前層(presheaf)とは、圏の射に反変な向きで集合のデータを移す関手である。開集合上の関数の制限や群の右作用を統一し、表現可能前層を通じて元の圏の対象を捉える。
対象の上で観測できるデータを集め、射に沿ってデータを引き戻す構造が前層である。
小圏 $\mathcal C$ 上の前層(presheaf)とは、関手 $F:\mathcal C^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ のことである。ここで $\mathbf{Set}$ は固定した宇宙に属する集合の圏、$\mathcal C^{\mathrm{op}}$ は $\mathcal C$ の反対圏(射の向きをすべて反転した圏)である。具体的には、各対象 $c$ に集合 $F(c)$、各射 $u:c\to d$ に写像 $F(u):F(d)\to F(c)$ を与え、
$$
F(\operatorname{id}_c)=\operatorname{id}_{F(c)},\qquad F(vu)=F(u)F(v)
$$
を満たす。
前層の射 $\alpha:F\to G$ は、写像 $\alpha_c:F(c)\to G(c)$ の族で、すべての $u:c\to d$ に対して $G(u)\alpha_d=\alpha_cF(u)$ を満たすもの、すなわち自然変換である。前層とその射の圏を
$$
\widehat{\mathcal C}=\operatorname{Fun}(\mathcal C^{\mathrm{op}},\mathbf{Set})
$$
と書く。これは一般には小圏ではないが、自然変換の集合は $\prod_c\operatorname{Hom}(F(c),G(c))$ の部分集合なので、$\widehat{\mathcal C}$ は局所小圏である。前層圏は関手圏 $[\mathcal C^{\mathrm{op}},\mathbf{Set}]$ の特別な場合である。
定義および表現可能前層との関係は Rie16 §§2.1–2.2、前層と層の違いは同書 §E.4を参照。
$c$ を観測領域、$F(c)$ をそこで得られるデータと考える。領域を小さくするとデータを制限できるので、射とデータの移動方向が逆になる。一般の圏では射は包含とは限らず、「制限」は引き戻し一般を意味する。
$c\in\mathcal C$ に対して $y(c)(d)=\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(d,c)$ と置く。$u:d'\to d$ に対する制限は $h\mapsto hu$ である。恒等射と合成の条件は圏の公理から従う。これを $c$ による表現可能関手、または表現可能前層という。
群 $G$ を一対象圏 $BG$ とみなし、積を合成 $g\circ h=gh$ とする。前層 $F:(BG)^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ は右 $G$-集合である。実際 $x\cdot g=F(g)(x)$ と定めると、$(x\cdot g)\cdot h=F(h)F(g)(x)=F(gh)(x)=x\cdot(gh)$ となる。逆にこの式から前層が作れる。
離散空間 $X=\{a,b\}$ の各開集合 $U$ に、$U\to\{0,1\}$ の定値関数全体を対応させる。非空の $U$ では二元集合、$U=\emptyset$ では一元集合であり、制限によって前層になる。
被覆 $X=\{a\}\cup\{b\}$ において、$\{a\}$ 上で値 $0$、$\{b\}$ 上で値 $1$ のデータは共通部分で一致する。しかし両方を制限として持つ大域的な定値関数はない。従ってこの前層は層ではない。層には、被覆上の整合するデータが一意に貼り合わさるという追加条件が必要である。
前層 $F$ と対象 $c$ に対して、写像 $\operatorname{Nat}(y(c),F)\to F(c)$、$\alpha\mapsto\alpha_c(\operatorname{id}_c)$ は全単射である。
対応 $c\mapsto y(c)$ で定まる関手 $y:\mathcal C\to\widehat{\mathcal C}$ は充満忠実である。
上の全単射で $F=y(c')$ とすると $\operatorname{Nat}(y(c),y(c'))\cong y(c')(c)=\mathcal C(c,c')$ が成り立つ。この同型は $u:c\to c'$ を自然変換 $y(u):y(c)\to y(c')$ に送る対応と一致するので、$y$ は $\mathcal C(c,c')\to\operatorname{Nat}(y(c),y(c'))$ という全単射を与える。すなわち $y$ は充満忠実である。
小圏 $J$ 上の前層の図式 $D:J\to\widehat{\mathcal C}$ に対して、その極限(圏論)は各 $c$ で集合の極限 $L(c)=\lim_{j\in J}D(j)(c)$ を取ることで作れる。
具体的に $L(c)$ は、族 $(x_j)_j\in\prod_jD(j)(c)$ で、各 $a:j\to k$ に対して $D(a)_c(x_j)=x_k$ となるものの集合である。$u:c\to d$ に対して $(x_j)_j\in L(d)$ を $(D(j)(u)(x_j))_j$ へ送る。$D(a)$ の自然性によりこの族も整合する。制限の恒等則・合成則は各 $D(j)$ で成立するので $L$ は前層である。
前層 $H$ から各 $D(j)$ への整合する自然変換の族があれば、各 $c$ で成分を並べる写像 $H(c)\to L(c)$ が一意に得られる。各成分の自然性がこの写像の自然性を与え、射影との合成条件が一意性を与える。これが前層圏での極限の普遍性である。$J$ が空でも空積は一元集合なので、同じ構成が成り立つ。
集合の余極限(圏論)を対象ごとに取る構成も前層圏の余極限を与える。制限写像は各余極限の普遍性で誘導し、普遍性の一意性から合成則と自然性を得る。この一般事実は Rie16 第3章に依存する。層の圏の余極限では一般に層化が必要であり、そのまま同一視してはならない。
前層の構成は、Hom集合を対象に取り替える豊穣圏の枠組みや、空間を値とする∞圏の枠組みへも一般化できる。完備な対称モノイダル閉圏 $\mathcal V$ を値にする豊穣前層では、Hom集合の代わりにHom対象を使い、自然変換の対象もエンドで構成する。$\mathcal V=\mathbf{Set}$ の場合が上の定義である(Kel82 第2章)。
∞-圏の前層は空間値関手 $\mathcal C^{\mathrm{op}}\to\mathcal S$ である。集合値だけでなく、データの同値やその間の高次ホモトピーを保持する。通常圏 $\mathcal C$ の脈体上で離散空間だけを値に取る部分は通常の前層圏に戻るが、空間値前層全体は一般にそれより大きい。専用稿は前層(∞圏)(HTT09 §5.1.1)。
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