群論0:導入(対称性の記述)

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抽象的な群の定義に入る前に、群の概念が生じる典型的な場面を挙げよう。ただし、群論への導入が目的であるため、このページに限ってはいくつかの用語を(厳密に定式化することは可能ではあるが)ひとまず直観的な意味で用いる。(その代わり、このページで出現する概念などは今後、例としてだけ用い、このページの内容を厳密に定式化しなくても群論そのものの展開はできるようにする。)特に、幾何の範囲については命題の証明を全て省略し、読者の直感に委ねることにする。このページで厳密な定式化がなされていると仮定する用語は「集合」、「元」、「写像」、「全単射」などの、集合と写像の概念とそれに近いもののみである。

対称性の記述

平面上の合同変換

ここでは、平面内のある種の「図形」$S$ の対称性について考えてみる。

$S$ として「正三角形」を考えてみよう。これは例えば「重心を通るうまい直線に関して線対称である」という性質をもつ。これ以外にも、例えば「重心を中心とした反時計回りの $\frac{2}{3}\pi$ (1周の3分の1)回転に関して対称である」という性質をもつ。(現時点では、「対称である」という言葉は単に感覚的な、曖昧な表現だと思って欲しい。) 一方、$S$ として「二等辺三角形だが正三角形でないもの」(以下単に二等辺三角形と書く)を考えると、これは「線対称」ではあるが「回転対称」ではない。

これらの性質はどれも、「平面上の点を平面上の点に移す、距離や長さ・角度を変えない特定の写像(このような写像は合同変換と呼ばれる) $T$ によって、図形 $S$ が(図形の中の点たちを区別しなければ)変化しない」とまとめられる。 例えば、「線対称」は「特定の直線に関して平面上の点をちょうど『鏡映し』した先の点に移す合同変換で $S$ が不変」と表せるし、「回転対称」は「特定の点を中心として平面上の点を反時計回りに $\frac{2}{3}\pi$ 回転させた先の点に移す合同変換で $S$ が不変」と表せる。

注 0.1

合同変換は全単射である。また、「$T$ で $S$ が変化しない」という言葉は、集合と写像の記号を用いた「$T(S)=S$」という厳密な条件を言い換えたものである。$\square$

そこで、1つの「図形」$S$ の「対称性」を表す明確な指標として、「合同変換 $T$ であって、$S$ を変えないようなもの全体の集合 $G$」を採用しよう。この集合が大きければ大きいほど、より対称性が高いと考えるわけである。後の議論を円滑に進めるため、合同変換を調べるために役立つ性質を今ここでまとめておく。

命題 0.2

$S$ として多角形を考える。

  • (1) 合同変換 $T$ が $S$ を変えないならば、$T$ は $S$ の頂点を $S$ の頂点に移す。
  • (2) $S$ を変えない2つの合同変換 $T_1, T_2$ について、もし $T_1, T_2$ による $S$ の各頂点の像が全て一致するならば、$T_1=T_2$ である。(つまり $S$ の頂点に限らず、平面上の全ての点の像が一致する。)別の言い方をすれば、$S$ を変えない合同変換は $S$ の各頂点の像で決まる。$\square$
Proof.

[証明] この命題の証明は省略する。


さて、$S=(\text{正三角形})$、$S=(\text{二等辺三角形})$ のそれぞれの場合について、対称性を表す $G$ の大きさを調べよう。

二等辺三角形の合同変換

$S=(\text{二等辺三角形})$ の場合を考える。長さの等しい2辺の共通の端点を $O$ とし、残りの2頂点を $A, B$ とおく。$G$ の元として、上ですでに挙げた「線分 $AB$ の垂直二等分線に関する鏡映」と、その他に「何も動かさない変換」(恒等写像 $\mathrm{id}$ ) が存在する。実は、この場合 $G$ は他に元をもたず、この2つの元のみからなる。

補題 0.3

$S=(\text{二等辺三角形})$ のとき、$G \ \colon = \{ T \ \colon \ \text{合同変換} \mid T \ \text{は} \ S \ \text{を変えない} \}$ の元は

  • $T_1 \ \colon = \mathrm{id}$
  • $T_2 \ \colon = (\text{線分}AB\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$

の2つのみである。$\square$

Proof.

[証明] 命題0.2より、$G$ の元は $S$ の3頂点 $O, A, B$ の像で決まり、しかも3頂点の像は必ずまた $S$ の頂点である。よって、$G$ の元、つまり $S$ を変えない合同変換としてありうるものは $O, A, B$ の像として考えられる組み合わせ \[O\mapsto O, A\mapsto A, B\mapsto B\] \[O\mapsto O, A\mapsto B, B\mapsto A\] \[O\mapsto A, A\mapsto O, B\mapsto B\] \[O\mapsto A, A\mapsto B, B\mapsto O\] \[O\mapsto B, A\mapsto O, B\mapsto A\] \[O\mapsto B, A\mapsto A, B\mapsto O\] によって6通りに絞られる。

このうち、1つ目は $T_0$ 、2つ目は $T_1$ に対応するものである。そして、他の4つは合同変換による3点の像の組になりえない。なぜなら、いずれも合同変換が持つはずの性質「2点の距離を保つ」と矛盾するからである。例えば、3つ目の組では $AB \neq OB$ であるから、合同変換による3点の像の組になりえない。したがって、$G$ の元は $T_0, T_1$ の2つのみである。


正三角形の合同変換

今度は $S=(\text{正三角形})$ の場合を考える。3頂点を $A, B, C$ とおく。この場合の $G$ の元として、「平面上の合同変換」の節ですでに挙げた

  • $T_1 \ \colon = (\text{線分}BC\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$
  • $T_2 \ \colon = (\text{重心を中心とした反時計回りの}\frac{2}{3}\pi\text{回転})$
  • $T_0 \ \colon = (\text{何も動かさない変換})=\mathrm{id}$

が存在する。

他に $G$ の元はないだろうか? $G$ の元を見逃さないために有用な命題がある。

命題 0.4

  • (1) 任意の $G$ の元 $T_1, T_2$ に対し、合成写像 $T_1 \circ T_2$ もまた $G$ の元である。
  • (2) 任意の $G$ の元 $T$ に対し、逆写像 $T^{-1}$ もまた $G$ の元である。$\square$
Proof.

[証明] (1)(2)ともに、$T_1 \circ T_2$ や $T^{-1}$ が合同変換であることを示す必要があるが、その部分の証明は省略する。すると、残りの示すべきことは $T_1 \circ T_2, T^{-1}$ が $S$ を変えないことである。

(1) $T_1(S) = S, T_2(S) = S$ より、$(T_1 \circ T_2)(S) = T_1(T_2(S)) = T_1(S) = S$ 。よって $T_1 \circ T_2$ は $S$ を変えない。

(2) $T(S) = S$ より $T^{-1}(S) = S$ 。よって $T^{-1}$ は $S$ を変えない。


この命題により、例えば $T_2 \circ T_2$ 、すなわち「重心を中心とした反時計回りの $\frac{4}{3}\pi$ 回転」が新たな $G$ の元として見つかる。他に、

  • $T_1 \circ T_2 = (\text{線分}AC\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$
  • $T_2 \circ T_1 = (\text{線分}AB\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$

もある。

注 0.5

$T_1 \circ T_2$ が $A, B, C$ をそれぞれどの点に移すか考える際、$T_1$ で考える垂直二等分線はあくまで平面内で固定されていると考えるべきものであり、$T_2$ を正三角形 $S$ に施すときに $S$ と一緒に回転させてはならない。

一般に写像は与えられた元そのものの情報(今回なら与えられた点の平面内での位置)のみによってその像を決めるものであるから、今回のように写像の合成 $T_1 \circ T_2$ の計算のうち後に施す $T_1$ の計算において、点 $T_2(P)$ の像を求めるとき用いるべき情報は「点 $T_2(P)$ の位置」のみであって、「その点 $T_2(P)$ の、$T_2$ を施す前の点 $P$ の位置」の情報は用いないのである。$\square$

$S=(\text{二等辺三角形})$ のときと同様に、命題0.2を用いることで以下がわかる。

補題 0.6

$S = (\text{正三角形})$のとき、$G \ \colon = \{ T \ \colon \ \text{合同変換} \mid T \ \text{は} \ S \ \text{を変えない} \}$ は6個の元からなる。具体的には

  • $T_0 \ \colon = \mathrm{id}$
  • $T_1 \ \colon = (\text{線分}BC\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$
  • $T_2 \ \colon = (\text{重心を中心とする反時計回りの}\frac{2}{3}\pi\text{回転})$
  • $T_2 \circ T_2 = (\text{重心を中心とする反時計回りの}\frac{4}{3}\pi\text{回転})$
  • $T_1 \circ T_2 = (\text{線分}AC\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$
  • $T_2 \circ T_1 = (\text{線分}AB\text{の垂直二等分線に関する鏡映})$

のみからなる。$\square$

Proof.

[証明] 命題0.2より、$G$ の元は $S$ の3頂点 $A, B, C$ の像で決まり、しかも3頂点の像は必ずまた $S$ の頂点である。よって、$G$ の元としてありうるものは $A, B, C$ の像の組み合わせ \[A\mapsto A, B\mapsto B, C\mapsto C\] \[A\mapsto A, B\mapsto C, C\mapsto B\] \[A\mapsto B, B\mapsto A, C\mapsto C\] \[A\mapsto B, B\mapsto C, C\mapsto A\] \[A\mapsto C, B\mapsto A, C\mapsto B\] \[A\mapsto C, B\mapsto B, C\mapsto A\] によって6通りに絞られる。

今回の場合、上で挙げた6つの元がそれぞれに対応するので、他に $G$ の元がないことがわかる。


ここまでのまとめ

  • 図形 $S$ に対し、$S$ を変えない合同変換 $T$ 全体の集合を $G$ とおき、この $G$ を $S$ の対称性を表す指標とみなす。
  • $G$ の元について、以下の性質が成り立つ。
    • (1) $\mathrm{id}$ は $G$ の元。
    • (2) 任意の $G$ の元 $T_1, T_2$ に対し、$T_1 \circ T_2$ も $G$ の元。
    • (3) 任意の $G$ の元 $T$ に対し、$T^{-1}$ も $G$ の元。
  • $S = (\text{二等辺三角形})$ のとき $G$ の元は2個で、$S = (\text{正三角形})$ のとき $G$ の元は6個。

群の概念

群の概念に向けた抽象化

このページの残りでは、今まで考えてきた図形の対称性から一部の性質を取り出して抽象化し、現在広く使われている「群」の概念に近づいていく。同時に、「群」の概念においてはどういう性質を考えていて、2つの群がどういうとき「実質同じ」とみなすのか、について例を挙げて説明する。

先ほどまで調べていた図形の対称性について、以下の性質を思い出そう。

  • (1) $\mathrm{id}$ は $G$ の元。
  • (2) 任意の $G$ の元 $T_1, T_2$ に対し、$T_1 \circ T_2$ も $G$ の元。
  • (3) 任意の $G$ の元 $T$ に対し、$T^{-1}$ も $G$ の元。

すでに述べたように、この $G$ は図形 $S$ の対称性を表す指標であると考えている。この $G$ について、単に元の個数を比較するだけでなく、「 $G$ の元2つの合成や元の逆写像がどの元になるか」という情報も考慮して比較し、より詳細に図形の特徴をとらえたい。そこで、「$G$ の元2つの合成や元の逆写像がどの元になるか」という情報について深く考えるために、今考えている $S$ と $G$ のうち $S$ を一旦忘れて、「合同変換からなる集合 $G$ であって上で挙げた性質を持つようなもの」を考察の対象としよう。この $G$ こそが、後に導入される「群」の特別な場合であり、「合同変換の成す群」と言うべきものである。

注 0.7

  • 「$G$ の元2つの合成や元の逆写像がどの元になるか」という情報は、「群」$G$ の「構造」と呼ばれる。
  • 現在広く使われている「群」の概念はもっと抽象的である。$\square$

群の構造とは

ここでは、群の「構造」という言葉の意図するところを、先ほどの「合同変換の成す群」における例を用いて説明する。この節に限っては、「群」と言ったらこの「合同変換の成す群」のことであるとする。

群 $G_1, G_2$ について、その元たちそのものが異なっていても、$G_1$ と $G_2$ の群としての「構造」が等しければ、群としては「実質同じ」であると考える場合がある。逆に、たとえ $G_1$ と $G_2$ の元の個数が等しかったとしても、それらの群の「構造」が「異なる」ならば、$G_1$ と $G_2$ は群として「実質同じ」とはみなさない。

例えば、以下の集合を考えてみる。

  • $T' \ \colon = (\text{平面の特定の点を中心とした}\pi\text{回転})$として、$G_1 \ \colon = \{\mathrm{id}, T'\}$ とおく。

このとき $G_1$ は群となる(証明は略)。この $G_1$ を $S = (\text{二等辺三角形})$ のときの $G$ ($G_2$ とおく)と比較すると、$G_1$ の $\mathrm{id}$ でない元 $T'$ と $G_2$ の $\mathrm{id}$ でない元 $T_1$ ($T_1$ は鏡映)は、合同変換としては種類が異なるものであるが、単に「それぞれの元の合成・逆写像がどの元になるか」のみを比較したときは、それぞれ \[G_1 \ \colon \mathrm{id} \circ \mathrm{id} = \mathrm{id}, \mathrm{id} \circ T' = T' \circ \mathrm{id} = T', T' \circ T' = \mathrm{id}, \mathrm{id}^{-1} = \mathrm{id}, T'^{-1} = T'\] \[G_2 \ \colon \mathrm{id} \circ \mathrm{id} = \mathrm{id}, \mathrm{id} \circ T_1 = T_1 \circ \mathrm{id} = T_1, T_1 \circ T_1 = \mathrm{id}, \mathrm{id}^{-1} = \mathrm{id}, T_1^{-1} = T_1\] となるから、$G_1$ の元 $\mathrm{id}, T'$ をそれぞれ $G_2$ の元 $\mathrm{id}, T_1$ と対応させることで $G_1$ と $G_2$ は群としては「実質同じ」、と考えられる。

一方、例えば以下の集合を考えてみる。

  • $T \ \colon = (\text{平面内の特定の点を中心とした反時計回りの}\frac{\pi}{3}\text{回転})$ とおく。正整数 $n$ に対し $T^n \ \colon = (T\text{を}n\text{回合成したもの}), T^0 \ \colon = \mathrm{id}$ として、$G_3 \ \colon = \{T^0, T^1,\ldots, T^5\}$ とおく。

このとき $G_3$ は群となる(証明は略)。この $G_3$ を $S = (\text{正三角形})$ のときの $G$ ($G_4$ とおく)と比較すると、$G_3$ と $G_4$ の元の個数は等しいが、2つの元の合成の情報が「異なる」。ここではそもそも「異なる」とは何か定義していないため明確な証明はできないが、証明(の1つ)の着眼点を述べよう。この証明は、「 $G$ の2つの元 $T_1, T_2$ の合成の結果が、$T_1 \circ T_2$ と $T_2 \circ T_1$ で異なる場合があるかないか」を比較することで解決する。背理法により、もし $G_3$ と $G_4$ が「実質同じ」であると仮定すると、$G_3$ と $G_4$ について上の性質がどちらでも成り立つかどちらでも成り立たないかのいずれかであるはずだ、ということが導かれる。しかし実際は、$G_3$ については成り立つが、$G_4$ については成り立たない。($G_3$ については$G_3$ の元は1つの元 $T$ の何回かの合成で書けるから合成の結合法則から上の性質が成り立つことがわかる。一方 $G_4$ については「正三角形の合同変換」の節で特定の $T_1, T_2$ について $T_1 \circ T_2$ と $T_2 \circ T_1$ を計算していたが、これらは異なっていた。)すると矛盾が導かれるので、$G_3$ と $G_4$ は「異なる」と考える。

まとめ

このページでは、図形の対称性を例に挙げて、合同変換の成す群を導入した。次のページからは、現在広く使われている群の抽象的な定義を用いて、群の例と性質を見ていく。