Cauchy–Schwarzの不等式(Cauchy–Schwarz inequality)とは、実または複素のベクトル空間の半内積について $|\langle x,y\rangle|^2\le\langle x,x\rangle\langle y,y\rangle$ が成り立つという不等式であり、内積(正定値)なら等号は $x,y$ が 1 次従属のときに限る。数の組の $|\sum_ix_i\overline{y_i}|^2\le\sum_i|x_i|^2\sum_i|y_i|^2$、関数の積分、期待値 $E[XY]^2\le E[X^2]E[Y^2]$ はすべてその場合であり、相関係数が $-1$ 以上 $1$ 以下であること、内積から三角不等式が出ること、内積の連続性の根拠になる。Gram 行列の行列式が $0$ 以上であることへ一般化され、不定符号の形式では向きが逆になりうる。
平面のベクトル $x,y$ の内積は $\|x\|\,\|y\|\cos\theta$ であり、$|\cos\theta|\le1$ なので、内積の絶対値は長さの積を超えない。Cauchy–Schwarz の不等式は、この事実を角を使わずに、内積の公理だけから導いたものである:
$$
|\langle x,y\rangle|\le\|x\|\,\|y\|.
$$
角を使わないので、角がはじめから与えられていない場面、たとえば複素数を成分とするベクトル、関数の積分、確率変数の期待値にもそのまま通用し、逆にこの不等式によって一般の実内積空間で角 $\theta$ を定めることができる。三角不等式、内積の連続性、相関係数が $-1$ 以上 $1$ 以下であることなど、内積を使う議論の多くはこの不等式を通る。
この記事では、正値性だけを仮定する半内積の段階で不等式を証明し、正定値性が等号の条件にだけ使われることを見る。そのうえで、数の組・数列・積分・期待値・行列の形を 1 つの定理の場合として並べ、Gram 行列による一般化と、Hilbert 空間での使われ方を述べる。高校数学の範囲の扱い(実ベクトル空間の半内積と判別式による証明)は Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) にある。
以下、$F$ は実数体 $\mathbb{R}$ または複素数体 $\mathbb{C}$ を表し、$a\in F$ の複素共役を $\bar a$($F=\mathbb{R}$ なら $\bar a=a$)と書く。内積は 内積 の記事と同じく第 1 変数について線形とする(内積 の記事の注意「記法と流儀の違い」。第 2 変数について線形とする流儀でも、以下の不等式と等号条件は同じ形になる)。
$V$ を $F$ 上のベクトル空間とする。写像 $\langle\cdot,\cdot\rangle\colon V\times V\to F$ が次の 3 条件を満たすとき、半内積という。
条件 1・2 から第 2 変数については共役線形になる:$\langle x,ay+bz\rangle=\overline{\langle ay+bz,x\rangle}=\bar a\langle x,y\rangle+\bar b\langle x,z\rangle$。とくに $\langle ax,ax\rangle=a\bar a\langle x,x\rangle$ なので $\|ax\|=|a|\,\|x\|$ である。条件 1〜4 は 内積 の記事の定義「内積の公理」の条件と同じであり、$F=\mathbb{R}$ の半内積は半正定値な対称双線形形式、$F=\mathbb{C}$ の半内積は半正定値な Hermite 形式にほかならない。
半内積は、正定値性を確かめにくい場面や、積分・期待値のように「$0$ でないのに大きさが $0$ のもの」がある場面で自然に現れる。たとえば区間 $[0,1]$ 上の、$t=0$ でだけ値 $1$ をとり他で $0$ をとる関数 $h$ は $0$ でないが $\int_0^1h(t)^2\,dt=0$ である。
$\langle\cdot,\cdot\rangle$ を $F$ 上のベクトル空間 $V$ の半内積とする。
$A:=\langle x,x\rangle$、$B:=|\langle x,y\rangle|$、$C:=\langle y,y\rangle$ とおく。$A,C\ge0$ である。
位相をそろえる:絶対値 $1$ の $\alpha\in F$ で $\bar\alpha\langle x,y\rangle=B$ となるものをとる($B>0$ なら $\alpha:=\langle x,y\rangle/B$、$B=0$ なら $\alpha:=1$)。条件 2 から $\alpha\langle y,x\rangle=\alpha\overline{\langle x,y\rangle}=\overline{\bar\alpha\langle x,y\rangle}=B$ である。
2 次式を作る:実数 $t$ について、第 1 変数の線形性と第 2 変数の共役線形性で展開し($t$ は実数なので $\overline{t\alpha}=t\bar\alpha$)、$\alpha\bar\alpha=1$ を使うと
$$
0\le\langle x-t\alpha y,\,x-t\alpha y\rangle=A-t\bar\alpha\langle x,y\rangle-t\alpha\langle y,x\rangle+t^2\alpha\bar\alpha C=A-2Bt+Ct^2
$$
である(左の不等号は条件 3)。
1 の証明:$C>0$ なら $t=B/C$ を代入して $0\le A-B^2/C$、すなわち $B^2\le AC$ を得る。$C=0$ なら、すべての実数 $t$ で $0\le A-2Bt$ である。$B>0$ なら $t=(A+1)/(2B)$ で右辺が $-1$ になって矛盾するので $B=0$ であり、$B^2=0=AC$ である。どちらの場合も $B^2\le AC$ であり、両辺の非負の平方根をとると $|\langle x,y\rangle|\le\|x\|\,\|y\|$ である。
2 の証明:$x=ay$($a\in F$)なら $B=|a|\,C$、$A=|a|^2C$ なので $B^2=|a|^2C^2=AC$ である。$y=ax$ の場合は $x$ と $y$ の役を入れ替えればよい($|\langle y,x\rangle|=B$ なので、1 の両辺は $x,y$ について対称である)。
3 の証明:内積とし、$B^2=AC$ とする。$y=0$ なら $y=0\cdot x$ で 1 次従属である。$y\ne0$ なら条件 4 から $C>0$ であり、$t_0:=B/C$ について上の 2 次式の値は $A-2B^2/C+B^2/C=(AC-B^2)/C=0$ である。よって $\langle x-t_0\alpha y,x-t_0\alpha y\rangle=0$ で、条件 4 から $x=t_0\alpha y$ となり、1 次従属である。逆は 2 である。$\square$
証明で正定値性(条件 4)を使ったのは、3 の「等号なら 1 次従属」の部分だけである。半内積では 3 は成り立たない(ex-cauchy-schwarz-semi)。$\alpha$ を掛けて $\langle x,y\rangle$ の位相をそろえるのは複素数の場合に必要な手順で、$F=\mathbb{R}$ なら $\alpha=\pm1$ であり、証明は Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) の判別式による証明と同じになる。$C>0$ のとき $t_0\alpha y=\frac{\langle x,y\rangle}{\langle y,y\rangle}y$ は $x$ の $y$ 方向の成分であり、2 次式の最小値 $A-B^2/C$ は $x$ から $y$ 方向の成分を引いた残りの長さの 2 乗である。
等号条件 3 は、不等式そのものと同じくらいよく使われる。1 次独立な $x,y$ については狭い不等式 $|\langle x,y\rangle|<\|x\|\,\|y\|$ が保証されるからである。たとえば ルート系 の記事の補題「二つのルートのなす角」では、比例しない 2 つのルート $r,s$ について $4\langle r,s\rangle^2/(\langle r,r\rangle\langle s,s\rangle)$ が $4$ 未満の整数、すなわち $0,1,2,3$ のいずれかに限られることを、この狭い不等式から導いている。
$C=\langle y,y\rangle>0$ のとき、$x$ を $y$ 方向の成分 $\frac{\langle x,y\rangle}{C}y$ とそれに直交する成分 $z$ に分け、三平方の定理を使っても同じ不等式が出る。
$z:=x-\frac{\langle x,y\rangle}{C}y$ とおくと $\langle z,y\rangle=\langle x,y\rangle-\langle x,y\rangle=0$ である。直交する 2 つのベクトルについては、展開すると交差項が $0$ になるので三平方の定理が成り立ち(半内積でもよい)、
$$\langle x,x\rangle=\frac{|\langle x,y\rangle|^2}{C}+\langle z,z\rangle\ge\frac{|\langle x,y\rangle|^2}{C}$$
である。内積なら、等号は $z=0$ のときに限る。
$F^n$ の標準内積は $\langle x,y\rangle=\sum_{i=1}^nx_i\overline{y_i}$ である。共役は第 2 変数の成分につける(第 1 変数について線形にするため)。このとき thm-cauchy-schwarz-main は
$$
\Bigl|\sum_{i=1}^nx_i\overline{y_i}\Bigr|^2\le\Bigl(\sum_{i=1}^n|x_i|^2\Bigr)\Bigl(\sum_{i=1}^n|y_i|^2\Bigr)
$$
となる。たとえば $\mathbb{C}^2$ で $x=(1,i)$、$y=(1,1)$ とすると $\langle x,y\rangle=1+i$ なので左辺は $|1+i|^2=2$、右辺は $2\cdot2=4$ である。数の組の場合には、両辺の差を平方の和として書く恒等式があり、それが不等式の 2 つ目の証明になる。
$a_1,\dots,a_n,b_1,\dots,b_n\in\mathbb{C}$ について
$$
\Bigl(\sum_{i=1}^n|a_i|^2\Bigr)\Bigl(\sum_{i=1}^n|b_i|^2\Bigr)-\Bigl|\sum_{i=1}^na_i\overline{b_i}\Bigr|^2=\sum_{1\le i< j\le n}|a_ib_j-a_jb_i|^2
$$
が成り立つ。
左辺の第 1 項は $\sum_{i,j}|a_i|^2|b_j|^2$、第 2 項は $\bigl(\sum_ia_i\overline{b_i}\bigr)\bigl(\sum_j\overline{a_j}b_j\bigr)=\sum_{i,j}a_i\overline{b_i}\,\overline{a_j}b_j$ である。$i=j$ の項は $|a_i|^2|b_i|^2-|a_i|^2|b_i|^2=0$ で消える。$i< j$ について、$(i,j)$ と $(j,i)$ の項をまとめると
$$
|a_i|^2|b_j|^2+|a_j|^2|b_i|^2-a_i\overline{b_i}\,\overline{a_j}b_j-a_j\overline{b_j}\,\overline{a_i}b_i=(a_ib_j-a_jb_i)\bigl(\overline{a_i}\,\overline{b_j}-\overline{a_j}\,\overline{b_i}\bigr)=|a_ib_j-a_jb_i|^2
$$
である(中央の積を展開すると左の 4 項になる)。これを $i< j$ について加えればよい。$\square$
右辺は $0$ 以上なので、thm-cauchy-schwarz-main の 1 が $F^n$ の標準内積について改めて示された。等号は、すべての $i< j$ で $a_ib_j=a_jb_i$ となるときに限る。$b\ne0$、たとえば $b_k\ne0$ なら、すべての $i$ で $a_ib_k=a_kb_i$ なので $a_i=\frac{a_k}{b_k}b_i$ となり、$a$ は $b$ のスカラー倍である。これは thm-cauchy-schwarz-main の 3 の等号条件と一致する。$n=2$ の実数の場合は 不等式 の記事の例「2変数のCauchy–Schwarzの不等式」であり、実数の場合の同じ恒等式による証明が Leb26 Lemma 7.1.4(pp. 257–258)にある。
実数 $a_1,\dots,a_n$ について、$a=(a_1,\dots,a_n)$ と $u=(1,\dots,1)$ に thm-cauchy-schwarz-main を使うと
$$
\Bigl(\sum_{i=1}^na_i\Bigr)^2\le n\sum_{i=1}^na_i^2
$$
であり、等号は $a$ が $u$ のスカラー倍、すなわち $a_1=\cdots=a_n$ のときに限る。また $a_i>0$ なら、$(\sqrt{a_1},\dots,\sqrt{a_n})$ と $(1/\sqrt{a_1},\dots,1/\sqrt{a_n})$ に使うと
$$
\Bigl(\sum_{i=1}^na_i\Bigr)\Bigl(\sum_{i=1}^n\frac1{a_i}\Bigr)\ge n^2
$$
であり、等号はやはり $a_1=\cdots=a_n$ のときに限る($\sqrt{a_i}=c/\sqrt{a_i}$ から $a_i=c$)。$a=(1,2,3)$ では $6^2=36\le3\cdot14=42$、$6\cdot\frac{11}6=11\ge9$ である。この 2 つは、Turánの定理 の証明で頂点の部の大きさや次数の和を評価するのに使われる形である。
thm-cauchy-schwarz-main は半内積 1 つにつき 1 つの不等式を与える。よく使う形を並べると次のようになる。以下の表の「等号」の列は、半内積が内積である場合(または同一視をした後)の等号条件である。
| 形 | 空間と半内積 | 不等式 | 等号 |
|---|---|---|---|
| 数の組 | $F^n$、$\sum_ix_i\overline{y_i}$ | $\bigl\lvert\sum_ix_i\overline{y_i}\bigr\rvert^2\le\sum_i\lvert x_i\rvert^2\sum_i\lvert y_i\rvert^2$ | 1 次従属 |
| 数列 | $\ell^2$、$\sum_kx_k\overline{y_k}$ | 左と同じ形の無限和 | 1 次従属 |
| 連続関数の積分 | $C([a,b])$、$\int_a^bf\overline g\,dx$ | $\bigl\lvert\int_a^bf\overline g\,dx\bigr\rvert^2\le\int_a^b\lvert f\rvert^2dx\int_a^b\lvert g\rvert^2dx$ | 1 次従属 |
| $L^2$ | $L^2(\mu)$、$\int f\overline g\,d\mu$ | 左と同じ形 | 一方が他方のスカラー倍(ほとんどいたるところ) |
| 期待値 | 2 乗可積分な確率変数、$E[XY]$ | $E[XY]^2\le E[X^2]\,E[Y^2]$ | 一方が他方の定数倍(ほとんど確実に) |
| 共分散 | 同上、$\mathrm{Cov}[X,Y]$ | $\mathrm{Cov}[X,Y]^2\le V[X]\,V[Y]$ | 一方が他方の 1 次式(ほとんど確実に) |
| 行列 | $m\times n$ 行列、$\operatorname{tr}(B^*A)$ | $\lvert\operatorname{tr}(B^*A)\rvert^2\le\operatorname{tr}(A^*A)\operatorname{tr}(B^*B)$ | 1 次従属 |
| 半正定値行列 | $F^n$、$y^*Ax$ | $\lvert y^*Ax\rvert^2\le(x^*Ax)(y^*Ay)$ | $A$ が正定値なら 1 次従属 |
期待値と共分散の行は、確率変数(関数)の空間の上では内積ではなく半内積である。$E[X^2]=0$ となるのは、ほとんど確実に $X=0$ となるとき(零集合の上では $X\ne0$ でもよい)であり、共分散では $V[X]=0$ となるのは、ほとんど確実に $X$ が定数となるときである。等号の列に「ほとんど確実に」が付き、共分散では「定数倍」が「1 次式」に替わるのはこのためである(prop-cauchy-schwarz-correlation)。$L^2(\mu)$ の行は、ほとんどいたるところ等しい関数を同一視して内積にしたものである。
$\sum_k|x_k|^2<\infty$ を満たす数列 $x=(x_k)_{k\ge1}$($x_k\in F$)全体を $\ell^2$ とする。$x,y\in\ell^2$ なら、有限個の項についての不等式から $\sum_kx_k\overline{y_k}$ が絶対収束し、$\langle x,y\rangle:=\sum_kx_k\overline{y_k}$ は $\ell^2$ の内積になる(Hilbert空間 の例「2 乗総和可能な数列の空間」)。
各 $N$ について数の組 $(|x_1|,\dots,|x_N|)$、$(|y_1|,\dots,|y_N|)$ に thm-cauchy-schwarz-main を使うと
$$\sum_{k=1}^N|x_k|\,|y_k|\le\Bigl(\sum_{k=1}^\infty|x_k|^2\Bigr)^{1/2}\Bigl(\sum_{k=1}^\infty|y_k|^2\Bigr)^{1/2}$$
であり、右辺は $N$ によらないので $\sum_kx_k\overline{y_k}$ は絶対収束する。$|x_k+y_k|^2\le2|x_k|^2+2|y_k|^2$ から $\ell^2$ はベクトル空間であり、内積の条件 1〜4 は項ごとの計算と極限から従う。
区間 $[a,b]$ 上の $F$ に値をとる連続関数全体 $C([a,b])$ では $\langle f,g\rangle:=\int_a^bf(t)\overline{g(t)}\,dt$ が内積であり(内積空間 の例「連続関数の空間」)、
$$
\Bigl|\int_a^bf(t)\overline{g(t)}\,dt\Bigr|^2\le\int_a^b|f(t)|^2dt\int_a^b|g(t)|^2dt
$$
が成り立ち、等号は $f,g$ の一方が他方のスカラー倍のときに限る。たとえば $[0,1]$ で $f(t)=e^t$、$g(t)=1$ とすると、左辺は $(e-1)^2=2.9524\ldots$、右辺は $\frac{e^2-1}2\cdot1=3.1945\ldots$ であり、$e^t$ は定数倍でないので等号にならない。
測度空間 $(X,\mathcal{F},\mu)$ 上の 2 乗可積分な関数についても同じ形の不等式が成り立ち、等号は、ほとんどいたるところで一方が他方のスカラー倍になるときに限る。
$|f\overline g|\le\frac12(|f|^2+|g|^2)$ から $f\overline g$ は可積分であり、$\int f\overline g\,d\mu$ は(関数の空間の上では)半内積である。ほとんどいたるところ等しい関数を同一視した $L^2(\mu)$ ではこれが内積になる(実数値の場合は Lebesgue積分 の記事の命題「$L^1$ と $L^2$ の構造」の 2。複素数値でも同じ)ので、thm-cauchy-schwarz-main の 1・3 を $L^2(\mu)$ に使えばよい。この議論は Hölder の不等式を使わずに $L^2$ の内積を定めている。
$m\times n$ 行列の空間では $\langle A,B\rangle:=\operatorname{tr}(B^*A)=\sum_{i,j}a_{ij}\overline{b_{ij}}$ が内積である(内積空間 の例「行列の空間の内積」)。したがって
$$
|\operatorname{tr}(B^*A)|^2\le\operatorname{tr}(A^*A)\operatorname{tr}(B^*B)=\Bigl(\sum_{i,j}|a_{ij}|^2\Bigr)\Bigl(\sum_{i,j}|b_{ij}|^2\Bigr)
$$
であり、等号は $A,B$ の一方が他方のスカラー倍のときに限る。$A=\begin{pmatrix}1&2\\0&1\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ では $\operatorname{tr}(B^*A)=2$、$\operatorname{tr}(A^*A)=6$、$\operatorname{tr}(B^*B)=2$ で、$4\le12$ である。
期待値の形は、相関係数が $-1$ 以上 $1$ 以下であることの根拠になる。ここでは 確率空間 $(\Omega,\mathcal{F},P)$ 上の実数値の確率変数を考え、期待値は Lebesgue 積分 $E[X]=\int X\,dP$ とする(Lebesgue積分 の記事の注意「確率論との関係」)。分散 $V[X]$ と共分散 $\mathrm{Cov}[X,Y]=E\bigl[(X-E[X])(Y-E[Y])\bigr]$ の定義は 分散 の記事と同じである(同記事は離散の場合を扱うが、式は一般の確率空間でも同じ)。
確率変数 $X,Y$ が $E[X^2]<\infty$、$E[Y^2]<\infty$ を満たすとする。
要点:$E[X^2]<\infty$ の確率変数全体の上で $(X,Y)\mapsto E[XY]$ は実数の半内積なので、thm-cauchy-schwarz-main が使える。等号条件では、定値性の代わりに「$E[Z^2]=0$ ならほとんど確実に $Z=0$」を使う。2 は 1 を $X-E[X]$、$Y-E[Y]$ に当てたものである。
1:$|XY|\le\frac12(X^2+Y^2)$ から $XY$ は可積分であり、$E[X^2]<\infty$ の確率変数全体は $(X+Y)^2\le2X^2+2Y^2$ からベクトル空間になる。その上で $(X,Y)\mapsto E[XY]$ は期待値の線形性から双線形、明らかに対称で、$E[X^2]\ge0$ を満たすので、実数の半内積である。よって thm-cauchy-schwarz-main の 1 から不等式が従う。
等号の条件:$E[Y^2]=0$ なら、ほとんど確実に $Y=0$ であり(Lebesgue積分 の記事の補題「零集合と積分」の 2)、$a=0$、$b=1$ とすればよい。$E[Y^2]>0$ で等号が成り立つなら、$t_0:=E[XY]/E[Y^2]$ について
$$E\bigl[(X-t_0Y)^2\bigr]=E[X^2]-2t_0E[XY]+t_0^2E[Y^2]=E[X^2]-\frac{E[XY]^2}{E[Y^2]}=0$$
なので、同じ補題から、ほとんど確実に $X=t_0Y$ である($a=1$、$b=t_0$)。逆に、ほとんど確実に $aX=bY$ で、たとえば $b\ne0$ なら、ほとんど確実に $Y=(a/b)X$ であり、零集合の上の値は期待値に影響しないので、thm-cauchy-schwarz-main の 2 と同じ計算で等号になる。$a\ne0$ の場合も同様である。
2:$E|X|\le\frac12(1+E[X^2])<\infty$ なので $E[X]$ は有限であり、$\tilde X:=X-E[X]$、$\tilde Y:=Y-E[Y]$ も 2 乗可積分である。$\mathrm{Cov}[X,Y]=E[\tilde X\tilde Y]$、$V[X]=E[\tilde X^2]$、$V[Y]=E[\tilde Y^2]$ なので、1 から $\mathrm{Cov}[X,Y]^2\le V[X]\,V[Y]$、すなわち $|\rho|\le1$ である。$|\rho|=1$ なら、1 の等号条件から、少なくとも一方は $0$ でない $a,b$ でほとんど確実に $a\tilde X=b\tilde Y$ となる。$b=0$ なら $a\ne0$ でほとんど確実に $\tilde X=0$ となり $V[X]=0$ に反するので $b\ne0$ であり、同様に $a\ne0$ である。よって $c:=a/b\ne0$ について、ほとんど確実に $Y=cX+(E[Y]-cE[X])$ となる。逆に、ほとんど確実に $Y=cX+d$($c\ne0$)なら $\tilde Y=c\tilde X$ なので $\mathrm{Cov}[X,Y]=cV[X]$、$V[Y]=c^2V[X]$ であり、$\rho=c/|c|=\pm1$ である。$\square$
たとえば $X$ が $1,2,3$ をそれぞれ確率 $\frac13$ でとり、$Y=X^2$ のとき、$\mathrm{Cov}[X,Y]=\frac83$、$V[X]=\frac23$、$V[Y]=\frac{98}9$ であり、$\rho=\frac{4\sqrt3}7=0.9897\ldots$ である。$Y$ は $X$ の 1 次式ではないので $|\rho|<1$ だが、3 点がほぼ 1 本の直線に乗るので $\rho$ は $1$ に近い。データの相関係数(各データを等しい確率で選ぶ場合)は 相関係数(高校数学) にある。
2 つのベクトルの内積を並べた $2\times2$ 行列の行列式は $\langle x,x\rangle\langle y,y\rangle-|\langle x,y\rangle|^2$ であり、Cauchy–Schwarz の不等式はこれが $0$ 以上であることを述べている。これを $k$ 個のベクトルに広げる。ベクトル $x_1,\dots,x_k$ の Gram 行列を、$(i,j)$ 成分が $\langle x_j,x_i\rangle$ の $k\times k$ 行列
$$
G(x_1,\dots,x_k):=\bigl(\langle x_j,x_i\rangle\bigr)_{1\le i,j\le k}
$$
と定める(添字の順は 内積 の記事の命題「Gram行列による内積の表示」に合わせた)。
$V$ を内積空間とし、$x_1,\dots,x_k\in V$、$G:=G(x_1,\dots,x_k)$ とする。
1:$G$ の $(j,i)$ 成分は $\langle x_i,x_j\rangle=\overline{\langle x_j,x_i\rangle}$ なので $G^*=G$ である。また
$$
c^*Gc=\sum_{i,j}\overline{c_i}\,\langle x_j,x_i\rangle\,c_j=\Bigl\langle\sum_jc_jx_j,\ \sum_ic_ix_i\Bigr\rangle=\Bigl\|\sum_jc_jx_j\Bigr\|^2
$$
である(第 1 変数の線形性と第 2 変数の共役線形性)。
2:1 次従属なら、$\sum_jc_jx_j=0$ となる $c\ne0$ について $(Gc)_i=\bigl\langle\sum_jc_jx_j,x_i\bigr\rangle=0$ なので $G$ は正則でなく、$\det G=0$ である。1 次独立なら、$x_1,\dots,x_k$ が張る部分空間の正規直交基底で座標をとった行列 $M$ によって $G=M^*M$ と書け、$\det G=|\det M|^2>0$ となる。
$x_1,\dots,x_k$ が張る $k$ 次元の部分空間 $W$ に、Gram–Schmidt の直交化で正規直交基底 $e_1,\dots,e_k$ をとる(内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」)。$W$ の元は $x=\sum_l\langle x,e_l\rangle e_l$ と展開できる(同記事の命題「正規直交系の性質」の 2)ので、$k\times k$ 行列 $M$ を $M_{lj}:=\langle x_j,e_l\rangle$($x_j$ の座標を第 $j$ 列に並べたもの)とおくと
$$\langle x_j,x_i\rangle=\Bigl\langle\sum_lM_{lj}e_l,\ \sum_{l'}M_{l'i}e_{l'}\Bigr\rangle=\sum_lM_{lj}\overline{M_{li}}=(M^*M)_{ij}$$
である。$M$ の列($x_1,\dots,x_k$ の座標)は 1 次独立なので $\det M\ne0$ であり、$\det G=\det(M^*)\det M=|\det M|^2>0$ である。$\square$
$V=\mathbb{R}^n$ の標準内積で $k=n$ のとき、$M$ はベクトル $x_1,\dots,x_n$ を列に並べた行列そのものにとれ($e_l$ を標準基底にとる)、$\det G=(\det M)^2$ は $x_1,\dots,x_n$ が張る平行体の体積の 2 乗である。たとえば $x_1=(1,0,1)$、$x_2=(1,1,0)$、$x_3=(0,1,1)$ では $G=\begin{pmatrix}2&1&1\\1&2&1\\1&1&2\end{pmatrix}$、$\det G=4=2^2$ であり、$x_3$ を $x_1+x_2=(2,1,1)$ に替えると $\det G=0$ になる。
同じ考え方を逆向きに使うと、半正定値な行列についての Cauchy–Schwarz の不等式が得られる。$n$ 次正方行列 $A$ が $A^*=A$ を満たし、すべての $x\in F^n$ で $x^*Ax\ge0$ となるとき、$A$ を半正定値といい、$x\ne0$ で $x^*Ax>0$ となるとき正定値という。
$A$ を半正定値な $n$ 次正方行列とする。すべての $x,y\in F^n$ について
$$
|y^*Ax|^2\le(x^*Ax)\,(y^*Ay)
$$
が成り立つ。$A$ が正定値なら、等号は $x,y$ が 1 次従属のときに限る。とくに $A$ の成分について $|a_{ij}|^2\le a_{ii}a_{jj}$ である。
$s(x,y):=y^*Ax$ は第 1 変数について線形、第 2 変数について共役線形で、$A^*=A$ から共役対称である(内積 の記事の命題「Gram行列による内積の表示」の 1・2)。半正定値性から $s(x,x)\ge0$ なので $s$ は半内積であり、正定値なら内積である。thm-cauchy-schwarz-main を $s$ に使えばよい。成分の不等式は $x=e_j$、$y=e_i$(標準基底)とおくと $y^*Ax=a_{ij}$ となることから従う。$\square$
$A=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}$ は $x^{\mathsf T}Ax=x_1^2+(x_1+x_2)^2$(実数の場合)から正定値であり、$x=e_1$、$y=e_2$ では $|a_{21}|^2=1\le a_{11}a_{22}=2$ である。
無限次元の内積空間、とくに Hilbert空間 では、Cauchy–Schwarz の不等式は内積と位相(ノルムで測る近さ)を結ぶ道具として働く。
$V$ を内積空間とする。$x,x',y,y'\in V$ について
$$
|\langle x,y\rangle-\langle x',y'\rangle|\le\|x-x'\|\,\|y\|+\|x'\|\,\|y-y'\|
$$
が成り立つ。したがって、ノルムについて $x_n\to x$、$y_n\to y$ なら $\langle x_n,y_n\rangle\to\langle x,y\rangle$ である。
$\langle x,y\rangle-\langle x',y'\rangle=\langle x-x',y\rangle+\langle x',y-y'\rangle$ の各項に thm-cauchy-schwarz-main を使えばよい。後半は、$x'=x_n$、$y'=y_n$ とおき、$\|x_n\|\le\|x\|+\|x_n-x\|$(三角不等式)が有界であることを使うと、右辺が $0$ に収束することから従う。$\square$
この命題により、級数や極限を内積の中に入れたり出したりできる。Hilbert空間 の記事の命題「Besselの不等式と正規直交系の級数」が極限 $\langle y,e_j\rangle=\lim_n\langle s_n,e_j\rangle$ をとるのはこの連続性による。また $y$ を固定した線形汎関数 $x\mapsto\langle x,y\rangle$ は、Cauchy–Schwarz の不等式から $|\langle x,y\rangle|\le\|y\|\,\|x\|$ を満たす有界な汎関数で、そのノルムは $\|y\|$ に等しい($x=y$ で等号。Rieszの表現定理 の記事の補題「内積で与えられる汎関数のノルム」)。Hilbert 空間では逆に、有界な線形汎関数はすべてこの形に書ける(Rieszの表現定理)。$y$ に直交するベクトル全体 $\{x\mid\langle x,y\rangle=0\}$ はこの連続な汎関数の核なので閉部分空間であり、直交補空間が閉であることもここから従う。三角不等式 $\|x+y\|\le\|x\|+\|y\|$ も Cauchy–Schwarz の不等式から従い(内積 の記事の定理「内積から定まるノルムと距離」)、内積空間がノルム空間になるのはそのためである。
定理の仮定を外したとき、または似た形の別の量に置き換えたときに崩れることを並べる。
| 外す条件・置き換え | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 正値性(条件 3) | $\mathbb{R}^2$ の $x_1y_1-x_2y_2$、$x=(2,1)$、$y=(1,0)$ | 不等式そのもの(向きが逆になる) |
| 定値性(条件 4) | $\mathbb{R}^2$ の $(x_1+x_2)(y_1+y_2)$、$x=e_1$、$y=e_2$ | 「等号なら 1 次従属」 |
| 共役をとること | $\mathbb{C}^2$ の $x_1y_1+x_2y_2$、$x=(1,i)$、$y=(1,0)$ | 右辺が $0$ 以上の実数であること、不等式そのもの |
| 内積から来るノルム | $\mathbb{R}^2$ の $\Vert\cdot\Vert_p$($p>2$)、$a=b=(1,1)$ | $\bigl\lvert\sum_ia_ib_i\bigr\rvert\le\Vert a\Vert_p\Vert b\Vert_p$ |
$\mathbb{R}^{n+1}$ の点を $x=(x_0,x')$($x'\in\mathbb{R}^n$)と書き、$q(x,y):=x_0y_0-x'\cdot y'$($\cdot$ と $|\cdot|$ は $\mathbb{R}^n$ の標準内積とそのノルム)とおく。$q$ は対称双線形だが、$q((0,e_1),(0,e_1))=-1<0$ なので条件 3 を満たさない。$q(x,x)>0$ となる $x$(時間的なベクトル)については、すべての $y$ で
$$
q(x,y)^2\ge q(x,x)\,q(y,y)
$$
が成り立ち、等号は $y$ が $x$ のスカラー倍のときに限る。とくに Cauchy–Schwarz の不等式は成り立たない:$n=1$、$x=(2,1)$、$y=(1,0)$ では $q(x,y)^2=4$、$q(x,x)q(y,y)=3\cdot1=3$ であり、$y=(3,1)$ では $25$ と $3\cdot8=24$ である。
要点は、$y$ から $x$ 方向の成分を引いた残り $z$ が $q(z,z)\le0$ を満たすことである(正値性があれば $\ge0$ になる所が逆になる)。
$t_0:=q(x,y)/q(x,x)$、$z:=y-t_0x$ とおくと $q(z,x)=0$、すなわち $z_0x_0=z'\cdot x'$ である。$x_0^2>|x'|^2\ge0$ なので $x_0\ne0$ である。$z'=0$ なら $z_0x_0=0$ から $z_0=0$、すなわち $z=0$ である。$z'\ne0$ なら $\mathbb{R}^n$ の Cauchy–Schwarz の不等式から $|z_0|\,|x_0|=|z'\cdot x'|\le|z'|\,|x'|<|z'|\,|x_0|$ なので $|z_0|<|z'|$、すなわち $q(z,z)<0$ である。$q(z,x)=0$ から $q(y,y)=q(z,z)+t_0^2q(x,x)$ なので、$q(y,y)\le q(x,y)^2/q(x,x)$ であり、等号は $q(z,z)=0$、すなわち $z=0$ のときに限る。両辺に $q(x,x)>0$ を掛ければよい。$\square$
$\mathbb{R}^2$ で $s(x,y):=(x_1+x_2)(y_1+y_2)$ とおく。これは $A=\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$ による $y^{\mathsf T}Ax$ であり、$s(x,x)=(x_1+x_2)^2\ge0$ なので半内積だが、$s((1,-1),(1,-1))=0$ なので条件 4 を満たさない($A$ は半正定値だが正定値でない)。$x=e_1$、$y=e_2$ では $s(x,y)^2=1=s(x,x)s(y,y)$ と等号が成り立つが、$e_1,e_2$ は 1 次独立である。thm-cauchy-schwarz-main の 1・2 は成り立ち、3 だけが崩れる。prf-cauchy-schwarz-main で条件 4 を使った「$\langle x-t_0\alpha y,x-t_0\alpha y\rangle=0$ から $x=t_0\alpha y$」の段が使えない。
$\mathbb{C}^2$ で $\beta(x,y):=x_1y_1+x_2y_2$ とおくと、$\beta$ は対称な双線形形式だが共役対称ではない(条件 2 を満たさない)。$x=(1,i)$ では $\beta(x,x)=1+i^2=0$、$x=(1,1+i)$ では $\beta(x,x)=1+2i$ となり、「$\beta(x,x)\ge0$」はそもそも意味をもたない。$x=(1,i)$、$y=(1,0)$ とすると $|\beta(x,y)|^2=1$ だが $\beta(x,x)\beta(y,y)=0$ であり、不等式が成り立たない。複素ベクトル空間で標準内積に共役を入れるのは、$\langle x,x\rangle$ を $0$ 以上の実数にするためである(内積 の記事の「直感」の節)。
$\|a\|_p:=\bigl(\sum_i|a_i|^p\bigr)^{1/p}$、$\|a\|_\infty:=\max_i|a_i|$ とする。$\mathbb{R}^2$ で $a=b=(1,1)$ とすると $\sum_ia_ib_i=2$ だが、$2< p<\infty$ なら $\|a\|_p\|b\|_p=2^{2/p}<2$、$p=\infty$ なら $\|a\|_\infty\|b\|_\infty=1$ である。したがって「$\lvert\sum_ia_ib_i\rvert\le\|a\|_p\|b\|_p$」は $p>2$ で成り立たない($1\le p<2$ では $\|a\|_2\le\|a\|_p$ なので成り立つ。Lp空間 の記事の命題「数列の空間での包含」)。$p\ne2$ で正しい形は、$b$ の側を双対指数 $q$($\frac1p+\frac1q=1$)のノルムで測る Hölderの不等式 $\lvert\sum_ia_ib_i\rvert\le\|a\|_p\|b\|_q$ である。
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