Lie群

同義語:リー群Lie group

概要

Lie群(Lie group)とは、滑らかな多様体であって群の構造をもち、積と逆元をとる写像がともに滑らかであるものをいう。回転の群 $SO(n)$、一般線形群 $GL_n(\mathbb{R})$、特殊線形群、円周 $S^1$ やトーラスなど、連続的に動かせる対称性の全体がその例である。単位元での接空間は括弧積をもつ Lie 環になり、行列の群では指数写像 $X\mapsto e^X$ によって Lie 環の元と 1 径数部分群が 1 対 1 に対応し、$\det e^X=e^{\operatorname{tr}X}$ が成り立つ。連結な Lie 群は単位元の近傍で生成されるが、指数写像は全射とは限らず、Lie 環が同型でも群は同型とは限らない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 可微分多様体, 位相群, 一般線形群, 常微分方程式

高校での出発点:回転を集めると円になる

平面の原点のまわりの角 $\theta$ の回転は、行列 $R_\theta=\begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}$ で表される。加法定理から $R_\alpha R_\beta=R_{\alpha+\beta}$ であり、回転を続けて行うと角が足し算になる。回転の全体は積について群をなし、しかも角 $\theta$ を連続的に動かせるので、その全体は円周 $\{(\cos\theta,\sin\theta)\}$ と同じ形をしている。
回転の角をほんの少しだけ動かすと、$R_\theta$ は単位行列 $I$ の近くで $R_\theta\approx I+\theta J$、$J=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ と変化する。$J$ は曲線 $\theta\mapsto R_\theta$ の $\theta=0$ での速度であり、「無限に小さい回転」を表す。逆に $J$ から回転 $R_\theta$ を取り戻すのが、行列の指数関数 $R_\theta=e^{\theta J}$ である(常微分方程式 の例「単振動と回転」と同じ計算)。
このように、群であって、同時に滑らかな図形(多様体)でもあり、群の演算が滑らかなものを Lie 群という。Lie 群は「連続的に動かせる対称性」の全体であり、単位元での速度の全体(Lie 環)という線形代数の対象で、群の多くの性質が調べられる。
この記事では次の問いに答える。

  1. Lie 群とは何か。どんな例があるか。→ def-lg-lie-group、thm-lg-matrix-groups
  2. 単位元での接空間と群の関係は何か。→ prop-lg-det-exp、thm-lg-one-parameter、prop-lg-bracket
  3. 単位元の近くを知れば群全体が分かるか。→ thm-lg-generated
  4. 位相群や Lie 環との違いは何か。→「反例:似ているが違うもの」の節
    高校での見方この記事の言葉
    回転の合成で角が足されるLie 群 $SO(2)$、準同型 $\theta\mapsto R_\theta$
    角を少しだけ動かす単位元での接ベクトル(Lie 環の元)
    $\cos\theta$、$\sin\theta$ の級数指数写像 $e^{\theta J}$
    回転の全体は円$SO(2)\cong S^1$(多様体として)

定義

Lie 群

Lie 群

群 $G$ が滑らかな多様体(可微分多様体)の構造をもち、積 $\mu\colon G\times G\to G$、$\mu(g,h)=gh$ と逆元 $\iota\colon G\to G$、$\iota(g)=g^{-1}$ がどちらも滑らかな写像であるとき、$G$ を Lie 群(Lie group)という。$G\times G$ には積多様体の構造を入れる。多様体としての次元を Lie 群の次元という。Lie 群 $G$、$H$ の間の写像 $\varphi\colon G\to H$ が群の準同型でかつ滑らかなとき、Lie 群の準同型という。

Lie 群 $G$ の元 $g$ について、左移動 $L_g(h):=gh$ は滑らかで、逆写像 $L_{g^{-1}}$ も滑らかなので、$G$ から $G$ への微分同相写像である。したがって $G$ のどの点のまわりも、単位元 $e$ のまわりと同じ形をしている。滑らかな写像は連続なので、Lie 群は 位相群 である。積と逆元の代わりに、1 つの写像 $(g,h)\mapsto gh^{-1}$ が滑らかであることを要求しても同じ定義になる(Nic20 §1.2)。
以下で扱う例の多くは行列の群である。$n$ 次の実正方行列の全体 $M_n(\mathbb{R})$ を成分により $\mathbb{R}^{n^2}$ とみる。$\mathbb{R}^N$ の部分集合 $S$ が $d$ 次元の部分多様体であるとは、各点 $p\in S$ のまわりに $\mathbb{R}^N$ の局所座標 $(V;y^1,\dots,y^N)$ があって $V\cap S=\{y^{d+1}=\dots=y^N=0\}$ となることをいう(接空間 の定義「部分多様体」)。このとき $S$ は $(y^1,\dots,y^d)$ を局所座標とする $d$ 次元の滑らかな多様体になる。

部分多様体に値をとる写像

$S\subset\mathbb{R}^N$ を部分多様体、$M$ を滑らかな多様体、$F\colon M\to\mathbb{R}^N$ を滑らかな写像とし、$F(M)\subset S$ とする。このとき $F$ は $M$ から $S$ への滑らかな写像である。また、$\mathbb{R}^N$ の開集合上の滑らかな写像を $S$ に制限したものは滑らかである。

$p\in M$ をとり、$F(p)$ のまわりの上の局所座標 $(V;y^1,\dots,y^N)$ をとる。$F^{-1}(V)$ は $p$ の開近傍であり、その上で $S$ の局所座標で表した $F$ は $(y^1\circ F,\dots,y^d\circ F)$ である。各 $y^i$ は $V$ 上の滑らかな関数なので、これは滑らかである。後半は、包含写像 $S\hookrightarrow\mathbb{R}^N$ が局所座標で $(y^1,\dots,y^d)\mapsto(y^1,\dots,y^d,0,\dots,0)$ と表されて滑らかであることと、滑らかな写像の合成が滑らかであることから従う。$\square$

行列 Lie 群とその Lie 環

一般線形群 $GL_n(\mathbb{R})$ の部分群 $G$ で、$M_n(\mathbb{R})=\mathbb{R}^{n^2}$ の部分多様体であるものを行列 Lie 群という。単位行列 $I$ での接空間 $\mathfrak{g}:=T_IG\subset M_n(\mathbb{R})$ を $G$ の Lie 環という。接空間 の補題「部分多様体の接空間は速度ベクトルの全体」により、$\mathfrak{g}$ は $G$ に値をとる滑らかな曲線 $c$ で $c(0)=I$ となるものの速度 $c'(0)$ の全体であり、$\dim\mathfrak{g}=\dim G$ である。

行列 Lie 群は Lie 群である。実際、積 $M_n(\mathbb{R})\times M_n(\mathbb{R})\to M_n(\mathbb{R})$ は成分の多項式、逆行列 $GL_n(\mathbb{R})\to GL_n(\mathbb{R})$ は余因子行列を行列式で割った成分の有理式(分母は $GL_n(\mathbb{R})$ 上で $0$ でない)なので滑らかである。これらを部分多様体 $G\times G\subset M_n(\mathbb{R})\times M_n(\mathbb{R})$ と $G$ に制限すると値は $G$ に入るので、lem-lg-into-submanifold から $\mu$ と $\iota$ は滑らかである。

Lie 環

Lie 環

実ベクトル空間 $\mathfrak{g}$ と双線形写像 $[\cdot,\cdot]\colon\mathfrak{g}\times\mathfrak{g}\to\mathfrak{g}$ の組で、すべての $X,Y,Z\in\mathfrak{g}$ について
(R1) $[X,X]=0$(したがって $[X,Y]=-[Y,X]$)
(R2) $[X,{[Y,Z]}]+[Y,{[Z,X]}]+[Z,{[X,Y]}]=0$(Jacobi 恒等式)
を満たすものを Lie 環(Lie algebra)といい、$[\cdot,\cdot]$ を括弧積という。

$M_n(\mathbb{R})$ は交換子 $[X,Y]:=XY-YX$ について Lie 環になる(Jacobi 恒等式は 12 個の項を展開すると打ち消し合う)。これを $\mathfrak{gl}_n(\mathbb{R})$ と書く。後の prop-lg-bracket で、行列 Lie 群 $G$ の $\mathfrak{g}=T_IG$ は交換子について閉じていて、$\mathfrak{gl}_n(\mathbb{R})$ の部分 Lie 環であることを示す。

一般の Lie 群の Lie 環と指数写像

一般の Lie 群 $G$ では、Lie 環を次のように定める。$G$ 上のベクトル場 $X$ が左不変であるとは、すべての $g,h\in G$ について $(dL_g)_h(X_h)=X_{gh}$ となることをいう。左不変なベクトル場は単位元での値 $X_e\in T_eG$ で決まり、逆に各 $v\in T_eG$ から $X_g:=(dL_g)_e(v)$ で左不変なベクトル場が得られる。左不変なベクトル場の ベクトル場 の Lie 括弧(定義「ベクトル場のLie括弧」)はまた左不変なので、$T_eG$ は Lie 環になる。さらに左不変なベクトル場 $X$ の積分曲線はすべての時刻で定義され、単位元を通る積分曲線 $t\mapsto\exp(tX)$ は準同型 $\mathbb{R}\to G$ になる。こうして指数写像 $\exp\colon T_eG\to G$ が定まり、$G=GL_n(\mathbb{R})$ では行列の指数関数に一致する(Nic20 §3.1)。この記事では、証明を完結させるために主に行列 Lie 群で議論し、行列 Lie 群について同じ事実を thm-lg-one-parameter と prop-lg-bracket で証明する。

例

可換な Lie 群
  1. $\mathbb{R}^n$ は加法について $n$ 次元の Lie 群である(積 $(x,y)\mapsto x+y$ と逆元 $x\mapsto-x$ は線形写像)。
  2. 円周 $S^1=\{z\in\mathbb{C}\mid\lvert z\rvert=1\}$ は複素数の積について 1 次元の Lie 群であり、$U(1)$ とも書く。$S^1\subset\mathbb{C}=\mathbb{R}^2$ は $x^2+y^2=1$ で定まる部分多様体で、積と逆元($z^{-1}=\bar z$)は $\mathbb{R}^2$ 上の多項式写像の制限なので滑らかである(lem-lg-into-submanifold)。$S^1$ は $2\times2$ の回転行列の群 $SO(2)=\{R_\theta\}$ と、$x+iy\mapsto\begin{pmatrix}x&-y\\y&x\end{pmatrix}$ によって Lie 群として同型である。
  3. $n$ 次元トーラス $T^n=S^1\times\cdots\times S^1$ は、積多様体として $n$ 次元の可換な Lie 群である。トーラス の定理「トーラスの基本的な性質」のとおり、$T^n\cong\mathbb{R}^n/\mathbb{Z}^n$ である。
一般線形群・特殊線形群・直交群

$GL_n(\mathbb{R})$ は $n^2$ 次元、$SL_n(\mathbb{R})=\{\det=1\}$ は $n^2-1$ 次元、直交群 $O(n)=\{A^{\mathsf T}A=I\}$ と特殊直交群 $SO(n)=O(n)\cap SL_n(\mathbb{R})$ は $\frac{n(n-1)}2$ 次元の行列 Lie 群である(thm-lg-matrix-groups)。Lie 環はそれぞれ
$$ \mathfrak{gl}_n(\mathbb{R})=M_n(\mathbb{R}),\qquad\mathfrak{sl}_n(\mathbb{R})=\{X\mid\operatorname{tr}X=0\},\qquad\mathfrak{so}(n)=\{X\mid X^{\mathsf T}=-X\} $$
である。$SO(3)$ は 3 次元空間の回転の群で 3 次元、$\mathfrak{so}(3)$ は交代行列の全体で、各座標軸のまわりの無限小回転の 3 つの行列を基底にもつ。

$SU(2)$ と 3 次元球面

複素行列の群も、$M_n(\mathbb{C})=\mathbb{R}^{2n^2}$ とみれば同じように扱える。$SU(2)=\{A\in M_2(\mathbb{C})\mid A^*A=I,\ \det A=1\}$ の元はちょうど $\begin{pmatrix}\alpha&-\bar\beta\\\beta&\bar\alpha\end{pmatrix}$($\lvert\alpha\rvert^2+\lvert\beta\rvert^2=1$)の形の行列であり(SO(3)とSU(2) の命題「二つの複素数による表示」)、$(\alpha,\beta)$ を $\mathbb{C}^2=\mathbb{R}^4$ の点とみると $SU(2)$ は 3 次元球面 $S^3$ と同じものである。したがって $SU(2)$ は 3 次元のコンパクトな Lie 群である。$SU(2)$ から $SO(3)$ への 2 対 1 の全射準同型があり(SO(3)とSU(2) の定理「二重被覆 $\mathrm{SU}(2)\to\mathrm{SO}(3)$」)、これは後の ex-lg-same-algebra で使う。

Heisenberg 群

$$ H:=\left\{\begin{pmatrix}1&a&c\\0&1&b\\0&0&1\end{pmatrix}\ \middle|\ a,b,c\in\mathbb{R}\right\} $$
は $GL_3(\mathbb{R})$ の部分群で、3 つの成分が $0$、対角成分が $1$ という 1 次式の条件で定まる $M_3(\mathbb{R})$ のアフィン部分空間なので、3 次元の行列 Lie 群である。$(a,b,c)$ で書くと積は $(a,b,c)(a',b',c')=(a+a',\,b+b',\,c+c'+ab')$ であり、可換でない。Lie 環 $\mathfrak{h}$ は対角と下の成分が $0$ の行列 $N=\begin{pmatrix}0&x&z\\0&0&y\\0&0&0\end{pmatrix}$ の全体で、$N^3=0$ なので
$$ e^{N}=I+N+\frac12N^2=\begin{pmatrix}1&x&z+\frac{xy}2\\0&1&y\\0&0&1\end{pmatrix} $$
である。したがって $\exp\colon\mathfrak{h}\to H$ は全単射である($(x,y,z)$ は $(a,b,c)$ から $x=a$、$y=b$、$z=c-\frac{ab}2$ と一意に決まる)。$X=E_{12}$、$Y=E_{23}$($E_{ij}$ は $(i,j)$ 成分だけが $1$ の行列)とおくと $[X,Y]=E_{13}$ であり、括弧積は $0$ でない。

行列 Lie 群の基本定理

古典群が Lie 群であること

行列式の微分を先に計算しておく。$A\in GL_n(\mathbb{R})$、$H\in M_n(\mathbb{R})$ について
$$ \frac{d}{ds}\det(A+sH)\Big|_{s=0}=\det A\cdot\operatorname{tr}\bigl(A^{-1}H\bigr) $$
である。実際 $\det(A+sH)=\det A\cdot\det(I+sK)$($K:=A^{-1}H$)であり、行列式は列について多重線形なので、列 $c_j(s):=e_j+sKe_j$ に積の微分法を使うと $\frac{d}{ds}\det\bigl(c_1(s),\dots,c_n(s)\bigr)\big|_{s=0}=\sum_{j}\det(e_1,\dots,Ke_j,\dots,e_n)=\sum_jK_{jj}=\operatorname{tr}K$ となる($j$ 番目の列だけを $Ke_j$ に替えた行列式は、その列の第 $j$ 成分 $K_{jj}$ に等しい)。

古典群は行列 Lie 群である
  1. $GL_n(\mathbb{R})$ は $M_n(\mathbb{R})$ の開集合であり、$n^2$ 次元の行列 Lie 群で、$\mathfrak{gl}_n(\mathbb{R})=M_n(\mathbb{R})$ である。
  2. $SL_n(\mathbb{R})$ は $n^2-1$ 次元の行列 Lie 群で、$\mathfrak{sl}_n(\mathbb{R})=\{X\mid\operatorname{tr}X=0\}$ である。
  3. $O(n)$ と $SO(n)$ は $\frac{n(n-1)}2$ 次元の行列 Lie 群で、Lie 環はどちらも $\mathfrak{so}(n)=\{X\mid X^{\mathsf T}=-X\}$ である。

(i):$\det$ は成分の多項式で連続なので、$GL_n(\mathbb{R})=\det^{-1}(\mathbb{R}\setminus\{0\})$ は開集合であり、$M_n(\mathbb{R})$ の開集合は(座標をそのまま局所座標にとれば)$n^2$ 次元の部分多様体である。$H\in M_n(\mathbb{R})$ に対し曲線 $I+tH$ は $\lvert t\rvert$ が小さければ $GL_n(\mathbb{R})$ に入り、速度は $H$ なので $T_IGL_n(\mathbb{R})=M_n(\mathbb{R})$ である(接空間 の例「一般線形群」)。
(ii):$F:=\det\colon GL_n(\mathbb{R})\to\mathbb{R}$ とおくと $SL_n(\mathbb{R})=F^{-1}(1)$ である。上の計算から $DF(A)H=\det A\cdot\operatorname{tr}(A^{-1}H)$ であり、$A\in SL_n(\mathbb{R})$ で $H=A$ とすると $DF(A)A=n\ne0$ なので、$DF(A)$ の階数は $1$ である。接空間 の定理「等位集合の接空間」から、$SL_n(\mathbb{R})$ は $n^2-1$ 次元の部分多様体で、$T_ISL_n(\mathbb{R})=\ker DF(I)=\{H\mid\operatorname{tr}H=0\}$ である。$\det(AB)=\det A\det B$ から部分群である。
(iii):$O(n)=\{A\mid A^{\mathsf T}A=I\}$ が $\frac{n(n-1)}2$ 次元の部分多様体で、$SO(n)=\{A\in O(n)\mid\det A=1\}$ がその開集合であり、$T_IO(n)=T_ISO(n)$ が交代行列の全体であることは、写像 $A\mapsto A^{\mathsf T}A$ に同じ定理を使って 接空間 の例「直交群と特殊直交群」で示されている。$(AB)^{\mathsf T}AB=B^{\mathsf T}(A^{\mathsf T}A)B$ と $\det$ の乗法性から、どちらも部分群である。
最後に、行列 Lie 群は Lie 群である(「Lie 群」の節)。$\square$

指数写像と 1 径数部分群

$X\in M_n(\mathbb{R})$ の行列の指数関数 $e^X=\sum_{k\ge0}X^k/k!$ は 常微分方程式 の定義「行列の指数関数」のとおりであり、同じ記事の命題「行列の指数関数の性質」から、$t\mapsto e^{tX}$ は微分可能で $\frac{d}{dt}e^{tX}=Xe^{tX}=e^{tX}X$、$e^{(s+t)X}=e^{sX}e^{tX}$、$(e^{tX})^{-1}=e^{-tX}$ である。

指数写像と行列式

$X\in M_n(\mathbb{R})$ とする。
(R1) $t\mapsto e^{tX}$ は Lie 群の準同型 $\mathbb{R}\to GL_n(\mathbb{R})$ であり、$t=0$ での速度は $X$ である。
(R2) $\det e^X=e^{\operatorname{tr}X}$ である。
(R3) $X\in\mathfrak{sl}_n(\mathbb{R})$ ならすべての $t$ で $e^{tX}\in SL_n(\mathbb{R})$、$X\in\mathfrak{so}(n)$ ならすべての $t$ で $e^{tX}\in SO(n)$ である。

(i):準同型であることと速度は上の性質である。$\frac{d}{dt}e^{tX}=Xe^{tX}$ の右辺はまた同じ形の微分可能な写像の定数倍なので、帰納法で $t\mapsto e^{tX}$ は何回でも微分でき、滑らかである。
(ii):$\varphi(t):=\det e^{tX}$ とおく。$\varphi$ は微分可能で、$\varphi(s+t)=\det(e^{sX}e^{tX})=\varphi(s)\varphi(t)$ である。$\varphi'(0)$ は、列 $c_j(s):=e^{sX}e_j$($c_j(0)=e_j$、$c_j'(0)=Xe_j$)に上と同じ多重線形性の計算を使って $\operatorname{tr}X$ である。すると
$$ \varphi'(t)=\lim_{s\to0}\frac{\varphi(t+s)-\varphi(t)}s=\varphi(t)\lim_{s\to0}\frac{\varphi(s)-1}s=\operatorname{tr}X\cdot\varphi(t) $$
であり、$\varphi(0)=1$ である。$\bigl(e^{-t\operatorname{tr}X}\varphi(t)\bigr)'=0$ から $\varphi(t)=e^{t\operatorname{tr}X}$ であり、$t=1$ とすればよい。
(iii):$\operatorname{tr}X=0$ なら (ii) から $\det e^{tX}=1$ である。$X^{\mathsf T}=-X$ なら、転置を項ごとにとって $(e^{tX})^{\mathsf T}=e^{tX^{\mathsf T}}=e^{-tX}=(e^{tX})^{-1}$ なので $e^{tX}\in O(n)$ であり、交代行列の対角成分は $0$ なので $\operatorname{tr}X=0$、よって $\det e^{tX}=1$ である。$\square$

(ii) は、$e^{X}$ の行列式が「体積の拡大率」であり、$\operatorname{tr}X$ がその無限小版(ベクトル場 $x\mapsto Xx$ の発散)であることを表している。とくに $\det e^X>0$ なので、$e^X$ はつねに行列式が正の行列であり、$\det<0$ の行列は指数写像の像に入らない。
$\mathbb{R}$ から Lie 群への微分可能な準同型を 1 径数部分群という。次の定理は、行列 Lie 群の 1 径数部分群が Lie 環の元とちょうど 1 対 1 に対応することを述べる。

1 径数部分群と Lie 環

$G\subset GL_n(\mathbb{R})$ を行列 Lie 群、$\mathfrak{g}=T_IG$ をその Lie 環とする。
(R1) $X\in\mathfrak{g}$ なら、すべての $t\in\mathbb{R}$ で $e^{tX}\in G$ であり、$t\mapsto e^{tX}$ は Lie 群の準同型 $\mathbb{R}\to G$ である。
(R2) 逆に、$\gamma\colon\mathbb{R}\to G$ が群の準同型で、$M_n(\mathbb{R})$ に値をとる写像として微分可能なら、$X:=\gamma'(0)\in\mathfrak{g}$ であり、すべての $t$ で $\gamma(t)=e^{tX}$ である。
したがって $X\mapsto\bigl(t\mapsto e^{tX}\bigr)$ は、$\mathfrak{g}$ から $G$ の 1 径数部分群の全体への全単射である。

(ii) を先に示す。$\gamma(t+s)=\gamma(t)\gamma(s)$ を $s$ で微分して $s=0$ とおくと $\gamma'(t)=\gamma(t)X$ であり、$\gamma(0)=I$ である。$Y(t):=e^{tX}$ も $Y'=YX$、$Y(0)=I$ を満たす。転置をとると、$\gamma^{\mathsf T}$ と $Y^{\mathsf T}$ の各列は同じ初期値をもつ定数係数の線形方程式 $z'=X^{\mathsf T}z$ の解なので、常微分方程式 の定理「定数係数の線形方程式の解」(解の一意性)から $\gamma=Y$ である。$\gamma$ は $G$ の中の滑らかな曲線で $\gamma(0)=I$ なので、その速度 $X$ は $\mathfrak{g}$ に属する。
(i):段 1.$A\in G$ なら $AX\in T_AG$ である。実際、$G$ の中の滑らかな曲線 $c$ で $c(0)=I$、$c'(0)=X$ となるものをとる(def-lg-matrix-group)と、$G$ は部分群なので $t\mapsto Ac(t)$ は $G$ の中の曲線で、$A$ を通り速度は $AX$ である。
段 2.段 1 から、$A\mapsto AX$ は $G$ の上の滑らかなベクトル場 $V$ を定める。

詳細

$G$ の点 $A_0$ のまわりに部分多様体の定義の局所座標 $(W;y^1,\dots,y^N)$($N=n^2$、$W\cap G=\{y^{d+1}=\dots=y^N=0\}$)をとる。線形写像 $A\mapsto AX$ は $W$ 上の滑らかなベクトル場で、座標 $y$ での成分 $v^1,\dots,v^N$ は $W$ 上の滑らかな関数である。$G$ の点での接空間は $dy^{d+1}=\dots=dy^N=0$ で切り取られる $d$ 次元の部分空間なので、段 1 から $W\cap G$ の上で $v^{d+1}=\dots=v^N=0$ である。よって $V$ は $G$ の局所座標 $(y^1,\dots,y^d)$ で滑らかな成分 $v^1,\dots,v^d$ をもつベクトル場である。


段 3.ベクトル場 の定理「流れの基本定理」から、$V$ の積分曲線 $c\colon(-\varepsilon,\varepsilon)\to G$ で $c(0)=I$ となるものがある。$M_n(\mathbb{R})$ の中の曲線とみると $c'(t)=V(c(t))=c(t)X$、$c(0)=I$ なので、(ii) の証明と同じ一意性から $\lvert t\rvert<\varepsilon$ で $c(t)=e^{tX}$ である。よって $\lvert t\rvert<\varepsilon$ なら $e^{tX}\in G$ である。
段 4.任意の $t$ について、$\lvert t/m\rvert<\varepsilon$ となる正の整数 $m$ をとると $e^{tX}=\bigl(e^{(t/m)X}\bigr)^m\in G$ である($G$ は積で閉じている)。$t\mapsto e^{tX}$ は $M_n(\mathbb{R})$ への滑らかな写像で値が $G$ に入るので、lem-lg-into-submanifold から $G$ への滑らかな準同型である。$\square$

段 3 で使った「$A\mapsto AX$ の流れ」は、rem-lg-general の左不変なベクトル場の流れの行列版である:$G$ の上で $V$ は左移動で不変であり($L_B$ の微分は $H\mapsto BH$ なので $B\cdot(AX)=(BA)X$)、その積分曲線は $A\mapsto Ae^{tX}$ である。

Lie 環は交換子で閉じている

行列 Lie 群 $G$ の Lie 環 $\mathfrak{g}$ について、$X,Y\in\mathfrak{g}$ なら $[X,Y]=XY-YX\in\mathfrak{g}$ である。したがって $\mathfrak{g}$ は $\mathfrak{gl}_n(\mathbb{R})$ の部分 Lie 環である。

$A\in G$ と $Z\in\mathfrak{g}$ について $AZA^{-1}\in\mathfrak{g}$ である。実際、$G$ の中の曲線 $c$ で $c(0)=I$、$c'(0)=Z$ となるものをとると、$t\mapsto Ac(t)A^{-1}$ は $G$ の中の曲線で、$I$ を通り速度は $AZA^{-1}$ である。thm-lg-one-parameter の (i) から $e^{tX}\in G$ なので、$f(t):=e^{tX}Ye^{-tX}$ はすべての $t$ で $\mathfrak{g}$ に属する。$\mathfrak{g}$ は $M_n(\mathbb{R})$ の線形部分空間で閉集合なので、差分商 $\frac{f(t)-f(0)}t\in\mathfrak{g}$ の極限 $f'(0)$ も $\mathfrak{g}$ に属する。積の微分法から $f'(0)=XY+Y(-X)=XY-YX$ である。$\square$

たとえば $\mathfrak{so}(3)$ の基底 $L_1=E_{32}-E_{23}$、$L_2=E_{13}-E_{31}$、$L_3=E_{21}-E_{12}$(それぞれ $x$ 軸、$y$ 軸、$z$ 軸のまわりの無限小回転)について $[L_1,L_2]=L_3$、$[L_2,L_3]=L_1$、$[L_3,L_1]=L_2$ である。$\mathbb{R}^3$ の元 $a$ に $a_1L_1+a_2L_2+a_3L_3$ を対応させると、交換子はベクトルの外積 $a\times b$ にあたる。
円周群 U(1) と単位元 1 での接線 iℝ。接線上の点 iθ は指数写像で円周上の点 e^{iθ} に移る。接線を円周に巻きつける写像である 円周群 U(1) と単位元 1 での接線 iℝ。接線上の点 iθ は指数写像で円周上の点 e^{iθ} に移る。接線を円周に巻きつける写像である
図 1 は $U(1)=S^1$ の場合である。Lie 環は単位元 $1$ での接線 $i\mathbb{R}$ で、$i\theta\mapsto e^{i\theta}$ が指数写像である。指数写像は接線を円周に巻きつけるので、全射だが単射でない($\theta$ と $\theta+2\pi$ が同じ点に移る)。

単位元の近くが群を生成する

連結な位相群は単位元の近傍で生成される

$G$ を連結な位相群(とくに連結な Lie 群)、$U$ を単位元 $e$ の近傍とする。$G$ のすべての元は、$U\cup U^{-1}$ の元の有限個の積として書ける。

$U\cup U^{-1}$ の元の有限個の積の全体を $H$ とおくと、$H$ は部分群である(積で閉じ、$(u_1\cdots u_k)^{-1}=u_k^{-1}\cdots u_1^{-1}$)。$h\in H$ なら $hU\subset H$ であり、$hU$ は $h$ の近傍である(位相群 の命題「平行移動と逆元の同相性」)。よって $H$ は開集合である。$G\setminus H$ は剰余類 $gH$($g\notin H$)の和集合で、各 $gH$ は開集合 $H$ の左移動なので開集合であり、したがって $H$ は閉集合でもある(位相群 の命題「部分群の位相」)。$H$ は空でない開かつ閉な部分集合で、$G$ は連結なので $H=G$ である(連結空間)。$\square$

連結な行列 Lie 群は指数の積で書ける

$G$ を連結な行列 Lie 群とすると、$G$ のすべての元は $e^{X_1}e^{X_2}\cdots e^{X_k}$($X_i\in\mathfrak{g}$)の形に書ける。

thm-lg-one-parameter の (i) から $\exp\colon\mathfrak{g}\to G$、$X\mapsto e^X$ が定まり、lem-lg-into-submanifold から滑らかである。$\frac{d}{dt}e^{tX}\big|_{t=0}=X$ なので、$0$ での微分は $\mathfrak{g}$ の恒等写像である。$\mathfrak{g}$ に線形座標、$G$ に $I$ のまわりの局所座標をとって 逆関数定理 の定理「逆関数定理」を使うと、$0$ の開近傍 $W\subset\mathfrak{g}$ で $\exp(W)$ が $I$ の開近傍になるものがある。$W$ を $W\cap(-W)$ に取り替えれば、$U:=\exp(W)$ について $U^{-1}=\exp(-W)=U$ である。thm-lg-generated から結論が従う。$\square$

$e^X$ 1 つだけでは足りないことがある(「反例:似ているが違うもの」の節の ex-lg-exp-not-surjective)。

閉部分群定理

閉部分群定理(Cartan)

Lie 群 $G$ の閉部分群 $H$ は $G$ の部分多様体であり、その構造について Lie 群である。とくに $GL_n(\mathbb{R})$ の閉部分群は行列 Lie 群である。

閉部分群定理の出典

この記事では証明しない。定理は Nic20 §1.2 に述べられる。証明の方針は、$\mathfrak{h}:=\{X\in T_eG\mid$ すべての $t$ で $\exp(tX)\in H\}$ が線形部分空間であることを示し、$\exp$ を使って $e$ の近くの $H$ を $\mathfrak{h}$ で平らにする局所座標を作ることである。$SL_n(\mathbb{R})$、$O(n)$、Heisenberg 群のように方程式で定まる $GL_n(\mathbb{R})$ の部分群は閉なので、この定理からも行列 Lie 群であることが分かる。thm-lg-matrix-groups は、この定理を使わずに直接確かめたものである。

反例:似ているが違うもの

外す条件・誤った期待反例成り立たなくなること
局所 Euclid であること$\mathbb{Q}$、$p$ 進位相の $\mathbb{Z}$位相群だが Lie 群でない
「連結なら $\exp$ は全射」$SL_2(\mathbb{R})$ の $\operatorname{diag}(-2,-\frac12)$指数写像の全射性
部分群が閉であること(閉部分群定理)$T^2$ の無理数の傾きの直線単射な準同型の像が閉部分群になること
「Lie 環が同型なら群も同型」$\mathbb{R}$ と $S^1$、$SU(2)$ と $SO(3)$Lie 環から群が決まること
反例:位相群だが Lie 群でない

有理数の加法群 $\mathbb{Q}$($\mathbb{R}$ からの相対位相)と、位相群 の例「整数の $p$ 進位相」の $\mathbb{Z}$ は位相群である(前者は 位相群 の命題「部分群の位相」の 1 による)。しかしどちらも、どの次元の多様体とも局所的に同相でないので、どんな滑らかな構造を入れても Lie 群にならない。
どちらも可算集合で、1 点集合は開集合でない($\mathbb{Q}$ では $0$ のどの近傍も $0$ 以外の有理数を含み、$p$ 進位相では $p^k\mathbb{Z}$ が無限集合)。0 次元の多様体は離散空間なので、どちらも 0 次元の多様体でない。$d\ge1$ なら $\mathbb{R}^d$ の空でない開集合は非可算なので、可算集合の開集合はそれと同相にならない。満たす性質は「群演算が連続(位相群)」、満たさない性質は「局所 Euclid(多様体)」であり、Lie 群の定義の多様体の条件を破る。

反例:連結でも指数写像は全射でない

$SL_2(\mathbb{R})$ は連結であるが、$A=\operatorname{diag}\bigl(-2,-\frac12\bigr)\in SL_2(\mathbb{R})$ は $e^X$($X\in\mathfrak{sl}_2(\mathbb{R})$)の形に書けない。すべての $X\in\mathfrak{sl}_2(\mathbb{R})$ について $\operatorname{tr}e^X\ge-2$ であり、$\operatorname{tr}A=-\frac52<-2$ だからである。
$\operatorname{tr}e^X\ge-2$ の証明:$\operatorname{tr}X=0$ なので固有多項式は $\lambda^2+\det X$ であり、2 次の Cayley–Hamilton の定理から $X^2=-(\det X)I$ である。

  • $\det X<0$ のとき、$\mu:=\sqrt{-\det X}>0$ とおくと $X$ は相異なる実固有値 $\pm\mu$ をもち、実行列 $P$ で $X=P\operatorname{diag}(\mu,-\mu)P^{-1}$ と対角化される。常微分方程式 の命題「行列の指数関数の性質」の (iv) から $e^X=P\operatorname{diag}(e^\mu,e^{-\mu})P^{-1}$ であり、$\operatorname{tr}e^X=e^\mu+e^{-\mu}>2$ である。
  • $\det X>0$ のとき、$\nu:=\sqrt{\det X}$ とおくと $X^2=-\nu^2I$ なので、偶数番目と奇数番目の項をまとめて $e^X=\cos\nu\cdot I+\frac{\sin\nu}\nu X$ となり、$\operatorname{tr}e^X=2\cos\nu\ge-2$ である。
  • $\det X=0$ のとき、$X^2=0$ なので $e^X=I+X$ であり、$\operatorname{tr}e^X=2$ である。
    一方 $e^{\pi J}=-I$($J=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$)と $e^{D}=\operatorname{diag}(2,\frac12)$($D=\operatorname{diag}(\log2,-\log2)$)の積は $A$ に等しいので、$A$ は 2 つの指数の積である(cor-lg-exp-generates と整合する)。満たす性質は「連結な Lie 群」、満たさない性質は「$\exp$ の全射性」であり、破る含意は「連結な Lie 群では指数写像は全射である」である(Heisenberg 群 ex-lg-heisenberg や $U(1)$ では全射である)。
    $SL_2(\mathbb{R})$ が連結であることの証明を開く

    $A\in SL_2(\mathbb{R})$ の 2 本の列に Gram–Schmidt の直交化を行うと、$A=QR$($Q\in O(2)$、$R$ は対角成分が正の上三角行列)と書ける。$\det R>0$、$\det A=1$ なので $\det Q>0$ であり、$Q=R_\theta\in SO(2)$ である。$R=\begin{pmatrix}r&s\\0&r^{-1}\end{pmatrix}$($r>0$、$\det R=\det A/\det Q=1$)なので、$0\le\tau\le1$ について $\gamma(\tau):=R_{\tau\theta}\begin{pmatrix}r^\tau&\tau s\\0&r^{-\tau}\end{pmatrix}$ は $SL_2(\mathbb{R})$ の中の連続な道で、$\gamma(0)=I$、$\gamma(1)=A$ である。よって $SL_2(\mathbb{R})$ は弧状連結、とくに連結である。

反例:像が閉でない 1 径数部分群

$\alpha$ を無理数とし、トーラス の記号 $e(s)=(\cos2\pi s,\sin2\pi s)$ を使って $\varphi\colon\mathbb{R}\to T^2$、$\varphi(t):=\bigl(e(t),e(\alpha t)\bigr)$ とおく。$\varphi$ は Lie 群の準同型で単射である($\varphi(t)=\varphi(0)$ なら $t$ と $\alpha t$ がともに整数で、$\alpha$ が無理数なので $t=0$)。トーラス の命題「平坦トーラスの上の直線」から像は $T^2$ で稠密である(図 2)。一方、像の点で第 1 成分が $e(0)$ のものは $t\in\mathbb{Z}$ に対応する可算個の点 $\bigl(e(0),e(k\alpha)\bigr)$ だけなので、像は $T^2$ 全体でない。稠密で全体でない部分集合は閉集合でないので、像は閉部分群でない。
したがって「単射な Lie 群の準同型の像は閉部分群で、閉部分群定理により部分多様体である」とは言えない。満たす性質は「Lie 群の単射な準同型の像」、満たさない性質は「閉」であり、thm-lg-closed-subgroup の仮定を満たさない。傾き $\alpha$ が有理数なら像は閉じた曲線($T^2$ の中の円周)になる。

平坦トーラス(正方形の対辺を同一視)の上の直線 t ↦ (t, √2 t)。左は 0 ≤ t ≤ 6、右は 0 ≤ t ≤ 60。時間を延ばすと正方形を埋め尽くすように広がる 平坦トーラス(正方形の対辺を同一視)の上の直線 t ↦ (t, √2 t)。左は 0 ≤ t ≤ 6、右は 0 ≤ t ≤ 60。時間を延ばすと正方形を埋め尽くすように広がる

反例:Lie 環が同じでも群は違う

$\mathbb{R}$ と $S^1$ はどちらも 1 次元の可換な Lie 群で、Lie 環はどちらも 1 次元で括弧積が $0$ なので、Lie 環として同型である。しかし $S^1$ はコンパクトで $\mathbb{R}$ はコンパクトでないので、同相ですらない。準同型 $\mathbb{R}\to S^1$、$t\mapsto e^{it}$ は単位元の近くでは微分同相だが、全体では単射でない。
同じことが非可換な場合にも起こる。$SU(2)$ から $SO(3)$ への 2 対 1 の全射準同型 $\mathrm{Ad}$ の単位元での微分は、Lie 環の同型 $\mathfrak{su}(2)\cong\mathfrak{so}(3)$ を与える(SO(3)とSU(2) の注意「Lie 群の言葉での位置づけ」)。しかし $SU(2)\cong S^3$ は単連結で、$SO(3)$ の基本群は $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ である(SO(3)とSU(2) の定理「回転群の基本群」)ので、$SU(2)$ と $SO(3)$ は同相でない。満たす性質は「Lie 環が同型」、満たさない性質は「Lie 群として同型」であり、破る含意は「Lie 環が群を決める」である。Lie 環が決めるのは、単位元の近くの群の構造である。

補足

Lie 群は、幾何学・物理学で対称性を扱う標準的な道具である。

ほかの記事とのつながりを開く
  • Lie 群 $H$ の離散部分群 $\Gamma$ による商 $H\to H/\Gamma$ は被覆写像である(被覆空間 の例「Lie群の離散部分群による商」)。$\mathbb{R}^n\to T^n=\mathbb{R}^n/\mathbb{Z}^n$ がその例である。
  • $SU(2)\to SO(3)$ のような、Lie 群の 2 対 1 の被覆準同型は 二重被覆群 で扱われる。
  • 左不変なベクトル場の Lie 括弧は、ベクトル場の Lie微分 であり、関数への作用としては 導分 の交換子である。
  • 3 次元の実 Lie 環の分類は Bianchi分類 にあり、宇宙論の一様な時空の分類に使われる。
  • Lie 群は微分幾何学の基本的な対象である(微分幾何学 の例「Lie群」)。

関連項目

参考文献

[1]
Liviu I. Nicolaescu, Lectures on the Geometry of Manifolds, Third Edition, World Scientific, 2020, §1.2(Lie 群・閉部分群定理)、§3.1(左不変ベクトル場・Lie 環・指数写像)

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