ベクトル積(cross product)とは、3 次元の数ベクトル $a,b$ に $a\times b=(a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1)$ を対応させる演算のことで、すべての $c$ について $(a\times b)\cdot c=\det(a,b,c)$ となるただ 1 つのベクトルとして特徴づけられる。$a\times b$ は $a,b$ の両方に垂直で、長さは $a,b$ の張る平行四辺形の面積に等しく、双線形性・直交性・長さの条件だけで符号を除いて決まる。回転で座標を取り替えても同じ式で計算でき、Jacobi 恒等式を満たして回転群の Lie 代数 $\mathfrak{so}(3)$ と同型な Lie 代数をなす。同じ条件を満たす双線形な演算は 3 次元と 7 次元にしかない。
空間の 2 つのベクトル $a,b$ の両方に垂直で、長さが $a,b$ の張る平行四辺形の面積に等しいベクトルを作る演算が ベクトル積 $a\times b$ である。高校数学では「外積」の名で成分の式から導入され、平面の法線ベクトルや三角形の面積の計算に使われる(空間の平面と法線ベクトル の定義「ベクトルの外積」と定理「外積の性質」)。
ベクトル積は、成分の式を離れて「すべての $c$ について $(a\times b)\cdot c=\det(a,b,c)$ となるベクトル」として特徴づけられる(prop-cp-det)。この見方から、回転で座標を取り替えても同じ式で計算できること(thm-cp-orthogonal)、「双線形で、両方に垂直で、長さが面積」という幾何学的な条件だけで符号を除いて決まること(thm-cp-unique)、Jacobi 恒等式を満たし、回転群の Lie 代数 $\mathfrak{so}(3)$ と同型な Lie 代数をなすこと(thm-cp-so3)を証明する。最後に、同じ性質をもつ演算が $3$ 次元と $7$ 次元にしかないことを述べる。$\mathbb{R}^n$ の外積代数の $a\wedge b$(外積代数)とは別の演算であり、$3$ 次元でだけ両者が同一視される。
以下、$\mathbb{R}^3$ の元を $a=(a_1,a_2,a_3)$ と書き、$a\cdot b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ を標準内積、$|a|=\sqrt{a\cdot a}$ を長さ、$e_1,e_2,e_3$ を標準基底とする。$\det(a,b,c)$ は $a,b,c$ を列(または行。転置で行列式は変わらない)に並べた $3$ 次正方行列の行列式である。
$a,b\in\mathbb{R}^3$ の ベクトル積(vector product、cross product)を
$$
a\times b:=(a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1)
$$
で定める。クロス積、または(外積代数の外積と区別したうえで)外積 ともいう。
成分の覚え方は、形式的な行列式
$$
a\times b=\det\begin{pmatrix}e_1&e_2&e_3\\a_1&a_2&a_3\\b_1&b_2&b_3\end{pmatrix}
$$
を第 1 行で展開することである。次の命題は、この形式的な式を正当化し、座標によらない定義を与える。
$a,b\in\mathbb{R}^3$ について、$a\times b$ は
$$
(a\times b)\cdot c=\det(a,b,c)\qquad(\text{すべての }c\in\mathbb{R}^3)
$$
を満たすただ 1 つのベクトルである。
$a,b,c$ を列とする行列の行列式を第 3 列で余因子展開すると(行列式 の記事の定理「行と列に関する余因子展開」)
$$
\det(a,b,c)=c_1(a_2b_3-a_3b_2)-c_2(a_1b_3-a_3b_1)+c_3(a_1b_2-a_2b_1)=(a\times b)\cdot c
$$
である。一意性:$v\cdot c=w\cdot c$ がすべての $c$ で成り立てば、$c=e_i$ として $v_i=w_i$ であり $v=w$ である。$\square$
prop-cp-det は、$a\times b$ が「$c$ に $a,b,c$ の張る平行六面体の符号付き体積を対応させる線形形式」を内積で表したベクトルであることを言っている。$c$ が $a,b$ の張る平面の中にあれば体積は $0$ なので、$a\times b$ はその平面に垂直である。$c$ を平面に垂直な長さ $1$ のベクトルにとれば体積は底面積に等しいので、$a\times b$ の長さは平行四辺形の面積である。
向きは右手系で決まる。$a,b$ が 1 次独立なら $\det(a,b,a\times b)=|a\times b|^2>0$ なので、$(a,b,a\times b)$ は $(e_1,e_2,e_3)$ と同じ向きの基底になる。右手の親指を $a$、人差し指を $b$ に向けると、中指が $a\times b$ の向きである。この「向き」への依存のため、鏡映で座標を取り替えるとベクトル積の符号が変わる(cor-cp-reflection)。
$e_1\times(e_1\times e_2)=e_1\times e_3=-e_2$ だが、$(e_1\times e_1)\times e_2=0\times e_2=0$ である。よってベクトル積は結合的でない。また $a\times b=a\times c$ から $b=c$ は導けない($c=b+a$ なら $a\times c=a\times b+a\times a=a\times b$)。$\mathbb{R}^3$ にベクトルの和とベクトル積を入れたものは、分配法則を満たすが結合法則を満たさないので環ではない(環 の記事の例「反例:ベクトル積」)。結合法則の代わりに成り立つのが Jacobi 恒等式(thm-cp-triple)である。
$a,b,c,d\in\mathbb{R}^3$ について次が成り立つ。
1・2:定義の成分の式から直ちにわかる(prop-cp-det から、行列式の多重線形性と交代性を使ってもよい)。
3:prop-cp-det により $(a\times b)\cdot c=\det(a,b,c)$ である。列の巡回置換 $(a,b,c)\mapsto(b,c,a)$ は互換 2 つの積なので行列式を変えず、$\det(b,c,a)=(b\times c)\cdot a$ などとなる。$c=a$ または $c=b$ とすると、等しい列をもつ行列式は $0$ なので $(a\times b)\cdot a=(a\times b)\cdot b=0$ である。
4:左辺も右辺も $a,b,c,d$ のそれぞれについて線形なので、4 重線形写像 $(\mathbb{R}^3)^4\to\mathbb{R}$ である。多重線形写像 の記事の定理「基底の組での値による決定」により、$a,b,c,d$ が標準基底のベクトルの場合に等しければよい。さらに両辺とも $(a,b)$ の入れ替えと $(c,d)$ の入れ替えで符号が変わり、$a=b$ または $c=d$ で $0$ になるので、$a=e_i$、$b=e_j$($i< j$)、$c=e_k$、$d=e_l$($k< l$)の場合を確かめればよい。$e_i\times e_j=\pm e_m$($m$ は $i,j$ 以外の番号)である。$(i,j)=(k,l)$ なら左辺は $|e_m|^2=1$、右辺は $1\cdot1-0=1$ である。$(i,j)\ne(k,l)$ なら $\{i,j\}\ne\{k,l\}$ なので $e_i\times e_j$ と $e_k\times e_l$ は異なる標準基底ベクトルの $\pm1$ 倍で、左辺は $0$ である。右辺の第 1 項は $i=k$ かつ $j=l$ のときだけ、第 2 項は $i=l$ かつ $j=k$ のときだけ $0$ でないが、前者は $(i,j)\ne(k,l)$ に反し、後者は $i< j=k< l=i$ となって起こらない。よって右辺も $0$ である。後半は $c=a$、$d=b$ とおき、$a\cdot b=|a||b|\cos\theta$ を代入すればよい。
5:$a,b$ が 1 次従属なら、一方が他方の定数倍で、2 により $a\times b=0$ である(たとえば $b=ta$ なら $a\times b=t\,a\times a=0$)。$a,b$ が 1 次独立なら、$c$ を加えて $\mathbb{R}^3$ の基底 $a,b,c$ にでき、$a,b,c$ を列とする行列は正則なので $\det(a,b,c)\ne0$ である(行列式 の記事の定理「正則性の判定」)。3 によりこれは $(a\times b)\cdot c$ なので $a\times b\ne0$ である。$\square$
同じ性質は 空間の平面と法線ベクトル の定理「外積の性質」で成分の計算によって示されている。上の証明は、4 を「両辺が 4 重線形で交代的だから基底で確かめれば足りる」という形で示した。
$a,b,c\in\mathbb{R}^3$ について
1 は「$a\times(b\times c)$ は $b,c$ の張る平面に含まれる」ことを具体的に述べている。$b\times c$ は $b,c$ の平面に垂直で、それに垂直なベクトルはその平面に戻るからである。
$R$ を $3$ 次の直交行列($R^{\top}R=I_3$)とすると、すべての $a,b\in\mathbb{R}^3$ について
$$
(Ra)\times(Rb)=(\det R)\,R(a\times b)
$$
が成り立つ。とくに $R\in\mathrm{SO}(3)$($\det R=1$)なら $(Ra)\times(Rb)=R(a\times b)$ である。
任意の $c$ について、prop-cp-det と $R^{\top}=R^{-1}$ により
$$
\bigl((Ra)\times(Rb)\bigr)\cdot c=\det(Ra,Rb,c)=\det\bigl(R\,(a,b,R^{\top}c)\bigr)=\det R\cdot\det(a,b,R^{\top}c)=\det R\,(a\times b)\cdot(R^{\top}c)
$$
である。ここで $(a,b,R^{\top}c)$ はこの 3 つを列とする行列で、$R$ を左から掛けると列がそれぞれ $Ra$、$Rb$、$c$ になる。3 つ目の等号は 行列式 の記事の定理「積の行列式」である。最後の式は $\det R\,\bigl(R(a\times b)\bigr)\cdot c$ に等しい($u\cdot(R^{\top}c)=(Ru)\cdot c$)。すべての $c$ で成り立つので結論を得る。$\square$
$\mathrm{SO}(3)$ は $\mathbb{R}^3$ の回転の全体である(特殊直交群)。この定理により、ベクトル積は「右手系の正規直交基底をどれに選んでも同じ成分の式で計算できる」演算である。実際、$u_1,u_2,u_3$ を $\det(u_1,u_2,u_3)=1$ となる正規直交基底とし、これを列とする行列を $R$ とすると、$R\in\mathrm{SO}(3)$、$u_i=Re_i$ であり、$a=\sum\alpha_iu_i$、$b=\sum\beta_iu_i$ について $a\times b$ は $u_i$ に関する座標 $(\alpha_i)$、$(\beta_i)$ から定義の式で計算できる。
$R=-I_3$(原点に関する点対称)や平面に関する鏡映のように $\det R=-1$ の直交行列では $(Ra)\times(Rb)=-R(a\times b)$ である。たとえば $R=-I_3$ では $(-a)\times(-b)=a\times b$ であり、$R(a\times b)=-(a\times b)$ と符号が逆になる。
thm-cp-orthogonal に $\det R=-1$ を代入する。$R=-I_3$ の場合は 2 つの $-1$ が双線形性で打ち消し合う。$\square$
物理学では、このように鏡映で通常のベクトルと逆の符号で変換される量(角速度、角運動量、磁場など)を 擬ベクトル(軸性ベクトル)と呼ぶ。
写像 $\beta\colon\mathbb{R}^3\times\mathbb{R}^3\to\mathbb{R}^3$ が次の 3 条件を満たすとする。
$\tau(a,b,c):=\beta(a,b)\cdot c$ とおくと、1 と内積の線形性により $\tau$ は 3 重線形形式である。3 で $b=a$ とすると $|\beta(a,a)|^2=|a|^4-|a|^4=0$ なので $\beta(a,a)=0$、よって $\tau(a,a,c)=0$ である。2 により $\tau(a,b,a)=\tau(a,b,b)=0$ である。したがって $\tau$ は 3 つの変数のうちどの 2 つが等しくても $0$ になる交代的な 3 重線形形式であり、行列式 の記事の定理「交代多重線形形式による特徴づけ」により、$\kappa:=\tau(e_1,e_2,e_3)$ として $\tau(a,b,c)=\kappa\det(a,b,c)$ である(同定理は行で述べているが、転置で行列式は変わらない)。prop-cp-det により $\beta(a,b)\cdot c=\kappa\,(a\times b)\cdot c$ がすべての $c$ で成り立つので、$\beta(a,b)=\kappa\,(a\times b)$ である。最後に $a=e_1$、$b=e_2$ で 3 を使うと $\kappa^2|e_3|^2=1$、すなわち $\kappa=\pm1$ である。$\square$
条件 3 は「$|\beta(a,b)|$ が $a,b$ の張る平行四辺形の面積に等しい」ことであり、prop-cp-basic の 4 によりベクトル積はこれを満たす。したがってベクトル積は、双線形性・直交性・面積の 3 条件で符号を除いて決まり、残る符号は向き(右手系か左手系か)の選択である。どの条件も外せないことを次の表に示す。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 1(双線形) | $\beta(a,b):=\pm(a\times b)$ で、符号を「$0$ でない最初の成分が正」になるように選ぶ | 2・3 は満たすが、$\beta(e_2,e_3)=\beta(-e_2,e_3)=e_1$ なので双線形でなく、$\pm(a\times b)$ のどちらでもない |
| 2(直交) | $\beta(a,b):=Q(a\times b)$、$Q$ は $e_3$ 軸のまわりの $\frac\pi2$ 回転 | 1・3 は満たすが、$\beta(e_2,e_3)=Qe_1=e_2$ は $e_2$ と直交しない |
| 3(長さ) | $\beta(a,b):=2\,(a\times b)$ | 1・2 は満たすが、$\kappa=2$ で $\pm(a\times b)$ でない |
| 次元が $3$ | $\mathbb{R}^2$ | 1・2・3 を満たす $\beta$ は存在しない(thm-cp-dimension) |
$a\in\mathbb{R}^3$ に対し、線形写像 $x\mapsto a\times x$ の行列を $[a]_\times$ と書く:
$$
[a]_\times=\begin{pmatrix}0&-a_3&a_2\\a_3&0&-a_1\\-a_2&a_1&0\end{pmatrix},\qquad[a]_\times x=a\times x.
$$
$[a]_\times$ は交代行列($X^{\top}=-X$)である。これは $(a\times x)\cdot y=\det(a,x,y)=-\det(a,y,x)=-x\cdot(a\times y)$ からもわかる。Riemann接続 の記事で使われる $g(X\times Y,Z)+g(Y,X\times Z)=0$ はこの等式である。$3$ 次の実交代行列の全体を $\mathfrak{so}(3)$ とし、交換子 $[X,Y]:=XY-YX$ を考える。
写像 $\mathbb{R}^3\to\mathfrak{so}(3)$、$a\mapsto[a]_\times$ は線形同型であり、すべての $a,b$ について
$$
[a\times b]_\times=[a]_\times[b]_\times-[b]_\times[a]_\times
$$
が成り立つ。したがって $(\mathbb{R}^3,\times)$ は Lie 代数(Lie代数)であり、交換子を括弧積とする Lie 代数 $\mathfrak{so}(3)$ と同型である。
$3$ 次の交代行列は対角成分が $0$ で、$(2,1)$・$(1,3)$・$(3,2)$ 成分を $a_3,a_2,a_1$ とすれば残りの成分が決まるので、$\mathfrak{so}(3)$ は 3 次元で、$a\mapsto[a]_\times$ は全単射な線形写像である。任意の $x$ について、thm-cp-triple の 2 と prop-cp-basic の 2 により
$$
[a]_\times[b]_\times x-[b]_\times[a]_\times x=a\times(b\times x)-b\times(a\times x)=a\times(b\times x)+b\times(x\times a)=-x\times(a\times b)=(a\times b)\times x
$$
であり、これは $[a\times b]_\times x$ である。$\times$ が双線形で、$a\times a=0$ と Jacobi 恒等式を満たすことは Lie 代数の公理そのものである。$\square$
$\mathfrak{so}(3)$ は回転群 $\mathrm{SO}(3)$ の Lie 代数であり、交代行列の指数関数は回転行列になる(特殊直交群 の記事の定理「指数写像の全射性」)。ベクトル積で書くと、その回転は軸と角度で具体的に表される。
$u\in\mathbb{R}^3$ を長さ $1$ のベクトル、$\theta\in\mathbb{R}$ とし、$K:=[u]_\times$ とする。このとき
$$
e^{\theta K}=I_3+\sin\theta\,K+(1-\cos\theta)\,K^2,\qquad e^{\theta K}x=\cos\theta\,x+\sin\theta\,(u\times x)+(1-\cos\theta)(u\cdot x)\,u
$$
であり、$e^{\theta K}$ は $u$ を軸とする角 $\theta$ の回転である。とくに $\frac{d}{d\theta}e^{\theta K}x\big|_{\theta=0}=u\times x$ である。
要点:$K^2=uu^{\top}-I_3$ と $K^3=-K$ から冪が周期的になり、指数関数の級数を奇数次と偶数次に分けると $\sin\theta$ と $1-\cos\theta$ が現れる。
thm-cp-triple の 1 により $K^2x=u\times(u\times x)=(u\cdot x)u-x$、すなわち $K^2=uu^{\top}-I_3$ である。$Ku=u\times u=0$ なので $K^3=K(uu^{\top}-I_3)=-K$ であり、帰納的に $K^{2m+1}=(-1)^mK$($m\ge0$)、$K^{2m}=(-1)^{m-1}K^2$($m\ge1$)である。行列の指数関数の級数(行列の指数関数 の定義「行列の指数関数」)を奇数次と偶数次に分けると$$e^{\theta K}=I_3+\Bigl(\sum_{m\ge0}\frac{(-1)^m\theta^{2m+1}}{(2m+1)!}\Bigr)K+\Bigl(\sum_{m\ge1}\frac{(-1)^{m-1}\theta^{2m}}{(2m)!}\Bigr)K^2=I_3+\sin\theta\,K+(1-\cos\theta)K^2$$である(級数は絶対収束するので項を並べ替えてよい)。$x$ に作用させて $K^2x=(u\cdot x)u-x$ を代入すると 2 つ目の式になる。これは 特殊直交群 の記事の例「空間の回転と回転角」の Rodrigues の公式であり、$u$ を軸とする角 $\theta$ の回転を表す。$\theta$ で微分して $\theta=0$ とおけば $Kx=u\times x$ である。$\square$
最後の式は、軸 $u$ のまわりを角速度 $\omega$ で回る剛体の点 $x$ の速度が $(\omega u)\times x$ であることを言っている。角速度ベクトル $\boldsymbol\omega=\omega u$ を使って $v=\boldsymbol\omega\times x$ と書くのが力学の標準の表し方である。
$\mathbb{R}^3$ の外積代数では、$a\wedge b$ は 3 次元の空間 $\bigwedge^2\mathbb{R}^3$ の元であり、基底 $e_2\wedge e_3$、$e_3\wedge e_1$、$e_1\wedge e_2$ に関する係数はちょうど $a\times b$ の成分である(外積代数 の記事の例「平面と空間」)。つまり線形同型 $e_2\wedge e_3\mapsto e_1$、$e_3\wedge e_1\mapsto e_2$、$e_1\wedge e_2\mapsto e_3$ によって $a\wedge b$ が $a\times b$ に対応する。この同型は計量と向きを使って定まる Hodge作用素 $\star\colon\bigwedge^2\mathbb{R}^3\to\bigwedge^1\mathbb{R}^3=\mathbb{R}^3$ にほかならず(Hodge作用素 の記事の例「3 次元 Euclid 空間」の $*dx=dy\wedge dz$ などを、標準内積で $\mathbb{R}^3$ と双対空間を同一視して読む)、$a\times b=\star(a\wedge b)$ と書ける。$n$ 次元では $\bigwedge^2\mathbb{R}^n$ の次元は $\binom n2$ で、これが $n$ に等しいのは($n\ge2$ では)$n=3$ のときだけなので、この形で「2 つのベクトルから同じ空間のベクトルを作る」ことは 3 次元に特有である。向きと計量に依存すること(cor-cp-reflection)も、$\star$ が向きと計量を使うことに対応している。
thm-cp-unique の条件 1・2・3 は、$\mathbb{R}^3$ を $\mathbb{R}^n$(標準内積)に置き換えても意味をもつ。
$n\ge2$ とする。双線形写像 $\beta\colon\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$ で、すべての $a,b$ について $\beta(a,b)\cdot a=\beta(a,b)\cdot b=0$ かつ $|\beta(a,b)|^2=|a|^2|b|^2-(a\cdot b)^2$ を満たすものが存在するのは、$n=3$ または $n=7$ のときに限る。
要点:$\beta$ があれば、$A:=\mathbb{R}\oplus\mathbb{R}^n$ に $(a,u)(b,v):=(ab-u\cdot v,\ av+bu+\beta(u,v))$ で積を入れると、単位元 $(1,0)$ をもち $|xy|=|x||y|$ を満たす $n+1$ 次元の実多元環になる。Hurwitz の定理によりそのような多元環の次元は $1,2,4,8$ に限るので、$n\ge2$ から $n=3$ または $n=7$ である。存在は $n=3$ では $\beta=\times$、$n=7$ では八元数による構成(下の段落)による。
積は $(a,u)$ についても $(b,v)$ についても線形であり(内積と $\beta$ は双線形)、$(1,0)(b,v)=(b,\,v+\beta(0,v))=(b,v)$、$(a,u)(1,0)=(a,\,u+\beta(u,0))=(a,u)$ なので $(1,0)$ が単位元である。$A$ に $\mathbb{R}^{n+1}$ の標準のノルム $|(a,u)|^2=a^2+|u|^2$ を入れる。$w:=\beta(u,v)$ とおくと、仮定から $u\cdot w=v\cdot w=0$、$|w|^2=|u|^2|v|^2-(u\cdot v)^2$ なので
$$|(a,u)(b,v)|^2=(ab-u\cdot v)^2+|av+bu+w|^2=a^2b^2-2ab\,u\cdot v+(u\cdot v)^2+a^2|v|^2+b^2|u|^2+2ab\,u\cdot v+|w|^2$$
($|av+bu+w|^2$ の展開で $v\cdot w$、$u\cdot w$ の項は $0$)$=a^2b^2+a^2|v|^2+b^2|u|^2+|u|^2|v|^2=(a^2+|u|^2)(b^2+|v|^2)$ である。よって $A$ は、有限次元の実ベクトル空間に単位元をもつ双線形な積とノルム $|xy|=|x||y|$ を備えたもの、すなわちノルム付き多元体であり、ノルム付き多元体は $\mathbb{R}$・$\mathbb{C}$・$\mathbb{H}$・$\mathbb{O}$ のどれかに同型である(Hurwitz の定理。Bae02 §1.1 Theorem 1、p. 5。同書は積の結合性を仮定しない)。したがって $n+1\in\{1,2,4,8\}$ であり、$n\ge2$ から $n\in\{3,7\}$ である。$n=3$ ではベクトル積が条件を満たす(prop-cp-basic の 3・4)。$n=7$ での存在は次の段落の構成による。$\square$
$n=2$ の場合は直接もわかる:$a=e_1$、$b=e_2$ とすると $\beta(e_1,e_2)$ は $e_1$ にも $e_2$ にも直交するので $0$ だが、長さの条件から $|\beta(e_1,e_2)|^2=1$ となって矛盾する。
$n=7$ のベクトル積は 8 次元の八元数の虚部から作られる。四元数の純虚部 $\mathrm{Im}\,\mathbb{H}\cong\mathbb{R}^3$ ではベクトル積は交換子の半分 $a\times b=\frac12(ab-ba)$ であり(四元数 の記事の命題「スカラー部とベクトル部による積の公式」から $ab=-a\cdot b+a\times b$、$ba=-a\cdot b-a\times b$)、同じ式を八元数の虚部 $\mathrm{Im}\,\mathbb{O}\cong\mathbb{R}^7$ に当てはめると、直交性と長さの条件を満たす 7 次元のベクトル積が得られる(Bae02 §4.1、pp. 37–38)。7 次元のベクトル積は Jacobi 恒等式を満たさず Lie 代数にならないこと、$\mathbb{R}^3$ と違って条件 1・2・3 だけでは符号を除いて決まらないことも同所に述べられている。上の証明の多元環 $A$ は、$n=3$ では四元数、$n=7$ では八元数にあたり、3 と 7 という次元はノルム付き多元体の次元 4 と 8 から 1 を引いたものである。
ベクトル積は、力のモーメント $r\times F$、角運動量 $r\times p$、磁場の中の荷電粒子に働く力 $q\,v\times B$ に現れる。ベクトル場 $F=(F_1,F_2,F_3)$ の回転(curl)$\nabla\times F=(\partial_2F_3-\partial_3F_2,\ \partial_3F_1-\partial_1F_3,\ \partial_1F_2-\partial_2F_1)$ は、ベクトル積の成分の式で $a$ を微分作用素 $\nabla=(\partial_1,\partial_2,\partial_3)$ に置き換えたものであり、微分形式 の言葉では 1 次形式の外微分に Hodge 作用素を合わせたものである(微分形式 の記事の例「ベクトル解析の grad・rot・div」、Hodge作用素 の記事の例「3 次元 Euclid 空間」)。曲面の単位法線ベクトルは、座標の偏微分 $\partial_u\varphi\times\partial_v\varphi$ を正規化して得られ、その長さが曲面の面積要素になる(prop-cp-basic の 4)。
7 次元のベクトル積の八元数による構成は Bae02 §4.1(pp. 37–38)、ノルム付き多元体の分類(Hurwitz の定理)は同 §1.1 Theorem 1(p. 5)にある。thm-cp-dimension の「3 次元と 7 次元に限る」の向きは、本記事で Hurwitz の定理に帰着させた。本記事の 3 次元での性質の証明は、行列式による特徴づけ(prop-cp-det)から組み立てたものである。
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