圏論(category theory)とは、対象と射とその合成からなる圏、圏の間の関手、関手の間の自然変換を研究し、集合・群・位相空間などの構成を普遍性・極限・随伴・米田の補題の言葉で統一して扱う数学の分野である。集合の部分集合は部分対象として一般化され、部分対象分類子をもつ圏の典型がトポスである。自己関手 $F$ の代数の圏の始対象(始代数)では構造射 $FA\to A$ が同型射になり(Lambek の補題)、自然数全体は $1+X$ の始代数として特徴づけられ、冪集合をとる関手は Cantor の定理により始代数をもたない。
圏論(category theory)は、数学の対象を、それどうしを結ぶ射とその合成の仕方を通して研究する数学の分野である。集合と写像、群と準同型、位相空間と連続写像のように、数学のどの分野にも「対象」と「構造を保つ写像」の組があり、写像は続けて合成できる。圏論はこの共通の形だけを取り出して圏と呼び、圏から圏への対応(関手)や、関手どうしの比較(自然変換)を調べる。個々の対象の中身ではなく、ほかの対象との関係で対象を特徴づける考え方(普遍性)が、圏論の中心にある。
この記事では、まず圏・関手・自然変換と分野としての圏論を定義し、主な考え方と代表的な定理を、それを扱う記事とともに一覧にする。続いて、自己関手の代数の圏で始対象(始代数)の構造射が同型になることを完全に証明し、そこから冪集合をとる関手が始代数をもたないことを導く。最後に、学ぶ順に記事を並べた道筋を示す。
圏 $\mathcal C$ は、対象の集まり、対象の各対 $X,Y$ に対する射の集まり $\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,Y)$、射の合成 $g\circ f$、各対象の恒等射 $\operatorname{id}_X$ からなり、合成が結合律 $h\circ(g\circ f)=(h\circ g)\circ f$ と単位律 $\operatorname{id}_Y\circ f=f=f\circ\operatorname{id}_X$ を満たすものである(圏)。$f\colon X\to Y$ に $g\circ f=\operatorname{id}_X$、$f\circ g=\operatorname{id}_Y$ となる $g$ があるとき、$f$ を同型射という。
圏 $\mathcal C$ から圏 $\mathcal D$ への関手 $F$ は、対象 $X$ に対象 $FX$ を、射 $f\colon X\to Y$ に射 $Ff\colon FX\to FY$ を対応させ、$F(g\circ f)=Fg\circ Ff$、$F(\operatorname{id}_X)=\operatorname{id}_{FX}$ を満たすものである(関手)。関手 $F,G\colon\mathcal C\to\mathcal D$ の間の自然変換 $\theta\colon F\Rightarrow G$ は、射の族 $\theta_X\colon FX\to GX$ であって、すべての $f\colon X\to Y$ について $Gf\circ\theta_X=\theta_Y\circ Ff$ を満たすものである(自然変換)。
圏論とは、圏・関手・自然変換と、それらで定義される構成(普遍性・極限・随伴など)を研究し、ほかの分野の構成をこの言葉で統一して扱う数学の分野である。
集合と写像の圏を $\mathbf{Set}$、群と準同型の圏を $\mathbf{Grp}$、位相空間と連続写像の圏を $\mathbf{Top}$ と書く。群 $G$ に可換化 $G/[G,G]$ を対応させる対応は $\mathbf{Grp}$ から可換群の圏への関手であり、位相空間に基本群を対応させる対応は基点付き空間の圏から $\mathbf{Grp}$ への関手である(基本群)。有限次元ベクトル空間 $V$ から二重双対 $V^{**}$ への標準的な写像は、恒等関手から二重双対をとる関手への自然変換である。一方、$V$ から双対 $V^*$ への同型は基底の選び方による。自然変換の概念は、この「自然な」と「自然でない」の違いを正確に言い表す。
圏の射の向きをすべて逆にした圏を反対圏 $\mathcal C^{\mathrm{op}}$ という(反対圏)。圏の公理は射の向きを逆にしても保たれるので、ある主張が成り立てば、射の向きを逆にした主張(双対)も反対圏で成り立つ。積と余積、極限と余極限、モノ射とエピ射は互いに双対である。
集合 $X$ の部分集合 $A$ は、包含写像 $A\hookrightarrow X$ という単射を与える。逆に、単射 $m\colon B\to X$ は、像 $m(B)\subset X$ と、$B\to m(B)$ の全単射を通して部分集合を定める(部分集合)。圏論では、単射の代わりにモノ射(左から簡約できる射、モノ射)を使い、対象 $X$ へのモノ射を同型を除いて同一視した類を $X$ の部分対象という(部分対象)。$\mathbf{Set}$ では $X$ の部分対象全体は、包含の順序を込めて冪集合 $\mathcal P(X)$ と同型であり、$\mathbf{Grp}$ では部分群全体と同型である(部分対象 の命題「部分集合・部分群との対応」)。
$\mathbf{Set}$ では、さらに部分集合 $A\subset X$ と特性写像 $\chi_A\colon X\to\{0,1\}$ が一対一に対応する。この性質を圏の言葉で述べたものが部分対象分類子であり、これをもつ圏の典型がトポスである(部分対象分類子、トポス)。部分対象という概念は、集合論で部分集合が果たす役割を、群・位相空間・層などの圏へ持ち込む。
圏論の基本となる定理を、それを扱う記事とともに挙げる。
| 定理 | 主張の要点 | 記事 |
|---|---|---|
| 米田の補題 | 局所小圏で $\operatorname{Nat}(\operatorname{Hom}(A,-),F)\cong F(A)$ | 米田の補題 |
| 米田埋め込みの充満忠実性 | $c\mapsto\operatorname{Hom}(-,c)$ は前層の圏への充満忠実な関手 | 米田埋め込み |
| 積と等化子による構成 | 小さい積と等化子をもつ圏は小さい極限をすべてもつ | 極限(圏論) |
| 右随伴は極限を保つ | $F\dashv G$ なら $G$ は存在する極限を保つ | 極限(圏論) |
| 単位・余単位と三角恒等式 | 随伴は単位・余単位とその三角恒等式で決まる | 随伴関手 |
| 圏同値の判定 | 圏同値な関手は充満忠実かつ本質的全射。選択公理のもとで小圏の間では逆も成り立つ | 圏同値 |
| Freyd の一般随伴関手定理 | 局所小かつ完備な圏からの関手は、小さい極限を保ち解集合条件を満たすとき、またそのときに限り左随伴をもつ | 随伴関手定理 |
| Freyd の定理 | 小さい積をすべてもつ小さい圏は前順序 | 極限(圏論) |
| Barr–Beck の定理 | モナド的な関手の特徴づけ | モナドとBarr–Beckの定理 |
| Lawvere の不動点定理 | Cantor の対角線論法の圏論的な形 | Cartesian閉圏 |
普遍性で定めた対象は、普遍性だけから構造上の性質が導かれる。その典型として、自己関手の「代数」の圏の始対象を考える。自然数全体や有限列全体は、この始対象として特徴づけられる。証明に使うのは関手の定義と始対象の一意性だけであり、圏論の議論の型がよく見える。
$F\colon\mathcal C\to\mathcal C$ を関手とする。$F$ 代数とは、対象 $A$ と射 $a\colon FA\to A$ の組 $(A,a)$ のことであり、$a$ を構造射という。$F$ 代数 $(A,a)$ から $(B,b)$ への準同型とは、射 $h\colon A\to B$ で
$$
h\circ a=b\circ Fh
$$
を満たすもののことである。恒等射は準同型であり、準同型の合成は準同型である($h\colon(A,a)\to(B,b)$、$k\colon(B,b)\to(C,c)$ なら $k\circ h\circ a=k\circ b\circ Fh=c\circ Fk\circ Fh=c\circ F(k\circ h)$)。よって $F$ 代数と準同型は圏をなす。この圏の始対象、すなわち任意の $F$ 代数への準同型がちょうど 1 つずつ存在する $F$ 代数を、始 $F$ 代数(始代数)という。
始対象は同型を除いて一意なので(始対象)、始 $F$ 代数も、存在すれば $F$ 代数の同型を除いて一意である。
$\mathbf{Set}$ の関手 $F(X):=1+X$($1=\{\ast\}$、$+$ は互いに素な和)、$F(f):=\operatorname{id}_1+f$ を考える。$F$ 代数 $a\colon1+A\to A$ は、点 $a_0:=a(\ast)\in A$ と写像 $a_1:=a|_A\colon A\to A$ の組と同じものであり、$(A,a_0,a_1)$ から $(B,b_0,b_1)$ への準同型は、$h(a_0)=b_0$、$h\circ a_1=b_1\circ h$ を満たす写像 $h$ である。自然数全体 $\mathbb N=\{0,1,2,\dots\}$ と $0$、後者関数 $s(n)=n+1$ の組 $(\mathbb N,0,s)$ は始 $F$ 代数である。これは 再帰定理 の定理「再帰定理」(任意の $b_0\in B$、$b_1\colon B\to B$ に対し $h(0)=b_0$、$h\circ s=b_1\circ h$ を満たす $h$ がただ 1 つある)そのものである。始 $F$ 代数であることは、終対象と余積をもつ圏で自然数対象であることと同じである(自然数対象)。
集合 $M$ を固定し、$\mathbf{Set}$ の関手 $F(X):=1+M\times X$、$F(f):=\operatorname{id}_1+\operatorname{id}_M\times f$ を考える。$M$ の元の有限列全体 $M^{*}$(空列 $\varepsilon$ を含む)に、$\ast\mapsto\varepsilon$、$(m,w)\mapsto mw$($w$ の先頭に $m$ を付ける)で構造射を入れたものは始 $F$ 代数である。
$F$ 代数は、点 $b_0\in B$ と写像 $b_1\colon M\times B\to B$ の組である。準同型 $h\colon M^{*}\to B$ の条件は $h(\varepsilon)=b_0$、$h(mw)=b_1(m,h(w))$ である。長さ $0$ の列では $h(\varepsilon):=b_0$、長さ $k+1$ の列 $mw$($w$ は長さ $k$、先頭の分解はただ 1 通り)では $h(mw):=b_1(m,h(w))$ と、長さについての帰納法で定めると準同型になる。逆に準同型はこの 2 式を満たすので、長さについての帰納法で上の $h$ と一致する。$\square$
$F\colon\mathcal C\to\mathcal C$ を関手とし、$(A,a)$ を始 $F$ 代数とする。このとき構造射 $a\colon FA\to A$ は同型射である。
方針は、$FA$ 自身に $F$ 代数の構造を入れ、始代数からそこへの準同型を逆射の候補にすることである。
段 1:$FA$ 上の代数。 $(FA,Fa)$ は $F$ 代数である(構造射 $Fa\colon F(FA)\to FA$)。$(A,a)$ が始 $F$ 代数なので、準同型 $h\colon(A,a)\to(FA,Fa)$ がただ 1 つある。準同型の条件は
$$
h\circ a=Fa\circ Fh.
$$
段 2:$a$ も準同型。 $a\colon FA\to A$ は $(FA,Fa)$ から $(A,a)$ への準同型である。実際、条件 $a\circ Fa=a\circ F(a)$ は両辺が同じ射である。
段 3:$a\circ h=\operatorname{id}_A$。 段 1・2 より、合成 $a\circ h$ は $(A,a)$ から $(A,a)$ への準同型である。恒等射 $\operatorname{id}_A$ も同じ向きの準同型であり、始対象からの準同型はただ 1 つなので、$a\circ h=\operatorname{id}_A$ である。
段 4:$h\circ a=\operatorname{id}_{FA}$。 段 1 の条件と関手の性質、段 3 から
$$
h\circ a=Fa\circ Fh=F(a\circ h)=F(\operatorname{id}_A)=\operatorname{id}_{FA}.
$$
よって $h$ は $a$ の逆射であり、$a$ は同型射である。$\square$
この補題は BW05 の 9.4 節の演習 (FTIN) の (i) にある。始代数の構造射が同型であることは、始代数 $A$ が「$A\cong FA$ を満たす対象のうち最も小さいもの」であることを示している。ex-ct-natural-numbers に当てはめると、$[0,s]\colon1+\mathbb N\to\mathbb N$ が全単射であること、すなわち $0$ は後者でなく、後者関数は単射で、$0$ 以外の自然数はすべて後者である、という Peano の公理の一部が得られる(自然数対象 の定理「Lambek の同型と商」の 1 と同じ内容である)。
$\mathbf{Set}$ の関手 $\mathcal P$ を、集合 $X$ に冪集合 $\mathcal P(X)$ を、写像 $f\colon X\to Y$ に像をとる写像 $\mathcal P(f)(S):=f(S)$ を対応させるものとする。このとき始 $\mathcal P$ 代数は存在しない。
$\mathcal P$ が関手であることは、$(g\circ f)(S)=g(f(S))$ と $\operatorname{id}(S)=S$ による。始 $\mathcal P$ 代数 $(A,a)$ があったとすると、thm-ct-lambek により $a\colon\mathcal P(A)\to A$ は全単射であり、その逆写像 $a^{-1}\colon A\to\mathcal P(A)$ は全射である。これは Cantorの定理 の定理「Cantorの定理」の 2($A$ から $\mathcal P(A)$ への全射は存在しない)に反する。$\square$
$\mathcal P$ 代数そのものは存在する(たとえば 1 点集合 $1$ と、ただ 1 つの写像 $\mathcal P(1)\to1$)。存在しないのは始対象である。同じ議論により、$FX\cong X$ となる対象 $X$ をもたない関手 $F$ は始代数をもたない。
thm-ct-lambek の仮定「$(A,a)$ が始 $F$ 代数」は、(a) 任意の $F$ 代数への準同型が存在すること、(b) それがただ 1 つであること、の 2 つからなる。1 つずつ外すと、構造射は同型とは限らなくなる。どちらも ex-ct-natural-numbers の関手 $F(X)=1+X$ で考える。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| (a) 準同型の存在 | 1 点集合 $1$ に、ただ 1 つの写像 $1+1\to1$ を構造射として入れた $F$ 代数 | 構造射 $1+1\to1$ は全単射でない |
| (b) 準同型の一意性 | $\mathbb N$ の 2 つのコピー $\mathbb N\sqcup\mathbb N'$ に、点 $0$ と、各コピーの上の後者関数を入れた $F$ 代数 | 構造射 $1+(\mathbb N\sqcup\mathbb N')\to\mathbb N\sqcup\mathbb N'$ は全射でない |
(a):$1$ から $F$ 代数 $(B,b_0,b_1)$ への準同型は、$\ast\mapsto b$ で $b=b_0$ かつ $b_1(b)=b$ を満たすものである。$b$ は $b_0$ に決まるので準同型は高々 1 つであり、(b) は満たされる。しかし $(\mathbb N,0,s)$ への準同型は $s(0)=0$ を要するので存在しない。構造射 $1+1\to1$ は 2 元集合から 1 元集合への写像なので全単射でない。
(b):$\mathbb N'$ の元を $n'$ と書き、点を $0$、自己写像を $n\mapsto n+1$、$n'\mapsto(n+1)'$ とする。任意の $F$ 代数 $(B,b_0,b_1)$ に対し、$h(n):=b_1^{\,n}(b_0)$、$h(n'):=b_1^{\,n}(b_0)$ は準同型である($h(0)=b_0$、$h(n+1)=b_1(h(n))$、$h((n+1)')=b_1(h(n'))$)。よって (a) は満たされる。$\mathbb N$ 自身への準同型には、$n'\mapsto n$ のほかに $n'\mapsto n+1$ もあり(点 $0$ の行き先と、後者関数との可換性は $\mathbb N$ のコピーごとに確かめられ、$\mathbb N'$ には点の条件がかからない)、一意性は成り立たない。構造射の像は $\{0\}\cup\{n+1\}\cup\{(n+1)'\}$ で、$0'$ を含まないので全射でない。
(a)(b) のどちらか一方だけでは足りず、両方がそろって初めて構造射が同型になる。とくに、始対象の定義の「存在」と「一意性」はそれぞれ別の働きをしている:prf-ct-lambek の段 1 は存在を、段 3 は一意性を使っている。
圏論の基礎は、次の順に記事をたどると学べる。各段の記事は、前の段の記事の定義と定理を使う。
圏・関手・自然変換は、Eilenberg と Mac Lane が 1942 年の Čech コホモロジーの普遍係数定理の研究で導入し、1945 年の論文で圏そのものを主題として扱った(Mac98 第 I 章の Notes、p. 29)。随伴関手を初めて認識し、その基本性質を調べたのは 1958 年の Kan の論文である(Mac98 第 IV 章の Notes、p. 107)。その後、Grothendieck によるアーベル圏の上のホモロジー代数の展開とトポスの導入、Lawvere による関手的意味論と集合の圏の初等理論が続き、圏論は代数幾何学・論理学・位相幾何学の共通の言葉になった。現在では、∞ 圏の理論が高次の構造を扱う枠組みとして発展している。
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