自由加群

同義語:free module

概要

自由加群(free module)とは、基底、すなわち生成系であって一次独立な元の族をもつ環上の加群のことである。基底 $(x_i)_{i\in I}$ をもつ加群は $R$ のコピーの直和 $R^{(I)}$ と同型であり、準同型は基底の行き先を任意に選んで一意に定まる。任意の加群は自由加群の商として表され、自由加群は射影加群・平坦加群の基本例である。体上の加群はすべて自由だが、一般の環上ではそうとは限らず、$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$($n\ge2$)や $\mathbb{Q}$ は自由 $\mathbb{Z}$ 加群でなく、体 $k$ 上の $k[x,y]$ のイデアル $(x,y)$ は自由でない。零環でない可換環上では基底の濃度(階数)は一意であるが、零環や一部の非可換環ではこれが成り立たない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環, 加群, 部分加群, 直和
自由加群は、基底をもつ加群である。ベクトル空間は必ず基底をもつが、一般の環の上の加群は基底をもつとは限らない。基底をもつ加群では、元を係数の有限列(座標)で表すことができ、加群の間の準同型は基底の行き先だけで決まる。自由加群は係数環 $R$ のコピーの直和 $R^{(I)}$ と同型なものにほかならず、任意の加群は自由加群の商加群として表される。本記事では 加群 の記事と同じく、環は結合的で単位元 $1$ をもち、可換とは限らないものとし、加群は単位元が恒等的に作用する左加群とする。右加群についても左右を入れ替えて同じことが成り立つ。

定義

生成系・一次独立・基底

$R$ を環、$M$ を左 $R$ 加群、$(x_i)_{i\in I}$ を $M$ の元の族とする。有限個を除いて $0$ である $R$ の元の族 $(r_i)_{i\in I}$ を 有限台 の係数といい、そのとき和 $\sum_{i\in I}r_ix_i$ は有限和として意味をもつ(これを $(x_i)$ の 一次結合 という)。

  1. $M$ のすべての元が $(x_i)$ の一次結合で書けるとき、$(x_i)$ は $M$ を 生成する($M$ の 生成系 である)という。
  2. 有限台の係数 $(r_i)$ について $\sum_ir_ix_i=0$ ならばすべての $r_i=0$ となるとき、$(x_i)$ は 一次独立(線形独立)であるという。
  3. $(x_i)$ が $M$ を生成し、かつ一次独立であるとき、$(x_i)$ を $M$ の 基底 という。これは、$M$ の各元が $(x_i)$ の一次結合としてただ 1 通りに書けることと同値である。

3 の同値は次のとおりである。基底なら、$\sum_ir_ix_i=\sum_is_ix_i$ から $\sum_i(r_i-s_i)x_i=0$、よって $r_i=s_i$ である。逆に表示が一意なら、$\sum_ir_ix_i=0=\sum_i0\cdot x_i$ から $r_i=0$ である。部分集合 $B\subset M$ が基底であるとは、族 $(b)_{b\in B}$ が基底であることとする。これは 加群 の記事の定義「自由加群と基底」の基底と同じものである。

自由加群

基底をもつ左 $R$ 加群を 自由加群(free module)、または自由 $R$ 加群という。
集合 $I$ に対し、$R^{(I)}$ を有限台の族 $(r_i)_{i\in I}$($r_i\in R$)の全体に成分ごとの加法と左からのスカラー倍を入れた左 $R$ 加群とする。これは左 $R$ 加群 $R$ の $I$ 個のコピーの直和 $\bigoplus_{i\in I}R$ である。$e_i\in R^{(I)}$ を第 $i$ 成分が $1$ で他の成分が $0$ の元とすると、$(r_i)_i=\sum_ir_ie_i$ なので $(e_i)_{i\in I}$ は $R^{(I)}$ の基底である。これを 標準基底 という。$I=\{1,\dots,n\}$ のとき $R^{(I)}$ を $R^n$ と書く。$I=\emptyset$ のとき $R^{(\emptyset)}=0$ であり、空な族がその基底である。

基底と標準的な自由加群

$M$ を左 $R$ 加群、$(x_i)_{i\in I}$ を $M$ の元の族とし、
$$ \varphi\colon R^{(I)}\longrightarrow M,\qquad (r_i)_{i\in I}\longmapsto\sum_{i\in I}r_ix_i $$
とおく。$\varphi$ は $R$ 加群の準同型で $\varphi(e_i)=x_i$ を満たし、

  1. $(x_i)$ が $M$ を生成することと、$\varphi$ が全射であることは同値であり、
  2. $(x_i)$ が一次独立であることと、$\varphi$ が単射であることは同値であり、
  3. $(x_i)$ が $M$ の基底であることと、$\varphi$ が同型であることは同値である。
    とくに、$M$ が自由加群であることと、ある集合 $I$ について $M\cong R^{(I)}$ となることは同値である。

和は有限台の係数についての有限和なので、$\varphi$ は定まる。$\varphi((r_i)+(s_i))=\sum_i(r_i+s_i)x_i=\varphi((r_i))+\varphi((s_i))$、$\varphi(r(r_i))=\sum_i(rr_i)x_i=r\sum_ir_ix_i$ なので準同型であり、$\varphi(e_i)=1\cdot x_i=x_i$ である。
1 は、$\varphi$ の像が $(x_i)$ の一次結合の全体であることから従う。2 は、$\varphi$ の核が $\sum_ir_ix_i=0$ となる有限台の係数 $(r_i)$ の全体であり、準同型が単射であることは核が $0$ であることと同値である($\varphi(a)=\varphi(b)$ は $a-b\in\ker\varphi$ と同値)ことから従う。3 は 1 と 2 を合わせたものであり、全単射な準同型の逆写像は準同型である。
最後の主張:$M$ が基底 $(x_i)_{i\in I}$ をもてば 3 により $M\cong R^{(I)}$ である。逆に同型 $\psi\colon R^{(I)}\to M$ があれば、$(\psi(e_i))_{i\in I}$ についての上の写像 $\varphi$ は $\psi$ に一致する(どちらも準同型で $e_i$ での値が等しく、$e_i$ は $R^{(I)}$ を生成する)ので、3 により $(\psi(e_i))$ は $M$ の基底である。

自由加群の最も基本的な性質は、基底の行き先を自由に選べることである。$F$ を基底 $(x_i)_{i\in I}$ をもつ自由加群、$M$ を左 $R$ 加群とすると、任意の元の族 $(m_i)_{i\in I}$($m_i\in M$)に対して、$f(x_i)=m_i$ を満たす準同型 $f\colon F\to M$ がただ 1 つ存在する。$F=R^{(I)}$ で標準基底の場合の証明は 加群 の記事の命題「自由加群の普遍性」にあり、一般の $F$ には prop-free-module-standard の同型 $R^{(I)}\cong F$ で移せばよい。言い換えると、写像
$$ \operatorname{Hom}_R(F,M)\longrightarrow M^I,\qquad f\longmapsto(f(x_i))_{i\in I} $$
は全単射である。基底の元を座標として、準同型 $R^m\to R^n$ は $R$ の元を成分とする行列で表される。

直感

基底 $(x_i)$ をもつ加群では、各元 $x=\sum_ir_ix_i$ が係数の族 $(r_i)$ で一意に表され、加群は「座標空間」$R^{(I)}$ と同じものになる。「自由」という名は、基底の元の間に関係式が 1 つもないこと(一次独立)と、基底の行き先を何の制約もなく選べること(普遍性)の両方を指している。これに対し、たとえばアーベル群 $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ は、生成元 $\bar1$ が関係式 $n\cdot\bar1=0$ を満たすので自由でない。一般の加群は、生成元を基底とする自由加群を、生成元の間の関係式で割ったものとして表される(prop-free-module-presentation)。自由加群は、関係式をまったく課さない場合にあたる。

例と反例

数ベクトル・行列・多項式
  1. $R$ 自身は $\{1\}$ を基底とする自由加群であり、$R^n$ は標準基底 $e_1,\dots,e_n$ をもつ。
  2. $R$ の元を成分とする $m\times n$ 行列の全体は、$(i,j)$ 成分だけが $1$ の行列 $E_{ij}$($1\le i\le m$、$1\le j\le n$)を基底とする自由加群で、$R^{mn}$ と同型である。
  3. 多項式環 $R[x]$ は、単項式 $1,x,x^2,\dots$ を基底とする自由加群である。多項式は係数が有限個を除いて $0$ の族 $(a_k)_{k\in\mathbb{N}}$ にほかならないからである。多変数の $R[x_1,\dots,x_n]$ は単項式全体を基底にもつ。
  4. 可換環 $A$ と $n\ge1$ 次のモニック多項式 $f\in A[x]$ について、剰余環 $A[x]/(f)$ は $1,\bar x,\dots,\bar x^{\,n-1}$ を基底とする自由 $A$ 加群である(剰余環 の記事の命題「モニック多項式で割った剰余環の元」)。たとえば Gauss整数の環 $\mathbb{Z}[i]\cong\mathbb{Z}[x]/(x^2+1)$ は $1,i$ を基底とする自由 $\mathbb{Z}$ 加群である。
  5. 体 $k$ 上の加群、すなわちベクトル空間はすべて基底をもつので自由加群である(基底と次元 の記事の定理「一般のベクトル空間の基底の存在」。無限次元の場合は Zornの補題 を使う)。とくに体の拡大 $L/K$ では、$L$ は自由 $K$ 加群である。
反例:捩れ元をもつ加群

$R$ を整域とし、$F$ を基底 $(x_i)$ をもつ自由 $R$ 加群とする。$r\in R$、$r\ne0$、$x=\sum_ia_ix_i\in F$ について $rx=0$ なら、表示の一意性により各 $ra_i=0$ であり、$R$ は整域なので $a_i=0$、よって $x=0$ である。すなわち、整域上の自由加群は 捩れをもたない(平坦加群 の記事の定義「捩れをもたない加群」の意味で)。
したがって、$0$ でない元 $x$ と $0$ でない $r\in R$ で $rx=0$ となるものをもつ加群は自由でない。たとえば $n\ge2$ について $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ は自由 $\mathbb{Z}$ 加群でない($n\cdot\bar1=0$。加群 の記事の注意「反例:加群は常に自由とは限らない」)。$0$ でない有限アーベル群はどれも自由 $\mathbb{Z}$ 加群でない。この例は「整域」の仮定を満たし、満たさない性質は「捩れをもたない」ことであり、破る含意は「ベクトル空間と同じく、加群はすべて自由である」である。
整域の仮定を外すと、捩れ元があっても自由でありうる。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ 自身は $\{\bar1\}$ を基底とする自由 $\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ 加群であるが、$\bar2\cdot\bar3=\bar0$ である。

反例:有理数の加群

$\mathbb{Q}$ は捩れをもたない $\mathbb{Z}$ 加群であるが、自由 $\mathbb{Z}$ 加群でない。
$\mathbb{Q}$ の $0$ でない 2 元は必ず一次従属である。実際、$x=a/b$、$y=c/d$($a,c\ne0$、$b,d>0$ は整数)なら $(bc)x-(ad)y=ac-ac=0$ で、係数 $bc,ad$ は $0$ でない。したがって $\mathbb{Q}$ の基底は元を高々 1 つしかもたない。基底が空なら $\mathbb{Q}=0$ となって矛盾する。基底が $\{q\}$ なら $\mathbb{Q}=\mathbb{Z}q$ であるが、$q\ne0$ で $q/2\in\mathbb{Q}$ が $q/2=nq$($n\in\mathbb{Z}$)と書けると $n=1/2$ となって矛盾する。よって $\mathbb{Q}$ は基底をもたない。
この例が満たす性質は「捩れをもたない」ことであり、満たさない性質は「有限生成」(有限生成加群)である。破る含意は「捩れをもたない $\mathbb{Z}$ 加群は自由である」であり、これは有限生成の $\mathbb{Z}$ 加群に対しては正しい(prop-free-module-rings の 2)。

自由なイデアルの判定

$A$ を零環でない可換環、$I$ を $A$ のイデアルとし、$I$ を $A$ 加群とみる。$I$ が自由加群であることと、$I=0$ であるか、$I=aA$ となる零因子でない元 $a\in A$ が存在することは同値である。

$I$ が基底 $B$ をもつとする。$A$ は零環でないので $1\ne0$ であり、基底の元 $b$ は $0$ でない($b=0$ なら $1\cdot b=0\cdot b$ が表示の一意性に反する)。$B$ が相異なる 2 元 $a,b$ を含むとすると、$A$ は可換なので
$$ b\cdot a+(-a)\cdot b=0 $$
であり、係数 $b,-a$ は $0$ でないので一次独立性に反する。したがって $B=\emptyset$ または $B=\{a\}$ である。$B=\emptyset$ なら $I=0$ である。$B=\{a\}$ なら $I=Aa=aA$ であり、$ra=0$ なら一次独立性により $r=0$ なので、$a$ は零因子でない(零因子 の記事の定義の意味で、$a$ を掛けて $0$ になる $0$ でない元がない)。
逆に、$I=0$ なら空な族が基底である。$I=aA$ で $a$ が零因子でなければ、$\{a\}$ は $I$ を生成し、$ra=0$ から $r=0$ が従うので一次独立である。よって $\{a\}$ は基底である。

たとえば $\mathbb{Z}$ のイデアル $n\mathbb{Z}$ は($n\ne0$ なら $\{n\}$ を基底として)自由である。一方、次のイデアルは自由でない。

  • 体 $k$ 上の $k[x,y]$ のイデアル $(x,y)$。単項イデアルでないからである。実際、$(x,y)=(f)$ なら $f$ は $x$ と $y$ をともに割り切る。$x$ の約数は次数を比べると $0$ でない定数か $x$ の定数倍であり、$x$ は $y$ を割り切らないので、$f$ は $0$ でない定数である。すると$(f)=k[x,y]$ となるが、$(x,y)$ の元は定数項が $0$ なので $1\notin(x,y)$ である。
  • $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ のイデアル $(\bar2)=\{\bar0,\bar2\}$。$\bar2\cdot\bar2=\bar0$ なので $\bar2$ は零因子であり、$(\bar2)$ を生成する元は $\bar2$ だけである。
    どちらも自由加群 $A$ の部分加群なので、自由加群の部分加群は自由とは限らない。$A$ が単項イデアル整域なら、自由加群の部分加群はつねに自由である(prop-free-module-rings の 2)。$(x,y)$ の例は、この結論が単項イデアル整域でない整域 $k[x,y]$ では破れることを示している。
反例:射影的だが自由でない加群

自由加群の直和因子を射影加群という(平坦加群 の記事の定義「射影的な加群」)。自由加群は射影加群であるが、逆は成り立たない。$A=\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ とし、中国剰余定理の同型 $A\cong\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\times\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$ で $A$ と右辺を同一視する。$P=\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\times0$ は $P\oplus(0\times\mathbb{Z}/3\mathbb{Z})=A$ を満たすので射影的である。しかし $P$ は 2 個の元しかもたず、自由 $A$ 加群 $A^{(I)}$ の元の個数は $1$($I=\emptyset$)か $6$ 以上なので、$P$ は自由でない(平坦加群 の記事の命題「射影加群は平坦」の後の段落と同じ例)。この例が満たす性質は「自由加群の直和因子である」こと、満たさない性質は「基底をもつ」ことであり、破る含意は「射影加群は自由加群である」である。

性質

直和・表示・他の性質との関係

自由加群の直和

$(F_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ を左 $R$ 加群の族とし、各 $F_\lambda$ が基底 $(x_{\lambda,i})_{i\in I_\lambda}$ をもつとする。このとき直和 $\bigoplus_{\lambda}F_\lambda$ は、$x_{\lambda,i}$ を第 $\lambda$ 成分に置いた元の族 $(\iota_\lambda(x_{\lambda,i}))_{\lambda\in\Lambda,\,i\in I_\lambda}$ を基底とする自由加群である。ここで $\iota_\lambda\colon F_\lambda\to\bigoplus_\mu F_\mu$ は第 $\lambda$ 成分への包含である。

直和の元 $y$ は有限個の $\lambda$ を除いて成分 $y_\lambda$ が $0$ であり、$y=\sum_\lambda\iota_\lambda(y_\lambda)$(有限和)と書ける。各 $y_\lambda$ は $y_\lambda=\sum_ir_{\lambda,i}x_{\lambda,i}$ とただ 1 通りに書けるので、$y=\sum_{\lambda,i}r_{\lambda,i}\iota_\lambda(x_{\lambda,i})$ であり、係数 $(r_{\lambda,i})$ は有限台である。よって族は直和を生成する。逆に $\sum_{\lambda,i}r_{\lambda,i}\iota_\lambda(x_{\lambda,i})=0$(有限台)なら、第 $\lambda$ 成分を見て $\sum_ir_{\lambda,i}x_{\lambda,i}=0$ であり、$F_\lambda$ での一次独立性からすべての $r_{\lambda,i}=0$ である。よって族は一次独立である。

とくに $R^{(I)}\oplus R^{(J)}\cong R^{(I\sqcup J)}$、$R^m\oplus R^n\cong R^{m+n}$ である。自由加群は、ほかにも次の性質をもつ。

  • 自由加群は射影加群である(入射対象・射影対象 の記事の例「加群の圏における自由加群」)。
  • 可換環 $A$ 上の自由加群は平坦加群である(テンソル積 の記事の系「自由加群は平坦」)。
  • 可換環の環準同型 $A\to B$ について、基底 $(x_i)_{i\in I}$ をもつ自由 $A$ 加群 $F$ の係数拡大 $B\otimes_AF$ は、$(1\otimes x_i)_{i\in I}$ を基底とする自由 $B$ 加群で、$B^{(I)}$ と同型である(テンソル積 の記事の例「係数拡大の例」の 1)。
自由加群による表示

任意の左 $R$ 加群 $M$ に対し、自由加群 $F_0,F_1$ と準同型 $F_1\xrightarrow{\ \partial\ }F_0\xrightarrow{\ \pi\ }M$ で、$\pi$ が全射かつ $\operatorname{im}\partial=\ker\pi$ となるものが存在する。このとき $M\cong F_0/\operatorname{im}\partial$ である。$M$ が $n$ 個の元で生成されるなら $F_0=R^n$ にとれる。

加群 の記事の系「任意の加群は自由加群の商である」により、自由加群 $F_0$ からの全射 $\pi\colon F_0\to M$ があり、$M$ が $m_1,\dots,m_n$ で生成されるなら $F_0=R^n$、$e_i\mapsto m_i$ にとれる。同じ系を加群 $\ker\pi$ に適用すると、自由加群 $F_1$ からの全射 $\partial'\colon F_1\to\ker\pi$ がある。$\partial$ を $\partial'$ と包含 $\ker\pi\to F_0$ の合成とすれば $\operatorname{im}\partial=\ker\pi$ である。最後の同型は 加群 の記事の定理「加群の準同型定理」を $\pi$ に適用したものである。

この列を $M$ の 自由表示 という。$F_0$ の基底の像が $M$ の生成元、$F_1$ の基底の像が生成元の間の関係式にあたる。たとえば $n\ge1$ について、$\mathbb{Z}\xrightarrow{\ n\ }\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ は $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の自由表示であり、生成元 $\bar1$ と関係式 $n\cdot\bar1=0$ を表している。この操作を $\ker\partial$ に繰り返すと自由分解(射影分解の特別な場合)が得られ、Ext関手・Tor関手 の計算に使われる。

階数

体の上では、基底の元の個数は基底の取り方によらず、次元として定まる(基底と次元 の記事の定理「次元の一意性」)。零環でない可換環の上でも同じことが成り立つ。

可換環上の階数の一意性

$A$ を零環でない可換環とし、$I,J$ を集合とする。

  1. $A^{(I)}\cong A^{(J)}$($A$ 加群の同型)なら、$I$ と $J$ は同じ濃度をもつ。とくに $A^m\cong A^n$ なら $m=n$ である。
  2. 全射な準同型 $A^m\to A^n$ があれば $m\ge n$ である。

$A$ は零環でないので極大イデアル $\mathfrak{m}$ をもつ(極大イデアル の記事の定理「真イデアルを含む極大イデアルの存在」)。$k:=A/\mathfrak{m}$ は体である(同記事の命題「剰余環が体であることとの同値」)。
まず、自由加群 $F=A^{(I)}$ について、$\mathfrak{m}F$($ax$、$a\in\mathfrak{m}$、$x\in F$ の形の元の有限和の全体)は、すべての成分が $\mathfrak{m}$ に属する元の全体に等しい。実際、$ax$ の成分は $ax_i\in\mathfrak{m}$ であり、逆にすべての成分 $a_i$ が $\mathfrak{m}$ に属する元は $\sum_ia_ie_i\in\mathfrak{m}F$ である。したがって、成分ごとに $\mathfrak{m}$ を法として還元する全射 $A^{(I)}\to k^{(I)}$ の核は $\mathfrak{m}F$ であり、加群 の記事の定理「加群の準同型定理」により
$$ F/\mathfrak{m}F\cong k^{(I)} $$
である。$F/\mathfrak{m}F$ には $\bar a\cdot(x+\mathfrak{m}F):=ax+\mathfrak{m}F$ で $k$ 上のベクトル空間の構造が入り、上の同型は $k$ 線形である。この作用が代表元によらないのは、$a-a'\in\mathfrak{m}$ なら $ax-a'x\in\mathfrak{m}F$ であり、$x-x'\in\mathfrak{m}F$ なら $A$ が可換なので $a(x-x')\in\mathfrak{m}F$ だからである。$k^{(I)}$ は標準基底 $(e_i)_{i\in I}$ を基底とする $k$ 上のベクトル空間である。

  1. $\varphi\colon A^{(I)}\to A^{(J)}$ を同型とする。$\varphi(ax)=a\varphi(x)$ なので $\varphi(\mathfrak{m}A^{(I)})=\mathfrak{m}A^{(J)}$ であり、$\varphi$ は $k$ 線形な同型 $A^{(I)}/\mathfrak{m}A^{(I)}\to A^{(J)}/\mathfrak{m}A^{(J)}$ を誘導する。よって $k^{(I)}\cong k^{(J)}$ である。ベクトル空間の 2 つの基底は同じ濃度をもつ(有限次元の場合は 基底と次元 の記事の定理「次元の一意性」、一般の場合は同記事の定理「一般のベクトル空間の基底の存在」)ので、$I$ と $J$ は同じ濃度をもつ。
  2. 全射 $\psi\colon A^m\to A^n$ は、同様に全射な $k$ 線形写像 $k^m\to k^n$ を誘導する($A^n$ の任意の元の類は、$\psi$ による逆像の元の類の像である)。全射な線形写像では $k^n$ の基底の元がすべて像に入るので、$k^m$ の基底の像 $m$ 個が $k^n$ を生成し、基底と次元 の記事の定理「次元の一意性」の 1 により $n\le m$ である。

$A$ が零環でない可換環のとき、自由 $A$ 加群 $F\cong A^{(I)}$ の基底の濃度 $|I|$ を $F$ の 階数(rank)といい、$\operatorname{rank}_AF$ と書く。上の定理により階数は基底の取り方によらない。たとえば $\operatorname{rank}_{\mathbb{Z}}\mathbb{Z}[i]=2$、$\operatorname{rank}_RR[x]=\aleph_0$($R$ が零環でない可換環のとき)である。
階数の一意性には仮定が必要である。

  • 零環の上では、すべての加群が零加群なので $0^m\cong0^n$ がすべての $m,n$ で成り立つ。定理の「零環でない」は外せない。
  • 可換でない環では、基底の元の個数が一意でないことがある。体 $k$ 上の可算無限次元ベクトル空間 $V$ の自己準同型環 $R=\operatorname{End}_k(V)$ は零環でないが、右 $R$ 加群として $R_R^2\cong R_R$ である(加群 の記事の例「反例:一般の環では階数が一意とは限らない」)。したがって定理の「可換」を外して「零環でない」だけにすることはできない。
  • 一方、可除環($0$ でない元がすべて単元である零環でない環)の上では、非可換でも基底の元の個数は一意である(加群 の記事の節「左右と階数に関する注意」)。

係数環ごとの様子

係数環による違い
  1. 体の上の加群はすべて自由である。
  2. $A$ を単項イデアル整域とする。自由 $A$ 加群の部分加群は自由である。また、有限生成で捩れをもたない $A$ 加群は自由である。
  3. $A$ を局所環とする。有限生成の射影 $A$ 加群は自由である。
係数環による違いの出典

1 は ex-free-module-basic の 5 で述べた。2 の前半は 単項イデアル整域 の記事の定理「単項イデアル整域上の加群」の 1 であり、証明は Lan02 Chapter III §7 に譲る。後半は同じ定理の 4(有限生成加群の構造定理)から従う。捩れをもたなければ $A/(d_j)$ の成分は現れない($d_j$ は単元でも $0$ でもないので、$A/(d_j)$ の $\bar1\ne0$ は $d_j\cdot\bar1=0$ を満たす捩れ元である)から、$M\cong A^n$ である。3 は Nakayamaの補題 の記事の系「局所環上の有限生成射影加群」で証明されている。
2 の後半で「有限生成」は外せない(ex-free-module-rationals の $\mathbb{Q}$)。2 の前半で「単項イデアル整域」は外せない(prop-free-module-ideal の後の $k[x,y]$ のイデアル $(x,y)$)。3 で「局所環」は外せない(ex-free-module-projective-not-free。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ は極大イデアルを 2 つもつ)。

$\mathbb{Z}$ 上の自由加群を自由アーベル群という。2 により、自由アーベル群の部分群は自由アーベル群であり、有限生成で捩れをもたないアーベル群は $\mathbb{Z}^n$ と同型である。

補足

普遍性と随伴

集合 $I$ に自由加群 $R^{(I)}$ を対応させ、写像 $h\colon I\to J$ に $e_i\mapsto e_{h(i)}$ で定まる準同型を対応させると、集合の圏から左 $R$ 加群の圏への関手ができる。自由加群の普遍性(prop-free-module-standard の後の段落)は、この関手が、加群にその台集合を対応させる忘却関手の左随伴であること、すなわち自然な全単射 $\operatorname{Hom}_R(R^{(I)},M)\cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}}(I,M)$ があることを述べている(随伴関手 の記事の例「自由ベクトル空間と忘却」の加群版)。自由加群の定義と基本性質は Lan02 Chapter III §4、DF04 §10.3 にあり、可換環上の階数の一意性の上の証明は AM69 Chapter 2 の演習問題にある方法による。

関連項目

参考文献

[1]
Michael F. Atiyah, Ian G. Macdonald, Introduction to Commutative Algebra, Addison-Wesley(Westview Press 版), 1969, Chapter 2(自由加群、演習問題:零環でない可換環上の階数の一意性)
[3]
Serge Lang, Algebra, Revised 3rd ed.(Graduate Texts in Mathematics 211), Springer, 2002, Chapter III §4(自由加群)、§7(単項イデアル整域上の自由加群の部分加群)

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