完全複体

同義語:perfect complexパーフェクト複体

概要

完全複体(perfect complex)とは、可換環 $R$ の導来圏 $D(R)$ の対象で、有限生成射影加群の有界な複体と同型なもののことである。完全複体はどの加群との導来テンソル積でも有限個の次数にしかコホモロジーをもたず(有限 Tor 振幅)、移動・写像錐・導来テンソル積で閉じる。$R$ が Noether 環なら、上に有界な複体が完全であることは、コホモロジーがすべて有限生成で Tor 振幅が有限であることと同値であり、有限生成加群が完全であることは射影次元が有限であることと同値である。導来圏で有限性を要する定理の仮定として現れる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 導来圏, 導来テンソル積, 射影加群, 有限表示加群, Noether環

加群 $M$ の性質のうち「有限生成な射影加群による長さ有限の分解をもつ」ことを、複体にまで広げたのが完全複体である。導来圏 $D(R)$ の対象のうち、有限生成射影加群の有界な複体で表せるものを完全複体という。完全複体は導来テンソル積で「どの係数で計算しても有限個の次数にしか現れない」性質をもち、写像錐・移動・テンソル積で閉じた扱いやすい部分圏をなす。射影公式(加群層) の導来圏の版のように、導来圏で有限性を要する場面では、この条件が仮定として現れる。
この記事では、完全複体と Tor 振幅を定義し、完全複体が写像錐で閉じることを示す。主定理として、Noether環 の上では「コホモロジーがすべて有限生成で、Tor 振幅が有限」なことが完全であることと同値であることを証明し、加群については有限射影次元と同値になることを導く。条件を 1 つずつ外した反例も挙げる。
用語の注意:ホモロジーがすべて $0$ の複体(完全列をなす複体、exact complex)を「完全複体」「完全な複体」と呼ぶことがあり、ほかの記事でもこの意味で使うことがある。この記事の完全複体(perfect complex)はそれとは別の概念である。

定義

以下 $R$ は単位元をもつ可換環とし、$R$ 加群の複体はコホモロジーの番号づけ $K=(K^n,\ d^n\colon K^n\to K^{n+1})$ で書く(導来圏の記事はホモロジーの番号づけで書いているが、$K^n:=K_{-n}$ と付け替えれば同じ圏である)。$Z^n(K)=\ker d^n$、$B^n(K)=\operatorname{im}d^{n-1}$、$H^n(K)=Z^n(K)/B^n(K)$ とする。$D(R)$ を $R$ 加群の圏の導来圏とし、加群は次数 $0$ だけに置いた複体とみなす。$K[m]$ は $K[m]^n=K^{n+m}$ で定める移動である。$i$ が十分大きいとき $K^i=0$ となる複体を上に有界、$K^i\neq0$ となる $i$ が有限個の複体を有界という。上に有界な複体と同型な $D(R)$ の対象の全体を $D^-(R)$ と書く。複体 $K$ の標準的な切り詰め $\tau^{\le n}K$ は、次数 $n$ を $Z^n(K)$、次数 $n$ より上を $0$ とし、次数 $n$ 未満は $K$ のままとした部分複体である。包含 $\tau^{\le n}K\to K$ は次数 $n$ 以下のコホモロジーを保ち、$i>n$ で $H^i(K)=0$ なら擬同型である。とくに、$i$ が十分大きいとき $H^i(K)=0$ となる $K$ は $D^-(R)$ に属する。

完全複体

$K\in D(R)$ が完全複体(perfect complex)であるとは、各項が有限生成射影加群である有界な複体 $P$ と $D(R)$ で同型であることをいう。$R$ 加群 $M$ は、次数 $0$ に置いた複体として完全複体であるとき完全加群(perfect module)という。

有限生成射影加群は有限生成自由加群の直和因子なので平坦であり(有限表示加群の定理「有限表示の平坦加群」)、有界な複体は上に有界である。したがって完全複体 $K\cong P$ と $R$ 加群 $M$ について、導来テンソル積の定義「導来テンソル積」により $K\otimes^{\mathbf L}_RM\cong P\otimes_RM$ である。

Tor 振幅

$a\le b$ を整数とする。$K\in D^-(R)$ が Tor 振幅 $[a,b]$ をもつ(tor-amplitude in $[a,b]$)とは、すべての $R$ 加群 $M$ と、$i< a$ または $i>b$ をみたすすべての $i$ について $H^i(K\otimes^{\mathbf L}_RM)=0$ となることをいう。ある $a\le b$ について Tor 振幅 $[a,b]$ をもつとき、$K$ は有限 Tor 振幅をもつという。

$M=R$ とおくと $K\otimes^{\mathbf L}_RR\cong K$ なので、Tor 振幅 $[a,b]$ をもつ $K$ のコホモロジーは $[a,b]$ の外で消える。加群 $N$ について、導来テンソル積の命題「Tor との関係」により $H^{-n}(N\otimes^{\mathbf L}_RM)\cong\operatorname{Tor}^R_n(N,M)$($n\ge0$)で正の次数は $0$ だから、$N$ が Tor 振幅 $[-d,0]$ をもつことは、すべての $M$ と $n>d$ で $\operatorname{Tor}^R_n(N,M)=0$ となることと同値である。

基本性質

完全複体の基本性質
  1. 各項が有限生成射影加群で、$i\notin[a,b]$ のとき $P^i=0$ となる複体 $P$ と同型な $K$ は、Tor 振幅 $[a,b]$ をもつ。
  2. $R$ が Noether環 なら、完全複体 $K$ のコホモロジー $H^i(K)$ はすべて有限生成である。
  3. 完全複体の移動・有限直和・導来テンソル積は完全複体である。
  4. $D(R)$ の完全三角形 $K\to L\to M\to K[1]$ で、3 つのうち 2 つが完全複体なら、残りの 1 つも完全複体である。

要点:1 は $P\otimes_RM$ の項が $[a,b]$ の外で $0$ であることから、4 は射影加群の上に有界な複体からの射が鎖写像で表せることから従う。

詳しい証明を開く

1:上で見たとおり $K\otimes^{\mathbf L}_RM\cong P\otimes_RM$ であり、この複体の次数 $i$ の項 $P^i\otimes_RM$ は $i\notin[a,b]$ で $0$ である。

2:$K\cong P$ とすると $H^i(K)\cong H^i(P)$ は有限生成加群 $P^i$ の部分加群 $Z^i(P)$ の商である。Noether 環上の有限生成加群の部分加群は有限生成なので、$H^i(K)$ も有限生成である。

3:移動と有限直和は明らかである。$K\cong P$、$L\cong Q$ とすると、導来テンソル積の定義により $K\otimes^{\mathbf L}_RL\cong P\otimes_RQ$ であり、その次数 $n$ の項 $\bigoplus_{p+q=n}P^p\otimes_RQ^q$ は有限個の和である。$P^p$、$Q^q$ がそれぞれ $R^s$、$R^t$ の直和因子なら $P^p\otimes_RQ^q$ は $R^{st}$ の直和因子なので、各項は有限生成射影加群である。

4:まず $K$、$L$ が完全複体のとき $M$ も完全複体であることを示す。$K\cong P$、$L\cong Q$ とする。$P$ は射影加群の上に有界な複体なので、$\operatorname{Hom}_{D(R)}(P,Q)$ は鎖写像の鎖ホモトピー類の集合と一致する(Wei94 Corollary 10.4.7、p. 388。この記事では証明しない)。よって射 $K\to L$ は鎖写像 $f\colon P\to Q$ で表される。$D(R)$ の完全三角形は鎖写像の錐三角と同型な三角形なので、三角圏の系「第 3 頂点は同型を除いて一意である」により $M\cong\operatorname{Cone}(f)$ である。$\operatorname{Cone}(f)^n=P^{n+1}\oplus Q^n$ は有限生成射影加群で、有界な範囲にしか現れない。よって $M$ は完全複体である。残りの場合は三角形の回転に帰着する。$L$、$M$ が完全複体なら、回転した完全三角形 $L\to M\to K[1]\to L[1]$ に今の結果を当てて $K[1]$、したがって $K$ が完全複体である。$K$、$M$ が完全複体なら、$M[-1]\to K\to L\to M$ に当てて $L$ が完全複体である。$\square$

性質 4 により、完全複体は $D(R)$ の三角部分圏をなす。完全複体は直和因子でも閉じている(Stacks Lemma 76.5、p. 191。この記事では一般の環の場合は証明しない)。この性質は、表示する複体を直接いじるのではなく、次の主定理のような特徴づけを経由して示す。Noether 環の場合は cor-pc-summand で証明する。

主定理:Noether 環上の判定

主定理の証明では、コホモロジーの有限生成性から有限生成自由加群による「分解」を作り、Tor 振幅を使ってその左端を切り落とす。まず分解の存在を示す。

有限生成自由加群による分解

$R$ を Noether 環、$K$ を上に有界な $R$ 加群の複体とし、すべての $H^i(K)$ が有限生成で、$i>b$ のとき $H^i(K)=0$ とする。このとき、各項が有限生成自由加群で $i>b$ のとき $P^i=0$ となる複体 $P$ と、擬同型 $\alpha\colon P\to K$ が存在する。

次数を 1 つずつ下げて作る

要点:次数 $n$ まで作ったとき、$Z^n(P)\to H^n(K)$ の核を消す生成元と、$H^{n-1}(K)$ の生成元を次数 $n-1$ に置く。核が有限生成であることに Noether 性を使う。

詳しい証明を開く

$n\le b$ について、有限生成自由加群 $P^n,\dots,P^b$、微分 $d_P$、写像 $\alpha^i\colon P^i\to K^i$($n\le i\le b$)で次をみたすものを帰納的に作る。(i) $n\le i< b$ で $d_K\alpha^i=\alpha^{i+1}d_P$、かつ $d_K\alpha^b=0$。(ii) $i>n$ で $H^i(\alpha)$ は同型($P$ は次数 $n$ 未満を $0$ とした複体とみる)。(iii) $\alpha^n$ は $Z^n(P)$ を $Z^n(K)$ に写し、$Z^n(P)\to H^n(K)$ は全射。

始め($n=b$):$H^b(K)$ の生成元の代表 $y_1,\dots,y_s\in Z^b(K)$ をとり、$P^b=R^s$、$\alpha^b$ を基底を $y_k$ に送る写像とする。$i>b$ では両辺のコホモロジーが $0$ なので (ii) が成り立ち、(i)(iii) も成り立つ。

帰納の段:(i)〜(iii) をみたす $n$ までの構成があるとする。$Q:=\{z\in Z^n(P)\mid\alpha^n(z)\in B^n(K)\}$ は $Z^n(P)\to H^n(K)$ の核である。$Z^n(P)$ は有限生成加群 $P^n$ の部分加群なので、Noether 性により $Q$ は有限生成である。生成元 $z_1,\dots,z_r$ と $d_Kc_j=\alpha^n(z_j)$ をみたす $c_j\in K^{n-1}$ をとる。また $H^{n-1}(K)$ の生成元の代表 $y_1,\dots,y_s\in Z^{n-1}(K)$ をとる。$P^{n-1}:=R^{r+s}$ とし、基底 $e_1,\dots,e_r,f_1,\dots,f_s$ について $d_P(e_j)=z_j$、$d_P(f_k)=0$、$\alpha^{n-1}(e_j)=c_j$、$\alpha^{n-1}(f_k)=y_k$ と定める。$z_j\in Z^n(P)$ なので $d_P\circ d_P=0$ であり、$d_K\alpha^{n-1}(e_j)=d_Kc_j=\alpha^n(z_j)=\alpha^nd_P(e_j)$、$d_K\alpha^{n-1}(f_k)=0=\alpha^nd_P(f_k)$ なので (i) が次数 $n-1$ まで成り立つ。新しい $P$ の $H^n$ は $Z^n(P)/Q$ であり、$H^n(\alpha)\colon Z^n(P)/Q\to H^n(K)$ は $Q$ の定め方から単射、(iii) から全射である。次数 $n$ より上のコホモロジーは変わらないので、(ii) が $i>n-1$ で成り立つ。$f_k\in Z^{n-1}(P)$ の像が $H^{n-1}(K)$ を生成するので (iii) が $n-1$ で成り立つ。

この構成をすべての $n\le b$ について続けて得られる複体を $P$ とする。(i) から $\alpha$ は鎖写像であり、各 $i$ について $H^i(P)$ は次数 $i-1$ 以上の項だけで決まるので、(ii) から $H^i(\alpha)$ はすべての $i$ で同型である。$\square$

Noether 環上の完全複体の判定

$R$ を Noether 環、$K\in D^-(R)$ とする。次は同値である。

  1. $K$ は完全複体である。
  2. すべての $i$ について $H^i(K)$ は有限生成であり、$K$ は有限 Tor 振幅をもつ。
    さらに 2 が成り立ち $K$ が Tor 振幅 $[a,b]$ をもつなら、$K$ は、各項が有限生成射影加群で $i\notin[a,b]$ のとき $0$ となる複体と同型である。
分解の左端を切り落とす

1 から 2 は prop-pc-basic の 1 と 2 である。
2 を仮定し、$K$ が Tor 振幅 $[a,b]$ をもつとする。$M=R$ とおいて $i\notin[a,b]$ のとき $H^i(K)=0$ である。$K$ を上に有界な複体で表して lem-pc-resolution を当て、各項が有限生成自由加群で $i>b$ のとき $P^i=0$ となる複体 $P$ と擬同型 $P\to K$ をとる。$P$ は平坦加群の上に有界な複体なので、すべての $M$ について $K\otimes^{\mathbf L}_RM\cong P\otimes_RM$ である。
$B:=\operatorname{coker}(d^{a-1}\colon P^{a-1}\to P^a)$ とおき、複体 $E$ を
$$ E:\quad 0\to B\xrightarrow{\ \bar d^a\ }P^{a+1}\to P^{a+2}\to\cdots\to P^b\to0\qquad(B\text{ は次数 }a) $$
で定める。$\bar d^a$ は $d^a$ が誘導する写像である($d^a\circ d^{a-1}=0$ による)。商写像 $P^a\to B$ と、次数 $a$ より上の恒等写像からなる鎖写像 $P\to E$ は擬同型である。実際、次数 $a+1$ 以上では像 $\bar d^a(B)=d^a(P^a)$ が同じなのでコホモロジーは変わらず、$H^a(E)=\ker\bar d^a=Z^a(P)/B^a(P)=H^a(P)$、次数 $a$ 未満では $H^i(P)\cong H^i(K)=0=H^i(E)$ である。$E$ の $B$ 以外の項は有限生成自由加群なので、$B$ が有限生成射影加群であることを示せばよい。
$B$ は有限生成自由加群の間の写像の余核なので有限表示である。有限表示加群の定理「有限表示の平坦加群」により、$B$ が平坦であることを示せばよく、Tor関手の命題「巡回加群による平坦判定」により、すべての $M$ で $\operatorname{Tor}^R_1(B,M)=0$ を示せばよい。
$P$ の次数 $a$ 以下の項だけからなる商複体 $P_{\le a}:\ \cdots\to P^{a-1}\to P^a\to0$ と、次数 $a+1$ 以上の項だけからなる部分複体 $P_{>a}$ をとる。$P_{\le a}$ は次数 $a$ 未満でコホモロジーが $0$ で $H^a=B$ なので、$B$ の自由分解を次数 $a$ だけずらしたものであり、$H^{a-1}(P_{\le a}\otimes_RM)\cong\operatorname{Tor}^R_1(B,M)$ である。短完全列 $0\to P_{>a}\to P\to P_{\le a}\to0$ は各次数で分裂するので、$M$ とテンソルしても短完全列である。コホモロジーの長完全列の一部
$$ H^{a-1}(P\otimes_RM)\to H^{a-1}(P_{\le a}\otimes_RM)\to H^a(P_{>a}\otimes_RM) $$
で、左端は $K\otimes^{\mathbf L}_RM$ の次数 $a-1$ のコホモロジーなので Tor 振幅の仮定から $0$、右端は次数 $a$ 以下の項がない複体のコホモロジーなので $0$ である。よって $\operatorname{Tor}^R_1(B,M)=0$ であり、$B$ は平坦、したがって有限生成射影加群である。$E$ は求める複体である。$\square$

この証明は Noether 性を lem-pc-resolution だけで使っている。一般の環では、「有限生成自由加群の上に有界な複体と擬同型である」こと(擬連接性)と有限 Tor 振幅をあわせた条件が、完全であることと同値になる(Stacks Lemma 76.2、p. 191。この記事では証明しない)。

直和因子

$R$ を Noether 環とする。$K\oplus L$ が完全複体なら、$K$ と $L$ も完全複体である。

$K\oplus L$ が Tor 振幅 $[a,b]$ をもつとする。導来テンソル積は直和と交換し、$H^i$ も直和と交換するので、$K$ も Tor 振幅 $[a,b]$ をもち、$H^i(K)$ は有限生成加群 $H^i(K\oplus L)$ の直和因子なので有限生成である。$i>b$ で $H^i(K)=0$ なので $K\in D^-(R)$ である。thm-pc-noetherian により $K$ は完全複体である。$L$ も同様である。$\square$

完全加群と射影次元

完全加群の判定

$R$ を Noether 環、$N$ を有限生成 $R$ 加群、$d\ge0$ とする。次は同値である。

  1. $N$ は有限生成射影加群による長さ $d$ 以下の分解 $0\to P_d\to\cdots\to P_0\to N\to0$ をもつ。
  2. $N$ の射影次元は $d$ 以下である。
  3. すべての $R$ 加群 $M$ と $n>d$ について $\operatorname{Tor}^R_n(N,M)=0$ である。
    とくに、$N$ が完全加群であることと、$N$ の射影次元が有限であることは同値である。

1 から 2 は射影次元の定義による。2 を仮定し、長さ $d$ 以下の射影分解をとると、それで Tor を計算できるので 3 が成り立つ。3 を仮定すると、Tor 振幅の定義のあとで見たとおり $N$ は Tor 振幅 $[-d,0]$ をもつ。thm-pc-noetherian により、$N$ は各項が有限生成射影加群で次数 $[-d,0]$ の外で $0$ となる複体 $E$ と同型であり、$H^i(E)=0$($i\neq0$)、$H^0(E)\cong N$ である。$P_j:=E^{-j}$ とおけば $0\to P_d\to\cdots\to P_0\to N\to0$ は完全で、1 が成り立つ。最後の主張を示す。完全加群 $N$ は prop-pc-basic の 1 によりある Tor 振幅 $[a,b]$ をもつ。$N\otimes^{\mathbf L}_RM$ の正の次数のコホモロジーは $0$ なので、$N$ は Tor 振幅 $[\min(a,0),0]$ をもち、$d=-\min(a,0)$ について 3 が成り立つ。逆に射影次元が有限なら 1 の分解が完全加群であることを示している。$\square$

大域次元が有限な Noether 環では、すべての有限生成加群が有限射影次元をもつので、すべての有限生成加群は完全加群である。さらに、コホモロジーが有界で各 $H^i(K)$ が有限生成な複体 $K$ は完全複体である。実際、標準的な切り詰めの短完全列 $0\to\tau^{\le n-1}K\to\tau^{\le n}K\to C_n\to0$ の商 $C_n$ は $H^n(K)[-n]$ と擬同型であり、短完全列は $D(R)$ の完全三角形を与える(Wei94 Example 10.4.9、p. 389)ので、prop-pc-basic の 4 を次数ごとに使えばよい。Noether 環で各局所環が正則局所環であるもの(正則環)では、Krull 次元が有限とは限らない場合も含めて同じ結論が成り立つ(Stacks Lemma 76.14、p. 193。この記事では証明しない)。

例

Koszul 複体

$x_1,\dots,x_r\in R$ の Koszul複体 $K(\boldsymbol x;R)$ を、次数 $-q$ に $\bigwedge^qR^r$ を置いたコホモロジーの番号づけの複体とみると、各項は有限生成自由加群で有界なので、任意の環 $R$ で完全複体である。$\boldsymbol x$ が $R$ の正則列なら、Koszul複体の定理「正則列のKoszulホモロジー」により $K(\boldsymbol x;R)$ は $R/(\boldsymbol x)$ の自由分解なので、$R/(\boldsymbol x)$ は完全加群で、Tor 振幅 $[-r,0]$ をもつ。

体の上の完全複体

$R=k$ が体なら、$K\in D^-(k)$ が完全複体であることは、$H^i(K)$ が有限個の $i$ を除いて $0$ で、各 $H^i(K)$ が有限次元であることと同値である。実際、すべての $k$ 加群は平坦なので $K\otimes^{\mathbf L}_kM\cong K\otimes_kM$ であり、テンソル積は完全なので $H^i(K\otimes_kM)\cong H^i(K)\otimes_kM$ である。よって $K$ が有限 Tor 振幅をもつことはコホモロジーが有界であることと同値であり、thm-pc-noetherian から主張が従う。

コホモロジーが完全加群でない完全複体

$k$ を体とし、$R=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$(二重数の環)とする。次数 $-1$ と $0$ に $R$ を置き、微分を $\varepsilon$ 倍とした複体 $P:\ R\xrightarrow{\varepsilon}R$ は完全複体である。$\varepsilon$ 倍の核と像はともに $\varepsilon R\cong k$ なので、$H^{-1}(P)\cong k$、$H^0(P)\cong R/\varepsilon R=k$ である。一方、剰余体 $k$ は完全加群でない。実際、$\cdots\xrightarrow{\varepsilon}R\xrightarrow{\varepsilon}R\to k\to0$ は $k$ の自由分解(射影次元の例「無限射影次元の周期分解」)で、$k$ とテンソルすると微分がすべて $0$ になるので、すべての $n\ge0$ で $\operatorname{Tor}^R_n(k,k)\cong k$ となり、$k$ は有限 Tor 振幅をもたない。このように、完全複体のコホモロジー加群が完全加群であるとは限らない。コホモロジーが有界で各コホモロジー加群が完全加群なら複体も完全であることは、前節の切り詰めの議論と prop-pc-basic の 4 から従うが、その逆は成り立たない。

反例:仮定を外すと崩れること

thm-pc-noetherian の 2 から 1 への含意の仮定を 1 つずつ外す。$k$ は体とする。

外す条件反例成り立たなくなること
各 $H^i(K)$ が有限生成$R=k$、$K=V$(無限次元の $k$ ベクトル空間を次数 $0$ に置く)$K$ が完全複体であること
有限 Tor 振幅$R=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$、$K=k$$K$ が完全複体であること
$R$ が Noether 環$R=\prod_{n\ge1}k$、$J=\bigoplus_{n\ge1}k$、$K=R/J$$K$ が完全複体であること
各行の確かめ

1 行目:$k$ 加群はすべて平坦なので $V$ は Tor 振幅 $[0,0]$ をもち、$k$ は Noether 環である。$V$ が完全複体なら prop-pc-basic の 2 により $H^0=V$ が有限生成のはずだが、そうでない。

2 行目:$R$ は有限次元の $k$ 代数なので Noether 環で、$k$ は有限生成である。Tor 振幅が有限でないことは ex-pc-dual-numbers で見た。完全複体なら prop-pc-basic の 1 により有限 Tor 振幅をもつので、$k$ は完全複体でない。

3 行目:絶対平坦環の注意「反例:有限生成で平坦だが射影でない加群」により、$R/J$ は一元生成の平坦加群で射影加群でなく、$J$ は有限生成でないので $R$ は Noether 環でない。平坦なので $R/J$ は Tor 振幅 $[0,0]$ をもつ。$R/J$ が完全複体 $P$(各項は有限生成射影加群)と同型だとする。$P^b\neq0$ となる最大の $b$ が正なら、$H^b(P)=0$ から $d^{b-1}\colon P^{b-1}\to P^b$ は射影加群への全射なので分裂し、$Z^{b-1}(P)$ は $P^{b-1}$ の直和因子として有限生成射影加群である。次数 $b-1$ を $Z^{b-1}(P)$ に、次数 $b$ を $0$ に取り替えた部分複体への包含は、商が同型 $P^{b-1}/Z^{b-1}(P)\to P^b$ だけの非輪状な複体なので擬同型である。これを繰り返して $b\le0$ にでき、$H^0(P)\cong R/J\neq0$ から $b=0$ である。すると $R/J\cong\operatorname{coker}(P^{-1}\to P^0)$ は有限表示で平坦なので、有限表示加群の定理「有限表示の平坦加群」により射影加群となり、矛盾する。

環付き空間の上で

環付き空間 $(X,\mathcal O_X)$ の上の $\mathcal O_X$ 加群の複体 $\mathcal K$ が完全であるとは、各点の開近傍 $U$ があって、$\mathcal K|_U$ が有限階数の局所自由層の有界な複体と擬同型であることをいう。射影公式(加群層) の導来圏の版は、この意味の完全複体を係数にとる。

関連項目

参考文献

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