米田の補題

概要

米田の補題(Yoneda lemma)とは、圏の対象が他の対象とのすべての射とその合成の仕方によって、同型を除いて完全に特徴づけられることを支える定理である。集合が要素によって定まるという外延性を、一般化された要素である射へ置き換えた圏論的外延性の原理として読める。主定理は、表現可能関手から集合値関手への自然変換を、恒等射での評価によって表現対象における一要素と自然に対応させる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, 関手, 自然変換, Hom集合

動機

集合論の外延性公理は、集合がその要素によって完全に決まることを述べる。圏では一般の対象に内部の「要素」があるとは限らない。そこで対象 $A$ の一般化された要素として、あらゆる試験対象 $X$ から入る射 $X\to A$ を観察する。集合の圏では通常の要素 $a\in A$ は一元集合からの射 $1\to A$ と同じだが、全ての $X$ を試験対象にすることで、要素だけでなく対象が持つ構造まで観測できる。
この主張を、本記事では 圏論的外延性原理 と呼ぶ。全ての $X$ に対する $\operatorname{Hom}(X,A)$ と $\operatorname{Hom}(X,B)$ が、$X$ の射による前合成と両立して自然同型なら、$A$ と $B$ は同型である。対象の同型からHom関手の自然同型を作る向きは、同型射との後合成で分かる。Hom関手の自然同型から対象の同型を復元できるという向きが、ここで用いる米田の内容である。対象は、他の全対象からどう見えるかという射のプロフィールによって同型を除いて決まる。形式的には、表現可能関手が対象の同型を検出するという命題である。
完全な米田の補題はさらに強い。対象間の同型だけでなく、表現可能関手から任意の集合値関手への自然変換全体を、表現対象における一つの要素で分類する。本記事では計算が直接的な共変形 $\operatorname{Hom}(A,-)$ を主定理として述べる。上の「入る射」による外延性は、反対圏へ同じ定理を適用した反変形 $\operatorname{Hom}(-,A)$ から得られる。
対応の核心は恒等射 $1_A$ である。自然変換 $\alpha$ の全成分を知る代わりに $\alpha_A(1_A)$ だけを取り出す。任意の射 $f:A\to X$ は $1_A$ を $f$ で後合成したものなので、自然性により $\alpha_X(f)$ は $F(f)(\alpha_A(1_A))$ に強制される。自然性が局所的な一点のデータを全対象へ運ぶ。
要素 $x\in F(A)$ からは、各 $f:A\to X$ を $F(f)(x)\in F(X)$ へ送る自然変換が作れる。これは $x$ を $f$ に沿って運ぶ操作であり、関手性 $F(uf)=F(u)F(f)$ が自然性を保証する。逆に任意の自然変換は恒等射での値からこの形に戻る。
理解を三段階に分けるとよい。第1段階は圏論的外延性原理、すなわち「二対象の全Homプロフィールが自然に一致すれば対象は同型」という対象の同型判定である。第2段階は米田埋め込みの充満忠実性、すなわち「表現可能関手間の自然変換は、ただ一つの対象間の射から生じる」という射の復元である。第3段階が完全な米田の補題で、比較先を任意の関手 $F$ へ広げ、「自然変換は $F(A)$ の一要素で分類される」と述べる。
ここで全単射が対象 $A$ と関手 $F$ の両方について自然であることが重要である。各 $X$ でHom集合の濃度がたまたま等しいだけでは対象を復元できない。試験対象を射 $u:X'\to X$ で取り替えたとき、前合成による観測の変化と全単射が可換しなければならない。この強い両立性により、対象の同型や普遍性をHom関手の自然同型として判定できる。

定理

共変Hom関手と自然変換の集合

ここで使う共変Hom関手を
$$ h^A:\mathcal C\longrightarrow\mathbf{Set},\qquad h^A(X)=\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(A,X) $$
と定める。射 $u:X\to Y$ には、後合成 $h^A(u)(f)=u\circ f$ を対応させる。恒等射と合成を保つことは圏の単位律・結合律から従う。
$\operatorname{Nat}(h^A,F)$ は自然変換の集合を表す。すなわち、各 $X$ での写像 $\alpha_X:h^A(X)\to F(X)$ の族で、すべての $u:X\to Y$ に対し $F(u)\circ\alpha_X=\alpha_Y\circ h^A(u)$ を満たすものである。$1_A$ は $A$ の恒等射であり、$h^A(A)$ の要素である。以下、関手圏を扱うときは必要に応じてより大きい集合論的宇宙を用いる。

米田の補題

米田の補題(Yoneda lemma): 局所小圏 $\mathcal C$、対象 $A\in\mathcal C$、関手 $F:\mathcal C\to\mathbf{Set}$ に対し、
$$ \Phi:\operatorname{Nat}(h^A,F)\longrightarrow F(A),\qquad \Phi(\alpha)=\alpha_A(1_A) $$
は全単射であり、$A$ と $F$ について自然である(Mac98)。

米田の補題の証明

$x\in F(A)$ に対し、各対象 $X$ で $\alpha^x_X:\operatorname{Hom}(A,X)\to F(X)$ を $\alpha^x_X(f)=F(f)(x)$ と定める。射 $u:X\to Y$ について $F(u)(\alpha^x_X(f))=F(u)F(f)(x)=F(uf)(x)=\alpha^x_Y(uf)$ なので自然変換である。また $\Phi(\alpha^x)=F(1_A)(x)=x$。逆に自然変換 $\alpha$ と $x=\alpha_A(1_A)$ を取る。射 $f:A\to X$ に対する自然性の正方形へ $1_A$ を入れると $\alpha_X(f)=F(f)(\alpha_A(1_A))=\alpha^x_X(f)$。従って $\alpha=\alpha^x$ で二対応は逆。二変数の自然性を別々に確かめる。射 $u:A\to B$ は前合成によって $h^u:h^B\to h^A$、$h^u_X(f)=f\circ u$ を誘導する。これにより $\alpha:h^A\to F$ は $\alpha\circ h^u:h^B\to F$ へ送られ、
$$ \Phi_{B,F}(\alpha\circ h^u) =\alpha_B(u) =F(u)(\alpha_A(1_A)) =F(u)(\Phi_{A,F}(\alpha)) $$
となる。表現対象側のHomの反変性と、自然変換の第1変数の反変性を続けて使うため、評価の側では $A\to B$ と同じ向きになる。
次に自然変換 $\eta:F\to G$ に対し、
$$ \Phi_{A,G}(\eta\circ\alpha) =(\eta\circ\alpha)_A(1_A) =\eta_A(\alpha_A(1_A)) =\eta_A(\Phi_{A,F}(\alpha)) $$
である。この二つの操作は結合律によって可換するので、対応は $(A,F)$ の両変数について自然な全単射である。

帰結・補足

米田埋め込み

反対圏から関手圏への関手 $y:\mathcal C^{\mathrm{op}}\to[\mathcal C,\mathbf{Set}]$、$A\mapsto h^A$ は充満忠実関手である。

米田埋め込みの証明

対象 $A,B$ に対し充満忠実性は $\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(B,A)\to\operatorname{Nat}(h^A,h^B)$ が全単射であること。これは主定理へ $F=h^B$ を代入して得られる米田対応そのものである。射 $g:B\to A$ は $f\mapsto f\circ g$ へ送られる。恒等射は恒等自然変換へ、合成は前合成の合成へ送られるので、これは実際に関手である。

表現対象の一意性

同じ集合値関手 $F$ を二つの対象 $A,B$ が表現するなら $A\cong B$ であり、その同型は選んだ表現同型と両立して一意である。

表現対象の一意性の証明

自然同型 $h^A\cong F\cong h^B$ を合成して $h^A\cong h^B$ を得る。米田埋め込みの充満忠実性により、この自然同型とその逆は射 $B\to A$ と $A\to B$ に対応する。自然変換の合成が恒等なので対応する射の合成も恒等となり、両者は同型。選んだ表現同型を $\rho_A:h^A\to F$、$\rho_B:h^B\to F$ と書くと、射 $g:B\to A$ は
$$ \rho_B\circ h^g=\rho_A $$
を満たすものとして一意である。実際、左の等式は $h^g=\rho_B^{-1}\rho_A$ と同値であり、充満忠実性が $g$ を一意に決める。表現同型を固定せずに、対象間の同型がただ一つしかないと主張しているのではない。

表現可能関手による同型判定

対象 $A,B$ について、全ての $X$ で $\operatorname{Hom}(X,A)$ と $\operatorname{Hom}(X,B)$ が $X$ に関して自然同型であることと、$A\cong B$ は同値である。双対に、$\operatorname{Hom}(A,X)$ と $\operatorname{Hom}(B,X)$ の自然同型からも $A\cong B$ が従う。この命題は圏論的外延性原理と解釈できる。

表現可能関手による同型判定の証明

$f:A\to B$ が同型なら $h:X\to A$ を $fh:X\to B$ へ送る写像と、$f^{-1}$ との後合成が互いに逆な自然同型を与える。逆に自然同型 $\eta_X:\operatorname{Hom}(X,A)\to\operatorname{Hom}(X,B)$ を取り、$f=\eta_A(1_A):A\to B$ と置く。逆自然同型から $g:B\to A$ を同様に得る。自然性から $\eta_X(h)=fh$ であり、自然変換の合成が恒等であることを $1_A,1_B$ で評価すると $gf=1_A,fg=1_B$。従って $A\cong B$。共変Homによる双対の判定は、同じ議論を $\mathcal C^{\mathrm{op}}$ に適用して得られる。

例による確認

表現可能関手どうし

$F=h^B=\operatorname{Hom}(B,-)$ と置くと、米田の補題は
$$ \operatorname{Nat}(h^A,h^B)\cong\operatorname{Hom}(B,A) $$
を与える。射 $g:B\to A$ は各 $X$ で $f:A\to X$ を $fg:B\to X$ へ送る自然変換を定める。向きが $B\to A$ と反転するのは、表現対象側では前合成を用いるためである。この対応が米田埋め込みの充満忠実性になる。

群の台集合関手

群から台集合を取る関手 $U:\mathbf{Grp}\to\mathbf{Set}$ は整数群 $\mathbb Z$ で表現される。準同型 $f:\mathbb Z\to G$ は $f(1)\in U(G)$ により一意に決まり、任意の $g\in G$ から $f(n)=g^n$ が得られる。群準同型 $v:G\to H$ について $(v\circ f)(1)=v(f(1))$ なので、これらの全単射は自然である。従って $\operatorname{Hom}(\mathbb Z,-)\cong U$。米田対応で普遍要素は $1\in U(\mathbb Z)$ であり、生成元一つの自由群という性質を表す。

忘却関手への自然変換

$A$ を単位的環とし、$U$ を単位的左 $A$ 加群(左加群)の圏から集合の圏への台集合関手とする。自由加群 $A$ から加群 $M$ への準同型は $1\in A$ の像 $m\in U(M)$ で一意に決まり、$a\mapsto am$ と書ける。したがって
$$ U\cong\operatorname{Hom}_A(A,-) $$
である。米田の補題により、台集合関手から自分自身への自然変換は
$$ \operatorname{Nat}(U,U) \cong\operatorname{Nat}(\operatorname{Hom}_A(A,-),U) \cong U(A)=A $$
と分類される。$a\in A$ に対応する自然変換は、各左 $A$ 加群 $M$ の台集合上で
$$ m\longmapsto am $$
と作用する。$A$ 線形写像 $f\colon M\to N$ に対して $f(am)=af(m)$ なので、これは集合値関手の自然変換である。$A$ が非可換なら $m\mapsto am$ 自体は一般に $A$ 線形写像ではないが、ここで必要なのは $\mathbf{Set}$ における成分である。
一方、「各加群 $M$ から自然に一つの元を選ぶ」族は $\operatorname{Nat}(1,U)$ に対応し、零自己準同型との自然性から選べる元は常に $0$ だけである。これは $\operatorname{Nat}(U,U)$ とは別の問題である。
成分が加群準同型でない場合を具体的に確認する。$A=M_2(\mathbb R)$、$M=A$、$a=E_{12}$、$b=E_{21}$、$m=I$ とすると、行列単位の積により
$$ a(bm)=E_{11}\ne E_{22}=b(am) $$
となる。従って $m\mapsto am$ は左 $A$ 線形でない。それでも、左 $A$ 線形な射 $f$ との自然性は先の式どおり成立する。

反例:対象ごとの全単射だけでは足りない

有限次元実ベクトル空間 $V$ と双対 $V^*$(双対空間)は同じ次元なので、基底を選べば線形空間として同型にできる。しかし基底に依存しない自然な同型 $V\cong V^*$ は存在しない。まず、双対は反変関手なので、すべての線形写像を射とする圏上では恒等関手との自然変換は型が合わない。線形同型だけからなる亜群に制限し、$D(f)=(f^{-1})^*$ によって双対を共変に直しても、自然同型 $a\colon1\Rightarrow D$ は存在しない。一次元空間 $V=\mathbb R$ の自己同型 $f=2\,1_V$ に自然性を適用すると $\frac12a_V=2a_V$ となり、$a_V=0$ だからである。対象ごとの同型を並べても、自然性の可換条件がなければ米田の補題の入力にならない。

豊穣圏における対応概念

射集合を、対称モノイダル閉圏 $\mathcal V$ のHom対象に替えたものが豊穣圏である。$\mathcal V$ が局所小で小さい極限(極限(圏論))を持ち、$\mathcal C$ が小さい豊穣圏なら、豊穣前層 $F:\mathcal C^{\mathrm{op}}\to\mathcal V$ に対し
$$ [\mathcal C^{\mathrm{op}},\mathcal V](\mathcal C(-,c),F)\cong F(c) $$
が成り立つ。左辺は豊穣自然変換を集める $\mathcal V$ の対象であり、結論も $\mathcal V$ の中の同型である(Kel05)。$\mathcal V=\mathbf{Set}$ なら通常の米田対応に戻る。米田の補題(豊穣圏)の記事の証明では、この対象の定義と証明に加え、単体的集合による豊穣化から次の∞圏版へ移る際の条件を扱う。

∞圏における対応概念

ここからは発展事項である。$(\infty,1)$-圏を準圏として扱うと、射集合の代わりに、射とその間の高次ホモトピーを含む写像空間 $\operatorname{Map}_{\mathcal C}(X,Y)$ を用いる。小さい準圏 $\mathcal C$ と空間の∞-圏 $\mathcal S$ に対し、空間値前層の∞圏 $\mathcal P(\mathcal C)=\operatorname{Fun}(\mathcal C^{\mathrm{op}},\mathcal S)$ に米田前層 $y(c)=\operatorname{Map}_{\mathcal C}(-,c)$ を作ると、恒等射での評価は
$$ \operatorname{Map}_{\mathcal P(\mathcal C)}(y(c),F)\simeq F(c) $$
という空間の同値になる(KerY26 命題8.3.1.3の双対)。左辺には自然変換だけでなくそれらの間の高次ホモトピーも含まれ、単にホモトピー類の集合が全単射になるという主張より強い。
通常の圏の脈体を取り、$F$ の値を離散的な集合に限ると、この同値は通常の反変形の米田対応に一致する。本記事の共変形 $h^A=\operatorname{Hom}(A,-)$ は反対圏での読み替えにより回収される。写像空間・米田前層の具体的構成、モデル間の比較と証明は 米田の補題(∞圏) の記事の証明で扱い、通常版への制限もそこで確認する。

関連項目

参考文献

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