蛇の補題

概要

蛇の補題(snake lemma)とは、二つの短完全列を縦射で結ぶ可換図式から、四つの核・余核をつなぐ六項の完全列が得られるという補題である。右端の縦射の核から左端の縦射の余核へ向かう接続準同型 $\delta$ が中央をつなぎ、上段の元を持ち上げ下段へ降ろす際に生じる障害を測る。加群の圏では元を用いて具体的に構成でき、一般のアーベル圏でも核・余核の普遍性のみから同じ接続射を定義できる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: アーベル圏, 核, 余核, 短完全列, 完全列

定義

蛇の補題の設定

アーベル圏 $\mathcal A$ において、次の可換図式
$$ \begin{array}{ccccccccc} 0&\to&A'&\xrightarrow{i}&A&\xrightarrow{p}&A''&\to&0\\ &&{\scriptstyle a}\downarrow&&{\scriptstyle b}\downarrow&&{\scriptstyle c}\downarrow&&\\ 0&\to&B'&\xrightarrow{j}&B&\xrightarrow{q}&B''&\to&0 \end{array} $$
を考え、上下2つの横列がいずれも短完全列であるとする(すなわち $i,j$ はモノ射、$p,q$ はエピ射、各行は完全)。

まず環 $R$ 上の加群を用いて接続準同型を具体的に定める。加群の射 $a\colon A'\to B'$ について、$\ker a=\{x\in A'\mid a(x)=0\}$、$\operatorname{coker}a=B'/\operatorname{im}a$($\operatorname{im}a$ は $a$ の像)であり、他の縦射も同様である。一般のアーベル圏では核・余核を射の普遍性によって扱い、後述の構成を用いる。
余核への商射を
$$ q_A\colon B'\to\operatorname{coker}a,\qquad q_B\colon B\to\operatorname{coker}b,\qquad q_C\colon B''\to\operatorname{coker}c $$
と書く。添字 $A,B,C$ はそれぞれ縦射 $a,b,c$ に対応し、各商射の始域はその縦射の終域である。

接続準同型

def-snake-lemma-setupの設定のもとで、次の写像を考える:

  • $\bar i\colon\ker a\to\ker b$:$i$ の $\ker a$ への制限($x\in\ker a$ に対し $b(i(x))=j(a(x))=j(0)=0$ より $i(x)\in\ker b$)。
  • $\bar p\colon\ker b\to\ker c$:$p$ の $\ker b$ への制限($y\in\ker b$ に対し $c(p(y))=q(b(y))=q(0)=0$ より $p(y)\in\ker c$)。
  • $\bar j\colon\operatorname{coker}a\to\operatorname{coker}b$:$q_B\circ j\colon B'\to\operatorname{coker}b$ が $\operatorname{im}a$ を消す($q_Bja=q_Bbi=0$)ことから誘導される写像で、$\bar j q_A=q_Bj$ を満たす。
  • $\bar q\colon\operatorname{coker}b\to\operatorname{coker}c$:$q_Cq b=q_Cc p=0$ により誘導される写像で、$\bar q q_B=q_Cq$ を満たす。
    さらに、$x\in\ker c\subseteq A''$ に対し、次の手順で元 $\delta(x)\in\operatorname{coker}a$ を定める:
  1. $p$ はエピ射であるから、$p(y)=x$ を満たす $y\in A$ が存在する。
  2. $q(b(y))=c(p(y))=c(x)=0$ であるから、$b(y)\in\ker q=\operatorname{im}j$(下段の完全性)。ゆえに $j(z)=b(y)$ を満たす $z\in B'$ が存在し、$j$ はモノ射だからそのような $z$ は一意である。
  3. $\delta(x):=q_A(z)\in\operatorname{coker}a$ と定める。
    この対応 $\delta\colon\ker c\to\operatorname{coker}a$ を接続準同型(connecting homomorphism)と呼ぶ。

一般のアーベル圏での定義

$K=\ker c$、その核射を $k\colon K\to A''$ とする。引き戻し $P=A\times_{A''}K$ を取り、その射を $v\colon P\to A$、$u\colon P\to K$ と書く。これは $pv=ku$ を満たす普遍的な組である。$p$ の引き戻しである $u$ はエピ射であり、$i'\colon A'\to P$ を $vi'=i,\ ui'=0$ で定めると
$$ 0\to A'\xrightarrow{i'}P\xrightarrow{u}K\to0 $$
が完全になる。
$qb v=cpv=cku=0$ だから、$j$ が $q$ の核であることから $jh=bv$ を満たす $h\colon P\to B'$ が一意に存在する。$jhi'=bvi'=bi=ja$ と $j$ のモノ性から $hi'=a$、したがって $q_Ahi'=0$ である。$u$ は $i'$ の余核なので、
$$ \delta u=q_Ah $$
を満たす射 $\delta\colon K\to\operatorname{coker}a$ が一意に定まる。同様に、$\bar i,\bar p,\bar j,\bar q$ は核・余核の普遍性から誘導される。これが一般の場合の接続射であり、加群では上の元による構成と一致する。ここでは圏全体を加群圏へ埋め込むことを仮定しない。一般の場合の完全な証明はStacks26 12.5.17にある。

直感

$\delta$ の構成は、$\ker c$ の元 $x$ を出発点に、上段を右から左へ「$p$ を持ち上げて $y$ を得る」→下段へ降りて「$b(y)$ を $j$ で引き戻し $z$ を得る」という経路をたどり、最後に $z$ を $\operatorname{coker}a$ へ落とす、という一筆書きの手続きである。図式の上を右上から左下へジグザグに這うこの経路の形が「蛇」の名の由来である。この一見場当たり的な構成が矛盾なく(選んだ $y$ によらずに)意味を持つことがprop-snake-lemma-well-definedの内容であり、蛇の補題の技術的な核心はここにある(標準的な教科書としてWei94参照)。

性質

接続準同型の well-defined性

def-snake-lemma-connecting-mapの $\delta(x)$ は、(1)で選ぶ $y$ の取り方によらずに定まる。

$y,y'\in A$ がともに $p(y)=p(y')=x$ を満たすとする。$p(y-y')=0$ であるから、上段の完全性($\ker p=\operatorname{im}i$)より $y-y'=i(w)$ を満たす $w\in A'$ が存在する。対応する $z,z'\in B'$($j(z)=b(y)$、$j(z')=b(y')$)について、
$$ j(z-z')=b(y)-b(y')=b(i(w))=j(a(w)) $$
であり、$j$ がモノ射であることから $z-z'=a(w)$。ゆえに $q_A(z)-q_A(z')=q_A(a(w))=0$($a(w)\in\operatorname{im}a=\ker q_A$)となり、$q_A(z)=q_A(z')$。$\blacksquare$

接続準同型の加法性

加群の図式では $\delta$ は $R$ 線形写像である。

加法性とスカラー倍の確認

$x_1,x_2\in\ker c$ の持ち上げを $y_1,y_2$、対応する元を $z_1,z_2$ とする。$x_1+x_2$ の持ち上げには $y_1+y_2$ を取れ、$j(z_1+z_2)=b(y_1+y_2)$ だから、$\delta(x_1+x_2)=q_A(z_1+z_2)=\delta(x_1)+\delta(x_2)$。$r\in R$ に対しても、$rx_1$ の持ち上げを $ry_1$ と取れば、対応する元は $rz_1$ なので $\delta(rx_1)=r\delta(x_1)$。持ち上げによらないことは前の証明で確認済みである。

接続準同型の自然性

2つの蛇の図式
$$ \begin{array}{ccccccccc} 0&\to&A'&\xrightarrow{i}&A&\xrightarrow{p}&A''&\to&0\\ &&{\scriptstyle a}\downarrow&&{\scriptstyle b}\downarrow&&{\scriptstyle c}\downarrow&&\\ 0&\to&B'&\xrightarrow{j}&B&\xrightarrow{q}&B''&\to&0 \end{array} \qquad \begin{array}{ccccccccc} 0&\to&A'_1&\xrightarrow{i_1}&A_1&\xrightarrow{p_1}&A''_1&\to&0\\ &&{\scriptstyle a_1}\downarrow&&{\scriptstyle b_1}\downarrow&&{\scriptstyle c_1}\downarrow&&\\ 0&\to&B'_1&\xrightarrow{j_1}&B_1&\xrightarrow{q_1}&B''_1&\to&0 \end{array} $$
の間に、各対象の間の射 $f_{A'},f_A,f_{A''},f_{B'},f_B,f_{B''}$ からなる射(すべての正方形が可換)があるとする。このとき $f_{A'},f_A,f_{A''}$ は制限として $\ker a\to\ker a_1$、$\ker b\to\ker b_1$、$\ker c\to\ker c_1$ を誘導し、$f_{B'},f_B,f_{B''}$ は誘導される写像 $\operatorname{coker}a\to\operatorname{coker}a_1$、$\operatorname{coker}b\to\operatorname{coker}b_1$、$\operatorname{coker}c\to\operatorname{coker}c_1$ を与え、これらは6項完全列の間の射をなす。特に接続準同型について $f_{B'}\circ\delta=\delta_1\circ f_{A''}|_{\ker c}$ が成り立つ。

$x\in\ker c$ を取り、$p(y)=x$、$j(z)=b(y)$ として $\delta(x)=q_A(z)$ とする。可換性から $p_1(f_A(y))=f_{A''}(p(y))=f_{A''}(x)$ であり、$j_1(f_{B'}(z))=f_B(j(z))=f_B(b(y))=b_1(f_A(y))$ であるから、$f_A(y),f_{B'}(z)$ は $\delta_1(f_{A''}(x))$ の構成にそのまま使える持ち上げであり、$\delta_1(f_{A''}(x))=q_{A_1}(f_{B'}(z))=f_{B'}(q_A(z))=f_{B'}(\delta(x))$。$\blacksquare$

蛇の補題

def-snake-lemma-setupの設定のもとで、次の6項の列
$$ 0\to\ker a\xrightarrow{\bar i}\ker b\xrightarrow{\bar p}\ker c\xrightarrow{\delta}\operatorname{coker}a\xrightarrow{\bar j}\operatorname{coker}b\xrightarrow{\bar q}\operatorname{coker}c\to0 $$
は完全列である。Stacks26 補題12.5.17の、上下の行が短完全列である場合に当たる。

まず加群について元を使って証明する。ここではモノ射は単射、エピ射は全射である。一般のアーベル圏での読み替えは証明の後に説明する。
$\ker a$ における完全性($\bar i$ がモノ射):$\bar i$ は $i$ の制限であり、$i$ 自身がモノ射であるから $\bar i$ もモノ射である。
$\ker b$ における完全性($\operatorname{im}\bar i=\ker\bar p$):$x\in\ker a$ に対し $\bar p(\bar i(x))=p(i(x))=0$(上段の完全性 $p\circ i=0$)であるから $\operatorname{im}\bar i\subseteq\ker\bar p$。逆に $y\in\ker b$ が $p(y)=0$ を満たすとすると、上段の完全性より $y=i(x)$ を満たす $x\in A'$ が存在する。$j(a(x))=b(i(x))=b(y)=0$ であり $j$ がモノ射だから $a(x)=0$、すなわち $x\in\ker a$。ゆえに $y=\bar i(x)\in\operatorname{im}\bar i$。
$\ker c$ における完全性($\operatorname{im}\bar p=\ker\delta$):$y\in\ker b$ に対し、$\delta(p(y))$ を構成する際に $y$ 自身を(1)の持ち上げに使えば、$b(y)=0$ より対応する $z$ は $j(z)=0$ を満たし、$j$ モノ射より $z=0$。ゆえに $\delta(\bar p(y))=q_A(0)=0$ であり $\operatorname{im}\bar p\subseteq\ker\delta$。逆に $x\in\ker c$ が $\delta(x)=0$ を満たすとする。構成における $y,z$($p(y)=x$、$j(z)=b(y)$)について $q_A(z)=0$ であるから $z=a(w)$ を満たす $w\in A'$ が存在する。$j(a(w))=b(i(w))$ であるから $b(y)=j(z)=j(a(w))=b(i(w))$、すなわち $b(y-i(w))=0$、つまり $y-i(w)\in\ker b$。$y':=y-i(w)$ とおくと $p(y')=p(y)-p(i(w))=x-0=x$(上段の完全性 $p\circ i=0$)。ゆえに $x=\bar p(y')\in\operatorname{im}\bar p$。
$\operatorname{coker}a$ における完全性($\operatorname{im}\delta=\ker\bar j$):$x\in\ker c$ に対応する $z\in B'$($j(z)=b(y)$)について、$\bar j(\delta(x))=\bar j(q_A(z))=q_B(j(z))=q_B(b(y))=0$($b(y)\in\operatorname{im}b=\ker q_B$)であるから $\operatorname{im}\delta\subseteq\ker\bar j$。逆に $q_A(z)\in\ker\bar j$($z\in B'$)とすると $q_B(j(z))=0$ より $j(z)=b(y)$ を満たす $y\in A$ が存在する。$q(b(y))=q(j(z))=0$(下段の完全性 $q\circ j=0$)であり、可換性から $c(p(y))=q(b(y))=0$、すなわち $x:=p(y)\in\ker c$。この $x$ に対する $\delta$ の構成にちょうどこの $y$ を用いれば、対応する元は $z$ そのものであり($j(z)=b(y)$ かつ $j$ モノ射より一意)、$\delta(x)=q_A(z)$。ゆえに $q_A(z)=\delta(x)\in\operatorname{im}\delta$。
$\operatorname{coker}b$ における完全性($\operatorname{im}\bar j=\ker\bar q$):$q_A(z)\in\operatorname{coker}a$($z\in B'$)に対し $\bar q(\bar j(q_A(z)))=q_C(q(j(z)))=q_C(0)=0$(下段の完全性 $q\circ j=0$)であるから $\operatorname{im}\bar j\subseteq\ker\bar q$。逆に $q_B(y)\in\ker\bar q$($y\in B$)とすると $q_C(q(y))=0$ より $q(y)=c(x)$ を満たす $x\in A''$ が存在する。$p$ はエピ射だから $x=p(y_0)$ を満たす $y_0\in A$ が存在し、$q(y)=c(p(y_0))=q(b(y_0))$(可換性)より $y-b(y_0)\in\ker q=\operatorname{im}j$(下段の完全性)、すなわち $y-b(y_0)=j(z)$ を満たす $z\in B'$ が存在する。ゆえに $q_B(y)=q_B(b(y_0))+q_B(j(z))=0+\bar j(q_A(z))$($b(y_0)\in\operatorname{im}b=\ker q_B$、および $\bar j$ の定義)。ゆえに $q_B(y)\in\operatorname{im}\bar j$。
$\operatorname{coker}c$ における完全性($\bar q$ がエピ射):$q$ がエピ射であることから、任意の $q_C(w)\in\operatorname{coker}c$($w\in B''$)に対し $w=q(y)$ を満たす $y\in B$ が存在し、$q_C(w)=q_C(q(y))=\bar q(q_B(y))$。ゆえに $\bar q$ はエピ射である。
以上6箇所すべてで完全性が確認されたので、6項の列は完全列である。$\blacksquare$

一般のアーベル圏での証明の読み方

加群の「元を持ち上げる」という操作は、一般のアーベル圏では次の完全性の判定によって読み替えられる。

エピ射を介した持ち上げによる判定

$U\xrightarrow{\alpha}V\xrightarrow{\beta}W$ について $\beta\alpha=0$ とする。この列が $V$ で完全であることと、任意の射 $t\colon T\to V$ で $\beta t=0$ を満たすものに対し、エピ射 $e\colon T'\to T$ と射 $s\colon T'\to U$ を選んで $te=\alpha s$ とできることは同値である。

判定法の証明

完全なら $t$ は $\ker\beta=\operatorname{im}\alpha$ を経由する。エピ射 $U\to\operatorname{im}\alpha$ をこの射に沿って引き戻せば、求める $e,s$ が得られる。
逆に、この条件を核射 $t\colon\ker\beta\to V$ に使う。$e$ がエピ射なので $\operatorname{im}(te)=\operatorname{im}t$ であり、$te=\alpha s$ から $\ker\beta\subset\operatorname{im}\alpha$ となる。逆の包含は $\beta\alpha=0$ から従う。

上の6箇所の元による証明で、元を任意の対象 $T$ からの射に置き換え、全射による持ち上げを使うたびにこのようなエピ射で始域を取り替える。有限回の持ち上げは引き戻しとエピ射の合成で一つの始域に揃えられる。和・差の計算はアーベル圏の射の加法としてそのまま成立し、モノ射による消去も有効である。接続射との等式は先に与えた $\delta u=q_Ah$ による。したがって、6箇所の計算は上の判定法によって一般のアーベル圏での完全性を示す。加群圏への埋め込みや「任意のエピ射が集合として全射である」という仮定は使わない。Stacks26 補題12.5.13、12.5.15、12.5.17。

例

短五項補題との関係

本記事の2つの短完全列の図式で、両端の縦射 $a,c$ が同型であるとする。すると $\ker a=\ker c=0$ かつ $\operatorname{coker}a=\operatorname{coker}c=0$ である。蛇の補題の完全列から $\ker b=0$、$\operatorname{coker}b=0$ が従うので、中央の縦射 $b$ も同型である。
これが短五項補題である。一般の五項完全列を扱う五項補題とも関係するが、本記事の6項完全列を、仮定の異なる任意の五項図式へそのまま適用することはしない。

接続準同型が恒等写像になる例

上段を $0\to\mathbb Z\xrightarrow{2}\mathbb Z\to\mathbb Z/2\mathbb Z\to0$、下段を $0\to\mathbb Z\xrightarrow{1}\mathbb Z\to0\to0$ とし、縦射を $a=2$、$b=1$、$c\colon\mathbb Z/2\mathbb Z\to0$ とする。ここで $1$ は恒等写像、$2$ は2倍写像である。2つの行は短完全で、左の正方形は $1\circ2=1\circ2$、右の正方形は両経路が零なので可換である。
この場合 $\ker c=\mathbb Z/2\mathbb Z$、$\operatorname{coker}a=\mathbb Z/2\mathbb Z$ である。剰余類 $[n]$ を整数 $n$ に持ち上げると、$b(n)=n$、$j=1$ なので $z=n$ となり、$\delta([n])=[n]$。したがって接続準同型は恒等写像になる。

関連項目

参考文献

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