Gelfand–Mazurの定理(Gelfand–Mazur theorem)とは、複素数体上のノルム環($\|ab\|\le\|a\|\|b\|$ を満たすノルムをもつ単位的な多元環)で $0$ 以外のすべての元が可逆なものは $\mathbb C1$ に等しい、という定理で、完備性は要らず、Banach 環の元のスペクトルが空でないことから従う。可換な Banach 環を極大イデアルで割ると $\mathbb C$ になり、極大イデアルと指標が対応するので、Gelfand 理論の出発点になり、$\mathbb C(t)$ のように $\mathbb C$ を真に含む体には積が連続になるノルムがないことも分かる。実数体上では、同じ条件を満たすものは $\mathbb R$、$\mathbb C$、四元数体 $\mathbb H$ に限られる。
前提知識: Banach代数, Banach環とC*-環のスペクトル理論, 可除環
Gelfand–Mazurの定理(Gelfand–Mazur theorem)は、複素数体上のノルム環で $0$ 以外のすべての元が逆元をもつものは複素数体そのものしかない、と述べる定理である。体や斜体は代数的にはいくらでも大きなものがある。たとえば有理関数体 $\mathbb C(t)$ は $\mathbb C$ を真に含む体である。しかし「ノルムが入り、積がノルムについて連続である」という解析的な条件を課すと、そのような体は $\mathbb C$ に限られる。裏返せば、$\mathbb C(t)$ には積が連続になるノルムを入れることができない。
この定理の核心は、Banach環とC*-環のスペクトル理論 で示した「Banach 環の元のスペクトルは空でない」という事実である。元 $x$ のスペクトルの点 $\lambda$ をとると $\lambda1-x$ は逆元をもたないので、$0$ 以外がすべて可逆なら $x=\lambda1$ となる。この記事では、完備性を仮定しないノルム環でも同じ結論が成り立つことを、スペクトルの境界の点が「近似的な零因子」になることから示す。さらに、複素解析を使わず、1 の冪根の平均だけを使う別の証明を与える。
応用として、可換な Banach 環の極大イデアルによる商が $\mathbb C$ になること(Gelfand 理論の出発点)を証明する。実数体上では結論が変わり、$0$ 以外が可逆な実ノルム環は $\mathbb R$、$\mathbb C$、四元数 体 $\mathbb H$ のどれかになる。これも記事の中で証明する。
以下、$\mathbb K$ は $\mathbb R$ または $\mathbb C$ とし、多元環はすべて結合的で単位元 $1\ne0$ をもつとする。
可除であることは代数だけの条件で、ノルムは関係しない。可除なノルム環では零因子がない。$ab=0$、$a\ne0$ なら $b=a^{-1}ab=0$ だからである。
条件 $\|1\|=1$ は本質的な制限ではない。積がノルムについて連続であれば、ノルムを取り替えてこの条件を満たすようにできる。
$A$ を $\mathbb K$ 上の多元環、$q$ を $A$ 上のベクトル空間のノルムとし、定数 $C>0$ があってすべての $a,b$ について $q(ab)\le C\,q(a)\,q(b)$ が成り立つとする。
$$
\|a\|':=\sup_{b\ne0}\frac{q(ab)}{q(b)}
$$
とおくと、$\|\cdot\|'$ は $A$ をノルム環にするノルムであり、すべての $a$ について $q(a)/q(1)\le\|a\|'\le C\,q(a)$ が成り立つ。とくに $\|\cdot\|'$ と $q$ は同値なノルムである。
仮定から $q(ab)/q(b)\le Cq(a)$ なので $\|a\|'\le Cq(a)< \infty$ である。$b=1$ とおくと $\|a\|'\ge q(a)/q(1)$ であり、とくに $\|a\|'=0$ なら $a=0$ である。スカラー倍と三角不等式は $q$ の性質から各 $b$ ごとに成り立つので、上限をとっても成り立つ。積については、$q(abc)\le\|a\|'q(bc)\le\|a\|'\|b\|'q(c)$ を $q(c)$ で割って上限をとれば $\|ab\|'\le\|a\|'\|b\|'$ である。最後に $\|1\|'=\sup_bq(b)/q(b)=1$ である。$\square$
積が双線形写像 $A\times A\to A$ として連続であれば、このような $C$ がある。実際、原点での連続性から $\delta>0$ があって $q(a),q(b)\le\delta$ なら $q(ab)\le1$ であり、$a,b\ne0$ を $\delta a/q(a)$、$\delta b/q(b)$ に替えると $q(ab)\le q(a)q(b)/\delta^2$ を得る。したがって以下では、ノルム環の定義のとおり $\|ab\|\le\|a\|\|b\|$ と $\|1\|=1$ を仮定してよい。
$A$ を複素数体上の可除なノルム環とする。このとき $A=\mathbb C1$ であり、$\lambda\mapsto\lambda1$ は $\mathbb C$ から $A$ への等長な体の同型である。
完備性は仮定していない。証明(prf-gm-main)では、まず Banach 環の場合に Banach環とC*-環のスペクトル理論 の定理「スペクトルの非空性・コンパクト性とスペクトル半径公式」を使い、次に完備でない場合を、完備化の中のスペクトルの境界の点を使って扱う。そのための補題を次の小節で準備する。
$A$ を $\mathbb K$ 上のノルム環とし、$\widehat A$ を $A$ のノルム空間としての完備化とする。このとき $A$ の積は $\widehat A$ 上の積に一意に延び、$\widehat A$ は $A$ を稠密な部分環として含む $\mathbb K$ 上の Banach 環になる。
要点:積は有界な集合の上で一様連続なので、極限をとって延ばせる。
$\widehat A$ は $A$ の Cauchy 列の同値類からなる Banach 空間で、$A$ は稠密な部分空間として入っている。$a,a',b,b'\in A$ について
$\displaystyle \|ab-a'b'\|\le\|a-a'\|\,\|b\|+\|a'\|\,\|b-b'\|$
である。$x,y\in\widehat A$ を $A$ の列 $a_n\to x$、$b_n\to y$ で近似すると、上の不等式から $(a_nb_n)$ は Cauchy 列なので、極限 $xy:=\lim a_nb_n$ がある。別の近似列 $a'_n\to x$、$b'_n\to y$ をとっても、同じ不等式から $\|a_nb_n-a'_nb'_n\|\to0$ なので、$xy$ は近似列の選び方によらない。双線形性、結合法則、$1$ が単位元であること、$\|xy\|\le\|x\|\|y\|$ は、$A$ で成り立つ等式・不等式の極限をとれば得られる。$\|1\|=1$ は $A$ のノルムのままである。延長の一意性は、積が連続で $A$ が稠密であることから従う。$\square$
$B$ を複素数体上の Banach 環、$x\in B$ とし、$\lambda$ をスペクトル $\sigma_B(x)$ の($\mathbb C$ の中での)境界の点とする。このとき $\|b_n\|=1$ を満たす $b_n\in B$ の列で、$\|(\lambda1-x)b_n\|\to0$ となるものがある。
$R(\mu):=(\mu1-x)^{-1}$($\mu\notin\sigma_B(x)$)とおく。$\lambda$ は境界の点なので、$\mu_n\to\lambda$ となる $\mu_n\notin\sigma_B(x)$ がある。
$\|R(\mu_n)\|\to\infty$ であること。 そうでないとすると、部分列に移って $\|R(\mu_n)\|\le K$($K>0$)としてよい。$|\lambda-\mu_n|< 1/K$ となる $n$ をとると、
$$
\lambda1-x=(\mu_n1-x)+(\lambda-\mu_n)1=(\mu_n1-x)\bigl(1+(\lambda-\mu_n)R(\mu_n)\bigr)
$$
であり、$\|(\lambda-\mu_n)R(\mu_n)\|< 1$ なので右辺の第 2 因子は Neumann 級数により可逆である(Banach環とC*-環のスペクトル理論 の命題「Neumann級数による逆元」)。よって $\lambda1-x$ は可逆となり、$\lambda\in\sigma_B(x)$ に反する。
近似的な零因子。 $b_n:=R(\mu_n)/\|R(\mu_n)\|$ とおくと $\|b_n\|=1$ である。$(\lambda1-x)R(\mu_n)=(\mu_n1-x)R(\mu_n)+(\lambda-\mu_n)R(\mu_n)=1+(\lambda-\mu_n)R(\mu_n)$ なので
$$
\|(\lambda1-x)b_n\|\le\frac{1}{\|R(\mu_n)\|}+|\lambda-\mu_n|\to0
$$
である。$\square$
空でないコンパクト集合 $K\subset\mathbb C$ は境界の点をもつ。たとえば $|\lambda|$ が最大となる $\lambda\in K$ は、$t>1$ について $t\lambda\notin K$ なので境界の点である($\lambda=0$ なら $K=\{0\}$ で、$0$ 自身が境界の点である)。
$x\in A$ をとり、$x\in\mathbb C1$ を示す。
$A$ が完備な場合。 Banach環とC*-環のスペクトル理論 の定理「スペクトルの非空性・コンパクト性とスペクトル半径公式」により、$\lambda\in\sigma_A(x)$ がある。$\lambda1-x$ は可逆でないので、$A$ が可除であることから $\lambda1-x=0$、すなわち $x=\lambda1$ である。
一般の場合。 lem-gm-completion の Banach 環 $\widehat A$ で考える。$\sigma_{\widehat A}(x)$ は空でないコンパクト集合なので境界の点 $\lambda$ があり、lem-gm-boundary により $\|b_n\|=1$、$\|(\lambda1-x)b_n\|\to0$ となる $b_n\in\widehat A$ がある。$A$ は稠密なので、$\|c_n-b_n\|< 1/n$ となる $c_n\in A$ がとれ、
$$
\|(\lambda1-x)c_n\|\le\|(\lambda1-x)b_n\|+\|\lambda1-x\|\cdot\frac1n\to0,\qquad \|c_n\|\to1
$$
である。$\lambda1-x\ne0$ と仮定すると、$A$ の中に逆元 $u$ があり、$\|c_n\|=\|u(\lambda1-x)c_n\|\le\|u\|\,\|(\lambda1-x)c_n\|\to0$ となって $\|c_n\|\to1$ に反する。よって $x=\lambda1$ である。
以上から $A=\mathbb C1$ である。$\|\lambda1\|=|\lambda|\|1\|=|\lambda|$ なので $\lambda\mapsto\lambda1$ は等長であり、単射な環準同型で全射だから体の同型である。$\square$
一般の場合の議論で、可除であることを使うのは $A$ の中だけである。完備化 $\widehat A$ は可除とは限らないが、その中で見つけた近似的な零因子を $A$ に引き戻すことで矛盾を導いている。
上の証明は、スペクトルが空でないことを通して Liouvilleの定理(複素解析) に依存している。次の証明は、レゾルベントのノルムが最大値をとる点の集合が開かつ閉であることを、1 の $n$ 乗根での平均を使って示すもので、正則関数を使わない。完備性も使わない。
要点:$x\notin\mathbb C1$ なら $z\mapsto\|(x-z1)^{-1}\|$ は $\mathbb C$ 全体で定義された連続関数で無限遠で $0$ に近づくが、その最大値をとる点の集合は開集合になり、$\mathbb C$ の連結性に反する。
$A$ を複素数体上の可除なノルム環とし、$x\notin\mathbb C1$ と仮定する。すべての $z\in\mathbb C$ で $x-z1\ne0$ なので $R(z):=(x-z1)^{-1}$ があり、$\varphi(z):=\|R(z)\|>0$ とおく。
段 1(逆元の評価と連続性)。 $y\in A$ が可逆で $\|h\|\,\|y^{-1}\|\le\frac12$ なら、$y+h$ は可逆で $\|(y+h)^{-1}\|\le2\|y^{-1}\|$ である。実際 $y+h=0$ なら $1+y^{-1}h=0$ だが $\|y^{-1}h\|\le\frac12< 1=\|1\|$ なので、$y+h\ne0$ であり、可除性から逆元 $w$ がある。$y^{-1}=y^{-1}(y+h)w=w+y^{-1}hw$ から $\|w\|\le\|y^{-1}\|+\frac12\|w\|$、すなわち $\|w\|\le2\|y^{-1}\|$ である。さらに $(y+h)^{-1}-y^{-1}=-(y+h)^{-1}hy^{-1}$ のノルムは $2\|y^{-1}\|^2\|h\|$ 以下なので、逆元をとる写像は連続であり、$\varphi$ は連続である。
段 2(最大値)。 $|z|\ge2\|x\|$ なら、段 1 を $y=-z1$、$h=x$ に使うと $\varphi(z)\le2/|z|$ である。よって $\varphi(z)\to0$($|z|\to\infty$)であり、$\varphi$ は最大値 $M>0$ をとる。$D:=\{z\mid\varphi(z)=M\}$ は空でない閉集合である。
段 3($D$ は開集合)。 $z_0\in D$ とし、$x$ を $x-z_0 1$ に替えて $z_0=0$、すなわち $\|x^{-1}\|=M$ としてよい。$0< r< 1/M$ を固定し、$n\ge1$、$\omega:=e^{2\pi i/n}$ とおく。多項式の等式 $\prod_{k=0}^{n-1}(X-r\omega^k)=X^n-r^n$ を微分すると $\sum_{k=0}^{n-1}\prod_{j\ne k}(X-r\omega^j)=nX^{n-1}$ である。$x$ と $x-r\omega^j1$ たちは互いに可換なので、$X$ に $x$ を代入し、両辺に $\prod_j(x-r\omega^j1)^{-1}=(x^n-r^n1)^{-1}$ を掛けると
$\displaystyle S_n:=\frac1n\sum_{k=0}^{n-1}R(r\omega^k)=x^{n-1}(x^n-r^n1)^{-1}$
を得る。$y_n:=r^nx^{-n}$ とおくと $\|y_n\|\le(rM)^n\to0$ であり、$x^n-r^n1=x^n(1-y_n)$ である。$\|y_n\|\le\frac12$ となる $n$ では段 1 により $\|(1-y_n)^{-1}\|\le2$ なので、
$\displaystyle \|S_n-x^{-1}\|=\|x^{-1}\,r^n(x^n-r^n1)^{-1}\|=\|x^{-1}y_n(1-y_n)^{-1}\|\le2M(rM)^n\to0$
である。よって $\|S_n\|\to M$ である。いま、ある $\theta_0$ で $\varphi(re^{i\theta_0})< M$ とすると、$\varphi$ の連続性から $\delta>0$ と $\eta\in(0,\pi)$ があって、$|\theta-\theta_0|< \eta$ なら $\varphi(re^{i\theta})\le M-\delta$ である。長さ $2\eta$ の区間に入る $\frac{2\pi k}{n}$($0\le k< n$、$2\pi$ を法として)は少なくとも $\frac{n\eta}{\pi}-1$ 個あるので、
$\displaystyle \|S_n\|\le\frac1n\sum_{k=0}^{n-1}\varphi(r\omega^k)\le M-\delta\Bigl(\frac{\eta}{\pi}-\frac1n\Bigr)$
である。$n\to\infty$ とすると $M\le M-\delta\eta/\pi$ となって矛盾する。よって半径 $r$ の円周の上で $\varphi=M$ であり、$r\in(0,1/M)$ は任意なので、$D$ は $z_0$ を中心とする半径 $1/M$ の開円板を含む。
段 4(結論)。 $D$ は $\mathbb C$ の空でない開かつ閉な部分集合なので、連結空間 $\mathbb C$ の全体に等しい。これは段 2 の $\varphi(z)\to0$ に反する。よって $x\in\mathbb C1$ である。$\square$
この証明の考え方(1 の冪根での平均)は、Lan02 Chapter XII の Theorem 2.3(pp. 471–473)が、$j^2=-1$ となる元 $j$ を含む実数体上の可換な多元環で $|xy|\le|x||y|$ を満たすノルムをもつものについて与えている証明による。上では、可換性を使わずに済むよう、逆元のノルムの評価を段 1 に、$S_n$ と $x^{-1}$ の差の評価を段 3 に明示して組み直した。
$A$ を複素数体上の可換な Banach 環とし、$\mathfrak m\subset A$ を極大イデアルとする。
要点:極大イデアルは可逆元を含まないので閉じていて、商は体なので主定理が使える。
1:$\|1-a\|< 1$ なら $a$ は Neumann 級数により可逆なので、真のイデアル $\mathfrak m$ はこの開球と交わらず、閉包 $\overline{\mathfrak m}$ も $1$ を含まない。積と和の連続性から $\overline{\mathfrak m}$ はイデアルなので、極大性から $\overline{\mathfrak m}=\mathfrak m$ である。閉部分空間による商なので $A/\mathfrak m$ は Banach 空間である。$m,m'\in\mathfrak m$ について $(a+m)(b+m')\in ab+\mathfrak m$ なので $\|ab+\mathfrak m\|\le\|a+m\|\|b+m'\|$ であり、下限をとって $\|ab+\mathfrak m\|\le\|a+\mathfrak m\|\|b+\mathfrak m\|$ を得る。$\|1+\mathfrak m\|\le1$ であり、$1+\mathfrak m\ne0$ と $\|1+\mathfrak m\|=\|(1+\mathfrak m)^2\|\le\|1+\mathfrak m\|^2$ から $\|1+\mathfrak m\|=1$ である。可換環の極大イデアルによる商は体なので、$A/\mathfrak m$ は可除な Banach 環である。
2:thm-gm-main により、各 $a$ について $a+\mathfrak m=\lambda(1+\mathfrak m)$ となる $\lambda\in\mathbb C$ がただ 1 つある。これを $\chi(a)$ とおくと、$\chi$ は商写像と同型 $A/\mathfrak m\cong\mathbb C$ の合成なので環準同型で、核は $\mathfrak m$ である。$\chi'$ も核が $\mathfrak m$ の指標なら、$\chi'(1)^2=\chi'(1)\ne0$ から $\chi'(1)=1$ であり、$a-\chi(a)1\in\mathfrak m=\ker\chi'$ から $\chi'(a)=\chi(a)$ である。
3:$\psi(1)^2=\psi(1)$ と $\psi\ne0$ から $\psi(1)=1$ であり、複素線形性から $\psi(\lambda1)=\lambda$ なので $\psi$ は全射である。$A/\ker\psi\cong\mathbb C$ は体なので、$\ker\psi$ は極大イデアルである。$\square$
この系により、極大イデアル全体と指標全体が 1 対 1 に対応する。Banach環とC*-環のスペクトル理論 の定理「可換Banach環のGelfand理論」(指標の空間のコンパクト性と、スペクトルが指標の値の集合に等しいこと)は、この対応の上に組み立てられる。同じ対応は Hor90 補題 3.1.11(p. 65)と Sun00 Lemma 3.2.8 (a)(p. 97)にある。$\mathfrak m$ を真のイデアルにとり替えると、Zornの補題 により真のイデアルは極大イデアルに含まれるので、可逆でない元は必ずある指標の核に入る。
$K$ を $\mathbb C$ を部分体として含む体で、$K\ne\mathbb C$ とする。$K$ を $\mathbb C$ 上のベクトル空間とみたとき、どのようなノルム $q$ についても、積 $K\times K\to K$ は連続でない。
積が連続なノルム $q$ があれば、lem-gm-renorm の前の注意により $q(ab)\le Cq(a)q(b)$ となる $C$ があり、同じ補題のノルム $\|\cdot\|'$ で $K$ は複素数体上の可除なノルム環になる。thm-gm-main により $K=\mathbb C1$ となり、仮定に反する。$\square$
$\mathbb C$ 上の 有理関数体 $\mathbb C(t)$、形式的Laurent級数 の体 $\mathbb C((t))$、連結な開集合の上の 有理型関数 の体は、どれもこの系の $K$ にあたる。いずれもベクトル空間としてのノルムはもつが(ex-gm-counterexamples の 1 で $\mathbb C(t)$ について具体的に作る)、積が連続になるノルムはない。
実数体上では、$0$ 以外が可逆なノルム環は $\mathbb R$ だけではない(ex-gm-examples の 2・3)。しかし可能性は 3 つに限られる。
$A$ を実数体上の可除なノルム環とする。このとき $A$ は実数体上の多元環として $\mathbb R$、$\mathbb C$、$\mathbb H$ のどれかと同型である。とくに $A$ が可換なら、$A$ は $\mathbb R$ または $\mathbb C$ と同型である。
証明(prf-gm-real)は 2 段に分かれる。解析的な段で各元が実係数の 2 次方程式を満たすことを示し(lem-gm-real-quadratic)、代数的な段でそこから $A$ を決める。後半は 実可除多元環 の定理「結合的な場合の分類(Frobenius)」の証明と同じ筋だが、そこでは有限次元を仮定しているので、次元を使わない形に直して述べる。
$A$ を実数体上の可除なノルム環とする。任意の $x\in A$ について、実数 $\alpha,\beta$ があって
$$
x^2-2\alpha x+(\alpha^2+\beta^2)1=0
$$
が成り立つ。
要点:$A$ の複素化を複素ノルム環にして完備化し、$x$ のスペクトルの境界の点 $\lambda=\alpha+i\beta$ をとると、$(\overline\lambda1-x)(\lambda1-x)$ は $A$ の元で、近似的な零因子を消すので $0$ になる。
複素化。 $B:=A\times A$ の元 $(a,b)$ を $a+ib$ と書き、積を $(a+ib)(c+id):=(ac-bd)+i(ad+bc)$、複素数倍を $(s+it)(a+ib):=(sa-tb)+i(ta+sb)$ で定める。$A$ が結合的なので $B$ は複素数体上の結合的な多元環で、$1+i0$ が単位元である($B$ は テンソル積 $A\otimes_{\mathbb R}\mathbb C$ にあたる)。$\operatorname{Re}(a+ib):=a$ とおき、
$\displaystyle q(z):=\sup_{\theta\in\mathbb R}\|\operatorname{Re}(e^{i\theta}z)\|=\sup_\theta\|a\cos\theta-b\sin\theta\|\qquad(z=a+ib)$
と定める。$q(e^{i\varphi}tz)=tq(z)$($t\ge0$)と三角不等式は定義から従い、$\theta=0,-\pi/2$ を考えると $\max\{\|a\|,\|b\|\}\le q(z)\le\|a\|+\|b\|\le2q(z)$ である。とくに $q$ は複素ベクトル空間 $B$ のノルムで、$q(1)=1$ である。$w=c+id$ について
$\displaystyle q(zw)\le\|ac-bd\|+\|ad+bc\|\le(\|a\|+\|b\|)(\|c\|+\|d\|)\le4q(z)q(w)$
なので、lem-gm-renorm のノルム $\|\cdot\|_B$ で $B$ は複素数体上のノルム環になり、$q\le\|\cdot\|_B\le4q$ である。
境界の点。 $x\in A$ を $B$ の元 $x+i0$ とみる。lem-gm-completion の完備化 $\widehat B$ の中で $\sigma_{\widehat B}(x)$ は空でないコンパクト集合なので、境界の点 $\lambda=\alpha+i\beta$ があり、prf-gm-main の一般の場合と同じく、$\|c_n\|_B\to1$、$\|(\lambda1-x)c_n\|_B\to0$ となる $c_n\in B$ がある。$p:=x^2-2\alpha x+(\alpha^2+\beta^2)1\in A$ とおくと $p=(\overline\lambda1-x)(\lambda1-x)$ なので、$\|pc_n\|_B\to0$ である。$c_n=u_n+iv_n$($u_n,v_n\in A$)と書くと $pc_n=pu_n+ipv_n$ なので、$\|pu_n\|,\|pv_n\|\le q(pc_n)\le\|pc_n\|_B\to0$ である。
結論。 $p\ne0$ なら $p$ は $A$ で可逆で、$\|u_n\|\le\|p^{-1}\|\|pu_n\|\to0$、同様に $\|v_n\|\to0$ なので、$\|c_n\|_B\le4q(c_n)\le4(\|u_n\|+\|v_n\|)\to0$ となって $\|c_n\|_B\to1$ に反する。よって $p=0$ である。$\square$
要点:平方が $-1$ の元 $i$ をとり、$A$ を $i$ と可換な部分と反可換な部分に分ける。
実数 $t$ を $t1$ と同一視する。$A\ne\mathbb R$ とし、$a\notin\mathbb R$ をとる。lem-gm-real-quadratic の $\alpha,\beta$ について $(a-\alpha)^2=-\beta^2$ である。$\beta=0$ なら零因子がないことから $a=\alpha\in\mathbb R$ となるので $\beta\ne0$ であり、$i:=(a-\alpha)/\beta$ は $i^2=-1$ を満たす。$\mathbb C_A:=\mathbb R+\mathbb Ri$ は $\mathbb C$ と同型な部分体である。
段 1(分解)。 $A_\pm:=\{x\in A\mid ix=\pm xi\}$ とおくと、$x_\pm:=\frac12(x\mp ixi)$ が $x_\pm\in A_\pm$、$x=x_++x_-$ を満たし、$A_+\cap A_-=0$ なので $A=A_+\oplus A_-$ である(実可除多元環 の定理「結合的な場合の分類(Frobenius)」の証明の段 2 と同じ計算)。$x,y\in A_-$ なら $i(xy)=-xiy=xyi$ なので $xy\in A_+$ である。
段 2($A_+=\mathbb C_A$)。 $x\in A_+$ について、lem-gm-real-quadratic から $(x-\gamma)^2=c$ となる実数 $\gamma,c$ がある。$c\ge0$ なら $s:=\sqrt c$ について $(x-\gamma-s)(x-\gamma+s)=0$ なので $x=\gamma\pm s\in\mathbb R$ である。$c< 0$ なら $s:=\sqrt{-c}$ とおくと、$x-\gamma$ は $i$ と可換なので $(x-\gamma-si)(x-\gamma+si)=(x-\gamma)^2+s^2=0$ であり、$x=\gamma\pm si\in\mathbb C_A$ である。
段 3($A_-$)。 $A_-=0$ なら $A=\mathbb C_A\cong\mathbb C$ である。$y\in A_-$、$y\ne0$ をとる。段 1 から $y^2\in A_+=\mathbb C_A$ なので $y^2=\mu+\nu i$($\mu,\nu\in\mathbb R$)と書ける。$y\,y^2=y^2\,y$ の両辺を $yi=-iy$ で整理すると $2\nu\,iy=0$ なので $\nu=0$ である。$\mu\ge0$ なら $(y-\sqrt\mu)(y+\sqrt\mu)=0$ から $y\in\mathbb R\subset A_+$ となって $A_+\cap A_-=0$ に反するので、$\mu< 0$ である。$j:=y/\sqrt{-\mu}$ とおくと $j^2=-1$、$ij=-ji$ である。$x\in A_-$ なら段 1 から $xj\in A_+=\mathbb C_A$ であり、$j^{-1}=-j$ なので $x=-(xj)j\in\mathbb C_Aj$ である。逆に $\mathbb C_Aj\subset A_-$ なので $A_-=\mathbb C_Aj$ である。
段 4(四元数)。 $k:=ij$ とおくと $k^2=ijij=-i^2j^2=-1$ などの 四元数 の積の表が成り立つ。$A=(\mathbb R+\mathbb Ri)\oplus(\mathbb Rj+\mathbb Rk)$ であり、$1,i$ は一次独立、$c\mapsto cj$ は単射なので $1,i,j,k$ は $A$ の基底である。基底を対応させる線形写像 $\mathbb H\to A$ は多元環の同型である。可換な場合は $ij=-ji\ne ji$ となる $j$ がないので $A_-=0$ であり、$A$ は $\mathbb R$ か $\mathbb C$ である。$\square$
可換な場合の結論は「実数体上のノルム環で体になるものは $\mathbb R$ か $\mathbb C$」と言い換えられる。Lan02 Chapter XII の Corollary 2.4(p. 473)は、$\mathbb R$ を含み、$\mathbb R$ の通常の絶対値を延長する絶対値をもつ体が $\mathbb R$ か $\mathbb C$ であることを述べている。そのような体は絶対値をノルムとして実数体上のノルム環になるので、これは thm-gm-real の可換な場合に含まれる。Ostrowskiの定理 の定理「完備なアルキメデス的体」の証明も、体の各元が $\mathbb R$ 係数の 2 次方程式を満たすことを示して $\mathbb R$ か $\mathbb C$ に帰着させる、という同じ形の筋をとる。
thm-gm-main と thm-gm-real の仮定を 1 つずつ外す。完備性は仮定に入っていない(prf-gm-main の一般の場合)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 積がノルムについて連続 | $\mathbb C(t)$ に部分分数の基底の係数の $\ell^1$ ノルムを入れたもの | $A=\mathbb C1$(thm-gm-main) |
| 係数体が $\mathbb C$ | $\mathbb C$ を実数体上のノルム環とみたもの | $A=\mathbb K1$ の形($A=\mathbb R1$) |
| $0$ 以外が可逆 | $\mathbb C^2$(成分ごとの積、各成分の絶対値の最大をノルムとする) | $A=\mathbb C1$(thm-gm-main) |
| 結合法則 | 八元数 $\mathbb O$(Euclid ノルム) | $\mathbb R$、$\mathbb C$、$\mathbb H$ のどれかと同型(thm-gm-real) |
1 行目:部分分数分解 により、$\mathbb C(t)$ の元は $t^m$($m\ge0$)と $(t-a)^{-k}$($a\in\mathbb C$、$k\ge1$)の有限一次結合としてただ 1 通りに書けるので、これらは $\mathbb C$ 上の基底である。係数の絶対値の和を $q$ とすると $q$ はノルムで、$\mathbb C(t)$ は可除だが $\mathbb C1$ ではない。積は $q$ について連続でない。実際 $a\ne b$ について
$$
\frac{1}{(t-a)(t-b)}=\frac{1}{a-b}\Bigl(\frac1{t-a}-\frac1{t-b}\Bigr)
$$
なので、$u:=(t-a)^{-1}$、$v:=(t-b)^{-1}$ は $q(u)=q(v)=1$、$q(uv)=2/|a-b|$ を満たし、$b\to a$ で $q(uv)/(q(u)q(v))$ は有界でない。
2 行目:$\mathbb C$ は実数体上の多元環で、$|zw|=|z||w|$、$|1|=1$ を満たし、完備で、$0$ 以外は可逆である。しかし $i\notin\mathbb R1$ である。thm-gm-real の可換な場合の $\mathbb C$ にあたる。
3 行目:$\mathbb C^2$ は成分ごとの和と積で可換な多元環になり、ノルム $\|(z,w)\|:=\max\{|z|,|w|\}$ について$\|(z,w)(z',w')\|\le\|(z,w)\|\|(z',w')\|$、$\|(1,1)\|=1$ を満たす Banach 環である。$(1,0)(0,1)=0$ なので $(1,0)$ は可逆でなく、$\mathbb C^2\ne\mathbb C(1,1)$ である。このとき $\sigma((1,0))=\{0,1\}$ であり、スペクトルの点 $\lambda$ をとっても $\lambda1-(1,0)$ は $0$ にならない。
4 行目:$\mathbb O$ は実数体上の 8 次元の多元環で、Euclid ノルムが $\|xy\|=\|x\|\|y\|$ を満たし、$0$ 以外の元は逆元をもつが、結合的でない(八元数、実可除多元環 の例「4 つの古典的な実多元体」)。$\mathbb R$、$\mathbb C$、$\mathbb H$ は結合的なので、$\mathbb O$ はどれとも同型でない。証明では結合法則をいたるところで使う。たとえば lem-gm-real-quadratic では複素化 $B$ が結合的な多元環であることと $u_n=p^{-1}(pu_n)$ に、prf-gm-real では段 1・3 の $A_-$ の元の積の計算と段 4 の $k^2=ijij=-i^2j^2$ に使う。
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