乗法群

同義語:単元群multiplicative groupgroup of units

概要

乗法群(multiplicative group)とは、環 $R$ の単元全体 $R^\times$ を掛け算で群と見たものであり、体 $K$ では非零元全体 $K^\times$ である。環の非零元全体は一般に群にならず、例えば $\mathbb{Z}^\times=\{\pm1\}$、$(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z})^\times$ は $n$ と互いに素な剰余類からなる。局所環では極大イデアルの外の元がちょうど単元である。環準同型は乗法群の準同型を誘導し、環 $A$ に $A^\times$ を対応させる関手が乗法群スキーム $\mathbb{G}_m$ である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 群, 環, 体, 単位元

乗法群とは

乗法群(multiplicative group)とは、積を演算としてつくる群である。もっとも基本的な場合は、体 $K$ の $0$ 以外の元を掛け算でまとめた $K^\times=K\setminus\{0\}$ である。一般の単位的可換環 $A$ では、掛け算の逆元をもつ元、すなわち単元だけを集めた $A^\times$ を乗法群または単元群という。積の単位元は環の $1$ であり、$u\in A^\times$ の群としての逆元は環内の $u^{-1}$ である。
体では「非零」と「単元」が一致する。一方、一般の環では一致しない。たとえば整数環 $\mathbb Z$ の非零元 $2$ は掛け算の逆元 $1/2$ を $\mathbb Z$ 内にもたないため、$\mathbb Z^\times$ の元ではない。この区別を忘れて環の非零元全体を「乗法群」と呼ぶと、そもそも逆元がない集合を群と誤認する(Stacks Tag 022U、Tag 00E9)。
この語には二つの近接した用法がある。抽象代数では特定の環の単元群 $A^\times$ を指す。代数幾何では、環 $A$ にその単元群を対応させる乗法群スキーム $\mathbb G_m$ を指す。$A^\times$ は一つの群、$\mathbb G_m$ は環を変えても自然に対応する群を与える幾何的対象である。本記事ではこの二つを区別して結び付ける。一般の群スキームや、有限体の乗法群が巡回であることの詳しい証明は、それぞれの専用記事に譲る。

環の単元群

単元と乗法群

$1\ne0$ を満たす単位的可換環 $A$ に対し、
$$ A^\times=\{u\in A\mid \exists v\in A,\ uv=vu=1\} $$
を $A$ の単元群とする。$A$ が体 $K$ のときは $K^\times=K\setminus\{0\}$ と書く。環の掛け算を $A^\times$ の演算に制限したものを乗法群という。

$A^\times$ が群になるのは単元の定義から確かめられる。$u^{-1}$ と $v^{-1}$ があれば $(uv)^{-1}=v^{-1}u^{-1}$ があり、$1^{-1}=1$ である。可換環の場合は積が可換なので $A^\times$ は可換群になる。非可換な単位的環でも単元全体は積で群になるが、一般には可換とは限らない。たとえば行列環 $M_2(K)$ の単元群は一般線形群 $\mathrm{GL}_2(K)$ であり、二つの可逆行列の積は順序を入れ替えると異なりうる。
単元でない元は、必ずしも零因子とは限らない。整数 $2$ は $\mathbb Z$ で零因子でなく、単元でもない。他方、$\mathbb Z/6\mathbb Z$ の $2$ は単元でなく、$2\cdot3=0$ なので零因子でもある。環によって非単元の振る舞いは異なるため、乗法群を定義する条件は常に「環の中で逆元を持つこと」とする。

体、整数、剰余環

$\mathbb Q^\times$ は $0$ でない有理数全体、$\mathbb R^\times$ は $0$ でない実数全体、$\mathbb C^\times$ は $0$ でない複素数全体である。いずれも体の乗法群であり、$2$ の逆元は $1/2$ である。一方 $\mathbb Z^\times=\{1,-1\}$ で、$2$ や $3$ は含まれない。
$\mathbb Z/6\mathbb Z$ では $1$ と $5$ が単元であり、$(\mathbb Z/6\mathbb Z)^\times=\{\overline1,\overline5\}$ である。$\overline5^{\,2}=\overline1$ だから二元の群になる。$\overline2$、$\overline3$、$\overline4$ は非零であっても単元ではない。

環が零環で $0=1$ を許す流儀では、その唯一の元は単元で、単元群は一元群になる。本記事では例の見通しのため $1\ne0$ を定義で仮定する。零環を含む一般論に戻すときも「単元全体は群」という結論はそのまま成り立つが、$0$ が単元かという日常的な言い方は環の規約に依存する。

剰余環と最大公約数

整数を法 $n$ で見た環では、ある整数が単元かどうかを整数の最大公約数だけで判定できる。これは整数の乗法群がわずか二元であることと対照的である。整数として逆元を持たない $2$ も、たとえば法 $5$ では $2\cdot3\equiv1\pmod5$ となり、剰余類 $\overline2$ は単元になる。

剰余環の乗法群

$n\ge2$ を整数とする。$\overline a\in\mathbb Z/n\mathbb Z$ が単元であるための必要十分条件は $\gcd(a,n)=1$ である。したがって
$$ (\mathbb Z/n\mathbb Z)^\times =\{\overline a\mid 0\le a< n,\ \gcd(a,n)=1\}, $$
その元の個数は Euler の $\varphi$ 関数 $\varphi(n)$ である。

Bézout の等式による判定

$\gcd(a,n)=1$ なら整数 $b,c$ を選んで $ab+nc=1$ と書ける。法 $n$ へ写すと $\overline a\,\overline b=\overline1$ だから $\overline a$ は単元である。逆に $\overline a\,\overline b=\overline1$ なら、ある整数 $c$ について $ab-1=nc$、従って $ab-nc=1$ である。$a,n$ の公約数は $1$ を割るので $\gcd(a,n)=1$ となる。$\varphi(n)$ は $0\le a< n$ で $n$ と互いに素な整数の個数という定義だから、元の個数の主張も従う。$\square$

たとえば法 $8$ では $\overline1,\overline3,\overline5,\overline7$ が単元で、各々の二乗は $\overline1$ になる。したがってこの四元の群は、四元の巡回群とは異なる。単元群が有限であっても自動的に巡回とはならない。一方、$n$ が素数 $p$ なら $\mathbb Z/p\mathbb Z$ は体なので、非零の $p-1$ 元全体が単元群をなす。有限体一般の乗法群も巡回である(有限体)。
剰余を取る写像 $\mathbb Z\to\mathbb Z/5\mathbb Z$ は環準同型だが、単元群の写像 $\{\pm1\}\to(\mathbb Z/5\mathbb Z)^\times$ は全射ではない。後者には $\overline2$ と $\overline3$ があるが、整数の単元 $1,-1$ の像ではない。「環の写像が全射なら、単元群の写像も全射」という推論はこの例で否定される。剰余を取ると、新しく逆元を持つ元が現れうる。

単元を見分ける別の方法

環 $A$ の元 $u$ が単元であることは、$u$ を含む真のイデアルがないことと同値である。実際、$(u)=A$ なら $1=uv$ と書ける。逆に $uv=1$ なら $(u)$ は $1$ を含む。この判定を最大イデアルに結び付けると、「単元はどの最大イデアルにも属さない」という性質が得られる。

局所環の乗法群

$A$ がただ一つの極大イデアル $\mathfrak m$ をもつ局所環なら、
$$ A^\times=A\setminus\mathfrak m. $$
従って $\mathfrak m$ の元はすべて非単元であり、極大イデアルの外の元はすべて単元である。

極大イデアルによる単元の判定

単元 $u$ が真のイデアル $\mathfrak m$ に入ると、$u^{-1}$ を掛けて $1\in\mathfrak m$ となり矛盾する。よって $A^\times\subseteq A\setminus\mathfrak m$ である。
逆に $a\in A\setminus\mathfrak m$ が非単元だと仮定する。$(a)$ は真のイデアルなので、単位的可換環のイデアルに関する極大元の存在により、ある極大イデアル $\mathfrak n$ に含まれる。$A$ の極大イデアルは $\mathfrak m$ だけだから $\mathfrak n=\mathfrak m$ となり、$a\in\mathfrak m$ に矛盾する。したがって $a$ は単元である。$\square$

この命題は局所環の見分け方としても使える。たとえば $k\lbrack\lbrack t\rbrack\rbrack$ の元 $a_0+a_1t+\cdots$ は $a_0\ne0$ なら逆元を持ち、$a_0=0$ なら極大イデアル $(t)$ に入る。逆元の係数は $a_0b_0=1$、$a_0b_1+a_1b_0=0$ などを順に解いて定まる。したがって $k\lbrack\lbrack t\rbrack\rbrack^\times$ は定数項が零でない形式的冪級数の全体である。「零でない級数」ではなく「定数項が零でない級数」という条件が重要である。
多項式環では事情が違う。体 $k$ 上の一変数多項式環 $k[t]$ で単元となるのは、零でない定数多項式だけである。$t$ は非零だが逆元 $1/t$ は $k[t]$ にない。$1+t$ も零でないが逆元は多項式でない。これに対して Laurent 多項式環 $k[t,t^{-1}]$ では $t$ が単元であり、$t^m$ の逆元は $t^{-m}$ である。

整域上の多項式環の単元

$A$ を整域とすると、$A[t]^\times=A^\times$ である。すなわち、多項式環の単元は $A$ の単元を定数多項式として見たものに限る。

次数を用いる方法

$f,g\in A[t]$ が $fg=1$ を満たすとする。整域上では非零多項式の次数について $\deg(fg)=\deg f+\deg g$ が成り立つ。右辺の積は次数 $0$ なので、非負整数である $\deg f,\deg g$ はともに $0$ でなければならない。従って $f,g$ は定数で、$A$ の中で互いに逆元である。逆に $A^\times$ の元は定数多項式としても同じ逆元を持つ。$\square$

整域の仮定を外すと、この次数の議論は成り立たない。$A=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ では $\varepsilon\ne0$ であるが $\varepsilon^2=0$ なので、$1+\varepsilon t$ は非定数多項式にもかかわらず $(1+\varepsilon t)(1-\varepsilon t)=1$ で単元である。積の最高次係数が零になりうる環では、$\deg(fg)=\deg f+\deg g$ を使えない。この例は「$A[t]$ の単元は常に定数」という一般化を否定する。

環準同型と単元群

単位元を保つ環準同型 $f:A\to B$ は、$u\in A^\times$ の逆元も $f(u^{-1})$ に送る。従って $f(u)f(u^{-1})=1$ となり、$f$ は乗法群の準同型 $f^\times:A^\times\to B^\times$ を誘導する。これは $A^\times$ が環に付随して自然に決まることを表す。
写像 $f^\times$ の性質は $f$ の性質と同じとは限らない。先ほどの $\mathbb Z\to\mathbb Z/5\mathbb Z$ は全射でも単元群への写像は全射ではない。また局所化 $\mathbb Z\to\mathbb Z[1/2]$ では $2$ が新たに単元になる。後者の単元群は $\{\pm2^m:m\in\mathbb Z\}$ であり、$\mathbb Z^\times=\{\pm1\}$ より大きい。局所化は元を逆にできるようにする操作だから、単元群が増えることは自然である(局所化)。
環 $A,B$ の直積では $(a,b)$ が単元であるための必要十分条件は、$a$ と $b$ がそれぞれ単元であることである。実際、$(a,b)(c,d)=(1,1)$ は $ac=1$、$bd=1$ と同値だから
$$ (A\times B)^\times\cong A^\times\times B^\times. $$
この式は、環の積と群の積を混同しない例にもなる。左辺は直積環の単元群、右辺は二つの群の直積であり、元と演算を照らすことで同型が得られる。
さらに非可換環の例として、$M_n(K)$ の単元は行列式が零でない行列であり、単元群は $\mathrm{GL}_n(K)$ である。$n=1$ なら $\mathrm{GL}_1(K)=K^\times$ となる。この対応は乗法群が一般線形群の一次元の場合に現れることを示す。ただし可換環の単元群と、行列環の単元群とでは可換性が異なる。$\mathrm{GL}_n(K)$ は $n\ge2$ で一般に非可換である。

複素数と有限体の例

$\mathbb C^\times$ の元は極形式 $z=re^{it}$($r>0$、$t$ は $2\pi$ の整数倍の差まで)で書ける。積は半径を掛け、角を足す:$r_1e^{it_1}r_2e^{it_2}=r_1r_2e^{i(t_1+t_2)}$ である。従って絶対値 $|\cdot|:\mathbb C^\times\to\mathbb R_{>0}$ は乗法群の準同型で、その核は単位円周 $S^1=\{z:|z|=1\}$ である。正の実数 $r$ を自身に送る写像がこの準同型の右逆なので、$\mathbb C^\times$ は群として $\mathbb R_{>0}\times S^1$ と同型である。

複素乗法群の分解

写像
$$ \Phi:\mathbb R_{>0}\times S^1\longrightarrow\mathbb C^\times, \qquad (r,u)\longmapsto ru $$
は乗法群の同型であり、その逆写像は $z\mapsto(|z|,z/|z|)$ である。通常の位相を入れた群としても同相な同型になる。

絶対値と方向への分解

$|ru|=r|u|=r$ だから、$\Phi(r,u)$ に逆写像を施すと $(r,u)$ に戻る。逆に $z\ne0$ なら $z/|z|\in S^1$ であり、$\Phi(|z|,z/|z|)=z$ である。$\Phi$ は $\Phi(r,u)\Phi(s,v)=rsuv=\Phi(rs,uv)$ なので準同型である。積、絶対値、$z/|z|$ は定義域上で連続だから、両方向が連続である。$\square$

有限体 $\mathbb F_q$ の乗法群 $\mathbb F_q^\times$ は、$0$ 以外の $q-1$ 元を持つ。これは巡回群であるが、同じ元数を持つ任意の環の単元群が巡回になるわけではない。法 $8$ の例では四元なのに全ての非単位元の二乗が $1$ であり、位数 $4$ の元はない。有限体という仮定が結論に効いている。$1$ の冪根や有限体の原始元を扱うときは、どの体の乗法群の中で考えるのかを明示する。

乗法群スキーム

代数幾何で記号 $\mathbb G_m$ は、環 $A$ ごとに $A^\times$ を与える乗法群スキームを表す。整数上のアフィンスキームとして
$$ \mathbb G_m=\operatorname{Spec}\mathbb Z[t,t^{-1}] $$
と定義される。これはアフィン直線 $\mathbb A^1_{\mathbb Z}=\operatorname{Spec}\mathbb Z[t]$ から零点 $t=0$ を除いた開部分である。体 $k$ 上へ底変換した $\mathbb G_{m,k}$ は、$k$ 値点では $k^\times$ を与えるが、$k$ 値点という集合だけでスキーム全体を尽くすわけではない。特に環 $A$ の値点では $A^\times$ となる(Stacks Tag 022U)。

乗法群スキームの値点

任意の単位的可換環 $A$ について、アフィンスキームの射の集合
$$ \operatorname{Hom}(\operatorname{Spec}A,\mathbb G_m) \cong A^\times $$
は自然な全単射を持つ。$\mathbb G_m$ の積の射はこの対応の下で $A^\times$ の掛け算になる。

Laurent 多項式環の普遍性

アフィンスキームの射を環準同型に反転すると、左辺は $\mathbb Z[t,t^{-1}]\to A$ という単位的環準同型の集合になる。$t$ は $t^{-1}$ を逆元にもつから、その像 $a$ は $A$ の単元でなければならない。逆に単元 $a\in A^\times$ を選べば、$t\mapsto a$、$t^{-1}\mapsto a^{-1}$ として環準同型が一意に定まる。これで全単射を得る。
積の射に対応する環準同型は $t\mapsto t\otimes t$ である。二つの値点が $a,b\in A^\times$ に対応するなら、積の値点では $t$ の像が $ab$ となる。ゆえに幾何的な積は環の単元の積に一致する。$\square$

このスキームの単位元は $t\mapsto1$、逆元は $t\mapsto t^{-1}$ で記述される。$n$ 乗写像 $[n]:\mathbb G_m\to\mathbb G_m$ は、環の側で $t\mapsto t^n$ に対応する。その核は $1$ の $n$ 乗根を表す群スキーム $\mu_n$ で、値点は $\{a\in A^\times:a^n=1\}$ である(Stacks Tags 022U, 040M)。体上の複素根の集合だけを $\mu_n$ とみなすと、標数が $n$ を割る場合のスキームとしての情報を落とす。たとえば標数 $p$ の体では $t^p-1=(t-1)^p$ であり、$\mu_p$ は幾何的な点が一つでも非被約な構造を持つ。
乗法群スキームは、可逆な関数を局所的に貼る場面にも現れる。線束を開被覆 $X=\bigcup_iU_i$ 上で自明化すると、重なり $U_i\cap U_j$ で二つの基底の変換を表す係数 $g_{ij}$ は $\mathcal O_X^\times(U_i\cap U_j)$ に属する。零になる係数では基底を逆に戻せないからである。三重の重なりで $g_{ij}g_{jk}=g_{ik}$ を満たすことが貼り合わせの条件になる。これが可逆層やPicard群で乗法群の層が現れる理由である。ただし線束全体の分類やコホモロジーの証明は、それらの記事に譲る。

語の境界と使い分け

「乗法群」はいつも同じ集合を指すわけではない。体 $K$ では $K^\times=K\setminus\{0\}$、単位的環 $A$ では $A^\times$ は逆元を持つ元のみ、複素平面では $\mathbb C^\times$ が原点を除いた平面、代数幾何では $\mathbb G_m$ が単元を表現するスキームである。記号と母体を示すことで意味が確定する。$\mathbb C^\times$ と単位円周 $S^1$ も異なり、後者は絶対値 $1$ の部分群に過ぎない。
「掛け算について閉じる」だけでも群とは限らない。$\mathbb Z\setminus\{0\}$ は積で閉じ、$1$ を含むが、$2$ の逆元が集合にないので群ではなく可換モノイドである。零を除けばよいのは体のときだけである。また環が体でない限り、$A^\times$ の記号と $A\setminus\{0\}$ の記号を置き換えてはならない。
乗法群の群演算を加法記法で書く抽象群の議論もある。しかし $A^\times$ に付いた積の由来を残すと、単元の逆元、剰余環、行列群、群スキームの対応を読み取りやすい。有限体の生成元や複素数の偏角を使う議論では、さらに群の構造に応じた座標を選ぶ。乗法群という共通の言葉は、各環やスキームの違いを消すのではなく、逆元を持つ元を同じ演算の形で比較するために使う。

反例:条件を外すと何が崩れるか

この記事の命題の仮定を一つずつ外すと、次のように結論が崩れる。

外す条件反例成り立たなくなること
体であること$\mathbb Z\setminus\{0\}$零以外の元が積で群をなすこと
局所環であること$\mathbb Z$ と極大イデアル $(3)$$A^\times=A\setminus\mathfrak m$
整域であること$A=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ の $1+\varepsilon t$$A[t]^\times=A^\times$
有限体であること(有限環に弱める)$(\mathbb Z/8\mathbb Z)^\times$有限な単元群が巡回であること
環準同型が単元群の上でも全射という期待$\mathbb Z\to\mathbb Z/5\mathbb Z$環の全射が単元群の全射を誘導すること
可換環であること$M_2(K)$ の単元群 $\mathrm{GL}_2(K)$単元群が可換であること
反例:局所環でない環では極大イデアルの外が単元とは限らない

$\mathbb Z$ は $(2),(3),(5),\ldots$ と極大イデアルを複数持ち、局所環でない。$\mathfrak m=(3)$ とすると $2\notin\mathfrak m$ だが、$\mathbb Z^\times=\{\pm1\}$ なので $2$ は単元でない。命題「局所環の乗法群」の証明で、$(2)$ を含む極大イデアル $(2)$ が $\mathfrak m$ と一致すると結論した段が、極大イデアルの一意性なしには働かない。破る仮定は「$A$ が局所環」、崩れる結論は $A^\times=A\setminus\mathfrak m$ である。

反例:既出の例で破る条件
  • $\mathbb Z\setminus\{0\}$ は積で閉じ $1$ を含むが、$2\cdot b=1$ となる整数 $b$ がないので群でない(節「語の境界と使い分け」)。破る仮定は「$A$ が体」である。
  • $A=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ では $(1+\varepsilon t)(1-\varepsilon t)=1-\varepsilon^2t^2=1$ で、次数 $1$ の多項式が単元になる(節「単元を見分ける別の方法」)。$\varepsilon\cdot\varepsilon=0$ で $A$ が整域でないため、最高次係数の積が零になり $\deg(fg)=\deg f+\deg g$ が使えない。
  • $(\mathbb Z/8\mathbb Z)^\times=\{\overline1,\overline3,\overline5,\overline7\}$ は $3^2=9$、$5^2=25$、$7^2=49$ がいずれも $8$ で割って $1$ 余るので、すべての元の位数が $2$ 以下で、位数 $4$ の元がなく巡回でない。$\mathbb Z/8\mathbb Z$ は $2\cdot4=0$ となり体でない。
  • $\mathbb Z\to\mathbb Z/5\mathbb Z$ は全射だが、単元 $\pm1$ の像は $\overline1,\overline4$ だけで、$\overline2,\overline3\in(\mathbb Z/5\mathbb Z)^\times$ に届かない。
  • $A=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}$ はどちらも行列式 $1$ で $\mathrm{GL}_2(K)$ に入るが、$AB=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}$、$BA=\begin{pmatrix}1&1\\1&2\end{pmatrix}$ で、$(1,1)$ 成分が $2$ と $1$ である。$2-1=1\ne0$ なので $K$ の標数によらず $AB\ne BA$ である。

参照箇所

乗法群スキームの定義、値点、積の構成はStacks Tag 022U、群スキーム一般は同 Tag 022R を参照した。局所環の単元と極大イデアルの関係は Tag 00E9、冪根の群スキームは Tag 040M、体の $1$ の冪根は Tag 09HW を参照した。整数剰余、整域の多項式、複素数の分解、Laurent 多項式環の普遍性は本文で直接証明した。

関連項目

参考文献

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