ホロノミックD加群

同義語:holonomic D-moduleホロノミック加群ホロノミック系極大過剰決定系

概要

ホロノミックD加群(holonomic D-module)とは、微分作用素の環の上の有限生成加群のうち、大きさが最小のものである。標数 $0$ の体上の Weyl 代数 $A_n$ の加群 $M$ では、作用素の次数で切ったフィルトレーションの次元の増え方の指数 $d(M)$ で大きさを測り、$M\ne0$ なら $d(M)\ge n$ となる(Bernstein の不等式)。$d(M)=n$ の加群がホロノミックで、部分加群・商・拡大で閉じ、有限の長さをもつ。多項式環やその局所化 $k[x]_f$ が例であり、滑らかな多様体の上では特性多様体の次元が $n$ であることで定義する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Weyl代数, D加群, フィルトレーション, Hilbert多項式, 長さ(加群)

ホロノミックD加群(holonomic D-module)は、微分作用素の環の上の加群のうち「大きさが最小のもの」である。多項式係数の微分作用素の環である Weyl代数 $A_n(k)$ の上では、有限生成加群 $M$ の大きさを、作用素の次数で切ったフィルトレーションの次元の増え方 $\dim\Gamma_j\sim e\,j^d/d!$ の指数 $d=d(M)$ で測る。$A_n(k)$ 自身は $d=2n$ であり、Bernstein の不等式は、標数 $0$ では $0$ でない加群について必ず $d(M)\ge n$ となることを主張する。この最小値 $d(M)=n$ をとる加群がホロノミック加群である。
多項式環 $k[x_1,\dots,x_n]$、原点に台をもつ Dirac のデルタにあたる加群、多項式 $f$ による局所化 $k[x]_f$ はどれもホロノミックである。ホロノミック加群は部分加群・商・拡大で閉じ、有限の長さをもつ。滑らかな多様体の上では、特性多様体の次元を使って同様の概念を定義する。

問い答え
何で大きさを測るかBernstein フィルトレーションに関する次元 $d(M)$ と重複度 $e(M)$(def-holonomic-dimension)
次元の下限は$M\ne0$ なら $d(M)\ge n$(thm-holonomic-bernstein)
何が閉じているか部分加群・商・拡大。長さは $e(M)$ 以下(cor-holonomic-closure)
どう判定するか$\dim\Gamma_j\le C(j+1)^n$ となるフィルトレーションを見つける(prop-holonomic-criterion)

定義

この記事では、$k$ を標数 $0$ の体、$A_n:=A_n(k)$ を $x_1,\dots,x_n,\partial_1,\dots,\partial_n$ で生成される Weyl 代数とする。加群は左加群を指す。Weyl代数 の定理「Weyl 代数の基底」により $x^\alpha\partial^\beta$($\alpha,\beta\in\mathbb{N}^n$)は $A_n$ の $k$ 基底である。$j\ge0$ に対し、$|\alpha|+|\beta|\le j$ の $x^\alpha\partial^\beta$ が張る部分空間を $\mathcal{B}_j$ とし($\mathcal{B}_{-1}:=0$)、$(\mathcal{B}_j)_j$ を Bernstein フィルトレーションという。

  • $\dim_k\mathcal{B}_j=\binom{j+2n}{2n}$ であり、$\mathcal{B}_i\mathcal{B}_j\subset\mathcal{B}_{i+j}$ である。
  • Weyl代数 の命題「単項式の積の主要部と整域性」の 1 により、$a\in\mathcal{B}_i$、$b\in\mathcal{B}_j$ なら $ab-ba\in\mathcal{B}_{i+j-2}$ である。したがって随伴次数環 $\operatorname{gr}A_n=\bigoplus_j\mathcal{B}_j/\mathcal{B}_{j-1}$ は可換であり、$x^\alpha\partial^\beta$ の類を $x^\alpha\xi^\beta$ に送ることで $2n$ 変数の多項式環 $k[x_1,\dots,x_n,\xi_1,\dots,\xi_n]$ と同一視される。
両立するフィルトレーションと良いフィルトレーション

$A_n$ 加群 $M$ のフィルトレーションとは、有限次元の部分空間の増大列 $\Gamma_0\subset\Gamma_1\subset\cdots$ で、$\bigcup_j\Gamma_j=M$ かつすべての $i,j$ について $\mathcal{B}_i\Gamma_j\subset\Gamma_{i+j}$ をみたすものをいう。$\Gamma_{-1}:=0$ とし、$\operatorname{gr}^\Gamma M:=\bigoplus_j\Gamma_j/\Gamma_{j-1}$ を $\operatorname{gr}A_n=k[x,\xi]$ 上の次数付き加群とみる。$\operatorname{gr}^\Gamma M$ が有限生成であるとき、$\Gamma$ は良いという。

$\operatorname{gr}A_n$ の作用は、$a\in\mathcal{B}_i$、$v\in\Gamma_j$ の類に $av\in\Gamma_{i+j}$ の類を対応させるものである。$\mathcal{B}_{i-1}\Gamma_j$ と $\mathcal{B}_i\Gamma_{j-1}$ は $\Gamma_{i+j-1}$ に入るので、これは類だけで決まる。

良いフィルトレーションの性質
  1. $M$ が有限次元部分空間 $V$ で生成されるなら、$\Gamma_j:=\mathcal{B}_jV$ は良いフィルトレーションである。逆に良いフィルトレーションをもつ $M$ は有限生成である。
  2. $\Gamma$ が $M$ の良いフィルトレーションで $\Gamma'$ が $M$ の任意のフィルトレーションなら、ある $c\ge0$ についてすべての $j$ で $\Gamma_j\subset\Gamma'_{j+c}$ である。
  3. $\Gamma$ が $M$ の良いフィルトレーションで $M'\subset M$ が部分加群なら、$\Gamma_j\cap M'$ は $M'$ の、$\Gamma_j$ の像は $M/M'$ の良いフィルトレーションであり、$\dim\Gamma_j=\dim(\Gamma_j\cap M')+\dim(\Gamma_j\text{ の像})$ である。

要点:$\operatorname{gr}^\Gamma M$ が次数 $j_0$ 以下で生成されることは $\Gamma_j=\sum_{d\le j_0}\mathcal{B}_{j-d}\Gamma_d$($j\ge j_0$)と言い換えられ、部分加群については $k[x,\xi]$ が Noether 環であることを使う。

証明を開く

1. $\mathcal{B}_j=\sum_{i\le j}\mathcal{B}_{j-i}\mathcal{B}_i$ から、$\operatorname{gr}^\Gamma M$ は次数 $0$ の部分 $V$ で生成される。逆に $\operatorname{gr}^\Gamma M$ が次数 $j_0$ 以下の斉次元で生成されるとする。$j>j_0$ の $\Gamma_j$ の元は、$\Gamma_{j-1}$ を法として $\sum_{d\le j_0}\mathcal{B}_{j-d}\Gamma_d$ の元に等しいので、$j$ についての帰納法により$$\Gamma_j=\sum_{d\le j_0}\mathcal{B}_{j-d}\Gamma_d\qquad(j\ge j_0)$$である($\mathcal{B}_{j-1-d}\subset\mathcal{B}_{j-d}$ により $\Gamma_{j-1}$ は右辺に含まれる)。よって $M$ は有限次元の $\Gamma_{j_0}$ で生成される。

2. 上の式の $j_0$ をとる。$\Gamma_{j_0}$ は有限次元で $\bigcup\Gamma'_j=M$ なので、$\Gamma_{j_0}\subset\Gamma'_c$ となる $c$ がある。$j\ge j_0$ なら $\Gamma_j\subset\sum_d\mathcal{B}_{j-d}\Gamma'_c\subset\Gamma'_{j+c}$、$j< j_0$ なら $\Gamma_j\subset\Gamma_{j_0}\subset\Gamma'_c\subset\Gamma'_{j+c}$ である。

3. $(\Gamma_j\cap M')/(\Gamma_{j-1}\cap M')\to\Gamma_j/\Gamma_{j-1}$ は単射なので、$\operatorname{gr}M'$ は $\operatorname{gr}^\Gamma M$ の次数付き部分加群である。$k[x,\xi]$ は Hilbertの基底定理 により Noether 環なので、有限生成加群の部分加群は有限生成である。商の $\operatorname{gr}$ は $\operatorname{gr}^\Gamma M$ の商なので有限生成である。次元の等式は $0\to\Gamma_j\cap M'\to\Gamma_j\to\Gamma_j/(\Gamma_j\cap M')\to0$ による。

3 と 1 から、有限生成 $A_n$ 加群の部分加群は有限生成である。すなわち $A_n$ は左 Noether 環である。

次元と重複度

$M\ne0$ を有限生成 $A_n$ 加群、$\Gamma$ を良いフィルトレーションとする。prop-holonomic-hilbert の多項式 $\chi_M$ について、その次数 $d(M)$ を $M$ の次元、$d(M)!$ と最高次係数の積 $e(M)$ を $M$ の重複度という。$d(0):=-1$、$e(0):=0$ とする。

次元と重複度の定義の正当性

$M\ne0$ と $\Gamma$ を def-holonomic-dimension のとおりとする。有理係数の多項式 $\chi_M$ で、$j$ が十分大きければ $\dim_k\Gamma_j=\chi_M(j)$ となるものがただ 1 つある。その次数 $d$ は $0\le d\le2n$ をみたし、$e:=d!\times(\text{最高次係数})$ は正の整数である。$d$ と $e$ は良いフィルトレーションの選び方によらない。

要点:$\operatorname{gr}^\Gamma M$ に変数 $t$ を 1 つ足して Hilbert–Serre の定理を当て、2 つの良いフィルトレーションは lem-holonomic-good-filtration の 2 で互いに挟まれることを使う。

証明を開く

$N:=\operatorname{gr}^\Gamma M\otimes_kk[t]$ は $2n+1$ 変数の多項式環 $S=k[x,\xi,t]$ 上の有限生成次数付き加群で、次数 $j$ の部分は $\bigoplus_{i\le j}(\Gamma_i/\Gamma_{i-1})t^{j-i}$、その次元は $\dim\Gamma_j$ である。$N\otimes_k\bar k$($\bar k$ は $k$ の代数閉包)は $S\otimes_k\bar k$ 上の有限生成次数付き加群で、各次数の部分の次元は変わらないので、これに Hartshorne Har77 第 I 章定理 7.5(Hilbert–Serre、p. 51)を当てると、$j\gg0$ で $\dim\Gamma_j=\chi_M(j)$ となる多項式 $\chi_M\in\mathbb{Q}[z]$ がただ 1 つあり、その次数は $\mathbb{P}^{2n}$ の中の零点集合の次元なので $2n$ 以下である。$\chi_M$ は十分大きい整数で整数値をとるので、同書命題 7.3 (a)(p. 49)により $\chi_M(z)=\sum_ic_i\binom zi$($c_i\in\mathbb{Z}$)と書け、$d!$ 倍した最高次係数は $c_d\in\mathbb{Z}$ である。$M\ne0$ なら大きい $j$ で $\Gamma_j\ne0$ なので $\chi_M\ne0$ であり、$j\to\infty$ で $\chi_M(j)\ge0$ だから $c_d>0$ である。別の良いフィルトレーション $\Gamma'$ の多項式を $\chi'$ とすると、lem-holonomic-good-filtration の 2 を両方向に使って $\chi_M(j)\le\chi'(j+c)$、$\chi'(j)\le\chi_M(j+c')$ を得るので、次数と最高次係数は一致する。

ホロノミック加群

有限生成 $A_n$ 加群 $M$ がホロノミック(holonomic)であるとは、$M=0$ であるか、$d(M)=n$ であることをいう。

Bernstein の不等式

作用の忠実さ

$(\Gamma_j)_{j\ge0}$ を $A_n$ 加群 $M$ の有限次元部分空間の増大列で、$\mathcal{B}_i\Gamma_j\subset\Gamma_{i+j}$ と $\Gamma_0\ne0$ をみたすものとする。$a\in\mathcal{B}_i$ が $a\Gamma_i=0$ をみたせば $a=0$ である。したがって $a\mapsto(v\mapsto av)$ は単射 $\mathcal{B}_i\to\operatorname{Hom}_k(\Gamma_i,\Gamma_{2i})$ であり、
$$ \binom{i+2n}{2n}\le\dim\Gamma_i\cdot\dim\Gamma_{2i} $$
が成り立つ。

$i$ についての帰納法で示す。$i=0$ なら $a\in k$ で、$a\Gamma_0=0$ と $\Gamma_0\ne0$ から $a=0$ である。$i\ge1$ とし、$a=\sum c_{\alpha\beta}x^\alpha\partial^\beta\in\mathcal{B}_i$ が $a\ne0$、$a\Gamma_i=0$ をみたすと仮定する。$\Gamma_0\subset\Gamma_i$ なので $a\notin k$ であり、$c_{\alpha\beta}\ne0$ かつ $(\alpha,\beta)\ne(0,0)$ の項がある。

  • ある項で $\alpha_l>0$ のとき:$c:=[\partial_l,a]=\sum c_{\alpha\beta}\alpha_l\,x^{\alpha-e_l}\partial^\beta$(Weyl代数 の交換子の公式)は、標数 $0$ と基底の一次独立性から $0$ でなく、$\mathcal{B}_{i-1}$ に属する。$\Gamma_{i-1}\subset\Gamma_i$ と $\partial_l\Gamma_{i-1}\subset\Gamma_i$ から
    $$ c\,\Gamma_{i-1}\subset\partial_l\,(a\Gamma_{i-1})+a\,(\partial_l\Gamma_{i-1})\subset\partial_l(a\Gamma_i)+a\Gamma_i=0 $$
    となり、帰納法の仮定に反する。
  • すべての項で $\alpha=0$ のとき:ある項で $\beta_l>0$ であり、$c:=[a,x_l]=\sum c_{0\beta}\beta_l\,\partial^{\beta-e_l}\in\mathcal{B}_{i-1}$ は $0$ でない。$x_l\Gamma_{i-1}\subset\Gamma_i$ から同様に $c\,\Gamma_{i-1}=0$ となり、矛盾する。
    単射から次元の不等式が従う。$\dim\mathcal{B}_i=\binom{i+2n}{2n}$ である。
Bernsteinの不等式

$k$ を標数 $0$ の体とする。$0$ でない有限生成 $A_n(k)$ 加群 $M$ について $d(M)\ge n$ である。

$\Gamma$ を $M$ の良いフィルトレーションとし、$\Gamma_{j_1}\ne0$ となる $j_1$ をとる。$\Gamma'_j:=\Gamma_{j+j_1}$ は $\mathcal{B}_i\Gamma'_j\subset\Gamma'_{i+j}$ と $\Gamma'_0\ne0$ をみたすので、lem-holonomic-joseph により
$$ \frac{i^{2n}}{(2n)!}\le\binom{i+2n}{2n}\le\dim\Gamma_{i+j_1}\cdot\dim\Gamma_{2i+j_1} $$
である。$d:=d(M)$ とすると、右辺の 2 つの因子は $i\ge1$ である定数 $C$ について $C\,i^d$ 以下なので、右辺は $C^2i^{2d}$ 以下である。$i\to\infty$ として $2n\le2d$、すなわち $d(M)\ge n$ を得る。

この不等式は Bernstein の名で呼ばれる。証明が使う標数 $0$ の仮定は、$[\partial_l,x_l^{m}]=m\,x_l^{m-1}$ と $[\partial_l^{m},x_l]=m\,\partial_l^{m-1}$ が $0$ にならないことだけである。

ホロノミック加群の性質

完全列と次元

$0\to M'\to M\to M''\to0$ を $A_n$ 加群の完全列とし、$M$ は有限生成とする。このとき $M',M''$ は有限生成であり、適当な良いフィルトレーションについて $\chi_M=\chi_{M'}+\chi_{M''}$ が成り立つ($0$ の加群の $\chi$ は $0$ とする)。とくに
$$ d(M)=\max\{d(M'),d(M'')\} $$
であり、$d(M')=d(M'')$ なら $e(M)=e(M')+e(M'')$ である。

$M$ の良いフィルトレーション $\Gamma$ をとり、$M'$ に $\Gamma_j\cap M'$、$M''$ に $\Gamma_j$ の像を入れる。lem-holonomic-good-filtration の 3 によりどちらも良いフィルトレーションで、$M',M''$ は有限生成であり、$\dim\Gamma_j$ は 2 つの次元の和である。prop-holonomic-hilbert により $\chi_M=\chi_{M'}+\chi_{M''}$ である。$0$ でない $\chi$ の最高次係数は正なので打ち消し合わず、次元と重複度の主張が従う。

ホロノミック加群の閉性と有限の長さ

$0\to M'\to M\to M''\to0$ を有限生成 $A_n$ 加群の完全列とする。

  1. $M$ がホロノミックであることと、$M'$ と $M''$ がともにホロノミックであることは同値である。
  2. ホロノミック加群 $M$ は有限の長さ(長さ(加群))をもち、その長さは $e(M)$ 以下である。
  1. thm-holonomic-exact により $d(M)=\max\{d(M'),d(M'')\}$ である。$M$ がホロノミックなら $d(M'),d(M'')\le n$ で、$0$ でなければ thm-holonomic-bernstein により $n$ に等しい。逆に $M',M''$ がホロノミックなら $d(M)\le n$ で、$M\ne0$ なら Bernstein の不等式により $d(M)=n$ である。
  2. $0=M_0\subsetneq M_1\subsetneq\cdots\subsetneq M_r=M$ を部分加群の狭義増大列とする。1 により各 $M_l$ と $M_l/M_{l-1}$ はホロノミックで、$M_l/M_{l-1}\ne0$ なので $d=n$、$e(M_l/M_{l-1})\ge1$ である。thm-holonomic-exact を $0\to M_{l-1}\to M_l\to M_l/M_{l-1}\to0$ に順に当てると、次元がすべて $n$ なので
    $$ e(M)=\sum_{l=1}^re(M_l/M_{l-1})\ge r $$
    である。よって狭義増大列の長さは $e(M)$ 以下で、$M$ の長さは $e(M)$ 以下である。

次の判定法は、生成元を知らない加群がホロノミックであることを示すのに使う。

Bernsteinの判定法

$M$ を $A_n$ 加群とし、有限次元の部分空間の増大列 $(\Gamma_j)_{j\ge0}$ で $\bigcup_j\Gamma_j=M$、$\mathcal{B}_i\Gamma_j\subset\Gamma_{i+j}$、かつある定数 $C$ について
$$ \dim\Gamma_j\le C\,(j+1)^n\qquad(j\ge0) $$
をみたすものがあるとする。このとき $M$ は有限生成のホロノミック加群で、$e(M)\le n!\,C$ である。

$N\subset M$ を $0$ でない有限生成部分加群とし、良いフィルトレーション $\Gamma^N$ をとる。$\Gamma_j\cap N$ は $N$ のフィルトレーションなので、lem-holonomic-good-filtration の 2 により $\Gamma^N_j\subset\Gamma_{j+c}\cap N$ となる $c$ がある。よって $\chi_N(j)\le C(j+c+1)^n$ が十分大きい $j$ で成り立ち、$d(N)\le n$ である。Bernstein の不等式により $d(N)=n$ で $N$ はホロノミックであり、$j^n$ の係数を比べて $e(N)/n!\le C$ を得る。cor-holonomic-closure の 2 により $N$ の長さは $n!\,C$ 以下である。
$M$ が有限生成でないと仮定すると、$v_1,v_2,\dots\in M$ を $v_r\notin N_{r-1}:=A_nv_1+\cdots+A_nv_{r-1}$ となるように選べる。$N_r$ は有限生成で $0=N_0\subsetneq N_1\subsetneq\cdots\subsetneq N_r$ なので長さが $r$ 以上であり、$r>n!\,C$ で前段に反する。よって $M$ は有限生成で、前段を $N=M$ に当てればよい($M=0$ なら自明)。

例と反例

多項式環とデルタ加群
  1. $k[x]=k[x_1,\dots,x_n]$ には $x_i$ が掛け算、$\partial_i$ が偏微分として作用する。$\Gamma_j$ を次数 $j$ 以下の多項式の空間とすると $\Gamma_j=\mathcal{B}_j\cdot1$ であり、$\dim\Gamma_j=\binom{j+n}{n}=\frac{j^n}{n!}+(\text{低次})$ なので $d(k[x])=n$、$e(k[x])=1$ である。$k[x]$ はホロノミックで、cor-holonomic-closure により長さ $1$、すなわち単純加群である。$P\mapsto P(1)$ の核は $\partial_1,\dots,\partial_n$ が生成する左イデアルなので、$k[x]\cong A_n/\sum_iA_n\partial_i$ である。
  2. $\Delta:=A_n/\sum_iA_nx_i$ をデルタ加群という($n=1$ は D加群 の命題「座標で割った商とデルタ加群」の $\delta$)。$x_i\mapsto\partial_i$、$\partial_i\mapsto-x_i$ は $A_n$ の自己同型 $F$ を定め(Weyl代数 の例「Weyl 代数の例」の 3)、各 $\mathcal{B}_j$ を自身に写し、左イデアル $\sum A_n\partial_i$ を $\sum A_nx_i$ に写す。よって $F$ は $\mathcal{B}_j$ の像どうしの線形同型 $A_n/\sum A_n\partial_i\to\Delta$ を与え、良いフィルトレーション $\mathcal{B}_j\cdot[1]$ の次元は 1 と同じである。$\Delta$ もホロノミックで $e(\Delta)=1$ である。
1 の核の確かめ

$P=\sum c_{\alpha\beta}x^\alpha\partial^\beta$ なら $P(1)=\sum_\alpha c_{\alpha0}x^\alpha$ なので、核は $\beta\ne0$ の $x^\alpha\partial^\beta$ が張る部分空間である。$\beta_i>0$ なら $x^\alpha\partial^\beta=(x^\alpha\partial^{\beta-e_i})\partial_i\in A_n\partial_i$ であり、逆に $A_n\partial_i$ は $x^\alpha\partial^{\beta+e_i}$ で張られる。

局所化

$f\in k[x_1,\dots,x_n]$ を次数 $m\ge1$ の多項式とし、$k[x]_f=k[x][f^{-1}]$ に $x_i$ を掛け算、$\partial_i$ を商の微分として作用させる。
$$ \Gamma_j:=\{\,g/f^j\ :\ g\in k[x],\ \deg g\le(m+1)j\,\} $$
とおくと、$x_i(g/f^j)=x_igf/f^{j+1}$ と
$$ \partial_i\Bigl(\frac g{f^j}\Bigr)=\frac{f\,\partial_ig-j\,g\,\partial_if}{f^{j+1}} $$
の分子の次数はそれぞれ $(m+1)(j+1)$ 以下、$(m+1)j+m-1$ 以下なので、$x_i\Gamma_j,\partial_i\Gamma_j\subset\Gamma_{j+1}$ であり、$\mathcal{B}_i\Gamma_j\subset\Gamma_{i+j}$ が従う。$g/f^l=gf^{j-l}/f^j$ から $\bigcup\Gamma_j=k[x]_f$ である。$g\mapsto g/f^j$ は単射なので
$$ \dim\Gamma_j=\binom{(m+1)j+n}{n}\le\frac{((m+1)j+n)^n}{n!}\le\frac{(m+n+1)^n}{n!}(j+1)^n $$
である。prop-holonomic-criterion により $k[x]_f$ は有限生成のホロノミック加群である。

$k[x]_f$ は $k[x]$ 加群としては有限生成でない($f$ が定数でない場合)が、$A_n$ 加群としては有限生成である。同じフィルトレーションを $f^s$($s$ は不定元)に拡げたものが Bernstein–佐藤多項式 の存在定理の証明に使われる。$n=1$、$f=x$ では完全列 $0\to k[x]\to k[x,x^{-1}]\to\Delta\to0$ があり(D加群 の命題「座標で割った商とデルタ加群」の 2)、thm-holonomic-exact から $e(k[x,x^{-1}])=e(k[x])+e(\Delta)=2$ である。

反例:ホロノミックでない加群
  1. $A_n$ 自身は $\mathcal{B}_j$ を良いフィルトレーションにもち、$\dim\mathcal{B}_j=\binom{j+2n}{2n}$ なので $d(A_n)=2n>n$ であり、ホロノミックでない。実際 $A_n\supsetneq A_nx_1\supsetneq A_nx_1^2\supsetneq\cdots$ は狭義減少列で、$A_n$ は有限の長さをもたない($A_nx_1^k=A_nx_1^{k+1}$ なら、$A_n$ は零因子をもたないので $1=Px_1$ となる $P$ があるが、Weyl代数 の命題「単項式の積の主要部と整域性」により $Px_1$ の次数は $1$ 以上である)。
  2. $n\ge2$ なら $A_n/A_n\partial_1$ は、$\beta_1=0$ の $x^\alpha\partial^\beta$ の類を基底にもち($A_n\partial_1$ は $\beta_1\ge1$ の単項式で張られる)、良いフィルトレーション $\mathcal{B}_j\cdot[1]$ の次元は $\binom{j+2n-1}{2n-1}$ なので、$d=2n-1>n$ である。

条件を外した反例

外す条件反例成り立たなくなること
thm-holonomic-bernstein の「標数 $0$」$k=\mathbb{F}_p$、$n=1$、$M=k[t]/(t^p)$$M\ne0$ だが $d(M)=0< 1$
cor-holonomic-closure の 2 の「ホロノミック」$M=A_1$有限の長さをもたない
prop-holonomic-criterion の「$\mathcal{B}_i\Gamma_j\subset\Gamma_{i+j}$」$M=A_1$、$\Gamma_j$ は基底 $x^a\partial^b$ を並べた最初の $j+1$ 個が張る空間$\dim\Gamma_j=j+1$ だが $M$ はホロノミックでない
prop-holonomic-criterion の「指数 $n$」$n=1$、$M=A_1$、$\Gamma_j=\mathcal{B}_j$$\dim\Gamma_j\le(j+1)^2$ だが $M$ はホロノミックでない
確かめ

1 行目:$\partial(t^pg)=pt^{p-1}g+t^p\partial g=t^p\partial g$ なので $(t^p)$ は $\partial$ で保たれ、$k[t]/(t^p)$ は $A_1(\mathbb{F}_p)$ 加群である。$p$ 次元なので良いフィルトレーション $\mathcal{B}_j\cdot1$ の次元は $j\ge p-1$ で $p$ に等しく、$\chi$ は定数、$d=0$ である。lem-holonomic-joseph の証明は $[\partial,x^p]=px^{p-1}=0$ のところで止まる。2 行目は ex-holonomic-non-holonomic の 1 による。3 行目:$x^a\partial^b$ の並べ方は任意でよく、部分空間の増大列で和が $A_1$ になる。$x\Gamma_j\subset\Gamma_{j+1}$ は一般に成り立たない。4 行目:$\dim\mathcal{B}_j=\binom{j+2}{2}\le(j+1)^2$ である。

滑らかな多様体の上で

$X$ を標数 $0$ の体 $k$ 上の $n$ 次元の滑らかな代数多様体とし、$\mathcal{D}_X$ をその上の微分作用素の環の層とする(D加群)。$\mathcal{D}_X$ の階数フィルトレーションの各段は無限次元なので、次元を数える代わりに、連接 $\mathcal{D}_X$ 加群 $\mathcal{M}$ の特性多様体 $\operatorname{Ch}(\mathcal{M})\subset T^*X$ を使う(D加群 の定義「連接$\mathcal{D}$加群と特性多様体」)。$\mathcal{M}$ がホロノミックであるとは、$\mathcal{M}=0$ であるか $\dim\operatorname{Ch}(\mathcal{M})=n$ であることをいう(D加群 の定義「ホロノミック加群」)。この定義は特性多様体の次元だけで述べられている。$X=\mathbb{A}^1_k$ の巡回加群 $\mathcal{D}_X/\mathcal{D}_XP$($P\notin k$)の特性多様体は主表象の零点 $\{\sigma(P)=0\}$ で、次元 $1$ であり、ホロノミックである(D加群 の命題「直線上の例の特性多様体」)。

包合性と一般の Bernstein の不等式

次の事実が知られている(佐藤幹夫(Mikio Sato)・河合隆裕(Takahiro Kawai)・柏原正樹(Masaki Kashiwara)1973 年、Gabber 1981 年)。この記事では証明せず、以下でも使わない。

  1. $\mathcal{M}\ne0$ を連接 $\mathcal{D}_X$ 加群とすると、$\operatorname{Ch}(\mathcal{M})$ の各既約成分は、$T^*X$ の標準的なシンプレクティック多様体の構造について包合的である。
  2. したがって各既約成分の次元は $n$ 以上である。とくに $\mathcal{M}\ne0$ なら $\dim\operatorname{Ch}(\mathcal{M})\ge n$ であり、上の定義の「$=n$」は「$\le n$」と言い換えてもよい。ホロノミックなら各既約成分は $n$ 次元で、滑らかな点で Lagrange 的(Lagrange部分多様体)である。
    $X=\mathbb{A}^n_k$ のとき 2 は thm-holonomic-bernstein の類似にあたる。包合性は佐藤・河合・柏原が解析的な場合に初めて示し、Gabber が純代数的に示した(Kas95 p. 38 の訳注 4)。特性多様体は柏原の修士論文(1970 年)で導入された(Kas95 定義 1.3.2、p. 11。そこでは射影化した余接束の中で定義されている)。ホロノミックな系は当時「極大過剰決定系」と呼ばれた(Kas95 p. 59 の訳注 1)。

関連項目

参考文献

[1]
Robin Hartshorne, Algebraic Geometry, Springer, 1977, 第 I 章命題 7.3 (a)(p. 49、数値多項式)、定理 7.5(p. 51、Hilbert–Serre の定理)
[2]
Masaki Kashiwara, Algebraic study of systems of partial differential equations, Mémoires de la Société Mathématique de France 63(Bulletin de la SMF 123 (1995) の補遺。1970 年の修士論文の英訳、A. D'Agnolo・J.-P. Schneiders 訳), 1995, 定義 1.3.2(p. 11、特性多様体)、定理 2.5.3 の訳注 4(p. 38、包合性の歴史)、命題 4.1.1 の訳注 1(p. 59、極大過剰決定系とホロノミック系)

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