複素化(complexification)とは、実ベクトル空間 $V$ から、$x+iy$($x,y\in V$)からなる複素ベクトル空間 $V_{\mathbb{C}}\cong V\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C}$ を作り、実線形写像 $T$ を $T_{\mathbb{C}}(x+iy)=Tx+iTy$ で複素線形写像に延ばす操作である。$V$ の実基底はそのまま $V_{\mathbb{C}}$ の複素基底になり、複素共役 $x+iy\mapsto x-iy$ で保たれる複素部分空間と、複素共役と可換な複素線形写像は、ちょうど実のものの複素化である。実の線形変換の複素の固有値は共役で対をなし、実数でない固有値の固有ベクトルの実部と虚部は 2 次元の不変部分空間を張る。Lie 環の実形、Pontryagin 類、複素多様体の接空間の型の分解などで使われる。
実数の世界の問題を、いったん複素数の世界へ持ち込んで解き、答えを実数へ戻す、という考え方は線形代数のいたるところに現れる。実行列の固有値は実数とは限らないが、複素数まで許せば必ず存在する。$\mathbb{R}^n$ を $\mathbb{C}^n$ に広げるこの操作を、一般の実ベクトル空間と実線形写像に対して座標によらずに行うのが 複素化 である。
複素化した空間には複素共役 $\sigma$ が備わり、どの複素部分空間・複素線形写像が「もとの実のものから来ているか」は $\sigma$ と可換かどうかで判定できる(thm-cx-descent)。これが、複素数で得た答えを実数へ戻すときの規則である。この記事では、複素化の定義と基本性質、この判定法、実の線形変換の固有値と不変部分空間、内積の延長、Lie 環の複素化を扱い、ベクトル束や複素多様体での使われ方に触れる。
$V$ を実ベクトル空間とする。直積 $V\times V$ の元 $(x,y)$ を $x+iy$ と書き、和を成分ごとに、複素数倍を
$$
(a+bi)(x+iy):=(ax-by)+i(bx+ay)\qquad(a,b\in\mathbb{R},\ x,y\in V)
$$
で定める。これは複素ベクトル空間であり、$V$ の 複素化(complexification)といって $V_{\mathbb{C}}$ と書く。$x\in V$ を $x+i0$ と同一視して $V\subset V_{\mathbb{C}}$ とみる。$x+iy$ の $x$ を実部、$y$ を虚部という。
$V_{\mathbb{C}}$ が複素ベクトル空間であることは、$V\oplus V$ の上の線形変換 $J(x,y):=(-y,x)$ が $J^2=-\mathrm{id}$ をみたし、上の複素数倍が $(a+bi)\cdot u=au+bJu$ と書けることから従う(概複素構造 の定義「ベクトル空間の複素構造」)。$V=\mathbb{R}^n$ なら $V_{\mathbb{C}}=\mathbb{C}^n$ であり、$T_{\mathbb{C}}$ は同じ実行列を複素ベクトルに掛ける写像である。
$V,V'$ を実ベクトル空間、$T,S$ を実線形写像とする。
要点:どれも定義の式を展開すればよい。2 は、$z=x+iy$ を $x=\sum a_ke_k$、$y=\sum b_ke_k$ と展開すると $z=\sum(a_k+ib_k)e_k$ となることによる。
1:$T_{\mathbb{C}}$ の加法性は明らか。$T_{\mathbb{C}}((a+bi)(x+iy))=T(ax-by)+iT(bx+ay)=(aTx-bTy)+i(bTx+aTy)=(a+bi)T_{\mathbb{C}}(x+iy)$。合成・恒等写像・線形結合の式は、実部と虚部に別々に施すことから従う。
2:生成は要点のとおり。$\sum_k(a_k+ib_k)e_k=0$ なら、実部と虚部を比べて $\sum a_ke_k=0$、$\sum b_ke_k=0$ なので $a_k=b_k=0$。$T_{\mathbb{C}}e_j=Te_j=\sum_kt_{kj}e_k$ なので表現行列は同じである。
3:$\sigma((a+bi)(x+iy))=(ax-by)-i(bx+ay)=(a-bi)(x-iy)$。$\sigma^2=\mathrm{id}$ と固定点の記述は定義から明らか。$T_{\mathbb{C}}\sigma(x+iy)=Tx-iTy=\sigma T_{\mathbb{C}}(x+iy)$。
4:$F$ が複素線形で $F|_V=f$ なら $F(x+iy)=F(x)+iF(y)=f(x)+if(y)$ なので一意である。逆にこの式で定めた $F$ は、1 と同じ計算で複素線形である。
5:$x\mapsto x\otimes1$ は実線形なので、4 により複素線形写像 $\Phi(x+iy)=x\otimes1+i(y\otimes1)=x\otimes1+y\otimes i$ が定まる。逆向きに、実双線形写像 $(x,c)\mapsto cx$($c\in\mathbb{C}$ の作用は $V_{\mathbb{C}}$ の複素数倍)がテンソル積の普遍性により実線形写像 $\Psi\colon V\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C}\to V_{\mathbb{C}}$、$\Psi(x\otimes c)=cx$ を与える。$\Psi\Phi(x+iy)=x+iy$、$\Phi\Psi(x\otimes(a+bi))=\Phi(ax+i\,bx)=ax\otimes1+bx\otimes i=x\otimes(a+bi)$ で、$x\otimes c$ の形の元は $V\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C}$ を生成するので、$\Phi$ と $\Psi$ は互いに逆である。$\square$
$V,V'$ を実ベクトル空間とし、$V_{\mathbb{C}},V'_{\mathbb{C}}$ の複素共役をともに $\sigma$ と書く。
1:$W=U_{\mathbb{C}}$ なら、$\sigma(x+iy)=x+i(-y)$ で $-y\in U$ なので $\sigma(W)\subset W$ であり、$\sigma^2=\mathrm{id}$ から $\sigma(W)=W$ である。また $x+i0\in U_{\mathbb{C}}$ は $x\in U$ を意味するので $U_{\mathbb{C}}\cap V=U$ である。
逆に $\sigma(W)=W$ とし、$U:=W\cap V$ とおく。$W$ は実数倍と和で閉じているので $U$ は実部分空間であり、$W$ は $i$ 倍で閉じているので $U_{\mathbb{C}}=U+iU\subset W$ である。逆の包含を示す。$z=x+iy\in W$ とすると $\sigma(z)\in W$ なので、
$$
x=\tfrac12\bigl(z+\sigma(z)\bigr)\in W,\qquad y=\tfrac{1}{2i}\bigl(z-\sigma(z)\bigr)\in W
$$
である($W$ は複素部分空間)。$x,y\in V$ なので $x,y\in W\cap V=U$ であり、$z\in U_{\mathbb{C}}$ である。よって $W=U_{\mathbb{C}}$ である。$U$ は $W\cap V$ として $W$ から決まる。$U$ の実基底は $U_{\mathbb{C}}$ の複素基底である(prop-cx-basic の 2 を $U$ に当てはめる)から、$\dim_{\mathbb{R}}U=\dim_{\mathbb{C}}W$ である。
2:$S=T_{\mathbb{C}}$ なら prop-cx-basic の 3 により $S\sigma=\sigma S$ である。逆に $S\sigma=\sigma S$ とする。$x\in V$ について $\sigma(Sx)=S(\sigma x)=Sx$ なので、prop-cx-basic の 3 により $Sx\in V'$ である。よって $T:=S|_V$ は $V$ から $V'$ への実線形写像であり、$S$ の複素線形性から $S(x+iy)=Sx+iSy=T_{\mathbb{C}}(x+iy)$ である。$S=T_{\mathbb{C}}$ なら $T=S|_V$ なので、$T$ は $S$ から決まる。$\square$
$V=\mathbb{R}^2$、$V_{\mathbb{C}}=\mathbb{C}^2$ で、$W=\mathbb{C}(1,i)$ とする。$\sigma(1,i)=(1,-i)$ は $(1,i)$ の複素数倍でないので $\sigma(W)\neq W$ である。実際 $W\cap\mathbb{R}^2=\{0\}$ であり、$W$ は 1 次元なのに、どの実部分空間の複素化にもならない。一方 $\mathbb{C}(1,1)=(\mathbb{R}(1,1))_{\mathbb{C}}$ は $\sigma$ で保たれる。
以下、$V$ を有限次元の実ベクトル空間、$T\colon V\to V$ を実線形変換とする。prop-cx-basic の 2 により $T_{\mathbb{C}}$ の固有多項式は $T$ の固有多項式 $p_T$ に等しく、実係数である。代数学の基本定理 により、$V\neq0$ なら $T_{\mathbb{C}}$ は必ず固有値をもつ。
$\lambda\in\mathbb{C}$ について、$E_\lambda:=\{z\in V_{\mathbb{C}}\mid T_{\mathbb{C}}z=\lambda z\}$ とおく。
1:$z\in E_\lambda$ なら $T_{\mathbb{C}}\sigma(z)=\sigma(T_{\mathbb{C}}z)=\sigma(\lambda z)=\bar\lambda\,\sigma(z)$ なので $\sigma(z)\in E_{\bar\lambda}$ である。同様に $\sigma(E_{\bar\lambda})\subset E_\lambda$ で、$\sigma^2=\mathrm{id}$ なので全単射である。$\sigma$ は共役線形なので、$E_\lambda$ の複素基底を $E_{\bar\lambda}$ の複素基底に写し($\sigma(\sum c_kz_k)=\sum\bar c_k\sigma(z_k)$)、次元が等しい。
2:$\lambda$ が実数なら 1 により $\sigma(E_\lambda)=E_\lambda$ であり、thm-cx-descent の 1 により $E_\lambda=U_{\mathbb{C}}$、$U=E_\lambda\cap V=\{x\in V\mid Tx=\lambda x\}=\ker(T-\lambda)$ である。次元の等式も同じ定理による。$\square$
$\lambda=a+bi$($a,b\in\mathbb{R}$、$b\neq0$)を $T_{\mathbb{C}}$ の固有値、$z=x+iy$($x,y\in V$)をその固有ベクトルとする。このとき $x,y$ は実線形独立であり、$U:=\operatorname{span}_{\mathbb{R}}(x,y)$ は $T$ の 2 次元の不変部分空間で、
$$
Tx=ax-by,\qquad Ty=bx+ay
$$
が成り立つ。したがって、$0$ でない有限次元の実ベクトル空間の線形変換は、1 次元または 2 次元の不変部分空間をもつ。
$T_{\mathbb{C}}z=Tx+iTy$ と $\lambda z=(ax-by)+i(bx+ay)$ の実部と虚部を比べると、上の 2 式を得る。よって $T(U)\subset U$ である。
$x,y$ の独立性を示す。prop-cx-eigen の 1 により $\sigma(z)=x-iy$ は固有値 $\bar\lambda$ の固有ベクトルで、$\bar\lambda\neq\lambda$ なので $z$ と $\sigma(z)$ は複素線形独立である(線形代数学 の定理「相異なる固有値に属する固有ベクトル」)。実数 $\alpha,\beta$ が $\alpha x+\beta y=0$ をみたすとすると、$x=\frac12(z+\sigma(z))$、$y=\frac{1}{2i}(z-\sigma(z))$ を代入して
$$
\tfrac12(\alpha-i\beta)\,z+\tfrac12(\alpha+i\beta)\,\sigma(z)=0
$$
となり、$\alpha-i\beta=\alpha+i\beta=0$、すなわち $\alpha=\beta=0$ である。よって $\dim U=2$ である。
最後の主張:$V\neq0$ なので $T_{\mathbb{C}}$ は固有値 $\lambda$ をもつ。$\lambda$ が実数なら prop-cx-eigen の 2 により $T$ の固有ベクトルがあり、その張る直線が 1 次元の不変部分空間である。実数でなければ前半により 2 次元の不変部分空間がある。$\square$
基底 $x,y$ に関する $T|_U$ の表現行列は $\begin{pmatrix}a&b\\-b&a\end{pmatrix}$ であり、これは複素数 $a-bi$ を掛ける写像を $\mathbb{R}^2=\mathbb{C}$ の上で見たものである。この定理は、不変部分空間 の定理「実の線形変換の低い次元の不変部分空間」を、最小多項式を使わずに示したものにあたる。
$\langle\ ,\ \rangle$ を実ベクトル空間 $V$ の内積とする。$z=x+iy$、$z'=x'+iy'$ について
$$
h(z,z'):=\langle x,x'\rangle+\langle y,y'\rangle+i\bigl(\langle y,x'\rangle-\langle x,y'\rangle\bigr)
$$
とおくと、$h$ は第 1 変数について複素線形、第 2 変数について共役線形で、$h(z',z)=\overline{h(z,z')}$、$h(z,z)=\|x\|^2+\|y\|^2$ をみたす。すなわち $h$ は $V_{\mathbb{C}}$ の Hermite 内積で、$V$ の上では $\langle\ ,\ \rangle$ に一致する。
要点:$h(iz,z')=ih(z,z')$ と対称性を展開して確かめる。
$h$ は各変数について実線形である。$iz=-y+ix$ なので $h(iz,z')=-\langle y,x'\rangle+\langle x,y'\rangle+i(\langle x,x'\rangle+\langle y,y'\rangle)=i\,h(z,z')$ であり、第 1 変数について複素線形である。$\langle\ ,\ \rangle$ の対称性から $h(z',z)=\langle x,x'\rangle+\langle y,y'\rangle+i(\langle y',x\rangle-\langle x',y\rangle)=\overline{h(z,z')}$ である。この 2 つから第 2 変数について共役線形である。$h(z,z)$ の虚部は $\langle y,x\rangle-\langle x,y\rangle=0$ で、実部は $\|x\|^2+\|y\|^2$ なので、$z\neq0$ なら正である。$\square$
$A$ を実の対称行列、$T$ を $\mathbb{R}^n$ の上の $A$ 倍とする。$\langle Tx,x'\rangle=\langle x,Tx'\rangle$ を実部・虚部ごとに使うと、prop-cx-hermitian の $h$ について $h(T_{\mathbb{C}}z,z')=h(z,T_{\mathbb{C}}z')$ である。$T_{\mathbb{C}}z=\lambda z$($z\neq0$)なら $\lambda h(z,z)=h(T_{\mathbb{C}}z,z)=h(z,T_{\mathbb{C}}z)=\bar\lambda h(z,z)$ で、$h(z,z)>0$ なので $\lambda=\bar\lambda$ である。よって $A$ の固有値はすべて実数で、prop-cx-eigen の 2 により実の固有ベクトルをもつ。これが主軸定理(対称行列 の定理「直交対角化できる実行列」)の出発点である。
実 Lie環 $\mathfrak{g}$ の複素化 $\mathfrak{g}_{\mathbb{C}}$ には、括弧積を
$$
[x+iy,\,x'+iy']:=[x,x']-[y,y']+i\bigl([x,y']+[y,x']\bigr)
$$
と複素双線形に延ばして Lie 環の構造を入れる。
$\mathfrak{su}(2):=\{X\in M_2(\mathbb{C})\mid X^*=-X,\ \operatorname{tr}X=0\}$ と $\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R})$ は、交換子 $[X,Y]=XY-YX$ を括弧積とする 3 次元の実 Lie 環で、どちらの複素化も $\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})$ と同型である。一方、この 2 つは実 Lie 環として同型でない。
$\mathfrak{su}(2)_{\mathbb{C}}\to\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})$、$X+iY\mapsto X+iY$(行列としての和)は複素線形で、行列の交換子が複素双線形なので括弧積を保つ。単射:$X+iY=0$ なら $X=-iY$ で、$X^*=iY^*=-iY=X$ と $X^*=-X$ から $X=0$、$Y=0$。全射:$Z\in\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})$ は $Z=\frac12(Z-Z^*)+i\cdot\frac{1}{2i}(Z+Z^*)$ と書け、2 つの行列はともに $\mathfrak{su}(2)$ に属する($\operatorname{tr}Z=0$ から跡は $0$)。$\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R})$ については $Z=\operatorname{Re}Z+i\operatorname{Im}Z$(成分ごとの実部・虚部)が同じ役割をする。
同型でないこと:$\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R})$ は上三角行列からなる 2 次元の部分 Lie 環をもつ。$\mathfrak{su}(2)$ の基底 $X_1=\frac12\begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix}$、$X_2=\frac12\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$、$X_3=\frac12\begin{pmatrix}0&i\\i&0\end{pmatrix}$ は $[X_1,X_2]=X_3$、$[X_2,X_3]=X_1$、$[X_3,X_1]=X_2$ をみたすので、$\sum a_kX_k\mapsto(a_1,a_2,a_3)$ で括弧積は $\mathbb{R}^3$ の外積に移る。線形独立な $a,b$ の外積は $a,b$ の両方に直交する $0$ でないベクトルで、$\operatorname{span}(a,b)$ に入らないので、$\mathfrak{su}(2)$ は 2 次元の部分 Lie 環をもたない。$\square$
このように、複素化すると同じになる異なる実 Lie 環($\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})$ の 実形)がある。$\mathfrak{g}$ は $\mathfrak{g}_{\mathbb{C}}$ の複素共役の固定点の全体として取り戻せるので(prop-cx-basic の 3)、実形を見つけるには、括弧積を保つ共役線形な対合を見つけ、その固定点をとればよい。固定点が実形になることは、thm-cx-descent の 1 の証明と同じく、$z=\frac12(z+\tau z)+i\cdot\frac{1}{2i}(z-\tau z)$($z$ は複素 Lie 環 $L$ の元、$\tau$ は対合)と分けることでわかる(2 つの項は $\tau$ の固定点 $L^\tau$ と $iL^\tau$ に属し、$\tau(iw)=-iw$ から $L^\tau\cap iL^\tau=\{0\}$ である。さらに $\tau$ が括弧積を保つので $L^\tau$ は括弧積で閉じた実 Lie 環であり、$x+iy\mapsto x+iy$ は括弧積を保つ複素線形な全単射 $(L^\tau)_{\mathbb{C}}\to L$ になる)。
複素ベクトル空間 $W$ から複素数倍を実数倍に制限した実ベクトル空間を $W_{\mathbb{R}}$(実化)、同じ実ベクトル空間に $\lambda$ 倍を $\bar\lambda$ 倍として入れ直した複素ベクトル空間を $\overline{W}$(共役)と書く。
複素ベクトル空間 $W$ について、$(W_{\mathbb{R}})_{\mathbb{C}}\cong W\oplus\overline{W}$(複素線形な同型)である。とくに $\dim_{\mathbb{C}}(W_{\mathbb{R}})_{\mathbb{C}}=2\dim_{\mathbb{C}}W$ である。
$W$ の $i$ 倍を $J$ と書き、$(W_{\mathbb{R}})_{\mathbb{C}}$ の元を $(x,y)=x+iy$ と書く(ここでの $i$ 倍は $(x,y)\mapsto(-y,x)$)。$g(w):=(w,-Jw)$、$h(w):=(w,Jw)$ とおく。$g(Jw)=(Jw,w)=i\cdot g(w)$ なので $g\colon W\to(W_{\mathbb{R}})_{\mathbb{C}}$ は複素線形であり、$\overline{W}$ の $i$ 倍は $-J$ なので $h(-Jw)=(-Jw,w)=i\cdot h(w)$ から $h\colon\overline{W}\to(W_{\mathbb{R}})_{\mathbb{C}}$ も複素線形である。$(x,y)=g(w)+h(w')$ は $w=\frac12(x+Jy)$、$w'=\frac12(x-Jy)$ とただ 1 通りに解けるので、$g+h$ は同型である。$\square$
$J$ を複素化した $J_{\mathbb{C}}$ について、$g(W)$ は固有値 $i$ の固有空間、$h(\overline{W})$ は固有値 $-i$ の固有空間である。これは 概複素構造 の命題「型の分解」の $V_{\mathbb{C}}=V^{1,0}\oplus V^{0,1}$ にあたり、同じ命題の 3 は、実の双対空間の複素化 $\operatorname{Hom}_{\mathbb{R}}(V,\mathbb{C})$ が $(V,J)$ の複素線形形式と共役線形形式に分かれることを述べている。複素多様体 では、各点の接空間の複素化 $T_pX\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C}$ がこの分解で $T^{1,0}_pX\oplus T^{0,1}_pX$ に分かれ、$\partial/\partial z_j$ と $\partial/\partial\bar z_j$ がその基底になる。
実ベクトル束 $E$ のファイバーごとに複素化すると複素ベクトル束 $E\otimes\mathbb{C}$ が得られる(Pontryagin類 の定義「複素化と共役」)。ファイバーごとの複素共役 $x+iy\mapsto x-iy$ は同型 $E\otimes\mathbb{C}\cong\overline{E\otimes\mathbb{C}}$ を与え(MS74 Lemma 15.1、p. 173)、複素ベクトル束 $\omega$ については prop-cx-realification をファイバーごとに行って $\omega_{\mathbb{R}}\otimes\mathbb{C}\cong\omega\oplus\overline{\omega}$ が得られる(MS74 Lemma 15.4、pp. 176–177)。Pontryagin 類は $E\otimes\mathbb{C}$ の Chern 類から定義され、この 2 つの同型が奇数番目の Chern 類と実化の Pontryagin 類の計算に使われる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $\sigma(W)=W$(thm-cx-descent の 1) | $\mathbb{C}^2$ の $W=\mathbb{C}(1,i)$ | $W\cap\mathbb{R}^2=\{0\}$ で、実部分空間の複素化でない |
| $S\sigma=\sigma S$(thm-cx-descent の 2) | $\mathbb{C}=\mathbb{R}_{\mathbb{C}}$ の $i$ 倍 | 実線形写像の複素化でない |
| $S\sigma=\sigma S$(prop-cx-eigen の 1) | $\mathbb{C}^2$ の $\operatorname{diag}(i,2i)$ | 固有値 $i,2i$ の共役が固有値でない |
| 固有値が実数でない(thm-cx-real-invariant) | $\mathbb{R}^2$ の恒等写像、$\lambda=1$、$z=e_1+ie_1$ | 実部と虚部が線形独立でない |
| 内積が正定値(ex-cx-symmetric) | $B(u,v)=u_1v_1-u_2v_2$ と $\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ | $B$ について自己随伴なのに固有値 $\pm i$ が実数でない |
各行の対象は、左の列の条件以外の仮定をみたしている。
1 行目:ex-cx-nonreal-subspace による。
2 行目:$S(z)=iz$ は複素線形だが、$S(1)=i\notin\mathbb{R}$ なので実線形写像の複素化でない(prop-cx-basic の 3 により複素化は $V$ を $V'$ に写す)。$S\sigma(1)=i\neq-i=\sigma S(1)$ である。
3 行目:$\operatorname{diag}(i,2i)$ は $\mathbb{C}^2$ の複素線形変換で、固有値は $i,2i$ だけであり、$-i,-2i$ は固有値でない。
4 行目:$T_{\mathbb{C}}=\mathrm{id}$ で $z=e_1+ie_1\neq0$ は固有値 $1$ の固有ベクトルだが、$x=y=e_1$ は線形従属で、$\operatorname{span}(x,y)$ は 1 次元である。
5 行目:$A=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ について $B(Au,v)=u_2v_1+u_1v_2=B(u,Av)$ なので $A$ は $B$ について自己随伴であり、固有多項式 $x^2+1$ の根は $\pm i$ である。$B$ は対称だが $B(e_2,e_2)=-1$ で正定値でなく、$B$ から上の式で作った $h$ は $h(e_1+ie_2,e_1+ie_2)=B(e_1,e_1)+B(e_2,e_2)=0$ となる。$\square$
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する