零射

概要

零射(zero morphism)とは、任意の二対象間に選ばれ、前後からどの射を合成しても零のままになる射である。加法圏やアーベル圏で核・余核を定義する基礎になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: , 射の合成

零射という概念

零射とは、任意の二対象間に選ばれ、前後からどの射を合成しても零のままになる射である。加法圏やアーベル圏で核・余核を定義する基礎になる。
この記事では、定義の型を明示し、典型例と反例を対比する。親記事 の公理のどの部分を切り出した概念か、後続の普遍性・随伴・極限へどのように接続するかを区別して読む。

定義

零射

$\mathcal C$ の各対象 $X,Y$ に射 $0_{X,Y}:X\to Y$ が指定され、任意の $f:W\to X$$g:Y\to Z$ に対して $0_{X,Y}\circ f=0_{W,Y}$$g\circ0_{X,Y}=0_{X,Z}$ を満たすとき、$0_{X,Y}$零射(zero morphism)という。

直感

零射は「情報をまったく伝えない射」を、すべての始域と終域について合成と両立するように選んだものだ。単なる特別な写像ではなく、圏全体を貫く一貫した零の体系である。
直感は定義の代用ではない。射の始域・終域、合成の順序、圏の種類を明示してから使う。

例1

アーベル群の圏では、すべての元を零元へ送る準同型が零射である。
確認ポイント: 前後から準同型を合成しても零準同型になる。

例2

ベクトル空間の圏では零線形写像が零射である。
確認ポイント: 線形代数の零写像を圏論的に抽象化する。

例3

零対象を持つ圏では、$X\to0\to Y$ の合成によって零射が標準的に定まる。
確認ポイント: 始対象性と終対象性が合成の一意性を保証する。

反例とよくある誤解

$\mathbf{Set}$ には一般に標準的な零射がない。空集合を経由する射 $X\to\emptyset$$X$ が空でなければ存在せず、一点集合を経由する定数写像も値の選択なしには一意でない。

性質

基本性質1

$\mathcal C$零対象 $0$ を持つとする。このとき:
(1) 各対象の組 $(A,B)$ に対し、終対象 $0$ への一意な射 $\pi_A:A\to0$ と始対象 $0$ からの一意な射 $\iota_B:0\to B$ の合成として定まる射 $0_{A,B}:=\iota_B\circ\pi_A:A\to B$ は、$A,B$ のみから一意に定まる。
(2) こうして定まる族 $\{0_{A,B}\}_{A,B}$ は、任意の $f:X\to A$$g:B\to Y$ に対して $0_{A,B}\circ f=0_{X,B}$$g\circ0_{A,B}=0_{A,Y}$ を満たす。すなわち $\{0_{A,B}\}_{A,B}$def-zero-morphism の意味での零射の体系を $\mathcal C$ に与える。

基本性質1(1)の証明:$0_{A,B}$ の一意性

$0$ は終対象であるから、始対象性・終対象性の普遍性(一意性)より、任意の対象 $A$ に対して射 $A\to0$ がちょうど一つ存在する。これを $\pi_A$ と書く。同様に $0$ は始対象であるから、任意の対象 $B$ に対して射 $0\to B$ がちょうど一つ存在する。これを $\iota_B$ と書く。
$\pi_A$$A$ のみから一意に定まり、$\iota_B$$B$ のみから一意に定まるので、その合成 $0_{A,B}:=\iota_B\circ\pi_A:A\to B$$A,B$ の組のみから一意に定まる射である(他の対象や射の選び方には依存しない)。∎

基本性質1(2)の証明:吸収性

$f:X\to A$ とする。合成 $\pi_A\circ f:X\to0$$X$ から終対象 $0$ への射であるから、終対象の普遍性より $X\to0$ なる射はただ一つしかなく、それは $\pi_X$ である。ゆえに
$$\pi_A\circ f=\pi_X.$$
したがって
$$0_{A,B}\circ f=(\iota_B\circ\pi_A)\circ f=\iota_B\circ(\pi_A\circ f)=\iota_B\circ\pi_X=0_{X,B}$$
が成り立つ(結合律は合成の一般則による)。
同様に $g:B\to Y$ とする。合成 $g\circ\iota_B:0\to Y$ は始対象 $0$ から $Y$ への射であるから、始対象の普遍性より $0\to Y$ なる射はただ一つしかなく、それは $\iota_Y$ である。ゆえに
$$g\circ\iota_B=\iota_Y.$$
したがって
$$g\circ0_{A,B}=g\circ(\iota_B\circ\pi_A)=(g\circ\iota_B)\circ\pi_A=\iota_Y\circ\pi_A=0_{A,Y}$$
が成り立つ。
以上(1)(2)により、族 $\{0_{A,B}\}_{A,B}$ は各組 $(A,B)$ から一意に定まり、かつ def-zero-morphism の吸収条件を満たす(Mac98)。∎

基本性質2

零射を持つ圏では核と余核を、零射との等化子・余等化子として定義できる。

基本性質3

零射の体系は反対圏にも零射の体系を与える。

∞圏における対応概念

零対象を持つ点付き∞圏では、$X\to0\to Y$ によって零写像が得られる。写像空間には基点が入り、安定∞圏ではこの点付き構造がファイバー列とコファイバー列を統一する。

関連項目

参考文献

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