Buffonの針(Buffon's needle)とは、間隔 $d$ の平行線が引かれた平面に長さ $\ell$ の針を落としたとき、針が線に触れる確率を求める問題である。針の中心の位置(線からの高さ)と向きの角度がそれぞれ一様に分布し互いに独立であるという仮定のもとで、$\ell\le d$ なら確率は $2\ell/(\pi d)$ であり、$\ell=d$ では $2/\pi\approx0.6366$ になる。確率は面積の比として計算でき、$\pi$ は角度についての $\sin$ の平均 $2/\pi$ から現れる。$\ell>d$ では確率は $2\ell/(\pi d)$ ではなく別の式になるが、触れる線の本数の期待値は長さによらず $2\ell/(\pi d)$ である。向きの一様性を外すと答えは変わる。針を何度も落として $\pi$ を実験で見積もる方法としても知られる。
前提知識: 確率空間, 一様分布, Riemann積分, 三角関数
床に幅 $d$ の板が並んでいて、板の継ぎ目が等間隔 $d$ の平行線をなしているとする。長さ $\ell$ の針をこの床に無造作に落としたとき、針が継ぎ目の線にかかる確率はいくらか。これが 18 世紀に Buffon が考えた問題である(Buf77)。針の中心の位置と向きがそれぞれ一様に散らばり互いに独立であるとすると、答えは、針が線の間隔より長くない($\ell\le d$)なら
$$P=\frac{2\ell}{\pi d}$$
である。たとえば $\ell=d$ なら $2/\pi=0.6366\ldots$、$\ell=d/2$ なら $1/\pi=0.3183\ldots$ である。針を落とすという偶然の試行の答えに円周率 $\pi$ が現れるのは、針の向きが角度として一様に散らばり、その角度の $\sin$ を平均すると $2/\pi$ になるからである。逆に、針を $n$ 回落として $h$ 回線にかかったなら、$h/n\approx2\ell/(\pi d)$ から $\pi\approx2\ell n/(dh)$ と円周率を実験で見積もることもできる。
ただし「無造作に落とす」の意味をはっきりさせないと確率は定まらない。本記事では、針の中心の位置と針の向きがそれぞれ一様に分布し、互いに独立であるという仮定(def-buffon-needle-model)のもとで、この確率を面積の計算として完全に導く。さらに、針が長い場合($\ell>d$)の確率、針が横切る線の本数の期待値がどんな長さでも $2\ell/(\pi d)$ になること、仮定を変えると答えが変わる例を述べる。
平面に、等間隔 $d>0$ の平行線 $y=kd$($k$ は整数)が引かれているとする。長さ $\ell>0$ の線分(針)を落とす。針の水平方向の位置は、線が水平で無限に続くので、線にかかるかどうかに関係しない。関係するのは次の 2 つの量である。
$d>0$、$\ell>0$ とする。標本空間を長方形
$$\Omega:=[0,d)\times[0,\pi)$$
とし、その点を $(y,\theta)$ と書く。連続関数のグラフで囲まれた $\Omega$ の部分集合 $E$ に対し、確率を面積の比
$$P(E):=\frac{\text{$E$ の面積}}{\pi d}$$
で定める(面積は Riemann積分 で計算する)。$(y,\theta)$ は、落とした針の中心の高さ $Y$ と向き $\Theta$ の値を表す。点 $(y,\theta)$ に対し
$$N(y,\theta):=\#\Bigl\{k\in\mathbb{Z}\ \Big|\ y-\tfrac{\ell}{2}\sin\theta\le kd\le y+\tfrac{\ell}{2}\sin\theta\Bigr\}$$
を、針が触れる(横切る、または端点や全体が乗る)線の本数とする。この確率 $P(N\ge1)$ を求める問題を Buffon の針の問題(Buffon's needle problem)という。
このモデルで $\Omega$ 上の面積の比を確率とすることは、$Y$ が $[0,d)$ 上の一様分布に従い、$\Theta$ が $[0,\pi)$ 上の一様分布に従い、$Y$ と $\Theta$ が独立(独立性(確率論))であることを意味する。実際、区間 $[a,b)\subset[0,d)$ と $[\alpha,\beta)\subset[0,\pi)$ について、長方形 $[a,b)\times[\alpha,\beta)$ の確率は
$$\frac{(b-a)(\beta-\alpha)}{\pi d}=\frac{b-a}{d}\cdot\frac{\beta-\alpha}{\pi}$$
で、$Y\in[a,b)$ の確率と $\Theta\in[\alpha,\beta)$ の確率の積になっている。本記事の確率の値はすべてこの仮定のもとでのものである。仮定を変えると値は変わる(ex-buffon-needle-fixed-angle)。
針が線にかかるかどうかは、針の「縦の広がり」$\ell\sin\Theta$ だけで決まる。縦の広がりが $w$ の針は、中心の高さ $Y$ が線から $w/2$ 以内にあれば線に触れる。$w\le d$ なら、$[0,d)$ の中でそのような $Y$ の範囲は下の線の近くの長さ $w/2$ と上の線の近くの長さ $w/2$ で、合計 $w$ だから、確率は $w/d=\ell\sin\Theta/d$ である。これを向き $\Theta$ について平均すると、$\sin\theta$ の $[0,\pi)$ での平均が
$$\frac1\pi\int_0^\pi\sin\theta\,d\theta=\frac2\pi$$
なので、答えは $\frac{\ell}{d}\cdot\frac2\pi$ になる。$\pi$ は、この $\sin$ の平均から現れる。
針が長い($\ell>d$)と、縦の広がりが $d$ を超える向きでは必ず線に触れるので、確率は $\min(\ell\sin\Theta,d)/d$ の平均になる(prop-buffon-needle-general)。一方、触れる線の本数の平均は、長さにかかわらず $\ell\sin\Theta/d$ の平均 $2\ell/(\pi d)$ になる(thm-buffon-needle-expectation)。
$d=1$ として、thm-buffon-needle-short と thm-buffon-needle-long の式で計算した $P(N\ge1)$ は次のとおりである(小数第 5 位を切り捨て)。
| 針の長さ $\ell$ | $0.5$ | $1$ | $1.5$ | $2$ | $3$ | $10$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $P(N\ge1)$ | $0.3183$ | $0.6366$ | $0.7786$ | $0.8372$ | $0.8928$ | $0.9681$ |
$\ell=2$ のときの値は $\frac23+\frac{4-2\sqrt3}{\pi}=0.8372\ldots$ である。針を長くすると確率は $1$ に近づくが、$1$ にはならない(針が線とほぼ平行な向きでは、どれほど長くても線に触れないことがある)。
式 $2\ell/(\pi d)$ を $\ell>d$ にそのまま使うと誤りになる。たとえば $\ell=2d$ では $4/\pi=1.2732\ldots$ となり、$1$ を超えるので確率ではありえない。正しい確率は ex-buffon-needle-values の $0.8372\ldots$ である。$4/\pi$ は、触れる線の本数の期待値(thm-buffon-needle-expectation)であり、長い針は 2 本以上の線に触れることがあるので、期待値と「1 本以上に触れる確率」が一致しない。満たさない仮定は $\ell\le d$ であり、破れる含意は「$P(N\ge1)=2\ell/(\pi d)$」である。
針をいつも線に垂直な向き($\Theta=\pi/2$)に落とし、中心の高さ $Y$ だけが $[0,d)$ 上に一様に分布するとする。$\ell\le d$ なら、針は $Y\le\ell/2$ または $Y\ge d-\ell/2$ のときに線に触れるので、確率は $\ell/d$ である。$\ell=d$ なら確率は $1$ であり、$2/\pi=0.6366\ldots$ ではない。逆に針をいつも線に平行に落とすと、確率は $0$ である($Y=0$ となる確率は $0$)。満たさない仮定は「$\Theta$ が $[0,\pi)$ 上に一様に分布する」ことであり、破れる含意は thm-buffon-needle-short の結論「$P(N\ge1)=2\ell/(\pi d)$」である。Buffon の針の確率は、偶然の試行をどう数学的なモデルにするかによって決まることを示している。
以下、$h(\theta):=\frac{\ell}{2}\sin\theta$ と書く。$0\le h(\theta)\le\ell/2$ である。
def-buffon-needle-model のモデルで、任意の $\ell>0$、$d>0$ に対し
$$P(N\ge1)=\frac{1}{\pi d}\int_0^\pi\min(\ell\sin\theta,\ d)\,d\theta.$$
余事象 $\{N=0\}$ を求める。$(y,\theta)\in\Omega$ で $N(y,\theta)=0$ となるのは、閉区間 $[y-h(\theta),\,y+h(\theta)]$ が $d$ の整数倍を含まないときである。$0\le y< d$ なので $y+h(\theta)\ge0$ であり、区間が $0$ を含まないことは $y-h(\theta)>0$ と同値である。同様に、$y-h(\theta)< d$ なので、区間が $d$ を含まないことは $y+h(\theta)< d$ と同値である。この 2 つの条件がともに成り立てば区間は開区間 $(0,d)$ に含まれるので、他の整数倍 $kd$($k\le-1$ または $k\ge2$)も含まない。したがって
$$\{N=0\}=\{(y,\theta)\in\Omega\mid h(\theta)< y< d-h(\theta)\}$$
である。$\theta$ を固定すると、この集合の $y$ についての切り口は、$2h(\theta)< d$ なら長さ $d-2h(\theta)$ の開区間、$2h(\theta)\ge d$ なら空集合である。いずれの場合も長さは $\max(d-\ell\sin\theta,\ 0)$ であり、$\{N=0\}$ は連続関数 $h$ と $d-h$ のグラフの間の領域なので、その面積は
$$\int_0^\pi\max(d-\ell\sin\theta,\ 0)\,d\theta$$
である。$\max(d-x,0)=d-\min(x,d)$ なので、
$$P(N\ge1)=1-\frac{1}{\pi d}\int_0^\pi\bigl(d-\min(\ell\sin\theta,d)\bigr)\,d\theta=\frac{1}{\pi d}\int_0^\pi\min(\ell\sin\theta,\ d)\,d\theta$$
である。$\square$
$0<\ell\le d$ なら
$$P(N\ge1)=\frac{2\ell}{\pi d}.$$
$\ell\le d$ なので、すべての $\theta$ で $\ell\sin\theta\le d$ であり、$\min(\ell\sin\theta,d)=\ell\sin\theta$ である。prop-buffon-needle-general により
$$P(N\ge1)=\frac{1}{\pi d}\int_0^\pi\ell\sin\theta\,d\theta=\frac{\ell}{\pi d}\Bigl[-\cos\theta\Bigr]_0^\pi=\frac{2\ell}{\pi d}$$
である。$\square$
$\ell>d$ なら
$$P(N\ge1)=\frac{2}{\pi}\arccos\frac{d}{\ell}+\frac{2\ell}{\pi d}\left(1-\sqrt{1-\frac{d^2}{\ell^2}}\right).$$
$\alpha:=\arcsin(d/\ell)$ とおくと $0<\alpha<\pi/2$ である。$0\le\theta\le\pi$ で $\ell\sin\theta\le d$ となるのは $\theta\in[0,\alpha]\cup[\pi-\alpha,\pi]$ のときであり、それ以外($\alpha<\theta<\pi-\alpha$)では $\ell\sin\theta>d$ である。$\sin$ の $\theta=\pi/2$ に関する対称性から
$$\int_0^\pi\min(\ell\sin\theta,d)\,d\theta=2\int_0^\alpha\ell\sin\theta\,d\theta+(\pi-2\alpha)d=2\ell(1-\cos\alpha)+(\pi-2\alpha)d$$
である。$\cos\alpha=\sqrt{1-\sin^2\alpha}=\sqrt{1-d^2/\ell^2}$ であり、$\frac{\pi-2\alpha}{\pi}=\frac2\pi\bigl(\frac\pi2-\arcsin\frac d\ell\bigr)=\frac2\pi\arccos\frac d\ell$ である。prop-buffon-needle-general に代入して
$$P(N\ge1)=\frac{2\ell}{\pi d}\left(1-\sqrt{1-\frac{d^2}{\ell^2}}\right)+\frac2\pi\arccos\frac d\ell$$
を得る。$\square$
$\ell=d$ を代入すると、thm-buffon-needle-long の右辺は $\frac2\pi\arccos1+\frac2\pi(1-0)=\frac2\pi$ となり、thm-buffon-needle-short と一致する。$\ell\to\infty$ では、$x=d/\ell\to0$ として $1-\sqrt{1-x^2}=\frac{x^2}{1+\sqrt{1-x^2}}$ なので第 2 項は $\frac{2}{\pi}\cdot\frac{x}{1+\sqrt{1-x^2}}\to0$、第 1 項は $\frac2\pi\arccos0=1$ に近づき、確率は $1$ に近づく。
針が触れる線の本数 $N$ は $0,1,2,\dots$ のうち有限個の値をとる。その期待値を
$$E[N]:=\sum_{m\ge0}m\,P(N=m)=\frac{1}{\pi d}\int_0^\pi\!\!\int_0^dN(y,\theta)\,dy\,d\theta$$
で定める($N=m$ となる領域の面積に $m$ を掛けて足したものが、$N$ の積分である)。
任意の $\ell>0$、$d>0$ に対し
$$E[N]=\frac{2\ell}{\pi d}.$$
$\theta$ を固定し、$w:=2h(\theta)=\ell\sin\theta$ とおく。$N(y,\theta)=\sum_{k\in\mathbb{Z}}\chi_k(y)$ と書ける。ここで $\chi_k(y)$ は $|y-kd|\le w/2$ なら $1$、そうでなければ $0$ である(和の中で $0$ でない項は有限個)。$y'=y-kd$ と置き換えると
$$\int_0^d\chi_k(y)\,dy=\bigl([-kd,\ d-kd)\cap[-w/2,\ w/2]\text{ の長さ}\bigr)$$
である。区間 $[-kd,d-kd)$($k\in\mathbb{Z}$)は互いに交わらず実数直線全体を覆うので、$k$ について足すと
$$\int_0^dN(y,\theta)\,dy=\bigl([-w/2,\ w/2]\text{ の長さ}\bigr)=w=\ell\sin\theta$$
である。これを $\theta$ について積分して
$$E[N]=\frac{1}{\pi d}\int_0^\pi\ell\sin\theta\,d\theta=\frac{2\ell}{\pi d}$$
を得る。$\square$
$0<\ell\le d$ なら $P(N\ge1)=E[N]=2\ell/(\pi d)$ である。
$N(y,\theta)\ge2$ となるのは、閉区間 $[y-h(\theta),y+h(\theta)]$ が $d$ の整数倍を 2 つ以上含むときで、そのためには区間の長さ $\ell\sin\theta$ が $d$ 以上でなければならない。$\ell< d$ ならこれは起こらない。$\ell=d$ なら $\sin\theta=1$、すなわち $\theta=\pi/2$ のときだけ起こりうるが、$\Omega$ の中の線分 $\theta=\pi/2$ の面積は $0$ である。よって $P(N\ge2)=0$ であり、
$$E[N]=\sum_{m\ge1}m\,P(N=m)=P(N=1)=P(N\ge1)$$
となる。thm-buffon-needle-expectation により主張を得る。$\square$
期待値の計算には確率の場合分けが要らず、長さ $\ell$ に比例する。これは期待値が足し算と両立する(和の期待値は期待値の和)ことの表れであり、針を曲げても成り立つ(rem-buffon-needle-noodle)。
長さの合計が $L$ の折れ線や滑らかな曲線を、位置と向きが一様になるように落とすとき、それが平行線と交わる点の個数の期待値は、形によらず $2L/(\pi d)$ である(Barbier による。AZ18 Chapter 27)。折れ線の場合の考え方は次のとおりである。折れ線を線分に分けると、交点の個数は各線分の交点の個数の和であり、和の期待値は期待値の和である(線分どうしが独立である必要はない)。各線分は単独で見ると長さに応じた針として一様に落ちているので、thm-buffon-needle-expectation により期待値は各線分の長さに比例し、合計は $2L/(\pi d)$ になる。検算として、直径 $d$ の円(長さ $L=\pi d$)は、接する場合を除いてちょうど 2 回線と交わり、$2\pi d/(\pi d)=2$ と一致する。
$\ell\le d$ の針を独立に $n$ 回落とし、線に触れた回数を $h$ とすると、大数の法則により $n$ が大きいとき $h/n$ は高い確率で $2\ell/(\pi d)$ に近く、$\pi\approx2\ell n/(dh)$ と推定できる。これは乱数で数値を見積もる Monte Carlo法 の素朴な例である。ただし精度は悪く、誤差はおおよそ $1/\sqrt n$ の程度でしか小さくならないので、小数点以下数桁を得るにも非常に多くの試行が要る。1901 年に Lazzarini は、$\ell/d=5/6$ の針を 3408 回落として 1808 回線にかかったと報告した。このとき $\pi\approx\frac{2\cdot5\cdot3408}{6\cdot1808}=\frac{355}{113}=3.1415929\ldots$ となり、真の値との差は約 $2.7\times10^{-7}$ である。$355/113$ は分母の小さい分数としては異例によい $\pi$ の近似分数であり(連分数)、Badger は、この試行回数と回数の組が、よい近似を得るように作為的に選ばれた疑いが強いことを論じた(Bad94)。
この問題は Buffon が 1777 年の『Essai d'arithmétique morale』(Buf77)で扱ったもので、図形の面積や長さの比で確率を求める幾何確率の例である。AZ18 の Chapter 27 は、本記事の thm-buffon-needle-expectation と同じく期待値の線形性を使う証明(曲がった針を経由する Barbier の方法)を与えている。
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