Boole環(Boolean ring)とは、すべての元 $x$ が $x^2=x$ を満たす環のことである。この条件だけから $x+x=0$ と乗法の可換性が従い、零環でなければ標数は $2$ になる。集合の冪集合に対称差を加法、共通部分を乗法として入れた環が典型例であり、有限な Boole 環は $\mathbb{F}_2^n$、すなわち $n$ 元集合の冪集合環に同型である。素イデアルによる剰余環はつねに $\mathbb{F}_2$ で、素イデアルはすべて極大イデアルである。$x\wedge y=xy$、$x\vee y=x+y+xy$、$x'=1+x$ によって Boole 環は補元をもつ分配束である Boole 代数と一対一に対応し、Stone の表現定理により任意の Boole 環は冪集合環の部分環として実現される。
前提知識: 環, 可換環, 冪等元, 冪集合
Boole環は、すべての元 $x$ が $x^2=x$ を満たす環である。集合 $S$ の冪集合 $\mathcal{P}(S)$ に対称差を加法、共通部分を乗法として入れた環がその典型であり、「$x$ かつ $x$ は $x$」という論理の規則を環の等式に写したものと見ることができる。この条件だけから環は自動的に可換になり、$x+x=0$ を満たす。Boole 環は、補元をもつ分配束であるBoole代数と同じものを環の言葉で書き直したものであり、素イデアルがすべて極大であること、有限なものは $\mathbb{F}_2$ のいくつかの直積に限ることなど、構造がきわめて単純である。
本記事では、環は乗法の単位元 $1$ をもつものとし、乗法の可換性は仮定しない(環 の記事の流儀)。
環 $A$ が Boole 環(Boolean ring)であるとは、$A$ の任意の元 $x$ が $x^2=x$ を満たす、すなわち $A$ のすべての元が冪等元であることをいう。
名前は、論理を代数の計算として扱った G. Boole にちなむ。可換性は定義に含めていないが、次の命題により自動的に従う。
零環は、$0^2=0$ なので Boole 環であり、その標数は $1$ である(標数 の記事の約束)。3 で零環を除いたのはこのためである。
$\mathcal{P}(S)$ の元を「$S$ の各点について成り立つか成り立たないかが決まっている性質」と考えると、共通部分 $X\cap Y$ は「$X$ かつ $Y$」、対称差 $X\triangle Y$ は「$X$ と $Y$ のちょうど一方」(排他的論理和)にあたる。「$X$ かつ $X$」は $X$ と同じなので $X^2=X$ であり、「$X$ と $X$ のちょうど一方」はどの点でも成り立たないので $X+X=0$ である。各点ごとに見れば、これは $\{0,1\}$ 上の論理演算、すなわち 2 元体 $\mathbb{F}_2$ の乗法(かつ)と加法(排他的論理和)にほかならない。Boole 環とは、この「各点で $\mathbb{F}_2$ の計算をする」構造を公理化したものであり、実際、有限な Boole 環は $\mathbb{F}_2$ の有限個の直積に一致し(thm-boolean-ring-finite)、一般の Boole 環も $\mathbb{F}_2$ のある直積の部分環として実現される(rem-boolean-ring-stone)。
論理の側では、「または」「でない」を使う方が自然である。環の演算からは $x\vee y:=x+y+xy$(または)と $1+x$(でない)が作られ、逆に「かつ」「または」「でない」から $x+y$ が作られる。この翻訳が、Boole 環と Boole 代数の対応(prop-boolean-ring-to-algebra、thm-boolean-ring-algebra)である。
集合 $S$ の冪集合 $\mathcal{P}(S)$ に、加法 $X+Y:=X\triangle Y=(X\setminus Y)\cup(Y\setminus X)$、乗法 $XY:=X\cap Y$ を入れたものは、零元 $\emptyset$、単位元 $S$ をもつ可換環であり(環 の記事の例「冪集合のなすBoole環」)、$X\cap X=X$ により Boole 環である。部分集合 $X$ にその特性関数 $\chi_X\colon S\to\mathbb{F}_2$($X$ の点で $1$、それ以外で $0$)を対応させると、$\chi_{X\triangle Y}=\chi_X+\chi_Y$、$\chi_{X\cap Y}=\chi_X\chi_Y$、$\chi_S=1$ が各点で確かめられ、これは環の同型 $\mathcal{P}(S)\cong\mathbb{F}_2^S$ を与える(逆写像は $f\mapsto f^{-1}(1)$)。この環では、加法の逆元は自分自身($X\triangle X=\emptyset$)であり、prop-boolean-ring-comm-char2 の 1 と合っている。
自然数全体 $\mathbb{N}$ の部分集合で、有限であるか補集合が有限であるものの全体を $B$ とする。$B$ は $\emptyset$ と $\mathbb{N}$ を含み、$X,Y\in B$ なら $X\cap Y$ と $X\triangle Y$ も $B$ に属する(両方が有限なら両方の演算の結果は有限、両方が補有限なら $X\cap Y$ は補有限で $X\triangle Y\subset(\mathbb{N}\setminus X)\cup(\mathbb{N}\setminus Y)$ は有限、一方だけが補有限なら $X\cap Y$ は有限な方に含まれて有限で、$X\triangle Y$ は補有限である)。$\mathbb{N}$ の補集合をとる操作 $X\mapsto\mathbb{N}\triangle X$ でも閉じている。したがって $B$ は $\mathcal{P}(\mathbb{N})$ の部分環であり、Boole 環である。
$\mathbb{N}$ の有限部分集合は可算集合個しかなく、補有限集合は補集合をとる操作によって有限部分集合と一対一に対応するので、補有限集合も可算個である。したがって $B$ は可算である。$B$ は $\{n\}$($n\in\mathbb{N}$)をすべて含むので無限である。一方、冪集合環 $\mathcal{P}(X)$ は、$X$ が有限なら有限、$X$ が無限なら Cantor の定理(Cantorの定理)により非可算である。したがって $B$ はどの冪集合環とも同型でない。無限 Boole 環は冪集合環とは限らない。
4 元体 $\mathbb{F}_4=\mathbb{F}_2[x]/(x^2+x+1)$ を考え、$x$ の類を $\omega$ と書く(有限体)。$\mathbb{F}_4$ は可換で標数 $2$ であるが、$\omega^2=\omega+1\neq\omega$ なので Boole 環でない。同様に多項式環 $\mathbb{F}_2[x]$ でも $x^2\neq x$ である。この例は prop-boolean-ring-comm-char2 の逆「可換で標数 $2$ の環は Boole 環である」を破る。満たす性質は「可換」「標数 $2$」、満たさない性質は「すべての元が冪等」である。$\mathbb{F}_4$ は体なので冪等元は $0,1$ だけであり(冪等元 の記事の命題「冪等元の基本性質」の 5)、同じ理由で、Boole 環である体(さらに Boole 環である整域)の元は $0$ と $1$ だけであり、そのような環は $\mathbb{F}_2$ に限られる。
$\mathbb{N}$ の有限部分集合の全体 $F$ は、対称差と共通部分で閉じ、$\emptyset$ を含み、すべての元が $X\cap X=X$ を満たす。しかし $F$ は乗法の単位元をもたない。実際、$U\in F$ が単位元なら、すべての $n\in\mathbb{N}$ について $U\cap\{n\}=\{n\}$、すなわち $n\in U$ となり、$U=\mathbb{N}$ が有限であることになって矛盾する。したがって $F$ は本記事の意味の Boole 環ではない(単位元を要求しない流儀では Boole 環と呼ばれる)。この例は「すべての元が冪等で、加法・乗法で閉じた $\mathcal{P}(\mathbb{N})$ の部分集合は Boole 環である」という含意を破り、満たさない性質は「単位元をもつ」である。ex-boolean-ring-cofinite の $B$ は $F$ に補有限集合を付け加えて単位元 $\mathbb{N}$ を含むようにしたものである。
以下 $A$ を Boole 環とする。prop-boolean-ring-comm-char2 により $A$ は可換なので、左・右・両側のイデアルの区別はない。
同じ議論は 可換環 の記事の例「Boole環の素イデアル」にもある。とくに、Boole 環の素イデアルと、環準同型 $A\to\mathbb{F}_2$ は一対一に対応する(準同型 $\chi$ に核 $\ker\chi$ を、素イデアル $\mathfrak{p}$ に合成 $A\to A/\mathfrak{p}\cong\mathbb{F}_2$ を対応させる)。$\mathcal{P}(S)$ では、点 $s\in S$ ごとに「$s$ を含むか」を読む準同型 $X\mapsto\chi_X(s)$ があり、その核 $\{X\mid s\notin X\}$ は素イデアルである。$S$ が無限集合なら、これら以外の素イデアルもある(超フィルターのうち単項でないものに対応し、その存在には Zornの補題 を使う)。
有限な Boole 環 $A$ は、ある $n\geq0$ について $\mathbb{F}_2^n$ に同型である($n=0$ は零環)。とくに $A$ の元の個数は $2^n$ であり、$A$ は $n$ 元集合の冪集合環 $\mathcal{P}(\{1,\dots,n\})$ に同型である。
$A$ の元の個数 $|A|$ に関する帰納法で示す。$|A|=1$ なら $A$ は零環であり、$\mathbb{F}_2^0$ に同型である。
$|A|\geq2$ とすると $A$ は零環でないので $0\neq1$ である。$A$ が $0,1$ 以外の元をもたなければ $A=\{0,1\}$ であり、$1+1=0$(prop-boolean-ring-comm-char2 の 1)なので $A\cong\mathbb{F}_2$ である。
$A$ が $0,1$ 以外の元 $e$ をもつとする。$e$ は冪等元であり、$A$ は可換なので、冪等元 の記事の定理「冪等元と直積分解の対応」により環の同型
$$
A\cong Ae\times A(1-e)
$$
がある。$e\neq0$ から $Ae$ は零環でなく、$e\neq1$ から $A(1-e)$ は零環でない(同じ定理の 2)。$Ae$ と $A(1-e)$ の元はすべて $A$ の元なので、どちらも Boole 環である(単位元はそれぞれ $e$、$1-e$)。$|A|=|Ae|\cdot|A(1-e)|$ で両因子は $2$ 以上なので、$|Ae|<|A|$、$|A(1-e)|<|A|$ である。帰納法の仮定により $Ae\cong\mathbb{F}_2^{m}$、$A(1-e)\cong\mathbb{F}_2^{l}$ となる $m,l$ があり、$A\cong\mathbb{F}_2^{m+l}$ である。
最後の主張は、$|\mathbb{F}_2^n|=2^n$ と、ex-boolean-ring-power-set の同型 $\mathcal{P}(\{1,\dots,n\})\cong\mathbb{F}_2^n$ による。
とくに、元の個数が $2$ の冪でない有限 Boole 環は存在せず、元の個数が等しい 2 つの有限 Boole 環は同型である。たとえば $\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ は $[2]^2=[4]\neq[2]$ なので Boole 環でなく、6 元の Boole 環は存在しない。$\mathbb{F}_2^n$ の $n$ は、$\mathbb{F}_2^n$ の素イデアルの個数($=n$。アフィンスキーム の記事の例「体の直積のスペクトル」)としても復元できる。
Boole 代数とは、最小元 $0$ と最大元 $1$ をもつ分配束 $(L,\vee,\wedge)$(束 の記事の定義「分配束・完備束・有界束・部分束」)であって、各 $x\in L$ が 補元 $x'$、すなわち $x\vee x'=1$、$x\wedge x'=0$ を満たす元をもつものをいう(Boole代数、補元)。分配束では補元は存在すれば一意である(DP02 Chapter 4)。
$A$ を Boole 環とし、$x,y\in A$ に対し
$$
x\wedge y:=xy,\qquad x\vee y:=x+y+xy,\qquad x':=1+x
$$
と定める。このとき $(A,\vee,\wedge)$ は $0$ を最小元、$1$ を最大元とする分配束であり、$x'$ は $x$ の補元である。したがって $A$ は Boole 代数である。この束の順序は「$x\leq y\iff xy=x$」で与えられる。
以下、prop-boolean-ring-comm-char2 により $A$ が可換で $z+z=0$($z\in A$)となることを何度も使う。
束の公理を確かめる。$\wedge$ は可換・結合的で、$x\wedge x=x^2=x$ である。$\vee$ は定義の式が $x,y$ について対称なので可換であり、
$$
(x\vee y)\vee z=(x+y+xy)+z+(x+y+xy)z=x+y+z+xy+yz+zx+xyz
$$
は $x,y,z$ について対称なので $x\vee(y\vee z)$ にも等しく、結合的である。$x\vee x=x+x+x^2=x$ である。吸収律は
$$
x\wedge(x\vee y)=x(x+y+xy)=x+xy+xy=x,\qquad x\vee(x\wedge y)=x+xy+x\cdot xy=x+xy+xy=x
$$
から従う。以上で交換律・結合律・冪等律・吸収律が確かめられたので、$(A,\vee,\wedge)$ は 束 の記事の定義「束(代数系としての定義)」の意味で束であり、同じ記事の命題「順序と二項演算の対応」により、その順序は $x\leq y\iff x\wedge y=x\iff xy=x$ である。
分配律は
$$
x\wedge(y\vee z)=x(y+z+yz)=xy+xz+xyz,\qquad (x\wedge y)\vee(x\wedge z)=xy+xz+xy\cdot xz=xy+xz+xyz
$$
から従う。最小元・最大元については、任意の $x$ で $0\wedge x=0$、$1\wedge x=x$ なので $0\leq x\leq1$ である。補元については
$$
x\wedge x'=x(1+x)=x+x=0,\qquad x\vee x'=x+(1+x)+x(1+x)=1+(x+x)+(x+x)=1
$$
である。
逆向きの構成と、両者が互いに逆であることは次のとおりである。
$L$ を Boole 代数とし、$x,y\in L$ に対し
$$
x+y:=(x\wedge y')\vee(x'\wedge y),\qquad xy:=x\wedge y
$$
と定める。このとき $(L,+,\cdot)$ は零元 $0$、単位元 $1$ の Boole 環である。この構成と prop-boolean-ring-to-algebra の構成は互いに逆であり、Boole 環の環準同型は、対応する Boole 代数の間の $\vee,\wedge,0,1$ を保つ写像と一致する。
Boole 代数 $L$ で定めた $+$ について、$x+0=x$、$x+x=0$、$x+y=y+x$ と、$\wedge$ についての分配法則 $x\wedge(y+z)=(x\wedge y)+(x\wedge z)$ は、分配律と de Morgan の法則 $(x\vee y)'=x'\wedge y'$、$(x\wedge y)'=x'\vee y'$ を使って直接に確かめられる。最も手間がかかるのは $+$ の結合律であり、両辺がどちらも $(x\wedge y\wedge z)\vee(x\wedge y'\wedge z')\vee(x'\wedge y\wedge z')\vee(x'\wedge y'\wedge z)$(「$x,y,z$ のうち奇数個が成り立つ」)に等しいことを示す。$x\wedge x=x$ なので得られる環は Boole 環である。
2 つの構成が互いに逆であることのうち、Boole 環から出発する側は次の計算による。$A$ を Boole 環として prop-boolean-ring-to-algebra の演算を入れると、$x\wedge y'=x(1+y)=x+xy$、$x'\wedge y=y+xy$ であり、$(x+xy)(y+xy)=xy+xy+xy+xy=0$ なので
$$
(x\wedge y')\vee(x'\wedge y)=(x+xy)+(y+xy)+0=x+y
$$
となって、もとの加法に戻る。積は両方の構成で $xy=x\wedge y$ である。逆側の確認と準同型の対応を含む詳細は Giv09 Chapter 1〜3、DP02 Chapter 4、AM69 Chapter 1 の演習問題にある。
この対応の下で、冪集合環 $\mathcal{P}(S)$ は、和集合 $\cup$ を $\vee$、共通部分 $\cap$ を $\wedge$、補集合 $S\setminus X$ を補元とする Boole 代数に対応する。実際 $X\triangle Y\triangle(X\cap Y)=X\cup Y$、$S\triangle X=S\setminus X$ である。
任意の Boole 環 $A$ は、ある集合 $X$ の冪集合環 $\mathcal{P}(X)$ の部分環に同型である。実際には $X$ として $A$ の素イデアル全体の集合(素スペクトル $\operatorname{Spec}A$)をとり、$a\in A$ に $\{\mathfrak{p}\mid a\notin\mathfrak{p}\}$ を対応させればよい。これが単射な環準同型であることの証明には、$0$ でない元を含まない素イデアルの存在(Zornの補題による)を使う。さらに $\operatorname{Spec}A$ に Zariski位相 を入れるとコンパクトで全不連結空間なHausdorff空間になり、$A$ はその開かつ閉集合の全体に同型である(Stone の双対性)。集合としての全単射 $a\mapsto\{\mathfrak{p}\mid a\notin\mathfrak{p}\}$ は、$A$ のすべての元が冪等元であることから、冪等元 の記事の定理「冪等元と素スペクトルの開かつ閉部分集合」の特別な場合である。証明は Giv09 と AM69 Chapter 1 の演習問題に譲る。ex-boolean-ring-cofinite が示すように、$\mathcal{P}(X)$ 全体に同型になるとは限らない。
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