射影分解(projective resolution)とは、アーベル圏の対象 $M$ に対する完全列 $\cdots\to P_1\to P_0\to M\to0$ で、各 $P_i$ が射影対象であるものである。十分な射影対象をもつ圏では必ず存在し、加群では自由加群を並べて作れる。例えば $0\to\mathbb{Z}\xrightarrow{n}\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\to0$ は巡回群の射影分解で、これから $\operatorname{Tor}$ と $\operatorname{Ext}$ が計算できる。射影分解は右側へ延びる入射分解と双対の関係にあり、導来圏では $M$ を射影対象の複体で置き換えることに当たる。
射影分解(projective resolution)とは、アーベル圏の対象 $A$ を射影対象からなる左向きに延びる完全列で表すことである。添字をホモロジーの慣習に合わせると
$$
\cdots\longrightarrow P_2\longrightarrow P_1
\longrightarrow P_0\longrightarrow A\longrightarrow0
$$
と書き、各 $P_i$ は射影対象である。加群の圏では自由加群を使って構成できる。元の加群を、関手を適用しやすい射影加群の複体に置き換える道具であり、導来関手、Tor、Ext、導来圏で頻繁に現れる(Sta0643 Definition 13.19.1)。
射影分解が存在するための一般的な条件は、そのアーベル圏に十分な射影対象があることである。任意の加群は自由加群からの全射を受けるので、加群の圏はこの条件を満たす。一般のアーベル圏については、十分な射影対象を確認せずに同じ構成を当然視してはいけない。分解の各項や微分は選び方に依存するが、得られる導来圏での対象と導来関手の値は適切な同型の意味で不変である。
射影分解は入射分解の双対である。入射分解は対象から入射的な複体へ写す $A[0]\to I^\bullet$、射影分解は射影的な複体から対象へ写す $P^\bullet\to A[0]$ である。前者を右導来関手、後者を左導来関手に使うことが多い。単に矢印だけを逆にするのではなく、選ぶ対象の持ち上げ性、複体の次数、有界性も対応して変わる。
アーベル圏 $\mathcal A$ の対象 $P$ が射影的であるとは、全射 $e:B\twoheadrightarrow C$ と射 $f:P\to C$ に対し、$e\circ g=f$ を満たす $g:P\to B$ が存在することをいう。つまり $P$ からの射を全射に沿って持ち上げられる。持ち上げは一意である必要はない。加群 $P$ の場合、$\operatorname{Hom}(P,-)$ が完全関手であることと同値である(Sta05CD Definition 10.77.1)。
アーベル圏 $\mathcal A$ が十分な射影対象を持つとは、任意の対象 $A$ に対し、射影対象 $P$ と全射 $P\twoheadrightarrow A$ が存在することをいう。
加群の圏では任意の加群 $M$ の各元 $m$ に一つずつ形式的な基底元 $e_m$ を用意し、自由加群 $F=\bigoplus_{m\in M}R e_m$ から $e_m\mapsto m$ と送れば全射になる。自由加群は射影的である。実際、自由加群からの射を全射の先へ指定したとき、各基底元の像を一つずつ持ち上げ、その選択を線形に延長できる。
環 $R$ の任意の自由 $R$ 加群 $F$ は射影的であり、任意の $R$ 加群は自由加群からの全射を受ける。
$F=\bigoplus_{s\in S}R e_s$ と書く。全射 $q:B\twoheadrightarrow C$ と射 $f:F\to C$ を取る。各 $s$ について $q(b_s)=f(e_s)$ となる $b_s\in B$ を全射性から選ぶ。自由加群の普遍性により、$e_s\mapsto b_s$ は一意な $R$ 線形射 $g:F\to B$ に延びる。各基底元上で $qg(e_s)=f(e_s)$ だから $qg=f$ である。よって $F$ は射影的である。
任意の加群 $M$ に対しては、前述の $F=\bigoplus_{m\in M}Re_m$ から $M$ への射が各 $m$ を像に含むので全射である。従って加群の圏は十分な射影対象を持つ。$\square$
加群の射影対象は自由加群の直和因子としても特徴づけられる(Sta05CD Lemma 10.77.2)。ただし射影加群が常に自由であるわけではない。射影分解の各項を自由に選べる場合でも、項を最小の大きさにできるか、有限生成にできるかは別の問題である。定義では自由性ではなく射影性を要求する。
以下では余鎖複体の記号を使い、$P_i=P^{-i}$ と置く。したがって射影分解は非正次数の複体 $P^\bullet$ と射 $P^0\to A$ からなり、
$$
\cdots\to P^{-2}\xrightarrow{d^{-2}}P^{-1}
\xrightarrow{d^{-1}}P^0\to A\to0
$$
が完全である。$H^0(P^\bullet)\cong A$ かつ $H^i(P^\bullet)=0$($i<0$)なので、$P^\bullet\to A[0]$ は擬同型である。入射分解のときと同様、拡大した列が完全であることと、$P^\bullet$ 自身のすべてのコホモロジーが零であることは違う。後者の次数 $0$ のコホモロジーは $A$ である。
$\mathcal A$ の対象 $A$ の射影分解とは、$P^i=0$($i>0$)で各 $P^i$ が射影対象である複体 $P^\bullet$ と射 $P^0\to A$ であって、上の拡大した列が完全になるものをいう。同値に、$P^\bullet\to A[0]$ が擬同型となる。
十分な射影対象があれば、全射 $P^0\twoheadrightarrow A$ を選び、その核 $K_1$ へさらに射影対象 $P^{-1}$ から全射を取る。次に $P^{-1}\to K_1$ の核へ $P^{-2}$ から全射を取る。これを繰り返すと分解ができる(Sta0646 Lemma 13.19.3)。
$\mathcal A$ が十分な射影対象を持つなら、すべての対象 $A$ は射影分解を持つ。
まず射影対象 $P^0$ と全射 $\varepsilon:P^0\twoheadrightarrow A$ を選ぶ。$K_1=\ker\varepsilon$ とし、射影対象 $P^{-1}$ から $K_1$ への全射を選ぶ。その全射と包含 $K_1\hookrightarrow P^0$ の合成を $d^{-1}:P^{-1}\to P^0$ とする。すると $\operatorname{im}d^{-1}=K_1=\ker\varepsilon$ である。
帰納的に $d^{-j}:P^{-j}\to P^{-j+1}$ まで作ったとき、その核 $K_{j+1}$ へ射影対象 $P^{-j-1}$ から全射を選び、$K_{j+1}\hookrightarrow P^{-j}$ と合成して $d^{-j-1}$ を定める。このとき $\operatorname{im}d^{-j-1}=K_{j+1}=\ker d^{-j}$、従って隣接する微分の合成は零である。すべての次数で完全性が成立し、各項は射影対象なので射影分解が得られる。$\square$
各段階で全射の選択を変えられるため、射影分解の表示は一意ではない。しかし射影分解から別の分解へ恒等射を持ち上げる比較射があり、適切な比較射は鎖ホモトピーを除いて一意となる(Sta0643 Lemmas 13.19.6–13.19.7)。導来圏では擬同型が可逆なので、異なる分解は同じ対象 $A$ を表す。この二つの言い方は、具体的な鎖写像で計算する場面と導来圏で構成を記述する場面に対応する。
最も簡単な非自明例は、整数 $n>0$ に対する $\mathbb Z/n\mathbb Z$ の分解である。$\mathbb Z$ は自由で射影的だから、
$$
0\longrightarrow\mathbb Z
\xrightarrow{\ \times n\ }\mathbb Z
\longrightarrow\mathbb Z/n\mathbb Z
\longrightarrow0
$$
は射影分解となる。第一の $\mathbb Z$ は次数 $-1$、第二は次数 $0$ に置く。微分が $n$ 倍写像であることを忘れると、後でテンソルした際の Tor の計算が変わってしまう。
正整数 $n$ に対する上の列は、$\mathbb Z/n\mathbb Z$ の長さ $1$ の射影分解である。
$\mathbb Z\xrightarrow{\times n}\mathbb Z$ は $n>0$ なので単射であり、その像は $n\mathbb Z$ である。商写像 $\mathbb Z\twoheadrightarrow\mathbb Z/n\mathbb Z$ の核も $n\mathbb Z$ で、商写像は全射である。ゆえに列は完全である。二つの中間項 $\mathbb Z$ は自由 $\mathbb Z$ 加群で射影的だから、定義を満たす。$\square$
$A$ 自身が射影的なら、$P^0=A$、$P^i=0$($i<0$)、$P^0\to A$ を恒等射とする長さ $0$ の射影分解がある。逆に長さ $0$ の射影分解があれば $A\cong P^0$ なので $A$ は射影的である。従って「射影分解はいつも二項以上必要」というわけではない。
環 $R$ とイデアル $J$ について、$R\twoheadrightarrow R/J$ は射影分解を作る出発点だが、核 $J$ が射影的とは限らない。$0\to J\to R\to R/J\to0$ を、$J$ が射影的と確認せずに二項の射影分解と呼んではいけない。$\mathbb Z$ の場合は $J=n\mathbb Z\cong\mathbb Z$ なので上の短い分解が使えた。一般の環ではさらに左へ分解を続けることがある。
環 $R$ の加群に関するテンソル積 $-\otimes_R N$ は右完全だが、左完全とは限らない。$M$ の射影分解 $P_\bullet\to M$ を選んで $P_\bullet\otimes_RN$ のホモロジーを取ると、
$$
\operatorname{Tor}^R_i(M,N)
=H_i(P_\bullet\otimes_R N)
$$
を得る。可換環なら両変数を左 $R$ 加群として扱える。非可換環では $M$ を右 $R$ 加群、$N$ を左 $R$ 加群とするなど、テンソル積の左右を指定する必要がある(Sta00LY §10.75)。
上の巡回群の分解へ $\mathbb Z/n\mathbb Z$ などをテンソルすると、自由項はその加群に変わり、微分は同じ整数の倍写像になる。特に $m,n>0$、$d=\gcd(m,n)$ とおくと、
$$
\operatorname{Tor}^{\mathbb Z}_1
(\mathbb Z/m\mathbb Z,\mathbb Z/n\mathbb Z)
\cong\mathbb Z/d\mathbb Z.
$$
正整数 $m,n$ と $d=\gcd(m,n)$ に対し、上の一次 Tor 群は位数 $d$ の巡回群である。
$\mathbb Z/m\mathbb Z$ の射影分解は $P_1=P_0=\mathbb Z$、微分が $\times m$ である。これを $\mathbb Z/n\mathbb Z$ とテンソルすると、次数 $1$ と $0$ の項はどちらも $\mathbb Z/n\mathbb Z$、微分は $\times m$ となる。他に次数 $2$ の項はないため、一次ホモロジーはこの倍写像の核である。
$m=dm'$、$n=dn'$、$\gcd(m',n')=1$ と書く。$\mathbb Z/n\mathbb Z$ で $m\bar x=0$ が成り立つことは $n\mid mx$ と同値で、これは $n'\mid x$ と同値である。よって核は $\overline{n'}$ が生成する部分群であり、その位数は $d$ である。したがって核は $\mathbb Z/d\mathbb Z$ と同型である。$\square$
例えば $m=n=2$ なら一次 Tor は $\mathbb Z/2\mathbb Z$ である。元の完全列 $0\to\mathbb Z\xrightarrow{\times2}\mathbb Z\to\mathbb Z/2\mathbb Z\to0$ を $\mathbb Z/2\mathbb Z$ とテンソルすると、最初の写像が零になり、左端の単射性が失われる。その「失われた部分」が一次 Tor に現れる。射影分解は単に対象を長く表示するためではなく、関手が保存しなかった完全性を測るためにある。
$\operatorname{Hom}_R(-,N)$ は第一変数について反変であり、$M$ の射影分解に適用すると上向きの余鎖複体 $\operatorname{Hom}_R(P_\bullet,N)$ になる。そのコホモロジーで $\operatorname{Ext}^i_R(M,N)$ を計算できる。第二変数を入射分解しても同じ Ext 群が得られるが、両方法の微分の向きは異なる。どちらの変数を解消したかを明示することが重要である。
$\mathbb Z/m\mathbb Z$ の二項分解へ $\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(-,N)$ を施すと、次数 $0,1$ に $N\xrightarrow{\times m}N$ が現れる。したがって
$$
\operatorname{Ext}^1_{\mathbb Z}
(\mathbb Z/m\mathbb Z,N)
\cong N/mN.
$$
$N=\mathbb Z$ なら $\mathbb Z/m\mathbb Z$、$N=\mathbb Q$ なら零である。$\mathbb Q$ の場合は $m$ 倍写像が全射なので、一次の障害は消える。この簡単な計算でも、射影分解に書かれた $\times m$ が、Hom を施した後の商 $N/mN$ を決めている。
正整数 $m$ と任意のアーベル群 $N$ について、上の Ext 群は $N/mN$ と同型である。
$P_1=P_0=\mathbb Z$ の射影分解に $\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(-,N)$ を施すと、どちらの Hom 群も $1$ の像を指定することにより $N$ と同型である。元の微分 $\times m$ による前合成は、$N$ 上の $\times m$ に対応する。次数 $1$ の後ろに項はないから、一次コホモロジーはこの写像の余核 $N/mN$ である。射影分解による Ext の定義から結論が従う。$\square$
入射分解による計算では第二変数を置き換える。たとえば $N=\mathbb Z$ を $\mathbb Q\to\mathbb Q/\mathbb Z$ に置き換えても同じ答えになる。この一致は個々の分解の見た目から自明ではなく、Ext が導来関手として定義されることと比較定理による。二つの計算法を使い分けると、射影が扱いやすい加群と入射が扱いやすい対象の双方で計算しやすくなる。
対象の射影分解は非正次数にあるので上に有界である。上に有界な射影対象の複体 $P^\bullet$ から非輪状複体への射は鎖ホモトピーで零になる(Sta0647 Lemma 13.19.4)。そのため $P^\bullet$ からの射は、ホモトピー圏で計算しても導来圏で計算しても一致する(Sta064B Lemma 13.19.8)。これが射影分解を導来関手の計算に使える理由の一つである。
下に有界な入射複体が右導来側の計算に適するのと双対に、上に有界な射影複体が左導来側で役立つ。非有界複体については項ごとの射影性だけで同じ結論を出してはならず、複体全体のホモトピー的な性質を別に確認する。環上のテンソル積では K平坦 な複体が非有界導来テンソル積を扱う。上に有界な射影加群の複体は平坦項からなり K平坦である(Sta064K Lemma 15.60.7)。
アーベル圏の上に有界な射影対象の複体 $P^\bullet$ と任意の複体 $K^\bullet$ について、$P^\bullet$ から $K^\bullet$ への射はホモトピー圏で計算しても導来圏で計算しても同じである。
証明は Sta064B Lemma 13.19.8 に委ねる。同補題では、上に有界な射影複体から非輪状複体への射がホモトピーで零になることを用いる。上に有界という仮定が重要であり、無制限の項別射影複体へそのまま拡張してはいけない。対象 $A$ の通常の射影分解にはこの仮定が自動的に成り立つ。
射影分解を選ぶときは $P^0\to A$ が全射であり、左へ進むほど前段の核を射影対象で被覆する。一方、入射分解では $A\to I^0$ が単射で、右へ進むほど前段の余核を入射対象へ埋め込む。どちらも擬同型を作るが、方向、存在条件、適用する関手は異なる。
加群の圏での自由分解は常に利用できる。他方、幾何学で層コホモロジーを計算するときは、層の圏に十分な入射対象があることを使って入射分解を取る。層の圏で「加群の場合と同じ自由加群を選べば射影分解になる」とは一般に言えない。対象が属する圏とその射影対象を確認しなければならない。対称的な図式だけで、二つの分解を機械的に交換できるわけではない。
射影分解の選択は計算の便宜である。短い分解があれば Tor や Ext を少数の項で計算できる。複雑な環や加群では左へ長く続くこともある。分解を作った後に確認すべきことは、各項の射影性、拡大列の完全性、複体の次数と微分、そして関手を施した後に取るホモロジーの次数である。特に元の完全列と、テンソル後の列の完全性は別である。
射影分解の定義と、この記事の命題の仮定を一つずつ外すと、次のように結論が崩れる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 十分な射影対象を持つこと | 有限アーベル群の圏 | 任意の対象が射影分解を持つこと |
| 各項が射影対象であること | $\mathbb Z/2\mathbb Z$ の「分解」$0\to\mathbb Z/2\mathbb Z\xrightarrow{\mathrm{id}}\mathbb Z/2\mathbb Z\to0$ | 分解から $\operatorname{Tor}_1^{\mathbb Z}(\mathbb Z/2\mathbb Z,\mathbb Z/2\mathbb Z)$ を計算できること |
| 核 $J$ が射影的であること | $R=\mathbb Z/4\mathbb Z$、$J=(2)$ | $0\to J\to R\to R/J\to0$ が射影分解であること、有限の長さで止まること |
| 自由であること(射影との違い) | $\mathbb Z/6\mathbb Z$ 加群 $\mathbb Z/2\mathbb Z$ | 射影加群が自由であること |
| 複体が上に有界であること | $\mathbb Z/4\mathbb Z$ 上の両側に無限な複体 $\cdots\xrightarrow{2}\mathbb Z/4\xrightarrow{2}\mathbb Z/4\xrightarrow{2}\cdots$ | 射影複体からの射をホモトピー圏と導来圏で同じに計算できること |
有限アーベル群の圏 $\mathcal A$ はアーベル圏である。$P\ne0$ を $\mathcal A$ の射影対象とし、$e>1$ を $P$ の元の位数の最小公倍数、$g_1,\ldots,g_r$ を $P$ の生成元とする。$e^2g_i=0$ なので $\pi:(\mathbb Z/e^2\mathbb Z)^r\to P$、$\pi(y_1,\ldots,y_r)=\sum y_ig_i$ は全射である。射影性から $\pi s=\mathrm{id}_P$ となる $s$ がある。$P$ の元は $e$ 倍で零なので $s(P)$ の元も $e$ 倍で零になり、$(\mathbb Z/e^2\mathbb Z)^r$ の中で $e$ 倍で零になる元は $e(\mathbb Z/e^2\mathbb Z)^r$ に入る。よって $\pi s(P)\subseteq e\,\pi((\mathbb Z/e^2\mathbb Z)^r)=eP=0$ となり $\pi s=\mathrm{id}_P$ に反する。したがって $\mathcal A$ の射影対象は $0$ だけで、$\mathbb Z/2\mathbb Z$ はどの射影対象からも全射を受けない。破る仮定は「十分な射影対象」、崩れる結論は命題「射影分解の存在」である。
命題「二つの巡回群の一次 Tor」により $\operatorname{Tor}_1^{\mathbb Z}(\mathbb Z/2\mathbb Z,\mathbb Z/2\mathbb Z)\cong\mathbb Z/2\mathbb Z$ である。列 $0\to\mathbb Z/2\mathbb Z\xrightarrow{\mathrm{id}}\mathbb Z/2\mathbb Z\to0$ は完全だが、項 $\mathbb Z/2\mathbb Z$ は射影的 $\mathbb Z$ 加群でない(射影加群は自由加群の直和因子で捩れを持たない)。これを分解とみて $\mathbb Z/2\mathbb Z$ とテンソルすると次数 $1$ の項がないので一次ホモロジーは $0$ となり、正しい値と異なる。破る仮定は「各項が射影対象」である。
$R=\mathbb Z/4\mathbb Z$ は局所環で、有限生成射影 $R$ 加群は自由、つまり $R^k$ で元の個数は $4^k$ である。$J=(2)=\{0,2\}$ は元が $2$ 個なので射影的でなく、$0\to J\to R\to R/J\to0$ は射影分解でない。核を被覆し続けると
$$
\cdots\xrightarrow{2}R\xrightarrow{2}R\xrightarrow{2}R\longrightarrow R/J\longrightarrow0
$$
という無限の射影分解になる($\ker(2\cdot)=\{0,2\}=\operatorname{im}(2\cdot)$)。これを $R/J=\mathbb Z/2\mathbb Z$ とテンソルすると微分はすべて $2=0$ 倍になり、$\operatorname{Tor}_i^R(\mathbb Z/2\mathbb Z,\mathbb Z/2\mathbb Z)\cong\mathbb Z/2\mathbb Z$ が全ての $i\ge0$ で成り立つ。長さ $n$ の射影分解があれば $\operatorname{Tor}_{n+1}=0$ となるはずなので、$\mathbb Z/2\mathbb Z$ は $R$ 上で有限の長さの射影分解を持たない。
$R=\mathbb Z/6\mathbb Z\cong\mathbb Z/2\mathbb Z\times\mathbb Z/3\mathbb Z$ で、$P=\mathbb Z/2\mathbb Z\times0$ は $R=P\oplus(0\times\mathbb Z/3\mathbb Z)$ の直和因子なので射影的である。しかし自由 $R$ 加群の元の個数は $6^k$ か無限で、$P$ の元は $2$ 個だから自由でない。射影分解の項に「自由」ではなく「射影」を要求する定義は、この違いを許している。
$R=\mathbb Z/4\mathbb Z$ で、すべての次数に $P^n=R$、微分に $2$ 倍を置いた複体 $P^\bullet$ を考える。各項は自由で射影的、$\ker(2\cdot)=\operatorname{im}(2\cdot)$ なので非輪状である。恒等写像がホモトピーで零なら $\mathrm{id}=dh+hd$ となる $h^n$($a_n$ 倍写像)があり、$1=2a_n+2a_{n+1}$ が $R$ で成り立つが、右辺は $0$ か $2$ である。よって $\mathrm{id}_{P^\bullet}$ はホモトピー圏で零でないが、導来圏では $P^\bullet\cong0$(非輪状)なので零である。$P^\bullet$ から $P^\bullet$ への射の集合が二つの圏で異なり、命題「上に有界な射影複体の計算性」は上に有界の仮定なしには成り立たない。
Sta0643 Definition 13.19.1 は射影分解の定義、Lemmas 13.19.6–13.19.7 は比較射を扱う。Sta0646 Lemma 13.19.3 は十分な射影対象の下での存在、Sta05CD §10.77 は射影加群と自由加群、Sta00LY §10.75 は Tor の定義を支える。Sta0647 Lemma 13.19.4 と Sta064B Lemma 13.19.8 は上に有界な射影複体のホモトピー的性質、Sta064K Lemma 15.60.7 は上に有界な平坦複体の K平坦性を述べる。
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