左ファイブレーションと右ファイブレーション

同義語:左ファイブレーション右ファイブレーションleft fibrationright fibration

概要

左ファイブレーションと右ファイブレーション(left and right fibrations)とは、単体的集合の写像であって、それぞれ $0\le k< n$、$0< k\le n$ のすべてのホーン $\Lambda^n_k\subset\Delta^n$ に対して右持ち上げ性質をもつもののことである。通常の圏の関手 $F$ について、脈体 $N(F)$ が右ファイブレーションであることは $F$ が亜群でファイバー付けられていることと同値であり、右ファイブレーションは亜群でファイバー付けられた圏の ∞圏版である。ファイバーは Kan 複体で、準圏のスライスの射影 $\mathcal C_{/p}\to\mathcal C$ が基本の例であり、Kan 複体の上の右ファイブレーションは Kan ファイブレーションになる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ホーンと充填条件, 内部ホーンと内部アノダイン射, Joyalの定理(準圏がKan複体である条件)

圏論では、関手 $F\colon\mathcal C\to\mathcal D$ で、$\mathcal D$ の射を終点の側から持ち上げられ、その持ち上げがファイバーの同型を除いて一意に決まるものを「亜群でファイバー付けられた圏」という。集合値の前層 $P\colon\mathcal D^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ の元の圏 $\int P\to\mathcal D$ がその典型で、より一般に $\mathcal D$ 上の亜群値の前層からもこの種の関手が作られる。右ファイブレーション はその ∞圏版である。単体的集合の写像 $p\colon X\to S$ が $0< k\le n$ のホーンに対して右持ち上げ性質をもつとき右ファイブレーション、$0\le k< n$ のホーンに対してもつとき 左ファイブレーション という。右ファイブレーションのファイバーは Kan 複体(∞亜群)であり、$S$ 上の「空間に値をとる前層」を表す。∞圏 $\mathcal C$ の対象 $x$ の上のスライス $\mathcal C_{/x}\to\mathcal C$ が基本の例で、そのファイバーが写像空間である。
この記事では、左右のファイブレーションの定義と基本性質、通常の圏の脈体についての特徴づけ(亜群でファイバー付けられた圏との一致)、スライスの射影が右ファイブレーションであること、Kan 複体の上の右ファイブレーションは Kan ファイブレーションであることを証明する。

定義

記号は ホーンと充填条件 に従う。

左右のファイブレーション

単体的集合の写像 $p\colon X\to S$ について、

  1. $0< k\le n$ のすべてのホーンの包含 $\Lambda^n_k\subset\Delta^n$($n\ge1$)に対して右持ち上げ性質をもつとき、$p$ を 右ファイブレーション(right fibration)という。
  2. $0\le k< n$ のすべてのホーンの包含に対して右持ち上げ性質をもつとき、$p$ を 左ファイブレーション(left fibration)という。
    (HTT09 Definition 2.0.0.3、p. 53。ホーンと充填条件 の定義「充填条件とファイブレーション」の (R3)。)

$0< k\le n$ のホーンを 右ホーン、$0\le k< n$ のホーンを 左ホーン とよぶ。右ファイブレーションの低い次元の条件を読むと次のようになる。

  • $n=1$($\Lambda^1_1=\{1\}$):$S$ の辺 $g\colon s'\to s$ と $s$ の上の頂点 $x$ について、$x$ を 終点 とし $g$ の上にある辺 $x'\to x$ がある。
  • $n=2$($\Lambda^2_2$):$X$ の辺 $f\colon y\to x$、$h\colon z\to x$ と、$S$ の $2$ 単体で辺 $p(f)$、$p(h)$ と $g\colon p(z)\to p(y)$ をもつものについて、$g$ の上の辺 $\tilde g\colon z\to y$ と、$f\circ\tilde g$ が $h$ であることを証言する $2$ 単体がある。
  • $n\ge3$ の条件は、こうして得られる持ち上げが高次のホモトピーを除いて一意であることを表す。
    左ファイブレーションは、これらの向きをすべて逆にしたもの(始点の側からの持ち上げ)である。
基本性質
  1. $p$ が右ファイブレーションであることと、反対単体的集合の写像 $p^{\mathrm{op}}\colon X^{\mathrm{op}}\to S^{\mathrm{op}}$ が左ファイブレーションであることは同値である。
  2. Kan ファイブレーションは右ファイブレーションかつ左ファイブレーションであり、右ファイブレーションと左ファイブレーションは内部ファイブレーションである。
  3. 右ファイブレーションの全体は、同型を含み、合成・引き戻し・積・レトラクトで閉じている。左ファイブレーションも同様である。
  4. $X\to\Delta^0$ が右ファイブレーションであることと、$X$ が Kan 複体であることは同値である。左ファイブレーションでも同様である。
  5. 右ファイブレーション(または左ファイブレーション)$p\colon X\to S$ の頂点 $s$ の上のファイバー $X_s:=\{s\}\times_SX$ は Kan 複体である。

1:頂点の順序の反転 $r\mapsto n-r$ は $\Lambda^n_k$ を $\Lambda^n_{n-k}$ に移し、右ホーンを左ホーンに移すので、持ち上げの問題が $1$ 対 $1$ に対応する(HTT09 Remark 2.0.0.7、p. 55)。2:持ち上げを求めるホーンが少ないほど条件は弱い。3:ホーンと充填条件 の定理「右持ち上げ性質の閉包性」。4:$X\to\Delta^0$ が右ファイブレーションであることは、$X$ が $0< k\le n$ のすべてのホーンについて延長条件を満たすことであり、内部ホーンを含むので $X$ は準圏である。Joyalの定理(準圏がKan複体である条件) の定理「Joyalの定理」の (R3)⇔(R4) により、これは $X$ が Kan 複体であることと同値である。左は (R2)⇔(R4) による。5:$X_s\to\Delta^0$ は $p$ の引き戻しなので、3 と 4 による。$\square$

右ファイブレーションに対して左持ち上げ性質をもつ写像が 右アノダイン射 であり、右ホーンの包含はその基本の例である。

圏の脈体:亜群でファイバー付けられた圏

亜群でファイバー付けられた圏

小さな圏の間の関手 $F\colon\mathcal C\to\mathcal D$ が 亜群でファイバー付けられている(fibered in groupoids)とは、次の 2 条件を満たすことをいう。
(F1) $\mathcal C$ の対象 $c$ と $\mathcal D$ の射 $g\colon d\to F(c)$ について、$F(f)=g$ となる $\mathcal C$ の射 $f\colon c'\to c$ がある。
(F2) $\mathcal C$ の射 $f\colon c'\to c$、$h\colon c''\to c$ と $\mathcal D$ の射 $g\colon F(c'')\to F(c')$ が $F(f)\circ g=F(h)$ を満たせば、$F(k)=g$ かつ $f\circ k=h$ となる $\mathcal C$ の射 $k\colon c''\to c'$ がただ 1 つある。
$F^{\mathrm{op}}\colon\mathcal C^{\mathrm{op}}\to\mathcal D^{\mathrm{op}}$ がこの条件を満たすとき、$F$ は 亜群で余ファイバー付けられている という(HTT09 Definition 2.1.1.1、p. 56 は後者の形で述べている)。

(F2) で $g=\mathrm{id}$ とすると、各ファイバー $F^{-1}(d)$($d$ の上の対象と、$\mathrm{id}_d$ の上の射からなる部分圏)は亜群であることがわかる。実際、$\mathrm{id}_d$ の上の射 $f\colon c'\to c$ に (F2) を $h=\mathrm{id}_c$ で使うと $fk=\mathrm{id}_c$ となる $k$ があり、$f(kf)=f=f\,\mathrm{id}_{c'}$ と一意性から $kf=\mathrm{id}_{c'}$ となる。

脈体が右ファイブレーションになる条件

小さな圏の間の関手 $F\colon\mathcal C\to\mathcal D$ について、脈体の写像 $N(F)\colon N(\mathcal C)\to N(\mathcal D)$ が右ファイブレーションであることと、$F$ が亜群でファイバー付けられていることは同値である。同様に、$N(F)$ が左ファイブレーションであることと、$F$ が亜群で余ファイバー付けられていることは同値である(HTT09 Proposition 2.1.1.3、p. 57)。

外側のホーンを次元ごとに調べる

$N(F)$ はいつも内部ファイブレーションなので(ホーンと充填条件 の例「圏の脈体と関手」)、右ファイブレーションであることは、すべての $n\ge1$ で $\Lambda^n_n\subset\Delta^n$ に対して持ち上がることと同値である。脈体 の補題「脈体への写像は辺と三角形で決まる」により、$\Lambda^n_n\to N(\mathcal C)$ は $\Lambda^n_n$ に含まれる辺ごとの射で、含まれる三角形ごとに合成の関係を満たすものであり、持ち上げは足りない辺と関係を補って関手 $[n]\to\mathcal C$ にし、その $F$ による像を与えられた $[n]\to\mathcal D$ に一致させることである。頂点 $a$ の行き先を $c_a$、辺 $\{a,b\}$ の行き先を $e_{ab}$ と書く。
$n=1$。 $\Lambda^1_1=\{1\}$ なので、問題は頂点 $c_1$ と $\mathcal D$ の射 $g\colon d\to F(c_1)$ で、持ち上げは $F(e_{01})=g$ となる射 $e_{01}\colon c_0\to c_1$ である。これは (F1) である。
$n=2$。 $\Lambda^2_2$ は辺 $e_{02}\colon c_0\to c_2$、$e_{12}\colon c_1\to c_2$ で、$\Delta^2\to N(\mathcal D)$ は $F(e_{12})\circ g=F(e_{02})$ を満たす $g\colon F(c_0)\to F(c_1)$ を与える。持ち上げは $F(e_{01})=g$、$e_{12}\circ e_{01}=e_{02}$ となる $e_{01}$ である。これは (F2) の存在の部分である。
$n=3$。 $\Lambda^3_3$ はすべての辺と、三角形 $\{1,2,3\}$、$\{0,2,3\}$、$\{0,1,3\}$ を含み、足りないのは三角形 $\{0,1,2\}$ の関係 $e_{02}=e_{12}\circ e_{01}$ だけである。$\mathcal D$ の側では $F(e_{02})=F(e_{12})F(e_{01})$ が成り立っている。(F2) の一意性を仮定すると、$k_1=e_{02}$ と $k_2=e_{12}e_{01}$ はどちらも $F(k)=F(e_{02})$ と $e_{23}\circ k=e_{03}$ を満たすので($e_{23}e_{12}e_{01}=e_{13}e_{01}=e_{03}$)、$f=e_{23}$、$h=e_{03}$ として $k_1=k_2$ であり、持ち上げがある。逆に $\Lambda^3_3$ に対して持ち上がるとし、$f\colon c'\to c$、$h\colon c''\to c$、$k_1,k_2\colon c''\to c'$ が $F(k_1)=F(k_2)$、$fk_1=fk_2=h$ を満たすとする。$c_0=c_1=c''$、$c_2=c'$、$c_3=c$、$e_{01}=\mathrm{id}$、$e_{02}=k_1$、$e_{12}=k_2$、$e_{23}=f$、$e_{13}=fk_2$、$e_{03}=h$ は、$3$ つの三角形の関係を満たす $\Lambda^3_3\to N(\mathcal C)$ であり、その像は $\mathcal D$ では関手 $[3]\to\mathcal D$ に延びる($F(k_1)=F(k_2)F(\mathrm{id})$)。持ち上げがあるので $k_1=k_2\circ\mathrm{id}=k_2$ となり、(F2) の一意性が従う。
$n\ge4$。 $\Lambda^n_n$ はすべての辺と三角形を含むので、$\Lambda^n_n\to N(\mathcal C)$ はただ 1 通りに $\Delta^n$ へ延び(脈体 の命題「脈体のホーンと境界の充填」の (R2))、その像は $\mathcal D$ の側の同じ一意性により与えられた単体に一致する。
以上で右ファイブレーションについて示された。左は $F^{\mathrm{op}}$ に使い、prop-lr-basic の 1 で戻せばよい。$\square$

前層の元の圏

$P\colon\mathcal D^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ を前層とする。元の圏 $\int P$ の対象は組 $(d,x)$($x\in P(d)$)、射 $(d',x')\to(d,x)$ は $P(g)(x)=x'$ を満たす $\mathcal D$ の射 $g\colon d'\to d$ である。射影 $\pi\colon\int P\to\mathcal D$ は (F1) を満たし($g\colon d'\to d$ と $(d,x)$ に対し $(d',P(g)x)\to(d,x)$)、(F2) も満たす:$\pi(f)\circ g=\pi(h)$ なら $P(g)$ は $f$ の始点の元を $h$ の始点の元に送るので $g$ はただ 1 つの射 $k$ を定める。よって $N(\int P)\to N(\mathcal D)$ は右ファイブレーションで、$d$ の上のファイバーは離散的な集合 $P(d)$ である。$\mathcal D$ が $1$ 対象の群 $G$($BG$)のとき、$P$ は右 $G$ 集合で、$\int P$ はその作用亜群である。

関手 $[1]\to[0]$ は (F1) を満たすが、ファイバー $[1]$ が亜群でないので (F2) を満たさない。実際 $\Delta^1=N([1])\to\Delta^0$ は内部ファイブレーションだが右ファイブレーションでない($\Lambda^2_2$ の辺 $\{0,2\}$ を $\mathrm{id}_1$、辺 $\{1,2\}$ を $0\to1$ に送ると、延長には辺 $\{0,1\}$ として $1$ から $0$ への辺が要る)。

スライスの射影

スライス圏(∞圏) の記号に従い、単体的集合の写像 $p\colon K\to\mathcal C$ に対し、スライス $\mathcal C_{/p}$ を、$K$ 上で $p$ に一致する写像 $\Delta^n\star K\to\mathcal C$ を $n$ 単体とする単体的集合とする。単体的集合 $A$ から $\mathcal C_{/p}$ への写像は、$K$ 上で $p$ に一致する写像 $A\star K\to\mathcal C$ と自然に $1$ 対 $1$ に対応する(HTT09 Proposition 1.2.9.2、p. 42)。同様に $\mathcal C_{p/}$ は $K\star\Delta^n\to\mathcal C$ を $n$ 単体とする。

スライスの射影は右ファイブレーション

$\mathcal C$ を準圏、$K'\subset K$ を単射、$p\colon K\to\mathcal C$ を写像とする。制限 $\mathcal C_{/p}\to\mathcal C_{/p|K'}$ は右ファイブレーションであり、とくに射影 $\mathcal C_{/p}\to\mathcal C$ は右ファイブレーション、$\mathcal C_{/p}$ は準圏である。同様に $\mathcal C_{p/}\to\mathcal C_{p|K'/}$ と $\mathcal C_{p/}\to\mathcal C$ は左ファイブレーションである(HTT09 Proposition 2.1.2.1、p. 60、Corollary 2.1.2.2、p. 61。どちらも余スライスと左ファイブレーションの形で述べている)。

前半は Joyalの定理(準圏がKan複体である条件) の補題「スライスの制限は右ファイブレーション」である(対象のスライス $\mathcal C_{/x}\to\mathcal C$ については スライス圏(∞圏) の命題「射影は右ファイブレーション」)。その要点は、右ホーン $\Lambda^m_k\subset\Delta^m$ に対する持ち上げの問題が、上の対応で
$$ (\Lambda^m_k\star K)\cup(\Delta^m\star K')\subset\Delta^m\star K $$
からの延長の問題に読み替わり、これが内部アノダインであること(内部ホーンと内部アノダイン射 の命題「右アノダイン射と単射の結」)にある。後半は、$(\mathcal C_{p/})^{\mathrm{op}}=(\mathcal C^{\mathrm{op}})_{/p^{\mathrm{op}}}$(結(単体的集合) の命題「結の基本性質」の 3)と prop-lr-basic の 1 による。$\square$

スライスのファイバーと写像空間

$x$ を準圏 $\mathcal C$ の頂点とし、$p\colon\Delta^0\to\mathcal C$ を $x$ とする。$\mathcal C_{/x}:=\mathcal C_{/p}$ の $n$ 単体は最後の頂点が $x$ の $(n+1)$ 単体であり、射影 $\mathcal C_{/x}\to\mathcal C$ は最初の $n+1$ 頂点への制限である。頂点 $y$ の上のファイバーは、$\{0,\dots,n\}$ への制限が $y$ の退化単体で最後の頂点が $x$ の $(n+1)$ 単体のなす単体的集合 $\mathrm{Hom}^{\mathrm R}_{\mathcal C}(y,x)$ である。thm-lr-slice と prop-lr-basic の 5 により、これは Kan 複体である(HTT09 Proposition 1.2.2.3、p. 27)。これが $y$ から $x$ への 写像空間(∞圏) の模型の 1 つである。
$\mathcal C=N(\mathcal D)$ が通常の圏の脈体なら、$N(\mathcal D)_{/x}=N(\mathcal D_{/x})$ であり(結(単体的集合) の命題「結の基本性質」の 2)、射影は表現可能前層 $\mathrm{Hom}(-,x)$ の元の圏の射影である(ex-lr-elements)。ファイバー $\mathrm{Hom}^{\mathrm R}(y,x)$ は離散的な集合 $\mathrm{Hom}_{\mathcal D}(y,x)$ になる。

同値の持ち上げと Kan 複体の上の右ファイブレーション

準圏の辺 $e$ が 同値 であるとは、ホモトピー圏でその類が同型であることをいう(∞圏のホモトピー圏 の定義「同値の辺」)。準圏の間の右ファイブレーション $P\colon X\to Y$ について、次の 2 つが Joyalの定理(準圏がKan複体である条件) で証明されている(HTT09 Propositions 2.1.1.5・2.1.1.6、p. 59 の向きを逆にしたもの)。

  • 補題「同値の反映」:$P(e)$ が同値なら $e$ も同値である。
  • 補題「同値を始点の側から持ち上げる」:$X$ の頂点 $x$ と $Y$ の同値 $e\colon P(x)\to y$ について、$x$ を始点とし $e$ の上にある辺がある。
    右ファイブレーションがもともと持ち上げるのは終点を指定した辺($\Lambda^1_1$)であり、始点を指定した持ち上げ($\Lambda^1_0$)は一般にはできないが、同値についてはできる。底が Kan 複体ならすべての辺が同値なので、次が成り立つ。
Kan 複体の上の右ファイブレーション

$p\colon X\to S$ を右ファイブレーション(または左ファイブレーション)とし、$S$ を Kan 複体とする。このとき $p$ は Kan ファイブレーションである(HTT09 Lemma 2.1.3.3、p. 66 は左ファイブレーションについて述べている)。

スライスに移して同値を持ち上げる

右ファイブレーションの場合を示す。左は prop-lr-basic の 1 で反転すればよい。
$X$ と $S$ は Kan 複体。 $S\to\Delta^0$ は Kan ファイブレーションなので右ファイブレーションであり、合成 $X\to S\to\Delta^0$ も右ファイブレーションである。prop-lr-basic の 4 により $X$ は Kan 複体である。Kan 複体はホモトピー圏が亜群なので(Joyalの定理(準圏がKan複体である条件) の定理「Joyalの定理」の (R4)⇒(R1))、Kan 複体のすべての辺は同値である。
残るのは、$n\ge1$ について $\Lambda^n_0\subset\Delta^n$ に対する持ち上げである。
$n=1$。 $X$ の頂点 $x$ と $S$ の辺 $e\colon p(x)\to s$ について、$e$ は同値なので、補題「同値を始点の側から持ち上げる」を $P=p$ に使えば、$x$ を始点とし $e$ の上にある辺が得られる。
$n\ge2$。 $u\colon\Lambda^n_0\to X$、$v\colon\Delta^n\to S$ を $pu=v|_{\Lambda^n_0}$ を満たす写像とする。$\Delta^n=\Delta^{\{0,1\}}\star L$、$L:=\Delta^{\{2,\dots,n\}}$ と分けると、結(単体的集合) の定理「境界とホーンの結」の 3 により
$$ \Lambda^n_0=(\{0\}\star L)\cup(\Delta^{\{0,1\}}\star\partial L) $$
である($n=2$ なら $\partial L=\emptyset$)。$q:=u|_L$、$q':=q|_{\partial L}$ とおき、制限と $p$ との合成が定める写像
$$ \rho\colon X_{/q}\to P:=X_{/q'}\times_{S_{/pq'}}S_{/pq} $$
を考える。スライスの対応により、$a:=u|_{\{0\}\star L}$ は $X_{/q}$ の頂点、$\varphi:=(u|_{\Delta^{\{0,1\}}\star\partial L},\,v)$ は $P$ の辺であり($2$ つの成分は $p$ で $S_{/pq'}$ に写すと一致する)、$\rho(a)$ は $\varphi$ の始点である。$u$ の延長 $w\colon\Delta^n\to X$ で $pw=v$ となるものは、$a$ を始点とし $\rho(\tilde a)=\varphi$ となる $X_{/q}$ の辺 $\tilde a$ と同じものである。
(i) $\rho$ は右ファイブレーションである。右ホーン $\Lambda^m_k\subset\Delta^m$ に対する $\rho$ の持ち上げの問題は、スライスの対応で
$$ (\Lambda^m_k\star L)\cup(\Delta^m\star\partial L)\subset\Delta^m\star L $$
に対する $p$ の持ち上げの問題になる。結(単体的集合) の定理「境界とホーンの結」の 3 により、これは $\Lambda^{m+n-1}_k\subset\Delta^{m+n-1}$ で、$0< k\le m< m+n-1$ なので内部ホーンである。$p$ は内部ファイブレーションなので持ち上がる。
(ii) $P$ と $X_{/q}$ は Kan 複体である。$S_{/pq}\to S_{/pq'}$ は右ファイブレーションなので(thm-lr-slice)、その引き戻し $P\to X_{/q'}$ も右ファイブレーションであり、$X_{/q'}\to X$(thm-lr-slice)と $X\to\Delta^0$ も右ファイブレーションである。合成 $P\to\Delta^0$ は右ファイブレーションなので $P$ は Kan 複体であり、(i) と合わせて $X_{/q}\to\Delta^0$ も右ファイブレーションで、$X_{/q}$ も Kan 複体である。
(iii) $P$ は Kan 複体なので $\varphi$ は同値である。$\rho$ は準圏の間の右ファイブレーションなので、補題「同値を始点の側から持ち上げる」を $\rho$、頂点 $a$、同値 $\varphi$ に使えば、求める $\tilde a$ が得られる。$\square$

とくに、Kan 複体の間の右ファイブレーションは Kan ファイブレーションである。この証明は Joyalの定理(準圏がKan複体である条件) の持ち上げ定理の証明と同じ分解を、写像 $p$ の上で行ったものである。

直線化

右ファイブレーション $X\to S$ は、各頂点 $s$ に Kan 複体 $X_s$ を、各辺 $s'\to s$ にホモトピーを除いて決まる写像 $X_s\to X_{s'}$ を対応させ、さらに高次の整合性のデータをもつ。つまり $S$ 上の「空間に値をとる前層」を表す。これを正確にしたのが Lurie の 直線化定理 である:$\mathbf{sSet}_{/S}$ の反変モデル構造(ファイブラント対象がちょうど右ファイブレーションである。HTT09 Corollary 2.2.3.12、p. 85)と、$S$ から作る単体的圏 $\mathfrak C[S]$ 上の単体的前層の射影モデル構造は、直線化と非直線化の随伴によって Quillen 同値である(HTT09 Theorem 2.2.1.2、p. 74。この記事では証明しない)。こうして右ファイブレーションは、∞圏の上の空間値の前層(前層(∞圏))を単体的集合の言葉で扱う道具になる。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
外側のホーン $\Lambda^n_n$ の持ち上げ((F2) の存在)$\Delta^1=N([1])\to\Delta^0$右ファイブレーションであること(内部ファイブレーションではある)
外側のホーン $\Lambda^n_0$ の持ち上げ$\{0\}\subset\Delta^1$左ファイブレーションであること(右ファイブレーションではある)
thm-lr-kan の「$S$ が Kan 複体」$\{0\}\subset\Delta^1$Kan ファイブレーションであること
thm-lr-slice の「$\mathcal C$ が準圏」$\mathcal C=\Lambda^2_1$、$p$ は頂点 $2$$\mathcal C_{/p}\to\mathcal C$ が右ファイブレーションであること
反例の確認を開く

1 行目は ex-lr-elements の後の段落による。2・3 行目:$\{0\}=N(\{0\})$ は $[1]$ の下に閉じた充満部分圏の脈体なので、$\{0\}\subset\Delta^1$ は右ファイブレーションである(右アノダイン射 の例「下に閉じた部分圏」)。$\Lambda^1_0$ に対する持ち上げの問題(頂点 $0$ と辺 $0\to1$)には、$\{0\}$ の中に $0$ から始まり $0\to1$ の上にある辺がないので解がない。よって左ファイブレーションでも Kan ファイブレーションでもない。底 $\Delta^1$ は Kan 複体でない。4 行目:$\mathcal C_{/2}$ の頂点 $1\to2$ と $\mathcal C$ の辺 $0\to1$ について、$\Lambda^1_1$ に対する持ち上げは頂点 $0,1,2$ をこの順にもつ $2$ 単体 $\Delta^1\star\Delta^0\to\mathcal C$ を要するが、$\Lambda^2_1$ には非退化な $2$ 単体がない。

関連項目

参考文献

[1]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Princeton University Press, 2009, Proposition 1.2.2.3(p. 27)、Proposition 1.2.9.2(p. 42)、Definition 2.0.0.3(p. 53)、Remark 2.0.0.7(p. 55)、Definition 2.1.1.1(p. 56)、Proposition 2.1.1.3(p. 57)、Propositions 2.1.1.5・2.1.1.6(p. 59)、Proposition 2.1.2.1(p. 60)、Corollary 2.1.2.2(p. 61)、Lemma 2.1.3.3(p. 66)、Theorem 2.2.1.2(p. 74)、Corollary 2.2.3.12(p. 85)

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する