近似性質(approximation property)とは、Banach 空間 $X$ の任意のコンパクト集合 $C$ と $\varepsilon>0$ に対し、有限階作用素 $F$ で $\sup_{x\in C}\|Fx-x\|<\varepsilon$ となるものがとれるという性質である。$X$ が近似性質をもてば、任意の Banach 空間から $X$ へのコンパクト作用素は有限階作用素の作用素ノルムでの極限になる。Hilbert 空間と Schauder 基底をもつ空間($\ell^p$、$c_0$、$C[0,1]$ など)は近似性質をもち、この性質は補空間をもつ閉部分空間に受け継がれる。一方、$\ell^p$($1< p<\infty$、$p\ne2$)の閉部分空間で近似性質をもたないものがあり、Enflo の構成に始まる。
前提知識: コンパクト作用素, Banach空間, Schauder基底
有限階作用素(像が有限次元の有界線形作用素)の作用素ノルムでの極限はコンパクト作用素である。逆に、コンパクト作用素はいつも有限階作用素で近似できるだろうか。行き先が Hilbert 空間ならできる(コンパクト作用素 の記事の命題「Hilbert空間への作用素の有限階近似」)。この問いは「近似問題」と呼ばれ、一般の Banach 空間では否定的に解決された(Enflo)。
近似できるかどうかは、作用素よりも行き先の空間の性質で決まる。そこで、空間の恒等写像がコンパクト集合の上で有限階作用素により一様に近似できるという性質を考える。これが近似性質である。
スカラー体は $\mathbb{R}$ または $\mathbb{C}$ とする。Banach 空間 $X,Y$ の間の有界線形作用素の空間を $L(Y,X)$、$L(X):=L(X,X)$ と書く。像が有限次元の $F\in L(Y,X)$ を有限階作用素という。有限階作用素はコンパクト作用素である。
近似性質は、恒等写像 $I$ が「コンパクト集合の上で一様に収束する位相」で有限階作用素の極限になる、という性質である。作用素ノルムでの近似を要求すると、次のように無限次元では決して成り立たない。
$X$ が無限次元なら、$\|I-F\|<1$ を満たす有限階作用素 $F\in L(X)$ は存在しない。$\|I-F\|<1$ なら、級数 $\sum_{j\ge0}(I-F)^j$ は作用素ノルムで収束し、その和が $F=I-(I-F)$ の逆作用素になる。すると $X=F(X)$ は有限次元になり、矛盾する。とくに無限次元の空間の恒等作用素は、有限階作用素の作用素ノルムでの極限にならない(恒等作用素はコンパクトでないことからもわかる)。
$\ell^2$ のコンパクト集合 $C:=\{x\in\ell^2\mid|x_k|\le1/k\ (k\ge1)\}$ を考える(座標ごとの収束と $\sum_k1/k^2<\infty$ から点列コンパクトである)。最初の $n$ 座標を残す有限階作用素 $P_n$ について
$$
\sup_{x\in C}\|P_nx-x\|_2^2=\sup_{x\in C}\sum_{k>n}|x_k|^2=\sum_{k>n}\frac1{k^2}\to0
$$
である。一方 $\|P_n-I\|=1$ がすべての $n$ で成り立つ($e_{n+1}$ を考える)。コンパクト集合の上では一様に近似できても、作用素ノルムでは近づかない。
有限次元の空間は $F=I$ ととれば $1$-有界近似性質をもつ。また近似性質は線形同型で保たれる。$S\colon X\to Y$ が線形同型で $X$ が近似性質をもつなら、コンパクト集合 $C\subset Y$ に対して $S^{-1}(C)$ はコンパクトであり、$\sup_{x\in S^{-1}(C)}\|Fx-x\|<\varepsilon/\|S\|$ となる有限階作用素 $F$ をとれば、$SFS^{-1}$ は有限階で $\sup_{y\in C}\|SFS^{-1}y-y\|<\varepsilon$ を満たす。
有界近似性質は、ノルムの上限があるおかげで、コンパクト集合の代わりに有限集合で確かめれば十分である。
$\lambda\ge1$ とし、Banach 空間 $X$ について次は同値である。
1⇒2:有限集合はコンパクトである。
2⇒1:$C$ をコンパクト集合、$\varepsilon>0$ とし、$C$ の点 $x_1,\ldots,x_m$ で各 $x\in C$ がどれかの $x_i$ から距離 $\varepsilon$ 未満にあるものをとる。2 の $F$ について、$\|x-x_i\|<\varepsilon$ なら $\|Fx-x\|\le\|F(x-x_i)\|+\|Fx_i-x_i\|+\|x_i-x\|<(\lambda+2)\varepsilon$ である。$\varepsilon$ は任意なので 1 が従う。
可分な場合の 2⇒3:稠密な点列 $(y_k)$ をとり、$n$ ごとに $\{y_1,\ldots,y_n\}$ と $1/n$ について 2 の $F_n$ をとる。各 $k$ について $n\ge k$ なら $\|F_ny_k-y_k\|<1/n$ なので $F_ny_k\to y_k$ である。$x\in X$ と $\varepsilon>0$ について $\|x-y_k\|<\varepsilon$ となる $y_k$ をとれば、$\|F_nx-x\|\le(\lambda+1)\varepsilon+\|F_ny_k-y_k\|$ なので $\limsup_n\|F_nx-x\|\le(\lambda+1)\varepsilon$ となり、$F_nx\to x$ である。3⇒1:コンパクト集合 $C$ の上で一様に収束することを、2⇒1 と同じ評価で示せる(有限個の点で $F_nx_i\to x_i$ となる $n$ をとる)。$\square$
ノルムの上限を外すと、この言い換えは成り立たない。有限集合 $\{x_1,\ldots,x_m\}$ の張る有限次元の部分空間を $M$ とし、$M$ の基底 $v_1,\ldots,v_r$ に対して $\varphi_j(v_i)$ が $i=j$ なら $1$、それ以外は $0$ となる $\varphi_j\in X^*$ を Hahn–Banachの定理 でとると、$F:=\sum_j\varphi_j(\cdot)v_j$ は $M$ の上で恒等写像になる有限階作用素である。つまり上限のない 2 はどの Banach 空間でも成り立つ。一方で、近似性質をもたない Banach 空間がある(節「近似性質をもたない空間」)。有限集合の上で誤差なく近似できても、作用素のノルムが大きいと近くの点での誤差を抑えられないのである。
Banach 空間 $X$ が近似性質をもつとする。このとき任意の Banach 空間 $Y$ と任意のコンパクト作用素 $T\in L(Y,X)$ について、有限階作用素 $T_n\in L(Y,X)$ で $\|T_n-T\|\to0$ となるものが存在する。
$B_Y$ を $Y$ の閉単位球とし、$C$ を $T(B_Y)$ の閉包とする。$T$ はコンパクトなので $C$ はコンパクトである。$\varepsilon>0$ について、近似性質により有限階作用素 $F\in L(X)$ で $\sup_{x\in C}\|Fx-x\|<\varepsilon$ となるものをとる。$FT\in L(Y,X)$ の像は $F(X)$ に含まれるので有限次元であり、$FT$ は有限階作用素である。$y\in B_Y$ なら $Ty\in C$ なので
$$
\|FTy-Ty\|<\varepsilon
$$
であり、$\|FT-T\|\le\varepsilon$ となる。$\varepsilon=1/n$ として得られる $FT$ を $T_n$ とすればよい。$\square$
証明が示すとおり、要るのは「$T(B_Y)$ の閉包という 1 つのコンパクト集合の上で恒等写像を近似すること」だけである。$Y$ が何であっても、$T$ のコンパクト性によって問題は $X$ の中のコンパクト集合に移る。近似問題で行き先の空間の性質が決め手になるのはこのためである。
任意の Hilbert 空間 $H$(可分でなくてもよい)は $1$-有界近似性質をもつ。
$C\subset H$ をコンパクト集合、$\varepsilon>0$ とする。$C$ は全有界なので、有限個の点 $f_1,\ldots,f_m\in C$ で、各 $x\in C$ がどれかの $f_i$ から距離 $\varepsilon/2$ 未満にあるものがとれる($C$ が空なら $F=0$ でよい)。$f_i$ の張る有限次元の部分空間 $M$ は閉であり、$M$ への直交射影を $P$ とする(Hilbert空間 の記事の定理「直交射影と直交分解」)。$P$ は有限階で $\|P\|\le1$ である。$Px$ は $M$ の中で $x$ にもっとも近い点なので、$x\in C$ と $\|x-f_i\|<\varepsilon/2$ となる $f_i\in M$ について
$$
\|Px-x\|\le\|f_i-x\|<\frac{\varepsilon}2
$$
である。よって $\sup_{x\in C}\|Px-x\|\le\varepsilon/2<\varepsilon$ である。$\square$
thm-ap-compact と合わせると、Hilbert 空間へのコンパクト作用素は有限階作用素の極限である。これは コンパクト作用素 の記事の命題「Hilbert空間への作用素の有限階近似」の別証明になっている。証明に使ったのは有限次元の部分空間への射影でノルムが $1$ のものがあることだけで、正規直交基底や可分性は使っていない。
Banach 空間 $X$ が Schauder 基底 $(b_k)$ をもち、その基底定数を $K$ とする。部分和の作用素 $P_n$ は、任意のコンパクト集合 $C\subset X$ の上で恒等写像に一様に収束する。
$$
\sup_{x\in C}\|P_nx-x\|\to0\qquad(n\to\infty)
$$
とくに $X$ は $K$-有界近似性質をもつ。
Schauder基底 の記事の定理「係数汎関数の連続性と基底定数」により、$P_n$ は有界で $\|P_n\|\le K$ がすべての $n$ で成り立つ。$C$ は空でないとしてよい。$\varepsilon>0$ について、$C$ の有限個の点 $f_1,\ldots,f_m$ で、各 $x\in C$ がどれかの $f_i$ から距離 $\varepsilon$ 未満にあるものをとる。各 $f_i$ について $P_nf_i\to f_i$ なので、ある $N$ があって $n\ge N$ ならすべての $i$ で $\|P_nf_i-f_i\|<\varepsilon$ である。$x\in C$ と $\|x-f_i\|<\varepsilon$ となる $f_i$ について、$n\ge N$ なら
$$
\|P_nx-x\|\le\|P_n(x-f_i)\|+\|P_nf_i-f_i\|+\|f_i-x\|<(K+2)\varepsilon
$$
である。よって $n\ge N$ で $\sup_{x\in C}\|P_nx-x\|\le(K+2)\varepsilon$ となり、一様収束が示された。$P_n$ は像が $b_1,\ldots,b_n$ の張る空間に入る有限階作用素で $\|P_n\|\le K$ なので、$X$ は $K$-有界近似性質をもつ。$\square$
証明の要は、作用素の族 $(P_n)$ が一様に有界であることである。一様な有界性があれば、有限個の点での収束が、その近くの点へ誤差 $K$ 倍で伝わる。各 $P_n$ が有界でありさえすれば、各点で $P_nx\to x$ となることと 一様有界性原理 から一様な有界性が従う。したがって本質は、係数汎関数と部分和の作用素が連続であることにあり、これが Schauder基底 の記事で有界逆写像定理を使って示した部分である。
$\ell^p$($1\le p<\infty$)と $c_0$ は標準基底について、$C[0,1]$ は折れ線の基底について基底定数が $1$ なので(ℓp空間、c0空間、Schauder基底 の記事の定理「$C[0,1]$ の基底」)、どれも $1$-有界近似性質をもつ。標準基底の部分和の作用素は最初の $n$ 座標を残す作用素で、ノルムは $1$ 以下である。したがって、これらの空間へのコンパクト作用素は、有限階作用素の作用素ノルムでの極限である。
$k$ を $[0,1]^2$ 上の連続関数とし、$T\colon C[0,1]\to C[0,1]$ を $(Tf)(s):=\int_0^1k(s,t)f(t)\,dt$ で定める。Schauder基底 の記事の折れ線による補間 $L_n$(節点 $d_0,\ldots,d_n$)を $Tf$ に施すと、
$$
(L_nTf)(s)=\int_0^1k_n(s,t)f(t)\,dt,\qquad k_n(\cdot,t):=L_n\bigl(k(\cdot,t)\bigr)
$$
となる。$k_n(s,t)$ は $s$ について節点の間で 1 次式なので、$k_n(s,t)=\sum_{j\le n}\psi_j(s)k(d_j,t)$($\psi_j$ は $d_j$ で $1$、ほかの節点で $0$ の折れ線)と書け、$L_nT$ は像が $\psi_0,\ldots,\psi_n$ の張る空間に入る有限階作用素である。誤差は
$$
\|L_nT-T\|\le\sup_{s,t}|k_n(s,t)-k(s,t)|
$$
で押さえられ、$k$ の一様連続性から右辺は $0$ に収束する(Schauder基底 の記事の定理「$C[0,1]$ の基底」の証明の (b) と同じ評価を $t$ について一様に行う)。核を有限和 $\sum_j\psi_j(s)k(d_j,t)$(退化核)で近似することが、thm-ap-compact の具体的な姿である。
Banach 空間 $X$ が近似性質をもち、$Z$ が $X$ の閉部分空間で、$X$ から $Z$ の上への有界な線形射影 $P$ があるとする。このとき $Z$ も近似性質をもつ。
$Z=\{0\}$ なら明らかなので $\|P\|\ge1$ としてよい。$C\subset Z$ をコンパクト集合、$\varepsilon>0$ とする。$C$ は $X$ のコンパクト集合でもあるので、有限階作用素 $F\in L(X)$ で $\sup_{z\in C}\|Fz-z\|<\varepsilon/\|P\|$ となるものがある。$G:=PF|_Z\in L(Z)$ は像が $P(F(X))$ に入る有限階作用素であり、$z\in C$ について $Pz=z$ なので
$$
\|Gz-z\|=\|P(Fz-z)\|\le\|P\|\,\|Fz-z\|<\varepsilon
$$
である。$\square$
補空間をもつという仮定は外せない。下の節のとおり、$\ell^p$($1< p<\infty$、$p\ne2$)は近似性質をもつが、その閉部分空間で近似性質をもたないものがある。
Enflo は、有限階作用素の作用素ノルムでの極限にならないコンパクト作用素を構成した。のちにより簡単な例が見つかり、行き先の空間 $W$ を $\ell^p$($1< p<\infty$、$p\ne2$)のある閉部分空間にとれる(Bre11 Chapter 6 の Remark 1(pp. 157–158)に経緯と文献がある。この記事では証明しない)。
この事実を認めると、この記事の定理から次のことがわかる。
| 性質 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| Schauder 基底をもつ | 各元が一意な級数展開をもつ | $\ell^p$($1\le p<\infty$)、$c_0$、$C[0,1]$、可分な Hilbert 空間 |
| 有界近似性質 | ノルムが一様に有界な有限階作用素でコンパクト集合上の近似ができる | 基底をもつ空間、すべての Hilbert 空間 |
| 近似性質 | 有限階作用素でコンパクト集合上の近似ができる | 上の空間すべて |
| 近似性質をもたない | $\ell^p$($1< p<\infty$、$p\ne2$)のある閉部分空間 |
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| コンパクト集合の上での一様な近似(作用素ノルムでの近似に替える) | 無限次元の空間の恒等作用素 | 有限階作用素による近似(ex-ap-identity) |
| 行き先の空間の近似性質(thm-ap-compact) | $\ell^p$($1< p<\infty$、$p\ne2$)のある閉部分空間への作用素 | コンパクト作用素の有限階近似 |
| 補空間をもつこと(prop-ap-complemented) | $\ell^p$($1< p<\infty$、$p\ne2$)の上と同じ閉部分空間 | 近似性質の遺伝 |
1 行目は ex-ap-identity、2・3 行目は節「近似性質をもたない空間」である(構成はこの記事では証明しない)。
近似問題の経緯、Enflo の反例と $\ell^p$ の閉部分空間による例、行き先が Hilbert 空間の場合の有限階近似、行き先が Schauder 基底をもつ場合も同様であることの注意は Bre11 Chapter 6 の Remark 1(pp. 157–158)にある。有限階作用素の極限がコンパクトであることは同書 Corollary 6.2(p. 157)である。近似問題は Banach と Grothendieck に遡ると同書は述べている。
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