エタールコホモロジー(étale cohomology)とは、スキーム $X$ の小エタール景 $X_{\mathrm{\acute{e}t}}$($X$ 上エタールなスキームを開集合の代わりとする Grothendieck 位相)上のアーベル群の層 $F$ について、大域切断の関手の右導来関手として定める群 $H^i(X_{\mathrm{\acute{e}t}}, F)$ のことである。体のスペクトルでは Galois コホモロジーに一致し、$H^1(X_{\mathrm{\acute{e}t}}, \mathbb{G}_m)$ は Picard 群である。係数の位数が可逆なら、複素多様体では特異コホモロジーと一致し(Artin の比較定理)、有限性・Poincaré 双対性・底変換定理が成り立つ。$\ell$ 進コホモロジーの基礎であり、Weil 予想の証明に用いられた。
前提知識: スキーム, エタール射, Grothendieck位相, 層コホモロジー, 導来関手
レベル: 大学院
以下、$X$ をスキームとする。
$X$ 上エタールなスキームの射 $U \to X$ を対象とし、$X$ 上の射を射とする圏に、次の被覆を与えたものを $X$ の小エタール景といい、$X_{\mathrm{\acute{e}t}}$ と書く:エタール射の族 $\{U_i \to U\}_i$ で、像の和集合が $U$ 全体になるもの。
$X_{\mathrm{\acute{e}t}}$ 上のアーベル群の層とは、反変関手 $F \colon X_{\mathrm{\acute{e}t}} \to (\text{アーベル群})$ で、各被覆 $\{U_i \to U\}$ について
$$
0 \to F(U) \to \prod_i F(U_i) \rightrightarrows \prod_{i,j} F(U_i \times_U U_j)
$$
が完全(すなわち $F(U)$ が 2 つの制限写像の等化子)になるものをいう。その全体 $\mathrm{Ab}(X_{\mathrm{\acute{e}t}})$ はアーベル圏であり、十分多くの入射的対象をもつ(Mil80 第 II 章・第 III 章。本記事では証明しない)。
大域切断の関手 $\Gamma(X, -) \colon \mathrm{Ab}(X_{\mathrm{\acute{e}t}}) \to (\text{アーベル群})$、$F \mapsto F(X)$ は左完全である。その右導来関手
$$
H^i(X_{\mathrm{\acute{e}t}}, F) := R^i \Gamma(X, -)(F) \qquad (i \ge 0)
$$
を $X$ の $F$ 係数のエタールコホモロジー(étale cohomology)という。位相が明らかなときは $H^i(X, F)$ とも書く。
よく使う層には次のものがある。
幾何的点とは、分離閉体 $\Omega$ からの射 $\bar x \colon \operatorname{Spec} \Omega \to X$ のことである。層 $F$ の $\bar x$ での茎を、$\bar x$ のエタール近傍($\bar x$ を通して分解する $U \to X$)を動かした帰納極限 $F_{\bar x} := \varinjlim F(U)$ で定める。構造層の茎は狭義 Hensel 化 $\mathcal{O}_{X, \bar x}^{\mathrm{sh}}$ である。層の射が同型であることは、すべての幾何的点で茎の写像が同型であることと同値である(Mil80 第 II 章。本記事では証明しない)。
Zariski 位相は代数幾何には粗すぎる。たとえば既約な多様体の上では、定数層の Zariski コホモロジーは正の次数ですべて $0$ になり(下の
反例:Zariski位相の定数層
)、複素多様体の穴や輪の情報をまったく拾わない。
エタール位相は、開集合を小さくする代わりに有限次分離的な被覆($n$ 乗根の添加など)を「開集合」として許す。この位相では、複素数体上の多様体について、有限係数のコホモロジーが複素位相の特異コホモロジーと一致する(Artin の比較定理)。しかも定義は任意の体、さらには任意のスキームの上で意味をもつので、正標数の多様体にも「位相的な」不変量を与える。これが Weil予想 の証明の基盤になった。
次の事実は基礎的であり、本記事では証明しない(Mil80 第 II 章・第 III 章、Stacks の「Étale Cohomology」の章)。
1 は Kummer完全列 の記事で証明されている。要点は、単元 $a$ に対して $\mathcal{O}_U[T]/(T^n - a)$ が $U$ のエタール被覆を与えることである($T^n - a$ の微分 $nT^{n-1}$ が可逆だから)。
2 も同じ形で示せる。核。$x^p - x = 0$ をみたす切断は、各点の近くで $\mathbb{F}_p$ の元の値をとる局所定数関数である。実際、$\mathbb{F}_p$ 代数 $B$ において $T^p - T = \prod_{c \in \mathbb{F}_p}(T - c)$ である。$x \in B$ が $x^p = x$ をみたせば $\prod_c (x - c) = 0$ であり、$c \ne c'$ なら $(x - c) - (x - c') = c' - c$ は単元なので、イデアル $(x - c)$ たちは互いに素である。中国式剰余定理により $B \cong \prod_c B/(x - c)$ となり、$\operatorname{Spec} B$ は $x = c$ となる開かつ閉な部分集合($c \in \mathbb{F}_p$)の非交和に分かれる。したがって核は定数層 $\mathbb{Z}/p$ である。全射性。$U$ 上の切断 $a \in \Gamma(U, \mathcal{O}_U)$ について、$U' := \operatorname{Spec}_U \mathcal{O}_U[T]/(T^p - T - a)$ は $U$ 上の階数 $p$ の有限自由な被覆で、定義多項式の微分は $pT^{p-1} - 1 = -1$ と可逆なので、$U' \to U$ はエタールかつ全射である(Kummer完全列 の記事の補題と同じ議論)。$U'$ の上では $T^p - T = a$ なので、$a$ は局所的に $x^p - x$ の形である。$\square$
エタールコホモロジーの有用性は、次の一連の深い定理による。いずれも本記事では証明しない(SGA4、SGA4h、Mil80、FK88、Fu15)。以下、$n$ は考えるスキーム上で可逆な整数、係数は $n$ 倍で消える層とする。
$k$ を分離閉体とすると、$\operatorname{Gal}(k^{\mathrm{s}}/k)$ は自明な群なので、基礎的事項 基礎的な比較と計算 の 1 により、任意の層 $F$ について $i > 0$ で $H^i(\operatorname{Spec} k_{\mathrm{\acute{e}t}}, F) = 0$ である。
$k$ を代数閉体、$n$ を $k$ の標数で割り切れない整数、$X = \mathbb{G}_{m,k} = \operatorname{Spec} k[t, t^{-1}]$ とする。このとき $H^1(X, \mu_n) \cong \mathbb{Z}/n$ である。
実際、命題
Kummer列とArtin–Schreier列
の 1 の長完全列から
$$
0 \to \Gamma(X, \mathcal{O}_X)^\times / n \to H^1(X, \mu_n) \to \mathrm{Pic}(X)[n] \to 0
$$
を得る。$k[t, t^{-1}]$ は一意分解整域なので $\mathrm{Pic}(X) = 0$ である。単元群は $k^\times \times t^{\mathbb{Z}}$ であり、$k$ は代数閉なので $k^\times$ は $n$ 倍で割り切れ、$\Gamma(X, \mathcal{O}_X)^\times / n \cong \mathbb{Z}/n$($t$ の類が生成元)となる。$k = \mathbb{C}$ のとき、$\mu_n \cong \mathbb{Z}/n$ と合わせてこれは $H^1(\mathbb{C}^\times, \mathbb{Z}/n) \cong \mathbb{Z}/n$ と一致し、比較定理と整合する。
同じ計算で、アフィン直線 $X = \mathbb{A}^1_k$ については、単元群が $k^\times$ で $\mathrm{Pic}(X) = 0$ なので、$H^1(\mathbb{A}^1_k, \mu_n) = 0$ である。
$k$ を代数閉体、$X$ を $k$ 上の種数 $g$ の滑らかで固有な連結曲線、$n$ を $k$ の標数で割り切れない整数とする。次の 2 つの事実を認める(本記事では証明しない。Mil80 第 III 章、Stacks)。
既約な位相空間 $Y$ の上では、空でない開集合はすべて連結(実際には既約)なので、定数層 $A$ の空でない開集合 $V$ 上の切断は $A$ そのものであり、制限写像は恒等写像である。したがって定数層は脆弱層であり、正の次数の層コホモロジーは $0$ である。
とくに $X = \mathbb{G}_{m,\mathbb{C}}$ では $H^1(X_{\mathrm{Zar}}, \mathbb{Z}/n) = 0$ である。一方、例
乗法群の1次コホモロジー
により $H^1(X_{\mathrm{\acute{e}t}}, \mathbb{Z}/n) \cong \mathbb{Z}/n \ne 0$ であり、これが複素位相の $H^1(\mathbb{C}^\times, \mathbb{Z}/n)$ と一致する。定義
小エタール景
の被覆をZariski開被覆に置き換えると、比較定理の結論が崩れる。
$k$ を標数 $p > 0$ の代数閉体、$X = \mathbb{A}^1_k = \operatorname{Spec} k[t]$ とする。命題
Kummer列とArtin–Schreier列
の 2 の長完全列と、基礎的事項
基礎的な比較と計算
の 2($X$ はアフィンなので $H^1(X, \mathbb{G}_a) = 0$)から、
$$
H^1(X, \mathbb{Z}/p) \cong k[t] / \{\, f^p - f \mid f \in k[t] \,\}
$$
である。右辺は無限群である。実際、$p$ で割り切れない $m \ge 1$ について $t^m$ の類は $\mathbb{F}_p$ 上一次独立である。なぜなら、$0$ でない有限和 $h = \sum_m c_m t^m$($p \nmid m$、$c_m \in \mathbb{F}_p$)が $f^p - f$ に等しいとすると、$h$ は定数項をもたず $0$ でないので $f$ は定数でなく、$f^p - f$ の次数は $p \deg f$ で $p$ の倍数となるが、$h$ の次数は $p$ で割り切れないので矛盾するからである。
一方、例
分離閉体
により $H^1(\operatorname{Spec} k, \mathbb{Z}/p) = 0$ であり、また $\ell \ne p$ については例
乗法群の1次コホモロジー
の最後の段落により $H^1(\mathbb{A}^1_k, \mu_\ell) = 0$ である($k$ は代数閉なので $\mu_\ell \cong \mathbb{Z}/\ell$)。したがって、係数の位数が $X$ 上可逆であるという仮定を外すと、アフィン直線のコホモロジーは 1 点のコホモロジーと一致せず、有限性も成り立たない。この仮定は、上に挙げた大きな定理の多く(有限性、滑らかな底変換、Poincaré 双対性)に不可欠である。
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