交叉コホモロジー

概要

交叉コホモロジー(intersection cohomology)とは、既約な複素代数多様体(または層別された空間)$X$ の滑らかな稠密開部分 $U\subset X$ 上の定数層をずらした複体 $\mathbb{Q}_U[n]$($n=\dim_{\mathbb{C}}X$)を、偏屈層の中間拡張 $j_{!*}$ によって $X$ 全体へ延長して得られる交叉コホモロジー複体 $IC_X$ の超コホモロジー $IH^k(X):=\mathbb{H}^{k-n}(X,IC_X)$ のことをいう。$X$ が滑らかであれば通常のコホモロジー $H^k(X;\mathbb{Q})$ に一致するが、$X$ が特異点を持つ場合にも通常のコホモロジーが満たさないPoincaré双対性を回復するように設計された不変量であり、特異多様体の位相幾何における中心的な道具である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, アーベル圏, 三角圏, 導来圏, t構造, 偏屈層

定義

開拡張・零拡張と自然変換

開埋め込み $j\colon U\hookrightarrow X$(偏屈層の意味での層別された空間の間の)に対し、$U$ 上の複体を $X$ 上へ移す関手として、層の導来圏の標準的な関手である導来順像 $Rj_*\colon D^b_c(U)\to D^b_c(X)$($U$ の外では制限を課さない拡張。六演算)に加えて、零拡張 $j_!\colon D^b_c(U)\to D^b_c(X)$(extension by zero、$U$ の外で茎を零にする拡張)が存在する(構成の詳細は層理論の標準的な事実として本記事では立ち入らない)。両者の間には自然変換
$$ j_!\longrightarrow Rj_* $$
が存在する(随伴・基底変換から従う標準的な事実として引用するBBD82)。

中間拡張

def-open-extension-shriek-extensionの設定のもとで、偏屈層の意味での偏屈層 $F\in\operatorname{Perv}(U)$ に対し、t構造で定めたコホモロジー関手 $H^0$ を、$X$ 上の偏屈t構造(${}^pH^0$ と書く)に関して $j_!F$、$Rj_*F$ にそれぞれ適用すると、${}^pH^0(j_!F)$、${}^pH^0(Rj_*F)$ はともに $\operatorname{Perv}(X)$ の対象になり、自然変換 $j_!\to Rj_*$ から誘導される射
$$ {}^pH^0(j_!F)\longrightarrow{}^pH^0(Rj_*F) $$
が定まる。t構造の一般論により $\operatorname{Perv}(X)$ はアーベル圏をなすから、この射は well-defined な像対象を持つ。これを
$$ j_{!*}F:=\operatorname{im}\bigl({}^pH^0(j_!F)\to{}^pH^0(Rj_*F)\bigr)\in\operatorname{Perv}(X) $$
と定め、中間拡張(intermediate extension)と呼ぶ。

交叉コホモロジー複体と交叉コホモロジー

$X$ を既約な複素代数多様体(または既約な層別された空間)で $\dim_{\mathbb{C}}X=n$ のもの(したがって純 $n$ 次元)とし、その滑らかな稠密開部分集合を $U\subset X$、包含を $j\colon U\hookrightarrow X$ とする。$U$ は滑らかだから、偏屈層の記事の命題(滑らかな場合)により、定数層 $\mathbb{Q}_U$ をずらした複体は $\mathbb{Q}_U[n]\in\operatorname{Perv}(U)$ を満たす。このとき
$$ IC_X:=j_{!*}(\mathbb{Q}_U[n])\in\operatorname{Perv}(X) $$
を $X$ の交叉コホモロジー複体(intersection cohomology complex)と呼び、その超コホモロジーを次数 $n$ だけずらしたもの
$$ IH^k(X):=\mathbb{H}^{k-n}(X,IC_X)\qquad(k\in\mathbb{Z}) $$
を $X$ の(中間パーバーシティに関する)交叉コホモロジー(intersection cohomology)と呼ぶ。この規格では $IH^k(X)$ が非零になりうるのは $0\le k\le 2n$ の範囲に限られ、prop-intersection-cohomology-smooth で示すように $X$ が滑らかなら通常のコホモロジー $H^k(X;\mathbb{Q})$ に一致する。

開集合の取り方によらないこと

$IC_X$ は滑らかな稠密開集合 $U$ の取り方によらない。実際、$U'\subset U$ をより小さい滑らかな稠密開集合とすると、$U$ 上では $\mathbb{Q}_U[n]$ が $\mathbb{Q}_{U'}[n]$ の中間拡張になっており、中間拡張の推移性 $j_{!*}\circ j'_{!*}\cong(j\circ j')_{!*}$ から両者の与える $IC_X$ は同型になる(BBD82 §2.1)。

直感

交叉コホモロジーは、$X$ の滑らかな部分の通常のコホモロジーを、特異点の周りに「これ以上余計な情報を持ち込まない最小の仕方」で延長したものである。中間拡張 $j_{!*}F$ は、$j_!F$(特異点でむりやり零にする延長)と $Rj_*F$(特異点で情報を制限なく持ち込む延長)という2つの極端な延長の「中間」に位置する像対象として定義され、$\operatorname{Perv}(X)$ の中で「$U$ への制限が $F$ に戻り、かつ $X\setminus U$ に台をもつ真の部分対象も商対象も持たない」という唯一の拡張として特徴づけられる(この特徴づけの証明は本記事の範囲を超えるため、標準的な事実として引用する。BBD82 §1.4・§2.1、GM83)。
通常の特異コホモロジーは、$X$ が特異点を持つとPoincaré双対性を満たさなくなることが知られている。交叉コホモロジーは、通常のコホモロジーの代わりに $IC_X$ を用いることで、特異な空間に対してもPoincaré双対性を回復するように設計された不変量であり(歴史的にはこれが理論の出発点だった)、これが偏屈層の理論——ひいては分解定理・六演算といった現代的な道具——を動機づけている。

例

滑らかな場合

$X$ が滑らかな(特異点を持たない)既約 $n$ 次元複素代数多様体であるとき、$IC_X=\mathbb{Q}_X[n]$ であり、すべての $k$ について
$$ IH^k(X)=\mathbb{H}^{k-n}(X,\mathbb{Q}_X[n])=\mathbb{H}^{k}(X,\mathbb{Q}_X)=H^{k}(X;\mathbb{Q}) $$
が成り立つ。すなわち交叉コホモロジーは通常の(特異)コホモロジーに一致する。

$X$ 自身が滑らかな稠密開集合であるから、rem-intersection-cohomology-independence により $U=X$、$j=\operatorname{id}_X$ と取ってよい。このとき $j_!=Rj_*=\operatorname{id}$(恒等関手)である。$\mathbb{Q}_X[n]$ はすでに $\operatorname{Perv}(X)$ に属する(偏屈層の記事の命題(滑らかな場合)による)ため ${}^pH^0$ を適用しても変化せず、恒等射の像はもとの対象そのものであるから、def-intermediate-extension の像は $j_{!*}(\mathbb{Q}_X[n])=\mathbb{Q}_X[n]$ となる。ゆえに $IC_X=\mathbb{Q}_X[n]$ であり、超コホモロジーのシフトに関する性質 $\mathbb{H}^{m}(X,G[n])=\mathbb{H}^{m+n}(X,G)$ を $m=k-n$、$G=\mathbb{Q}_X$ に適用して $IH^k(X)=\mathbb{H}^{k-n}(X,\mathbb{Q}_X[n])=\mathbb{H}^{k}(X,\mathbb{Q}_X)$ を得る。定数層の超コホモロジーは通常の層係数コホモロジー $H^k(X;\mathbb{Q})$ にほかならない。$\blacksquare$

特異曲線の交叉コホモロジー

$X$ が既約な複素射影曲線で、通常二重点(node)を1つだけ持つとき、その正規化 $\nu\colon\widetilde X\to X$($\widetilde X$ は滑らかな射影曲線)を取ると、すべての $k$ について $IH^k(X)\cong H^k(\widetilde X;\mathbb{Q})$ が成り立つことが知られている——交叉コホモロジーは特異点における2つの枝を「分離」して見る、という意味で正規化のコホモロジーを回復する。この事実の証明は本記事の範囲を超えるため、標準的な事実として引用するGM80。

性質

中間拡張の制限

def-intermediate-extension の設定のもとで、$F\in\operatorname{Perv}(U)$ に対し $j^*j_{!*}F\cong F$ が成り立つ。すなわち中間拡張 $j_{!*}F$ を $U$ に制限するともとの $F$ に戻る。

$j$ は開埋め込みだから、制限関手 $j^*\colon D^b_c(X)\to D^b_c(U)$ は $j_!$ の右随伴かつ $Rj_*$ の左随伴であり、$j^*j_!\cong\mathrm{id}$、$j^*Rj_*\cong\mathrm{id}$ を満たす。また自然変換 $j_!\to Rj_*$ に $j^*$ を施したものは恒等射 $\mathrm{id}_F\to\mathrm{id}_F$ になる。さらに $j^*$ は偏屈t構造に関して t-完全である($U$ の層別が $X$ の層別の制限であり、開埋め込みに対して $j^*=j^!$ であることから、偏屈層の支持条件・余支持条件が保たれる。BBD82 §1.4・§2.1)。したがって $j^*$ は偏屈コホモロジー ${}^pH^0$ と可換であり、$\operatorname{Perv}(X)\to\operatorname{Perv}(U)$ を誘導する完全関手として、アーベル圏における射の像と可換である。ゆえに
$$ j^*j_{!*}F=j^*\operatorname{im}\bigl({}^pH^0(j_!F)\to{}^pH^0(Rj_*F)\bigr)\cong\operatorname{im}\bigl({}^pH^0(j^*j_!F)\to{}^pH^0(j^*Rj_*F)\bigr)\cong\operatorname{im}(\mathrm{id}_F)=F $$
が成り立つ。ここで ${}^pH^0(F)=F$ は $F\in\operatorname{Perv}(U)$ による。$\blacksquare$

交叉コホモロジーのPoincaré双対性

$X$ を既約な複素代数多様体(複素次元 $n$)でコンパクト空間であるものとするとき、中間パーバーシティに関する交叉コホモロジーは、すべての $k$ について
$$ IH^k(X)\cong IH^{2n-k}(X)^\vee $$
という意味でのPoincaré双対性を満たす。ここで $(-)^\vee$ は $\mathbb{Q}$ ベクトル空間の双対を表す。

Poincaré双対性の出典

thm-intersection-cohomology-poincare-duality の証明は、$IC_X$ がVerdier双対 $\mathbb{D}$ に関して自己双対($\mathbb{D}IC_X\cong IC_X$)であること(Verdier 双対が中間拡張と交換すること $\mathbb{D}j_{!*}\cong j_{!*}\mathbb{D}$(BBD82 §2.1)と、滑らかな $U$ 上で $\mathbb{D}(\mathbb{Q}_U[n])\cong\mathbb{Q}_U[2n-n]=\mathbb{Q}_U[n]$ であることから従う)と、コンパクトな $X$ 上での Verdier 双対と超コホモロジーの関係 $\mathbb{H}^{m}(X,\mathbb{D}G)\cong\mathbb{H}^{-m}(X,G)^\vee$ とを組み合わせるものであるが、本記事の範囲を超えるため標準的な事実として引用する(GM83、BBD82 §2.1)。通常の特異コホモロジーは、$X$ が特異点を持つ場合にはこの双対性を一般には満たさない。

交叉コホモロジーの位相不変性

$IC_X$(したがって $IH^k(X)$)は、$X$ の層別・複素代数構造の取り方によらず、$X$ の下部位相空間のみから定まる(位相不変性)。

位相不変性の出典

thm-intersection-cohomology-topological-invariance の証明は本記事の範囲を超えるため、標準的な事実として引用する(GM83、BBD82 §2.1)。

鎖による定義と Hard Lefschetz

GM80 は許容鎖(allowable chain)により交叉ホモロジーを定義し、GM83 §3 で Deligne の構成 $IC_X$ と一致することが示された。$X$ が射影的なら交叉コホモロジーは Hard Lefschetz 定理を満たす(BBD82 §5.4)。

関連項目

参考文献

[1]
Mark Goresky, Robert MacPherson, Intersection homology theory, Topology, 1980
[2]
Mark Goresky, Robert MacPherson, Intersection homology II, Inventiones Mathematicae, 1983
[3]
Alexander Beilinson, Joseph Bernstein, Pierre Deligne, Faisceaux pervers, Astérisque 100, Société Mathématique de France, 1982

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