無限次元のピタゴラスの定理は、区間 $[-\pi,\pi]$ 上の連続関数 $f$ の Fourier 係数 $a_n,b_n$ について $\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}f(x)^2dx=\frac{a_0^2}2+\sum_{n=1}^\infty(a_n^2+b_n^2)$ となる Parseval の等式である($f(-\pi)=f(\pi)$ は仮定しない)。関数の内積で見ると「長さの 2 乗は無限個の直交する向きの成分の 2 乗の和に等しい」ことを表し、部分和との差の 2 乗の積分が $0$ に近づくことと同値である。$f(x)=x$ に使うと $\sum_{n\ge1}\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$、$f(x)=x^2$ に使うと $\sum_{n\ge1}\frac1{n^4}=\frac{\pi^4}{90}$ を得る。
前提知識: Fourier係数と最良近似, 三角関数の直交性(高校数学), 級数, 連続関数
空間ベクトルでは、互いに直交する長さ $1$ のベクトル 3 本を座標軸にとると、成分の 2 乗の和が長さの 2 乗になる。ピタゴラスの定理を 3 次元で使ったものである。
$u=(1,2,3)$ とし、正規直交系 $e_1=(1,0,0)$、$e_2=\frac15(0,3,4)$、$e_3=\frac15(0,4,-3)$ をとる(どの 2 つの内積も $0$、どれも長さ $1$)。成分は
$$
\langle u,e_1\rangle=1,\qquad \langle u,e_2\rangle=\frac{6+12}5=\frac{18}5,\qquad \langle u,e_3\rangle=\frac{8-9}5=-\frac15
$$
であり、2 乗の和は $1+\frac{324}{25}+\frac1{25}=\frac{350}{25}=14$ である。一方 $\|u\|^2=1+4+9=14$ で、両者は等しい。
$e_3$ を使わずに $e_1,e_2$ だけにすると、2 乗の和は $\frac{349}{25}$ で、$14$ より $\frac1{25}$ だけ小さい。座標軸が足りないと、取り残しが出る(Fourier係数と最良近似 の Bessel の不等式)。
$T(x)=1+3\cos x-2\sin2x$ の Fourier 係数は $a_0=2$(定数項 $1=\frac{a_0}2$)、$a_1=3$、$b_2=-2$ で、他はすべて $0$ である。このとき
$$
\frac{a_0^2}2+\sum_{n\ge1}(a_n^2+b_n^2)=\frac42+9+4=15
$$
であり、三角関数の直交性(高校数学) で計算した $\int_{-\pi}^{\pi}T(x)^2dx=15\pi$ を $\pi$ で割った値と等しい。三角多項式は有限個の「座標軸」だけでちょうど表せるので、取り残しがない。
関数 $f$ が三角多項式でなければ、$f$ を表すには無限個の座標軸 $1,\cos x,\sin x,\cos2x,\sin2x,\ldots$ がすべて要る。それでも「成分の 2 乗の和=長さの 2 乗」は成り立つだろうか。この記事で答える問いは次の 3 つである。
| 高校の計算 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| $a_1^2+a_2^2+a_3^2=\vec a\cdot\vec a$ | Parseval の等式 | 完全正規直交系 |
| 座標軸が 3 本で足りる | 三角関数の系で足りる | 完全性 |
| 長さの 2 乗の差が $0$ | 取り残し $\int(f-S_Nf)^2dx\to0$ | 平均二乗収束($L^2$ 収束) |
以下、$C([-\pi,\pi])$ は区間 $[-\pi,\pi]$ 上の実数値連続関数の全体で、$\|f\|^2=\int_{-\pi}^{\pi}f(x)^2dx$ とする。$a_n,b_n$ は $f$ の Fourier 係数、$S_Nf$ は Fourier 級数の第 $N$ 部分和である(Fourier係数と最良近似)。
$f\in C([-\pi,\pi])$ ならば
$$
\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}f(x)^2\,dx=\frac{a_0^2}2+\sum_{n=1}^\infty\bigl(a_n^2+b_n^2\bigr)
$$
が成り立つ。これは $\displaystyle\lim_{N\to\infty}\int_{-\pi}^{\pi}\bigl(f(x)-S_Nf(x)\bigr)^2dx=0$ と同値である。$f(-\pi)=f(\pi)$ は仮定しない。
有限個の数の列についての Parseval の等式は 離散Fourier変換と反転公式 で扱う。
左辺は長さの 2 乗の $\frac1\pi$ 倍、右辺は成分の 2 乗の和の $\frac1\pi$ 倍である(Fourier係数と最良近似 の命題「部分和は正射影である」)。Bessel の不等式の「$\le$」が、無限個の成分をすべて集めると「$=$」になる。これが「無限次元のピタゴラスの定理」である。
証明では、次の近似定理だけを証明せずに使う。
$g\in C([-\pi,\pi])$ が $g(-\pi)=g(\pi)$ を満たすならば、任意の $\varepsilon>0$ に対して、すべての $x\in[-\pi,\pi]$ で $|g(x)-T(x)|<\varepsilon$ となる三角多項式 $T$ が存在する。
thm-idp-weierstrass は本記事では証明しない。Leb26 の 11.7 節(Stone–Weierstrass の定理)と演習 11.7.8 にあり、そこでは複素指数関数 $e^{inx}$ の 1 次結合による近似として述べられているので、その実部をとればよい。Fejér の定理からも従う。
三角多項式 $T$ はどれも $T(-\pi)=T(\pi)$ を満たす($\cos n(-\pi)=\cos n\pi$、$\sin n(\pm\pi)=0$)。したがって、$f(x)=x$ のように $f(-\pi)\ne f(\pi)$ となる関数は、三角多項式で各点で一様に近似することはできない。実際、すべての $x$ で $|f(x)-T(x)|<\varepsilon$ となる三角多項式 $T$ があったとすると、$T(\pi)=T(-\pi)$ から $|f(\pi)-f(-\pi)|\le|f(\pi)-T(\pi)|+|T(-\pi)-f(-\pi)|<2\varepsilon$ となり、$\varepsilon\le\frac12|f(\pi)-f(-\pi)|$ のとき矛盾する。そこで証明では、$f$ を端の近くだけ取り替えた関数 $g$ を使う(図 1)。
図1:端点の修正。g は右端の幅 δ の所だけ 1 次関数に取り替えたもので、両端の値が等しい
$f(x)=x$、$\delta=\frac12$ とする。$g$ を、$[-\pi,\pi-\frac12]$ では $g(x)=x$、$[\pi-\frac12,\pi]$ では点 $\bigl(\pi-\frac12,\pi-\frac12\bigr)$ と点 $(\pi,-\pi)$ を結ぶ 1 次関数とする。
もう 1 つ、長さについての簡単な不等式を用意する。
内積空間の元 $u,v$ について $\|u+v\|^2\le2\|u\|^2+2\|v\|^2$ が成り立つ。
内積の双線形性と対称性から
$$
\|u+v\|^2=\|u\|^2+2\langle u,v\rangle+\|v\|^2,\qquad \|u-v\|^2=\|u\|^2-2\langle u,v\rangle+\|v\|^2
$$
である(積分で定める内積 の展開公式)。2 式を足すと $\|u+v\|^2+\|u-v\|^2=2\|u\|^2+2\|v\|^2$ となる。$\|u-v\|^2\ge0$ なので、$\|u+v\|^2\le2\|u\|^2+2\|v\|^2$ である。$\square$
方針:$\|f-S_Nf\|\to0$ を示す。まず $f$ に近い三角多項式 $T$ を 1 つ見つけ(段 3〜5)、$S_Nf$ は $T$ 以上に $f$ に近いこと(段 2)を使う。
段 1(同値性):Fourier係数と最良近似 の系「Fourier 係数の Bessel の不等式と最良近似」の 1 から
$$
\int_{-\pi}^{\pi}(f-S_Nf)^2dx=\int_{-\pi}^{\pi}f^2dx-\pi\Bigl(\frac{a_0^2}2+\sum_{n=1}^N(a_n^2+b_n^2)\Bigr)
$$
である。$N\to\infty$ で左辺が $0$ に近づくことと、右辺の括弧が $\frac1\pi\int f^2dx$ に近づくこと(等式が成り立つこと)は同じである。以下、左辺が $0$ に近づくことを示す。
段 2($N$ を大きくしても悪くならない):$T$ が次数 $N_0$ 以下の三角多項式なら、$M\ge N_0$ のとき $T$ は次数 $M$ 以下でもある。同じ系の 3($S_Mf$ が次数 $M$ 以下でいちばん近い)から、$\|f-S_Mf\|\le\|f-T\|$ である。
段 3(端点の修正):$f$ は閉区間で連続なので、$|f|$ は最大値をもつ。それを $K$ とする。$0<\delta\le\pi$ とし、$g$ を、$[-\pi,\pi-\delta]$ では $f$ に等しく、$[\pi-\delta,\pi]$ では点 $(\pi-\delta,f(\pi-\delta))$ と点 $(\pi,f(-\pi))$ を結ぶ 1 次関数とする。
$f\in C([-\pi,\pi])$ の Fourier 係数がすべて $0$ ならば、$f$ は恒等的に $0$ である。したがって、Fourier 係数がすべて等しい 2 つの連続関数は等しい。
thm-idp-parseval の右辺が $0$ なので $\int_{-\pi}^{\pi}f^2dx=0$ である。関数の内積の正定値性(積分で定める内積 の定理「関数の内積は内積である」。ここで $f$ の連続性を使う)から $f=0$ である。後半は、2 つの関数の差に前半を使えばよい(差の Fourier 係数は係数の差である)。$\square$
$f(x)=\cos^2x$ の Fourier 係数を計算すると、$a_0=\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}\cos^2x\,dx=1$、$a_2=\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}\cos^2x\cos2x\,dx=\frac12$ で、他はすべて $0$ である(たとえば $a_1=0$、$a_4=0$、$b_n=0$)。一方 $g(x)=\frac12+\frac12\cos2x$ の Fourier 係数も $a_0=1$、$a_2=\frac12$、他は $0$ である。係数がすべて一致するので、cor-idp-uniqueness により 2 つの連続関数は等しく、$\cos^2x=\frac12+\frac12\cos2x$ と結論できる。ただし、$f$ の係数 $\int_{-\pi}^{\pi}\cos^2x\cos nx\,dx$ などは、ふつう $\cos^2x$ を半角の公式や積和の公式で和に直して計算する。したがってこれは半角の公式の新しい証明ではなく、答えが分かっている式で、一意性の使い方(係数を比べれば関数が決まる)を確かめ直したものである。
$$ \sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=1+\frac14+\frac19+\cdots=\frac{\pi^2}6 . $$
$f(x)=x$ は $[-\pi,\pi]$ で連続である($f(-\pi)\ne f(\pi)$ だが、thm-idp-parseval はそれを仮定しない)。
段 1(左辺):$\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}x^2\,dx=\frac1\pi\cdot\frac{2\pi^3}3=\frac{2\pi^2}3$ である。
段 2(右辺):Fourier係数と最良近似 で計算したとおり、$a_n=0$、$b_n=\frac{2(-1)^{n+1}}n$ なので $b_n^2=\frac4{n^2}$ である。右辺は $\sum_{n=1}^\infty\frac4{n^2}$ である。
段 3(比べる):Parseval の等式は $\frac{2\pi^2}3=4\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}$ となり、両辺を $4$ で割って $\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ を得る。$\square$
Bessel の不等式だけからは $\sum\frac1{n^2}\le\frac{\pi^2}6$ しか出ない。等号を保証するのが Parseval の等式である。同じ値の、三角関数の不等式による初等的な別証明は Basel問題 にある。
段 1 の式を $f(x)=x$ に使うと、取り残しは
$$
\int_{-\pi}^{\pi}(x-S_Nf)^2dx=\frac{2\pi^3}3-\pi\sum_{n=1}^N\frac4{n^2}=4\pi\Bigl(\frac{\pi^2}6-\sum_{n=1}^N\frac1{n^2}\Bigr)
$$
である。数値で確かめる($\frac{\pi^2}6=1.6449340\ldots$)。
| $N$ | $\sum_{n=1}^N\frac1{n^2}$ | $\frac{\pi^2}6-\sum_{n=1}^N\frac1{n^2}$ | $\int_{-\pi}^{\pi}(x-S_Nf)^2dx$ |
|---|---|---|---|
| $1$ | $1$ | $0.6449\ldots$ | $8.104\ldots$ |
| $10$ | $1.5497\ldots$ | $0.09516\ldots$ | $1.195\ldots$ |
| $100$ | $1.63498\ldots$ | $0.009950\ldots$ | $0.1250\ldots$ |
| $1000$ | $1.643934\ldots$ | $0.0009995\ldots$ | $0.01256\ldots$ |
$N=1$ の値 $8.104\ldots$ は、Fourier係数と最良近似 で求めた「$c\sin x$ の形でいちばん近いもの」までの距離の 2 乗と同じである。$N$ を $10$ 倍すると取り残しはほぼ $\frac1{10}$ になる(図 2)。
図2:取り残し ∫(x − S_N f)² dx と N の関係(両対数目盛)。N を 10 倍すると約 10 分の 1 になる
| 外した条件 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 系が全部そろっている($\cos$ も $\sin$ も) | 等号(取り残しが $0$) | ex-idp-incomplete |
| 「長さで測る」近さ | 各点での近さ | ex-idp-pointwise |
| $f$ の連続性 | 係数から $f$ が決まること | ex-idp-discontinuous |
$\sin nx$($n\ge1$)だけを使い、$\cos$ の系を使わないとする。$f(x)=\cos x$ について、$\sin$ の係数はすべて $b_n=\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}\cos x\sin nx\,dx=0$ なので、その 2 乗の和は $0$ である。一方 $\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}\cos^2x\,dx=1$ である。$0<1$ で、等号は成り立たない。Parseval の等式は、$1,\cos nx,\sin nx$ をすべて使ったときの主張である。ex-idp-vector で $e_3$ を落としたときと同じことが起きている。
thm-idp-parseval の収束 $\int(f-S_Nf)^2dx\to0$ を平均二乗収束という。これは、各点 $x$ で $S_Nf(x)\to f(x)$ となること(各点収束)とは別の主張である。
図3:x = π の近くでの部分和 S_5 f、S_20 f、S_80 f。どの N でも S_N f(π) = 0 で、f(π) = π に近づかない
区間 $[-\pi,\pi]$ で、$x=0$ のとき $1$、それ以外で $0$ をとる関数 $h$ を考える。$h$ は連続でないが、積分は定まり、$h\cos nx$ も $h\sin nx$ も 1 点を除いて $0$ なので、Fourier 係数はすべて $0$ である。しかし $h$ は $0$ でない。cor-idp-uniqueness の証明で使った正定値性($\int h^2dx=0$ なら $h=0$)が、連続でない関数では成り立たないからである。
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