素元

同義語:prime element

概要

素元(prime element)とは、整域の零でない非単元で、二元の積を割れば少なくとも一方を割る元である。生成する主イデアルが素イデアルであること、商環が整域であることと同値になる。素元は既約元だが逆は一般に偽であり、一意分解整域では素元と既約元が一致する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 整域, イデアル, 素イデアル

積を割るとき、どちらか一方を割る元

整数の素数 $p$ には、積 $ab$ を割れば $a$ または $b$ を割るという性質がある。この性質を一般の整域へ移したものが素元(prime element)である。整数では「これ以上分解できない」という性質と「積を割れば一方を割る」という性質が一致する。しかし一般の整域では前者の既約元と素元は異なる。この差は、元の一意分解が失敗する環を理解する入口になる。
素元は、イデアルと商環の言葉でも表せる。元 $p$ が素元であることは、それが生成する主イデアル $(p)$ が素イデアルであること、さらに商環 $A/(p)$ が整域であることと同値である。整数の素数 $p$ では $\mathbb Z/(p)$ が体となるが、一般には商環は整域でも体とは限らない。例えば $k[x,y]$ の $x$ は素元であり、商環 $k[x,y]/(x)\simeq k[y]$ は整域だが体ではない。本記事ではこの区別を、具体例と完全な証明で確かめる。

定義と約束

$A$ を可換な単位元付き整域とする。$a,b\in A$ について $a\mid b$ は、ある $c\in A$ が存在して $b=ac$ と書けることを意味する。$A$ の単元は乗法逆元を持つ元である。$0$ や単元を因数分解の対象から外すため、このページでは素元も既約元も零でない非単元に限る。

素元

$p\in A$ が素元であるとは、$p\ne0$ が非単元であり、任意の $a,b\in A$ に対して
$$ p\mid ab\quad\Longrightarrow\quad p\mid a\ \text{または}\ p\mid b $$
が成り立つことをいう。

「$p$ は積を割る」という前提は $ab\in(p)$ と同じで、「$p$ は $a$ または $b$ を割る」という結論は $a\in(p)$ または $b\in(p)$ と同じである。したがって定義は、主イデアル $(p)$ の素性を元の言葉で書いたものである。Stacks Project の Definition 10.120.1 は「$(p)$ が素イデアル」で素元を定める(StacksFactorization)。その記述では整域の零元も $(0)$ が素イデアルであるため形式上含まれる。本記事では因数分解で通常使う零でない非単元という約束を明記し、零元を素元とは呼ばない。どちらの約束でも、非零非単元についての命題は一致する。

既約元

$r\in A$ が既約元であるとは、$r\ne0$ が非単元であり、$r=ab$ と書けたときは必ず $a$ または $b$ が単元であることをいう。「$r$ の非自明な積への分解がない」という一つの元の性質であり、ほかの二元の積を割るかどうかは定義に含まれない。

$p$ に単元 $u$ を掛けた $up$ は $p$ と同伴で、$(up)=(p)$ である。素元かどうかは生成するイデアルだけで決まるため、同伴な元は同時に素元である。既約性も同伴によって変わらない。例えば $\mathbb Z$ では $2$ と $-2$ は同伴で、いずれも素元である。「素元の個数」を数えるときはこの単元倍を同一視するのが自然である。

主イデアルと商環による判定

素元の定義は、商環の零因子を調べる条件へ変換できる。この変換を使うと、多項式環では「一つの変数を $0$ に置く」だけで素元を見つけられる。

素元の三つの判定

$A$ を整域、$p\in A$ を零でない非単元とする。次の条件は同値である。

  1. $p$ は素元である。
  2. 主イデアル $(p)$ は素イデアルである。
  3. 商環 $A/(p)$ は整域である。
割り切りと零因子を対応させる

素イデアルの定義では、真のイデアル $P$ について $ab\in P$ なら $a\in P$ または $b\in P$ である。$p$ は非単元なので $(p)\ne A$。$ab\in(p)$ と $p\mid ab$ は同じ条件であり、$a\in(p)$ と $p\mid a$ も同じである。これで 1 と 2 が同値になる。
商環の元を $\bar a=a+(p)$ と書く。$\bar a\bar b=0$ は $ab\in(p)$ と同値で、$\bar a=0$ は $a\in(p)$ と同値である。よって $(p)$ が素イデアルであることは、$A/(p)$ の零でない二元の積が零にならないことと同値である。$(p)$ は真のイデアルだから $A/(p)$ は零環でなく、これは商環が整域であることにほかならない。$\square$

この命題は、素元と素イデアルを混同してよいという意味ではない。素元は元で、$(p)$ はその元が生成するイデアルである。素イデアルは主イデアルとは限らず、素イデアルが一つ存在しても、それを生成する素元があるとは限らない。例えば $k[x,y]$ の $(x,y)$ は素イデアルで、商環は $k$ だが、$(x,y)$ は一元で生成されない。もし一元 $f$ で生成できれば $f$ は $x$ と $y$ の共通因子となり、両者が互いに素であることから $f$ は単元となって $(x,y)=A$ となる矛盾が生じる。
$A=k[x,y]$ で $p=x$ とすると $A/(x)\simeq k[y]$ なので $x$ は素元である。$k[y]$ は体でないから $(x)$ は極大イデアルではない。一方、$\mathbb Z$ で通常の素数 $q$ を取ると $\mathbb Z/(q)$ は体で、$(q)$ は極大イデアルでもある。素元であることと生成イデアルが極大であることは、整数では一致するが一般の整域では一致しない。

素元は既約元である

素元から既約元への含意には、一意分解を仮定しない。必要なのは整域で約分できることだけである。

素元から既約元へ

整域 $A$ の素元 $p$ は既約元である。

積の一方を割り、約分する

$p=ab$ と書く。$p\mid ab$ だから素元の性質により $p\mid a$ または $p\mid b$。前者なら $a=pc$ と書けるので
$$ p=pcb $$
である。$p\ne0$ で $A$ は整域だから約分して $1=cb$ を得る。よって $b$ は単元である。後者なら同じ議論で $a$ が単元となる。したがって $p$ は既約である。$\square$

逆の含意は一般には偽である。既約元 $r$ の定義は $r$ 自身の分解だけを検査するのに対し、素元はすべての積 $ab$ について割り切りを検査する。二つの定義の量化が違う。この差を隠して「既約だから素」と結論するには、主イデアル整域や一意分解整域など追加の条件が必要である。
素元の定義は二つの因子について述べているが、有限個の因子にも拡張できる。素元 $p$ が $a_1a_2\cdots a_n$ を割れば、少なくとも一つの $a_i$ を割る。$n=2$ は定義そのものである。$n>2$ のとき積を $a_1(a_2\cdots a_n)$ と分ければ、$p\mid a_1$ か $p\mid a_2\cdots a_n$。後者なら同じ操作を残りの積に適用する。有限回でいずれかの因子に到達する。この有限積版が、既約分解を比較する後の証明を支える。
ただし素元の冪や積が再び素元になるわけではない。素元 $p$ について $p^2\mid p\cdot p$ である一方、$p^2\nmid p$ である。後者がもし成り立てば $p=p^2c$ から整域で $p$ を約分して $1=pc$ となり、$p$ が単元になってしまう。従って $p^2$ は素元でない。同じ理由で、非単元二つの積は既約ですらない。素元を含む「素因数分解」の語から、素元をいくつ掛けても素元だと推測してはいけない。

既約だが素でない元:整数環の反例

$A=\mathbb Z[\sqrt{-5}]$ の元は $a+b\sqrt{-5}$($a,b\in\mathbb Z$)と一意に書ける。ノルム
$$ N(a+b\sqrt{-5})=a^2+5b^2 $$
は非負整数で、$N(uv)=N(u)N(v)$ を満たす。これは複素共役との積を取れば分かる。$N(u)=1$ の元は $\pm1$ のみであり、これらが $A$ の単元である。ノルムは $2$ が既約なのに素でないことを短く証明する道具となる。

既約だが素でない $2$

$A=\mathbb Z[\sqrt{-5}]$ の元 $2$ は既約だが素元ではない。積
$$ (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})=6 $$
は $2$ で割り切れるが、$1+\sqrt{-5}$ も $1-\sqrt{-5}$ も $2$ では割り切れない。

ノルムで既約性と割り切りを調べる

もし $2=uv$ で $u,v$ がともに非単元なら、$N(u),N(v)$ は $1$ より大きい正整数で、その積は $N(2)=4$ である。したがって両方のノルムが $2$ でなければならない。しかし $a^2+5b^2=2$ を満たす整数 $a,b$ はない。ゆえに $u,v$ のどちらかが単元で、$2$ は既約である。
一方、上の積は $6=2\cdot3$ で $2$ の倍数である。$2\mid 1+\sqrt{-5}$ なら $1+\sqrt{-5}=2(a+b\sqrt{-5})$ となるが、整数係数の比較から $1=2a$ となり矛盾する。共役な元 $1-\sqrt{-5}$ についても同じである。したがって $2$ は積を割るのにどちらの因子も割らず、素元でない。$\square$

同じ環では $6=2\cdot3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})$ という異なる分解が見える。ただし「分解が二通りある」という表示だけから、各因子が既約で同伴でないことを確認せずに一意分解の失敗を断定してはいけない。素元と既約元の差を示す目的には、上で示した $2$ の既約性と非素性だけで十分である。この反例は、整数で成り立つ Euclid の補題を任意の整域へ無条件に移せないことを明確にする。

一意分解整域では二つが一致する

一意分解整域(UFD)では、すべての零でない非単元が既約元の積に分解され、その分解は順序と単元倍を除いて一意である。ここでは一意性が、既約元に素元の割り切り性を与える。

一意分解整域の素元判定

整域 $A$ のすべての零でない非単元が既約元の有限積に分解されると仮定する。このとき $A$ が一意分解整域であることと、$A$ のすべての既約元が素元であることは同値である。

分解の一意性と素元の割り切り

まず $A$ が一意分解整域だとし、既約元 $p$ が $ab$ を割るとする。$ab=pc$ と書き、$a,b,c$ を既約元へ分解する。$a$ または $b$ が零なら結論は直ちに成り立つので、以下では非零とする。積 $ab$ の分解と $pc$ の分解の一意性により、$p$ は $a$ または $b$ の分解に現れるある既約因子と同伴である。従って $p\mid a$ または $p\mid b$ で、$p$ は素元である。
逆にすべての既約元が素元だとする。既約分解 $r_1\cdots r_m=s_1\cdots s_n$ を二つ取る。$r_1$ は右辺の積を割るから、素元の性質を繰り返すと、ある $s_j$ を割る。$s_j$ は既約なので $r_1$ と $s_j$ は同伴である。これらを並べ替えて約分し、残りの因子について同じ操作を繰り返せば、因子数が等しく、順序と同伴を除いて一致する。存在は仮定済みなので $A$ は一意分解整域である。$\square$

この定理で「各元が既約元へ分解される」という存在の仮定は重要である。「既約元はみな素元」とだけ言っても、既約元が全く存在しない整域では条件が空虚に成立し得る。したがって一意分解整域を特徴付ける際は、分解の存在と、その因子が素元であることの両方を確認する(StacksFactorization Lemma 10.120.5)。
主イデアル整域では、既約元 $p$ の主イデアル $(p)$ は極大イデアルとなる。実際 $(p)\subseteq I=(a)\subseteq A$ とすれば $p=ab$ で、既約性から $a$ または $b$ が単元となり、$I=(p)$ または $I=A$ である。極大イデアルは素イデアルだから $p$ は素元である。この議論は「主イデアル整域なら既約元は素元」の直接証明で、整数の Euclid の補題と同じ構造を持つ。

多項式環と商環の具体例

体 $k$ 上の多項式環 $k[x,y]$ で $x$ は素元である。$x$ を $0$ に置く評価写像 $f(x,y)\mapsto f(0,y)$ の核が $(x)$、像が $k[y]$ であるため
$$ k[x,y]/(x)\simeq k[y] $$
となる。右辺は整域である。$y$ も同様に素元である。$xy$ は積 $x\cdot y$ を割るが、$x$ も $y$ も割らないので素元ではない。もちろん $xy$ は非自明な積として分解しており既約でもない。
一方 $x^2+y^2$ のような多項式の素性は係数体に依存する。$\mathbb C[x,y]$ では $x^2+y^2=(x+iy)(x-iy)$ と分解するが、$\mathbb R[x,y]$ ではこの分解は環内にない。したがって「見た目に分解できない」ことだけで判定せず、どの環の元として考えるかを固定する。多項式環が一意分解整域であることが分かっていれば、既約性を証明した後は上の定理から素性を得られる。
整数環では $p$ が素数であること、$(p)$ が素イデアルであること、$\mathbb Z/(p)$ が体であることが一致する。しかし最後の「体」は一般の素元判定では強すぎる。例えば先ほどの $k[x,y]/(x)\simeq k[y]$ は体でない。体かどうかは極大イデアルを特徴付け、整域かどうかが素イデアルを特徴付ける。主イデアル整域の整数に慣れたときほど、この二段階を区別する必要がある。

素イデアルとの接続と用語の範囲

素元 $p$ が生成する $(p)$ は素イデアルだが、すべての素イデアルが素元から生じるわけではない。$k[x,y]$ の $(x,y)$ はその最も単純な例である。また環の次元を考えるときに現れる高さ $1$ の素イデアルも、任意の整域で主イデアルになるとは限らない。Noether 整域が一意分解整域であることは、高さ $1$ の素イデアルがすべて主イデアルであることと同値である(StacksFactorization Lemma 10.120.6)。この命題には Noether 性が含まれ、先ほどの素元の定義だけから出るものではない。
局所化した環で素元を使う場合、元が単元になる可能性に注意する。例えば $\mathbb Z$ の素元 $2$ は $\mathbb Z[1/2]$ では逆元を持つので、そこで素元ではない。素元の割り切り条件が局所化とどう対応するかは、どの分母を許したかに依存する。Stacks Project の Nagata の判定は、素元たちで生成した積閉集合による局所化を精密に扱う(StacksFactorization Lemma 10.120.7)。ここでは「素元を逆にしたら、その元自身は単元になる」という最も基本的な境界を押さえる。
零因子を持つ一般の可換環でも $(p)$ が素イデアルであることは定義できるが、零でない元 $p$ が既約かどうか、積の等式から約分できるかは整域の場合と変わる。本記事の「素元なら既約元」という証明は $p\ne0$ の約分に整域性を使った。環の仮定を落として同じ証明を使わないことが肝心である。また、$\mathbb Z$ における正の素数という慣習は順序と符号を使うが、一般の整域に順序はないため、素元は単元倍まで考える。
素元を調べる際は、まず元が零でない非単元かを確認する。次に $(p)$ または $A/(p)$ を計算できれば、商環が整域かを判定する。商環を求めにくいときは割り切り条件を直接示す。既約性だけが分かった場合は、環が一意分解整域や主イデアル整域かを確認する。反対に素元でないことを示すには、$p\mid ab$ なのに $p\nmid a$ かつ $p\nmid b$ となる具体的な二元を探せば十分である。この順序で検査すると、素元、既約元、素イデアルという三つの言葉を混同しにくい。

参照箇所

  • StacksFactorization Definition 10.120.1 は同伴・既約元・素元を定義し、Lemmas 10.120.2, 10.120.5 は同伴と一意分解整域の素元判定を扱う。
  • StacksFactorization Lemmas 10.120.6, 10.120.7 は Noether 整域の高さ $1$ の素イデアルによる判定と、素元で生成した積閉集合での局所化を扱う。
  • StacksFactorization Lemmas 10.120.10, 10.120.13 は多項式環と主イデアル整域の一意分解性を述べる。

関連項目

参考文献

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