直和因子(direct summand)とは、環 $R$ 上の加群 $M$ の部分加群 $N$ で、$N+L=M$ かつ $N\cap L=0$ を満たす部分加群 $L$(補加群)をもつもののことであり、このとき $M=N\oplus L$ と書く。$N$ が直和因子であることは、包含写像 $N\to M$ が引き込みをもつこと、商写像 $M\to M/N$ が切断をもつこと、像が $N$ である冪等な自己準同型が $M$ にあることのいずれとも同値である。ベクトル空間ではすべての部分空間が直和因子であるが、$\mathbb{Z}$ の部分群 $3\mathbb{Z}$ のように補加群をもたない部分加群もあり、補加群は存在しても一般に一意でない。射影加群は自由加群の直和因子と同型な加群として特徴づけられる。
平面 $\mathbb{R}^2$ の $x$ 軸は、たとえば $y$ 軸と組み合わせると、平面のどのベクトルも「$x$ 軸の元」と「$y$ 軸の元」の和にただ 1 通りに書ける。一方、整数全体 $\mathbb{Z}$ の中の $3$ の倍数の全体 $3\mathbb{Z}$ には、そのような相手がない(ex-direct-summand-not-summands)。部分加群 $N\subset M$ が相手 $L$ をもち、$M$ が $N$ と $L$ の直和に分かれるとき、$N$ を直和因子という。直和因子であることは、「包含写像に左逆写像がある」「商写像に右逆写像がある」「像が $N$ の冪等な自己準同型がある」という 3 通りに言い換えられ、射影加群・入射加群・半単純環・群の表現の完全可約性など、加群論と表現論の多くの定理がこの言葉で述べられる。ベクトル空間ではすべての部分空間が直和因子であるが、一般の加群ではそうでないことが、加群論をベクトル空間の理論より豊かにしている。
以下、$R$ は単位元 $1$ をもつ環(可換とは限らない)とし、加群は左 $R$ 加群、準同型は $R$ 線形写像を指す。部分加群 $N,L\subset M$ の和 $N+L=\{n+\ell\mid n\in N,\ \ell\in L\}$ も部分加群である。
左 $R$ 加群 $M$ の部分加群 $N$ について、部分加群 $L\subset M$ で
$$
N+L=M,\qquad N\cap L=0
$$
を満たすものがあるとき、$N$ を $M$ の 直和因子(direct summand)という。このとき $M=N\oplus L$ と書き、$L$ を $N$ の 補加群(complement)という。
$N+L=M$ かつ $N\cap L=0$ であることは、$M$ のどの元 $x$ もただ 1 通りに $x=n+\ell$($n\in N$、$\ell\in L$)と書けること、すなわち $M$ が $N$ と $L$ の内部直和であることと同値である(直和 の記事の定義「内部直和と直和因子」と命題「内部直和の判定」)。定義は対称なので、$L$ も $M$ の直和因子で、$N$ はその補加群である。$0$ と $M$ 自身はつねに $M$ の直和因子である(補加群はそれぞれ $M$ と $0$)。
直和因子であることは、部分加群そのものの性質ではなく、$M$ の中への入り方の性質である($2\mathbb{Z}\cong\mathbb{Z}$ だが、$\mathbb{Z}$ は $\mathbb{Z}$ の直和因子で $2\mathbb{Z}$ はそうでない。ex-direct-summand-not-summands)。加群 $P$ が $M$ の直和因子「と同型である」というときは、$P$ と同型な直和因子 $N\subset M$ があること、言い換えれば、ある加群 $Q$ について $M\cong P\oplus Q$(外部直和)であることを意味する。
$R$ が体 $K$ のときは $K$ 上のベクトル空間の部分空間についての言葉になり、直和因子の補加群は 補空間 と呼ばれる。$R=\mathbb{Z}$ のときはアーベル群の部分群についての言葉である。
圏の射 $i\colon A\to B$ が 分裂単射(split monomorphism)であるとは、$r\circ i=\mathrm{id}_A$ を満たす射 $r\colon B\to A$($i$ の引き込み)があることをいう。このとき $A$ を $B$ の レトラクト という(位相空間の場合は レトラクト)。自己射 $e\colon B\to B$ が冪等($e\circ e=e$)で、$e=i\circ r$、$r\circ i=\mathrm{id}_A$ と分解されるとき、$e$ は 分裂する という。thm-direct-summand-equivalent により、加群の圏では「部分加群 $N$ が直和因子」「包含 $N\to M$ が分裂単射」「像が $N$ の冪等な自己準同型が $M$ にある」の 3 つは同値であり、加群の圏ではすべての冪等射が分裂する。加法圏では、分裂単射 $i\colon A\to B$ の引き込み $r$ について冪等射 $\mathrm{id}_B-i\circ r$ も分裂すれば、$B$ は $A$ ともう 1 つの対象 $C$ の双積 $A\oplus C$ になる。
分裂単射 $i\colon A\to B$ とその引き込み $r$ について、冪等射 $\mathrm{id}_B-i\circ r$ も分裂する($\mathrm{id}_B-i\circ r=j\circ p$、$p\circ j=\mathrm{id}_C$)とする。$j=(\mathrm{id}_B-i\circ r)\circ j$、$p=p\circ(\mathrm{id}_B-i\circ r)$ なので $r\circ j=(r-r\circ i\circ r)\circ j=0$、$p\circ i=p\circ(i-i\circ r\circ i)=0$ となり、$r\circ i=\mathrm{id}_A$、$p\circ j=\mathrm{id}_C$、$i\circ r+j\circ p=\mathrm{id}_B$ と合わせて、$B$ は $i,j,r,p$ を構造射とする双積 $A\oplus C$ である(加法圏 の記事の定義「双積」)。この意味で $A$ は $B$ の直和因子である。
部分加群 $N\subset M$ について、包含写像を $\iota\colon N\to M$、商写像を $\pi\colon M\to M/N$ とする。
左 $R$ 加群 $M$ の部分加群 $N$ について、次の 4 条件は同値である。
1 ⇒ 2:$M=N\oplus L$ とし、$x=n+\ell$ に $n$ を対応させる写像を $e$ とする。表し方の一意性から $e$ は写像として定まり、$x+x'=(n+n')+(\ell+\ell')$、$ax=an+a\ell$($a\in R$)なので準同型である。$n\in N$ は $n=n+0$ と書けるので $e(n)=n$、したがって $e(e(x))=e(x)$ で $\operatorname{im}e=N$ である。
2 ⇒ 3:$r\colon M\to N$ を、$e$ の値域を $N$ に制限したものとする。$n\in N$ は $n=e(y)$ と書けるので $r(n)=e(e(y))=e(y)=n$ であり、$r\circ\iota=\mathrm{id}_N$ である。
3 ⇒ 1:$L:=\ker r$ とおく。$x\in M$ は $x=r(x)+\bigl(x-r(x)\bigr)$ と書け、$r(x)\in N$ で $r$ は $N$ の上で恒等写像なので $r\bigl(x-r(x)\bigr)=r(x)-r(x)=0$ である。よって $M=N+L$ である。$n\in N\cap L$ なら $n=r(n)=0$ である。したがって $M=N\oplus L$ である。
1 ⇔ 4:補加群 $L$ があるとき、$\pi$ の $L$ への制限 $\pi|_L\colon L\to M/N$ は全単射である($\pi(n+\ell)=\pi(\ell)$ なので全射、$\ell\in L$ で $\pi(\ell)=0$ なら $\ell\in N\cap L=0$ なので単射)。その逆写像と包含 $L\to M$ の合成を $s$ とすれば $\pi\circ s=\mathrm{id}$ である。逆に切断 $s$ があるとき、$x=\bigl(x-s(\pi(x))\bigr)+s(\pi(x))$ の第 1 項は $\pi$ で $0$ に写るので $N$ に属し、$y=s(z)\in N$ なら $z=\pi(s(z))=\pi(y)=0$ なので $y=0$ である。よって $M=N\oplus s(M/N)$ である。
最後の等式:$x=n+\ell$ について $\iota(r(x))=n$、$s(\pi(x))=\ell$ なので和は $x$ である。$s$ の値は $L$ に属し、$r$ は $L$ を $0$ に送るので $r\circ s=0$ である。$\ker r=L$ と $\operatorname{im}s=L$ は定義から従う。$\square$
補加群・引き込み・切断の 3 つは互いに 1 対 1 に対応する(直和 の記事の命題「補加群・切断・引き込みの対応」)。上の等式を図式で書くと、次の列が 分裂する 短完全列であることになる。
$$
\xymatrix{
0 \ar[r] & N \ar@<0.5ex>[r]^{\iota} & M \ar@<0.5ex>[l]^{r} \ar@<0.5ex>[r]^{\pi} & M/N \ar@<0.5ex>[l]^{s} \ar[r] & 0
}
$$
右向きの矢印が短完全列をなし、左向きの矢印 $r$、$s$ が $r\circ\iota=\mathrm{id}_N$、$\pi\circ s=\mathrm{id}_{M/N}$、$\iota\circ r+s\circ\pi=\mathrm{id}_M$ を満たす。とくに $M\cong N\oplus(M/N)$ である。
同じことを $M$ の自己準同型環 $\operatorname{End}_R(M)$ の言葉で言うと、$M$ の直和分解 $M=N\oplus L$ と $\operatorname{End}_R(M)$ の冪等元 $e$ とが、$N=\operatorname{im}e$、$L=\ker e$ によって 1 対 1 に対応する(直和 の記事の命題「直和分解と冪等な自己準同型」)。$1-e$ は補加群への射影である。
補加群は一般に一意でないが、どれも $M/N$ と同型であり、その全体は次のように数えられる。
$N$ を $M$ の直和因子とし、補加群 $L_0$ を 1 つ固定する。
要点:1 は $\pi|_L\colon L\to M/N$ が同型であること(thm-direct-summand-equivalent の証明の 1 ⇔ 4)による。2 では、補加群 $L$ が与えられたとき、$L_0$ の元を $N$ と $L$ の成分に分けて $N$ 成分の $-1$ 倍を $h$ とすれば $L=L_h$ となる。3 は 1 と 2 を合わせたものである。
$L_h$ は準同型 $\ell\mapsto\ell+h(\ell)$ の像なので部分加群である。$x\in M$ を $x=n+\ell$($n\in N$、$\ell\in L_0$)と書くと $x=\bigl(n-h(\ell)\bigr)+\bigl(\ell+h(\ell)\bigr)\in N+L_h$ である。$\ell+h(\ell)\in N$ なら $\ell\in N\cap L_0=0$ なので、$N\cap L_h=0$ である。よって $L_h$ は補加群である。
逆に $L$ を補加群とし、$\ell\in L_0$ を $\ell=n+\ell'$($n\in N$、$\ell'\in L$)と分解して $h(\ell):=-n$ とおくと、分解の一意性から $h\colon L_0\to N$ は準同型で、$\ell+h(\ell)=\ell'\in L$ である。よって $L_h\subset L$ である。$y\in L$ を $y=n'+y'$($n'\in N$、$y'\in L_h\subset L$)と書くと $n'=y-y'\in N\cap L=0$ となり、$L=L_h$ である。
単射性:$L_h=L_{h'}$ なら、$\ell\in L_0$ について $\ell+h(\ell)\in L_{h'}$ なので $\ell+h(\ell)=\ell''+h'(\ell'')$($\ell''\in L_0$)と書け、$L_0$ と $N$ の成分を比べて $\ell''=\ell$、$h(\ell)=h'(\ell)$ である。
3:1 により $L_0\cong M/N$ なので $\operatorname{Hom}_R(L_0,N)\cong\operatorname{Hom}_R(M/N,N)$ であり、補加群の全体はこの集合と 1 対 1 に対応する。これが 1 元集合 $\{0\}$ であることと補加群がただ 1 つであることは同値である。$\square$
$\mathbb{R}^2$ の $x$ 軸 $N=\mathbb{R}(1,0)$ は直和因子である。$N$ の補空間は、$N$ と異なる原点を通る直線 $\mathbb{R}(t,1)$($t\in\mathbb{R}$)の全体であり、prop-direct-summand-complements の 2 で $L_0=\mathbb{R}(0,1)$、$h(0,y)=(ty,0)$ としたものが $\mathbb{R}(t,1)$ にあたる。補空間は $\operatorname{Hom}_{\mathbb{R}}(\mathbb{R},\mathbb{R})\cong\mathbb{R}$ の元 $t$ と 1 対 1 に対応し、無数にある。どの補空間への分解でも、$N$ の成分をとる射影 $e_t(x,y)=(x-ty,0)$ は冪等で像が $N$ であるが、$t\neq0$ なら直交射影でない。
$\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ の部分群 $A=\{0,3,6,9\}$($\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ と同型)と $B=\{0,4,8\}$($\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$ と同型)は $A\cap B=\{0\}$、$1=9+4\in A+B$ を満たすので、$\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}=A\oplus B$ であり、$A$ と $B$ はどちらも直和因子である(中国剰余定理 の記事の定理「剰余環の直積としての言い換え」の加法群の部分)。$\operatorname{Hom}_{\mathbb{Z}}(\mathbb{Z}/3\mathbb{Z},\mathbb{Z}/4\mathbb{Z})=0$ なので、prop-direct-summand-complements の 3 により $A$ の補加群は $B$ ただ 1 つである。環 $\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ の言葉では、$A=(\mathbb{Z}/12\mathbb{Z})\cdot9$、$B=(\mathbb{Z}/12\mathbb{Z})\cdot4$ で、$9$ と $4$ は $9^2\equiv9$、$4^2\equiv4$、$9+4\equiv1\pmod{12}$ を満たす冪等元である(prop-direct-summand-left-ideal)。
$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ の部分群 $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}\oplus0$ には、補加群が $0\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ と $\{(0,0),(2,1)\}$ の 2 つある。これは $\operatorname{Hom}(\mathbb{Z}/2\mathbb{Z},\mathbb{Z}/4\mathbb{Z})$ の元の個数 $2$($1$ を $0$ か $2$ に送る)に一致する。
体 $K$ 上の $n$ 次行列環 $R=M_n(K)$ を左 $R$ 加群とみる。第 $j$ 列以外が $0$ の行列の全体 $C_j$ は左イデアルで、$E_{jj}$ を $(j,j)$ 成分だけが $1$ の行列とすると $C_j=RE_{jj}$ であり、$R=C_1\oplus\cdots\oplus C_n$ である。各 $C_j$ は $R$ の直和因子で、$E_{jj}$ は冪等元である。$C_j$ は列ベクトルの空間 $K^n$ と左 $R$ 加群として同型であり、自由加群 $R$ の直和因子なので射影加群であるが、$n\ge2$ なら自由加群でない(射影加群 の記事の例「行列環の列ベクトル」)。
有限群 $G$ の $\mathbb{C}$ 上の有限次元表現 $V$ は、群環 $\mathbb{C}[G]$ 上の加群であり、その部分加群は $G$ で不変な部分空間である(群環 の命題「群環上の加群と群の表現」)。群の表現 の記事の定理「有限群の実・複素表現の完全可約性」の 1 は、「すべての不変部分空間は $\mathbb{C}[G]$ 加群として直和因子である」という主張にほかならない。たとえば 3 次対称群 $S_3$ が座標の置換で作用する $\mathbb{C}^3$ では、$\mathbb{C}(1,1,1)$ に対して $\{x\mid x_1+x_2+x_3=0\}$ が不変な補空間になる(群の表現 の記事の例「$S_3$ の置換表現の分解と 2 次元表現」)。$\mathbb{C}$ の代わりに標数 $3$ の体を係数にとると $(1,1,1)$ はこの平面に含まれ、この分解は成り立たない。
加法群 $\mathbb{R}$ の部分群 $\mathbb{Q}$ は直和因子である。実際、$\mathbb{R}$ は $\mathbb{Q}$ 上のベクトル空間で、$\mathbb{Q}$ はその部分空間なので、prop-direct-summand-vector-space により $\mathbb{Q}$ 上の補空間 $L$ があり、$\mathbb{R}=\mathbb{Q}\oplus L$ はアーベル群の直和分解でもある。$\mathbb{Q}$ が可除群であることからも従う(可除群 の命題「可除な部分群は直和因子」)。この $L$ の存在はZornの補題(したがって選択公理)による。
体 $K$ 上のベクトル空間 $V$ のすべての部分空間 $U$ は $V$ の直和因子である。$V$ が有限次元なら、$U$ の基底 $u_1,\dots,u_m$ を $V$ の基底 $u_1,\dots,u_m,w_1,\dots,w_k$ に延長し、$w_1,\dots,w_k$ の張る部分空間をとれば補空間になる。
要点:$U$ と交わらない部分空間のうち極大なもの $W$ をZornの補題でとる。$U+W$ に入らないベクトル $v$ があれば、$W+Kv$ も $U$ と交わらず、極大性に反する。ここで係数が体であること($0$ でない $a$ で割れること)を使う。
$U\cap W=0$ を満たす部分空間 $W$ の全体を $\mathcal{F}$ とし、包含で順序を入れる。$0\in\mathcal{F}$ である。$\mathcal{F}$ の空でない全順序部分集合 $(W_\lambda)_\lambda$ の合併 $W_\ast$ は部分空間であり(2 元は同じ $W_\lambda$ に入るので和とスカラー倍が $W_\ast$ に入る)、$U\cap W_\ast=\bigcup_\lambda(U\cap W_\lambda)=0$ なので $W_\ast\in\mathcal{F}$ は上界である。Zorn の補題により $\mathcal{F}$ の極大元 $W$ がある。
$v\notin U+W$ となる $v$ があると仮定し、$W':=W+Kv$ とおく。$u\in U\cap W'$ を $u=w+av$($w\in W$、$a\in K$)と書く。$a\neq0$ なら $v=a^{-1}(u-w)\in U+W$ となり仮定に反するので $a=0$ であり、$u=w\in U\cap W=0$ である。よって $W'\in\mathcal{F}$ で、$v\notin W$ なので $W\subsetneq W'$ となり、$W$ の極大性に反する。したがって $V=U+W$、すなわち $V=U\oplus W$ である。
有限次元の場合の構成は、延長した基底による一意的な表示から $V=U+W$ と $U\cap W=0$ が読みとれることによる(Axl24 2.33)。$\square$
ベクトル空間で成り立つこの性質を、すべての加群について持つ環は 半単純環 とよばれる環に限られる:環 $R$ について「すべての左 $R$ 加群のすべての部分加群が直和因子である」ことと「$R$ が半単純環である」ことは同値である(半単純環 の記事の定理「加群による特徴づけ」)。$\mathbb{Z}$ は半単純環でなく、$3\mathbb{Z}\subset\mathbb{Z}$ が反例になる(ex-direct-summand-not-summands)。
$N\subset L\subset M$ を部分加群とする。
1:$L=N\oplus N'$、$M=L\oplus L'$ とすると $M=N\oplus(N'+L')$ である。
$x\in M$ は $x=y+\ell'$($y\in L$、$\ell'\in L'$)、$y=n+n'$($n\in N$、$n'\in N'$)と書けるので $M=N+(N'+L')$ である。$n\in N\cap(N'+L')$ を $n=n'+\ell'$ と書くと、$\ell'=n-n'\in L\cap L'=0$ で、$n=n'\in N\cap N'=0$ である。
2 は AK13 Exercise (5.11) の形である。直和因子どうしの共通部分や和は、直和因子とは限らない(ex-direct-summand-intersection、ex-direct-summand-sum)。
環 $R$ 自身を左 $R$ 加群とみたもの ${}_RR$ の部分加群は、$R$ の左イデアルである。
環 $R$ の左イデアル $I$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$R=I\oplus L$ とし、$1=e+f$($e\in I$、$f\in L$)と分解する。$x\in I$ について $x=x\cdot1=xe+xf$ で、$xe\in I$、$xf\in L$ である($I,L$ は左イデアル)。$x=x+0$ も分解なので、一意性から $xe=x$、$xf=0$ である。$x=e$ として $e^2=e$ を得る。また $I=\{xe\mid x\in I\}\subset Re\subset I$ なので $I=Re$ である。
2 ⇒ 1:$x\in R$ は $x=xe+x(1-e)$ と書ける。$y\in Re\cap R(1-e)$ を $y=ae=b(1-e)$ と書くと、右から $e$ を掛けて $ae=ae^2=b(e-e^2)=0$、すなわち $y=0$ である。よって $R=Re\oplus R(1-e)$ である。$\square$
半単純環 の補題「直和因子である左イデアル」は 1 ⇒ 2 と同じ主張である。$\mathbb{Z}$ の冪等元は $0,1$ だけなので、$\mathbb{Z}$ のイデアルで直和因子なのは $0$ と $\mathbb{Z}$ だけである。$e$ が中心的な冪等元(すべての元と可換)なら $Re$ と $R(1-e)$ は両側イデアルで、環の直積分解 $R\cong Re\times R(1-e)$ を与える(可換環の場合は 冪等元 の記事の定理「冪等元と直積分解の対応」。中心的な冪等元なら同じ議論がそのまま通る)。
$0$ でない加群 $M$ で、直和因子が $0$ と $M$ だけのものを 直既約(indecomposable)という。
$0$ でない左 $R$ 加群 $M$ が直既約であることと、自己準同型環 $\operatorname{End}_R(M)$ の冪等元が $0$ と $\mathrm{id}_M$ だけであることは同値である。
thm-direct-summand-equivalent の 1 ⇔ 2 により、$M$ の直和因子は冪等な自己準同型の像である。冪等な $e$ について $\operatorname{im}e=0$ は $e=0$ と、$\operatorname{im}e=M$ は $e=\mathrm{id}_M$ と同値である($e(e(x))=e(x)$ なので、像が $M$ なら $e$ は $M$ の上で恒等写像)。よって直和因子が $0$ と $M$ だけであることは、冪等元が $0$ と $\mathrm{id}_M$ だけであることと同値である。$\square$
たとえば $\operatorname{End}_{\mathbb{Z}}(\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}$ なので $\mathbb{Z}$ は直既約であり、素数 $p$ と $n\ge1$ について $\operatorname{End}_{\mathbb{Z}}(\mathbb{Z}/p^n\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}/p^n\mathbb{Z}$ の冪等元は $0,1$ だけなので、$\mathbb{Z}/p^n\mathbb{Z}$ も直既約である。
$e^2\equiv e\pmod{p^n}$ なら $p^n$ は $e(e-1)$ を割る。$e$ と $e-1$ は互いに素なので、$p$ はどちらか一方だけを割り、$p^n$ はその一方を割る。よって $e\equiv0$ か $e\equiv1$ である。
左 $R$ 加群 $P$ が 射影的 であるとは、全射 $g\colon B\to C$ と準同型 $f\colon P\to C$ に対し $g\circ\tilde f=f$ となる $\tilde f\colon P\to B$ がいつもあることをいい(射影加群)、$Q$ が 入射的 であるとは、単射 $i\colon A\to B$ と準同型 $f\colon A\to Q$ に対し $\tilde f\circ i=f$ となる $\tilde f\colon B\to Q$ がいつもあることをいう(入射加群)。
1 は 射影加群 の記事の定理「射影加群の特徴づけ」の 1 ⇔ 3 であり(可換環の場合は Stacks26 Lemma 10.77.2、Tag 05CF にもある)、2 は 入射対象・射影対象 の命題「射影対象の直和因子は射影対象である」を加群の圏に当てたものである。
3:$M/N$ が射影的なので、全射 $\pi\colon M\to M/N$ と $\mathrm{id}_{M/N}$ に定義を当てると $\pi\circ s=\mathrm{id}_{M/N}$ となる $s$ が得られる。thm-direct-summand-equivalent の 4 ⇒ 1 により $N$ は直和因子である。
4:$N$ が入射的なので、単射 $\iota\colon N\to M$ と $\mathrm{id}_N$ に定義を当てると $r\circ\iota=\mathrm{id}_N$ となる $r\colon M\to N$ が得られる。thm-direct-summand-equivalent の 3 ⇒ 1 により $N$ は直和因子である。$\square$
4 の $R=\mathbb{Z}$ の場合が、ex-direct-summand-rationals で使った「可除な部分群は直和因子」である(アーベル群では入射的と可除が同値。可除群 の定理「可除群と入射性」)。
直和因子についての「成り立ちそうで成り立たない」主張を、外した条件ごとに並べる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 係数環が体(より一般に半単純環) | $3\mathbb{Z}\subset\mathbb{Z}$、$\mathbb{Z}\subset\mathbb{Q}$、$\{0,3,6\}\subset\mathbb{Z}/9\mathbb{Z}$ | すべての部分加群が直和因子 |
| 部分加群そのものが直和因子 | $2\mathbb{Z}\subset\mathbb{Z}$($2\mathbb{Z}\cong\mathbb{Z}$) | 直和因子と同型な部分加群は直和因子 |
| $\operatorname{Hom}_R(M/N,N)=0$ | $\mathbb{R}^2$ の $x$ 軸 | 補加群の一意性 |
| 一方が他方を含む | $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ の 2 つの位数 $4$ の巡回部分群 | 2 つの直和因子の共通部分は直和因子 |
| 一方が他方を含む | $\mathbb{Z}^2$ の $\mathbb{Z}(1,0)$ と $\mathbb{Z}(1,2)$ | 2 つの直和因子の和は直和因子 |
| 体上有限次元(有限次元多元環上の加群) | $\mathbb{Z}^{(\mathbb{N})}\oplus\mathbb{Z}\cong\mathbb{Z}^{(\mathbb{N})}\oplus0$ | 打ち消し $M\oplus N\cong M\oplus N'\Rightarrow N\cong N'$ |
3 行目は ex-direct-summand-plane で見た。「一方が他方を含む」は prop-direct-summand-transitive の 2 の仮定 $N\subset L$ を指す。
次の部分加群は直和因子でない。いずれも「部分加群である」を満たすが「補加群をもつ」を満たさず、ベクトル空間での含意「部分空間はすべて直和因子」(prop-direct-summand-vector-space)が $\mathbb{Z}$ 加群では破れることを示す。
1:補加群 $L$ があったとし、$0\neq\ell\in L$ をとると $3\ell\in3\mathbb{Z}\cap L=0$ となって矛盾するので $L=0$ であるが、$3\mathbb{Z}\neq\mathbb{Z}$ なので $3\mathbb{Z}+0\neq\mathbb{Z}$ である。
2:$\mathbb{Q}$ の $0$ でない 2 つの部分群 $H\ni a/b$、$K\ni c/d$($a,c\neq0$)は $0$ でない元 $ac=bc\cdot(a/b)=ad\cdot(c/d)$ を共有するので、$\mathbb{Q}$ は直既約である。よって $\mathbb{Q}$ の直和因子は $0$ と $\mathbb{Q}$ だけで、$\mathbb{Z}$ はそのどちらでもない。
3:$\mathbb{Z}/9\mathbb{Z}=N\oplus C$ とし、$1=n+c$($n\in N$、$c\in C$)と書く。$3n=0$ なので $3=3n+3c=3c\in C$ となり、$0\neq3\in N\cap C$ が矛盾を与える。
$M=\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ の部分群 $N_1=\langle(1,0)\rangle$、$N_2=\langle(1,1)\rangle=\{(0,0),(1,1),(2,0),(3,1)\}$ はどちらも位数 $4$ で、$C=\langle(0,1)\rangle$ との共通部分が $0$ なので、$M=N_1\oplus C=N_2\oplus C$ であり、どちらも直和因子である。しかし $N_1\cap N_2=\{(0,0),(2,0)\}$ は直和因子でない。$(2,0)=2\cdot(1,0)$ が $2$ で割れることが補加群と両立しないからである。
$M=(N_1\cap N_2)\oplus D$ とし、$(1,0)=a(2,0)+d$($d\in D$)と書くと、$2$ 倍して $(2,0)=2a(2,0)+2d=2d\in D$ となり($(4a,0)=0$)、$0\neq(2,0)\in(N_1\cap N_2)\cap D$ が矛盾を与える。
$\mathbb{Z}^2$ の部分群 $N_1=\mathbb{Z}(1,0)$、$N_2=\mathbb{Z}(1,2)$ は、$C=\mathbb{Z}(0,1)$ を補加群にもつ直和因子である($(a,b)=a(1,2)+(b-2a)(0,1)$ で、$N_2\cap C=0$)。しかし $N_1+N_2=\mathbb{Z}\oplus2\mathbb{Z}$ は直和因子でない。補加群 $D$ があれば $D\cong\mathbb{Z}^2/(\mathbb{Z}\oplus2\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$(prop-direct-summand-complements の 1)となるが、$\mathbb{Z}^2$ には位数 $2$ の元がないからである。この例は「$N_1,N_2$ が直和因子」を満たすが「$N_1+N_2$ が直和因子」を満たさない。
$M=\mathbb{Z}^{(\mathbb{N})}$(有限個を除いて $0$ の整数列の全体)とすると、$(a,(b_0,b_1,\dots))\mapsto(a,b_0,b_1,\dots)$ は同型 $\mathbb{Z}\oplus M\cong M$ を与える。したがって $M\oplus\mathbb{Z}\cong M\oplus0$ であるが、$\mathbb{Z}\not\cong0$ である。この例は「$M\oplus N\cong M\oplus N'$」を満たすが「$N\cong N'$」を満たさず、同型な加群の中で同じ直和因子 $M$ を「打ち消す」ことはできない。体上の有限次元の多元環の上の有限次元の加群どうしでは打ち消しが成り立つ(rem-direct-summand-krull-schmidt)。
直既約な加群への直和分解は、一般には存在も一意性も保証されない。しかし体 $K$ 上の有限次元の多元環 $A$ 上の、$K$ 上有限次元の加群(たとえば有限群の有限次元表現)では、直既約な加群の有限個の直和に分かれ(次元についての帰納法)、その分解は直和因子の順序と同型を除いて一意である(Krull–Schmidt の定理。Web16 Corollary 11.1.5 と Theorem 11.1.6 は、直既約な加群の自己準同型環が局所環になることを示し、それを使って一意性を証明している)。この一意性から、有限次元の場合には ex-direct-summand-cancellation のような打ち消しの失敗は起きない。
位相空間 $X$ の部分空間 $A$ がレトラクトなら、$A$ のホモロジー群は $X$ のホモロジー群の直和因子と同型である(レトラクト の命題「関手による分裂」。関手の値の上で引き込みの等式 $r\circ i=\mathrm{id}$ が成り立つことから thm-direct-summand-equivalent の 3 を当てる)。可換環 $A$ 上の有限生成射影加群、すなわち $A^n$ の直和因子と同型な加群は、アフィンスキーム $\operatorname{Spec}A$ 上の有限階数の局所自由層と対応し、幾何的にはベクトル束の類似物である(局所自由層 の定理「アフィンスキーム上の局所自由層と射影加群」)。
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