Hilbert空間

同義語:ヒルベルト空間Hilbert space

概要

Hilbert空間(Hilbert space)とは、内積をもつベクトル空間で、内積から定まるノルム $\|x\|=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ について完備なものである。$\mathbb{C}^n$、2 乗総和可能な数列の空間 $\ell^2$、2 乗可積分関数の空間 $L^2$ が代表例である。閉凸集合への最短点の存在、閉部分空間への直交分解、有界線形汎関数を内積で表す Riesz の表現定理、完全正規直交系による展開と Parseval の等式が成り立ち、有限次元の Euclid 幾何が無限次元へ広がる。完備性を外すと、これらは成り立たなくなりうる。Fourier 級数や量子力学の数学的な基礎である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 内積, 内積空間, ノルム空間, Banach空間

何を捉える概念か

平面や空間のベクトルでは、内積 $\vec a\cdot\vec b$ から長さ $|\vec a|=\sqrt{\vec a\cdot\vec a}$ と角度が決まり、点から直線や平面へ垂線を下ろせば、その足が最も近い点になる。$\mathbb{R}^n$ でも同じで、正規直交基底 $e_1,\dots,e_n$ をとると、どのベクトルも $x=\sum_k\langle x,e_k\rangle e_k$ と展開され、長さの 2 乗は $\|x\|^2=\sum_k|\langle x,e_k\rangle|^2$(三平方の定理)になる。
この幾何を関数の空間のような無限次元の空間に持ち込むと、展開は無限和 $\sum_{k=1}^\infty\langle x,e_k\rangle e_k$ になり、垂線の足は「無限に多くの方向の成分」を集めて作ることになる。無限和や最短点が空間の中に存在するためには、内積から定まるノルムについて空間が完備であることが要る。内積をもち、そのノルムについて完備な空間が Hilbert 空間であり、有限次元の Euclid 幾何(直交射影・三平方の定理・正規直交基底による座標)がほぼそのまま成り立つ無限次元の空間である。周期関数の Fourier 展開や量子力学の状態空間は、この枠組みで扱われる。

定義

以下、$F$ は実数体 $\mathbb{R}$ または複素数体 $\mathbb{C}$ を表す。内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ は 内積空間 の記事と同じく第 1 変数について線形、第 2 変数について共役線形とし、$\|x\|:=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ とおく(内積空間 の記事の定義「内積から定まるノルムと距離」)。このノルムについて、Cauchy–Schwarz の不等式 $|\langle x,y\rangle|\le\|x\|\,\|y\|$、三角不等式、平行四辺形の等式
$$ \|x+y\|^2+\|x-y\|^2=2\|x\|^2+2\|y\|^2 $$
が成り立つ(Cauchy–Schwarzの不等式。内積から三角不等式と平行四辺形の等式を得る証明は 内積空間 も参照)。

Hilbert空間

内積空間 $(H,\langle\cdot,\cdot\rangle)$ が、内積から定まるノルム $\|x\|=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ について完備であるとき、すなわち $(H,\|\cdot\|)$ が Banach空間 であるとき、$H$ を Hilbert 空間(Hilbert space)という。

Hilbert 空間は、ノルムが内積から来る Banach 空間である。Hilbert 空間の閉部分空間は、内積を制限すると Hilbert 空間になる(Banach空間 の記事の命題「閉部分空間と完備性」)。
内積は各変数について連続である。実際 $|\langle x,y\rangle-\langle x',y'\rangle|\le|\langle x-x',y\rangle|+|\langle x',y-y'\rangle|\le\|x-x'\|\,\|y\|+\|x'\|\,\|y-y'\|$ であり、$x_n\to x$、$y_n\to y$ なら $\langle x_n,y_n\rangle\to\langle x,y\rangle$ である。以下ではこれを断らずに使う。
部分集合 $S\subset H$ に対し、$S$ のすべての元と直交するベクトル全体を
$$ S^\perp:=\{x\in H\mid\text{すべての }s\in S\text{ について }\langle x,s\rangle=0\} $$
と書き、$S$ の直交補空間という(内積空間 の記事の定義「直交性と正規直交系」)。$S^\perp$ は部分空間であり、内積の連続性から閉集合である。また $S^\perp=\overline{\operatorname{span}S}^{\,\perp}$ である($S$ と直交することは、$S$ の線形結合とその極限とも直交することと同じだからである)。

例と反例

有限次元の内積空間

有限次元の内積空間はつねに Hilbert 空間である。有限次元のノルム空間は完備だからである(ノルム空間 の記事の系「有限次元ノルム空間の性質」の 1)。とくに $\mathbb{R}^n$ と $\mathbb{C}^n$ は標準内積 $\langle x,y\rangle=\sum_kx_k\overline{y_k}$ について Hilbert 空間である。

2 乗総和可能な数列の空間

$\sum_k|x_k|^2<\infty$ を満たす $F$ の数列 $x=(x_1,x_2,\dots)$ 全体を $\ell^2$ と書き、$\langle x,y\rangle:=\sum_{k=1}^\infty x_k\overline{y_k}$ と定める。右辺は $\sum_k|x_ky_k|\le\frac12\sum_k(|x_k|^2+|y_k|^2)<\infty$ により絶対収束する。$\ell^2$ はこの内積について Hilbert 空間である。第 $k$ 成分だけが $1$ の数列 $e_k$ は、$\langle e_j,e_k\rangle=\delta_{jk}$ を満たす。

完備性の証明を開く

$(x^{(n)})$ を $\ell^2$ の Cauchy 列とする。各 $k$ で $|x^{(n)}_k-x^{(m)}_k|\le\|x^{(n)}-x^{(m)}\|$ なので、成分ごとの極限 $x_k:=\lim_nx^{(n)}_k$ が存在する。$\varepsilon>0$ に対し、$m,n\ge N$ なら $\|x^{(n)}-x^{(m)}\|<\varepsilon$ となる $N$ をとる。$n\ge N$、$K\ge1$ を固定し、$\sum_{k=1}^K|x^{(n)}_k-x^{(m)}_k|^2<\varepsilon^2$ で $m\to\infty$ とすると $\sum_{k=1}^K|x^{(n)}_k-x_k|^2\le\varepsilon^2$ であり、$K\to\infty$ として $\sum_k|x^{(n)}_k-x_k|^2\le\varepsilon^2$ を得る。よって $x^{(N)}-x\in\ell^2$、したがって $x\in\ell^2$ であり、$n\ge N$ なら $\|x^{(n)}-x\|\le\varepsilon$ である。

2 乗可積分関数の空間

測度空間上の 2 乗可積分な関数の空間 $L^2$(ほとんどいたるところ等しい関数を同一視したもの)は、$\langle f,g\rangle:=\int f\,\overline g$ について Hilbert 空間である(Axl20 Example 8.22、p. 224。完備性は同書 7.24、p. 205)。$\ell^2$ は自然数の上の数え上げ測度の場合である。区間上の $L^2([0,1])$ の内積は、積分で定める内積 で扱われる連続関数どうしの内積 $\int_0^1f\overline g$ を、2 乗可積分な関数へ広げたものである。

完備でない内積空間は Hilbert 空間でない。また、完備なノルム空間でも、ノルムが内積から来なければ Hilbert 空間でない。

外す条件反例成り立たなくなること
完備性$C([0,1])$ に内積 $\int_0^1f\overline g$ を入れた空間Cauchy 列が収束すること
完備性$\ell^2$ の部分空間 $c_{00}$(有限個以外の項が $0$ の数列)Cauchy 列が収束すること
ノルムが内積から来ること$\ell^p$($p\ne2$)、上限ノルムの $C([0,1])$平行四辺形の等式
反例:Hilbert 空間でない空間

$C([0,1])$ に内積 $\langle f,g\rangle=\int_0^1f\overline g$ を入れた内積空間は完備でない(Axl20 Example 8.23、p. 224)。$c_{00}$ も $\ell^2$ の内積について完備でない。

詳細

$C([0,1])$ では、$\|f\|=(\int_0^1|f|^2)^{1/2}$ について、Banach空間 の記事の例「反例:積分のノルムでは完備でない」と同じ関数列 $g_n$ が Cauchy 列になり、連続関数に収束しない。$m< n$ なら $|g_n-g_m|\le1$ から $\|g_n-g_m\|^2=\int_0^1|g_n-g_m|^2\le\int_0^1|g_n-g_m|\le\frac1m$ であり、収束しないことの議論は同じである。$c_{00}$ は $\ell^2$ の中で閉でない($(1,\tfrac12,\dots,\tfrac1n,0,\dots)$ は $(1,\tfrac12,\tfrac13,\dots)\in\ell^2\setminus c_{00}$ に収束する)ので、Banach空間 の記事の命題「閉部分空間と完備性」の 2 により完備でない。


$1\le p\le\infty$、$p\ne2$ の $\ell^p$ は Banach 空間だが、そのノルムはどの内積からも来ない。$e_1,e_2$ について $\|e_1+e_2\|_p^2+\|e_1-e_2\|_p^2=2\cdot2^{2/p}$($p=\infty$ なら $2$)は $2\|e_1\|_p^2+2\|e_2\|_p^2=4$ と一致せず、平行四辺形の等式が成り立たないからである。

最短点と直交射影

閉凸集合への最短点

Hilbert 空間の幾何の出発点は、閉じた凸集合には最も近い点がただ 1 つあることである。証明では、平行四辺形の等式が「ほぼ最も近い点どうしは互いに近い」ことを保証し、完備性がその極限の存在を保証する。

閉凸集合への最短点の存在と一意性

$H$ を Hilbert 空間、$C\subset H$ を空でない閉集合で凸集合であるものとし、$x\in H$ とする。このとき
$$ \|x-p\|=\inf_{y\in C}\|x-y\| $$
を満たす $p\in C$ がただ 1 つ存在する。

$\delta:=\inf_{y\in C}\|x-y\|$ とおく。$y,z\in C$ について、平行四辺形の等式を $x-y$ と $x-z$ に使うと
$$ \|y-z\|^2=2\|x-y\|^2+2\|x-z\|^2-4\Bigl\|x-\frac{y+z}2\Bigr\|^2\le2\|x-y\|^2+2\|x-z\|^2-4\delta^2 $$
である。最後の不等号は、$C$ が凸なので $\frac{y+z}2\in C$ であることによる。
存在:$\|x-y_n\|\to\delta$ となる $C$ の点列 $(y_n)$ をとる。上の不等式から $\|y_n-y_m\|^2\le2\|x-y_n\|^2+2\|x-y_m\|^2-4\delta^2$ であり、右辺は $n,m\to\infty$ で $2\delta^2+2\delta^2-4\delta^2=0$ に近づく。よって $(y_n)$ は Cauchy 列であり、$H$ の完備性からある $p\in H$ に収束する。$C$ は閉なので $p\in C$ であり、ノルムの連続性から $\|x-p\|=\lim_n\|x-y_n\|=\delta$ である。
一意性:$p,q\in C$ がともに $\|x-p\|=\|x-q\|=\delta$ を満たせば、上の不等式から $\|p-q\|^2\le2\delta^2+2\delta^2-4\delta^2=0$ なので $p=q$ である。$\square$

この点 $p$ を $P_Cx$ と書き、$x$ の $C$ への射影(最近点写像)という。たとえば閉単位球 $C=\{y\mid\|y\|\le1\}$ なら、$\|x\|\le1$ のとき $P_Cx=x$、$\|x\|>1$ のとき $P_Cx=x/\|x\|$ である(Axl20 Example 8.35、p. 227)。閉凸集合への最近点写像は一般に線形とは限らず、次の閉部分空間への直交射影とは区別する。
閉凸集合への最短点と、部分空間への直交射影 閉凸集合への最短点と、部分空間への直交射影
図の左は $\mathbb{R}^2$ の閉凸集合(四角形)$C$ と外の点 $x$ で、$P_Cx$ は $C$ の中で $x$ に最も近い点である。右は直線 $U=\{t(2,1)\mid t\in\mathbb{R}\}$ への射影で、$x=(1,2)$ に対して $P_Ux=\frac45(2,1)=(\frac85,\frac45)$、$x-P_Ux=(-\frac35,\frac65)$ は $U$ の方向 $(2,1)$ と直交する。この直交性が、閉部分空間の場合の特徴である。

閉部分空間への直交射影と直交分解

直交射影と直交分解

$H$ を Hilbert 空間、$U\subset H$ を閉部分空間とし、$P_U$ を thm-hilbert-space-nearest-point による $U$ への射影とする。$x\in H$ について次が成り立つ。

  1. $p\in U$ について、$p=P_Ux$ であることと、$x-p\in U^\perp$ であることは同値である。
  2. $P_U\colon H\to H$ は線形写像であり、$\|P_Ux\|\le\|x\|$、$P_U\circ P_U=P_U$ を満たす。
  3. $H=U\oplus U^\perp$ である。すなわち、任意の $x\in H$ は $x=u+v$($u\in U$、$v\in U^\perp$)とただ 1 通りに書け、$u=P_Ux$、$v=x-P_Ux$ である。
  4. $(U^\perp)^\perp=U$ である。

1:$p=P_Ux$ とし、$u\in U$、$t\in F$ とする。$p+tu\in U$ なので
$$ \|x-p\|^2\le\|x-p-tu\|^2=\|x-p\|^2-2\operatorname{Re}\bigl(\overline t\langle x-p,u\rangle\bigr)+|t|^2\|u\|^2 $$
である。$t=s\langle x-p,u\rangle$($s>0$)とおくと $2s|\langle x-p,u\rangle|^2\le s^2|\langle x-p,u\rangle|^2\|u\|^2$、すなわち $2|\langle x-p,u\rangle|^2\le s|\langle x-p,u\rangle|^2\|u\|^2$ がすべての $s>0$ で成り立つ。$s\to0$ として $\langle x-p,u\rangle=0$ を得る。逆に $x-p\in U^\perp$ なら、任意の $u\in U$ について $p-u\in U$ は $x-p$ と直交するので、三平方の定理(三平方の定理)から $\|x-u\|^2=\|x-p\|^2+\|p-u\|^2\ge\|x-p\|^2$ であり、$p$ は最も近い点、すなわち $p=P_Ux$ である。
2:$x,y\in H$、$a,b\in F$ について、$aP_Ux+bP_Uy\in U$ であり、$(ax+by)-(aP_Ux+bP_Uy)=a(x-P_Ux)+b(y-P_Uy)\in U^\perp$ なので、1 により $P_U(ax+by)=aP_Ux+bP_Uy$ である。$P_Ux\perp x-P_Ux$ なので $\|x\|^2=\|P_Ux\|^2+\|x-P_Ux\|^2\ge\|P_Ux\|^2$ である。$u\in U$ なら $u-u=0\in U^\perp$ なので $P_Uu=u$ であり、$P_U\circ P_U=P_U$ である。
3:$x=P_Ux+(x-P_Ux)$ は 1 により求める分解である。$x=u+v=u'+v'$ と 2 通りに書ければ、$u-u'=v'-v\in U\cap U^\perp$ であり、この元は自分自身と直交するので $0$ である。
4:$U\subset(U^\perp)^\perp$ は定義から明らかである。$x\in(U^\perp)^\perp$ とすると、$x-P_Ux\in U^\perp$ であり、$x\in(U^\perp)^\perp$、$P_Ux\in U\subset(U^\perp)^\perp$ から $x-P_Ux\in(U^\perp)^\perp$ でもある。よって $x-P_Ux$ は自分自身と直交し、$x=P_Ux\in U$ である。$\square$

$U$ が有限次元なら $U$ は自動的に閉であり、$H$ が完備でなくても $P_Ux=\sum_k\langle x,e_k\rangle e_k$($e_k$ は $U$ の正規直交基底)で直交分解が得られる(内積空間 の記事の定理「直交分解と最良近似」)。無限次元の部分空間では、完備性と閉性の両方がこの定理に効いている(ex-hilbert-space-c00)。射影作用素の自己随伴性・冪等性や最小2乗法への適用は 直交射影 で扱う。

稠密な部分空間の判定

Hilbert 空間 $H$ の部分空間 $M$ について、$M$ が $H$ で稠密であることと、$M^\perp=\{0\}$ であることは同値である。

$\overline M$ は閉部分空間であり(ノルム空間 の記事の命題「距離の性質と演算の連続性」の 4)、$M^\perp=\overline M^{\,\perp}$ である。$\overline M=H$ なら $M^\perp=H^\perp=\{0\}$ である($H$ のすべての元と直交する元は自分自身と直交する)。逆に $M^\perp=\{0\}$ なら、thm-hilbert-space-projection の 4 により $\overline M=(\overline M^{\,\perp})^\perp=\{0\}^\perp=H$ である。$\square$

Riesz の表現定理

$h\in H$ を固定すると、$\varphi_h(x):=\langle x,h\rangle$ は $H$ 上の線形汎関数であり、Cauchy–Schwarz の不等式から $|\varphi_h(x)|\le\|h\|\,\|x\|$ なので有界である。Hilbert 空間では、有界な線形汎関数はすべてこの形をしている。

Rieszの表現定理

$H$ を Hilbert 空間、$\varphi\colon H\to F$ を有界な線形汎関数とする。このとき、すべての $x\in H$ について
$$ \varphi(x)=\langle x,h\rangle $$
を満たす $h\in H$ がただ 1 つ存在し、$\|\varphi\|=\|h\|$ である。

一意性:$h,h'$ がともに条件を満たせば、すべての $x$ で $\langle x,h-h'\rangle=0$ であり、$x=h-h'$ とすると $h=h'$ である。
存在:$\varphi=0$ なら $h=0$ でよい。$\varphi\ne0$ とし、$N:=\{x\in H\mid\varphi(x)=0\}$ とおく。$\varphi$ は連続なので $N$ は閉部分空間であり、$\varphi\ne0$ なので $N\ne H$ である。thm-hilbert-space-projection の 3 により $H=N\oplus N^\perp$ なので $N^\perp\ne\{0\}$ であり、$\|g\|=1$ となる $g\in N^\perp$ がとれる。$\varphi(g)\ne0$ である($g\in N\cap N^\perp=\{0\}$ にはならないから)。$h:=\overline{\varphi(g)}\,g$ とおく。$x\in H$ について $x-\frac{\varphi(x)}{\varphi(g)}g\in N$ なので、これは $g$ と直交し、
$$ \langle x,h\rangle=\varphi(g)\langle x,g\rangle=\varphi(g)\cdot\frac{\varphi(x)}{\varphi(g)}\langle g,g\rangle=\varphi(x) $$
である。
ノルム:Cauchy–Schwarz の不等式から $|\varphi(x)|\le\|h\|\,\|x\|$ なので $\|\varphi\|\le\|h\|$ であり、$\varphi(h)=\langle h,h\rangle=\|h\|^2$ から $h\ne0$ なら $\|\varphi\|\ge\|h\|$ である。$\square$

写像 $h\mapsto\varphi_h$ は、Hilbert 空間 $H$ から連続双対空間 $H'=B(H,F)$ へのノルムを保つ全単射である(Banach空間 の記事の定理「有界線形写像の空間の完備性」により $H'$ は Banach 空間)。$\varphi_{ah}=\overline a\varphi_h$ なので、$F=\mathbb{C}$ のときは線形ではなく共役線形である。有限次元では、この対応は線形代数の双対空間(双対空間(線形代数))と内積による同一視にあたる。証明で使った直交分解は完備性に依存しており、完備でない内積空間では表現定理が成り立たないことがある(ex-hilbert-space-c00)。定理の別証明、実・複素の規約と双対性は専用の Rieszの表現定理 で詳しく扱う。

内積から来るノルムの特徴づけ

Hilbert 空間のノルムは平行四辺形の等式を満たす。逆に、平行四辺形の等式を満たすノルムは内積から来る。したがって、Banach 空間が Hilbert 空間であるかどうかは、ノルムだけを見て判定できる。

平行四辺形の等式によるノルムの特徴づけ

$(V,\|\cdot\|)$ を実ノルム空間とする。ノルムがある内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ によって $\|x\|=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ と表されることと、すべての $x,y\in V$ について平行四辺形の等式 $\|x+y\|^2+\|x-y\|^2=2\|x\|^2+2\|y\|^2$ が成り立つことは同値である。このとき内積は
$$ \langle x,y\rangle=\frac14\bigl(\|x+y\|^2-\|x-y\|^2\bigr) $$
で与えられる(偏極恒等式)。

要点:内積から来るなら平行四辺形の等式は 内積空間 の記事の定理「三角不等式と平行四辺形の等式」である。逆は、偏極恒等式の右辺を $\langle x,y\rangle$ と定め、平行四辺形の等式から加法性 $\langle u+v,y\rangle=\langle u,y\rangle+\langle v,y\rangle$ を導き、有理数倍から連続性で実数倍へ広げる。

詳しい証明を開く

内積から来るノルムでは、$\|x\pm y\|^2=\|x\|^2\pm2\langle x,y\rangle+\|y\|^2$ を引き算すれば偏極恒等式が得られる。逆に平行四辺形の等式を仮定し、$\langle x,y\rangle:=\frac14(\|x+y\|^2-\|x-y\|^2)$ と定める。対称性 $\langle x,y\rangle=\langle y,x\rangle$ と $\langle x,x\rangle=\frac14\|2x\|^2=\|x\|^2$ は定義から明らかで、とくに正定値である。また $\langle0,y\rangle=0$ である。

加法性:$u,v,y\in V$ とする。平行四辺形の等式を $u+y$ と $v+y$ に使うと $\|u+v+2y\|^2+\|u-v\|^2=2\|u+y\|^2+2\|v+y\|^2$、$u-y$ と $v-y$ に使うと $\|u+v-2y\|^2+\|u-v\|^2=2\|u-y\|^2+2\|v-y\|^2$ である。辺々引いて 4 で割ると $\langle u+v,2y\rangle=2\langle u,y\rangle+2\langle v,y\rangle$ を得る。$v=0$ とすると $\langle u,2y\rangle=2\langle u,y\rangle$ なので、左辺は $2\langle u+v,y\rangle$ に等しく、$\langle u+v,y\rangle=\langle u,y\rangle+\langle v,y\rangle$ である。

斉次性:加法性から、整数 $n$ について $\langle nx,y\rangle=n\langle x,y\rangle$(負の $n$ は $\langle -x,y\rangle=-\langle x,y\rangle$ による。これは $\|{-x}+y\|=\|x-y\|$ から定義で確かめられる)であり、$m\ge1$ について $m\langle\frac nmx,y\rangle=\langle nx,y\rangle$ から有理数 $q$ で $\langle qx,y\rangle=q\langle x,y\rangle$ である。$t\mapsto\langle tx,y\rangle$ はノルムの連続性から $t$ について連続なので、有理数で近似して実数 $t$ でも $\langle tx,y\rangle=t\langle x,y\rangle$ である。以上で $\langle\cdot,\cdot\rangle$ は内積であり、$\|x\|=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ である。$\square$

複素ノルム空間でも同じ同値が成り立ち(Axl20 Exercises 8A の 16、p. 222 は $F=\mathbb{R},\mathbb{C}$ の両方で述べている)、内積は $\langle x,y\rangle=\frac14\sum_{k=0}^3i^k\|x+i^ky\|^2$ で与えられる。実部は上の実の場合の式であり、虚部は $\operatorname{Im}\langle x,y\rangle=\operatorname{Re}\langle x,iy\rangle$ から同じ式で決まる。この定理から、平行四辺形の等式が成り立たない $\ell^p$($p\ne2$)のノルム(ex-hilbert-space-non-examples)は、どんな内積からも来ないことがわかる。

正規直交系による展開

Bessel の不等式と級数の収束

有限次元の正規直交基底による展開を、無限個の正規直交なベクトルへ広げる。以下では、正規直交系を有限列か無限列 $(e_k)_{k\ge1}$ として扱い($\langle e_j,e_k\rangle=\delta_{jk}$)、非可算個の場合は rem-hilbert-space-existence で述べる。

Besselの不等式と正規直交系の級数

$(e_k)_{k\ge1}$ を正規直交系とする。

  1. (Bessel の不等式)内積空間 $V$ の任意の $x$ について $\sum_{k=1}^\infty|\langle x,e_k\rangle|^2\le\|x\|^2$ である。
  2. $H$ を Hilbert 空間とし、$e_k\in H$ とする。数列 $(a_k)$ が $\sum_k|a_k|^2<\infty$ を満たせば、級数 $\sum_ka_ke_k$ は $H$ で収束し、$y:=\sum_ka_ke_k$ は $\|y\|^2=\sum_k|a_k|^2$、$\langle y,e_j\rangle=a_j$(すべての $j$)を満たす。

1:有限個の $e_1,\dots,e_n$ についての Bessel の不等式 $\sum_{k=1}^n|\langle x,e_k\rangle|^2\le\|x\|^2$(内積空間 の記事の命題「正規直交系の性質」の 3)で $n\to\infty$ とすればよい。
2:部分和を $s_n:=\sum_{k=1}^na_ke_k$ とおく。$n>m$ なら $s_n-s_m=\sum_{k=m+1}^na_ke_k$ の各項は互いに直交するので、三平方の定理から $\|s_n-s_m\|^2=\sum_{k=m+1}^n|a_k|^2$ であり(内積空間 の記事の命題「正規直交系の性質」の 2)、$\sum_k|a_k|^2<\infty$ から $(s_n)$ は Cauchy 列である。$H$ は完備なので $s_n\to y$ となる $y$ がある。ノルムと内積の連続性から $\|y\|^2=\lim_n\|s_n\|^2=\sum_k|a_k|^2$、$\langle y,e_j\rangle=\lim_n\langle s_n,e_j\rangle=a_j$ である。$\square$

2 は完備性を使う。係数が $\ell^2$ に入っていても、完備でない内積空間では級数 $\sum_ka_ke_k$ が収束するとは限らない($c_{00}$ で $a_k=1/k$ とすると、部分和 $(1,\tfrac12,\dots,\tfrac1n,0,\dots)$ は $c_{00}$ の中に極限をもたない)。Bessel の不等式の等号条件や有限次元の最良近似との関係は Besselの不等式 で扱う。

完全正規直交系と Parseval の等式

完全正規直交系

Hilbert 空間 $H$ の正規直交系 $(e_k)$ が完全(complete)であるとは、すべての $e_k$ と直交する $H$ の元が $0$ だけであること、すなわち $\{e_k\}^\perp=\{0\}$ であることをいう。完全正規直交系を $H$ の正規直交基底(Hilbert 基底)ともいう。

有限次元では、完全正規直交系は線形代数の意味の正規直交基底と一致する。無限次元では、完全正規直交系の有限個の線形結合で $H$ のすべての元が表せるわけではなく、無限和が必要になる(正規直交基底 の記事の注意「無限次元の場合」)。

完全正規直交系の特徴づけとParsevalの等式

$H$ を Hilbert 空間、$(e_k)_{k\ge1}$ を $H$ の正規直交系とする。次は同値である。

  1. $(e_k)$ は完全である。
  2. $e_k$ たちの有限個の線形結合全体 $\operatorname{span}\{e_k\}$ は $H$ で稠密である。
  3. すべての $x\in H$ について $x=\sum_{k=1}^\infty\langle x,e_k\rangle e_k$ である。
  4. (Parseval の等式)すべての $x\in H$ について $\|x\|^2=\sum_{k=1}^\infty|\langle x,e_k\rangle|^2$ である。
    このとき、すべての $x,y\in H$ について $\langle x,y\rangle=\sum_{k=1}^\infty\langle x,e_k\rangle\overline{\langle y,e_k\rangle}$ が成り立つ。

1 ⇒ 3:Bessel の不等式(prop-hilbert-space-bessel の 1)により $\sum_k|\langle x,e_k\rangle|^2<\infty$ なので、prop-hilbert-space-bessel の 2 により $y:=\sum_k\langle x,e_k\rangle e_k$ が存在して $\langle y,e_j\rangle=\langle x,e_j\rangle$ を満たす。よって $x-y$ はすべての $e_j$ と直交し、1 から $x=y$ である。
3 ⇒ 4:prop-hilbert-space-bessel の 2 のノルムの式を $a_k=\langle x,e_k\rangle$ に使えばよい。
4 ⇒ 1:$x$ がすべての $e_k$ と直交すれば、4 から $\|x\|^2=0$ である。
3 ⇒ 2:3 の部分和は $\operatorname{span}\{e_k\}$ に属し、$x$ に収束する。
2 ⇒ 1:$\{e_k\}^\perp=(\operatorname{span}\{e_k\})^\perp$ であり、cor-hilbert-space-dense により、$\operatorname{span}\{e_k\}$ が稠密なら $\{0\}$ である。
最後の等式は、3 と内積の連続性から $\langle x,y\rangle=\lim_n\bigl\langle\sum_{k\le n}\langle x,e_k\rangle e_k,y\bigr\rangle=\sum_k\langle x,e_k\rangle\langle e_k,y\rangle$ として得られる。$\square$

数列空間との同一視

無限次元の Hilbert 空間 $H$ が完全正規直交系 $(e_k)_{k\ge1}$ をもつとする。このとき、写像
$$ \Phi\colon H\to\ell^2,\qquad \Phi(x):=\bigl(\langle x,e_k\rangle\bigr)_{k\ge1} $$
は線形な全単射で、内積を保つ:$\langle\Phi(x),\Phi(y)\rangle_{\ell^2}=\langle x,y\rangle$。

Bessel の不等式により $\Phi(x)\in\ell^2$ であり、$\Phi$ は線形である。内積を保つことは thm-hilbert-space-parseval の最後の等式であり、とくに $\|\Phi(x)\|=\|x\|$ なので単射である。$a\in\ell^2$ に対し、prop-hilbert-space-bessel の 2 により $x:=\sum_ka_ke_k$ は $\langle x,e_k\rangle=a_k$ を満たすので、$\Phi(x)=a$ であり、全射である。$\square$

完全正規直交系の例

$\ell^2$ の $e_k$(第 $k$ 成分だけが $1$)は完全正規直交系である。$x\perp e_k$ なら $x_k=\langle x,e_k\rangle=0$ だからである。この場合 thm-hilbert-space-parseval の 3 は $x=\sum_kx_ke_k$ という成分表示そのものである。
Fourier級数はこの枠組みの代表例である。区間 $(-\pi,\pi]$ 上の 2 乗可積分な複素数値関数の空間に内積 $\langle f,g\rangle=\frac1{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}f(t)\overline{g(t)}\,dt$ を入れると、$e_n(t):=e^{int}$($n\in\mathbb{Z}$)は完全正規直交系をなす(Axl20 11.30、p. 355。同書は単位円周上の $L^2$ で述べており、$t\mapsto e^{it}$ で同一視される)。$\langle f,e_n\rangle=\frac1{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}f(t)e^{-int}\,dt$ が $f$ の Fourier 係数であり、Parseval の等式は
$$ \frac1{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}|f(t)|^2\,dt=\sum_{n\in\mathbb{Z}}|\langle f,e_n\rangle|^2 $$
となる。$f(t)=t$ では、$n\ne0$ について $\langle f,e_n\rangle=\frac{(-1)^ni}{n}$、$\langle f,e_0\rangle=0$ であり、左辺は $\frac1{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}t^2\,dt=\frac{\pi^2}3$ なので、$2\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}3$、すなわち $\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ が得られる(Riemannゼータ関数 の $\zeta(2)$ の値)。

完全正規直交系の存在

可算な稠密部分集合をもつ(可分空間 である)Hilbert 空間は、有限または可算無限の完全正規直交系をもつ。稠密な列に Gram–Schmidt の直交化(内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」)を施せばよい(Axl20 8.67、p. 246)。したがって無限次元で可分な Hilbert 空間は、cor-hilbert-space-l2-iso によりすべて $\ell^2$ と同じ形をしている。

可分でない場合を開く

可分でない Hilbert 空間では、非可算個の添字をもつ正規直交系を考え、和を添字の順序によらない和として定める。このときも Zornの補題 により極大な正規直交系が存在し、それが完全正規直交系であって、Parseval の等式が成り立つ(Axl20 8.63・8.74、pp. 244・249)。各 $x$ について $\langle x,e_i\rangle\ne0$ となる添字は高々可算個である(Bessel の不等式から、$|\langle x,e_i\rangle|>1/n$ となる添字は各 $n$ で有限個だからである)。

仮定を外すと成り立たなくなること

この記事の主要な定理は、完備性・閉性・ノルムが内積から来ることのどれか 1 つを外すと成り立たなくなる。

外す条件反例成り立たなくなること
空間の完備性$c_{00}$ の閉部分空間 $U=\{x\mid\sum_nx_n/n=0\}$直交分解 $V=U\oplus U^\perp$
空間の完備性$c_{00}$ 上の $\varphi(x)=\sum_nx_n/n$Riesz の表現定理
空間の完備性$U$ の正規直交基底 $(f_k)$完全正規直交系による展開
部分空間の閉性$\ell^2$ の部分空間 $c_{00}$$U^\perp=\{0\}$ なら $U=H$
ノルムが内積から来ること$\mathbb{R}^2$ に $\Vert\cdot\Vert_\infty$最短点の一意性
反例:完備でない内積空間 $c_{00}$

$c_{00}$(有限個以外の項が $0$ の数列)に $\ell^2$ の内積を入れた内積空間 $V$ を考える。$u:=(1,\tfrac12,\tfrac13,\dots)\in\ell^2$ とし、$\varphi(x):=\sum_nx_n/n=\langle x,u\rangle_{\ell^2}$(有限和)とおく。Cauchy–Schwarz の不等式から $|\varphi(x)|\le\|u\|\,\|x\|$ なので $\varphi$ は $V$ 上の有界線形汎関数であり、$U:=\{x\in V\mid\varphi(x)=0\}$ は $V$ の閉部分空間で、$e_1\notin U$ なので $U\ne V$ である。

  • $V$ の中で $U^\perp=\{0\}$ である。$y\in V$ が $U$ と直交するとし、$m\ne n$ をとると $me_m-ne_n\in U$ なので $my_m-ny_n=0$、すなわち $ny_n$ は $n$ によらない定数である。$y$ は有限個の項を除いて $0$ なので、その定数は $0$ であり、$y=0$ である。したがって $U\oplus U^\perp=U\ne V$ であり、thm-hilbert-space-projection の 3 が成り立たない。
  • $\varphi(x)=\langle x,h\rangle$ となる $h\in V$ は存在しない。存在すれば $\varphi(e_n)=\frac1n=\overline{h_n}$ がすべての $n$ で成り立ち、$h$ の項がすべて $0$ でないことになるからである。thm-hilbert-space-riesz が成り立たない。
  • $U$ の基底 $w_n:=ne_n-(n+1)e_{n+1}$($n\ge1$)に Gram–Schmidt の直交化を施すと、$U$ の正規直交基底 $(f_k)$ が得られる。$(f_k)$ と直交する $V$ の元は $U$ と直交するので $0$ であり、$(f_k)$ は $V$ の中で「完全」だが、$e_1=\sum_k\langle e_1,f_k\rangle f_k$ は $V$ の中で成り立たない(下の「詳細」)。thm-hilbert-space-parseval の 1 ⇒ 3 が成り立たない。満たす性質は内積空間であること・$U$ が閉であること、満たさない性質は $V$ の完備性である。$V$ を完備にした $\ell^2$ では、$\varphi=\langle\cdot,u\rangle$ となり、$U$ の閉包は $\{u\}^\perp$、その直交補空間は $u$ の定数倍全体になる。
    詳細

    $w_n$ が $U$ の基底であること:$\varphi(w_n)=1-1=0$ なので $w_n\in U$ であり、$w_n$ は第 $n+1$ 成分を初めて使うので線形独立である。$x\in U$ を $x=\sum_kc_k(ke_k)$($c_k=x_k/k$)と書くと $\varphi(x)=\sum_kc_k=0$ であり、部分和 $S_n:=c_1+\dots+c_n$ は十分大きい $n$ で $0$ になるので、$x=\sum_nS_n\bigl(ne_n-(n+1)e_{n+1}\bigr)=\sum_nS_nw_n$(有限和)と書ける。Gram–Schmidt の直交化は $\operatorname{span}\{f_1,\dots,f_k\}=\operatorname{span}\{w_1,\dots,w_k\}$ を保つので、$(f_k)$ の線形結合全体は $U$ である。

    展開が成り立たないこと:右辺 $\sum_k\langle e_1,f_k\rangle f_k$ が $V$ で $y$ に収束したとすると、$y$ は $U$ の点の極限なので閉集合 $U$ に属し、$e_1-y$ は内積の連続性からすべての $f_k$ と直交するので、$(f_k)$ の完全性から $e_1=y\in U$ となって $\varphi(e_1)=1$ に反する。

    $\ell^2$ での様子:$\ell^2$ の元 $y$ が $U$ と直交すれば、上と同じ議論で $ny_n$ は定数 $c$ になり、$y=cu$ である。$\{u\}^\perp$ は $\ell^2$ の閉部分空間(Hilbert 空間)で $U$ を含み、その中で $U$ と直交するのは $cu\in\{u\}^\perp$、すなわち $c\|u\|^2=0$ より $0$ だけなので、cor-hilbert-space-dense により $U$ は $\{u\}^\perp$ で稠密である。よって $U$ の閉包は $\{u\}^\perp$ であり、thm-hilbert-space-projection の 4 からその直交補空間は $\{cu\mid c\in F\}$ である。

閉でない部分空間では、直交補空間が小さすぎて分解が成り立たない。$\ell^2$ の部分空間 $c_{00}$ について、$y\perp c_{00}$ なら $y_k=\langle y,e_k\rangle=0$ なので $c_{00}^\perp=\{0\}$ だが、$c_{00}\ne\ell^2$ である。cor-hilbert-space-dense のとおり、$c_{00}$ は $\ell^2$ で稠密である。

反例:内積から来ないノルムでの最短点

$\mathbb{R}^2$ に $\|x\|_\infty=\max(|x_1|,|x_2|)$ を入れる。これは完備なノルム空間(Banach 空間)で、閉凸集合 $C:=\{(s,0)\mid-1\le s\le1\}$ と点 $x=(0,2)$ について、$C$ のどの点 $(s,0)$ も $\|x-(s,0)\|_\infty=\max(|s|,2)=2$ を満たす。したがって最短距離 $2$ を実現する点は $C$ 全体であり、一意でない。このノルムは平行四辺形の等式を満たさない($\|(1,0)\pm(0,1)\|_\infty=1$ なので $1+1\ne2+2$)ので、thm-hilbert-space-nearest-point の証明は使えない。無限次元の Banach 空間では、閉部分空間への最短点が存在しないことさえある(Axl20 Example 8.27、p. 225)。

補足

作用素と応用

Hilbert 空間 $H$ 上の有界線形作用素 $T$ には、Riesz の表現定理により $\langle Tx,y\rangle=\langle x,T^*y\rangle$ を満たす有界線形作用素 $T^*$(随伴作用素)がただ 1 つ定まる。$y$ を固定すると $x\mapsto\langle Tx,y\rangle$ は有界線形汎関数なので、thm-hilbert-space-riesz によりある元 $T^*y$ で表されるからである($T^*$ の線形性は表す元の一意性から、有界性は $\|T^*y\|=\sup_{\|x\|\le1}|\langle Tx,y\rangle|\le\|T\|\,\|y\|$ から従う)。有限次元ではこれは共役転置行列にあたり(内積空間 の記事の注意「随伴と正規変換の所在」)、自己随伴作用素のスペクトル理論は対称行列・Hermite 行列の対角化の無限次元版である。量子力学では、状態を複素 Hilbert 空間の単位ベクトル、観測量を自己随伴作用素で表す(量子力学の関数解析的構造)。

内積空間の完備化

完備でない内積空間 $V$ も、Hilbert 空間の稠密な部分空間とみなせる。$V$ をノルム空間として完備化した Banach 空間 $\widehat V$(Banach空間 の記事の命題「ノルム空間の完備化」)では、平行四辺形の等式の両辺が $\widehat V\times\widehat V$ 上の連続関数で、稠密な $V\times V$ の上で一致するので、$\widehat V$ 全体で平行四辺形の等式が成り立つ。よって thm-hilbert-space-parallelogram(複素の場合も同様)により $\widehat V$ のノルムはある内積から来て、偏極恒等式によりその内積は $V$ の上で元の内積に一致する。たとえば $c_{00}$ を完備化すると $\ell^2$ になる($c_{00}$ は $\ell^2$ で稠密)。

文献

Hilbert 空間の定義と例・例でないものは Axl20 Definition 8.21・Example 8.22・Example 8.23(p. 224)、Cauchy–Schwarz の不等式と平行四辺形の等式は 8.11(p. 218)・8.20(p. 220)、閉凸集合への最短点は 8.28(p. 226)、直交射影は Definition 8.34(p. 227)と 8.37(p. 228)、直交分解は 8.43(p. 231)、Riesz の表現定理は 8.47(p. 233)、Bessel の不等式は 8.57(p. 241)、正規直交基底と Parseval の等式は Definition 8.61・8.63(p. 244)にある。同書の内積も第 1 変数について線形である。本記事の証明はこれらを本記事の記号で書き直したもので、平行四辺形の等式によるノルムの特徴づけ(同書では演習、Exercises 8A の 16、p. 222)と $c_{00}$ の反例は本文で完全に示した。

関連項目

参考文献

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