多重ポテンシャル論(pluripotential theory)とは、複素 Euclid 空間や複素多様体の上の多重劣調和関数を、平面の劣調和関数と調和関数の理論の多変数版として調べる理論である。多重劣調和関数が $-\infty$ になる点の集合である多重極集合、Laplace 作用素の代わりになる非線形の複素 Monge–Ampère 作用素 $\det(\partial^2u/\partial z_j\partial\bar z_k)$、調和関数の役割を引き継ぐ極大多重劣調和関数が中心の対象である。解析的集合は多重極で、多重極集合は測度 $0$ だが、実の部分空間 $\mathbb{R}^n$ は多重極でない。$C^2$ 級の関数については Monge–Ampère 作用素の比較原理が成り立つ。
多重ポテンシャル論(pluripotential theory)は、$\mathbb{C}^n$ や複素多様体の上の多重劣調和関数を、平面の古典的なポテンシャル論(劣調和関数 と 調和関数 の理論)の多変数版として調べる理論である。1 変数で劣調和関数の Laplace 作用素 $\Delta u$ が果たす役割を、多変数では複素 Monge–Ampère 作用素 $\det\bigl(\partial^2u/\partial z_j\partial\bar z_k\bigr)$ が果たす。これは $n\ge2$ では非線形な作用素であり、そこから 1 変数にない現象と技術が生まれる。
中心になる対象は次の 3 つである。多重劣調和関数が $-\infty$ になる点の集合である多重極集合(pluripolar set)、複素 Monge–Ampère 作用素、そして調和関数の役割を引き継ぐ極大多重劣調和関数である。この記事では、これらを定義し、多重極集合の基本的な例と性質(解析的集合は多重極、多重極集合は測度 $0$、可算個の和、$\mathbb{R}^n$ は多重極でないこと)を証明する。主定理として、$C^2$ 級の関数についての Monge–Ampère 作用素の比較原理を証明し、極大性との関係を述べる。$C^2$ 級でない関数への Monge–Ampère 作用素の拡張(Bedford–Taylor)は所在を示して述べる。
| 古典的なポテンシャル論($\mathbb{C}$) | 多重ポテンシャル論($\mathbb{C}^n$) |
|---|---|
| 劣調和関数 | 多重劣調和関数 |
| Laplace 作用素 $\partial^2u/\partial z\partial\bar z=\frac14\Delta u$(線形) | 複素 Monge–Ampère 作用素 $\det\bigl(\partial^2u/\partial z_j\partial\bar z_k\bigr)$(非線形) |
| 調和関数($\Delta u=0$) | 極大多重劣調和関数($C^2$ 級なら $\det=0$) |
| 極集合(劣調和関数の $-\infty$ の集合) | 多重極集合 |
| $\Delta\log\lvert z\rvert=2\pi\delta_0$ | $(dd^c\log\lvert z\rvert)^n=\delta_0$ |
| 調和関数との比較原理 | Monge–Ampère 作用素の比較原理 |
表の各行の多変数の側は、この記事の def-pp-pluripolar、def-pp-ma、def-pp-maximal、thm-pp-comparison と、rem-pp-bedford-taylor で扱う。
$\mathbb{C}^n$ の座標を $z=(z_1,\dots,z_n)$ とし、$dV$ を $\mathbb{C}^n=\mathbb{R}^{2n}$ の Lebesgue 測度とする。開集合 $\Omega\subset\mathbb{C}^n$ 上の多重劣調和関数の全体を $\mathrm{Psh}(\Omega)$ と書く(多重劣調和関数 の定義「多重劣調和関数」。恒等的に $-\infty$ の関数も含む)。実数値 $C^2$ 級関数 $u$ について、Hermite 行列
$$
H_u(z):=\Bigl(\frac{\partial^2u}{\partial z_j\partial\bar z_k}(z)\Bigr)_{j,k=1}^n
$$
を複素 Hessian という。$b\in\mathbb{C}^n$ について ${}^t b\,H_u(z)\,\bar b$ は 多重劣調和関数 の定義「Levi 形式」の $L_u(z;b)$ であり、多重劣調和関数 の定理「$C^2$ 級の関数の多重劣調和性の判定」により、$u$ が多重劣調和であることと各点で $H_u\ge0$(半正定値)であることは同値である。Hermite 行列 $A,B$ について $A\ge B$ は $A-B\ge0$ を意味し、$A>0$ は正定値を意味する。
$\Omega\subset\mathbb{C}^n$ を開集合とする。部分集合 $A\subset\Omega$ が多重極であるとは、各点 $x\in\Omega$ に連結な開近傍 $W\subset\Omega$ と、恒等的に $-\infty$ でない $u\in\mathrm{Psh}(W)$ があり、$A\cap W\subset\{z\in W\mid u(z)=-\infty\}$ となることをいう。さらに $A\cap W=\{u=-\infty\}$ となる $u$ がとれるとき、$A$ を完全多重極という。$n=1$ では多重極集合を極集合という。
$g_1,\dots,g_N$ を連結な開集合 $W$ の上の正則関数とし、少なくとも 1 つは恒等的に $0$ でないとする。$u:=\log(|g_1|^2+\dots+|g_N|^2)$ は多重劣調和で(多重劣調和関数 の例「正則関数の絶対値の 2 乗和の対数」)、共通零点の集合 $Z=\{g_1=\dots=g_N=0\}$ の上でちょうど $-\infty$ になる。$u$ は恒等的に $-\infty$ ではない。したがって、各点の連結な近傍の上で、恒等的に $0$ でない関数を含む有限個の正則関数の共通零点として書ける集合(解析集合(複素解析) の典型的な形)は完全多重極である。とくに複素超平面 $\{z_n=0\}$ は $\log|z_n|$ により完全多重極であり、1 点 $\{a\}$ は $\log|z-a|$ により完全多重極である。
多重極集合は Lebesgue 測度 $0$ である。
$A\subset\Omega$ を多重極とし、$x\in\Omega$ について def-pp-pluripolar の $W$ と $u$ をとる。多重劣調和関数 の定理「多重劣調和関数は劣調和」により $u$ は $\mathbb{R}^{2n}$ の連結な開集合 $W$ の上の劣調和関数で、恒等的に $-\infty$ でないので、多重劣調和関数 の補題「劣調和関数の局所可積分性」により $W$ の上でほとんどいたるところ有限である。よって $A\cap W$ は測度 $0$ である。$\Omega$ はこのような $W$ の可算個で覆える($\mathbb{R}^{2n}$ の開集合は第 2 可算)ので、$A$ は測度 $0$ である。$\square$
$\Omega\subset\mathbb{C}^n$ を連結な開集合とし、各 $j\ge1$ について恒等的に $-\infty$ でない $u_j\in\mathrm{Psh}(\Omega)$ が $\Omega$ の上で $u_j\le0$ を満たすとする。$E_j:=\{u_j=-\infty\}$ とおくと、恒等的に $-\infty$ でない $u\in\mathrm{Psh}(\Omega)$ で、$\bigcup_jE_j\subset\{u=-\infty\}$ となるものがある。
prop-pp-null の証明により各 $E_j$ は測度 $0$ なので、和 $\bigcup_jE_j$ も測度 $0$ であり、その外の点 $a\in\Omega$ がとれる。$u_j(a)>-\infty$ なので、$\varepsilon_j:=2^{-j}/(1+|u_j(a)|)>0$ とおき、$s_N:=\sum_{j=1}^N\varepsilon_ju_j$ とする。$s_N$ は多重劣調和で(多重劣調和関数 の命題「和・最大値・上限・合成・減少極限」の 1)、$u_j\le0$ から $s_1\ge s_2\ge\cdots$ である。同じ命題の 5 により極限 $u:=\lim_Ns_N$ は多重劣調和である。$u(a)\ge-\sum_j2^{-j}=-1$ なので $u$ は恒等的に $-\infty$ でない。$z\in E_j$ なら $s_N(z)\le\varepsilon_ju_j(z)=-\infty$($N\ge j$)なので $u(z)=-\infty$ である。$\square$
$\{a_1,a_2,\dots\}$ を有界な開集合 $\Omega\subset\mathbb{C}^n$(連結とする)の点列とし、$R:=1+\sup_{z,w\in\Omega}|z-w|$ とおく。$u_j(z):=\log(|z-a_j|/R)$ は多重劣調和で、$\Omega$ の上で $u_j\le0$、$\{u_j=-\infty\}=\{a_j\}$ である。prop-pp-countable により、可算集合は多重極である。たとえば単位円板 $D(0,1)\subset\mathbb{C}$ の中の $\mathbb{Q}+i\mathbb{Q}$ の点の全体は、$D(0,1)$ で稠密な極集合である。多重極集合は測度 $0$ で「小さい」が、位相的に小さいとは限らない。
多重極集合は測度 $0$ だが、逆は成り立たない。$\mathbb{R}^n\subset\mathbb{C}^n$ は測度 $0$ だが多重極でない。証明の要は 1 変数の次の補題である。
$v$ を開円板 $D(0,2)\subset\mathbb{C}$ の上の劣調和関数とし、実軸の線分 $[-1,1]$ の上で $v=-\infty$ とする。このとき $D(0,2)$ の上で $v\equiv-\infty$ である。
要点:線分 $[-1,1]$ の補集合の Green 関数 $g$(線分の上で $0$、外で正の調和関数)を使い、$v\le M-c(m-g)$ を比較原理で示して $c\to\infty$ とする。
段 1($g$ の構成):$J(\zeta):=\frac12(\zeta+\zeta^{-1})$ とおく。$w\in\mathbb{C}$ について $J(\zeta)=w$ は $\zeta^2-2w\zeta+1=0$ と同値で、2 根の積は $1$ である。根 $\zeta$ が $|\zeta|=1$ なら $w=\frac12(\zeta+\bar\zeta)=\operatorname{Re}\zeta\in[-1,1]$ である。よって $w\notin[-1,1]$ なら根は単位円周の上になく、積が $1$ なのでちょうど 1 つが $|\zeta|>1$ を満たす。$w\in[-1,1]$ なら判別式 $w^2-1\le0$ から 2 根は $w\pm i\sqrt{1-w^2}$ で絶対値 $1$ である。したがって $J$ は $\{|\zeta|>1\}$ から $\mathbb{C}\setminus[-1,1]$ への全単射な正則関数で、開写像定理(複素解析) の系「単射な正則写像の逆写像」により逆写像 $\zeta(z)$ も正則である。$g(z):=\log|\zeta(z)|$($z\notin[-1,1]$)、$g:=0$($z\in[-1,1]$)とおく。$g$ は $\mathbb{C}\setminus[-1,1]$ の上で正で、零点のない正則関数の絶対値の対数なので多重調和(多重劣調和関数 の例「基本的な例」の 3)、すなわち劣調和かつ優調和で、調和である(劣調和関数 の系「調和関数は劣調和かつ優調和な関数である」)。$z_k\to x\in[-1,1]$($z_k\notin[-1,1]$)なら $|\zeta(z_k)|\to1$ である:そうでなければ部分列で $\zeta(z_k)\to\infty$(このとき $z_k=J(\zeta(z_k))\to\infty$)か $\zeta(z_k)\to\zeta^*$、$|\zeta^*|>1$(このとき $J(\zeta^*)=x\in[-1,1]$)となり、どちらも起こらない。よって $g$ は $\mathbb{C}$ の上で連続である。
段 2(比較):$v\not\equiv-\infty$ と仮定して矛盾を導く。$v$ は上半連続なので閉円板 $\overline D(0,3/2)$ の上で $v\le M$ となる実数 $M$ がある。$m:=\min_{|z|=3/2}g>0$ とし、$G:=D(0,3/2)\setminus[-1,1]$ とおく。$c>0$ について $h_c:=M+c(g-m)$ は $G$ の上の調和関数である。円周 $|z|=3/2$ の点 $\xi$ では $\limsup_{z\to\xi}(v-h_c)(z)\le M-\bigl(M+c(g(\xi)-m)\bigr)\le0$($g\ge m$、$g$ は連続)、線分の点 $x$ では上半連続性から $\limsup_{z\to x}v(z)\le v(x)=-\infty$ で $h_c$ は有界なので $\limsup(v-h_c)=-\infty$ である。劣調和関数 の定理「劣調和関数の比較原理」により $G$ の上で $v\le M-c(m-g)$ である。
段 3(結論):$g$ は連続で線分の上で $0$ なので、$U:=\{z\in G\mid g(z)< m\}$ は空でない開集合である(たとえば十分小さい $\delta>0$ について $i\delta\in U$)。$U$ の点で $c\to\infty$ とすると $v=-\infty$ である。$v$ は空でない開集合の上で $-\infty$ になり、多重劣調和関数 の補題「劣調和関数の局所可積分性」($\mathbb{R}^2$ の連結な開集合 $D(0,2)$)に反する。$\square$
$\Omega\subset\mathbb{C}^n$ を連結な開集合、$u\in\mathrm{Psh}(\Omega)$ とし、$\mathbb{C}^n$ の開集合 $V\subset\Omega$ で $V\cap\mathbb{R}^n\ne\emptyset$ となるものの上で、$V\cap\mathbb{R}^n$ において $u=-\infty$ とする。このとき $u\equiv-\infty$ である。とくに $\mathbb{R}^n$ の空でない開集合は $\mathbb{C}^n$ の多重極集合でない。
$x_0\in V\cap\mathbb{R}^n$ と $r>0$ を $B(x_0,3r)\subset V$ となるようにとる。$z=x+iy\in B(x_0,r)$($x,y\in\mathbb{R}^n$)とする。$y=0$ なら $z\in V\cap\mathbb{R}^n$ で $u(z)=-\infty$ である。$y\ne0$ なら $e:=y/|y|\in\mathbb{R}^n$ とおき、$\zeta\in\mathbb{C}$ について $\lambda(\zeta):=x+\zeta e$ とする。$|\zeta|<2r$ なら $|\lambda(\zeta)-x_0|\le|z-x_0|+|\zeta|<3r$ なので、$v(\zeta):=u(\lambda(\zeta))$ は $D(0,2r)$ の上の劣調和関数である(多重劣調和関数 の定義「多重劣調和関数」の 2)。$\zeta$ が実数なら $\lambda(\zeta)\in V\cap\mathbb{R}^n$ なので、$v$ は線分 $(-2r,2r)$ の上で $-\infty$ である。$\zeta\mapsto v(r\zeta)$ に lem-pp-segment を当てて $v\equiv-\infty$ であり、$|y|< r$ なので $u(z)=v(i|y|)=-\infty$ である。
よって $u$ は $B(x_0,r)$ の上で $-\infty$ であり、prop-pp-null の証明と同じく、恒等的に $-\infty$ でない多重劣調和関数はほとんどいたるところ有限なので、$u\equiv-\infty$ である。後半は、$\mathbb{R}^n$ の空でない開集合 $A$ の点 $x_0$ のまわりの連結な開近傍 $W$ と $u\in\mathrm{Psh}(W)$ で $A\cap W\subset\{u=-\infty\}$ となるものに前半を当てれば、$u\equiv-\infty$ となることから従う。$\square$
$\mathbb{R}^n$ は各点で接空間が $\mathbb{C}^n$ を複素数の係数で張る(完全実な)部分空間である。複素超平面 $\{z_n=0\}$ が多重極である(ex-pp-analytic)のと対照的に、複素方向をもたず実の次元が $n$ の部分空間 $\mathbb{R}^n$ は多重極でない(実の次元が $n$ より小さい部分空間は、$\mathbb{R}\times\{0\}\subset\{z_2=0\}\subset\mathbb{C}^2$ のように多重極になりうる)。
開集合 $\Omega\subset\mathbb{C}^n$ の上の実数値 $C^2$ 級関数 $u$ について、
$$
\mathrm{MA}(u):=\det H_u=\det\Bigl(\frac{\partial^2u}{\partial z_j\partial\bar z_k}\Bigr)_{j,k}
$$
を $u$ の複素 Monge–Ampère 作用素という。
$u$ が多重劣調和なら $H_u\ge0$ なので $\mathrm{MA}(u)\ge0$ である。$n=1$ では $\mathrm{MA}(u)=\frac14\Delta u$ で線形だが、$n\ge2$ では非線形である:$\mathbb{C}^2$ で $\mathrm{MA}(|z_1|^2)=\mathrm{MA}(|z_2|^2)=0$ だが $\mathrm{MA}(|z_1|^2+|z_2|^2)=1$ である。$dd^c=\frac{i}{\pi}\partial\bar\partial$ となるように $d^c$ を正規化すると、$C^2$ 級の $u$ について $n$ 次の外積は
$$
(dd^cu)^n=\frac{n!}{\pi^n}\,\mathrm{MA}(u)\;i\,dz_1\wedge d\bar z_1\wedge\cdots\wedge i\,dz_n\wedge d\bar z_n=\frac{2^nn!}{\pi^n}\,\mathrm{MA}(u)\,dV
$$
である(Dem12 Ch. III §3 (3.2) の後、p. 145。$i\,dz\wedge d\bar z=2\,dx\wedge dy$ を使う)。多重ポテンシャル論では、この $(dd^cu)^n$ を正の測度として扱う。
$\mathbb{C}^n\setminus\{0\}$ の上の $u(z)=\log|z|=\frac12\log(|z_1|^2+\dots+|z_n|^2)$ を考える。計算すると
$$
H_u(z)=\frac1{2|z|^2}\Bigl(\delta_{jk}-\frac{\bar z_jz_k}{|z|^2}\Bigr)_{j,k}
$$
であり、括弧の中は $I$ から階数 $1$ の直交射影を引いたものなので、固有値は $0$(重複度 $1$)と $\frac1{2|z|^2}$(重複度 $n-1$)である。よって $\mathbb{C}^n\setminus\{0\}$ の上で $\mathrm{MA}(\log|z|)=0$ である。一方、原点まで含めると $(dd^c\log|z|)^n$ は原点の Dirac 測度 $\delta_0$ に等しい(Dem12 Ch. III (5.10)、p. 159。この記事では証明しない)。これは $\mathbb{C}$ での $\Delta\log|z|=2\pi\delta_0$ の多変数版にあたり(Dem12 p. 160 の冒頭)、$\log|z-a|$ は多重ポテンシャル論の基本解の役割を果たす。
$A,B$ を $n$ 次の Hermite 行列とする。
1:$B>0$ なので正定値の平方根 $B^{1/2}$ があり、$C:=B^{-1/2}AB^{-1/2}$ は $C-I=B^{-1/2}(A-B)B^{-1/2}\ge0$ を満たす。$C$ の固有値はすべて $1$ 以上なので $\det C\ge1$、すなわち $\det A=\det B\det C\ge\det B$ である。
2:$B$ の固有値を $\lambda_1,\dots,\lambda_n\ge0$ とすると $\det(B+\varepsilon I)=\prod_j(\lambda_j+\varepsilon)>\prod_j\lambda_j$ である。$\square$
$\Omega\subset\mathbb{C}^n$ を有界な開集合とし、$u,v$ を $\Omega$ の上の実数値 $C^2$ 級関数で、$v$ は多重劣調和とする。$\Omega$ の上で $\mathrm{MA}(u)\le\mathrm{MA}(v)$ であり、すべての $\xi\in\partial\Omega$ について $\liminf_{z\to\xi,\ z\in\Omega}\bigl(u(z)-v(z)\bigr)\ge0$ なら、$\Omega$ の上で $u\ge v$ である。
ある $z_0\in\Omega$ で $u(z_0)< v(z_0)$ と仮定する。$\Omega\subset B(0,R)$ となる $R$ をとり、$\varepsilon>0$ について $v_\varepsilon(z):=v(z)+\varepsilon(|z|^2-R^2)$ とおく。$\Omega$ の上で $v_\varepsilon\le v$ であり、$\varepsilon$ を十分小さくとれば $u(z_0)< v_\varepsilon(z_0)$ である。
$w:=u-v_\varepsilon$ とおくと、$w(z_0)<0$ で、$w\ge u-v$ から境界の各点で $\liminf w\ge0$ である。$m:=\inf_\Omega w\in[-\infty,0)$ とし、$w(z_k)\to m$ となる点列をとる。$\Omega$ は有界なので部分列が $z^*\in\overline\Omega$ に収束する。$z^*\in\partial\Omega$ なら $\liminf w\ge0>m$ に反するので $z^*\in\Omega$ であり、連続性から $w(z^*)=m$(とくに $m$ は有限)である。$w$ は $z^*$ で最小値をとる $C^2$ 級関数なので、実の Hessian は $z^*$ で半正定値であり、$b\in\mathbb{C}^n$ について $\zeta\mapsto w(z^*+\zeta b)$ は $\zeta=0$ で最小なので、その Laplace 作用素 $4L_w(z^*;b)$(多重劣調和関数 の補題「正則写像についての連鎖律」の 3)は $0$ 以上である。よって $H_w(z^*)\ge0$、すなわち
$$
H_u(z^*)\ge H_{v_\varepsilon}(z^*)=H_v(z^*)+\varepsilon I>0
$$
である($H_{|z|^2}=I$、$H_v\ge0$)。lem-pp-det の 1 と 2 から
$$
\mathrm{MA}(u)(z^*)\ge\det\bigl(H_v(z^*)+\varepsilon I\bigr)>\det H_v(z^*)=\mathrm{MA}(v)(z^*)
$$
となり、仮定 $\mathrm{MA}(u)\le\mathrm{MA}(v)$ に反する。$\square$
証明は、$v$ に強い多重劣調和関数 $\varepsilon|z|^2$ を少し足して不等式を狭義にし、最小点で複素 Hessian を比べるという、楕円型方程式の最大値原理と同じ型の議論である(最大値原理(楕円型偏微分方程式))。$n=1$ では $\mathrm{MA}=\frac14\Delta$ なので、$\Delta u\le\Delta v$ のとき境界で $u\ge v$ なら内部でも $u\ge v$、という線形の比較原理になる。
$\Omega$ を有界な開集合とし、$u,v$ を $\overline\Omega$ の上で連続、$\Omega$ の上で $C^2$ 級の多重劣調和関数とする。$\Omega$ の上で $\mathrm{MA}(u)=\mathrm{MA}(v)$、$\partial\Omega$ の上で $u=v$ なら、$u=v$ である。
連続性から境界の各点で $\lim(u-v)=0$ なので、thm-pp-comparison を $(u,v)$ と $(v,u)$ に当てて $u\ge v$ と $v\ge u$ を得る。$\square$
開集合 $\Omega\subset\mathbb{C}^n$ の上の $u\in\mathrm{Psh}(\Omega)$ が極大であるとは、閉包が $\Omega$ に含まれる有界な開集合 $G$ と、$\overline G$ の上で上半連続で $G$ の上で多重劣調和な関数 $v$ について、$\partial G$ の上で $v\le u$ ならば $G$ の上で $v\le u$ となることをいう。
1:ある $a\in\Omega$ で $\mathrm{MA}(u)(a)>0$ とする。$H_u(a)\ge0$ で行列式が正なので $H_u(a)>0$ であり、最小の固有値を $2c>0$ とすると、固有値の連続性から、閉包が $\Omega$ に含まれる球 $B(a,r)$ の上で $H_u\ge cI$ である。$0<\delta< c$ について $v(z):=u(z)+\delta(r^2-|z-a|^2)$ とおくと、$H_v=H_u-\delta I\ge0$ なので $v$ は $B(a,r)$ の上で多重劣調和で、$\overline B(a,r)$ の上で連続である。$|z-a|=r$ では $v=u$ だが、$v(a)=u(a)+\delta r^2>u(a)$ なので、$u$ は極大でない。
2:1 により、極大なら $\Delta u=4\,\mathrm{MA}(u)=0$ で調和である。逆に $u$ が調和なら、$v$ と $G$ を def-pp-maximal のとおりとすると、上半連続性から $\xi\in\partial G$ で $\limsup_{z\to\xi}(v-u)\le v(\xi)-u(\xi)\le0$ なので、劣調和関数 の定理「劣調和関数の比較原理」により $G$ の上で $v\le u$ である。$\square$
$n\ge2$ では、$\mathbb{C}^n\setminus\{0\}$ の上の $\log|z|$(ex-pp-log)や、$\Delta h\not\equiv0$ の 1 変数の $C^2$ 級の劣調和関数 $h$(たとえば $h(\zeta)=\zeta\bar\zeta$)による $u(z)=h(z_1)$ のように、$\mathrm{MA}(u)=0$ でも調和でない多重劣調和関数が多くある。$C^2$ 級でない関数まで含めた極大性と $(dd^cu)^n=0$ の関係は、次の Bedford–Taylor の理論で扱われる。
局所有界な多重劣調和関数 $u$ について、Bedford–Taylor は $dd^cu\wedge T:=dd^c(uT)$($T$ は閉正カレント、右辺は超関数の意味の微分)と定め、これを帰納的に使って $(dd^cu)^n$ を正の測度として定義した。$C^2$ 級なら上の $\frac{2^nn!}{\pi^n}\mathrm{MA}(u)\,dV$ と一致する(Dem12 Ch. III §3 (3.2)、p. 145。この記事では証明しない)。さらに、局所有界な多重劣調和関数の減少列 $u_k\downarrow u$ について $(dd^cu_k)^n$ は $(dd^cu)^n$ に弱収束する(Dem12 Ch. III Theorem (3.7)、p. 147。この記事では証明しない)。たとえば積 $dd^cu_1\wedge\dots\wedge dd^cu_q$ が $u_1,\dots,u_q$ について対称であることは、多重劣調和関数 の定理「多重劣調和関数の平滑化」と同じ軟化 $u_j\ast\rho_{1/k}$ にこの連続性を当てて示される(Dem12 Ch. III Corollary (3.10)、p. 149)。$dd^cu$ 自体は正の $(1,1)$ カレントであり(カレント)、その点での集中の度合いを測るのが Lelong 数である(Dem12 Ch. III §5、pp. 158–159)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $v$ が多重劣調和(thm-pp-comparison) | 単位球 $B\subset\mathbb{C}^2$ で $u=0$、$v=1-\lvert z\rvert^2$ | $\mathrm{MA}(v)=1\ge0=\mathrm{MA}(u)$、境界で $u=v$ だが $v(0)>u(0)$ |
| $\Omega$ が有界(thm-pp-comparison) | $\Omega=\mathbb{C}^2$、$u=0$、$v=\lvert z_1\rvert^2$ | 境界の条件はなく $\mathrm{MA}(u)=\mathrm{MA}(v)=0$ だが $u\ge v$ でない |
| 可算個(prop-pp-countable) | $\mathbb{C}^n=\bigcup_a\{a\}$(非可算個の 1 点の和) | 1 点は多重極だが、$\mathbb{C}^n$ は測度 $0$ でなく多重極でない |
| 実の部分空間(thm-pp-real、複素超平面に替える) | $\{z_n=0\}\subset\mathbb{C}^n$ | $\log\lvert z_n\rvert$ により多重極になる |
| 多重極(prop-pp-null の逆) | $\mathbb{R}^n\subset\mathbb{C}^n$ | 測度 $0$ だが多重極でない |
1 行目:$H_v=-I$ なので $n=2$ で $\mathrm{MA}(v)=\det(-I)=1$ だが、$H_v<0$ で $v$ は多重劣調和でない。$|z|=1$ で $v=0=u$ である。2 行目:$H_{|z_1|^2}=\mathrm{diag}(1,0)$ なので $\mathrm{MA}=0$ で、$v$ は多重劣調和である。$\partial\Omega=\emptyset$ なので境界の条件は空虚に成り立つ。3・4 行目は ex-pp-analytic、5 行目は thm-pp-real による。
def-pp-pluripolar の多重極集合は Dem12 Ch. I (5.22)(p. 44)、完全多重極集合は Ch. III (2.1)(p. 138)の定義に従う。Dem12 は同じ箇所で、多重極集合が測度 $0$ であること(p. 44)と、解析的集合が完全多重極であること(p. 138)を述べている。$C^2$ 級の Monge–Ampère 作用素と $(dd^cu)^n$ の関係は Dem12 p. 145 の式による。prop-pp-countable・lem-pp-segment・thm-pp-real・thm-pp-comparison・prop-pp-maximal の証明は、多重劣調和関数 と 劣調和関数 の結果から組み立てたものである。
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