表現論(representation theory)とは、群・多元環・Lie 環・箙などの代数的構造を、ベクトル空間の線形写像の集まりとして実現した表現を通して調べる代数学の分野である。群 $G$ の体 $K$ 上の表現は、群準同型 $G\to\mathrm{GL}(V)$、群環 $K[G]$ 上の加群、$G$ を対象 1 つの圏とみたときのベクトル空間の圏への関手の 3 通りに言い換えられる。中心の問題は、それ以上分けられない既約表現を分類し、一般の表現を既約表現の直和に分解することであり、代数閉体上では既約表現の重複度は射の空間の次元で数えられる。有限群の複素表現は完全可約であるが、係数体の標数が群の位数を割る場合や無限群の場合にはそうとは限らない。
群は掛け算の規則しか持たないので、そのままでは計算の手がかりが少ない。そこで群の元を行列で表し、行列式・跡・固有値・部分空間といった線形代数の道具で調べる。これが表現論の出発点である。同じ考え方は群だけでなく、多元環・Lie 環・箙(有向グラフ)などの代数的構造にも使われる。どの場合も、対象を「ベクトル空間の線形写像の集まり」として実現し、その実現(表現)をすべて分類すること、特に、それ以上分けられない表現(既約表現)を並べ上げ、一般の表現をそれらに分解することが中心の問題になる。表現論は、数論(Galois 群の表現)、組合せ論(対称群の表現と Schur 多項式)、幾何(Lie 群の作用と局所系)、物理(量子力学の対称性)を結びつける分野である。
以下、$K$ は体とする。
代数的構造 $X$ の $K$ 上の 表現(representation)とは、$K$ 上のベクトル空間 $V$ と、$X$ の構造を $V$ の線形写像の構造に写す準同型の組である。代表的なものは次のとおりである。
どの場合も、表現の 射 は構造と両立する線形写像(群なら $f\circ\rho(g)=\sigma(g)\circ f$ を満たす $f$)とする。表現論(representation theory)とは、こうした表現とその射を調べ、特に表現の分類、既約表現への分解、既約表現の個数と次元、指標などを研究する代数学の分野である。
群論 の定義「群と群論」が群論を「群とその構造・作用・表現を研究する分野」としているように、群の表現は群論の一部でもある。ただし表現論では、群だけでなく上の 2〜4 のような構造が同じ枠組みで扱われ、それらの間の翻訳(群の表現 = 群環上の加群、箙の表現 = 道多元環上の加群など)が重要な道具になる。
主な概念は、群の場合に次のとおりである(多元環・Lie 環・箙でも同じ言葉を使う)。
群の表現には、同じものを別の側から見る 3 つの言い方がある。$G$ を対象がただ 1 つで射が $G$ の元、合成が $G$ の積である圏とみたものを $BG$ と書き、$K$ 上のベクトル空間と線形写像の圏を $\mathbf{Vect}_K$ と書く。
1 と 2 の対応は 群環 の命題「群環上の加群と群の表現」である($g$ の作用を $K[G]$ の元の作用に線形に延ばす)。
1 と 3:関手 $F$ はただ 1 つの対象 $\ast$ をベクトル空間 $V:=F(\ast)$ に、射 $g$ を線形写像 $F(g)\colon V\to V$ に送り、$F(gh)=F(g)\circ F(h)$、$F(1)=\mathrm{id}_V$ を満たす。すると $F(g)\circ F(g^{-1})=F(1)=\mathrm{id}_V$ なので $F(g)$ は可逆で、$g\mapsto F(g)$ は群準同型 $G\to\mathrm{GL}(V)$ である。逆に群準同型 $\rho$ は同じ式で関手を定める。関手 $F,F'$ の間の自然変換はただ 1 つの成分 $f\colon F(\ast)\to F'(\ast)$ からなり、自然性はすべての射 $g$ について下の四角形が可換であること、すなわち $f\circ F(g)=F'(g)\circ f$ である。
$$
\xymatrix{
F(\ast) \ar[r]^{f} \ar[d]_{F(g)} & F'(\ast) \ar[d]^{F'(g)} \\
F(\ast) \ar[r]_{f} & F'(\ast)
}
$$
これは表現の射の条件そのものである。$\square$
群を 1 対象の圏とみて表現を関手 $BG\to\mathbf{Vect}_K$ とする見方は Rie16 Example 1.3.9 にある。行き先の圏を集合の圏に替えれば $G$ 集合(群の作用)、位相空間の圏に替えれば $G$ 空間になる。同様に、多元環 $A$ の表現は左 $A$ 加群と同じものであり、有限個の頂点をもつ箙 $Q$ の表現は道多元環 $KQ$ 上の左加群と同じものである(箙の表現 の定理「箙表現と道多元環加群の同値」)。こうして多くの表現の問題は、ある多元環の上の加群の問題に翻訳される。
| 構造 | 表現 | 言い換え | 典型的な例 |
|---|---|---|---|
| 群 $G$ | $G\to\mathrm{GL}(V)$ | $K[G]$ 加群、関手 $BG\to\mathbf{Vect}_K$ | $S_3$ の置換表現 |
| 多元環 $A$ | $A\to\operatorname{End}_K(V)$ | 左 $A$ 加群 | $M_n(K)$ の列ベクトル $K^n$ |
| Lie 環 $\mathfrak{g}$ | $\mathfrak{g}\to\mathfrak{gl}(V)$ | 線形写像 $x\mapsto\rho(x)$ で $\rho([x,y])=\rho(x)\rho(y)-\rho(y)\rho(x)$ | $\mathfrak{sl}_2$ の随伴表現 |
| 箙 $Q$ | 頂点ごとの $V_i$ と矢ごとの $V_a$ | 道多元環 $KQ$ の加群 | $1\to2$ の表現 = 線形写像 1 つ |
表現が既約表現の直和に分かれるとき、各既約表現が何回現れるかは、分け方によらず射の空間の次元で読みとれる。
$K$ を代数閉体とし、群 $G$ の $K$ 上の有限次元表現 $V$ が既約表現の直和 $V=V_1\oplus\cdots\oplus V_m$ に分かれているとする。有限次元の既約表現 $W$ について、$V_i$ が $W$ と同値となる $i$ の個数は $\dim_K\operatorname{Hom}_G(W,V)$ に等しい。とくにこの個数は分解の仕方によらない。
$\iota_i\colon V_i\to V$ を包含、$\pi_i\colon V\to V_i$ を直和分解に沿った射影とすると、どちらも表現の射である。$f\mapsto(\pi_i\circ f)_i$ は線形同型
$$
\operatorname{Hom}_G(W,V)\cong\operatorname{Hom}_G(W,V_1)\oplus\cdots\oplus\operatorname{Hom}_G(W,V_m)
$$
を与える(逆写像は $(f_i)_i\mapsto\sum_i\iota_i\circ f_i$)。既約表現 の定理「Schur の補題」により、$\operatorname{Hom}_G(W,V_i)$ は $V_i$ が $W$ と同値でなければ $0$ であり、同値なら同型 $\varphi\colon W\to V_i$ を 1 つ選ぶと $\operatorname{Hom}_G(W,V_i)=\{\varphi\circ c\mid c\in\operatorname{End}_G(W)\}=K\varphi$ で $1$ 次元である($\operatorname{End}_G(W)=K\,\mathrm{id}_W$)。次元を足せば主張を得る。$\square$
たとえば有限群 $G$ の $\mathbb{C}$ 上の有限次元表現は既約表現の直和に分かれ(群の表現 の定理「有限群の実・複素表現の完全可約性」)、上の定理によって「どの既約表現が何回現れるか」が表現の同値類を決める。この重複度を指標の内積で計算するのが指標の理論であり(群の表現 の注意「指標の直交関係」)、有限群の $\mathbb{C}$ 上の既約表現の次数 $n_1,\dots,n_r$ は $n_1^2+\cdots+n_r^2=\lvert G\rvert$ を満たし、その個数 $r$ は共役類の個数に等しい(群環 の定理「複素群環の Wedderburn 分解」と命題「既約表現の個数と共役類の個数」、次数の 2 乗の和は Web16 Corollary 2.1.5 の (2))。$S_3$ では既約表現が次数 $1,1,2$ の 3 つで(既約表現 の定理「3 次対称群の既約表現」)、$1+1+4=6$ である。
加法群 $\mathbb{Z}$ の $\mathbb{C}$ 上の $n$ 次元表現は、可逆な $n$ 次正方行列 $A=\rho(1)$ と 1 対 1 に対応し($\rho(k)=A^k$)、2 つの表現が同値であることと対応する行列が相似であることは同値である。したがって、$\mathbb{Z}$ の $n$ 次元表現の同値類は、$0$ でない固有値をもつ Jordan 細胞の組(並べ方を除く)と 1 対 1 に対応する。直既約な表現は Jordan 細胞 1 つからなるものであり、既約な表現は $1$ 次元のものである。
表現は生成元 $1$ の行き先 $A\in\mathrm{GL}_n(\mathbb{C})$ で決まり、逆にどの可逆行列 $A$ についても $k\mapsto A^k$ は $\mathbb{Z}$ からの群準同型である。$\rho,\sigma$ が $A,B$ に対応するとき、同値であるとは $P\rho(k)P^{-1}=\sigma(k)$(すべての $k$)となる可逆行列 $P$ があることで、$k=1$ の場合から $PAP^{-1}=B$ であり、逆に $PAP^{-1}=B$ ならすべての $k$ で $PA^kP^{-1}=B^k$ である。相似類は Jordan 標準形で分類される(Jordan標準形 の定理「Jordan標準形の存在」「Jordan標準形の一意性」)。$A$ は可逆なので固有値は $0$ でない。
不変部分空間は $A$ で保たれる部分空間($A^{-1}$ も $A$ の多項式なので $A^{-1}$ でも保たれる)であり、Jordan 標準形の細胞への分解は不変部分空間の直和分解なので、直既約なら細胞は 1 つである。逆に細胞 1 つの $A=J_n(\lambda)$ を考え、$N:=A-\lambda I$ とおく。$A$ で保たれる $d$ 次元の部分空間 $U$ は $N$ でも保たれ、$N|_U$ は冪零なので $N^dU=0$、すなわち $U\subset\ker N^d$ であり、$\dim\ker N^d=d$ なので $U=\ker N^d$ である。よって不変部分空間は $\ker N^j$($0\le j\le n$)だけで互いに包含関係にあり、$0$ でない 2 つの不変部分空間の直和には分かれない。$\mathbb{C}$ は代数閉体なので $A$ は固有ベクトルをもち、その張る直線は不変である。よって既約なら $n=1$ である。$\square$
$J_2(1)=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ に対応する表現は直既約だが既約でない(群の表現 の例「反例:無限群の場合」)。「直既約な表現は完全可約でなくても分類できることがある」ことを示す最も簡単な例であり、箙の表現 の例「一つのループ」(1 頂点と 1 本のループの箙の表現 = 線形作用素 1 つ)と同じ種類の問題である。
箙 $1\xrightarrow{a}2$ の有限次元表現は線形写像 $f\colon V_1\to V_2$ 1 つであり、$K\to0$、$0\to K$、$K\xrightarrow{\mathrm{id}}K$ の 3 つの直既約表現の直和に、それぞれ $\dim\ker f$、$\dim\operatorname{coker}f$、$\operatorname{rank}f$ 個ずつ分かれる(箙の表現 の命題「一つの矢の表現の分解」)。行列の言葉では、「行列は行と列の基本変形で $\begin{pmatrix}I_r&O\\O&O\end{pmatrix}$ にできる」という事実の言い換えである。
Lie 環 $\mathfrak{g}$ の随伴表現 $\operatorname{ad}\colon\mathfrak{g}\to\mathfrak{gl}(\mathfrak{g})$、$(\operatorname{ad}x)(y)=[x,y]$ は Lie 環の表現である(Lie環 の系「随伴表現と内部導分」)。$\mathfrak{sl}_2(K)$ の基底 $e=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$、$h=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$、$f=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$ に関して、$[h,e]=2e$、$[h,f]=-2f$、$[e,f]=h$ から
$$
\operatorname{ad}h=\begin{pmatrix}2&0&0\\0&0&0\\0&0&-2\end{pmatrix},\qquad
\operatorname{ad}e=\begin{pmatrix}0&-2&0\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix},\qquad
\operatorname{ad}f=\begin{pmatrix}0&0&0\\-1&0&0\\0&2&0\end{pmatrix}
$$
である(列は $e,h,f$ の像)。随伴表現の部分表現は $\mathfrak{g}$ のイデアルそのものなので、$K$ の標数が $2$ でなければ、$\mathfrak{sl}_2(K)$ が単純であること(Lie環 の命題「$\mathfrak{sl}_2$ の構造」)から随伴表現は 3 次元の既約表現である。$\operatorname{ad}h$ の固有値 $2,0,-2$ は「ウェイト」と呼ばれ、$\mathfrak{sl}_2$ の既約表現の分類の手がかりになる。
量子力学では、系の対称性の群が状態の空間(Hilbert 空間)に作用し、その空間を既約表現に分けて調べる。たとえば回転対称性をもつ系では、球面上の $L^2$ 関数の空間が次元 $2l+1$ の空間 $\mathcal H_l$($l=0,1,2,\dots$)の直和に分かれ、これが角運動量の量子化にあたる(量子力学の関数解析的構造 の定理「球面調和関数による分解」。この記事では証明しない)。組合せ論では、対称群と一般線形群の既約表現の指標が Schur 多項式で書ける(Schur多項式 の定理「一般線形群と対称群の既約指標」)。位相群の連続な表現、とくにコンパクト群の表現は局所コンパクト群のユニタリ表現で扱われる。
有限群の表現論で基本となる「完全可約性」は、仮定を外すと成り立たない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 係数体の標数が $\lvert G\rvert$ を割らない | $\mathbb{F}_p$ 上の $\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$ の 2 次元表現 | 完全可約(群環が半単純) |
| 群が有限 | $\mathbb{Z}$ の $J_2(1)$ による表現 | 完全可約 |
| 係数体が代数閉体 | $\mathbb{R}$ 上の $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ の $90^\circ$ 回転表現 | 重複度 $=\dim\operatorname{Hom}_G(W,V)$(thm-representation-theory-multiplicity) |
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