測地線はこのようなもので尽くされる。したがって、$\mathbf{D}$ による等角同型で動かすことにより、$\mathbf{D}$ の測地線は、$\mathbb{P}^1$ 内の円であって $\partial \mathbf{D}$ と直角に交わるもの全体であると理解される。

このとき、$z_1, z_2 \in \mathbf{D}$ のあいだの双曲距離は $$\frac{1}{2} \mathrm{log} \left( \frac{|1-\overline{z_1}z_2| + |z_1 - z_2| }{|1-\overline{z_1}z_2| - |z_1 - z_2|}\right)$$ と表示される。

単連結かつ $\mathbb{P}^1$ あるいは $\mathbb{C}$ でない領域 $A$ について、Riemannの写像定理より $f \colon A \to \mathbf{D}$ なる等角同型が存在するが、この等角同型によって円盤上の双曲計量を引き戻したものを $A$ 上の双曲計量という。また、この双曲計量を $$\eta_A |\mathrm{d}z|$$ と表示するとき、この関数 $\eta_A$ を $A$ のPoincaré密度という。

$A' \subset A$ なる単連結な領域の組について、$$\eta_A \leq \eta_{A'}$$ が成立する。これは、$\mathbf{D} \to A' \subset A \to \mathbf{D}$ なる等角写像についてSchwarzの補題を適用することで導かれる。

この事実より、$d(z, \partial A)$ を $A$ の境界と $z$ との距離としたとき、$$\eta_A(z) \leq \frac{1}{d(z, \partial A)}$$ なるPoincaré密度に関する基本的上界が得られる。

また、Koebeの1/4定理を用いると、さきのPoincaré密度に関して、下界的評価を得ることができる。実際、$f \colon A \to \mathbf{D}$ を等角同型とする。$f(z) = 0$ をさらに仮定すると、$\eta_A(z) = f'(z)$ と計算される。このとき、Koebe 1/4 theorem より次の不等式が得られる。

$$\frac{1}{4\eta_A(z)} \leq d(z, \partial A).$$

よって、次の下界的評価が成り立つ。

$$\frac{1}{4d(z, \partial A)} \leq \eta_A(z).$$