カンドル(quandle)とは、空でない集合 $X$ と二項演算 $\ast$ の組で、冪等性 $x\ast x=x$、各 $y$ について $x\mapsto x\ast y$ が全単射であること、右自己分配律 $(x\ast y)\ast z=(x\ast z)\ast(y\ast z)$ の 3 つをみたすものである。群の共役 $y^{-1}xy$、アーベル群上の $2y-x$(二面体カンドルを含む)、Laurent 多項式環上の加群の $tx+(1-t)y$ などが例である。右移動が生成する内部自己同型群により軌道と連結性が定まり、随伴群は共役カンドルへの準同型を群の準同型に置き換える普遍性をもつ。3 つの公理は結び目図式の Reidemeister 移動に対応し、結び目カンドルやカンドル彩色の不変量の基礎になる。
カンドル(quandle)とは、集合 $X$ と二項演算 $\ast$ の組で、冪等性・右からの演算の全単射性・右自己分配律の 3 つの公理をみたすものである。群の共役 $x\ast y=y^{-1}xy$ が典型例であり、カンドルは群から共役の演算だけを取り出した代数系とみることができる。
3 つの公理は、結び目の図式を変形する 3 種の Reidemeister 移動にちょうど対応している。結び目の図式の弧にカンドルの元を塗る規則がこれらの移動で保たれるので、結び目ごとにカンドル(結び目カンドル)が定まり、有限カンドルを使った計算可能な不変量(カンドル彩色)が得られる。
この記事では、定義と基本の恒等式、主な例(自明カンドル・共役カンドル・高崎カンドル・二面体カンドル・Alexander カンドル)、準同型・内部自己同型群・連結性、随伴群の普遍性を述べ、最後に公理と Reidemeister 移動の対応を説明する。
空でない集合 $X$ と写像 $X\times X\to X$、$(x,y)\mapsto x\ast y$ の組が カンドル であるとは、次の 3 条件をみたすことをいう。
条件 2 と 3 だけをみたす組を ラック という。カンドルのうち、すべての $x,y$ で $(x\ast y)\ast y=x$(すなわち $S_y$ が対合で $\ast^{-1}=\ast$)となるものを 圭(kei)または 対合的カンドル という。圭は高崎光久(Mituhisa Takasaki)が対称変換の抽象化として導入した概念である(Tak43 第一章 §1、p. 146)。演算を $y\rhd x$ のように左から書く流儀もあり、その場合は公理が左右逆の形になる。
カンドル $X,Y$ の間の写像 $f\colon X\to Y$ が、すべての $x,y\in X$ で $f(x\ast y)=f(x)\ast f(y)$ をみたすとき、準同型 という。全単射な準同型を 同型、$X$ から $X$ への同型を 自己同型 といい、自己同型全体を $\operatorname{Aut}(X)$ と書く。$X$ の空でない部分集合が $\ast$ と $\ast^{-1}$ で閉じているとき、部分カンドル という。
この記事では、集合 $X$ の全単射全体の群 $\operatorname{Sym}(X)$ を $X$ に右から作用させ(群作用 の定義「右作用」)、$g\in\operatorname{Sym}(X)$ による $x$ の像を $x\cdot g$ と書く。積 $gh$ は「先に $g$、続いて $h$」を表す。たとえば $x\cdot S_y=x\ast y$ である。
$X$ をカンドル、$f\colon X\to Y$ をカンドルの準同型とし、$x,y,z\in X$ とする。
1.前半は逆写像の定義である。冪等性より $S_x(x)=x$ なので $S_x^{-1}(x)=x$ である。
2.準同型性と 1 により $f(x\ast^{-1}y)\ast f(y)=f\bigl((x\ast^{-1}y)\ast y\bigr)=f(x)$ である。両辺に $\ast^{-1}f(y)$ を施すと主張を得る。像は $\ast$ と $\ast^{-1}$ で閉じる。
3.右自己分配律は $S_z(x\ast y)=S_z(x)\ast S_z(y)$ と同じであり、$S_z$ は準同型である。条件 2 より全単射なので自己同型である。$g:=S_z^{-1}$ とし、$u:=g(x)$、$v:=g(y)$ とおくと $S_z(u\ast v)=S_z(u)\ast S_z(v)=x\ast y$ なので $g(x\ast y)=u\ast v=g(x)\ast g(y)$ となり、$g$ も自己同型である。表示した等式は、$\delta=1$ なら $f=S_z$、$\delta=-1$ なら $f=S_z^{-1}$ に 2 を当てたものである。$\square$
次はいずれもカンドルである。
要点:冪等性と全単射性はどれも式から直ちに分かり、右自己分配律は両辺を展開して比べる。
1.$x\ast x=x$、$S_y=\mathrm{id}$、両辺とも $x$。
2.$y^{-1}yy=y$。$S_y$ の逆写像は $x\mapsto yxy^{-1}$。$(x\ast y)\ast z=z^{-1}y^{-1}xyz$ であり、$(x\ast z)\ast(y\ast z)=(z^{-1}y^{-1}z)(z^{-1}xz)(z^{-1}yz)=z^{-1}y^{-1}xyz$ である。共役類の和集合は $y$ と $y^{-1}$ による共役で閉じるので、$\ast$ と $\ast^{-1}$ で閉じる。
3.$2x-x=x$。$S_y(S_y(x))=2y-(2y-x)=x$ なので $S_y$ は対合で全単射。$(x\ast y)\ast z=2z-2y+x$、$(x\ast z)\ast(y\ast z)=2(2z-y)-(2z-x)=2z-2y+x$。
4.3 の特別な場合である。
5.$tx+(1-t)x=x$。$t$ は $\Lambda$ の可逆元なので $S_y(x)=tx+(1-t)y$ は逆写像 $x\mapsto t^{-1}x+(1-t^{-1})y$ をもつ。$(x\ast y)\ast z=t^2x+t(1-t)y+(1-t)z$ であり、$(x\ast z)\ast(y\ast z)=t\bigl(tx+(1-t)z\bigr)+(1-t)\bigl(ty+(1-t)z\bigr)$ の $z$ の係数は $t(1-t)+(1-t)^2=1-t$ なので両辺は等しい。$t=-1$ を代入すると $x\ast y=-x+2y$ である。$\square$
二面体カンドルの名前は、正多角形の折り返しの共役から来ている。
$n\ge3$ とし、複素平面の正 $n$ 角形の頂点を $e^{2\pi ik/n}$($k\in\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$)とする。原点を通り偏角 $\theta$ の直線に関する折り返しを $\rho_\theta(z):=e^{2i\theta}\bar z$ とする。
1.$\rho_{\pi k/n}(e^{2\pi ij/n})=e^{2\pi ik/n}e^{-2\pi ij/n}=e^{2\pi i(k-j)/n}$ なので頂点の集合を保つ。$\rho_\theta$ は $\theta$ を $\pi$ の整数倍だけずらしても変わらず、$0\le k< n$ の $n$ 個は直線が異なるので互いに異なる。
2.$\rho_\theta$ は対合なので $\rho_\theta^{-1}=\rho_\theta$ である。$\rho_\varphi\rho_\theta\rho_\varphi(z)=e^{2i\varphi}\overline{e^{2i\theta}\overline{e^{2i\varphi}\bar z}}=e^{2i(2\varphi-\theta)}\bar z$ であるから、$\rho_\varphi^{-1}\rho_\theta\rho_\varphi=\rho_{2\varphi-\theta}$ である。$\theta=\pi k/n$、$\varphi=\pi l/n$ とすれば $\rho_{\pi k/n}\ast\rho_{\pi l/n}=\rho_{\pi(2l-k)/n}$ となり、対応は演算を保つ全単射である。この $n$ 個の集合は $\ast$ で閉じ、各元が対合なので $\ast^{-1}=\ast$ で、部分カンドルである。
3.互換 $\sigma\neq\tau$ について $\tau^{-1}\sigma\tau$ は第 3 の互換であり、$\sigma^{-1}\sigma\sigma=\sigma$ である。一方 $R_3$ で $i\neq j$ なら、$i,j$ と異なる元 $k$ は $i+j+k\equiv0$ をみたし、$2j-i\equiv-i-j\equiv k\pmod 3$ である。よって $\{0,1,2\}$ から互換への任意の全単射が同型を与える。$\square$
カンドル $X$ の右移動 $S_y$($y\in X$)が生成する $\operatorname{Sym}(X)$ の部分群を 内部自己同型群 といい、$\operatorname{Inn}(X)$ と書く。$\operatorname{Inn}(X)$ の作用の群作用の意味での軌道を $X$ の 軌道 という。軌道がただ 1 つのとき、すなわち $\operatorname{Inn}(X)$ が $X$ に推移的に作用するとき、$X$ は 連結 であるという。
lem-qdl-basic の 3 により $\operatorname{Inn}(X)\subset\operatorname{Aut}(X)$ である。
$X$ をカンドルとする。
1.右作用の約束により、$x\cdot(f^{-1}S_yf)=f\bigl(f^{-1}(x)\ast y\bigr)=x\ast f(y)$ である($f$ は準同型)。$\operatorname{Inn}(X)$ の生成元の共役が生成元になるので正規である。
2.1 を自己同型 $f=S_z$ に当てる。
3.$O$ を $x$ の軌道とし、$u=x\cdot g$($g\in\operatorname{Inn}(X)$)とする。任意の $v\in X$ について $u\ast^{\pm1}v=x\cdot(gS_v^{\pm1})\in O$ なので、$O$ は $\ast$ と $\ast^{-1}$ で閉じる。次に、準同型 $f$ と lem-qdl-basic の 2 により $f(u\cdot S_v^{\pm1})=f(u)\cdot S_{f(v)}^{\pm1}$ である。$g$ を生成元とその逆元の積に書いて順に当てると、$f(x\cdot g)=f(x)\cdot h$ となる $h\in\operatorname{Inn}(Y)$ があり、$f(O)$ は $f(x)$ の軌道に含まれる。$\square$
$R_n$ の軌道は $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の $2$ を法とした類である。したがって $n$ が奇数なら $R_n$ は連結である。$n$ が偶数なら、軌道は偶数の類と奇数の類の 2 つで、どちらも部分カンドルとして $R_{n/2}$ と同型である。
$S_j(i)=2j-i$ である。$S_j$ はどれも $i\mapsto\pm i+2m$($m\in\mathbb{Z}$)の形をしており、この形の写像は合成で閉じる($\pm(\pm i+2m)+2m'$ もこの形)。$-i+2m=i+2(m-i)$ なので、$\operatorname{Inn}(R_n)$ の元は $i$ を $i+2\mathbb{Z}$ の中へ写す。逆に $S_0S_m$ は $i\mapsto-i\mapsto 2m+i$ なので、$2$ の倍数の平行移動はすべて $\operatorname{Inn}(R_n)$ に属する。よって $i$ の軌道は $(i+2\mathbb{Z})/n\mathbb{Z}$ である。$n$ が奇数なら $2$ は $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ で可逆で $2\mathbb{Z}+n\mathbb{Z}=\mathbb{Z}$ となり、軌道は 1 つである。$n=2m$ なら軌道は偶数と奇数の 2 つである。$2a\ast2b=2(2b-a)$、$(2a+1)\ast(2b+1)=2(2b-a)+1$ なので、$2a\mapsto a$ と $2a+1\mapsto a$($a\in\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$)はそれぞれ $R_m$ への同型である。$\square$
とくに $R_4$ の 2 つの軌道は $R_2$ と同型で、$R_2$ では $i\ast j=2j-i\equiv i\pmod2$ なので自明カンドル $T_2$ である。
カンドルから群を作る最も一般的な方法は、演算 $x\ast y$ を共役 $y^{-1}xy$ と読み替えることである。
カンドル $X$ に対し、$X$ の各元 $x$ に生成元 $e_x$ を 1 つずつ対応させた群の表示
$$
\operatorname{As}(X):=\bigl\langle e_x\ (x\in X)\ \bigm|\ e_{x\ast y}=e_y^{-1}e_xe_y\ (x,y\in X)\bigr\rangle
$$
を $X$ の 随伴群(associated group)という。$\eta(x):=e_x$ で $\eta\colon X\to\operatorname{As}(X)$ を定める。
関係式により $\eta(x\ast y)=\eta(x)\ast\eta(y)$ なので、$\eta$ は $X$ から $\operatorname{Conj}(\operatorname{As}(X))$ への準同型である。
$X$ をカンドル、$G$ を群とする。カンドルの準同型 $f\colon X\to\operatorname{Conj}(G)$ に対し、群の準同型 $\bar f\colon\operatorname{As}(X)\to G$ で $\bar f\circ\eta=f$ となるものがただ 1 つ存在する。逆に群の準同型 $\varphi\colon\operatorname{As}(X)\to G$ に対し、$\varphi\circ\eta$ はカンドルの準同型 $X\to\operatorname{Conj}(G)$ である。この 2 つの対応は互いに逆であり、全単射
$$
\operatorname{Hom}_{\text{カンドル}}\bigl(X,\operatorname{Conj}(G)\bigr)\cong\operatorname{Hom}_{\text{群}}\bigl(\operatorname{As}(X),G\bigr)
$$
を与える。
生成元 $e_x$ を $f(x)$ へ送る対応を考える。関係式 $e_{x\ast y}=e_y^{-1}e_xe_y$ の両辺は、$f$ が準同型なので $f(x\ast y)=f(x)\ast f(y)=f(y)^{-1}f(x)f(y)$ により $G$ で一致する。群の表示 の命題「表示からの準同型」により、$e_x\mapsto f(x)$ となる準同型 $\bar f$ が一意に存在し、$\bar f\circ\eta=f$ である。逆に $\varphi$ が群の準同型なら $\varphi(\eta(x\ast y))=\varphi(e_y)^{-1}\varphi(e_x)\varphi(e_y)$ なので $\varphi\circ\eta$ はカンドルの準同型である。$\overline{\varphi\circ\eta}$ と $\varphi$ は生成元 $e_x$ の上で一致するので等しく、$\overline f\circ\eta=f$ と合わせて 2 つの対応は互いに逆である。$\square$
関手の言葉では、$\operatorname{As}$ はカンドルの圏から群の圏への関手で、$\operatorname{Conj}$ の左随伴である(随伴関手)。
自明カンドル $X$ では関係式が $e_x=e_y^{-1}e_xe_y$、すなわち $e_xe_y=e_ye_x$ となるので、$\operatorname{As}(X)$ は $X$ を基底とする自由アーベル群である(群の表示 の例「自由アーベル群の表示」)。
結び目の図式から定まるカンドルでは、随伴群が補空間の基本群(結び目群)になる(結び目カンドル の定理「随伴群は結び目群」)。
向き付けられた結び目の図式(Wirtinger表示 の定義「正則な射影と図式」)の弧に、カンドル $X$ の元を次の規則で塗ることを考える。各交差で、上を通る弧(上の弧)に塗った元を $y$ とし、上の弧の向きに沿って進むときの右側の下の弧の元を $x$ とすると、左側の下の弧の元は $x\ast y$ である。右側と左側は上の弧の向きだけで決まり、下の弧の向きにはよらない。
結び目の図式は、次の 3 種の局所的な取り替え(Reidemeister 移動)で互いに移り合う(結び目カンドル の定理「Reidemeisterの定理」)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 冪等性 | $X=\mathbb{Z}$、$x\ast y:=x+1$ | $x\ast^{-1}x=x$(lem-qdl-basic の 1)。実際 $x\ast^{-1}x=x-1$ |
| 右からの演算の全単射性 | $X=\{0,1\}$、$x\ast y:=y$ | 逆演算が定まること。$0\ast1=1\ast1=1$ なので $1\ast^{-1}1$ が決まらない |
| 右自己分配律 | $X=\{0,1,2\}$ で $S_0=(1\ 2)$、$S_1=(0\ 2)$、$S_2=\mathrm{id}$ | $S_{y\ast z}=S_z^{-1}S_yS_z$(prop-qdl-inner の 2)。$y=1$、$z=0$ で左辺は $S_2=\mathrm{id}$、右辺は $0$ を $1$ へ写す |
1 行目:$S_y$ は $1$ を足す平行移動なので全単射で、$(x\ast y)\ast z=x+2=(x\ast z)\ast(y\ast z)$ である。冪等性だけが成り立たない。これは ラック の例である。
2 行目:$x\ast x=x$ であり、$(x\ast y)\ast z=z$、$(x\ast z)\ast(y\ast z)=z\ast z=z$ なので右自己分配律は成り立つ。$S_y$ は定値写像で全単射でない。
3 行目:各 $S_y$ は全単射で $y$ を動かさないので、冪等性と全単射性は成り立つ。$1\ast0=S_0(1)=2$ なので $S_{1\ast0}=S_2=\mathrm{id}$ である。一方、右作用の約束で $S_0^{-1}S_1S_0$ は $0\mapsto0\mapsto2\mapsto1$ と動かす。これは右自己分配律の破れでもあり、たとえば $(0\ast1)\ast0=2\ast0=1$、$(0\ast0)\ast(1\ast0)=0\ast2=0$ である。
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