Zariski接空間

同義語:ザリスキー接空間Zariski tangent space

概要

Zariski接空間(Zariski tangent space)とは、局所環 $(A,\mathfrak{m},\kappa)$ の余接空間 $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ の双対 $\operatorname{Hom}_\kappa(\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2,\kappa)$ であり、スキームの点 $x$ では局所環 $\mathcal{O}_{X,x}$ について考える。特異点や冪零元をもつ空間でも点での 1 次の情報を与え、$k$ 有理点では双対数 $k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ に値をとる点と 1 対 1 に対応し、方程式の Jacobi 行列の核として計算できる。次元はつねに局所環の次元以上で、等しいことが正則性である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 局所環, 接空間, Nakayamaの補題, アフィン多様体, 生成点

可微分多様体の接空間は、曲線の速度ベクトルや関数の方向微分で定まり、多様体が滑らかであることを前提にしている。代数幾何学では、尖点や結節点をもつ曲線、冪零元をもつスキーム、さらに $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ のような数論的な対象でも「点での 1 次の情報」を取り出したい。そこで、点で消える関数のなす極大イデアル $\mathfrak{m}$ を、2 次以上の微小量 $\mathfrak{m}^2$ で割った $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ を「1 次の部分」とみなし、その双対を接空間と定める。これが Zariski 接空間(Zariski tangent space)である。可微分多様体の接空間も、点 $p$ で消える滑らかな関数のイデアル $I_p$ を使って同じ形 $(I_p/I_p^2)^\vee$ で書ける(接空間 の記事の命題「接空間と関数の環の余接空間」)。Zariski 接空間の次元は、特異点では多様体の次元より大きくなる。体 $k$ 上のスキームの $k$ 有理点では、Zariski 接空間は「双対数 $k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ に値をとる点」、すなわち無限小の曲線と 1 対 1 に対応する(thm-zariski-tangent-space-dual-numbers)。

定義

以下、環は単位元をもつ可換環とする。局所環 $A$ の極大イデアルを $\mathfrak{m}$、剰余体を $\kappa:=A/\mathfrak{m}$ と書き、$(A,\mathfrak{m},\kappa)$ と表す。$\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ は $A$ 加群であり、$\mathfrak{m}$ がこれを $0$ にするので、$\kappa$ 上のベクトル空間である。

Zariski 余接空間と Zariski 接空間
  1. 局所環 $(A,\mathfrak{m},\kappa)$ に対し、$\kappa$ ベクトル空間 $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ を $A$ の Zariski 余接空間、その双対空間
    $$ T_A:=\operatorname{Hom}_{\kappa}(\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2,\ \kappa) $$
    を $A$ の Zariski 接空間(Zariski tangent space)という。
  2. スキーム $X$ の点 $x$ について、局所環 $\mathcal{O}_{X,x}$ の Zariski 余接空間・Zariski 接空間を、$x$ における $X$ の Zariski 余接空間 $T^\vee_{X,x}:=\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$・Zariski 接空間 $T_{X,x}$ という。これらは剰余体 $\kappa(x)$ 上のベクトル空間である。接空間の元を $x$ における 接ベクトル という。

$\dim_\kappa\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ は局所環 $A$ の埋め込み次元 $\operatorname{edim}A$ である。$\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ が有限次元なら $\dim_\kappa T_A=\dim_\kappa\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ である。この定義は Vak25 13.1.1 と同じであり、環付き空間 の記事の定義「点における剰余体と接空間」(局所環付き空間の点での余接空間・接空間)をスキームに当てはめたものである。接空間 の記事の定義「Zariski 接空間」は、可換環 $A$ の極大イデアル $\mathfrak{m}$ について $\operatorname{Hom}_{A/\mathfrak{m}}(\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2,A/\mathfrak{m})$ と定めている。次の補題により、これは局所環 $A_{\mathfrak{m}}$ の Zariski 接空間と一致する。

極大イデアルでの局所化

$A$ を可換環、$\mathfrak{m}$ を極大イデアルとする。自然な写像 $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2\to\mathfrak{m}A_{\mathfrak{m}}/\mathfrak{m}^2A_{\mathfrak{m}}$ は $A/\mathfrak{m}$ ベクトル空間の同型である。

要点:$A/\mathfrak{m}^2$ はすでに局所環なので、$\mathfrak{m}$ で局所化しても変わらない。

詳しい証明を開く

$\bar A:=A/\mathfrak{m}^2$ は局所環であることを示す。$\bar A$ の素イデアルは $\mathfrak{m}^2$ を含む素イデアル、すなわち $\mathfrak{m}$ を含む素イデアルに対応し、それは $\mathfrak{m}$ だけである。よって $\bar A$ はただ 1 つの素イデアル $\bar{\mathfrak{m}}=\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ をもち、$s\notin\mathfrak{m}$ の像はどの素イデアルにも含まれないので $\bar A$ の単元である。したがって局所化 $\bar A\to\bar A_{\bar{\mathfrak{m}}}$ は同型である。局所化は商と交換するので $\bar A_{\bar{\mathfrak{m}}}=A_{\mathfrak{m}}/\mathfrak{m}^2A_{\mathfrak{m}}$ であり、同型 $A/\mathfrak{m}^2\to A_{\mathfrak{m}}/\mathfrak{m}^2A_{\mathfrak{m}}$ は $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ を $\mathfrak{m}A_{\mathfrak{m}}/\mathfrak{m}^2A_{\mathfrak{m}}$ の上へ写す(極大イデアルを極大イデアルに写す)。$\square$

とくにアフィンスキーム $X=\operatorname{Spec}A$ の閉点 $x=\mathfrak{m}$ では $T^\vee_{X,x}=\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ であり、局所化せずに計算できる。

例と反例

例

アフィン空間の有理点

$k$ を体、$R:=k[x_1,\dots,x_n]$、$a\in k^n$、$\mathfrak{m}_a:=(x_1-a_1,\dots,x_n-a_n)$ とする。$\mathfrak{m}_a/\mathfrak{m}_a^2$ は $x_1-a_1,\dots,x_n-a_n$ の像を基底とする $n$ 次元の $k$ ベクトル空間である(変数を $x_i-a_i$ に取り替えれば $a=0$ の場合になり、$\mathfrak{m}_0$ は 1 次以上の単項式、$\mathfrak{m}_0^2$ は 2 次以上の単項式の 1 次結合の全体である)。よって $\mathbb{A}^n_k$ の $k$ 有理点での Zariski 接空間は $n$ 次元である。

双対数のスペクトル

$D:=\operatorname{Spec}k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ は 1 点からなる。極大イデアルは $\mathfrak{m}=(\varepsilon)$ で $\mathfrak{m}^2=0$ なので、$\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2=k\varepsilon$ は 1 次元であり、Zariski 接空間は 1 次元である。一方 $\operatorname{Spec}k$ の Zariski 接空間は $0$ である($\mathfrak{m}=0$)。2 つのスキームは底空間がどちらも 1 点だが、接空間の次元で区別される。$D$ は「1 つの接ベクトルの方向にだけ無限小の広がりをもつ点」とみなせる。

有理点でない閉点と数論的な点

$X=\mathbb{A}^1_{\mathbb{R}}=\operatorname{Spec}\mathbb{R}[x]$ の閉点 $x_0=(x^2+1)$ の剰余体は $\mathbb{C}$ である。$\mathfrak{m}=(x^2+1)$ は 1 元で生成されるので、$\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ は $x^2+1$ の像が張る $\mathbb{C}$ 上 1 次元の空間であり($0$ でないことは $x^2+1\notin(x^2+1)^2$ による)、$T_{X,x_0}$ は $\mathbb{C}$ 上 1 次元($\mathbb{R}$ 上 2 次元)である。接空間は剰余体の上のベクトル空間として測る。
$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ の閉点 $(p)$ でも、$p\mathbb{Z}/p^2\mathbb{Z}$ は $p$ の像が張る $\mathbb{F}_p$ 上 1 次元の空間であり(lem-zariski-tangent-space-localization)、Zariski 接空間は 1 次元である。$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ は「1 次元の滑らかな曲線」のようにふるまう。

整スキームの生成点

整スキーム $X$ の生成点 $\eta$ では、局所環 $\mathcal{O}_{X,\eta}$ は体(関数体)なので $\mathfrak{m}_\eta=0$ であり、Zariski 接空間は $0$ である。たとえば $\mathbb{A}^n_k$ の閉点では接空間は $n$ 次元(ex-zariski-tangent-space-affine-space)だが、生成点では $0$ 次元である。Zariski 接空間の次元は点ごとに変わり、比べる相手は多様体全体の次元ではなく局所環の次元 $\dim\mathcal{O}_{X,x}$ である(prop-zariski-tangent-space-edim。生成点ではどちらも $0$)。

反例

Zariski 接空間は、微分幾何の接空間から期待されることのいくつかを満たさない。

期待すること反例成り立たなくなること
接空間の次元は図形の次元に等しい尖点 $y^2=x^3$ の原点$1$ 次元の曲線の点で接空間が $2$ 次元
底空間が同じなら接空間も同じ$\operatorname{Spec}k[x]/(x^2)$ と $\operatorname{Spec}k$どちらも 1 点だが接空間は $1$ 次元と $0$ 次元
実点の集合で接空間が決まる$V(x^2+y^2)\subset\mathbb{A}^2_{\mathbb{R}}$ の原点実点は原点だけだが接空間は $2$ 次元

1 行目:尖点 $y^2-x^3$ と結節点 $y^2-x^2-x^3$ の原点では、方程式の 1 次の部分が $0$ なので接空間は 2 次元である(接空間 の記事の定理「平面曲線の原点における Zariski 接空間」と例「反例:尖点と結節点」)。2 行目は ex-zariski-tangent-space-dual-numbers である。Zariski 接空間は位相空間でなく構造層(関数の環)から作るので、冪零元の違いを見分ける。

反例:実点が 1 つしかない曲線

$X:=\operatorname{Spec}\mathbb{R}[x,y]/(x^2+y^2)$ は $\mathbb{R}$ 上の $1$ 次元のアフィン多様体で、$\mathbb{R}$ 有理点は原点 $o=(x,y)$ だけである(アフィン多様体 の記事の例「反例:実数体上の $x^2+y^2=0$」)。$x^2+y^2$ の 1 次の部分は $0$ なので、平面曲線の定理により $o$ での Zariski 接空間は $2$ 次元である。実点の集合 $\{o\}$ だけを見て微分幾何のように接空間を考えると $0$ 次元になるが、Zariski 接空間は方程式から決まり、$\mathbb{C}$ で見た 2 本の直線 $x\pm iy=0$ の交点としての情報を保持している。満たす性質は「$1$ 次元の多様体の有理点」、満たさない性質は「接空間の次元が $1$」であり、$o$ は特異点である。

性質

双対数に値をとる点

体 $k$ 上のスキーム $X$ の $k$ 有理点 $x$($k\to\kappa(x)$ が同型である点)では、接ベクトルは「$x$ を通る無限小の曲線」として実現される。以下 $k[\varepsilon]:=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ と書く。$\operatorname{Spec}k[\varepsilon]$ は 1 点 $\ast$ からなり、$k[\varepsilon]\to k$($\varepsilon\mapsto0$)が閉埋め込み $\operatorname{Spec}k\to\operatorname{Spec}k[\varepsilon]$ を定める。

接ベクトルと双対数に値をとる点

$X$ を体 $k$ 上のスキーム、$x$ を $k$ 有理点とする。$k$ 射 $g\colon\operatorname{Spec}k[\varepsilon]\to X$ で $g(\ast)=x$ となるものの全体を $X(k[\varepsilon])_x$ と書く。$g$ の茎の写像 $g^\sharp_\ast\colon\mathcal{O}_{X,x}\to k[\varepsilon]$ を $g^\sharp_\ast(a)=c(a)+D_g(a)\varepsilon$($c(a),D_g(a)\in k$)と書くと、$g\mapsto\bigl(\bar a\mapsto D_g(a)\bigr)$ は全単射
$$ X(k[\varepsilon])_x\longrightarrow T_{X,x}=\operatorname{Hom}_k(\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2,\ k) $$
を与える。ここで $c\colon\mathcal{O}_{X,x}\to\kappa(x)=k$ は剰余写像である。
$$ \xymatrix{ \operatorname{Spec}k \ar[r]^{i} \ar[dr]_{\tilde x} & \operatorname{Spec}k[\varepsilon] \ar[d]^{g} \ar[r] & \operatorname{Spec}k \\ & X \ar[ur] & } $$

閉埋め込みを $i\colon\operatorname{Spec}k\to\operatorname{Spec}k[\varepsilon]$、$k$ 有理点としての射を $\tilde x\colon\operatorname{Spec}k\to X$、構造射を $s_X\colon X\to\operatorname{Spec}k$、$s\colon\operatorname{Spec}k[\varepsilon]\to\operatorname{Spec}k$ と書くと、図式が可換とは $g\circ i=\tilde x$ かつ $s_X\circ g=s$ ということである。すなわち $g$ を閉点に制限すると点 $x$ になり、$g$ は構造射と両立する。

段 1(射と局所準同型).局所環 $R$ について、射 $\operatorname{Spec}R\to X$ は、点 $x\in X$ と局所準同型 $\mathcal{O}_{X,x}\to R$ の組と 1 対 1 に対応する(Stacks Tag 01J6、Schemes, Lemma 13.1。$x$ は閉点の像、準同型は閉点での茎の写像)。$R=k[\varepsilon]$ に当てはめると、$X(k[\varepsilon])_x$ は局所準同型 $\varphi\colon\mathcal{O}_{X,x}\to k[\varepsilon]$ で $k$ 代数の準同型であるものの全体と 1 対 1 に対応する($g$ が $k$ 射であることは、構造射から来る $k\to\mathcal{O}_{X,x}$ と $\varphi$ の合成が $k\to k[\varepsilon]$ に等しいことと同じである)。
段 2($\varphi$ の形).$\varphi$ と $k[\varepsilon]\to k$($\varepsilon\mapsto0$)の合成は $k$ 代数の局所準同型 $\mathcal{O}_{X,x}\to k$ で、核は $\mathfrak{m}_x$ を含むので $\mathfrak{m}_x$ に等しく、剰余写像 $c$ と $\kappa(x)\cong k$ の合成である。よって $\varphi(a)=c(a)+D(a)\varepsilon$ と書け、$\varphi$ が $k$ 代数の準同型であることは、$D\colon\mathcal{O}_{X,x}\to k$ が $k$ 線形で
$$ D(ab)=c(a)D(b)+c(b)D(a),\qquad D(\lambda)=0\ (\lambda\in k) $$
を満たすことと同値である($\varepsilon^2=0$ により $(c(a)+D(a)\varepsilon)(c(b)+D(b)\varepsilon)=c(a)c(b)+(c(a)D(b)+c(b)D(a))\varepsilon$)。このとき $\varphi^{-1}((\varepsilon))=\ker c=\mathfrak{m}_x$ なので $\varphi$ は自動的に局所準同型である。
段 3($D$ と線形写像).$a,b\in\mathfrak{m}_x$ なら $c(a)=c(b)=0$ なので $D(ab)=0$ であり、$D$ は $\mathfrak{m}_x^2$ の上で $0$ である。よって $\lambda_D(\bar a):=D(a)$($a\in\mathfrak{m}_x$)は $k$ 線形写像 $\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2\to k$ を定める。逆に線形写像 $\lambda$ に対し、$D_\lambda(a):=\lambda\bigl(\overline{a-c(a)}\bigr)$ とおく($a-c(a)\in\mathfrak{m}_x$。$c(a)\in k$ を構造射で $\mathcal{O}_{X,x}$ の元とみる)。
$$ ab-c(a)c(b)=\bigl(a-c(a)\bigr)\bigl(b-c(b)\bigr)+c(a)\bigl(b-c(b)\bigr)+c(b)\bigl(a-c(a)\bigr) $$
の右辺第 1 項は $\mathfrak{m}_x^2$ に属するので、$D_\lambda$ は段 2 の条件を満たす。$D$ は定数で $0$ なので $D_{\lambda_D}(a)=D(a-c(a))=D(a)$ であり、$a\in\mathfrak{m}_x$ なら $D_\lambda(a)=\lambda(\bar a)$ である。よって $D\mapsto\lambda_D$ と $\lambda\mapsto D_\lambda$ は互いに逆である。段 1〜3 を合わせて定理が従う。$\square$

$D$ は点 $x$ での「方向微分」であり、段 3 は 接空間 の記事の命題「接空間と関数の環の余接空間」と同じ議論である。この定理は Vak25 演習 13.1.G にあり、Stacks Tag 0B28(Varieties, Section 16)は双対数に値をとる点で相対的な接空間 $T_{X/S,x}$ を定義している(rem-zariski-tangent-space-stacks)。$X=\operatorname{Spec}k[x_1,\dots,x_n]/(f_1,\dots,f_r)$ なら、$k[\varepsilon]$ に値をとる点は $f_i(a+\varepsilon v)=0$ を満たす $a+\varepsilon v$($a,v\in k^n$)であり、$f_i(a+\varepsilon v)=f_i(a)+\varepsilon\sum_j\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(a)v_j$ だから、条件は「$a\in X$ かつ $J(a)v=0$」($J(a)$ は下の Jacobi 行列)となる。これが次の定理の内容である。

Jacobi 行列による計算

Zariski 接空間と Jacobi 行列

$k$ を体、$R:=k[x_1,\dots,x_n]$、$I:=(f_1,\dots,f_r)\subset R$、$X:=\operatorname{Spec}R/I$ とし、$a\in k^n$ は $f_1(a)=\cdots=f_r(a)=0$ を満たすとする。$a$ に対応する $X$ の $k$ 有理点を $p$ とし、Jacobi行列を
$$ J(a):=\Bigl(\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(a)\Bigr)_{1\le i\le r,\ 1\le j\le n} $$
とする(偏微分は多項式の形式的な偏微分)。このとき、接ベクトル $\lambda\in T_{X,p}$ に $v:=\bigl(\lambda(\overline{x_1-a_1}),\dots,\lambda(\overline{x_n-a_n})\bigr)$ を対応させる写像は、$k$ ベクトル空間の同型
$$ T_{X,p}\cong\ker J(a)=\{v\in k^n\mid J(a)v=0\} $$
を与える。とくに $\dim_kT_{X,p}=n-\operatorname{rank}J(a)$ である。

$\mathfrak{n}:=\mathfrak{m}_a=(x_1-a_1,\dots,x_n-a_n)\subset R$ とすると、$p$ は極大イデアル $\mathfrak{m}:=\mathfrak{n}/I$ に対応する。lem-zariski-tangent-space-localization により $T^\vee_{X,p}=\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ であり、$\mathfrak{m}^2=(\mathfrak{n}^2+I)/I$ なので、同型定理により
$$ \mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2\cong\mathfrak{n}/(\mathfrak{n}^2+I) $$
である。ex-zariski-tangent-space-affine-space により $\mathfrak{n}/\mathfrak{n}^2$ は $e_j:=\overline{x_j-a_j}$ を基底とする $n$ 次元の空間である。
$g\in\mathfrak{n}$ の $\mathfrak{n}/\mathfrak{n}^2$ での像は $\sum_j\frac{\partial g}{\partial x_j}(a)e_j$ である。実際、$g(a+y)$ を $y=(y_1,\dots,y_n)$ の多項式として $\sum_\alpha c_\alpha y^\alpha$ と展開すると、$c_0=g(a)=0$ で、$\frac{\partial g}{\partial x_j}(a)$ は $y^\alpha$ の項を $y_j$ で微分して $y=0$ とおいたものなので $c_{e_j}$ に等しい。2 次以上の項は $\mathfrak{n}^2$ に属するので、$g\equiv\sum_jc_{e_j}(x_j-a_j)\pmod{\mathfrak{n}^2}$ である。
$I$ の元 $\sum_ih_if_i$ について、$h_if_i-h_i(a)f_i=(h_i-h_i(a))f_i\in\mathfrak{n}^2$($f_i\in\mathfrak{n}$)なので、$I$ の $\mathfrak{n}/\mathfrak{n}^2$ での像は $f_1,\dots,f_r$ の像 $w_i:=\sum_j\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(a)e_j$ で張られる。よって $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2\cong(\mathfrak{n}/\mathfrak{n}^2)/\langle w_1,\dots,w_r\rangle$ であり、その双対は、$\mathfrak{n}/\mathfrak{n}^2$ 上の線形汎関数 $\lambda$ で $\lambda(w_i)=0$($i=1,\dots,r$)を満たすものの全体である。$v_j:=\lambda(e_j)$ とおけば、条件は $\sum_j\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(a)v_j=0$、すなわち $J(a)v=0$ である。$\square$

これは Vak25 演習 13.1.I にあり、接空間 の記事の定理「平面曲線の原点における Zariski 接空間」($n=2$、$r=1$、$a=0$ の場合)の一般化である。$n-\operatorname{rank}J(a)$ は $X$ と点 $p$ だけで決まり、$X$ を定める方程式の取り方や埋め込む空間 $\mathbb{A}^n_k$ の取り方によらない($\dim T_{X,p}$ が局所環 $\mathcal{O}_{X,p}$ だけで決まるから)。

結節点・尖点・円錐

結節点 $y^2=x^2(x+1)$ の原点では、$J=(-3x^2-2x,\ 2y)$ が $(0,0)$ になるので、接空間は $2$ 次元である。曲線上の点 $(-1,0)$ では $J=(-1,0)$ で階数 $1$、接空間は直線 $v_1=0$($1$ 次元)である。円錐の頂点では接空間が $3$ 次元になる。

ほかの例を開く
  • 円錐 $V(x^2+y^2-z^2)\subset\mathbb{A}^3_k$(標数 $2$ でない)の頂点:$J=(2x,2y,-2z)$ は原点で $0$ なので、接空間は $3$ 次元であり、曲面($2$ 次元)の次元を超える。頂点以外の有理点では $J\neq0$ で接空間は $2$ 次元である。
  • 連立方程式 $x+y+z^2+xyz=0$、$x-2y+z+x^2y^2z^3=0$(Vak25 13.1.2)の原点:$J(0)$ の行は $(1,1,0)$、$(1,-2,1)$ で階数 $2$ なので、接空間は $1$ 次元で、2 つの平面 $x+y=0$、$x-2y+z=0$ の交線である。

射の微分と閉埋め込み

射の微分

$f\colon X\to Y$ をスキームの射、$x\in X$、$y:=f(x)$ とし、$f$ が誘導する剰余体の準同型 $\kappa(y)\to\kappa(x)$ は同型であるとする(たとえば $k$ 上のスキームの $k$ 射で、$x$ が $k$ 有理点のとき)。以下この同型で $\kappa(y)=\kappa(x)$ とみなす。

  1. 茎の局所準同型 $f^\sharp_x\colon\mathcal{O}_{Y,y}\to\mathcal{O}_{X,x}$ は $\mathfrak{m}_y$ を $\mathfrak{m}_x$ に、$\mathfrak{m}_y^2$ を $\mathfrak{m}_x^2$ に写し、線形写像 $\mathfrak{m}_y/\mathfrak{m}_y^2\to\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$ を誘導する。その双対を 微分 $df_x\colon T_{X,x}\to T_{Y,y}$ という。
  2. (連鎖律)$g\colon Y\to Z$、$z:=g(y)$ で $\kappa(z)\to\kappa(y)$ も同型なら $d(g\circ f)_x=dg_y\circ df_x$ である。
  3. $f$ が閉埋め込みなら、$\mathfrak{m}_y/\mathfrak{m}_y^2\to\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$ は全射であり、$df_x$ は単射である。

要点:1・2 は局所準同型の定義と $(g\circ f)^\sharp_x=f^\sharp_x\circ g^\sharp_y$ から、3 は閉埋め込みの茎の写像が全射であることから従う。

詳しい証明を開く

1:$f^\sharp_x$ は局所準同型なので $f^\sharp_x(\mathfrak{m}_y)\subset\mathfrak{m}_x$ であり、積を保つので $f^\sharp_x(\mathfrak{m}_y^2)\subset\mathfrak{m}_x^2$ である。誘導される写像は $\kappa(y)=\kappa(x)$ 上線形である($b\in\mathcal{O}_{Y,y}$ の作用が $f^\sharp_x(b)$ の作用に移る)。

2:$(g\circ f)^\sharp_x=f^\sharp_x\circ g^\sharp_y$ なので、余接空間の写像は合成になり、双対をとると順序が入れ替わる。

3:閉埋め込みでは層の射 $\mathcal{O}_Y\to f_*\mathcal{O}_X$ が全射なので、茎の写像 $f^\sharp_x\colon\mathcal{O}_{Y,y}\to\mathcal{O}_{X,x}$ は全射である(閉埋め込み の記事の補題「閉集合への同相による押し出しの茎」)。$b\in\mathfrak{m}_x$ を $b=f^\sharp_x(a)$ と書くと、$f^\sharp_x$ は局所準同型で $(f^\sharp_x)^{-1}(\mathfrak{m}_x)=\mathfrak{m}_y$ なので $a\in\mathfrak{m}_y$ である。よって $\mathfrak{m}_y\to\mathfrak{m}_x$ は全射で、商の写像 $\mathfrak{m}_y/\mathfrak{m}_y^2\to\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$ も全射である。全射な線形写像の双対は単射である。$\square$

3 により、$X$ を $\mathbb{A}^n_k$ の閉部分スキームとして埋め込めば、$T_{X,p}$ は $T_{\mathbb{A}^n,p}=k^n$ の部分空間になる。thm-zariski-tangent-space-jacobian はこの部分空間を具体的に求めたものである。$\kappa(x)\neq\kappa(y)$ のときも余接空間の写像 $\mathfrak{m}_y/\mathfrak{m}_y^2\otimes_{\kappa(y)}\kappa(x)\to\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$ はつねに定まるが、接空間の写像は $\kappa(x)$ への係数拡大を経由する(Vak25 13.1.6 は、余接空間の方が自然であることの表れと注意している)。

接空間の次元と正則性

余接空間の次元と生成元の個数

$(A,\mathfrak{m},\kappa)$ を Noether環 である局所環とする。

  1. $\dim_\kappa\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ は $\mathfrak{m}$ の生成元の個数の最小値に等しい。とくに有限である。
  2. $\dim_\kappa T_A\ge\dim A$($\dim A$ は Krull次元)であり、等号が成り立つことと $A$ が正則局所環であることは同値である。

1:$\mathfrak{m}$ は有限生成 $A$ 加群なので、Nakayamaの補題 の系「局所環上の極小生成系」を $M=\mathfrak{m}$ に当てはめればよい(同記事の例「極大イデアルの生成元と余接空間」、埋め込み次元 の記事の命題「埋め込み次元は極大イデアルの最小生成元数である」)。
2:1 により $\dim_\kappa T_A=\operatorname{edim}A$ である。不等式 $\dim A\le\operatorname{edim}A$ は Krull の高さ定理から従い、等号は正則局所環の定義である(埋め込み次元 の記事の定理「次元不等式と正則局所環」。高さ定理の証明は同記事の注意のとおり外部の文献に委ねる)。$\square$

$k$ 上の多様体 $X$ の閉点 $x$ では $\dim\mathcal{O}_{X,x}=\dim X$ となるので(Vak25 12.2.9 の定理 $\dim Y+\dim\mathcal{O}_{X,\eta}=\dim X$ を $Y=\{x\}$ に当てはめる。証明は Noether の正規化定理を使うのでここでは割愛する)、閉点で $\dim T_{X,x}\ge\dim X$ であり、等号が成り立つ点が正則な点、成り立たない点が特異点である。尖点・結節点・円錐の頂点(ex-zariski-tangent-space-examples)は特異点の例であり、$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ の閉点 $(p)$ では $\dim\mathbb{Z}_{(p)}=1=\dim T$ なので正則である(ex-zariski-tangent-space-nonrational)。

Stacks Project の接空間との関係

Stacks Tag 0B2C(Varieties, Definition 16.3)は、射 $X\to S$ と点 $x$(像 $s$)について、双対数 $\kappa(x)[\varepsilon]$ に値をとる点で相対的な接空間 $T_{X/S,x}$ を定め、Tag 0B2D(Lemma 16.4)で $T_{X/S,x}=\operatorname{Hom}_{\mathcal{O}_{X,x}}(\Omega_{X/S,x},\kappa(x))$(Kähler微分)を示している。Tag 0B2E(Lemma 16.5)により、$S=\operatorname{Spec}k$ で $\kappa(x)=k$ のときは $T_{X/k,x}$ はこの記事の $T_{X,x}$ と一致する(thm-zariski-tangent-space-dual-numbers と同じ内容)。同 Lemma 16.5 は $\kappa(x)/k$ が分離代数拡大の場合にも一致を述べている。一方、剰余体が $k$ の非分離拡大のときや、$\mathbb{A}^1_k$ の生成点(剰余体 $k(t)$ で $T_{X,\eta}=0$ だが $\Omega_{k(t)/k}=k(t)\,dt\neq0$)のように剰余体が $k$ 上超越的なときは一致しない。

一致しない例を開く

たとえば $k=\mathbb{F}_p(t)$、$K:=k(t^{1/p})=k[y]/(y^p-t)$、$X=\operatorname{Spec}K$(1 点 $x$)とすると、$\mathcal{O}_{X,x}=K$ は体なので $T_{X,x}=0$ だが、$\Omega_{K/k}=K\,dy\neq0$(Kähler微分 の記事の例「体の拡大の微分加群」の 2)なので $T_{X/k,x}=\operatorname{Hom}_K(K\,dy,K)$ は $1$ 次元である。

注意

  • 「接ベクトル」には、可微分多様体での 3 つの定義(曲線・導分・成分)がある(接空間)。Zariski 接空間は導分による定義の代数版であり、滑らかな点では他の定義と同じ次元になる。
  • Zariski 接空間の双対 $\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$(余接空間)の方が関数から直接に作れ、射に対して自然にふるまう。余接空間を点ごとに束ねたものにあたるのがKähler微分の層 $\Omega_{X/k}$ であり、$k$ 有理点 $x$ では $\Omega_{X/k,x}\otimes\kappa(x)\cong\mathfrak{m}_x/\mathfrak{m}_x^2$ である(Stacks Tag 0B2E)。滑らかな射の理論はこの層を使って組み立てられる。
  • 双対数に値をとる点は、1 次の変形理論の出発点である。$k[\varepsilon]$ を $k[\varepsilon]/(\varepsilon^{n+1})$ に替えると高次の無限小の曲線を考えることになる。

関連項目

参考文献

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