基本変形(elementary operation)とは、行列の 2 つの行(列)の入れ替え、ある行(列)の単元倍、ある行(列)に別の行(列)の定数倍を加える、の 3 種類の操作のことで、行に対するものを行基本変形、列に対するものを列基本変形という。どれも単位行列に同じ変形を施した基本行列を、行なら左から、列なら右から掛けることで実現できる。体の上では、行と列の基本変形で任意の行列を $\begin{pmatrix}I_r&O\\O&O\end{pmatrix}$($r$ は階数)の形にできる。Euclid 整域の上では、行列式が $1$ の行列は「ある行に別の行の定数倍を加える」型の基本行列だけの積で書け、$\mathrm{SL}_n(\mathbb{Z})$ の生成元が得られる。
行列の 2 つの行を入れ替える、ある行を $0$ でない数倍する、ある行に別の行の定数倍を加える。この 3 種類の操作を 行基本変形 といい、列に対する同じ 3 種類の操作を 列基本変形 という。合わせて 基本変形 と呼ぶ。行基本変形は連立1次方程式の式の組み替えであり、掃き出し法 の材料である。基本変形はどれも、単位行列に同じ変形を施した 基本行列 を左(行のとき)または右(列のとき)から掛けることで実現できる。
行と列の基本変形を両方使うと、どんな行列も $\begin{pmatrix}I_r&O\\O&O\end{pmatrix}$ の形にでき、残るのは階数 $r$ だけである(thm-eo-normal-form)。行列式が $1$ の行列は「ある行に別の行の定数倍を加える」型の基本行列だけの積で書け、この事実は体だけでなく、整数環や多項式環のように割り算の余りが考えられる環(Euclid整域)でも成り立つ(thm-eo-generation)。左右から同じ基本行列とその逆を掛ければ相似な行列が、その転置を掛ければ合同な行列が得られ、行列の標準形を求める計算はこの組み合わせで行われる。
以下、$R$ は可換環とし、$R^\times$ をその単元の全体とする。主な場合は $R$ が体 $K$ のときで、このとき $R^\times=K\setminus\{0\}$ である。$R$ の元を成分とする $m\times n$ 行列の全体を $M_{m,n}(R)$、$M_n(R):=M_{n,n}(R)$ と書く。$E_{ij}$ は $(i,j)$ 成分だけが $1$ でほかが $0$ の行列である。
$A\in M_{m,n}(R)$ に対する次の 3 種類の操作を 行基本変形(elementary row operation)という。
(i) 第 $i$ 行と第 $j$ 行($i\ne j$)を入れ替える。
(ii) 第 $i$ 行に単元 $u\in R^\times$ を掛ける。
(iii) 第 $i$ 行に、第 $j$ 行($j\ne i$)の $c$ 倍($c\in R$)を加える。
「行」を「列」に替えた 3 種類の操作を 列基本変形(elementary column operation)といい、行基本変形と列基本変形を合わせて 基本変形 という。
$R$ が体のとき、行基本変形は 掃き出し法 の記事の定義「行基本変形・行同値・簡約階段形」の 3 種類と同じである。(ii) で掛ける数を単元に限り、(iii) で $j\ne i$ とするのは、変形を元に戻せるようにするためである(ex-eo-counterexamples)。
単位行列 $I_n$ に 1 回の行基本変形を施して得られる次の 3 種類の行列を 基本行列(elementary matrix)という。
(i) $P_{ij}$:$I_n$ の第 $i$ 行と第 $j$ 行を入れ替えたもの($i\ne j$)。
(ii) $D_i(u):=I_n+(u-1)E_{ii}$:$I_n$ の第 $i$ 行を $u\in R^\times$ 倍したもの。
(iii) $T_{ij}(c):=I_n+cE_{ij}$:$I_n$ の第 $i$ 行に第 $j$ 行の $c$ 倍を加えたもの($i\ne j$、$c\in R$)。
体の上の基本行列は 正則行列 の記事の定義「3 種類の基本行列」と同じものである。$I_n$ に列基本変形を施しても同じ 3 種類の行列が得られる(第 $i$ 列と第 $j$ 列の入れ替えは $P_{ij}$、第 $j$ 列に第 $i$ 列の $c$ 倍を加えると $T_{ij}(c)$)。
$A\in M_{m,n}(R)$ とする。
1 と 3 の逆行列の式は、正則行列 の記事の補題「基本行列を左から掛ける」と同じ計算である(その証明は成分の和と積しか使わないので、可換環の上でもそのまま成り立つ)。転置の式は定義から直接分かる。
2:$(AE)^{\top}=E^{\top}A^{\top}$ であり、3 により $E^{\top}$ は同じ種類の基本行列である。1 により $E^{\top}A^{\top}$ は $A^{\top}$ に行基本変形を施したもので、転置で戻せば $A$ に列基本変形を施したものになる。$E=T_{ij}(c)$ なら $E^{\top}=T_{ji}(c)$ は「第 $j$ 行に第 $i$ 行の $c$ 倍を加える」なので、$AT_{ij}(c)$ は第 $j$ 列に第 $i$ 列の $c$ 倍を加えたものである。ほかの 2 種類も同様である。
4:$D_i(u)$ と $T_{ij}(c)$ は三角行列なので、行列式は対角成分の積 $u$ と $1$ である。$P_{ij}$ は $I_n$ の 2 つの行を入れ替えたものなので、行列式の交代性により $-\det I_n=-1$ である(行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」と定理「多重線形性と交代性」。成分が可換環でも同じ証明で成り立つ)。$\square$
$T_{ij}(c)$ を左から掛けると「第 $i$ 行に第 $j$ 行の $c$ 倍を加える」、右から掛けると「第 $j$ 列に第 $i$ 列の $c$ 倍を加える」で、添字の役割が入れ替わることに注意する。4 と行列式の積の公式から、正方行列 $A$ について $\det(EA)=\det(AE)=\det E\det A$ である(基本行列の行列式は Bee15 Theorem DEM、$\det(EA)$ の式は同書 Theorem DEMMM、pp. 277–278)。
$A$ を線形写像 $K^n\to K^m$ の行列とみる。行基本変形 $A\mapsto EA$ は終域 $K^m$ の座標の取り替え(式の組み替え)で、核、すなわち方程式 $Ax=0$ の解は変わらない。列基本変形 $A\mapsto AE$ は定義域 $K^n$ の座標の取り替え(変数の置き換え)で、像、すなわち列空間は変わらない。両方を自由に使えば、定義域と終域の基底を独立に選び直せるので、線形写像の「形」のうち残るのは像の次元である階数だけになる。
一方、同じ空間の座標を取り替えるときは、行と列の変形を対にしなければならない。$A\mapsto EAE^{-1}$ が線形変換の座標の取り替え(相似)であり、$A\mapsto EAE^{\top}$ が 2 次形式の変数の取り替え(合同)である。
$$
A=\begin{pmatrix}0&2&4&2\\1&1&3&2\\2&4&10&6\end{pmatrix}
$$
に行基本変形を施すと、簡約階段形 $R=\begin{pmatrix}1&0&1&1\\0&1&2&1\\0&0&0&0\end{pmatrix}$ が得られ、$PA=R$ となる正則行列 $P$ も求まる(掃き出し法 の記事の例「掃き出し法の実行と記録」)。次に列基本変形として、第 3 列から第 1 列と第 2 列の $2$ 倍を引き、第 4 列から第 1 列と第 2 列を引くと $\begin{pmatrix}1&0&0&0\\0&1&0&0\\0&0&0&0\end{pmatrix}$ になる。この列の変形を $I_4$ に施した行列は
$$
Q=\begin{pmatrix}1&0&-1&-1\\0&1&-2&-1\\0&0&1&0\\0&0&0&1\end{pmatrix}
$$
で、$PAQ=\begin{pmatrix}I_2&O\\O&O\end{pmatrix}$ である。$A$ の階数は $2$ である。
$A=\begin{pmatrix}2&3\\1&2\end{pmatrix}$ は $\det A=1$ の整数行列である。第 1 列 $(2,1)^{\top}$ に Euclid の互除法を行の変形で施す。第 1 行から第 2 行の $2$ 倍を引くと $\begin{pmatrix}0&-1\\1&2\end{pmatrix}$、第 1 行に第 2 行を加えると $\begin{pmatrix}1&1\\1&2\end{pmatrix}$、第 2 行から第 1 行を引くと $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}=T_{12}(1)$ になる。したがって
$$
T_{21}(-1)\,T_{12}(1)\,T_{12}(-2)\,A=T_{12}(1),\qquad A=T_{12}(2)\,T_{12}(-1)\,T_{21}(1)\,T_{12}(1)=T_{12}(1)\,T_{21}(1)\,T_{12}(1)
$$
である($T_{12}(a)T_{12}(b)=T_{12}(a+b)$ を使った)。$A$ は整数を成分とする (iii) 型の基本行列だけの積であり、実際 $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}2&3\\1&2\end{pmatrix}$ である。
$K$ を体、$A\in M_{m,n}(K)$ とする。
1 は 掃き出し法 の記事の定理「行同値であるための条件」の (i)⇒(iii)・(iv) である。2 は 1 を $A^{\top}$ に使えばよい(lem-eo-multiply の 2 の証明のとおり、$A$ の列基本変形は $A^{\top}$ の行基本変形であり、$A$ の列空間は $A^{\top}$ の行空間、左零空間は $A^{\top}$ の核である)。3:基本行列は正則なので、正則行列を掛けても階数が変わらないこと(階数(線形代数) の記事の命題「積の階数の不等式」の 2)による。4 は lem-eo-multiply の 4 と行列式の積の公式による。$\square$
行基本変形は列空間を一般に変え(掃き出し法 の記事の命題「簡約階段形から読み取れる基底」の後の注意)、列基本変形は核を変える(同記事の例「反例:列の操作は解の集合を変える」)。方程式を解くときに行の変形だけを使うのはこのためである。
$K$ を体、$A\in M_{m,n}(K)$、$r:=\operatorname{rank}A$ とする。$A$ に行基本変形と列基本変形を有限回施して
$$
\begin{pmatrix}I_r&O\\O&O\end{pmatrix}\in M_{m,n}(K)
$$
にすることができる。すなわち、基本行列の積 $P\in M_m(K)$、$Q\in M_n(K)$ で $PAQ=\begin{pmatrix}I_r&O\\O&O\end{pmatrix}$ となるものがある。
段 1(行の変形):掃き出し法 により、行基本変形を有限回施して $A$ を簡約階段形 $R$ にできる(同記事の命題「掃き出し法の出力は簡約階段形」)。$R$ の $0$ でない行の個数は $r=\operatorname{rank}A$ であり(同記事の命題「簡約階段形から読み取れる基底」の 2)、主列を $j_1<\cdots< j_r$ とすると第 $j_i$ 列は標準基底ベクトル $e_i$ である(同記事の補題「簡約階段形の列の形」の 1)。
段 2(列の入れ替え):$i=1,\dots,r$ の順に、第 $i$ 列と第 $j_i$ 列を入れ替える($j_i=i$ なら何もしない)。$j_1<\cdots< j_r$ なので、第 $i$ 段の時点で第 $j_i$ 列はまだ動かされておらず $e_i$ のままであり、入れ替えた後の第 $i$ 列は $e_i$ である。また第 $r+1$ 行以下は $R$ で $0$ なので、列の入れ替えの後も $0$ である。よって行列は
$$
\begin{pmatrix}I_r&X\\O&O\end{pmatrix}\qquad(X=(x_{ik})\in M_{r,n-r}(K))
$$
の形になる。
段 3(列の掃き出し):$k=r+1,\dots,n$ と $i=1,\dots,r$ について、第 $k$ 列から第 $i$ 列の $x_{i,k-r}$ 倍を引く(右から $T_{ik}(-x_{i,k-r})$ を掛ける)。第 $i$ 列は $e_i$ で、ほかの列は変わらないので、第 $k$ 列 $\sum_{i\le r}x_{i,k-r}e_i$ は $0$ になる。こうして $\begin{pmatrix}I_r&O\\O&O\end{pmatrix}$ を得る。
各変形は基本行列を左または右から掛けることなので(lem-eo-multiply)、行の変形の基本行列の積を $P$、列の変形の基本行列の積を $Q$ とすれば $PAQ$ が標準形である。$\square$
正則行列 $P,Q$ で $PAQ$ を標準形にできることは、階数(線形代数) の記事の定理「階数による標準形」で、核の基底を延長する方法で証明されている。上の証明は、$P,Q$ を基本行列の積として、掃き出しの手順で具体的に作るものである。ex-eo-normal-form は $R$ の主列がはじめから第 1・2 列にあるので段 2 が要らない場合である。
可換環 $R$ の上で、$i\ne j$ について
$$
P_{ij}=D_j(-1)\,T_{ij}(1)\,T_{ji}(-1)\,T_{ij}(1)
$$
が成り立つ。とくに (i) 型の行基本変形は、(ii) 型と (iii) 型の行基本変形を順に施して実現できる。
右辺を $A$ に左から掛けることは、lem-eo-multiply の 1 により、右の因子から順に行基本変形を施すことである。第 $i$ 行と第 $j$ 行を $(a,b)$ と書くと(ほかの行は変わらない)、第 $i$ 行に第 $j$ 行を加えて $(a+b,\ b)$、第 $j$ 行から第 $i$ 行を引いて $(a+b,\ -a)$、第 $i$ 行に第 $j$ 行を加えて $(b,\ -a)$、第 $j$ 行を $-1$ 倍して $(b,\ a)$ となる。これは 2 つの行の入れ替えである。$A=I_n$ とすれば行列の等式を得る。$\square$
$\det P_{ij}=-1$ で $\det T_{ij}(c)=1$ なので、$D_j(-1)$ は省けない。ただし $1+1=0$ の体(たとえば 2 元体 $\mathbb{F}_2$)では $-1=1$ なので $P_{ij}=T_{ij}(1)T_{ji}(1)T_{ij}(1)$ である。
体の上では、正則行列は基本行列の積である(正則行列 の記事の定理「掃き出し法による逆行列の計算」)。ここではそれを強め、(iii) 型の基本行列だけで行列式 $1$ の行列がすべて書けることを、体より広い Euclid整域 の上で示す。整域 $R$ が Euclid 整域であるとは、関数 $N\colon R\setminus\{0\}\to\mathbb{Z}_{\ge0}$ があって、任意の $a\in R$ と $b\ne0$ に対し $a=qb+r$、$r=0$ または $N(r)< N(b)$ となる $q,r\in R$ が存在することをいう。整数環 $\mathbb{Z}$($N(a)=\lvert a\rvert$)、体 $K$ 上の多項式環 $K[x]$($N(f)=\deg f$)、体 $K$ 自身($N\equiv0$、$a=(ab^{-1})b+0$)が Euclid 整域である。
$R$ を Euclid 整域、$n\ge2$、$a=(a_1,\dots,a_n)^{\top}\in R^n$ を $0$ でない列ベクトルとする。(iii) 型の基本行列の積 $E$ で
$$
Ea=(d,0,\dots,0)^{\top}\qquad(d\ne0)
$$
となるものがある。このとき $d$ が生成するイデアルは $a_1,\dots,a_n$ が生成するイデアルに等しい。
$0$ でない成分が 2 つ以上あるとする。$0$ でない成分のうち $N$ の値が最小のものを $a_p$ とし、別の $0$ でない成分 $a_i$ を $a_i=qa_p+r$($r=0$ または $N(r)< N(a_p)$)と割り、$T_{ip}(-q)$ を左から掛けて第 $i$ 成分を $r$ にする。$r\ne0$ なら「$0$ でない成分の $N$ の最小値」が真に減り、$r=0$ なら最小値は変わらず「$0$ でない成分の個数」が減る。この 2 つの非負整数の組は辞書式順序で真に減るので、有限回で $0$ でない成分が 1 つだけになる。
その成分が第 $p$ 成分で $p\ne1$ なら、そのとき第 1 成分は $0$ なので、$T_{1p}(1)$ を掛けて第 1 成分を $a_p$ にし、$T_{p1}(-1)$ を掛けて第 $p$ 成分を $0$ にする。こうして $(d,0,\dots,0)^{\top}$ を得る。
イデアルについて:$T_{ij}(c)$ を掛けると成分は元の成分の $R$ 係数の結合になり、$T_{ij}(-c)$ で元に戻るので、成分の生成するイデアルは各段で変わらない。最後の成分が生成するイデアルは $(d)$ である。$\square$
この $d$ は $a_1,\dots,a_n$ の最大公約数であり、補題は Euclid の互除法を行基本変形で書いたものである。
$R$ を Euclid 整域、$n\ge1$ とする。
1 を $n$ についての帰納法で示す。$n=1$ では $\det A=1$ から $A=(1)$ である。$n\ge2$ とする。$\det A=1\ne0$ なので $A$ の第 1 列は $0$ でない。
段 1(第 1 列を $(d,0,\dots,0)^{\top}$ に):lem-eo-euclid により、(iii) 型の基本行列の積 $E_1$ で $E_1A$ の第 1 列が $(d,0,\dots,0)^{\top}$ になるものがある。$E_1A=\begin{pmatrix}d&*\\0&A''\end{pmatrix}$ と区分けすると、lem-eo-multiply の 4 と区分三角行列の行列式により $1=\det(E_1A)=d\cdot\det A''$ なので、$d$ は単元である。
段 2($d$ を $1$ に):第 2 行に第 1 行の $d^{-1}$ 倍を加えると第 1 列は $(d,1,0,\dots)^{\top}$、第 1 行に第 2 行の $1-d$ 倍を加えると $(1,1,0,\dots)^{\top}$、第 2 行から第 1 行を引くと $(1,0,0,\dots)^{\top}$ になる。これらは $T_{21}(d^{-1})$、$T_{12}(1-d)$、$T_{21}(-1)$ を順に左から掛けることである。
段 3(第 1 行を掃き出す):こうして得た $E_2A=\begin{pmatrix}1&b\\0&A'\end{pmatrix}$($E_2$ は (iii) 型の基本行列の積、$b=(b_2,\dots,b_n)$)に、右から $T_{1j}(-b_j)$($j=2,\dots,n$)を掛けると、lem-eo-multiply の 2 により第 $j$ 列から第 1 列の $b_j$ 倍が引かれ、$\begin{pmatrix}1&0\\0&A'\end{pmatrix}$ になる。行列式は変わらないので $\det A'=1$ である。
段 4(帰納法):帰納法の仮定により $A'$ は $n-1$ 次の (iii) 型の基本行列の積である。$n-1$ 次の $T_{ij}(c)$ に対し $\mathrm{diag}(1,T_{ij}(c))=T_{i+1,j+1}(c)$ なので、$\mathrm{diag}(1,A')$ は $n$ 次の (iii) 型の基本行列の積である。以上から $E_2AF=\mathrm{diag}(1,A')$($F$ は段 3 の右からの積)で、$A=E_2^{-1}\,\mathrm{diag}(1,A')\,F^{-1}$ は、$T_{ij}(c)^{-1}=T_{ij}(-c)$ により (iii) 型の基本行列の積である。
2:$R$ 上正則な行列の行列式は単元である(一般線形群 の記事の命題「行列式による可逆性の判定」)。$u:=\det A$ とすると $\det(AD_n(u^{-1}))=uu^{-1}=1$ なので、1 により $T:=AD_n(u^{-1})$ は (iii) 型の基本行列の積であり、$A=TD_n(u)$ である。$\square$
1 は thm-eo-generation を Euclid 整域 $K$ に使えばよい。2:$i\ne j$ なら $E_{ij}^2=O$ なので $T_{ij}(a)T_{ij}(b)=I+(a+b)E_{ij}+abE_{ij}^2=T_{ij}(a+b)$ であり、整数 $c$ について $T_{ij}(c)=T_{ij}(1)^c$($c< 0$ なら逆行列の冪)である。$\mathbb{Z}^\times=\{\pm1\}$ なので、thm-eo-generation から結論を得る。$\square$
1 は 一般線形群 の記事の注意「交換子群と単純性」で述べられている $\mathrm{SL}_n(k)$ の生成元の主張を証明したものである。$n=2$ では、$\mathrm{SL}_2(\mathbb{Z})$ は $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ と $\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}$ で生成される(ex-eo-sl2z はその分解の例)。
正方行列 $A\in M_n(K)$ と基本行列 $E$ について、$EAE^{-1}$ は $A$ と相似、$EAE^{\top}$ は $A$ と合同である。lem-eo-multiply により、これらは行と列の基本変形を 1 つずつ対にして施すことで得られる。
$A\in M_n(K)$、$i\ne j$、$c\in K$、$u\in K\setminus\{0\}$ とする。
lem-eo-multiply の 1 により左から掛けるのは行の変形である。1:$T_{ij}(c)^{-1}=T_{ij}(-c)$ を右から掛けるのは、同補題の 2 により第 $j$ 列に第 $i$ 列の $-c$ 倍を加えることである。2:$D_i(u)^{-1}=D_i(u^{-1})$、$P_{ij}^{-1}=P_{ij}$ による。3:$T_{ij}(c)^{\top}=T_{ji}(c)$ を右から掛けるのは、第 $i$ 列に第 $j$ 列の $c$ 倍を加えることである。最後の主張は、相似($B=QAQ^{-1}$ となる正則な $Q$ がある)と合同($B=QAQ^{\top}$ となる正則な $Q$ がある)がどちらも推移的であることによる。$\square$
相似を保つ変形の対では、行の操作と列の操作で添字と符号の付き方が逆になる。たとえば $A=\begin{pmatrix}1&0\\-1&2\end{pmatrix}$ の第 2 行に第 1 行を加えると $\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$ になるが、相似を保つには続けて第 1 列から第 2 列を引かねばならず、結果は $\begin{pmatrix}1&0\\-2&2\end{pmatrix}$ である。左下を $0$ にしたまま相似を保つには、固有ベクトルを使った基底の取り替えが要る(三角化)。
合同を保つ変形の対は、対称行列を対角行列にするのに使える。$S=\begin{pmatrix}1&2\\2&3\end{pmatrix}$ の第 2 行から第 1 行の $2$ 倍を引くと $\begin{pmatrix}1&2\\0&-1\end{pmatrix}$、続けて第 2 列から第 1 列の $2$ 倍を引くと $\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$ になる。$E:=T_{21}(-2)$ について $ESE^{\top}=\mathrm{diag}(1,-1)$ であり、これは 2 次形式 $x^2+4xy+3y^2=(x+2y)^2-y^2$ の平方完成を行列で書いたものである(2次形式 の記事の定理「平方完成による対角化」)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| (ii) で掛ける数が単元 | 体の上の「第 1 行を $0$ 倍」、$\mathbb{Z}$ の上の「第 1 行を $2$ 倍」 | 変形を元に戻せること(基本行列が正則) |
| (iii) で $j\ne i$ | 「第 1 行に第 1 行の $-1$ 倍を加える」 | 階数が変わらないこと |
| 変形を 1 回ずつ順に施す | $I_2$ の「第 1 行に第 2 行を、第 2 行に第 1 行を同時に加える」 | 正則性が保たれること |
| 成分が体(標準形の定理) | $\mathbb{Z}$ の上の $1\times1$ 行列 $(2)$ | $(I_r)$ の形にできること |
| 行列式が $1$(生成の定理) | 体の上の $D_1(c)$($c\ne1$) | (iii) 型の基本行列だけの積で書けること |
1 行目:第 1 行を $0$ 倍すると第 1 行の情報が消え、どの変形でも元に戻せない。対応する行列 $I_n+(0-1)E_{11}$ は行列式 $0$ で正則でない。$\mathbb{Z}$ の上の「$2$ 倍」は $\mathbb{Q}$ の上では基本変形だが、逆の「$\frac12$ 倍」が整数の範囲にないので、$\mathbb{Z}$ の上では戻せない。
2 行目:$I_2$ に施すと第 1 行が $0$ になり、階数が $2$ から $1$ に下がる。対応する行列 $I+(-1)E_{11}=\mathrm{diag}(0,1)$ は「第 1 行を $0$ 倍」と同じ形で、$0$ は単元でない。
3 行目:同時に施すと $\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$ になり、階数が $1$ に下がる。順に施せば、第 1 行に第 2 行を加えて $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$、次に第 2 行に(新しい)第 1 行を加えて $\begin{pmatrix}1&1\\1&2\end{pmatrix}$ となり、正則なままである。
4 行目:$\mathbb{Z}$ の上の基本変形では、$1\times1$ 行列に施せるのは $\pm1$ 倍だけなので、$(2)$ は $(\pm2)$ にしかならず $(1)$ にできない。$\mathbb{Z}$ の上の基本変形で行列の階数は保たれるが、それだけでは標準形が決まらない。整数行列の基本変形による標準形は rem-eo-smith の Smith 標準形である。
5 行目:(iii) 型の基本行列の行列式は $1$ なので、その積の行列式も $1$ である。$\det D_1(c)=c\ne1$ なので、$D_1(c)$ はその積として書けない。thm-eo-generation の 2 で $D_n(\det A)$ を 1 つ添えるのはこのためである。
lem-eo-euclid を行と列の両方に繰り返し使うと、Euclid 整域の元を成分とする行列は、行と列の基本変形で、対角成分 $d_1,d_2,\dots,d_k$ が $d_1\mid d_2\mid\cdots\mid d_k$ を満たす対角型の行列にできる。これを Smith標準形 といい、有限生成アーベル群の構造定理の計算に使われる(DF04 §12.1 Exercises 16–19、pp. 470–471。この記事では証明しない)。行の基本変形だけを使う整数行列の標準形は Hermite標準形 である。
基本行列の定義と、基本行列を左から掛けることが行基本変形であることは Bee15 Definition ELEM・Theorem EMDRO(Section DM、pp. 261–262)、基本行列が正則であることと正則行列が基本行列の積であることは Theorems EMN・NMPEM(pp. 264–265)、基本行列の行列式は Theorems DEM・DEMMM(Section PDM、pp. 277–278)にある。同書は $E_{i,j}(\alpha)$ を「第 $i$ 行の $\alpha$ 倍を第 $j$ 行に加える」行列として定めており、本記事の $T_{ji}(\alpha)$ にあたる。
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