空間の∞圏(∞-category of spaces)とは、Kan複体と写像の高次ホモトピーをまとめた∞圏である。集合に代わる写像空間の値域となり、位相空間のホモトピー型を扱う。
∞圏の理論でいう空間は、点集合と位相を固定した対象というより、ホモトピー型を保持した∞亜群である。集合に代わって写像の高次情報を受け止める値域となる。
固定した宇宙に属するKan複体全体の単体的圏(単体的豊穣圏)を $\mathbf{Kan}$ とする。対象間のHom単体的集合は指数対象
$$
\operatorname{Map}_{\mathbf{Kan}}(K,L)=L^K,\qquad (L^K)_n=\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(K\times\Delta^n,L)
$$
である。そのホモトピー整合的脈体 $\mathcal S=N_{\mathrm{hc}}(\mathbf{Kan})$ を空間の∞圏という。$\mathcal S$ 自体は一般にこの宇宙では大きい(HTT09 Definition 1.2.16.1)。
ここでKan複体とは、すべての $n\geq1$ と $0\leq i\leq n$ について、角 $\Lambda_i^n$ からの写像が $\Delta^n$ 全体へ延長する単体的集合である。$\Delta^n$ は標準 $n$ 単体、$\Lambda_i^n$ はその第 $i$ 面以外の面の合併である。準圏の内角充填と異なり、外角の充填も要求する。
ホモトピー整合的脈体(通常の圏の脈体を単体的豊穣圏へ拡張したもの)の定義も具体化する。$N_{\mathrm{hc}}(\mathcal A)_n$ は単体的関手 $\mathfrak C[\Delta^n]\to\mathcal A$ 全体である。$\mathfrak C[\Delta^n]$ の対象は $0,\ldots,n$。$i< j$ のHomは、両端を含む $\{i,\ldots,j\}$ の部分集合の包含半順序の脈体で、合成は和集合が誘導する。$i=j$ のHomは一点、$i>j$ では空である。
二つの基礎結果を分けて引用する。第1に、$L$ がKanなら $L^K$ はKanである。これは単体的集合の基礎事実であり、HTT09 §1.1.5 で $\mathbf{Kan}$ を単体的圏として扱う際にも前提とされる。第2に、HomがすべてKanである単体的圏(局所Kan単体的圏)のホモトピー整合的脈体は準圏になる(HTT09 Proposition 1.1.5.10)。この二つを合わせたものが $\mathcal S$ を∞圏と呼べる根拠である(HTT09 Remark 1.2.16.2)。いずれも記号の定義だけから従うものとしては扱わない。
対象 $K$ は点、道、道の間のホモトピー、その先を含む。$L^K$ の頂点は写像 $K\to L$、辺は写像のホモトピーである。従って写像の集合だけでなく、写像を変形する仕方もHomに入る。
一つの空間ではすべての射が可逆であるが、空間の間の写像はすべて同値とは限らない。「各対象が∞亜群であること」と「それら全体の圏が∞亜群であること」は違う。
集合 $A$ を各次元に $A$ を持ち、面・退化写像がすべて恒等写像の単体的集合とみなすとKan複体になる。連結した単体の像は一つの元に定まるので、離散集合間の写像空間は通常の写像集合を離散化したものである。
$B\mathbb Z\to\Delta^0$ は連結成分の集合には全単射を与えるが、基本群 $\mathbb Z\to0$ には同型を与えないので空間の同値ではない。また $\Delta^0\to\{0,1\}$ は空間の間の写像だが同値ではなく、$\mathcal S$ 自体はKan複体ではない。
以下では、局所Kan単体的圏のHomと、そのホモトピー整合的脈体の写像空間(写像空間(∞圏))との自然な同値を用いる(HTT09 Theorem 2.2.0.1、Proposition 2.2.4.1)。この比較を前提とすれば、$\operatorname{Map}_{\mathcal S}(K,L)\simeq L^K$ によって計算できる。
$\emptyset$ は $\mathcal S$ の始対象、$\Delta^0$ は終対象である。すなわち、どの $K$ に対しても $\operatorname{Map}_{\mathcal S}(\emptyset,K)$ と $\operatorname{Map}_{\mathcal S}(K,\Delta^0)$ は可縮である。
$\emptyset\times\Delta^n=\emptyset$ から $K$ への写像は一つなので $(K^{\emptyset})_n=\{*\}$。また $K\times\Delta^n$ から一点への写像は一つなので $((\Delta^0)^K)_n=\{*\}$。面・退化写像も一意であり、両指数対象は一点単体的集合になる。上記の写像空間比較から結論を得る。頂点だけの一意性でなく、全次元で計算することが重要である。
直積の角は成分ごとに埋められるので、$K\times L$ はKan複体である。各 $n$ で写像を成分に分けると $(K\times L)^X\cong K^X\times L^X$ が得られる。写像空間による積の普遍性(極限(∞圏) の記事の命題(写像空間による判定)。出典 HTT09 §4.2.4)から、これが∞圏の積を表す。
また $(L^K)^X\cong L^{X\times K}$ は、各 $n$ で $X\times\Delta^n\to L^K$ と $X\times\Delta^n\times K\to L$ を対応させる指数法則であり、面・退化写像および $X,L$ に自然である。$L^K$ がKanであるという前述の基礎結果と写像空間比較により、表示した自然同値を得る。この証明は通常の指数法則を高次パラメーター $\Delta^n$ ごと保持して使っている。
一般の小さい極限・余極限(余極限(∞圏))も $\mathcal S$ に存在する(HTT09 §4.2.4、Corollary 5.1.2.4の一点圏への適用)。ただしこの存在定理全体を上の積・指数の計算で証明したわけではない。とくに引き戻しを厳密な集合論的引き戻しで計算するにはKanファイブレーションなどの条件が必要で、一般にはホモトピー引き戻しを用いる。
位相空間 $X$ の特異単体的集合は、$n$ 単体を連続写像 $|\Delta^n|\to X$ とするKan複体である。位相空間からそのホモトピー型を得る典型的な方法だが、位相のすべての情報を保存するわけではない。HTTではCW複体と写像の位相的圏から同値なモデルを取れることも説明される(HTT09 Remark 1.2.16.3)。ここで比較するのはホモトピー理論であり、元の位相空間の同相型ではない。
豊穣圏としては $\mathbf{Kan}$ のHomが単体的集合であることが入口になる。ただし「Kan複体を対象とする通常圏の脈体」では写像のホモトピーが失われる。Homの単体的構造を使ったホモトピー整合的脈体を取る必要がある。さらにスペクトルの∞圏は、空間の∞圏そのものではなく、基点付き空間の安定化によって得る別の段階であり、安定∞圏の基本例である。
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