乗法的関数

同義語:multiplicative function完全乗法的関数completely multiplicative function

概要

乗法的関数(multiplicative function)とは、正の整数上の複素数値関数 $f$ で、恒等的に $0$ ではなく、互いに素な $m,n$ についていつも $f(mn)=f(m)f(n)$ を満たすものである(このとき $f(1)=1$)。すべての $m,n$ で成り立つものを完全乗法的関数という。Euler の関数 $\varphi$、約数の個数 $d$、Möbius 関数 $\mu$ などが例で、値は素数冪での値の積 $f(n)=\prod f(p^{e})$ で決まり、素数冪での値を任意に与えればただ 1 つ定まる。乗法的関数全体は Dirichlet 積について群をなし、完全乗法的な $f$ の逆元は $\mu f$ である。値の和が絶対収束すれば $\sum f(n)=\prod_p\sum_k f(p^k)$(Euler 積)となる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 約数, 素因数分解, 互いに素, Möbius関数

$360=2^3\cdot3^2\cdot5$ の正の約数は $24$ 個ある。約数は $2^a3^b5^c$($0\le a\le3$、$0\le b\le2$、$0\le c\le1$)の形の数なので、個数は $(3+1)(2+1)(1+1)=24$ であり、これは $8$ の約数の個数 $4$、$9$ の約数の個数 $3$、$5$ の約数の個数 $2$ の積になっている。同じように約数の総和も $\sigma(360)=\sigma(8)\sigma(9)\sigma(5)=15\cdot13\cdot6=1170$、$360$ と互いに素な $360$ 以下の数の個数も $\varphi(360)=\varphi(8)\varphi(9)\varphi(5)=4\cdot6\cdot4=96$ と、素因数分解の各素数冪での値の積に分かれる。
このように、互いに素な数の積での値が値の積になる関数を 乗法的関数 という。乗法的関数は素数冪 $p^k$ での値だけで決まり、逆に素数冪での値を好きに決めればただ 1 つの乗法的関数が定まる。約数にわたる和や Dirichlet 積をとっても乗法的なままであり、乗法的関数全体は Dirichlet 積について群をなす。さらに、値の和が絶対収束すれば、その和は素数ごとの因子の積(Euler 積)に分解される。この記事ではこれらを証明し、完全乗法的関数との違いを例と反例で見る。

定義

正の整数全体で定義された複素数値の関数を 数論的関数(arithmetic function)という。

乗法的関数と完全乗法的関数

数論的関数 $f$ が恒等的に $0$ ではなく、互いに素なすべての正の整数 $m,n$ について
$$ f(mn)=f(m)f(n) $$
を満たすとき、$f$ を 乗法的関数(multiplicative function)という。さらに、互いに素とは限らないすべての正の整数 $m,n$ について $f(mn)=f(m)f(n)$ を満たす乗法的関数を 完全乗法的関数(completely multiplicative function)という。

乗法的関数 $f$ では $f(1)=1$ である。実際、$f(n)\ne0$ となる $n$ をとると、$\gcd(1,n)=1$ から $f(n)=f(1\cdot n)=f(1)f(n)$ なので $f(1)=1$ である。逆に、$f(1)=1$ なら $f$ は恒等的に $0$ ではない。したがって「恒等的に $0$ でない」の代わりに「$f(1)=1$」を条件にしても同じものが定まる。Sho08 §2.9(p. 46)は後者の形、Ste17 Definition 2.2.6(p. 31)と Cri24 Definition 18.1.2(p. 320)は $f(mn)=f(m)f(n)$($\gcd(m,n)=1$)だけを課す形で定義しており、後者の流儀では恒等的に $0$ の関数も乗法的に含まれる。Mos11 第 2 章(p. 7)はこの性質を「弱い意味で乗法的(weakly multiplicative)」とも呼んでいる。この記事では恒等的に $0$ の関数を除く。
記事を通して次の記号を使う。

  • $\varepsilon(1)=1$、$n\ge2$ で $\varepsilon(n)=0$。
  • $\mathbf 1(n)=1$(定数関数)、$\mathrm{id}_k(n)=n^k$($k$ は複素数)、$\mathrm{id}=\mathrm{id}_1$。
  • 数論的関数 $f,g$ の Dirichlet 積 $(f*g)(n)=\sum_{d\mid n}f(d)\,g(n/d)$(Dirichlet積。和は $n$ の正の約数 $d$ にわたる)。
  • $\omega(n)$ は $n$ の相異なる素因数の個数、$\Omega(n)$ は重複を込めた素因数の個数。
    Dirichlet 積が可換・結合的で $\varepsilon$ を単位元にもつこと、$f(1)\ne0$ なら $f*g=\varepsilon$ となる $g=f^{-1}$(Dirichlet 逆元)がただ 1 つあること、$\mathbf 1^{-1}=\mu$($\mu$ は Möbius関数)であること、乗法的関数どうしの Dirichlet 積が乗法的であることは、Möbius関数 の記事の命題「Dirichlet積の基本性質」の 1–4 で証明されている。この記事ではこれを引用する。

直感

正の整数は素因数分解によって、相異なる素数の冪 $p_1^{e_1},\dots,p_r^{e_r}$ という互いに素な「部品」の積にただ 1 通りに分かれる。乗法的関数とは、この分解を値の積の分解にそのまま写す関数である。したがって乗法的関数を調べるには、素数冪という部品の上での値だけを見ればよく、整数全体についての問題が「素数ごとの問題」の積に分かれる。完全乗法的関数はさらに強く、部品 $p^e$ での値も $f(p)^e$ と素数での値だけで決まる。Euler 積は、この「素数ごとに分ける」ことを無限和のレベルで行ったものである。

例と反例

代表的な乗法的関数

次の関数はどれも乗法的である。素数冪 $p^k$($k\ge1$)での値と、完全乗法的かどうかをまとめる。

関数$f(p^k)$完全乗法的か
$\varepsilon$$0$はい
$\mathbf 1$$1$はい
$\mathrm{id}_s(n)=n^s$$p^{ks}$はい
Liouville 関数 $\lambda(n)=(-1)^{\Omega(n)}$$(-1)^k$はい
Möbius 関数 $\mu$$k=1$ で $-1$、$k\ge2$ で $0$いいえ($\mu(4)=0\ne\mu(2)^2$)
$\mu^2$(平方因子をもたない数の指示関数)$k=1$ で $1$、$k\ge2$ で $0$いいえ
$2^{\omega(n)}$$2$いいえ($2^{\omega(4)}=2\ne4$)
約数の個数 $d(n)$$k+1$いいえ($d(4)=3\ne d(2)^2=4$)
約数の総和 $\sigma(n)$$1+p+\cdots+p^k$いいえ($\sigma(4)=7\ne9$)
Eulerのφ関数 $\varphi$$p^k-p^{k-1}$いいえ($\varphi(4)=2\ne1$)

$\varepsilon,\mathbf 1,\mathrm{id}_s$ はどんな $m,n$ でも積の値が値の積になる。$\lambda$ は $\Omega(mn)=\Omega(m)+\Omega(n)$ から、$2^{\omega(n)}$ は互いに素な $m,n$ で $\omega(mn)=\omega(m)+\omega(n)$ となることから乗法的である。$\mu$ の乗法性は Möbius関数 の記事の命題「Möbius関数の乗法性」、$\varphi$ は Eulerのφ関数 の記事の定理「Eulerの $\varphi$ 関数の乗法性」、$d$ と $\sigma$ は 約数 の記事の系「約数の個数と総和の乗法性」にある($d$ と $\sigma$ は prop-mf-divisor-sum からも従う)。$\mu^2$ は $\mu^2(mn)=\mu(mn)^2=\mu(m)^2\mu(n)^2$ による。

たとえば奇素数 $p$ を固定し、$a\mapsto\left(\frac ap\right)$(Legendre記号。$p\mid a$ では $0$)も完全乗法的である。$p\nmid a$ の部分が群準同型であることは Legendre記号 の記事の定理「自明でない 2 次の指標はただ 1 つ」の 1 であり、$p\mid ab$ なら両辺が $0$ になる。

反例:乗法的でない関数
  1. $f(n)=n+1$ は $f(1)=2\ne1$ で、$f(6)=7\ne f(2)f(3)=12$ である。「互いに素な $m,n$ で $f(mn)=f(m)f(n)$」を破る。
  2. $f(n)=1+\Omega(n)$ は $f(1)=1$ を満たすが、$f(6)=3\ne f(2)f(3)=4$ である。$f(1)=1$ だけでは乗法的にならない。
  3. $\omega$ は乗法的でなく、互いに素な $m,n$ で $\omega(mn)=\omega(m)+\omega(n)$ を満たす 加法的関数 である($\omega(1)=0$)。$2^{\omega}$ のように指数に載せると乗法的になる。
  4. 乗法的関数の和は乗法的とは限らない。$\mathbf 1+\mathrm{id}$ は $1$ での値が $2$ である。
  5. 恒等的に $0$ の関数 $0$ は、すべての $m,n$ で $0(mn)=0(m)0(n)$ を満たすが、定義で除いた。これを含めると「乗法的なら $f(1)=1$」が成り立たなくなり、Dirichlet 逆元ももたない($(0*g)(1)=0\ne\varepsilon(1)$)。

次の表は、この記事の定理の仮定を 1 つずつ外したときの反例である。

外す条件反例成り立たなくなること
$m,n$ が互いに素(完全乗法性を要求する)$d$、$\mu$、$\varphi$$f(p^k)=f(p)^k$($d(4)=3\ne4$)
恒等的に $0$ でない$f=0$$f(1)=1$、Dirichlet 逆元の存在
両方が乗法的(prop-mf-divisor-sum)$f(n)=n+1$$F(n)=\sum_{d\mid n}f(d)$ の乗法性($F(6)=16\ne F(2)F(3)=5\cdot6$)
完全乗法性は Dirichlet 積で保たれるか$d=\mathbf 1*\mathbf 1$$\mathbf 1$ は完全乗法的だが $d$ はそうでない
完全乗法性は逆元で保たれるか$\mu=\mathbf 1^{-1}$$\mathbf 1$ は完全乗法的だが $\mu$ はそうでない
$\sum\lvert f(n)\rvert<\infty$(thm-mf-euler-product)$f=\mathbf 1$左辺の級数が発散し、各因子 $\sum_k f(p^k)$ も発散する

3 行目は $F(6)=f(1)+f(2)+f(3)+f(6)=2+3+4+7$、$F(2)=2+3$、$F(3)=2+4$ による。

性質

素数冪での値による決定

素数冪での値による決定
  1. $f$ を乗法的関数とし、$n=p_1^{e_1}\cdots p_r^{e_r}$($p_i$ は相異なる素数、$e_i\ge1$)とすると
    $$ f(n)=f(p_1^{e_1})\,f(p_2^{e_2})\cdots f(p_r^{e_r}) $$
    である($n=1$ では右辺は空積 $1$)。
  2. 素数 $p$ と整数 $k\ge1$ の組ごとに複素数 $a(p,k)$ を任意に与えると、すべての $p,k$ で $f(p^k)=a(p,k)$ となる乗法的関数 $f$ がただ 1 つ存在する。
  3. 乗法的関数 $f$ が完全乗法的であることは、すべての素数 $p$ と $k\ge1$ について $f(p^k)=f(p)^k$ であることと同値である。
素因数分解の一意性を使う
  1. $r$ についての帰納法で示す。$r=0$($n=1$)では $f(1)=1$ である。$r\ge1$ とし、$m:=p_1^{e_1}\cdots p_{r-1}^{e_{r-1}}$ とおく。$m$ の素因数は $p_1,\dots,p_{r-1}$ だけで、どれも $p_r$ と異なるので、$m$ と $p_r^{e_r}$ は共通の素因数をもたず互いに素である。よって $f(n)=f(m)f(p_r^{e_r})$ であり、帰納法の仮定 $f(m)=\prod_{i< r}f(p_i^{e_i})$ と合わせて主張を得る。
  2. 一意性:1 により、乗法的関数の値はすべて素数冪での値で決まる。存在:素因数分解 の記事の定理「素因数分解の存在と一意性」により、$n\ge2$ は $n=p_1^{e_1}\cdots p_r^{e_r}$($p_1<\dots< p_r$、$e_i\ge1$)とただ 1 通りに書けるので、
    $$ f(1):=1,\qquad f(n):=a(p_1,e_1)\cdots a(p_r,e_r) $$
    で数論的関数 $f$ が矛盾なく定まる。$f(1)=1$ なので $f$ は恒等的に $0$ ではない。$m,n$ が互いに素なら、両者は共通の素因数をもたないので、$mn$ の素因数分解は $m$ の分解と $n$ の分解を並べたもの(各素数の指数はどちらか一方からだけ来る)であり、定義から $f(mn)=f(m)f(n)$ である。$f(p^k)=a(p,k)$ は定義そのものである。
  3. $f$ が完全乗法的なら、$f(p^k)=f(p)f(p^{k-1})$ を繰り返して $f(p^k)=f(p)^k$ である。逆に、すべての素数冪で $f(p^k)=f(p)^k$ とする。正の整数 $m,n$ について、素数 $p$ の $m,n$ での指数を $a_p,b_p$(多くの $p$ で $0$)とすると、$mn$ での指数は $a_p+b_p$ である。1 により
    $$ f(mn)=\prod_pf(p)^{a_p+b_p}=\prod_pf(p)^{a_p}\prod_pf(p)^{b_p}=f(m)f(n) $$
    である(積は $a_p+b_p\ge1$ となる有限個の $p$ にわたり、$f(p)^0=1$ と読む)。$\square$

2 は、乗法的関数全体と「素数冪ごとに複素数を 1 つずつ割り当てるやり方」全体とが 1 対 1 に対応することを言っている。たとえば $f(p^k)=k+1$ と割り当てれば約数の個数 $d$ が、$f(p)=-1$、$k\ge2$ で $f(p^k)=0$ と割り当てれば $\mu$ が得られる。$360=2^3\cdot3^2\cdot5$ での値は、1 により
$$ d(360)=4\cdot3\cdot2=24,\qquad \sigma(360)=15\cdot13\cdot6=1170,\qquad \varphi(360)=4\cdot6\cdot4=96 $$
と計算できる(ex-mf-table の素数冪での値を使う)。
1 から、2 つの乗法的関数が等しいことを示すには、すべての素数冪で値が一致することを確かめればよい。以下の証明はこの原理を繰り返し使う。

約数にわたる和

約数にわたる和と乗法性

数論的関数 $f$ に対し $F(n):=\sum_{d\mid n}f(d)$ とおく。$f$ が乗法的であることと、$F$ が乗法的であることは同値である。$f$ が乗法的なら、$n=p_1^{e_1}\cdots p_r^{e_r}$ について
$$ F(n)=\prod_{i=1}^r\bigl(1+f(p_i)+f(p_i^2)+\cdots+f(p_i^{e_i})\bigr) $$
である。

$\mathbf 1$ と $\mu$ を掛ける

$F=f*\mathbf 1$ である。$f$ が乗法的なら、$\mathbf 1$ も乗法的なので、Möbius関数 の記事の命題「Dirichlet積の基本性質」の 4 により $F$ は乗法的である。逆に $F$ が乗法的なら、同じ命題の 1–3 から $F*\mu=f*(\mathbf 1*\mu)=f*\varepsilon=f$ であり、$\mu$ は乗法的(同記事の命題「Möbius関数の乗法性」)なので、再び 4 により $f$ は乗法的である。公式は、$F$ が乗法的なので thm-mf-prime-powers の 1 により $F(n)=\prod F(p_i^{e_i})$ であり、$p^e$ の約数が $1,p,\dots,p^e$ であることから $F(p^e)=\sum_{j=0}^ef(p^j)$ となることによる。$\square$

$f=\mathbf 1$ で $F=d$、$f=\mathrm{id}$ で $F=\sigma$ となり、$d(p^e)=e+1$、$\sigma(p^e)=1+p+\cdots+p^e$ と ex-mf-table の値が得られる。$f=\varphi$ では $\varphi(1)+\varphi(p)+\cdots+\varphi(p^e)=1+(p-1)+(p^2-p)+\cdots+(p^e-p^{e-1})=p^e$ なので、$\sum_{d\mid n}\varphi(d)=n$ が素数冪の計算だけで確かめられる(Eulerのφ関数 の記事の定理「Gaussの約数和公式」)。$f=\lambda$ では $\sum_{j=0}^e(-1)^j$ が $e$ の偶奇に応じて $1,0$ なので、$\sum_{d\mid n}\lambda(d)$ は $n$ が平方数なら $1$、そうでなければ $0$ である($n=1,\dots,16$ で $1,0,0,1,0,0,0,0,1,0,0,0,0,0,0,1$)。高校数学の範囲での $d,\sigma$ の扱いは 約数の個数と約数の総和 にある。

乗法的関数の群

乗法的関数は Dirichlet 積について群をなす

乗法的関数全体の集合を $\mathcal M$ とする。$\mathcal M$ は Dirichlet 積 $*$ について $\varepsilon$ を単位元とする可換群である。特に、乗法的関数 $f$ の Dirichlet 逆元 $f^{-1}$ は乗法的である。

素数冪で逆元を決め、乗法的に広げる

Möbius関数 の記事の命題「Dirichlet積の基本性質」により、$*$ は可換で結合的、$\varepsilon$ は単位元であり、乗法的関数どうしの積は乗法的である。$\varepsilon$ は乗法的(ex-mf-table)なので、残るのは逆元が $\mathcal M$ に入ることである。
$f\in\mathcal M$ とする。$f(1)=1\ne0$ なので、同じ命題の 3 により Dirichlet 逆元 $g=f^{-1}$($f*g=\varepsilon$)がただ 1 つ存在する。これが乗法的であることを示す。thm-mf-prime-powers の 2 により、すべての素数冪 $p^k$ で $h(p^k)=g(p^k)$ となる乗法的関数 $h$ がある。$f*h$ は乗法的関数どうしの積なので乗法的である。素数冪 $p^k$($k\ge1$)での値は、$p^k$ の約数が $p^j$($0\le j\le k$)だけなので
$$ (f*h)(p^k)=\sum_{j=0}^kh(p^j)f(p^{k-j})=\sum_{j=0}^kg(p^j)f(p^{k-j})=(f*g)(p^k)=\varepsilon(p^k)=0 $$
である($h(1)=g(1)=1$ も使った。$g(1)=1/f(1)=1$)。$\varepsilon$ も乗法的で素数冪での値は $0$ なので、thm-mf-prime-powers の 1 により $f*h=\varepsilon$ である。逆元の一意性から $h=g$ であり、$g$ は乗法的である。$\square$

証明が示すとおり、乗法的関数 $f$ の逆元は、各素数 $p$ ごとに形式的冪級数の等式
$$ \Bigl(\sum_{k\ge0}f(p^k)X^k\Bigr)\Bigl(\sum_{k\ge0}f^{-1}(p^k)X^k\Bigr)=1 $$
を解けば求まる(左辺の $X^k$ の係数が $(f*f^{-1})(p^k)$ である)。たとえば $d$ では $\sum_k(k+1)X^k=(1-X)^{-2}$ なので $\sum_kd^{-1}(p^k)X^k=(1-X)^2$、すなわち
$$ d^{-1}(p)=-2,\qquad d^{-1}(p^2)=1,\qquad d^{-1}(p^k)=0\ (k\ge3) $$
である。$d=\mathbf 1*\mathbf 1$ なので $d^{-1}=\mu*\mu$ とも書ける。$\sigma$ では $\sum_k\sigma(p^k)X^k=\frac1{(1-X)(1-pX)}$ なので $\sigma^{-1}(p)=-(1+p)$、$\sigma^{-1}(p^2)=p$、$k\ge3$ で $0$ である($n\le200$ の漸化式による計算と一致することを確かめた)。
乗法的関数の全体は群だが、完全乗法的関数の全体は群をなさない。$\mathbf 1$ は完全乗法的なのに、その逆元 $\mu$ も、$\mathbf 1*\mathbf 1=d$ も完全乗法的でない(反例の表の 4・5 行目)。完全乗法的関数の逆元は次の形になる。

完全乗法的関数の逆元

乗法的関数 $f$ について、次の 2 条件は同値である。

  1. $f$ は完全乗法的である。
  2. $f^{-1}=\mu f$、すなわちすべての $n$ で $f^{-1}(n)=\mu(n)f(n)$ である。
素数冪で比べる

1 ⇒ 2:$f$ が完全乗法的なら、$d\mid n$ について $f(d)f(n/d)=f(n)$ なので
$$ \bigl(f*(\mu f)\bigr)(n)=\sum_{d\mid n}\mu(d)f(d)f\!\left(\frac nd\right)=f(n)\sum_{d\mid n}\mu(d)=f(n)\varepsilon(n)=\varepsilon(n) $$
である(Möbius関数 の記事の定理「約数にわたる和」。$f(1)=1$)。逆元の一意性から $f^{-1}=\mu f$ である。
2 ⇒ 1:$f*(\mu f)=\varepsilon$ とする。素数冪 $p^k$($k\ge1$)で値を比べると、$\mu(p^j)=0$($j\ge2$)なので
$$ 0=\sum_{j=0}^k\mu(p^j)f(p^j)f(p^{k-j})=f(p^k)-f(p)f(p^{k-1}) $$
である。よって $f(p^k)=f(p)f(p^{k-1})$ がすべての $k\ge1$ で成り立ち、帰納的に $f(p^k)=f(p)^k$ である。thm-mf-prime-powers の 3 により $f$ は完全乗法的である。$\square$

$f=\mathbf 1$ では $\mathbf 1^{-1}=\mu$ に戻る。$f=\mathrm{id}$ では $\mathrm{id}^{-1}(n)=\mu(n)n$、$f=\lambda$ では $\lambda^{-1}=\mu\lambda=\mu^2$ である(平方因子をもたない $n$ では $\lambda(n)=\mu(n)$)。$\sigma$ は乗法的だが完全乗法的でないので、2 が破れる:$\sigma^{-1}(p^2)=p$ だが $\mu(p^2)\sigma(p^2)=0$ である。

Euler 積

乗法的関数の値の和は、絶対収束すれば素数ごとの因子の積に分かれる。

乗法的関数の Euler 積

$f$ を乗法的関数とし、$\sum_{n=1}^\infty|f(n)|<\infty$ とする。このとき各素数 $p$ について $\sum_{k=0}^\infty f(p^k)$ は絶対収束し、
$$ \sum_{n=1}^\infty f(n)=\lim_{x\to\infty}\prod_{p\le x}\Bigl(\sum_{k=0}^\infty f(p^k)\Bigr) $$
が成り立つ(積は $x$ 以下の素数 $p$ にわたる)。$f$ が完全乗法的なら、すべての素数で $|f(p)|<1$ であり、各因子は $\bigl(1-f(p)\bigr)^{-1}$ に等しい。

有限個の素数の積を展開し、残りを尾部で抑える

$A:=\sum_{n=1}^\infty|f(n)|$ とおく。各 $p$ について $\sum_k|f(p^k)|$ は $\sum_n|f(n)|$ の一部($n=p^k$ の項)の和なので $A$ 以下であり、$\sum_kf(p^k)$ は絶対収束する(絶対収束 の記事の定理「絶対収束する級数の収束」)。
実数 $x\ge2$ を固定し、$x$ 以下の素数を $p_1,\dots,p_r$ とする。整数 $K\ge1$ について、有限和の積を展開すると
$$ \prod_{i=1}^r\Bigl(\sum_{k=0}^Kf(p_i^k)\Bigr)=\sum_{0\le k_1,\dots,k_r\le K}f(p_1^{k_1})\cdots f(p_r^{k_r})=\sum_{n\in S_{x,K}}f(n) $$
である。ここで $S_{x,K}$ は、素因数がすべて $x$ 以下で、各素因数の指数が $K$ 以下の正の整数全体である。2 つ目の等号は、$p_1^{k_1},\dots,p_r^{k_r}$ が互いに素なので thm-mf-prime-powers の 1 により $f(p_1^{k_1})\cdots f(p_r^{k_r})=f(p_1^{k_1}\cdots p_r^{k_r})$ となること、および素因数分解の一意性により指数の組 $(k_1,\dots,k_r)$ と $S_{x,K}$ の元 $n=p_1^{k_1}\cdots p_r^{k_r}$ が 1 対 1 に対応することによる。
$S_x$ を、素因数がすべて $x$ 以下の正の整数全体とする。$K\to\infty$ とすると、左辺は有限個の収束する数列の積なので $P_x:=\prod_{i=1}^r\sum_{k\ge0}f(p_i^k)$ に収束する。右辺については、$n\in S_x\setminus S_{x,K}$ ならある素因数の指数が $K+1$ 以上なので $n\ge2^{K+1}$ であり、
$$ \Bigl|\sum_{n\in S_x}f(n)-\sum_{n\in S_{x,K}}f(n)\Bigr|\le\sum_{n\ge2^{K+1}}|f(n)|\xrightarrow[K\to\infty]{}0 $$
である($\sum_{n\in S_x}f(n)$ は $\sum f(n)$ の一部の項の和で、絶対収束している。右端が $0$ に近づくのは収束する級数 $\sum|f(n)|$ の尾部だからである)。よって $P_x=\sum_{n\in S_x}f(n)$ である。
最後に、$n\notin S_x$ なら $n$ は $x$ より大きい素因数をもつので $n>x$ である。したがって
$$ \Bigl|\sum_{n=1}^\infty f(n)-P_x\Bigr|=\Bigl|\sum_{n\notin S_x}f(n)\Bigr|\le\sum_{n>x}|f(n)|\xrightarrow[x\to\infty]{}0 $$
であり、主張の等式が成り立つ。
$f$ が完全乗法的なら $f(p^k)=f(p)^k$ で、$\sum_k|f(p)|^k=\sum_k|f(p^k)|\le A<\infty$ なので $|f(p)|<1$ であり($|f(p)|\ge1$ なら項が $0$ に近づかない)、等比級数の和の公式により $\sum_kf(p)^k=(1-f(p))^{-1}$ である。$\square$

$f(n)=n^{-s}$(実数 $s>1$)は完全乗法的で $\sum n^{-s}<\infty$ なので、$\zeta(s)=\prod_p(1-p^{-s})^{-1}$ が得られる。これは Riemannゼータ関数 の記事の定理「Euler 積」(そこでは $\operatorname{Re}s>1$ の複素数 $s$ で示されている)の実数の場合である。乗法的関数 $f$ に対して $f(n)n^{-s}$ も乗法的なので、Dirichlet 級数 $\sum f(n)n^{-s}$ が絶対収束する範囲で同じ分解が使える。この形は Cri24 Theorem 24.5.4(p. 426。証明は演習)にある。

Euler 積による和の計算
  1. $f(n)=\mu(n)^2/n^2$ は乗法的で、$\sum|f(n)|\le\sum1/n^2<\infty$ である。素数冪での値は $f(p)=p^{-2}$、$k\ge2$ で $0$ なので
    $$ \sum_{n=1}^\infty\frac{\mu(n)^2}{n^2}=\prod_p\Bigl(1+\frac1{p^2}\Bigr)=\prod_p\frac{1-p^{-4}}{1-p^{-2}}=\frac{\zeta(2)}{\zeta(4)}=\frac{\pi^2/6}{\pi^4/90}=\frac{15}{\pi^2}=1.5198\ldots $$
    である。3 つ目の等号は、$\prod_{p\le x}$ の段階で分子と分母に分けてから $x\to\infty$ としたものである($\zeta(2)=\pi^2/6$ は Basel問題、$\zeta(4)=\pi^4/90$ は Riemannゼータ関数 の記事の節「整数での値」にある値)。平方因子をもたない数の逆数の平方の和が $15/\pi^2$ になる。
  2. $f(n)=2^{\omega(n)}/n^2$ は乗法的である。$2^{\omega(n)}\le d(n)$ で、$n$ の約数 $c$ と $n/c$ の小さいほうは $\sqrt n$ 以下なので $d(n)\le2\sqrt n$ だから、$\sum\lvert f(n)\rvert\le2\sum n^{-3/2}<\infty$ である(調和級数 の記事の命題「冪の逆数の級数」)。$f(p^k)=2p^{-2k}$($k\ge1$)なので、各因子は $1+\dfrac{2p^{-2}}{1-p^{-2}}=\dfrac{1+p^{-2}}{1-p^{-2}}$ であり、
    $$ \sum_{n=1}^\infty\frac{2^{\omega(n)}}{n^2}=\frac{\zeta(2)^2}{\zeta(4)}=\frac{90}{36}=\frac52 $$
    である。
  3. 部分和で確かめると、$n<200000$ までの和は 1 で $1.51981\ldots$、2 で $2.49995\ldots$ であった(計算機による)。

Euler 積の等式は、無限和を「どの素数を何個含むか」で並べ替えたものである。絶対収束の仮定は、この並べ替えと、各素数の因子への分解を正当化するために使っている。仮定がないと、$f=\mathbf 1$ のように左辺も各因子も発散して等式が意味をもたない(反例の表の 6 行目)。

補足

加法的関数との関係

数論的関数 $g$ が、互いに素な $m,n$ について $g(mn)=g(m)+g(n)$ を満たすとき、$g$ を 加法的関数(additive function)という($g(1)=0$ となる)。$\omega$ は加法的、$\Omega$ と $\log$ は $m,n$ が互いに素でなくても $g(mn)=g(m)+g(n)$ を満たす(完全加法的)。$g$ が整数値の加法的関数なら、$0$ でない複素数 $c$ について $c^{g(n)}$ は乗法的であり、$2^{\omega(n)}$ や $\lambda(n)=(-1)^{\Omega(n)}$ はこの形である。逆に、値が正の実数の乗法的関数 $f$ では $\log f$ が加法的になる。

平均と Dirichlet 指標

乗法的関数の部分和 $\sum_{n\le x}f(n)$ の大きさは解析的整数論の主要な問題である。たとえば 約数 の記事の命題「約数の個数の平均」は、すべての正の整数 $n$ について $\log(n+1)-1<\frac1n\sum_{k=1}^nd(k)\le1+\log n$ を示しており、$d(k)$ は平均すると $\log k$ 程度である。また、法 $q$ の Dirichlet 指標(Dirichlet指標)は完全乗法的関数であり、実数 $s>1$ で thm-mf-euler-product により $\sum_n\chi(n)n^{-s}=\prod_p(1-\chi(p)p^{-s})^{-1}$ となる。Legendre 記号 $a\mapsto\left(\frac ap\right)$ は法 $p$ の Dirichlet 指標の例である。

関連項目

参考文献

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