五項補題(five lemma)とは、行が完全列であるような可換図式において、両端の縦射が適切な単射性・全射性を満たし中央二つの縦射が同型であれば、真ん中の縦射も同型になるという補題である。ホモロジー代数における最も基本的な図式追跡の道具であり、二つの複体の間の鎖写像がホモロジーに同型を誘導することを示す典型的な場面で使われる。
アーベル圏 $\mathcal A$ において、次の可換図式
$$
\begin{array}{ccccccccc}
A_1&\xrightarrow{f_1}&A_2&\xrightarrow{f_2}&A_3&\xrightarrow{f_3}&A_4&\xrightarrow{f_4}&A_5\\
{\scriptstyle a_1}\downarrow&&{\scriptstyle a_2}\downarrow&&{\scriptstyle a_3}\downarrow&&{\scriptstyle a_4}\downarrow&&{\scriptstyle a_5}\downarrow\\
B_1&\xrightarrow{g_1}&B_2&\xrightarrow{g_2}&B_3&\xrightarrow{g_3}&B_4&\xrightarrow{g_4}&B_5
\end{array}
$$
(各正方形が可換、すなわち $g_i\circ a_i=a_{i+1}\circ f_i$)を考え、上下二つの横列がいずれも完全列であるとする。
def-five-lemma-setupの設定のもとで:
(i) $a_1$ がエピ射、$a_2,a_4$ がモノ射ならば、$a_3$ はモノ射である。
(ii) $a_5$ がモノ射、$a_2,a_4$ がエピ射ならば、$a_3$ はエピ射である。
したがって、$a_1$ がエピ射、$a_5$ がモノ射、$a_2,a_4$ が同型射であれば、$a_3$ は同型射である。
五項補題は「両端から情報が中央へ伝播する」図式追跡の典型例である。(i)は左側からの情報($a_1$ のエピ性)と隣接する縦射の単射性を使って中央の単射性を"押し出す"議論であり、(ii)はその双対(右側から)にあたる。二つを組み合わせることで、中央の縦射の同型性を、両端の弱い条件(エピ・モノのみ)と隣接する縦射の強い条件(同型)から結論できる。この補題は、鎖複体の射がホモロジーの一部の次数で同型を誘導していれば別の次数でも誘導する、といった応用に頻繁に使われる(標準的な教科書としてWei94参照)。
二つの短完全列 $0\to A'\to A\to A''\to0$、$0\to B'\to B\to B''\to0$ の間の射で、両端 $A'\to B'$、$A''\to B''$ が同型であるものが与えられたとき、両端に $0$ を加えた5項の図式に五項補題を適用すると($0\to0$ は自明にモノかつエピ)、中央の射 $A\to B$ も同型であることが従う。
(i)の証明:$x\in A_3$ が $a_3(x)=0$ を満たすとする。可換性 $g_3\circ a_3=a_4\circ f_3$ より $a_4(f_3(x))=0$ であり、$a_4$ がモノ射であるから $f_3(x)=0$。上段の完全性($\operatorname{im}f_2=\ker f_3$)より、ある $y\in A_2$ が存在して $x=f_2(y)$。このとき $a_3(f_2(y))=a_3(x)=0$ であり、可換性 $g_2\circ a_2=a_3\circ f_2$ より $g_2(a_2(y))=0$。下段の完全性($\ker g_2=\operatorname{im}g_1$)より、ある $z\in B_1$ が存在して $a_2(y)=g_1(z)$。$a_1$ はエピ射であるから、ある $w\in A_1$ が存在して $a_1(w)=z$。可換性 $g_1\circ a_1=a_2\circ f_1$ より $a_2(f_1(w))=g_1(a_1(w))=g_1(z)=a_2(y)$。$a_2$ はモノ射であるから $f_1(w)=y$。ゆえに $x=f_2(y)=f_2(f_1(w))$ であり、上段の完全性($\operatorname{im}f_1=\ker f_2$、特に $f_2\circ f_1=0$)より $x=0$。以上より $a_3$ はモノ射である(要素を用いた議論の正当性はアーベル圏で述べたFreyd–Mitchellの埋め込み定理による)。
(ii)の証明:$z\in B_3$ を任意にとる。$a_4$ はエピ射であるから、$g_3(z)\in B_4$ に対しある $w\in A_4$ が存在して $a_4(w)=g_3(z)$。可換性 $g_4\circ a_4=a_5\circ f_4$ より $a_5(f_4(w))=g_4(a_4(w))=g_4(g_3(z))=0$(下段の完全性より $g_4\circ g_3=0$)。$a_5$ はモノ射であるから $f_4(w)=0$。上段の完全性($\operatorname{im}f_3=\ker f_4$)より、ある $y\in A_3$ が存在して $w=f_3(y)$。可換性 $g_3\circ a_3=a_4\circ f_3$ より $g_3(a_3(y))=a_4(f_3(y))=a_4(w)=g_3(z)$、すなわち $z-a_3(y)\in\ker g_3=\operatorname{im}g_2$(下段の完全性)。ゆえにある $v\in B_2$ が存在して $z-a_3(y)=g_2(v)$。$a_2$ はエピ射であるから、ある $u\in A_2$ が存在して $a_2(u)=v$。可換性 $g_2\circ a_2=a_3\circ f_2$ より $g_2(v)=g_2(a_2(u))=a_3(f_2(u))$。ゆえに $z=a_3(y)+a_3(f_2(u))=a_3(y+f_2(u))$ となり、$a_3$ はエピ射である。$\blacksquare$
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