平坦性のイデアル判定(ideal criterion for flatness)とは、可換環 $A$ 上の加群 $M$ が平坦であるための必要十分条件として、$A$ の任意の有限生成イデアル $I$ について自然な写像 $I\otimes_AM\to M$ が単射であること、すなわち $I\otimes_AM\cong IM$ となることを与える定理である。同じ条件は $\operatorname{Tor}_1^A(M,A/I)=0$ とも言い換えられ、平坦性を確かめる対象をイデアルの包含だけに減らす。系として、有限生成イデアルが単項である整域の上では平坦と捩れをもたないことが一致し、平坦性を一次方程式の解で述べる判定も得られる。
平坦加群の定義は「$-\otimes_AM$ が任意の単射を単射に送る」という、すべての加群の組についての条件である。このままでは一つの加群が平坦かどうかを確かめるのは難しい。ところが実際には、環 $A$ のイデアルの包含 $I\hookrightarrow A$ だけを試せば十分であり、さらにイデアルは有限生成のものに限ってよい。これが平坦性のイデアル判定(ideal criterion for flatness)である。
言い換えると、$M$ が平坦であることは、各有限生成イデアル $I$ について自然な写像 $I\otimes_AM\to IM$ が同型であること、また $\operatorname{Tor}_1^A(M,A/I)=0$ であることと同値になる。この判定から、単項イデアル整域や付値環の上では「平坦」と「捩れをもたない」が一致すること、平坦性を一次方程式の解の形で言い換える判定法が導かれる。この記事ではこれらを証明し、2 変数多項式環のイデアル $(x,y)$ が平坦でないことを次元の数え上げで確かめる。
この記事では、環は単位元をもつ可換環 $A$ とし、加群は $A$ 加群、テンソル積は $A$ 上のものとして $\otimes$ と略記する。$A$ 加群 $M$ が平坦であるとは、任意の単射 $u\colon N'\to N$ に対して $\mathrm{id}_M\otimes u\colon M\otimes N'\to M\otimes N$ が単射であることをいう(平坦加群 の定義「平坦加群」)。
イデアル $I\subset A$ と加群 $M$ に対し、包含 $I\hookrightarrow A$ と同型 $A\otimes M\cong M$ を合成した写像を
$$
\mu_I\colon I\otimes M\longrightarrow M,\qquad a\otimes m\longmapsto am
$$
と書く。$I\otimes M$ の元は有限和 $\sum_ja_j\otimes m_j$ なので、$\mu_I$ の像は $IM=\{\sum_ja_jm_j\}$ に等しい。従って $\mu_I$ は全射 $I\otimes M\to IM$ を与え、$\mu_I$ が単射であることと、$I\otimes M\to IM$ が同型であることは同値である。
$\operatorname{Tor}$ については Tor関手 の記事の結果を使う。とくに、短完全列に対する長完全列(命題「長完全列」)と、イデアル $J$ について
$$
\operatorname{Tor}_1^A(M,A/J)\cong\ker\bigl(M\otimes J\to M\bigr)
$$
が成り立つこと(命題「巡回加群との一次の Tor」)である。$A$ が可換なので、$M\otimes J\cong J\otimes M$ により右辺は $\ker\mu_J$ と同一視できる。
テンソル積の元が有限個のデータで決まることを、次の形で使う。
$N$ を $A$ 加群、$M$ を $A$ 加群とする。
1. 元 $\sum_{j=1}^s m_j\otimes n_j$ について、$N_0$ を $n_1,\dots,n_s$ で生成される部分加群とすればよい。
2. $M\otimes N$ は、集合 $M\times N$ 上の自由アーベル群 $F(M\times N)$ を、双線形性の関係 $(m+m',n)-(m,n)-(m',n)$、$(m,n+n')-(m,n)-(m,n')$、$(am,n)-(m,an)$ が生成する部分群 $R(M\times N)$ で割ったものである。$z_0$ を $F(M\times N_0)$ の元 $\tilde z$ で代表させる。$z_0$ の $M\otimes N$ での像が $0$ であることは、$\tilde z$ が $R(M\times N)$ の有限個の生成元の整数係数の和に等しいことを意味する。それらの生成元に現れる $N$ の元は有限個なので、それらと $N_0$ の生成元で生成される部分加群を $N_1$ とする。同じ有限和は $R(M\times N_1)$ の元の和でもあるから、$\tilde z\in R(M\times N_1)$、すなわち $z_0$ の $M\otimes N_1$ での像は $0$ である。$\square$
$A$ 加群 $M$ について、次の 5 条件は同値である。
条件 3・4 は、確かめる対象を有限生成イデアルという「小さな」加群に限ったものである。環の Noether 性や $M$ の有限生成性は仮定しない。
(1 $\Rightarrow$ 2)包含 $I\hookrightarrow A$ は単射なので、平坦性の定義から $M\otimes I\to M\otimes A\cong M$ は単射であり、これは $\mu_I$ と同一視される。
(2 $\Rightarrow$ 3)有限生成イデアルはイデアルである。
(3 $\Leftrightarrow$ 4)Tor関手 の命題「巡回加群との一次の Tor」により $\operatorname{Tor}_1^A(M,A/I)\cong\ker\mu_I$ である。
(3 $\Rightarrow$ 2)任意のイデアル $I$ と $z\in\ker\mu_I$ をとる。$z=\sum_{j=1}^s a_j\otimes m_j$($a_j\in I$)と書き、$I_0=(a_1,\dots,a_s)\subset I$ とおく。同じ式は $I_0\otimes M$ の元 $z_0$ を定め、$\mu_{I_0}(z_0)=\sum_ja_jm_j=\mu_I(z)=0$ である。3 により $z_0=0$ であり、$z$ は $z_0$ の像なので $z=0$ である。
(2 $\Rightarrow$ 5)2 と(3 $\Leftrightarrow$ 4)と同じ同型により、すべてのイデアル $J$ について $\operatorname{Tor}_1^A(M,A/J)=0$ である。有限生成加群 $N$ の生成元の個数 $n$ についての帰納法で $\operatorname{Tor}_1^A(M,N)=0$ を示す。$n=0$ なら $N=0$ である。$n\ge1$ とし、生成元 $\omega_1,\dots,\omega_n$ のうち $\omega_1,\dots,\omega_{n-1}$ が生成する部分加群を $N_0$ とする。$J=\{a\in A\mid a\omega_n\in N_0\}$ はイデアルであり、$a\mapsto a\omega_n$ は同型 $A/J\cong N/N_0$ を誘導する。短完全列 $0\to N_0\to N\to A/J\to0$ の長完全列の一部
$$
\operatorname{Tor}_1^A(M,N_0)\longrightarrow\operatorname{Tor}_1^A(M,N)\longrightarrow\operatorname{Tor}_1^A(M,A/J)
$$
は完全であり、左端は帰納法の仮定により、右端は上で見たことにより $0$ である。従って $\operatorname{Tor}_1^A(M,N)=0$ である。ここで $J$ は有限生成とは限らないので、2 を経由したことが効いている。
(5 $\Rightarrow$ 1)単射 $N'\to N$ をとり、$N'$ をその像と同一視して部分加群とみなす。$z\in M\otimes N'$ の $M\otimes N$ での像が $0$ であるとする。lem-ideal-flat-finite の 1 により、$z$ はある有限生成部分加群 $N_0\subset N'$ について $z_0\in M\otimes N_0$ の像である。$z_0$ の $M\otimes N$ での像は $0$ なので、lem-ideal-flat-finite の 2 により、有限生成部分加群 $N_0\subset N_1\subset N$ で $z_0$ の $M\otimes N_1$ での像が $0$ となるものがある。短完全列 $0\to N_0\to N_1\to N_1/N_0\to0$ の長完全列
$$
\operatorname{Tor}_1^A(M,N_1/N_0)\longrightarrow M\otimes N_0\longrightarrow M\otimes N_1
$$
において、$N_1/N_0$ は有限生成なので 5 により左端は $0$ であり、$M\otimes N_0\to M\otimes N_1$ は単射である。よって $z_0=0$、従って $z=0$ である。$\square$
この証明は、平坦性を「巡回加群 $A/J$ との $\operatorname{Tor}_1$ が消えること」に移し、有限生成加群を巡回加群で順に積み上げる、という二段の帰着になっている。(5 $\Rightarrow$ 1)では、無限個の元を扱う代わりに、問題の元が有限生成部分加群の中で既に $0$ になることを使った。
$A$ 加群 $M$ について、$M$ が平坦であることと、任意の $A$ 加群 $N$ について $\operatorname{Tor}_1^A(M,N)=0$ であることは同値である。
平坦なら、Tor関手 の命題「平坦加群に対する消滅」によりすべての $N$ で $\operatorname{Tor}_1^A(M,N)=0$ である。逆は thm-ideal-flat-criterion の 5 $\Rightarrow$ 1 による。$\square$
イデアル判定を「$M$ の元を未知数とする一次方程式」の言葉に直すと、次の判定が得られる。
$A$ 加群 $M$ について、次の 2 条件は同値である。
条件 2 は、$M$ の中の関係 $\sum a_jx_j=0$ が、環 $A$ の中の関係 $\sum_ja_jb_{jk}=0$ の $M$ 係数の一次結合として説明できる、ということである。たとえば $A$ が整域で $n=1$ のとき、$a_1\ne0$ なら $a_1b_{1k}=0$ から $b_{1k}=0$、従って $x_1=0$ となるので、2 は「捩れをもたない」ことを含んでいる。
(1 $\Rightarrow$ 2)線形写像 $\varphi\colon A^n\to A$ を $\varphi(c_1,\dots,c_n)=\sum_ja_jc_j$ で定め、$K=\ker\varphi$ とおく。列 $K\to A^n\xrightarrow{\varphi}A$ は $A^n$ で完全であり、$M$ が平坦なので、平坦加群 の命題「完全関手としての言い換え」により $M\otimes K\to M\otimes A^n\to M\otimes A$ も中央で完全である。$M\otimes A^n\cong M^n$、$M\otimes A\cong M$ と同一視すると、中央の写像は $(x_j)_j\mapsto\sum_ja_jx_j$ である。仮定から $(x_j)_j$ はこの核に入るので、$M\otimes K$ の元 $\sum_{k=1}^s y_k\otimes\beta_k$($\beta_k=(b_{1k},\dots,b_{nk})\in K$、$y_k\in M$)の像である。$\beta_k\in K$ は $\sum_ja_jb_{jk}=0$ を意味し、像が $(x_j)_j$ であることは $x_j=\sum_kb_{jk}y_k$ を意味する。
(2 $\Rightarrow$ 1)thm-ideal-flat-criterion の条件 3 を示す。$I=(a_1,\dots,a_n)$ を有限生成イデアルとし、$z\in I\otimes M$ が $\mu_I(z)=0$ を満たすとする。$I$ の元は $\sum_jr_ja_j$ と書けるので、$c\otimes m=\sum_ja_j\otimes r_jm$ により $z$ は $z=\sum_ja_j\otimes x_j$($x_j\in M$)の形に書ける。$\mu_I(z)=\sum_ja_jx_j=0$ なので、2 の $b_{jk},y_k$ をとると、$a_jb_{jk}\in I$ に注意して
$$
z=\sum_ja_j\otimes\sum_kb_{jk}y_k=\sum_k\Bigl(\sum_ja_jb_{jk}\Bigr)\otimes y_k=\sum_k0\otimes y_k=0
$$
である。従って $\mu_I$ は単射であり、$M$ は平坦である。$\square$
$A$ を整域とし、$A$ の任意の有限生成イデアルが単項イデアルであるとする。このとき $A$ 加群 $M$ が平坦であることと、$M$ が捩れをもたない($a\ne0$、$am=0$ なら $m=0$)ことは同値である。
平坦なら、thm-ideal-flat-equational の後の注意のとおり捩れをもたない(平坦加群 の命題「平坦加群は捩れをもたない」でもある)。逆に $M$ が捩れをもたないとし、thm-ideal-flat-criterion の条件 3 を確かめる。有限生成イデアルは仮定により $I=aA$ と書ける。$a=0$ なら $I\otimes M=0$ である。$a\ne0$ なら、$A$ は整域なので $t\colon A\to I$、$r\mapsto ar$ は同型であり、$t\otimes\mathrm{id}_M\colon M\cong A\otimes M\to I\otimes M$ も同型である。合成 $\mu_I\circ(t\otimes\mathrm{id}_M)$ は $m\mapsto a\otimes m\mapsto am$、すなわち $a$ 倍写像であり、捩れをもたないので単射である。よって $\mu_I$ は単射である。$\square$
この仮定を満たす整域には、単項イデアル整域 と付値環がある(付値環では有限生成イデアルは単項である。付値環 の系「有限生成イデアルは単項」)。たとえば $\mathbb{Z}$ 加群が平坦であることは捩れ元が $0$ だけであることと同値であり、$\mathbb{Q}$ や $\mathbb{Z}^{\mathbb{N}}$ は平坦、$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$($n\ge2$)や $\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ は平坦でない。有限生成イデアルが単項とは限らないが可逆である整域、すなわち Prüfer整域(Dedekind整域 を含む)でも同じ同値が成り立つ(Prüfer整域 の定理「ねじれのない加群による特徴づけ」)。
$k$ を体、$A=k[x,y]$、$\mathfrak m=(x,y)$ とする。$A$ は整域なので $\mathfrak m$ は捩れをもたない $A$ 加群であるが、平坦でない。実際、$I=\mathfrak m$ について $\mu_{\mathfrak m}\colon\mathfrak m\otimes\mathfrak m\to\mathfrak m^2$ は単射でない。
$\mu_{\mathfrak m}$ が同型 $\mathfrak m\otimes\mathfrak m\cong\mathfrak m^2$ であると仮定して矛盾を導く。同型の両辺に $-\otimes_Ak$($k=A/\mathfrak m$)を施すと、$k$ ベクトル空間の同型
$$
(\mathfrak m\otimes_A\mathfrak m)\otimes_Ak\cong\mathfrak m^2\otimes_Ak
$$
を得る。一般に $A$ 加群 $X$ と $k$ ベクトル空間 $W$ について $X\otimes_AW\cong(X\otimes_Ak)\otimes_kW$ であり($W=k\otimes_kW$ と書いてテンソル積の結合則を使う)、$X\otimes_Ak\cong X/\mathfrak mX$ である。左辺は結合則により $\mathfrak m\otimes_A(\mathfrak m\otimes_Ak)$ であり、$W=\mathfrak m\otimes_Ak\cong\mathfrak m/\mathfrak m^2$ に上のことを当てると
$$
(\mathfrak m/\mathfrak m^2)\otimes_k(\mathfrak m/\mathfrak m^2)
$$
と同型である。$\mathfrak m/\mathfrak m^2$ は $\bar x,\bar y$ を基底とする 2 次元の空間なので、左辺は 4 次元である。一方、右辺は $\mathfrak m^2/\mathfrak m^3$ であり、$\overline{x^2},\overline{xy},\overline{y^2}$ を基底とする 3 次元の空間である($\mathfrak m^n$ は $n$ 次以上の項だけからなる多項式の全体なので、$\mathfrak m^2/\mathfrak m^3$ は 2 次斉次式の空間と同型である)。$4\ne3$ なので矛盾であり、$\mu_{\mathfrak m}$ は単射でない。thm-ideal-flat-criterion の 1 $\Rightarrow$ 2 により $\mathfrak m$ は平坦でない。$\square$
次元の差 $4-3=1$ は、$\ker\mu_{\mathfrak m}$ に $x\otimes y-y\otimes x$ という $0$ でない元があることに対応する(この元が $0$ でないことの直接の確認は 平坦加群 の例「反例:捩れをもたないが平坦でないイデアル」にある)。一方 $\mathfrak m$ は単項イデアル $aA$($a\ne0$)については $\mu_{aA}$ が単射になる($a$ 倍写像が単射だから)。従って、判定に使うイデアルを単項イデアルだけに減らすことはできない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 有限生成イデアルが単項(cor-ideal-flat-bezout) | $A=k[x,y]$、$M=(x,y)$(ex-ideal-flat-xy) | 捩れをもたないなら平坦 |
| 判定に使うイデアルの範囲が全有限生成イデアル(thm-ideal-flat-criterion の 3) | 同じ $A$ と $M$。単項イデアル $aA$ では $\mu_{aA}$ は単射 | 単項イデアルでの単射性から平坦性 |
| $M$ が捩れをもたない(cor-ideal-flat-bezout) | $A=\mathbb{Z}$、$M=\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$($n\ge2$) | $M$ は平坦 |
3 行目:$I=n\mathbb{Z}$ とすると $I\otimes M\cong\mathbb{Z}\otimes M\cong M\ne0$ だが、$\mu_I$ の像は $nM=0$ なので $\mu_I$ は零写像で単射でない。
有限生成イデアルによる判定は Mat89 Theorem 7.7(p. 50)にあり、Tor による言い換えは同書 Theorem 7.8(p. 51)、一次方程式による判定は同書 Theorem 7.6(pp. 49–50)とその逆の証明(pp. 50–51)にある。すべてのイデアルについて $I\otimes M\to IM$ が同型であるという形は Liu06 Chapter 1, Theorem 2.4(pp. 7–8)にあり、単項イデアル整域上で平坦と捩れなしが一致することは同書 Corollary 2.5(p. 8)にある。AM69 Chapter 2, Exercise 26(p. 35)は、有限生成加群を巡回加群で積み上げる thm-ideal-flat-criterion と同じ道筋を演習として示している。ex-ideal-flat-xy の次元による議論はこの記事で行った。
平坦性の判定には、局所環上の有限生成加群について剰余体との $\operatorname{Tor}_1$ だけで判定する 局所平坦性判定 もある。イデアル判定はどの環でも成り立つ代わりに、すべての有限生成イデアルを試す必要がある。
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