Clifford代数(Clifford algebra)とは、2 次形式 $q$ をもつベクトル空間 $V$ から、$v^2=q(v)$ という関係だけを課して作る結合的な代数 $\mathrm{Cl}(V,q)$ であり、普遍性によって定まる。体の標数によらず次元は $2^{\dim V}$ で、$q=0$ なら外積代数、実 2 次元の負定値な形式なら Hamilton の四元数になる。標数が $2$ でなく $q$ が非退化なら、$\dim V$ が偶数のとき中心単純環、奇数のとき中心は 2 次元であり、偶部分代数は 1 次元低い Clifford 代数と同型になる。2 次形式の符号を反転しても偶部分代数と Spin 群は変わらない。
ベクトル空間 $V$ に 2 次形式 $q$ が与えられたとき、「ベクトルの 2 乗がその 2 次形式の値になる」ようにベクトルどうしを掛けられる結合的な代数を作ることができる。これが Clifford 代数 $\mathrm{Cl}(V,q)$ である。$q=0$ なら外積代数になり、実 2 次元で $q=-(x^2+y^2)$ なら Hamilton の四元数、標数が $2$ でない体の上の 2 変数の非退化な形式なら四元数環になる。直交するベクトルは反可換になるので、Clifford 代数は外積代数を 2 次形式の分だけ曲げたものと見ることができる。
この記事では、体の標数を問わず $\mathrm{Cl}(V,q)$ が存在して次元が $2^{\dim V}$ であることを、作用素による実現で証明する。次に標数が $2$ でなく $q$ が非退化な場合に、中心を決定し、$\dim V$ が偶数なら中心単純環であることを示す。さらに、直交する 1 次元を取り除くと偶部分代数がひとつ低い次元の Clifford 代数になること、2 次形式の符号を反転しても偶部分代数が変わらないことを証明する。最後の結果は、$v^2=-\lvert v\rvert^2$ で定めた Clifford 代数から Spin群 を作る流儀と、$v^2=+\lvert v\rvert^2$ で定める流儀が同じ Spin 群を与えることを意味する。
$k$ を体とする(標数は任意)。この記事で 代数 は単位元 $1$ をもつ $k$ 上の結合的な代数を、代数の準同型は単位元を保つものを指す。$V$ を有限次元の $k$ ベクトル空間とする。写像 $q\colon V\to k$ が 2 次形式 であるとは、$q(cv)=c^2q(v)$($c\in k$)が成り立ち、
$$
b_q(v,w):=q(v+w)-q(v)-q(w)
$$
が双線形であることをいう。$b_q$ は対称で、$b_q(v,v)=2q(v)$ である。$b_q(v,w)=0$ のとき $v,w$ は 直交する という。$b_q$ が非退化($b_q(v,w)=0$ がすべての $w$ で成り立つなら $v=0$)のとき $q$ を 非退化 という。$k^n$ 上では、これは 2次形式 の記事の 2 次形式と同じものである。
$(V,q)$ を 2 次形式をもつ有限次元の $k$ ベクトル空間とする。代数 $A$ と線形写像 $f\colon V\to A$ の組で
$$
f(v)^2=q(v)\cdot1\qquad(v\in V)
$$
を満たすものを考える。このような組 $(\mathrm{Cl}(V,q),j)$ で、任意の組 $(A,f)$ に対し $\varphi\circ j=f$ となる代数の準同型 $\varphi\colon\mathrm{Cl}(V,q)\to A$ がただ 1 つ存在するものを、$(V,q)$ の Clifford 代数(Clifford algebra)という。$j$ が単射であること(thm-cl-basis)を使って、$v\in V$ と $j(v)$ を同一視する。
$f(v+w)^2=q(v+w)$ を展開すると、どの組 $(A,f)$ でも
$$
f(v)f(w)+f(w)f(v)=b_q(v,w)\cdot1
$$
が成り立つ。とくに Clifford 代数の中では、直交するベクトルどうしは反可換($vw=-wv$)である。
符号の流儀:文献によっては $v^2=-q(v)$ で定める。この記事の $\mathrm{Cl}(V,q)$ はその流儀の $\mathrm{Cl}(V,-q)$ にあたる(FH91 §20.1、p. 301 の脚注)。Spin群 の記事の $\mathrm{Cl}_n$ は、$v^2=-\lvert v\rvert^2$ を課したものなので、この記事の記号では
$$
\mathrm{Cl}_n=\mathrm{Cl}\bigl(\mathbb{R}^n,\,-\lvert\cdot\rvert^2\bigr)
$$
である。流儀を替えても偶部分代数と Spin 群は変わらない(prop-cl-sign)。
$V$ の基底 $e_1,\dots,e_n$ と、$\{1,\dots,n\}$ の部分集合 $I=\{i_1< \dots< i_r\}$ に対し $e_I:=e_{i_1}\cdots e_{i_r}$($e_\emptyset:=1$)とおく。
$(V,q)$ を任意の 2 次形式をもつ $n$ 次元の $k$ ベクトル空間とし、$e_1,\dots,e_n$ を $V$ の任意の基底とする。$(V,q)$ の Clifford 代数は存在し、同型を除いて一意である。$j$ は単射であり、$2^n$ 個の元 $e_I$ は $\mathrm{Cl}(V,q)$ の基底をなす。とくに $\dim\mathrm{Cl}(V,q)=2^n$ である。
Spin群 の記事の定理「Clifford 代数の存在と基底」は、$\mathbb{R}^n$ と $q=-\lvert\cdot\rvert^2$、標準基底の場合を、直交性を使って証明している。ここでは基底が直交するとは限らない一般の場合を、「外積に縮約を足した作用素」で扱う。
要点:$2^n$ 次元の空間 $W$(基底 $\varepsilon_I$)の上に、外積の作用素 $\epsilon_i$ と縮約の作用素 $\iota_i$ を作り、$q(v)=\beta(v,v)$ となる双線形形式 $\beta$ を使って $c(v):=\epsilon(v)+\iota(\beta(v,\cdot))$ とおくと $c(v)^2=q(v)$ になる。$c(e_{i_1})\cdots c(e_{i_r})\varepsilon_\emptyset=\varepsilon_I+(\text{より小さい }\varepsilon_J)$ なので $2^n$ 個の作用素は線形独立であり、関係式による語の書き換えで普遍性を確かめる。
段 1(外積と縮約):$W$ を、$\{1,\dots,n\}$ の部分集合 $I$ で番号づけた基底 $\varepsilon_I$ をもつ $2^n$ 次元の $k$ ベクトル空間とする。$m_i(I):=\#\{l\in I\mid l< i\}$ とおき、$\epsilon_i,\iota_i\in\operatorname{End}(W)$ を$$\epsilon_i\varepsilon_I:=\begin{cases}(-1)^{m_i(I)}\varepsilon_{I\cup\{i\}}&(i\notin I)\\0&(i\in I)\end{cases},\qquad\iota_i\varepsilon_I:=\begin{cases}(-1)^{m_i(I)}\varepsilon_{I\setminus\{i\}}&(i\in I)\\0&(i\notin I)\end{cases}$$で定める。次の関係式が成り立つ:$$\epsilon_i\epsilon_l+\epsilon_l\epsilon_i=0,\qquad\iota_i\iota_l+\iota_l\iota_i=0,\qquad\epsilon_i\iota_l+\iota_l\epsilon_i=\delta_{il}\,\mathrm{id}.$$確かめ方:$i=l$ のとき、$\epsilon_i^2=\iota_i^2=0$ は定義から明らかである。$i\in I$ なら $\epsilon_i\iota_i\varepsilon_I=(-1)^{m_i(I)}(-1)^{m_i(I\setminus\{i\})}\varepsilon_I=\varepsilon_I$、$\iota_i\epsilon_i\varepsilon_I=0$ であり($i$ 自身は $m_i$ に数えない)、$i\notin I$ なら逆になるので、和は恒等写像である。$i< l$ のとき、$i$ を出し入れしても $m_l$ は $1$ 変わり、$l$ を出し入れしても $m_i$ は変わらない。よって $\epsilon_i\epsilon_l\varepsilon_I$ と $\epsilon_l\epsilon_i\varepsilon_I$ は($0$ でなければ)同じ $\varepsilon_{I\cup\{i,l\}}$ の符号違いであり、$\iota$ どうし、$\epsilon_i$ と $\iota_l$、$\iota_i$ と $\epsilon_l$ の組も同じ理由で反可換である。
段 2($c(v)^2=q(v)$):$V$ 上の(対称とは限らない)双線形形式 $\beta$ を、$\beta(e_i,e_l):=b_q(e_i,e_l)$($i< l$)、$q(e_i)$($i=l$)、$0$($i> l$)で定める。$v=\sum_iv_ie_i$ について $\beta(v,v)=\sum_iv_i^2q(e_i)+\sum_{i< l}v_iv_lb_q(e_i,e_l)=q(v)$ である。$\epsilon(v):=\sum_iv_i\epsilon_i$、線形形式 $\lambda$ について $\iota(\lambda):=\sum_l\lambda(e_l)\iota_l$ とおくと、段 1 から $\epsilon(v)^2=0$、$\iota(\lambda)^2=0$、$\epsilon(v)\iota(\lambda)+\iota(\lambda)\epsilon(v)=\lambda(v)\,\mathrm{id}$ である。$c(v):=\epsilon(v)+\iota(\beta(v,\cdot))$ は $v$ について線形で、$$c(v)^2=\epsilon(v)^2+\bigl(\epsilon(v)\iota(\beta(v,\cdot))+\iota(\beta(v,\cdot))\epsilon(v)\bigr)+\iota(\beta(v,\cdot))^2=\beta(v,v)=q(v)$$である。
段 3(線形独立):$c_I:=c(e_{i_1})\cdots c(e_{i_r})$ とおく。$\iota$ は添字の集合を $1$ つ小さくし、$\epsilon$ は $1$ つ大きくするので、右から順に作用させると $c_I\varepsilon_\emptyset=\epsilon_{i_1}\cdots\epsilon_{i_r}\varepsilon_\emptyset+(\lvert J\rvert< r\text{ の }\varepsilon_J\text{ の 1 次結合})$ である。$\epsilon_{i_s}$ は $i_s$ より大きい元だけからなる集合に $i_s$ を符号 $+1$ で加えるので、主要項は $\varepsilon_I$ である。$\lvert I\rvert$ の小さい順に並べると $c_I\varepsilon_\emptyset$ は $\varepsilon_I$ に関して「三角」なので、$2^n$ 個の $c_I$ は線形独立である。
段 4(積で閉じること):記号 $1,\dots,n$ の語 $a_1\cdots a_s$ に、隣り合う $a> a'$ を「$-a'a$ と、2 文字を除いた語の $b_q(e_a,e_{a'})$ 倍の和」に替える操作と、隣り合う $aa$ を「2 文字を除いた語の $q(e_a)$ 倍」に替える操作をくり返すと、長さか転倒数が減るので有限回で止まり、増加列の語 $K$ の 1 次結合 $\sum_Kd_K\,K$ になる。その書き換えの手順を 1 つ固定する。各操作は、関係式 $xy+yx=b_q$、$x^2=q$ を満たす任意の組 $(A,f)$ の中で成り立つ等式に対応する。とくに $c_Ic_J=\sum_Kd_Kc_K$ なので、$C:=\operatorname{span}\{c_I\}$ は積で閉じ、$c(V)$ で生成される部分代数である。
段 5(普遍性):組 $(A,f)$ に対し $f_I:=f(e_{i_1})\cdots f(e_{i_r})$ とおき、線形写像 $\varphi\colon C\to A$ を $\varphi(c_I):=f_I$ で定める(段 3 により矛盾なく定まる)。$I,J$ を並べた語に段 4 の固定した手順を当てると、$C$ では $c_Ic_J=\sum_Kd_Kc_K$、$A$ では同じ係数で $f_If_J=\sum_Kd_Kf_K$ が成り立つ。よって $\varphi(c_Ic_J)=\varphi(c_I)\varphi(c_J)$ で、$\varphi$ は代数の準同型であり $\varphi\circ c=f$ を満たす。$C$ は $c(V)$ で生成されるので、このような準同型はただ 1 つである。したがって $(C,c)$ は Clifford 代数である。一意性は普遍性からの標準的な議論による(互いへの準同型の合成は恒等写像と同じ性質をもつ)。$c_i=c(e_i)$ は線形独立なので $j=c$ は単射で、$e_I=c_I$ は基底である。$\square$
$\mathrm{Cl}(V,q)$ は、テンソル代数 $T(V)$ を $v\otimes v-q(v)\cdot1$ で生成される両側イデアルで割ったものとしても作れる(FH91 §20.1、p. 302)。上の証明は、その商の次元が $2^n$ であること(同所の Lemma 20.3)も同時に与えている。
$\lvert I\rvert$ が偶数の $e_I$ が張る部分空間を $\mathrm{Cl}^0(V,q)$、奇数のものが張る部分空間を $\mathrm{Cl}^1(V,q)$ とする。段 4 の書き換えは語の長さの偶奇を変えないので、$\mathrm{Cl}^0$ は偶数個のベクトルの積が張る部分空間、$\mathrm{Cl}^1$ は奇数個の積が張る部分空間に一致し、基底のとり方によらない。
$$
\mathrm{Cl}(V,q)=\mathrm{Cl}^0\oplus\mathrm{Cl}^1,\qquad \mathrm{Cl}^a\,\mathrm{Cl}^b\subset\mathrm{Cl}^{a+b\bmod2}
$$
であり、$\mathrm{Cl}^0$ は $n\ge1$ なら $2^{n-1}$ 次元の部分代数である。これを 偶部分代数 という。$\mathrm{Cl}^0$ と $\mathrm{Cl}^1$ の元を 斉次 な元といい、$x\in\mathrm{Cl}^a$ の次数を $\lvert x\rvert:=a$ と書く。組 $(\mathrm{Cl}(V,q),-j)$ に普遍性を当てると、$\alpha(v)=-v$ を満たす代数の自己同型 $\alpha$(主対合)が得られ、$\mathrm{Cl}^0$ 上で恒等写像、$\mathrm{Cl}^1$ 上で $-1$ 倍である。
3 から実の 2 次元以下の Clifford 代数が読み取れる。$\mathrm{Cl}(\mathbb{R},\pm x^2)=\mathbb{R}[x]/(x^2\mp1)$ で、$\mathbb{R}[x]/(x^2+1)\cong\mathbb{C}$、$\mathbb{R}[x]/(x^2-1)\cong\mathbb{R}\times\mathbb{R}$($x\mapsto(1,-1)$)である。2 次元では $(-1,-1)_{\mathbb{R}}=\mathbb{H}$ と $(1,1)_{\mathbb{R}}\cong M_2(\mathbb{R})$(四元数環 の命題「$(1,b)_K$ は分裂する」)である。
| $\dim V$ | $q=-\lvert\cdot\rvert^2$(Spin群 の記事の $\mathrm{Cl}_n$) | $q=+\lvert\cdot\rvert^2$ |
|---|---|---|
| $1$ | $\mathbb{C}$ | $\mathbb{R}\times\mathbb{R}$ |
| $2$ | $\mathbb{H}$ | $M_2(\mathbb{R})$ |
$\mathbb{C}$ は体で $\mathbb{R}\times\mathbb{R}$ は体でなく、$\mathbb{H}$ は斜体で $M_2(\mathbb{R})$ は零因子をもつので、符号を反転すると Clifford 代数そのものは一般に同型でなくなる。それでも偶部分代数は一致する(どちらも $1$ 次元では $\mathbb{R}$、$2$ 次元では $\mathbb{R}[x]/(x^2+1)\cong\mathbb{C}$)。これが prop-cl-sign の内容である。
以下この節では、$k$ の標数は $2$ でなく、$q$ は非退化とする。このとき $V$ には直交基底 $e_1,\dots,e_n$ があり($k^n$ の場合は 2次形式 の定理「平方完成による対角化」。一般の $V$ も基底をとれば $k^n$ の場合に帰着する)、非退化性から $a_i:=q(e_i)\ne0$ である。$e_i^2=a_i$ なので $e_i$ は可逆で、$e_I$ もすべて可逆である。$\omega:=e_1e_2\cdots e_n$ とおく。
$k$ の標数は $2$ でなく、$q$ は非退化で $n=\dim V\ge1$ とする。
要点:$e_i$ による共役 $y\mapsto e_iye_i^{-1}$ は基底 $e_I$ を符号 $s_i(I)=\pm1$ 倍するだけであり、符号の組 $(s_1(I),\dots,s_n(I))$ から $I$ の形が読み取れる。中心の元・イデアルの元を基底で展開し、成分ごとに符号を比べる。
符号:$e_i$ を $e_I$ の各文字と入れ替えると、$i\notin I$ なら $\lvert I\rvert$ 回、$i\in I$ なら $\lvert I\rvert-1$ 回の反交換が起こる($e_i$ 自身とは可換)。よって $e_ie_Ie_i^{-1}=s_i(I)e_I$、$$s_i(I)=(-1)^{\lvert I\rvert}\ (i\notin I),\qquad s_i(I)=-(-1)^{\lvert I\rvert}\ (i\in I)$$である。標数が $2$ でないので $1\ne-1$ である。
2 と 1 の中心:$y=\sum_Iy_Ie_I$ が中心にあることは、すべての $i$ について $e_iye_i^{-1}=y$ となることと同値で($e_i$ は $\mathrm{Cl}$ を生成する)、$e_I$ が基底なので、$y_I\ne0$ となる各 $I$ について $s_i(I)=1$(すべての $i$)と同値である。$I=\emptyset$ ならこれは成り立つ。$\emptyset\ne I\ne\{1,\dots,n\}$ なら $i\in I$、$l\notin I$ をとると $s_i(I)=-s_l(I)$ なので成り立たない。$I=\{1,\dots,n\}$ なら $s_i(I)=-(-1)^n$ で、これが $1$ になるのは $n$ が奇数のときである。よって中心は、$n$ が偶数なら $k$、奇数なら $k\oplus k\omega$ である。$\omega^2$ は、2 つ目の $\omega$ の文字を前へ移して $e_ie_i=a_i$ を順に消すと、反交換の回数が $(n-1)+(n-2)+\dots+0=n(n-1)/2$ なので $(-1)^{n(n-1)/2}a_1\cdots a_n$ である。
1 の単純性:$n$ は偶数とする。符号の組 $s(I):=(s_i(I))_i$ は $I$ を決める。実際 $s(I)=s(I')$ なら、$\{i\mid s_i=\pm1\}$ の形から $I'=I$ または $I'$ は $I$ の補集合であり、補集合なら $\lvert I'\rvert=n-\lvert I\rvert$ は $\lvert I\rvert$ と偶奇が等しいので、$i\in I'\setminus I$(あれば)で $s_i(I)=(-1)^{\lvert I\rvert}\ne-(-1)^{\lvert I'\rvert}=s_i(I')$ となって矛盾し、$I'\setminus I=\emptyset$ なら $I=\{1,\dots,n\}$、$I'=\emptyset$ で $s(I)=(-1,\dots,-1)\ne(1,\dots,1)=s(I')$ である。$J\ne0$ を両側イデアルとし、$0$ でない $y\in J$ を、展開で $y_I\ne0$ となる $I$ の個数が最小になるようにとる。そのような $I_0$ を 1 つとり、$y':=e_iye_i^{-1}-s_i(I_0)y\in J$ を考えると、$I_0$ の成分が消えて個数が減るので $y'=0$ である。よって $y$ の成分のある $I$ はすべて $s(I)=s(I_0)$ を満たし、$I=I_0$ である。$y=y_{I_0}e_{I_0}$ は可逆なので $J=\mathrm{Cl}(V,q)$ である。
3:$\mathrm{Cl}^0$ は $e_ie_l$($i< l$)で生成されるので、$y\in\mathrm{Cl}^0$ が $\mathrm{Cl}^0$ の中心にあることは、$\lvert I\rvert$ が偶数の各成分について $s_i(I)s_l(I)=1$(すべての $i\ne l$)と同値である。$\lvert I\rvert$ が偶数なら $s_i(I)$ は $i\notin I$ で $1$、$i\in I$ で $-1$ なので、条件は「すべての $i$ が $I$ に属するか、すべて属さない」、すなわち $I=\emptyset$ または $I=\{1,\dots,n\}$(後者は $n$ が偶数のときだけ偶数個)である。$\square$
$n$ が奇数のとき $\mathrm{Cl}^0(V,q)$ は中心単純環になる。実際、$W:=\operatorname{span}(e_1,\dots,e_{n-1})$ と $e=e_n$ に次の定理を当てると $\mathrm{Cl}^0(V,q)\cong\mathrm{Cl}(W,-a_nq\vert_W)$ であり、$-a_nq\vert_W$ は直交基底 $e_1,\dots,e_{n-1}$ で値 $-a_na_i\ne0$ をとるので非退化、$\dim W=n-1$ は偶数である。$n\ge3$ なら 1 により、$n=1$ なら $\mathrm{Cl}(W,-a_nq\vert_W)=k$ なので、中心単純環である。$n$ が奇数の $\mathrm{Cl}(V,q)$ は、$\omega^2=d^2$($d\in k$)なら中心の冪等元 $\frac12(1\pm d^{-1}\omega)$ によって 2 つの代数の直積に分かれ、$\omega^2$ が $k$ の平方でなければ中心 $k\oplus k\omega\cong k[x]/(x^2-\omega^2)$ は 2 次拡大体である。たとえば $\mathrm{Cl}(\mathbb{R},x^2)\cong\mathbb{R}\times\mathbb{R}$ と $\mathrm{Cl}(\mathbb{R},-x^2)\cong\mathbb{C}$ がその両方の場合である。
$k$ を任意の体とし、$V=W\oplus ke$ で、$e$ は $W$ と直交し($b_q(w,e)=0$)、$a:=q(e)\ne0$ とする。このとき $w\mapsto we$ は代数の同型
$$
\mathrm{Cl}\bigl(W,\,-a\,q|_W\bigr)\xrightarrow{\ \cong\ }\mathrm{Cl}^0(V,q)
$$
を引き起こす。
$w\in W$ について $ew=-we$(直交)なので
$$
(we)^2=wewe=-w^2e^2=-a\,q(w)
$$
である。$we$ は 2 個のベクトルの積なので $\mathrm{Cl}^0(V,q)$ に属する。普遍性により、$w\mapsto we$ を延長する代数の準同型 $\varphi\colon\mathrm{Cl}(W,-aq|_W)\to\mathrm{Cl}^0(V,q)$ がある。
全射:$W$ の基底 $w_1,\dots,w_m$ と $e$ を合わせた $V$ の基底をとる(thm-cl-basis)。$\mathrm{Cl}^0(V,q)$ は $\lvert I\rvert$ が偶数の $e_I$ で張られ、それらは $w_{i_1}\cdots w_{i_{2r}}$ か $w_{i_1}\cdots w_{i_{2r-1}}e$ の形である。$(w_ie)(w_le)=-w_iw_le^2=-a\,w_iw_l$ なので $w_iw_l=-a^{-1}\varphi(w_i)\varphi(w_l)$ は像に属し、偶数個の $w$ の積も像に属する。$w_{i_1}\cdots w_{i_{2r-1}}e=(w_{i_1}\cdots w_{i_{2r-2}})(w_{i_{2r-1}}e)$ も像に属する。
単射:$\dim W=n-1$ なので両辺の次元はどちらも $2^{n-1}$ であり(thm-cl-basis)、全射な線形写像は同型である。$\square$
実の場合に $q=-\lvert\cdot\rvert^2$、$e=e_{n+1}$($a=-1$)とすると $-aq|_W=q|_W$ なので、Spin群 の記事の記号で
$$
\mathrm{Cl}_{n+1}^0\cong\mathrm{Cl}_n
$$
である。とくに $\mathrm{Cl}_2^0\cong\mathrm{Cl}_1\cong\mathbb{C}$、$\mathrm{Cl}_3^0\cong\mathrm{Cl}_2\cong\mathbb{H}$ であり、同じ記事の命題「次数の低い Spin 群」の証明で使われた同型 $\mathrm{Cl}_2^0\cong\mathbb{C}$、$\mathrm{Cl}_3^0\cong\mathbb{H}$ はこの定理からも得られる。
$v^2=q(v)$ と $v^2=-q(v)$ のどちらで定めても、偶部分代数は変わらない。これを、積の符号をひねる操作で示す。
$k$ を任意の体とする。
1:斉次な $x,y,z$ について、$(x\star y)\star z$ と $x\star(y\star z)$ はどちらも $(-1)^{\lvert x\rvert\lvert y\rvert+\lvert x\rvert\lvert z\rvert+\lvert y\rvert\lvert z\rvert}xyz$ に等しい($xy$ の次数は $\lvert x\rvert+\lvert y\rvert$)。よって $\star$ は結合的で、$1$ は単位元のままである。$v\in V$ は次数 $1$ なので $v\star v=-v^2=-q(v)$ であり、普遍性から $\psi(v)=v$ となる代数の準同型 $\psi\colon\mathrm{Cl}(V,-q)\to(\mathrm{Cl}(V,q),\star)$ がある。$\psi(e_{i_1}\cdots e_{i_r})=e_{i_1}\star\cdots\star e_{i_r}=\pm e_I$ なので $\psi$ は全射で、両辺の次元は $2^n$ なので同型である。
2:偶数個の積は偶数個の $\star$ 積に写るので $\psi(\mathrm{Cl}^0(V,-q))=\mathrm{Cl}^0(V,q)$ であり、$x,y$ が偶なら $x\star y=xy$ である。$v_1\star v_2=-v_1v_2$ で、結合律により 2 個ずつまとめると
$$
\psi(v_1\cdots v_{2r})=(v_1\star v_2)\star\cdots\star(v_{2r-1}\star v_{2r})=(-v_1v_2)\cdots(-v_{2r-1}v_{2r})=(-1)^rv_1\cdots v_{2r}
$$
である。
3:長さ $1$ のベクトル $u$ について、$-1=uu$($-\lvert\cdot\rvert^2$ の側)、$-1=u(-u)$($+\lvert\cdot\rvert^2$ の側)であり、$-u$ も長さ $1$ なので、どちらの側でも長さ $1$ のベクトルの偶数個の積の全体は $-1$ 倍で閉じている。2 により $\psi(u_1\cdots u_{2r})=(-1)^ru_1\cdots u_{2r}$ なので、$\psi$ は一方の群を他方の群の上へ写し、偶部分代数の上で積を保つので群の同型である。$\square$
偶数個という条件は外せない。奇数個の積も許した Pin 群は、流儀によって群として異なる。
$n=1$ とする。長さ $1$ のベクトルは $\pm e_1$ だけである。$\mathrm{Cl}(\mathbb{R},-x^2)\cong\mathbb{C}$($e_1\mapsto i$)では、これらの積の全体は $\{\pm1,\pm i\}$ で、位数 $4$ の巡回群である(Spin群 の記事の $\mathrm{Pin}(1)$)。$\mathrm{Cl}(\mathbb{R},+x^2)$ では $e_1^2=1$ なので積の全体は $\{\pm1,\pm e_1\}$ で、すべての元の 2 乗が $1$ になるから巡回群でない。どちらの側でも偶数個の積の全体は $\{\pm1\}$ である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $q$ が非退化(thm-cl-center の 1) | $V=k^2$、$q=0$ | 中心が $k$ であること、単純であること |
| $n$ が偶数(thm-cl-center の 1) | $V=k$、$q=x^2$ | 単純であること |
| $a=q(e)\ne0$(thm-cl-even) | $V=\mathbb{R}^2\oplus\mathbb{R}e$、$q=-x^2-y^2+0\cdot t^2$ | $\mathrm{Cl}^0(V,q)\cong\mathrm{Cl}(W,-aq\vert_W)$ |
| 偶数個の積(prop-cl-sign の 3) | $n=1$ の Pin 群 | 符号の流儀によらないこと |
表の各行は左の列の条件だけを破っている(1・2 行目は標数 $2$ でない体 $k$ で考える)。
1 行目:$\mathrm{Cl}(k^2,0)=\bigwedge k^2$ は $1,e_1,e_2,e_1e_2$ を基底とし、$e_1^2=e_2^2=0$、$e_1e_2=-e_2e_1$ である。$e_1e_2$ は $e_1$ とも $e_2$ とも可換(両側の積が $0$)なので中心は $k$ より大きい。$e_1$ の生成する両側イデアルは $e_1,e_1e_2$ で張られ、$0$ でも全体でもない。
2 行目:$q=x^2$ は $b_q(x,y)=2xy$ なので非退化である。$\mathrm{Cl}(k,x^2)=k[x]/(x^2-1)$ で、$x\mapsto(1,-1)$ により $k\times k$ と同型であり($x^2-1=(x-1)(x+1)$、$1\ne-1$)、$k\times0$ は $0$ でも全体でもない両側イデアルである。
3 行目:$W=\mathbb{R}^2$、$q(e)=0$ で、$e$ は $W$ と直交する。$\mathrm{Cl}^0(V,q)$ は $e_1e_2$ を含み、$(e_1e_2)^2=-e_1^2e_2^2=-1$ である。一方 $\mathrm{Cl}(W,0)=\bigwedge\mathbb{R}^2$ の元 $c+n$($c\in\mathbb{R}$、$n$ は $e_1,e_2,e_1e_2$ の 1 次結合)は $n^2=0$ なので $(c+n)^2=c^2+2cn$ であり、$-1$ にならない。よって両者は同型でない。
4 行目は ex-cl-pin で確かめた。
Clifford 代数の普遍性による定義、テンソル代数の商としての構成、任意の基底について $e_I$ が基底をなすこと(Lemma 20.3)は FH91 §20.1(pp. 301–302)にある。同書は対称双線形形式 $Q$ について $v\cdot v=Q(v,v)$ で定め、符号を逆にする流儀もあることを p. 301 の脚注で述べている。この記事のほかの命題・定理は、引用した記事の定理を除いて記事の中で証明した。
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