Tits系、BN対

同義語:Tits系BN対Tits systemBN-pair

概要

Tits系(Tits system)とは、群 $G$ の二つの部分群 $B,N$ に公理を課し、$G$ をWeyl群 $W=N/(B\cap N)$ で添字付けられた両側剰余類へ分解する構造であり、BN対とも呼ばれる。公理からWeyl群のCoxeter系、Bruhat分解、標準的放物型部分群が得られる。本記事では公理、Bruhat細胞のwell-definedness、$\mathrm{GL}_2$ の完全な検証、建物との関係を説明する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: , 部分群, 正規部分群, 剰余群, 両側剰余類

定義

Tits系は、群の中に二つの部分群 $B,N$ を指定し、群全体をWeyl群で添字付けられた両側剰余類へ分解するための公理系である。BN対(BN-pair)ともいう。簡約代数群、Lie型有限群、建物の理論に共通して現れる。

Tits系(BN対)

$G$ を群、$B,N$ をその部分群とする。$H:=B\cap N$ と置く。次を満たすデータ $(G,B,N,S)$Tits系(Tits system)または BN対(BN-pair)という。

  1. $G=\langle B,N\rangle$ である。
  2. $H$$N$ の正規部分群である。
  3. 商群 $W:=N/H$ は、位数 $2$ の元からなる集合 $S$ で生成される。
  4. $s\in S$$w\in W$ に対して代表元 $\dot{s},\dot{w}\in N$ を選ぶと、
    $$ B\dot{s}B\dot{w}B\subseteq B\dot{s}\dot{w}B\cup B\dot{w}B $$
    が成り立つ。
  5. $s\in S$ に対して $\dot{s}B\dot{s}^{-1}\not\subseteq B$ である。
    $W$ をこのTits系の Weyl群 と呼ぶ。

第5条件は単純生成元が自明に退化することを除く条件である。$s^2=1$ は商群 $W$ での等式であり、代表元 $\dot{s}$ 自身が $N$ の中で位数 $2$ であることまでは要求しない。

Bruhat細胞

$w\in W$ の代表元 $\dot{w}\in N$ を選び、
$$ C(w):=B\dot{w}B $$
と置く。この両側剰余類を $w$ に対応する Bruhat細胞 という。

Bruhat細胞は代表元によらない

$C(w)$$w\in W=N/H$ の代表元 $\dot{w}$ の選び方によらない。

$\dot{w}'$$w$ の代表元なら、ある $h\in H$ に対して $\dot{w}'=\dot{w}h$ と書ける。$H=B\cap N\subseteq B$ だから
$$ B\dot{w}'B=B\dot{w}hB=B\dot{w}B $$
である。したがって $C(w)$ は代表元に依存しない。$\square$

公理から得られる被覆

Bruhat分解のうち「すべての元がどれかの細胞に入る」ことは、生成条件と第4公理から直接示せる。

Bruhat細胞による被覆

Tits系 $(G,B,N,S)$ に対し
$$ G=\bigcup_{w\in W}C(w) $$
が成り立つ。

$X:=\bigcup_{w\in W}C(w)$ と置く。$C(1)=B$ なので $B\subseteq X$ であり、左から $B$ を掛けても $X$ は変わらない。
$s\in S$ とする。第4公理から、各 $w\in W$ について
$$ \dot{s}C(w)\subseteq B\dot{s}B\dot{w}B \subseteq C(sw)\cup C(w)\subseteq X $$
である。よって $\dot{s}X\subseteq X$ である。$S$$W$ を生成し、$H\subseteq B$ だから、$N$ の任意の元は $H$ の元と単純生成元の代表元の積で書ける。したがって $NX\subseteq X$ である。
以上より $X$ は左から $B$$N$ を掛ける操作で閉じている。$1\in X$ かつ $G=\langle B,N\rangle$ なので、$G$ の任意の元は $X$ に属する。逆の包含は定義から明らかであり、$G=X$ である。$\square$

この命題だけでは異なる $w$ の細胞が交わらないことはまだ示していない。その非交差性にはTits系の公理をさらに用いる。

Bruhat分解とCoxeter系

Tits系の基本定理

Tits系 $(G,B,N,S)$ に対し、次が成り立つ。

  1. $(W,S)$Coxeter系である。
  2. 異なる $v,w\in W$ に対して $C(v)\cap C(w)=\emptyset$ である。したがって
    $$ G=\coprod_{w\in W}B\dot{w}B $$
    という Bruhat分解 を得る。
  3. $\ell(sw)=\ell(w)+1$ なら
    $$ C(s)C(w)=C(sw), $$
    $\ell(sw)=\ell(w)-1$ なら
    $$ C(s)C(w)=C(sw)\cup C(w) $$
    である。ここで $\ell$ はCoxeter系 $(W,S)$ の長さ関数である。
出典と証明範囲

この一般定理は MT12 Chapter 11, pp. 83–94 を参照されたい。本記事では、両側剰余類のwell-definednessと被覆部分を上で証明し、細胞の非交差性、交換条件、積公式の等号部分は同文献へ委ねる。第4公理にある包含だけを、根拠なく積公式の等号へ置き換えてはならない。

Bruhat分解は群 $G$ の元をWeyl群 $W$ の元で分類する。行列群では、これは行基本変形と列基本変形の間に残る置換データを取り出す操作とみなせる。

$\mathrm{GL}_2$ の例

$K$ を任意の体とし、$G:=\mathrm{GL}_2(K)$ とする。$B$ を可逆な上三角行列全体、$N$ を可逆なモノミアル行列全体とする。モノミアル行列とは各行・各列に非零成分をちょうど一つもつ行列である。$H=B\cap N$ は可逆な対角行列全体である。
$$ \dot{s}:= \begin{pmatrix} 0&1\\ 1&0 \end{pmatrix} $$
と置くと、$N/H$$s=\dot{s}H$ で生成される位数 $2$ の群である。

$\mathrm{GL}_2(K)$ の標準BN対

上の $G,B,N$$S=\{s\}$ はTits系をなし、
$$ G=B\sqcup B\dot{s}B $$
である。

まず任意の
$$ g=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\in G $$
を考える。$c=0$ なら $g\in B$ である。$c\ne0$ なら
$$ g= \begin{pmatrix} b-ad/c&a/c\\ 0&1 \end{pmatrix} \dot{s} \begin{pmatrix} c&d\\ 0&1 \end{pmatrix}. $$
実際に右辺を掛けると $g$ になり、左端の行列の行列式は
$$ b-ad/c=-\det(g)/c\ne0 $$
なので両端の行列は $B$ に属する。よって $G=B\cup B\dot{s}B$ である。$B\dot{s}B$ の行列は左下成分が非零だから、この合併は交わらない。とくに $G$$B$$\dot{s}$、したがって $B$$N$ で生成される。
$H$ は対角行列群であり、モノミアル行列による共役で対角成分が置換されるだけなので $H\triangleleft N$ である。また $W=N/H=\{1,s\}$ である。第4公理は $w=1$ では明らかであり、$w=s$ では
$$ B\dot{s}B\dot{s}B\subseteq G=B\cup B\dot{s}B $$
から従う。最後に
$$ \dot{s} \begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix} \dot{s}^{-1} =\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}\notin B $$
なので第5公理も成り立つ。すべての公理が確認できた。$\square$

二つのBruhat細胞

$\mathrm{GL}_2(K)$ では、左下成分が $0$ の可逆行列が $C(1)=B$、左下成分が非零の可逆行列が $C(s)=B\dot{s}B$ に属する。したがってWeyl群の二元は、行列をこの二種類に分類する。

一般の $\mathrm{GL}_n(K)$ でも、$B$ を可逆な上三角行列群、$N$ をモノミアル行列群とするとTits系を得る。このとき $H$ は対角行列群、$W\cong\mathfrak{S}_n$ であり、$S$ は隣接互換からなる。Bruhat細胞は置換 $w\in\mathfrak{S}_n$ で添字付けられる MT12

反例:非退化条件を外した場合

$G=C_2\times C_2$$B=C_2\times\{1\}$$N=\{1\}\times C_2$ とする。このとき $H=\{1\}$$W=N\cong C_2$ であり、生成条件と第2・第3・第4条件は満たされる。しかし $G$ は可換なので、非自明な $s\in W$ の代表元に対して
$$ \dot{s}B\dot{s}^{-1}=B $$
であり、第5条件を破る。したがって最初の四条件だけでは本記事の意味でのTits系ではない。

標準的放物型部分群

$I\subseteq S$ に対して $W_I:=\langle I\rangle$ と置く。

標準的放物型部分群

$$ P_I:=\bigcup_{w\in W_I}B\dot{w}B $$
$I$ に対応する 標準的放物型部分群 という。標準的放物型部分群の $G$ における共役を 放物型部分群 という。

標準的放物型部分群の分類

$I\subseteq S$ に対して $P_I$$G$ の部分群である。また $B$ を含む $G$ の部分群 $P$ が標準的放物型であることと、ただ一つの $I\subseteq S$ に対して $P=P_I$ と書けることは同値である。

出典

積公式から $P_I$ が積と逆元で閉じること、および標準的放物型部分群と $S$ の部分集合の対応については MT12 Chapter 11 を参照されたい。

両端の標準的放物型部分群

$$ P_{\emptyset}=B,\qquad P_S=G $$
である。

$W_{\emptyset}=\{1\}$ なので $P_{\emptyset}=B\dot{1}B=B$ である。また $W_S=\langle S\rangle=W$ だから、Bruhat分解により
$$ P_S=\bigcup_{w\in W}B\dot{w}B=G $$
である。$\square$

建物との関係

Tits系からは、標準的放物型部分群の剰余類と包含関係を用いて建物を構成できる。その各アパートメントの組合せ型は、Weyl群のCoxeter複体で与えられる。逆に、群が建物へ適切に強推移的に作用すると、部屋の安定化群を $B$、一つのアパートメントの安定化に由来する部分群を $N$ としてBN対が得られる。この対応により、Bruhat分解の代数的な細胞と建物の幾何が結び付く。

関連項目

参考文献

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