最小重複度Cohen–Macaulay局所環

同義語:Cohen–Macaulay local ring of minimal multiplicityminimal multiplicity CM local ring

概要

最小重複度Cohen–Macaulay局所環とは、d次元Cohen–Macaulay局所環のHilbert–Samuel重複度が、embedding codimension c=edim(R)−d に対するAbhyankarの下界 c+1 をちょうど達成する環である。残差体が無限なら、極大イデアルの最小還元 Q に対する m²=Qm で特徴づけられ、接錐のHilbert級数は (1+cz)/(1−z)^d になる。正則局所環だけでなく非Gorenstein環にも現れ、自由分解・Tor・Extの振る舞いが強く制約される。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識:ネーター局所環、Cohen–Macaulay環、Hilbert–Samuel重複度、embedding dimension、極大イデアルの還元。後半では正則列、随伴次数環、自由分解、Tor、Ext、標準加群を用いる。

定義:重複度がembedding dimensionから来る下界に達する

$(R,\mathfrak m,k)$$d$ 次元Cohen–Macaulay局所環とする。極大イデアルの最小生成元数
$$ v=\operatorname{edim}R =\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2 $$
embedding dimension$c=v-d$embedding codimension と呼ぶ。$e(R)=e_{\mathfrak m}(R)$ は極大イデアルに関するHilbert–Samuel重複度を表す。

Abhyankarの不等式

上の仮定のもとで
$$ e(R)\geq v-d+1=c+1 $$
が成り立つ。

最小重複度Cohen–Macaulay局所環

$R$最小重複度Cohen–Macaulay局所環(Cohen–Macaulay local ring of minimal multiplicity)であるとは、Abhyankarの下界で等号が成り立つこと、すなわち
$$ e(R)=\operatorname{edim}R-\dim R+1=c+1 $$
をいう。

ここで「最小」は、次元とembedding dimensionを固定したCohen–Macaulay局所環の中で重複度が最小という意味である。単に $e(R)$ が小さいという条件でも、すべての局所環を一つの順序で比較する条件でもない。

不等式と名称の出典:重複度の下界はAbhyankar, “Local Rings of High Embedding Dimension”( DOI )に由来する。最小重複度というクラスと随伴次数環の基本性質はSally, “On the associated graded ring of a local Cohen–Macaulay ring”( DOI )で体系的に扱われている。

最小還元、Hilbert関数、接錐

$k$ が無限体なら、$\mathfrak m$ の最小還元 $Q$$d$ 個の元で生成できる。Cohen–Macaulay性により、その生成元は $R$-正則列になる。

最小還元による判定

残差体 $k$ が無限で、$Q=(x_1,\ldots,x_d)$$\mathfrak m$ の最小還元なら、次は同値である。

  1. $R$ は最小重複度である。
  2. $\mathfrak m^2=Q\mathfrak m$ である。
  3. $A=R/Q$ の極大イデアル $\mathfrak n=\mathfrak m/Q$$\mathfrak n^2=0$ を満たし、$\dim_k\mathfrak n=c$ である。

このとき随伴次数環
$$ \operatorname{gr}_{\mathfrak m}(R) =\bigoplus_{n\geq0}\mathfrak m^n/\mathfrak m^{n+1} $$
もCohen–Macaulayで、Hilbert級数は
$$ H_{\operatorname{gr}_{\mathfrak m}(R)}(z) =\frac{1+cz}{(1-z)^d} $$
となる。従って最小重複度は、重複度の等式だけでなく、極大イデアルの冪と接錐の形を強く制限する。
残差体が有限の場合、$\mathfrak m^2=Q\mathfrak m$ という表示を最小還元の存在条件抜きで用いてはいけない。必要なら
$$ R'=R[X]_{\mathfrak mR[X]} $$
へ忠実平坦に拡大する。$R'$ の残差体は $k(X)$ であり、次元、embedding dimension、重複度、Cohen–Macaulay性は保たれるので、$R$ の最小重複度性を $R'$ 上で判定できる。

還元判定の出典:最小重複度、Hilbert関数、$\mathfrak m^2=Q\mathfrak m$ の同値と残差体の条件はDao–Smirnov, Theorem 2.1( 論文PDF )。接錐がCohen–MacaulayになることとHilbert級数の形はSallyの上記論文による。

型とGorenstein性

Cohen–Macaulay型

$R$ が最小重複度で $c>0$ とする。このとき
$$ \operatorname{type}(R)=c. $$
従って、非正則な最小重複度Cohen–Macaulay局所環がGorensteinであることと $c=1$ は同値である。

残差体を無限化し、最小還元 $Q$ で割ってよい。$A=R/Q$ では極大イデアル $\mathfrak n$$\mathfrak n^2=0$ を満たす。$c>0$ なら
$$ \operatorname{Soc}(A)=(0:_A\mathfrak n)=\mathfrak n, \qquad \dim_k\operatorname{Soc}(A)=c. $$
正則列による商はCohen–Macaulay型を保つので結論を得る。$c=0$ の場合は $R$ が正則局所環で、型は1である。

例と反例

$(d,\operatorname{edim},e)$判定
正則局所環$(d,d,1)$最小重複度
$k[\![x,y]\!]/(x,y)^2$$(0,2,3)$最小重複度、非Gorenstein
$k[\![t^3,t^4,t^5]\!]$$(1,3,3)$最小重複度、型2
$k[\![x,y]\!]/(x^2,y^2)$$(0,2,4)$Gorensteinだが最小重複度でない
正則局所環

正則局所環では $\operatorname{edim}R=d$ かつ $e(R)=1$ である。従って
$$ e(R)=1=\operatorname{edim}R-d+1 $$
となり、最小重複度である。

平方零極大イデアルをもつ非Gorenstein環

$$ A=k[\![x,y]\!]/(x,y)^2 $$
とする。$A$ は0次元なのでCohen–Macaulayで、$k$-ベクトル空間として基底 $1,x,y$ をもつ。従って
$$ e(A)=\operatorname{length}(A)=3, \qquad \operatorname{edim}A=2, $$
より $e(A)=2-0+1$ である。一方
$$ \operatorname{Soc}(A)=(x,y) $$
は2次元なので、$A$ は型2でGorensteinではない。最小重複度性はGorenstein性を含意しない。

数値半群環

$$ R=k[\![t^3,t^4,t^5]\!], \qquad \mathfrak m=(t^3,t^4,t^5) $$
とする。$R$ は1次元Cohen–Macaulay局所整域で、$Q=(t^3)$ に対して
$$ \mathfrak m^2=(t^6,t^7,t^8)=t^3\mathfrak m $$
が成り立つ。従って最小重複度である。実際、$R$$k[\![t^3]\!]$ 上で $1,t^4,t^5$ を基底とする自由加群なので $e(R)=3$ であり、$\operatorname{edim}R=3$ と合わせて
$$ e(R)=3-1+1 $$
を直接確認できる。embedding codimensionは2なので型も2である。

反例:Gorensteinでも最小重複度とは限らない

$$ B=k[\![x,y]\!]/(x^2,y^2) $$
は0次元完全交叉環なのでGorensteinである。しかし基底 $1,x,y,xy$ をもち、
$$ e(B)=\operatorname{length}(B)=4, \qquad \operatorname{edim}B=2. $$
従って $4>2-0+1$ であり、最小重複度ではない。この例は「Gorensteinなら最小重複度」という含意を破る。

自由分解とPoincaré級数

$\beta_i^R(k)=\dim_k\operatorname{Tor}_i^R(k,k)$ とし、残差体のPoincaré級数を
$$ P_k^R(t)=\sum_{i\geq0}\beta_i^R(k)t^i $$
とする。

Betti数の明示式

$R$ が最小重複度で embedding codimension が $c$ なら
$$ P_k^R(t)=\frac{(1+t)^d}{1-ct}. $$
従って
$$ \beta_i^R(k) =\sum_{j=0}^{\min\{d,i\}}\binom dj c^{i-j}. $$

残差体を無限化して最小還元 $Q$ を取り、$A=R/Q$$\mathfrak n=\mathfrak m/Q$ とする。$A/\mathfrak n=k$$\mathfrak n^2=0$ かつ $\mathfrak n\cong k^{\oplus c}$ である。極小全射 $A^{\oplus c}\to\mathfrak n$ の核は $\mathfrak nA^{\oplus c}\cong k^{\oplus c^2}$ であり、これを反復すると $\beta_i^A(k)=c^i$ を得る。さらに $Q$ は長さ $d$ の正則列なので、正則元を一つ除くごとにPoincaré級数へ $1+t$ が掛かり、上式を得る。
この式から、$c=0$ なら $k$ の射影次元は有限で $R$ は正則、$c=1$ なら正の次数のBetti数は最終的に一定、$c\geq2$ ならBetti数は指数的に増大することが分かる。数値的に最小な重複度が、自由分解まで単純化する点がこのクラスの大きな特徴である。

Tor・Extの連続消滅

最小重複度は、有限個の連続した消滅から有限射影次元・有限入射次元を導く。以下で $M,N$ は有限生成 $R$-加群、$s=\operatorname{depth}M$$t=\operatorname{depth}N$ とする。

TorとExtの剛性

$R$$d$ 次元の最小重複度Cohen–Macaulay局所環とする。

  1. $i\geq2d-(s+t)+2$ から始まる $d+1$ 個の連続する次数で $\operatorname{Tor}_i^R(M,N)=0$ なら、$M,N$ の少なくとも一方の射影次元は有限である。
  2. $i\geq d-s+2$ から始まる $d+1$ 個の連続する次数で $\operatorname{Ext}_R^i(M,N)=0$ なら、$M$ の射影次元または $N$ の入射次元が有限である。

特に $M,N$ がともに最大Cohen–Macaulayなら、Torについては次数2以降のどこかで $d+1$ 個連続して消えるだけでよい。また、非自由な最大Cohen–Macaulay加群の任意の正のsyzygyはUlrich加群になる。

標準加群によるGorenstein判定

$R$ が標準加群 $\omega_R$ をもつとする。このとき、次は同値である。

  1. $R$ はGorensteinである。
  2. ある $i\geq2$ から $d+1$ 個連続して $\operatorname{Tor}_i^R(\omega_R,\omega_R)=0$ である。
  3. ある $i\geq2$ から $d+1$ 個連続して $\operatorname{Ext}_R^i(\omega_R,R)=0$ である。

ホモロジー的性質の出典:syzygyがUlrich加群になることはGhosh–Puthenpurakal, Lemma 4.1、TorとExtの連続消滅はTheorems 4.3–4.4、標準加群による判定はCorollary 4.9( 論文・DOI )。同論文は最小重複度Cohen–Macaulay局所環がGolod環であることも用いている。

完備化、冪級数拡大、商

基本構成での振る舞い
  1. $R$ が最小重複度であることと、$\mathfrak m$-進完備化 $\widehat R$ が最小重複度であることは同値である。
  2. 任意の $r\geq0$ に対して、$R$ が最小重複度であることと $R[\![z_1,\ldots,z_r]\!]$ が最小重複度であることは同値である。
  3. 残差体が無限で、$x$ を最小還元の生成元の一つに選べば、$R/xR$ も最小重複度である。

1では次元、embedding dimension、重複度が完備化で変わらない。2では変数を一つ加えるごとに次元とembedding dimensionがともに1増え、重複度は変わらない。3では $x\in\mathfrak m\setminus\mathfrak m^2$ が正則であり、最小還元判定を一段下へ移せる。
ただし、任意のイデアルによる商が最小重複度を保つわけではない。正則局所環 $k[\![x,y]\!]$ は最小重複度だが、その商 $k[\![x,y]\!]/(x^2,y^2)$ は上の反例の通り最小重複度ではない。商を扱うときは、最小還元から選んだ正則元という条件を外してはならない。

条件を確認して使う

  • 定義の $e(R)$ は極大イデアルに関するHilbert–Samuel重複度である。
  • Abhyankarの等式はCohen–Macaulay性を仮定している。一般の局所環に同じ式だけを課して同じクラスとみなさない。
  • $\mathfrak m^2=Q\mathfrak m$ による判定では、$Q$ が極大イデアルの最小還元であることと、残差体の条件を確認する。
  • 最小重複度性とGorenstein性は別の条件である。互いに一般には含意しない。
  • 接錐がCohen–Macaulayになること、Betti数の式、Tor・Extの剛性は、このクラスから従う追加構造であって定義そのものではない。
  • 商による保存を任意のイデアルへ拡張しない。完備化、冪級数拡大、最小還元から選んだ正則元による商を区別する。

参考文献と証明の範囲

型、4つの例、Poincaré級数、完備化・冪級数拡大での保存は本文中で計算した。重複度の下界、最小還元と接錐による特徴づけ、Tor・Extの連続消滅には外部定理を用いる。

  • Shreeram S. Abhyankar, “Local Rings of High Embedding Dimension,” American Journal of Mathematics 89 (1967), 1073–1077( DOI:10.2307/2373418 )。
  • Judith D. Sally, “On the associated graded ring of a local Cohen–Macaulay ring,” Journal of Mathematics of Kyoto University 17 (1977), 19–21( DOI:10.1215/kjm/1250522807 )。
  • Hailong Dao and Ilya Smirnov, “The multiplicity and the number of generators of an integrally closed ideal,” Journal of Singularities 19 (2019), 61–75( DOI:10.5427/jsing.2019.19e )。
  • Dipankar Ghosh and Tony J. Puthenpurakal, “Vanishing of (co)homology over deformations of Cohen–Macaulay local rings of minimal multiplicity,” Glasgow Mathematical Journal 61 (2019), 705–725( DOI:10.1017/S0017089518000459 )。

関連項目

  • 基礎:Cohen–Macaulay環正則環、Hilbert–Samuel重複度、embedding dimension、極大イデアルの最小還元。
  • 近接するクラス:Gorenstein環、完全交叉局所環、stretched Cohen–Macaulay局所環、Ulrich加群。名称や近さだけから包含関係を仮定しない。
  • 接錐とホモロジー:随伴次数環、Hilbert級数、Golod環、Poincaré級数、Betti数、Tor、Ext、標準加群。

参考文献