GNS構成(Gelfand–Naimark–Segal construction)とは、C*-環上の状態から、Hilbert空間、その上の巡回表現、単位巡回ベクトルを作り、状態をベクトル期待値として実現する構成である。正値汎関数のSchwarz不等式を用いて零空間を左イデアルとして商し、完備化する。得られる巡回表現は巡回ベクトルを保つユニタリ同値を除いて一意で、無限量子系の準局所代数を作用素として表現する入口になる。
前提知識: C*-環, Hilbert空間, 商線形空間, 正値線形汎関数
抽象的な $C^*$-環の元は、量子系では観測量を表す。しかし抽象環のままでは、ベクトルへ作用する作用素として扱えない。GNS構成は、$C^*$-環上の状態からHilbert空間、環の表現、巡回ベクトルを標準的に作り、状態の期待値をベクトル状態として実現する。この表現論的構成の古典的な出発点は Seg47 である。
本記事では内積を第2変数について線形とする。$\mathcal A$ は単位元 $1$ をもつ複素 $C^*$-環とする。非単位的 $C^*$-環にも近似単位元を用いた同様の構成があるが、商空間の核心を明確にするため単位的な場合を扱う。
$\mathcal A$ 上の状態とは、複素線形汎関数
$$
\omega\colon\mathcal A\longrightarrow\mathbb C
$$
で、次を満たすものである。
状態は自動的に連続でノルム $1$ になる。GNS構成そのものに必要なのは正値性であり、$\omega(1)=1$ は得られる巡回ベクトルを単位ベクトルに規格化する。
GNS構成では
$$
\langle a,b\rangle_\omega:=\omega(a^*b)
$$
を内積候補にする。退化する可能性はあるが、正値性からSchwarz不等式が成り立つ。
$\omega$ を $\mathcal A$ 上の正値線形汎関数とする。このとき $a,b\in\mathcal A$ に対して
$$
|\omega(a^*b)|^2
\leq\omega(a^*a)\omega(b^*b)
$$
が成り立つ。
正値線形汎関数は $\omega(x^*)=\overline{\omega(x)}$ を満たす。実際、自己共役元 $h=h^*$ に対して
$$
\|h\|1+h\geq0,\qquad \|h\|1-h\geq0
$$
なので $\omega(h)$ は実数であり、任意の $x$ を実部と虚部に分ければ主張が従う。
$A:=\omega(a^*a)$、$B:=\omega(b^*b)$、$c:=\omega(a^*b)$ とおく。$B>0$ なら、任意の $\lambda\in\mathbb C$ に対する正値性から
$$
0\leq\omega((a+\lambda b)^*(a+\lambda b))
=A+\lambda c+\overline{\lambda}\,\overline c+|\lambda|^2B
$$
を得る。$\lambda=-\overline c/B$ とおけば
$$
0\leq A-\frac{|c|^2}{B}
$$
となり、$|c|^2\leq AB$ である。
$B=0$ の場合、もし $c\ne0$ なら $\lambda c$ が負の実数になるように偏角を選び、$|\lambda|$ を十分大きくすれば
$$
A+\lambda c+\overline{\lambda}\,\overline c<0
$$
となって正値性に反する。したがって $c=0$ であり、この場合も不等式が成り立つ。
状態 $\omega$ に対して
$$
N_\omega:=\{a\in\mathcal A\mid\omega(a^*a)=0\}
$$
とおき、これを $\omega$ のGNS零空間という。
$N_\omega$ は $\mathcal A$ の線形部分空間であり、任意の $x\in\mathcal A$ と $a\in N_\omega$ に対して $xa\in N_\omega$ である。
$a,b\in N_\omega$ とする。Schwarz不等式により $\omega(a^*b)=\omega(b^*a)=0$ だから
$$
\omega((a+b)^*(a+b))=0.
$$
また $\lambda\in\mathbb C$ に対して
$$
\omega((\lambda a)^*(\lambda a))=|\lambda|^2\omega(a^*a)=0
$$
である。よって $N_\omega$ は線形部分空間である。
$0\leq x^*x\leq\|x\|^2 1$ なので
$$
0\leq a^*x^*xa\leq\|x\|^2a^*a.
$$
正値汎関数は正元の順序を保つから
$$
0\leq\omega((xa)^*(xa))
\leq\|x\|^2\omega(a^*a)=0.
$$
したがって $xa\in N_\omega$ である。
右イデアルであるとは限らない点が重要である。表現を左乗法で作るから、必要なのは左イデアル性である。
商線形空間 $\mathcal A/N_\omega$ に
$$
\langle[a],[b]\rangle_\omega:=\omega(a^*b)
$$
と定める。$a-a'\in N_\omega$ または $b-b'\in N_\omega$ ならSchwarz不等式により対応する交差項は $0$ になるため、これは代表元によらない。さらに
$$
\|[a]\|_\omega^2=\omega(a^*a)
$$
であり、零ノルムの元はすでに商で潰してあるので内積になる。その完備化を $\mathcal H_\omega$ と書く。
$\mathcal A$ を単位的 $C^*$-環、$\omega$ を $\mathcal A$ 上の状態とする。このときHilbert空間 $\mathcal H_\omega$、単位的 $*$-表現
$$
\pi_\omega\colon\mathcal A\longrightarrow\mathbb B(\mathcal H_\omega),
$$
単位巡回ベクトル $\Omega_\omega\in\mathcal H_\omega$ で
$$
\omega(a)=\langle\Omega_\omega,
\pi_\omega(a)\Omega_\omega\rangle
\qquad(a\in\mathcal A)
$$
を満たすものが存在する。
前節の内積空間 $\mathcal A/N_\omega$ の完備化を $\mathcal H_\omega$ とする。$a,b\in\mathcal A$ に対して
$$
\pi_\omega(a)[b]:=[ab]
$$
とおく。$N_\omega$ は左イデアルなので、この式は剰余類の代表元によらない。また
$$
\|\pi_\omega(a)[b]\|_\omega^2
=\omega(b^*a^*ab)
\leq\|a\|^2\omega(b^*b)
=\|a\|^2\|[b]\|_\omega^2
$$
である。したがって $\pi_\omega(a)$ は完備化上の有界作用素へ一意に延長され、
$$
\|\pi_\omega(a)\|\leq\|a\|
$$
を満たす。
左乗法の結合則から
$$
\pi_\omega(ab)=\pi_\omega(a)\pi_\omega(b),
\qquad
\pi_\omega(1)=1
$$
である。また稠密部分空間 $\mathcal A/N_\omega$ 上で
$$
\langle\pi_\omega(a)[b],[c]\rangle_\omega
=\omega(b^*a^*c)
=\langle[b],\pi_\omega(a^*)[c]\rangle_\omega
$$
だから $\pi_\omega(a)^*=\pi_\omega(a^*)$ である。よって $\pi_\omega$ は単位的 $*$-表現である。
$\Omega_\omega:=[1]$ とおくと
$$
\|\Omega_\omega\|^2=\omega(1)=1.
$$
さらに
$$
\{\pi_\omega(a)\Omega_\omega\mid a\in\mathcal A\}
=\{[a]\mid a\in\mathcal A\}
$$
は完備化の定義により稠密なので、$\Omega_\omega$ は巡回ベクトルである。最後に
$$
\langle\Omega_\omega,\pi_\omega(a)\Omega_\omega\rangle
=\langle[1],[a]\rangle_\omega
=\omega(a)
$$
を得る。
組 $(\pi_\omega,\mathcal H_\omega,\Omega_\omega)$ を $\omega$ のGNS表現という。
GNS表現は具体的なHilbert空間として一意なのではなく、巡回ベクトルを保つユニタリ同値を除いて一意である。
$(\pi,\mathcal H,\Omega)$ が、$\Omega$ を単位巡回ベクトルとする $\mathcal A$ の単位的 $*$-表現で
$$
\omega(a)=\langle\Omega,\pi(a)\Omega\rangle
$$
を満たすとする。このとき一意なユニタリ作用素
$$
U\colon\mathcal H_\omega\longrightarrow\mathcal H
$$
で
$$
U\Omega_\omega=\Omega,\qquad
U\pi_\omega(a)=\pi(a)U
$$
を満たすものが存在する。
稠密部分空間 $\mathcal A/N_\omega$ 上で
$$
U_0[a]:=\pi(a)\Omega
$$
と定める。$a,b\in\mathcal A$ に対して
$$
\langle U_0[a],U_0[b]\rangle
=\langle\pi(a)\Omega,\pi(b)\Omega\rangle
=\langle\Omega,\pi(a^*b)\Omega\rangle
=\omega(a^*b)
=\langle[a],[b]\rangle_\omega.
$$
よって $U_0$ はwell-definedな等長写像である。$\Omega$ の巡回性により $U_0$ の像は $\mathcal H$ で稠密なので、完備化へ延長した $U$ はユニタリである。
$U[1]=\Omega$ であり、稠密部分空間上で
$$
U\pi_\omega(c)[a]
=U[ca]
=\pi(ca)\Omega
=\pi(c)U[a]
$$
だから絡み合い関係を得る。この二条件を満たす作用素は稠密集合
$$
\{\pi_\omega(a)\Omega_\omega\mid a\in\mathcal A\}
$$
上で値が決まるので一意である。
$\mathcal A=M_n(\mathbb C)$ とし、
$$
\omega(a):=\frac{1}{n}\operatorname{Tr}(a)
$$
とおく。この状態は忠実、すなわち $\omega(a^*a)=0$ ならば $a=0$ なので、$N_\omega=\{0\}$ である。したがって
$$
\mathcal H_\omega=M_n(\mathbb C),\qquad
\langle a,b\rangle_\omega=\frac{1}{n}\operatorname{Tr}(a^*b)
$$
となり、$\pi_\omega(c)$ は行列への左乗法である。巡回ベクトルは単位行列 $1$ である。
$X$ をコンパクトHausdorff空間、$\mu$ を $X$ 上の確率Radon測度とし、
$$
\omega(f):=\int_X f\,d\mu
\qquad(f\in C(X))
$$
とおく。このとき
$$
N_\omega=\left\{f\in C(X)\mid
\int_X|f|^2d\mu=0\right\}.
$$
GNS Hilbert空間は $L^2(X,\mu)$ と同一視でき、$\pi_\omega(f)$ は $f$ による掛け算作用素、$\Omega_\omega$ は定数関数 $1$ に対応する。期待値の式は
$$
\omega(f)=\int_X f\,d\mu
=\langle1,f\cdot1\rangle_{L^2}
$$
そのものである。
$\mathcal A=\mathbb C\oplus\mathbb C$ に対し
$$
\omega(z,w):=z
$$
とおく。これは状態だが
$$
N_\omega=\{0\}\oplus\mathbb C
$$
である。よって $\mathcal H_\omega\cong\mathbb C$ であり、
$$
\pi_\omega(z,w)\xi=z\xi.
$$
非零元 $(0,1)$ は $\pi_\omega$ で $0$ に移る。したがって「状態のGNS表現は常に忠実である」という含意は誤りであり、この状態が反例になる。状態が忠実ならGNS表現も忠実だが、状態の定義は忠実性を要求しない。
$\mathbb C\oplus\mathbb C$ 上の線形汎関数
$$
\varphi(z,w):=z-w
$$
は正値でない。実際、$a=(0,1)$ とすると
$$
\varphi(a^*a)=-1<0.
$$
したがって $\varphi(a^*b)$ は半内積にさえならず、Hilbert空間を作れない。これは正値性を単なる規格化条件に置き換えられないことを示す反例である。
無限量子系では、最初から一つのHilbert空間を固定する代わりに、局所有限領域の観測量から作った準局所 $C^*$-環 $\mathcal A$ と、その上の状態 $\omega$ を出発点にする。GNS構成は各状態を
$$
(\pi_\omega,\mathcal H_\omega,\Omega_\omega)
$$
へ送り、抽象的な期待値をベクトル状態として実現する。さらに
$$
\pi_\omega(\mathcal A)''
$$
というvon Neumann環を取ることで、その状態から見える弱作用素閉包が得られる。異なる状態のGNS表現がユニタリ同値になるとは限らず、有限自由度では見えにくい相の違いを表現論的に区別できる。この作用素環的枠組みについては BR87 §2.3--§2.4 を参照されたい。
GNS構成そのものは相転移や熱平衡を自動的に証明する定理ではない。状態を表現へ変換する入口であり、その後にKMS条件、因子性、表現の準同値・非同値などを調べる。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する