擬等角写像

同義語:quasiconformal mapquasiconformal mapping

概要

擬等角写像(quasiconformal map)とは、Euclid 空間の開集合の間の同相写像で、各点を中心とする小さな球面の像の上での最大距離と最小距離の比の上極限が一定の値 $K$ 以下であるものである。局所双 Lipschitz な同相写像は擬等角で、$C^1$ 級で微分が可逆なら比は微分の最大と最小の特異値の比に等しく、平面では Beltrami 係数 $f_{\bar z}/f_z$ で表される。長方形の辺を対応する辺に写す $C^1$ 級の写像では、縦横比の比が $K$ 以下になるという Grötzsch の定理が成り立つ。Riemann 面のモジュライや擬等角多様体の理論の基本の道具である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 等角写像, Jacobi行列, Lipschitz連続

等角写像 は各点で角を保ち、十分小さな円を(ほぼ)円に写す。擬等角写像(quasiconformal map)は、この条件を「小さな円を、縦横の比が一定の値 $K$ 以下の楕円のようなものに写す」まで緩めた同相写像である。正確には、点 $x$ を中心とする半径 $r$ の球面の像の上で、$\varphi(x)$ からの距離の最大と最小の比を考え、$r\to0$ での上極限が $K$ 以下であることを $K$ 擬等角という。
等角写像は 2 次元では豊富だが、硬い:正則関数なので、小さな領域の上の値が全体を決めてしまう。擬等角写像はゆがみを有界に許すことで柔らかさを得る一方、そのゆがみの大きさ $K$ が幾何的な量を制御する。その典型が Grötzsch の問題である:縦横比の違う 2 つの長方形を、頂点を頂点に写して写すとき、ゆがみ $K$ は縦横比の比より小さくできない。
この記事では、Euclid 空間の擬等角写像を距離の比で定義し、双 Lipschitz 写像が擬等角であること、$C^1$ 級の微分同相写像では最大ゆがみが微分の特異値の比になること、平面では Beltrami 係数 $f_{\bar z}/f_z$ で書けることを示す。主定理として、$C^1$ 級の場合の Grötzsch の定理を長さと面積の比較で証明する。最後に、一般の擬等角写像と Beltrami 方程式、擬等角多様体(Lipschitz多様体とSullivanの定理)への道筋を述べる。

定義

$\mathbb{R}^n$($n\ge2$)に Euclid ノルム $|\cdot|$ を入れる。線形写像 $A\colon\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$ について
$$ \|A\|:=\max_{|v|=1}|Av|,\qquad\ell(A):=\min_{|v|=1}|Av| $$
とおく。$A$ が可逆なら $\ell(A)>0$ であり、$K(A):=\|A\|/\ell(A)\ge1$ を $A$ のゆがみと呼ぶ。$\|A\|$ と $\ell(A)$ は $A$ の最大と最小の特異値である(特異値分解)。

擬等角写像

$D\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$\varphi\colon D\to\mathbb{R}^n$ を像 $\varphi(D)$ への同相写像とする。$x\in D$ と、閉球 $\overline B(x,r)$ が $D$ に含まれる $r>0$ について
$$ L_\varphi(x,r):=\max_{|y-x|=r}|\varphi(y)-\varphi(x)|,\qquad l_\varphi(x,r):=\min_{|y-x|=r}|\varphi(y)-\varphi(x)| $$
とおき、
$$ H_\varphi(x):=\limsup_{r\to0}\frac{L_\varphi(x,r)}{l_\varphi(x,r)}\in[1,\infty] $$
と定める。$K\ge1$ について、すべての $x\in D$ で $H_\varphi(x)\le K$ となるとき、$\varphi$ を $K$ 擬等角であるという。ある $K\ge1$ について $K$ 擬等角であるとき、$\varphi$ を擬等角という。

$\varphi$ は単射で連続なので、球面 $|y-x|=r$(コンパクト)の上で $|\varphi(y)-\varphi(x)|$ は正の最小値と最大値をとり、比 $L_\varphi/l_\varphi$ は定まる。$H_\varphi(x)$ は $x$ のまわりの $\varphi$ だけで決まるので、$K$ 擬等角写像を開部分集合に制限しても $K$ 擬等角であり、擬等角性は局所的な性質である。

双 Lipschitz 写像と滑らかな写像

$C\ge1$ について、写像 $\varphi$ が $C$ 双 Lipschitz であるとは、すべての $x,y$ について $C^{-1}|x-y|\le|\varphi(x)-\varphi(y)|\le C|x-y|$ となることをいう(Lipschitz連続)。各点のある近傍で $C$ 双 Lipschitz であるとき、局所 $C$ 双 Lipschitz という。

双 Lipschitz 写像は擬等角

開集合 $D\subset\mathbb{R}^n$ からの同相写像 $\varphi$ が局所 $C$ 双 Lipschitz なら、$\varphi$ は $C^2$ 擬等角である。

$x\in D$ とし、$x$ の近傍 $U$ で $\varphi$ が $C$ 双 Lipschitz であるとする。$\overline B(x,r)\subset U$ なら、$|y-x|=r$ のとき $r/C\le|\varphi(y)-\varphi(x)|\le Cr$ なので、$L_\varphi(x,r)\le Cr$、$l_\varphi(x,r)\ge r/C$ であり、比は $C^2$ 以下である。よって $H_\varphi(x)\le C^2$ である。$\square$

逆は成り立たない(下の ex-qc-radial)。擬等角性は「近い 2 点の距離の比」ではなく「同じ距離にある点たちの像の距離の比」を制御するので、全体としての伸び縮みの大きさは自由である。

線形写像のゆがみ

可逆な線形写像 $A,B\colon\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$ について次が成り立つ。

  1. $\ell(A)=1/\|A^{-1}\|$ であり、$K(A^{-1})=K(A)$ である。
  2. $K(AB)\le K(A)K(B)$ である。
  3. $K(A)=1$ であることと、$A$ が正の数と直交変換の積であることは同値である。

1:$|v|=1$ なら $|A^{-1}(Av)|=1$ なので、$w:=Av/|Av|$ について $|A^{-1}w|=1/|Av|$ である。$v$ が単位球面を動くと $w$ も単位球面全体を動く($A$ は全単射)。よって $\|A^{-1}\|=\max_v1/|Av|=1/\ell(A)$ である。$A$ と $A^{-1}$ の役割を入れ替えて $\ell(A^{-1})=1/\|A\|$ も成り立つので、$K(A^{-1})=\|A^{-1}\|/\ell(A^{-1})=\|A\|/\ell(A)$ である。
2:$|ABv|\le\|A\||Bv|\le\|A\|\|B\||v|$、$|ABv|\ge\ell(A)|Bv|\ge\ell(A)\ell(B)|v|$ から、$\|AB\|\le\|A\|\|B\|$、$\ell(AB)\ge\ell(A)\ell(B)$ である。
3:$K(A)=1$ なら $c:=\|A\|=\ell(A)$ について $|Av|=c|v|$ がすべての $v$ で成り立つ。$Q:=A/c$ はノルムを保つ線形写像で、$\langle Qv,Qw\rangle=\frac14(|Q(v+w)|^2-|Q(v-w)|^2)=\langle v,w\rangle$ なので直交変換である。逆は明らかである。$\square$

$C^1$ 級の写像の最大ゆがみ

$D\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$\varphi\colon D\to\mathbb{R}^n$ を像への同相写像とし、$\varphi$ は $C^1$ 級で、点 $x\in D$ で微分 $A:=D\varphi(x)$ が可逆であるとする。このとき
$$ \lim_{r\to0}\frac{L_\varphi(x,r)}{l_\varphi(x,r)}=K(A) $$
であり、とくに $H_\varphi(x)=K(A)$ である。したがって、$C^1$ 級の同相写像で微分が各点で可逆なものが $K$ 擬等角であることと、すべての $x\in D$ で $K(D\varphi(x))\le K$ であることは同値である。

全微分可能性により、$\varepsilon(r):=\sup_{|v|=1}|\varphi(x+rv)-\varphi(x)-rAv|/r$ は $r\to0$ で $0$ に収束する。$|v|=1$ なら
$$ r\bigl(|Av|-\varepsilon(r)\bigr)\le|\varphi(x+rv)-\varphi(x)|\le r\bigl(|Av|+\varepsilon(r)\bigr) $$
なので、$v$ について最大と最小をとると $r(\|A\|-\varepsilon(r))\le L_\varphi(x,r)\le r(\|A\|+\varepsilon(r))$、$r(\ell(A)-\varepsilon(r))\le l_\varphi(x,r)\le r(\ell(A)+\varepsilon(r))$ である。$\ell(A)>0$ なので、$\varepsilon(r)<\ell(A)$ となる $r$ で比をとり $r\to0$ とすれば、比は $\|A\|/\ell(A)$ に収束する。$\square$

lem-qc-linear と連鎖律から、$C^1$ 級の微分同相写像の範囲では、$K_1$ 擬等角写像と $K_2$ 擬等角写像の合成は $K_1K_2$ 擬等角であり、$K$ 擬等角写像の逆写像は $K$ 擬等角である($D(\psi\circ\varphi)(x)=D\psi(\varphi(x))D\varphi(x)$、$D(\varphi^{-1})(\varphi(x))=D\varphi(x)^{-1}$)。また lem-qc-linear の 3 により、$C^1$ 級の微分同相写像が $1$ 擬等角であることは、各点で微分が正の数と直交変換の積であること、すなわち各点で角の大きさを保つことと同値である。

平面の場合:Beltrami 係数

$\mathbb{R}^2=\mathbb{C}$ とし、$z=x+iy$ について Wirtinger の微分 $f_z:=\frac12(f_x-if_y)$、$f_{\bar z}:=\frac12(f_x+if_y)$ を使う。$C^1$ 級の $f$ の点 $z$ での微分は
$$ Df(z)h=f_z(z)\,h+f_{\bar z}(z)\,\bar h\qquad(h\in\mathbb{C}) $$
と書ける(等角写像 の補題「角を保つ実線形写像」の 1 で $L(1)=f_x$、$L(i)=f_y$ とおいたもの)。

平面の $C^1$ 級の写像のゆがみ

$U\subset\mathbb{C}$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{C}$ を $C^1$ 級とし、$z\in U$ で $\alpha:=f_z(z)$、$\beta:=f_{\bar z}(z)$ とおく。

  1. $\|Df(z)\|=|\alpha|+|\beta|$、$\ell(Df(z))=\bigl||\alpha|-|\beta|\bigr|$ であり、$\det Df(z)=|\alpha|^2-|\beta|^2$ である。
  2. $|\beta|<|\alpha|$ のとき、$\mu_f(z):=\beta/\alpha$ について $K(Df(z))=\dfrac{1+|\mu_f(z)|}{1-|\mu_f(z)|}$ である。
  3. $f$ が向きを保つ $C^1$ 級の微分同相写像($\det Df>0$)なら、$f$ が $K$ 擬等角であることと、$U$ の上で $|f_{\bar z}|\le k|f_z|$、$k:=\frac{K-1}{K+1}$ であることは同値である。とくに $f$ が $1$ 擬等角であることと、$f$ が正則で $f'\ne0$ であること(等角写像 の意味の等角写像であること)は同値である。

1:$|h|=1$ なら $h=e^{i\theta}$ で、$|\alpha h+\beta\bar h|=|\alpha+\beta e^{-2i\theta}|$ である。$e^{-2i\theta}$ は単位円周全体を動くので、$\alpha+\beta e^{-2i\theta}$ は中心 $\alpha$、半径 $|\beta|$ の円周を動き、その絶対値の最大は $|\alpha|+|\beta|$、最小は $\bigl||\alpha|-|\beta|\bigr|$ である。行列式は、$\alpha=a_1+ia_2$、$\beta=b_1+ib_2$ として $Df(z)$ の表現行列 $\begin{pmatrix}a_1+b_1&-a_2+b_2\\ a_2+b_2&a_1-b_1\end{pmatrix}$ から $(a_1^2-b_1^2)+(a_2^2-b_2^2)=|\alpha|^2-|\beta|^2$ である。
2:1 から $K=\frac{|\alpha|+|\beta|}{|\alpha|-|\beta|}$ で、分子分母を $|\alpha|$ で割ればよい。
3:$\det Df>0$ なので 1 から $|f_{\bar z}|<|f_z|$ が各点で成り立つ。$t\mapsto\frac{1+t}{1-t}$ は $[0,1)$ で単調増加なので、$\frac{1+|\mu_f|}{1-|\mu_f|}\le K$ は $|\mu_f|\le k$ と同値であり、prop-qc-smooth と 2 から主張が従う。$K=1$ なら $k=0$ で、条件は $f_{\bar z}=0$(Cauchy–Riemann の方程式)と同値である。そのとき $f'=f_z\ne0$ である。逆に $f$ が正則で $f'\ne0$ なら $f_{\bar z}=0$、$\det Df=|f'|^2>0$ である。$\square$

$\mu_f=f_{\bar z}/f_z$ を $f$ の Beltrami 係数(複素ゆがみ)という。$f$ は微分方程式
$$ f_{\bar z}=\mu f_z $$
を満たし、これを Beltrami 方程式という。微分 $Df(z)$ は単位円を楕円に写し、その長軸と短軸の比が $K(Df(z))$ であり、$\mu_f(z)\ne0$ のとき、最も引き伸ばされる単位ベクトル $h$ の向きは $\arg h\equiv\frac12\arg\mu_f(z)\pmod{\pi}$ で決まる。

アフィンな引き伸ばしと放射状の引き伸ばし

1.$K\ge1$ について $S_K(x+iy):=Kx+iy$ は $\mathbb{C}$ の線形同型で、$S_K(z)=\frac{K+1}2z+\frac{K-1}2\bar z$ なので $\mu=\frac{K-1}{K+1}$、ゆがみは $K$ である。$S_K$ は $K$ 擬等角であり、$K$ 双 Lipschitz でもある。
2.$a>0$ について $f(z):=z|z|^{a-1}$($f(0):=0$)、すなわち $f(re^{i\theta})=r^ae^{i\theta}$ は $\mathbb{C}$ の同相写像(逆写像は $w|w|^{1/a-1}$)で、$\mathbb{C}\setminus\{0\}$ の上で $C^\infty$ 級である。$z\ne0$ では、半径方向の単位ベクトルは $ar^{a-1}$ 倍、円周方向の単位ベクトルは $r^{a-1}$ 倍に伸び(半径 $r$ の円が半径 $r^a$ の円に写る)、両者の像は直交するので $Df(z)$ の特異値は $ar^{a-1}$ と $r^{a-1}$ であり、ゆがみは $\max(a,1/a)$ である。$z=0$ では、$|y|=r$ の上で $|f(y)|=r^a$ は一定なので比は $1$ である。よって $f$ は $\max(a,1/a)$ 擬等角である。一方 $a\ne1$ なら、$|f(z)-f(0)|/|z-0|=|z|^{a-1}$ は $z\to0$ で $0$ か $\infty$ に近づくので、$f$ は $0$ のどの近傍でも双 Lipschitz でない。

主定理:Grötzsch の定理

$a>0$ について長方形 $R_a:=[0,a]\times[0,1]\subset\mathbb{R}^2$ を考え、左右の辺を $\{0\}\times[0,1]$、$\{a\}\times[0,1]$、上下の辺を $[0,a]\times\{1\}$、$[0,a]\times\{0\}$ と呼ぶ。等角写像は角を保つので、縦横比 $a$ は「長方形の形」を測る量である。Grötzsch の定理は、ゆがみを $K$ 以下に抑えた写像では縦横比を $K$ 倍より大きく変えられないことを述べる。

Grötzsch の定理($C^1$ 級の場合)

$a,a'>0$ とし、$f$ を $R_a$ を含む開集合で定義された $C^1$ 級の写像で、$R_a$ の各点で $\det Df>0$ であり、$R_a$ を $R_{a'}$ の上へ全単射に写し、左右の辺・上下の辺をそれぞれ $R_{a'}$ の対応する辺の上へ写すものとする。$R_a$ の上で $K(Df)\le K$ なら
$$ \frac1K\le\frac{a'}{a}\le K $$
である。等号は、たとえば $a'\ge a$ のとき $(x,y)\mapsto(a'x/a,\,y)$ で達成される。

$\sigma(p):=\|Df(p)\|$、$J(p):=\det Df(p)$ とおく。$J=\|Df\|\,\ell(Df)$($2$ 次元では行列式の絶対値は 2 つの特異値の積)なので、$\sigma^2/J=K(Df)\le K$ である。
1.横の線分の像の長さ。 $0\le y\le1$ について、線分 $t\mapsto(t,y)$($0\le t\le a$)の像 $\gamma_y(t):=f(t,y)$ は、左の辺の点 $f(0,y)$ から右の辺の点 $f(a,y)$ への $C^1$ 級の曲線である。その長さは第 1 座標の変化 $a'$ 以上なので
$$ a'\le\int_0^a|\gamma_y'(t)|\,dt=\int_0^a|Df(t,y)e_1|\,dt\le\int_0^a\sigma(t,y)\,dt $$
である(媒介変数表示と曲線の長さ)。$y$ について $0$ から $1$ まで積分して $a'\le\iint_{R_a}\sigma\,dx\,dy$ を得る。
2.長さと面積の比較。 Cauchy–Schwarzの不等式 により
$$ a'^2\le\Bigl(\iint_{R_a}\frac{\sigma}{\sqrt J}\sqrt J\,dx\,dy\Bigr)^2\le\iint_{R_a}\frac{\sigma^2}{J}\,dx\,dy\cdot\iint_{R_a}J\,dx\,dy\le K\,a\cdot a' $$
である。最後の不等式では、$\sigma^2/J\le K$ と $R_a$ の面積 $a$、および 変数変換公式(多変数積分) による $\iint_{R_a}J\,dx\,dy=$($f(R_a)=R_{a'}$ の面積)$=a'$ を使った。よって $a'\le Ka$ である。
3.縦の線分。 $0\le x\le a$ について線分 $t\mapsto(x,t)$($0\le t\le1$)の像は下の辺から上の辺への曲線で、長さは $1$ 以上である。1 と同じく $1\le\int_0^1\sigma(x,t)\,dt$ を $x$ について積分して $a\le\iint_{R_a}\sigma$ を得て、2 と同じく $a^2\le Ka\cdot a'$、すなわち $a\le Ka'$ である。
4.等号。 $(x,y)\mapsto(a'x/a,y)$ の微分は $\mathrm{diag}(a'/a,1)$ で、ゆがみは $a'/a$ である。辺の条件も満たす。$\square$

縦横比の違う長方形

thm-qc-grotzsch の仮定を満たす写像 $f\colon R_a\to R_{a'}$ が $R_a$ の各点で等角($K(Df)=1$)なら、$a=a'$ である。とくに、縦横比の違う 2 つの長方形の間には、辺を対応する辺に写し、閉長方形を含む開集合の上で正則な等角同型は存在しない。

$K=1$ として thm-qc-grotzsch を当てると $1\le a'/a\le1$ である。正則で $f'\ne0$ なら thm-qc-beltrami の 3 の証明のとおり $K(Df)=1$、$\det Df=|f'|^2>0$ である。$\square$

Riemannの写像定理 により長方形の内部はどれも単位円板と等角同値なので、内部どうしは等角同値である。cor-qc-rectangles が述べるのは、4 つの頂点の位置まで指定すると等角同値でなくなり、縦横比 $a$ が等角写像で保たれる量(等角不変量)になることである。そして thm-qc-grotzsch は、$K$ 擬等角写像ではこの量が高々 $K$ 倍しか変わらないことを述べる。線形な引き伸ばしはこの下界を達成し、そのゆがみはちょうど縦横比の比である。

一般の擬等角写像と Beltrami 方程式

def-qc-main は微分可能性を仮定しない。微分可能でない写像まで含めて扱うとき、平面では解析的に、Beltrami 方程式 $f_{\bar z}=\mu f_z$ を、$|\mu|\le k<1$ を満たす可測関数 $\mu$ について弱い意味で解くことが中心の問題になる。

  • 解の存在:$\mu$ が可測で、ある円板の外で $0$ であり、$|\mu|\le k<1$ を満たすなら、Beltrami 方程式は $\mathbb{C}$ からそれ自身への同相写像である解をもち、その解と逆写像は Hölder 連続である(Boj09 Theorem 3.1、p. 17。この記事では証明しない)。与えられた Beltrami 係数をもつ擬等角写像の存在と一意性についての結果は、係数の連続性の仮定を減らす方向に精密化され、Ahlfors–Bers の可測 Riemann 写像定理に至った(Pap17 p. 32)。
  • 解の表示:有界な領域の上で同じ条件を満たす係数(領域の外では $0$ とおく)について、Beltrami 方程式の(適当な Sobolev 空間に属する)弱い意味の解はどれも、上の同相な解と正則関数の合成として書ける(Boj09 Theorem 3.3、p. 26。この記事では証明しない)。$\mu=0$ ならこれは正則関数そのものであり、擬等角写像の理論は正則関数の理論を可測な係数の方程式へ移したものと見られる。
  • 定義の一致:Ahlfors は 1954 年の論文で、四辺形のゆがみによる、微分可能性を使わない一般の定義を与えた。その写像の族は、Morrey が導入した Beltrami 方程式の弱い意味の同相な解の族と一致することが後に知られた(Pap17 p. 36 と脚注 28)。
    歴史的には、擬等角写像は Grötzsch が 1928 年から 1932 年の論文で、長方形の間の最良の写像を探す問題(thm-qc-grotzsch の一般形)とともに導入した(Pap17 §4、p. 28)。Teichmüller はこれを 2 つの Riemann 面の間の、与えられたホモトピー類で最もゆがみの小さい擬等角写像の存在と一意性へ一般化し(Pap17 p. 2)、Riemann 面のモジュライの研究の基本の道具にした。

高次元と擬等角多様体

$n\ge3$ でも def-qc-main はそのまま意味をもつ。prop-qc-bilipschitz により局所双 Lipschitz な同相写像は擬等角なので、局所双 Lipschitz な座標変換をもつ Lipschitz 多様体は、局所擬等角な座標変換をもつ擬等角多様体である(TV81 §2.1、p. 305)。$n\ne4$ ではどの位相多様体も擬等角構造をもち、2 つの擬等角構造は恒等写像にイソトピックな同相写像で移り合う(Sullivan。DS89 p. 182 の定理の引用)。$4$ 次元では、擬等角構造をもたない位相多様体と、同相だが擬等角同相でない滑らかな多様体の組がある(DS89 Theorem 1・2、p. 182。この記事では証明しない)。Lipschitz 構造についての対応する主張は Lipschitz多様体とSullivanの定理 で扱う。

仮定を外すと成り立たなくなること

外す条件反例成り立たなくなること
微分が可逆(prop-qc-smooth)$\mathbb{R}^2$ の同相写像 $f(x,y)=(x,y^3)$$C^\infty$ 級だが $H_f(x,0)=\infty$ で、擬等角でない
向きを保つ(thm-qc-beltrami の 3 の後半)$f(z)=\bar z$$1$ 擬等角だが正則でない
辺を対応する辺に写す(thm-qc-grotzsch)$R_2$ から $R_{1/2}$ への $(x,y)\mapsto(1-y,\ x)/2$等角($K=1$)だが $a'/a=1/4$
双 Lipschitz(prop-qc-bilipschitz の逆)$f(z)=z\lvert z\rvert^{a-1}$($a\ne1$)擬等角だが双 Lipschitz でない
反例の確かめ

1 行目:$y\mapsto y^3$ は $\mathbb{R}$ の同相写像なので $f$ は同相写像である。$|y-(x,0)|=r$ の点 $(x+r\cos t,r\sin t)$ では $f$ の差は $(r\cos t,r^3\sin^3t)$ で、$t=0$ で長さ $r$、$t=\pi/2$ で長さ $r^3$ なので $L_f/l_f\ge r/r^3=r^{-2}\to\infty$ である。$Df(x,0)=\mathrm{diag}(1,0)$ は可逆でない。
2 行目:$Df(z)h=\bar h$ は直交変換(折り返し)なのでゆがみは $1$、$f_z=0$、$f_{\bar z}=1$ で $\det Df=-1<0$ である。
3 行目:$g(x,y):=(1-y,x)$ は角 $\pi/2$ の回転と平行移動の合成で、$R_2=[0,2]\times[0,1]$ を $[0,1]\times[0,2]$ に写し、$1/2$ 倍すると $[0,1/2]\times[0,1]=R_{1/2}$ になる。$R_2$ の左右の辺 $x=0,2$ は像の上下の辺 $y=0,1$ に写るので、辺の条件を満たさない。微分は正の数と回転の積で、$K=1$、$\det>0$ である。
4 行目:ex-qc-radial の 2 で確かめた。

補足

文献

def-qc-main は DS89 の序(p. 181)の定義である。prop-qc-bilipschitz・lem-qc-linear・prop-qc-smooth・thm-qc-beltrami・thm-qc-grotzsch の証明は、この記事で定義から組み立てたものである。長さと面積の比較による方法を初めて系統的に用いたのは Grötzsch で、Ahlfors も独立に同じ方法に至った(Pap17 pp. 28–29)。

関連項目

参考文献

[1]
S. K. Donaldson, D. P. Sullivan, Quasiconformal 4-manifolds, Acta Mathematica, Acta Mathematica 163 (1989), 181–252。序の K 擬等角写像の定義と双 Lipschitz 写像との対比(p. 181)、Sullivan の定理の引用と Theorem 1・2(p. 182)
[2]
Pekka Tukia, Jussi Väisälä, Lipschitz and quasiconformal approximation and extension, Annales Academiae Scientiarum Fennicae, Series A. I. Mathematica, Annales Academiae Scientiarum Fennicae, Series A. I. Mathematica 6 (1981), 303–342。§2.1 LIP 多様体は局所擬等角多様体であること(p. 305)

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