Diracの定理(Hamilton閉路)(Dirac's theorem on Hamiltonian cycles)とは、頂点数 $n\ge3$ の有限単純グラフで、すべての頂点の次数が $n/2$ 以上ならば、すべての頂点をちょうど 1 回ずつ通る閉路(Hamilton 閉路)が存在するというグラフ理論の定理である。辺を加えられるだけ加えた反例の Hamilton 路を組み替えて証明でき、最長の道を組み替える議論からは、最小次数が $d$ 以上の連結グラフが長さ $\min\{n-1,2d\}$ 以上の道をもつことも従う。下界 $n/2$ は完全二部グラフ $K_{m,m+1}$ などの例によってどの $n$ でも下げられず、隣接しない 2 頂点の次数の和で述べた Ore の定理の特別な場合にあたる。
前提知識: Hamilton閉路, 次数(グラフ), 連結グラフ, 完全二部グラフ
グラフのすべての頂点をちょうど 1 回ずつ通って出発点に戻る閉路(Hamilton閉路)があるかどうかを判定する簡単な方法は知られていない。それでも、どの頂点も十分多くの頂点と隣り合っていれば、Hamilton 閉路は必ずある。G. A. Dirac が 1952 年に示した次の定理は、その「十分多く」を「全体の半分以上」という量で与える(BM76 定理 4.3、p. 54):頂点数 $n\ge3$ のグラフで、すべての頂点の次数が $n/2$ 以上なら、Hamilton 閉路がある。この記事ではこれを Dirac の定理 とよぶ。物理学者 P. A. M. Dirac の名を冠した方程式や作用素とは別のものなので、題に括弧を付けた。
この記事では、辺を加えられるだけ加えた反例を考える証明で Dirac の定理を示し、最長の道を組み替える議論から「連結で最小次数が $d$ 以上なら長さ $\min\{n-1,2d\}$ 以上の道がある」という定理を導いて、そこからもう一度 Dirac の定理を得る。系として Hamilton 路と完全マッチングの存在を示す。次数の下界 $n/2$ はどの $n$ でも下げられないことを例で確かめる。隣接しない 2 頂点の次数の和で述べた一般化は Oreの定理(Hamilton閉路) で扱う。
この記事では、グラフは有限の単純無向グラフ $G=(V,E)$ とし、頂点数を $n=\lvert V\rvert$ と書く。頂点 $v$ の次数を $\deg(v)$、$v$ に隣接する頂点の集合を $N(v)$、最小次数を $\delta(G):=\min_{v\in V}\deg(v)$ と書く(次数(グラフ))。道 は頂点が相異なる頂点の列 $v_0,v_1,\dots,v_k$ で $v_{i-1}v_i\in E$($1\le i\le k$)をみたすもの、$k$ をその長さという。閉路 は長さ $3$ 以上の閉じた道である(グラフ)。
$G$ のすべての頂点を通る閉路、すなわち $V$ の元を重複なく並べた $v_1,\dots,v_n$ で、$v_1v_2,\dots,v_{n-1}v_n,v_nv_1$ がすべて辺であるもの($n\ge3$)を Hamilton 閉路 という。すべての頂点を通る道を Hamilton 路 という。Hamilton 閉路をもつグラフを Hamilton グラフ という。
次数は整数なので、$\delta(G)\ge n/2$ は $\delta(G)\ge\lceil n/2\rceil$ と同じである。$G$ に辺を加えても次数は減らないので、この条件は辺を加える操作で保たれる。証明ではこのことを使う。$G$ の隣接しない 2 頂点 $u,v$ に対し、辺 $uv$ を加えたグラフを $G+uv$ と書く。
$G$ を頂点数 $n\ge3$ のグラフとし、$\delta(G)\ge n/2$ とする。このとき $G$ は Hamilton 閉路をもつ。
定理が成り立たないとし、頂点数 $n\ge3$、$\delta(G)\ge n/2$ で Hamilton 閉路をもたない $G=(V,E)$ をとる。頂点集合が $V$ で $G$ の辺をすべて含み、Hamilton 閉路をもたないグラフのうち、辺の本数が最大のもの $H$ をとる($G$ 自身がそのようなグラフなので、候補は空でない)。$H$ の次数は $G$ の次数以上なので $\delta(H)\ge n/2$ である。$n\ge3$ なので完全グラフ $K_n$ は Hamilton 閉路 $v_1,\dots,v_n,v_1$ をもち、$H\ne K_n$ である。そこで $H$ で隣接しない 2 頂点 $u,v$ をとる。
$H$ のとり方から $H+uv$ は Hamilton 閉路をもち、$H$ はもたないので、その閉路は辺 $uv$ を通る。閉路から辺 $uv$ を除くと、$H$ の Hamilton 路
$$
u=v_1,\ v_2,\ \dots,\ v_n=v
$$
が得られる。添字の集合
$$
S:=\{\,i\mid 1\le i\le n-1,\ uv_{i+1}\in E(H)\,\},\qquad T:=\{\,i\mid 1\le i\le n-1,\ v_iv\in E(H)\,\}
$$
を考える。$u$ 以外の頂点は $v_2,\dots,v_n$ なので $\lvert S\rvert=\deg_H(u)$、$v$ 以外の頂点は $v_1,\dots,v_{n-1}$ なので $\lvert T\rvert=\deg_H(v)$ である。
$S\cap T$ が元 $i$ をもつとする。$uv\notin E(H)$ なので $1\notin T$、$n-1\notin S$ であり、$2\le i\le n-2$ である。このとき
$$
v_1,\ v_2,\ \dots,\ v_i,\ v_n,\ v_{n-1},\ \dots,\ v_{i+1},\ v_1
$$
は、路の辺のほかに辺 $v_iv_n$($i\in T$)と $v_{i+1}v_1$($i\in S$)を使う $H$ の Hamilton 閉路であり、$H$ のとり方に反する。よって $S\cap T=\emptyset$ である。$S,T$ はどちらも $n-1$ 個の元からなる集合 $\{1,\dots,n-1\}$ に含まれるので
$$
\deg_H(u)+\deg_H(v)=\lvert S\rvert+\lvert T\rvert=\lvert S\cup T\rvert\le n-1
$$
である。一方 $\delta(H)\ge n/2$ より $\deg_H(u)+\deg_H(v)\ge n$ であり、矛盾する。$\square$
証明で使った次数の条件は「隣接しない 2 頂点 $u,v$ について $\deg(u)+\deg(v)\ge n$」だけである。これを仮定にしたものが Oreの定理(Hamilton閉路) であり、上の証明はそのまま Ore の定理の証明にもなる。
最小次数だけを仮定すると、Hamilton 閉路までは言えなくても長い道が得られる。
$d\ge1$ を整数とし、$G$ を頂点数 $n$ の連結グラフで $\delta(G)\ge d$ をみたすものとする。$G$ の道のうち長さが最大のものを $P=v_0,v_1,\dots,v_k$ とする。
$v_0$ に隣接する頂点 $w$ が $P$ の上になければ、$w,v_0,v_1,\dots,v_k$ は長さ $k+1$ の道になり、$k$ の最大性に反する。よって $N(v_0)\subset\{v_1,\dots,v_k\}$ であり、同様に $N(v_k)\subset\{v_0,\dots,v_{k-1}\}$ である。とくに $d\le\deg(v_0)\le k$ なので $k\ge1$ である。
1 を示す。$k<2d$ とする。
($k=1$ のとき)$N(v_0)\subset\{v_1\}$、$N(v_1)\subset\{v_0\}$ なので、辺 $v_0v_1$ はほかのどの頂点ともつながらない。$G$ は連結なので $V=\{v_0,v_1\}$、$n=2$ であり、$k=n-1$ である。
($k\ge2$ のとき)まず、頂点の集合が $\{v_0,\dots,v_k\}$ に等しい閉路 $C$ があることを示す。$v_0v_k\in E$ なら $v_0,v_1,\dots,v_k,v_0$ が長さ $k+1\ge3$ の閉路である。$v_0v_k\notin E$ なら、
$$
S:=\{\,i\mid 0\le i\le k-1,\ v_0v_{i+1}\in E\,\},\qquad T:=\{\,i\mid 0\le i\le k-1,\ v_iv_k\in E\,\}
$$
とおくと、上で見たことから $\lvert S\rvert=\deg(v_0)\ge d$、$\lvert T\rvert=\deg(v_k)\ge d$ であり、$S,T$ は $k$ 個の元からなる集合 $\{0,\dots,k-1\}$ に含まれる。$\lvert S\rvert+\lvert T\rvert\ge2d>k$ なので共通の元 $i$ がある。$v_0v_k\notin E$ より $0\notin T$、$k-1\notin S$ なので $1\le i\le k-2$ であり、
$$
v_0,\ \dots,\ v_i,\ v_k,\ v_{k-1},\ \dots,\ v_{i+1},\ v_0
$$
が求める閉路 $C$ である。
次に、$C$ がすべての頂点を通ることを示す。$C$ の外に頂点があるとすると、$G$ は連結なので、$C$ の頂点 $x$ と $C$ の外の頂点 $y$ を結ぶ辺 $xy$ がある。$C$ を $x$ から 1 周して $x$ の直前の頂点で止めると、$C$ の $k+1$ 個の頂点をすべて通る長さ $k$ の道が得られ、その先頭に $y$ を付けると長さ $k+1$ の道になって、$k$ の最大性に反する。よって $\{v_0,\dots,v_k\}=V$、$k=n-1$ である。$n\ge3$ なら $k=n-1\ge2$ でこの場合に当たり、$C$ は Hamilton 閉路である。
2 を示す。$k\ge2d$ ならよい。$k<2d$ なら 1 により $k=n-1$ である。どちらの場合も $k\ge\min\{n-1,2d\}$ である。$\square$
この定理の 2 のうち $d=\delta(G)$ かつ $n>2d$ の場合(長さ $2d$ 以上の道があること)は、BM76 の演習 4.2.9(p. 61)に Dirac の結果として挙がっている。1 から Dirac の定理がもう一度得られる。
$n\ge3$、$\delta(G)\ge n/2$ とする。まず $G$ は連結である。実際、隣接しない相異なる 2 頂点 $u,v$ について、$N(u),N(v)$ は $n-2$ 個の元からなる集合 $V\setminus\{u,v\}$ に含まれ、$\lvert N(u)\rvert+\lvert N(v)\rvert\ge n>n-2$ なので、共通の隣接頂点がある。$d:=\delta(G)\ge n/2\ge1$ とおくと、最長の道の長さ $k$ は $k\le n-1< n\le2d$ をみたすので、thm-dirac-long-path の 1 により $G$ は Hamilton 閉路をもつ。$\square$
この証明は手順としても読める。道を 1 本とり、端点に道の外の隣接頂点があれば延ばし、なければ $S\cap T$ の元を使って閉路に組み替え、閉路の外の頂点から延ばす。どの段も道の長さを 1 増やすか閉路を作るだけなので、$n$ の多項式の回数の操作で Hamilton 閉路が見つかる。一般のグラフでは Hamilton 閉路の有無の判定は NP完全 であるが(Hamilton閉路 の注意「判定の難しさ」)、Dirac の条件をみたすグラフに限れば、閉路があることもその見つけ方も易しい。
$G$ を頂点数 $n\ge1$ のグラフとし、$\delta(G)\ge(n-1)/2$ とする。このとき $G$ は Hamilton 路をもつ。
$n=1$ なら 1 頂点だけの長さ $0$ の道が Hamilton 路である。$n\ge2$ とする。$G$ に新しい頂点 $w$ を加え、$w$ と $G$ のすべての頂点を結んだグラフを $G'$ とする。$G'$ の頂点数は $n+1\ge3$ であり、$G$ の頂点 $v$ では $\deg_{G'}(v)=\deg_G(v)+1\ge\frac{n+1}2$、$w$ では $\deg_{G'}(w)=n\ge\frac{n+1}2$ である。thm-dirac-main により $G'$ は Hamilton 閉路をもつ。その閉路から $w$ と $w$ に接続する 2 本の辺を除くと、$G$ の $n$ 個の頂点をすべて通る道が残る。$\square$
$n\ge2$ を偶数とし、$G$ を頂点数 $n$ のグラフで $\delta(G)\ge n/2$ をみたすものとする。このとき $G$ は完全マッチング(グラフ理論)をもつ。
$n=2$ なら $\delta(G)\ge1$ より $G$ は 1 本の辺からなり、その辺が完全マッチングである。$n\ge4$ なら thm-dirac-main により Hamilton 閉路 $v_1,\dots,v_n,v_1$ があり、$v_1v_2,\ v_3v_4,\ \dots,\ v_{n-1}v_n$ はどの頂点にもちょうど 1 本ずつ接続する辺の集合である。$\square$
次数の下界 $n/2$ は、どの $n\ge3$ についても 1 つも下げられない。
$n\ge3$ とする。最小次数が $\lceil n/2\rceil-1$ で Hamilton 閉路をもたない頂点数 $n$ のグラフがある。たとえば次のものである。
$\lceil n/2\rceil-1$ は、$n=2m+1$ なら $m$、$n=2m$ なら $m-1$ であり、上の各グラフの最小次数はこれに等しい($K_{p,q}$ の最小次数は $\min\{p,q\}$、貼り合わせたグラフでは共有した頂点の次数が $2m$、ほかの頂点の次数が $m$)。
部の大きさが異なる完全二部グラフは Hamilton 閉路をもたない。二部グラフの辺は 2 つの部の間を結ぶので、閉路をたどると頂点は 2 つの部に交互に属し、閉路の頂点のうち各部に属するものは同数になるからである(Hamilton閉路 の命題「二部グラフのHamilton閉路」)。
貼り合わせたグラフで共有した頂点を $w$ とする。Hamilton 閉路 $C$ があれば、$C$ から $w$ と $w$ に接続する 2 本の辺を除いたものは残りの $2m$ 頂点をすべて通る道であり、とくに $w$ を除いたグラフは連結である。しかし $w$ を除くと 2 つの $K_m$ に分かれて連結でない。$\square$
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| thm-dirac-main の $n\ge3$ | $K_2$($n=2$、$\delta=1=n/2$) | Hamilton 閉路をもつ |
| thm-dirac-main の $\delta\ge n/2$ を $\delta\ge(n-1)/2$ に弱める | $K_{m,m+1}$($n=2m+1$) | Hamilton 閉路をもつ |
| thm-dirac-main の次数の条件を「辺が $\binom{n-1}2+1$ 本以上」に替える | $K_{n-1}$ に次数 $1$ の頂点を 1 つ加えたもの | Hamilton 閉路をもつ |
| thm-dirac-long-path の連結性 | 2 つの $K_{d+1}$ の非交和($n=2d+2$) | 長さ $\min\{n-1,2d\}$ 以上の道がある |
| cor-dirac-path の $\delta\ge(n-1)/2$ を $\delta\ge(n-2)/2$ に弱める | 2 つの $K_m$ の非交和($n=2m$、$m\ge1$) | Hamilton 路をもつ |
1 行目:$K_2$ の閉じた道は辺を往復するだけで、長さ $3$ 以上の閉路はない。
2 行目:prop-dirac-sharp の 1 である。最小次数は $m=(n-1)/2$ で、Hamilton 路 $b_1,a_1,b_2,a_2,\dots,a_m,b_{m+1}$ はある。
3 行目:頂点数 $n\ge3$、辺は $\binom{n-1}2+1$ 本である。加えた頂点は次数が $1$ なので、閉路の上で 2 本の辺に接続することができず、Hamilton 閉路はない。辺の本数がほぼ最大でも、次数の小さい頂点が 1 つあれば Hamilton 閉路は失われる。辺の本数による正しい十分条件は Oreの定理(Hamilton閉路) にある。
4 行目:最小次数は $d$ である。道はどちらか一方の $K_{d+1}$ の中にあるので、長さは $d$ 以下であり、$d<2d=\min\{2d+1,2d\}$ である。
5 行目:最小次数は $m-1=(n-2)/2$ である。道は一方の $K_m$ の中にあるので、$n=2m$ 個の頂点をすべて通る道はない。
$n\ge5$ とし、長さ $n$ の閉路だけからなるグラフ $C_n$ を考える。$C_n$ はそれ自身が Hamilton 閉路であるが、最小次数は $2< n/2$ である。Dirac の定理は十分条件であり、必要条件ではない。$C_n$ の隣接しない 2 頂点の次数の和も $4< n$ なので、Oreの定理(Hamilton閉路) の条件もみたさない。
thm-dirac-main は BM76 の定理 4.3(pp. 54–55)で、証明もこの記事の第一の証明と同じく、辺を加えられるだけ加えた反例の Hamilton 路を調べる方法である。KT17 の定理 5.18(p. 80)は同じ主張を「各頂点が $\lceil n/2\rceil$ 個以上の隣接頂点をもつ」の形で述べ、最長の道を組み替える方法(この記事の第二の証明の考え方)で証明している。
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