Gershgorinの円板定理

同義語:Gershgorin circle theoremGershgorin disk theoremGershgorinの定理ゲルシュゴリンの円板定理

概要

Gershgorinの円板定理(Gershgorin circle theorem)とは、複素正方行列 $A=(a_{ij})$ の固有値がすべて、対角成分 $a_{ii}$ を中心とし、同じ行の非対角成分の絶対値の和を半径とする閉円板の和集合に含まれるという定理である。固有ベクトルの絶対値が最大の成分の行を見ると証明でき、列の和を半径にしてもよい。いくつかの円板の和集合がほかの円板と交わらなければ、そこには円板の個数だけ固有値がある。系として、行について狭義の対角優位な行列は正則であり、既約な行列では、広義の対角優位で少なくとも 1 行が狭義なら正則である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 固有値, 行列式, 三角不等式

Gershgorinの円板定理(Gershgorin circle theorem)とは、複素正方行列 $A=(a_{ij})$ の固有値がすべて、対角成分 $a_{ii}$ を中心とし、同じ行の対角成分以外の成分の絶対値の和 $R_i=\sum_{j\neq i}|a_{ij}|$ を半径とする $n$ 個の閉円板の和集合に含まれる、という定理である。固有値を 1 つも計算せずに、成分を見るだけで固有値のありかを複素平面の中に囲い込める。名前は 1931 年にこれを発表した S. A. Gershgorin による。
この記事では、円板定理を固有ベクトルの最大の成分に注目して証明し、列についての版と、対角行列による相似で円板を小さくする方法を導く。次に、いくつかの円板の和集合がほかの円板と交わらなければ、その和集合にはちょうど円板の個数だけ固有値があることを、Rouchéの定理 の定理「多項式の根の連続性」を使って証明する。最後に、行について狭義の対角優位な行列が正則であること(Levy–Desplanques の定理)と、既約な行列についての Taussky の精密化を証明する。

定義と記号

以下、$n\ge1$ とし、$A=(a_{ij})\in M_n(\mathbb C)$ を複素正方行列とする。$A$ の固有値とは固有多項式 $p_A(z):=\det(zI-A)$ の根のことで、固有値の 重複度 はこの根としての重複度(代数的重複度)を指す。$A$ の固有値の全体を $\sigma(A)$ と書く。$z_0\in\mathbb C$ と $r\ge0$ に対し $\overline D(z_0,r):=\{z\in\mathbb C\mid |z-z_0|\le r\}$ を閉円板とする($r=0$ なら 1 点 $\{z_0\}$)。

Gershgorin 円板

$i=1,\dots,n$ に対し
$$ R_i(A):=\sum_{j\neq i}|a_{ij}|,\qquad D_i(A):=\overline D\bigl(a_{ii},R_i(A)\bigr)=\Bigl\{z\in\mathbb C\ \Big|\ |z-a_{ii}|\le\sum_{j\neq i}|a_{ij}|\Bigr\} $$
とおき、$D_i(A)$ を $A$ の第 $i$ 行の Gershgorin 円板 という。同様に、列の和 $C_j(A):=\sum_{i\neq j}|a_{ij}|$ を半径とする $D'_j(A):=\overline D\bigl(a_{jj},C_j(A)\bigr)$ を第 $j$ 列の Gershgorin 円板という。

$A$ が実行列なら中心はすべて実軸の上にある。$A$ が対角行列なら円板は 1 点 $\{a_{ii}\}$ で、定理はこの場合「固有値は対角成分である」という当たり前の事実になる。非対角成分が小さければ、固有値は対角成分の近くにある、というのが定理の言っていることである。定義は Axl24 5.66(p. 170)、Saa03 Theorem 4.6(p. 120)と同じである。

狭義の対角優位

すべての $i$ で $|a_{ii}|>R_i(A)$ が成り立つとき、$A$ は 行について狭義の対角優位(strictly diagonally dominant by rows)であるという。すべての $j$ で $|a_{jj}|>C_j(A)$ のときは 列について狭義の対角優位 であるという。不等号 $>$ を $\ge$ に替えたものを(広義の)対角優位という。

Saa03 Definition 4.5(p. 119)は列の和で対角優位を定義している。転置をとれば行と列の条件は入れ替わる。

円板定理

Gershgorin の円板定理

$A\in M_n(\mathbb C)$ の固有値はすべて、Gershgorin 円板の和集合に含まれる。
$$ \sigma(A)\subset\bigcup_{i=1}^nD_i(A). $$
より詳しく、$\lambda$ を固有値、$x=(x_1,\dots,x_n)^{\mathsf T}$ をその固有ベクトルとし、$|x_m|=\max_j|x_j|$ となる番号 $m$ をとると、$\lambda\in D_m(A)$ である。

$Ax=\lambda x$、$x\neq0$ とし、$m$ を上のとおりにとる。$x\neq0$ なので $|x_m|>0$ である。$Ax=\lambda x$ の第 $m$ 成分は $\sum_ja_{mj}x_j=\lambda x_m$ であり、$j=m$ の項を左辺へ移すと
$$ (\lambda-a_{mm})\,x_m=\sum_{j\neq m}a_{mj}x_j $$
となる。両辺の絶対値をとり、三角不等式 と $|x_j|\le|x_m|$ を使うと
$$ |\lambda-a_{mm}|\,|x_m|\ \le\ \sum_{j\neq m}|a_{mj}|\,|x_j|\ \le\ \Bigl(\sum_{j\neq m}|a_{mj}|\Bigr)|x_m|=R_m(A)\,|x_m| $$
である。$|x_m|>0$ で割って $|\lambda-a_{mm}|\le R_m(A)$、すなわち $\lambda\in D_m(A)$ を得る。$\square$

証明は Axl24 5.67(p. 171)、Saa03 Theorem 4.6(p. 120)と同じ筋である。固有ベクトルの「いちばん大きな成分」の行だけを見れば、その行の円板に固有値が入る。

列についての円板定理

$A\in M_n(\mathbb C)$ について
$$ \sigma(A)\subset\bigcup_{j=1}^nD'_j(A),\qquad\text{したがって}\qquad\sigma(A)\subset\Bigl(\bigcup_{i=1}^nD_i(A)\Bigr)\cap\Bigl(\bigcup_{j=1}^nD'_j(A)\Bigr) $$
である。

転置 $A^{\mathsf T}$ の $(i,j)$ 成分は $a_{ji}$ なので、$A^{\mathsf T}$ の第 $i$ 行の円板は $A$ の第 $i$ 列の円板 $D'_i(A)$ である。$\det(zI-A^{\mathsf T})=\det\bigl((zI-A)^{\mathsf T}\bigr)=\det(zI-A)$(行列式 は転置で変わらない)なので、$A^{\mathsf T}$ と $A$ の固有値は重複度を込めて一致する。thm-gc-main を $A^{\mathsf T}$ に使えばよい。$\square$

列の版は Axl24 の Exercises 5D の 23(p. 174)にあり、Saa03 p. 120 も転置で得られることを注意している。
固有値は相似な行列で変わらないので、$A$ を相似変換してから円板を描いてもよい。とくに正の対角行列で相似変換すると、各行の半径の配分を変えられる。

対角行列による相似

$p_1,\dots,p_n>0$、$P:=\operatorname{diag}(p_1,\dots,p_n)$ とすると、$A$ の固有値はすべて
$$ \bigcup_{i=1}^n\overline D\Bigl(a_{ii},\ \frac1{p_i}\sum_{j\neq i}|a_{ij}|\,p_j\Bigr) $$
に含まれる。

$P^{-1}AP$ の $(i,j)$ 成分は $p_i^{-1}a_{ij}p_j$ で、対角成分は $a_{ii}$ のままである。$\det(zI-P^{-1}AP)=\det\bigl(P^{-1}(zI-A)P\bigr)=\det(zI-A)$ なので $P^{-1}AP$ と $A$ の固有値は一致し、thm-gc-main を $P^{-1}AP$ に使えばよい。$\square$

円板定理からは、固有値の絶対値の上界もすぐに出る。$\lambda\in D_m(A)$ なら $|\lambda|\le|a_{mm}|+R_m(A)=\sum_j|a_{mj}|$ なので、スペクトル半径 $\rho(A)$ について
$$ \rho(A)\ \le\ \max_{1\le i\le n}\sum_{j=1}^n|a_{ij}| $$
が成り立つ(右辺は行の絶対値の和の最大値)。

円板の連結成分と固有値の個数

円板定理は「どの円板にも固有値がある」とは言っていない。実際、1 つの円板が固有値を 1 つも含まないことがある(下の反例の表)。しかし、いくつかの円板がほかの円板から離れていれば、そこに入っている固有値の個数は円板の個数で決まる。

離れた円板の組の中の固有値の個数

$I\subset\{1,\dots,n\}$ を $k$ 個の番号の集合とし、
$$ S:=\bigcup_{i\in I}D_i(A),\qquad T:=\bigcup_{i\notin I}D_i(A) $$
とおく。$S\cap T=\emptyset$ ならば、$S$ には $A$ の固有値が重複度を込めてちょうど $k$ 個ある($T$ にはちょうど $n-k$ 個ある)。

アイデアは、非対角成分を $0$ から少しずつ戻していくことである。対角行列のときは $S$ の中の固有値はちょうど $k$ 個で、変形の途中で固有値は $S$ と $T$ の間を飛び移れない。

$I=\emptyset$ または $I=\{1,\dots,n\}$ のときは $T=\emptyset$ または $S=\emptyset$ で、thm-gc-main から明らかなので、$1\le k\le n-1$ とする。
変形の族.$t\in[0,1]$ に対し、$A_t$ を対角成分が $a_{ii}$、非対角成分が $ta_{ij}$ の行列とする。$A_0$ は対角行列、$A_1=A$ である。$R_i(A_t)=tR_i(A)\le R_i(A)$ なので $D_i(A_t)\subset D_i(A)$ であり、thm-gc-main により、すべての $t$ で
$$ \sigma(A_t)\subset S\cup T $$
である。$p_t(z):=\det(zI-A_t)$ は $z$ の $n$ 次のモニック多項式で、行列式を成分の多項式として展開すると、その係数は $t$ の多項式であり、とくに $t$ について連続である。$N(t)$ を、$S$ に属する $p_t$ の根の個数(重複度を込める)とする。
$N(0)=k$.$p_0(z)=\prod_i(z-a_{ii})$ である。$i\in I$ なら $a_{ii}\in D_i(A)\subset S$、$i\notin I$ なら $a_{ii}\in T$ で $S\cap T=\emptyset$ なので $a_{ii}\notin S$ である。よって $N(0)=\#I=k$ である。
$N$ は局所的に一定.$S,T$ はどちらも有限個の閉円板の和なのでコンパクトで、交わらないから $d:=\min\{|s-u|\mid s\in S,\ u\in T\}>0$ である。$t_0\in[0,1]$ を固定し、$p_{t_0}$ の相異なる根を $\zeta_1,\dots,\zeta_r$、重複度を $m_1,\dots,m_r$ とする。$0<\varepsilon< d$ を、$l\neq l'$ なら $|\zeta_l-\zeta_{l'}|>2\varepsilon$ となるようにとる。Rouchéの定理 の定理「多項式の根の連続性」と係数の連続性により、$\eta>0$ があって、$|t-t_0|<\eta$ なら $p_t$ は各開円板 $|z-\zeta_l|<\varepsilon$ の中にちょうど $m_l$ 個の根をもち、$p_t$ の根はすべてこれらの円板のどれかに属する。
包含 $\sigma(A_{t_0})\subset S\cup T$ により $\zeta_l\in S$ か $\zeta_l\in T$ のどちらか一方である。$\zeta_l\in S$ のとき、$|z-\zeta_l|<\varepsilon< d$ を満たす $z$ は $T$ に属さないので、この円板の中の $p_t$ の根 $m_l$ 個は、包含 $\sigma(A_t)\subset S\cup T$ により $S$ に属する。同様に $\zeta_l\in T$ なら、その円板の中の根は $T$ に属する。したがって $|t-t_0|<\eta$ のとき
$$ N(t)=\sum_{\zeta_l\in S}m_l=N(t_0) $$
である。
結論.$\{t\in[0,1]\mid N(t)=k\}$ とその補集合はどちらも開集合で、前者は $0$ を含む。区間 $[0,1]$ は連結なので、$N(t)=k$ がすべての $t$ で成り立ち、$t=1$ として主張を得る。$T$ についての主張は、固有値が重複度を込めて $n$ 個あり、包含 $\sigma(A)\subset S\cup T$ からすべて $S\cup T$ に属することから従う。$\square$

この定理は Saa03 p. 120 にも述べられている。

1 つだけ離れた円板
  1. $D_i(A)$ がほかのどの円板とも交わらなければ、$D_i(A)$ には固有値がちょうど 1 つ(重複度 1)ある。
  2. さらに $A$ が実行列なら、その固有値は実数である。
  3. $n$ 個の円板が互いに交わらなければ、$A$ は $n$ 個の相異なる固有値をもち、対角化可能である。

1 は thm-gc-count の $I=\{i\}$ の場合である。2:$A$ が実なら $p_A$ は実係数なので、$\lambda$ が固有値なら $\overline\lambda$ も固有値である。$a_{ii}$ は実数なので $|\overline\lambda-a_{ii}|=|\overline{\lambda-a_{ii}}|=|\lambda-a_{ii}|\le R_i(A)$ で、$\overline\lambda\in D_i(A)$ である。$\lambda\notin\mathbb R$ なら $\lambda\neq\overline\lambda$ が $D_i(A)$ の中の 2 つの固有値になり、1 に反する。3:1 により各円板に固有値が 1 つずつあり、円板が交わらないのでそれらは相異なる。相異なる固有値に属する固有ベクトルは 1 次独立なので(対角化)、$A$ は対角化可能である。$\square$

3 次の行列

$$ A=\begin{pmatrix}5&1&1\\1&0&1\\0&1&-5\end{pmatrix} $$
の行の円板は $D_1=\overline D(5,2)$、$D_2=\overline D(0,2)$、$D_3=\overline D(-5,1)$ で、実軸の上では $[3,7]$、$[-2,2]$、$[-6,-4]$ に当たる。3 つは互いに交わらないので、cor-gc-isolated により $A$ は 3 つの相異なる実の固有値を、各区間に 1 つずつもつ。列の円板は $D'_1=\overline D(5,1)$、$D'_2=\overline D(0,2)$、$D'_3=\overline D(-5,2)$ なので、cor-gc-column と合わせると、両端の固有値はそれぞれ $[4,6]$ と $[-6,-4]$ にある。
真ん中の固有値は、cor-gc-scaling で $P=\operatorname{diag}(\frac12,1,\frac12)$ とるとさらに絞れる。半径は第 1 行が $2\cdot(1\cdot1+1\cdot\frac12)=3$、第 2 行が $1\cdot\frac12+1\cdot\frac12=1$、第 3 行が $2\cdot(0+1\cdot1)=2$ で、円板 $\overline D(5,3)$、$\overline D(0,1)$、$\overline D(-5,2)$ は互いに交わらない(実軸上で $[2,8]$、$[-1,1]$、$[-7,-3]$)。よって真ん中の固有値は $[-1,1]$ にある。
実際、固有多項式は $p_A(z)=z^3-27z-1$ で(トレースが $0$、2 次の主小行列式の和が $-1-25-1=-27$、$\det A=1$)、根は小数第 4 位までで $5.2146$、$-0.0370$、$-5.1775$ である。どれも上で求めた範囲に入っている。

対角優位と正則性

円板定理のいちばんよく使われる帰結は、$0$ がどの円板にも入らなければ $0$ は固有値でなく、行列は正則である、というものである。

Levy–Desplanques の定理

行について狭義の対角優位な $A\in M_n(\mathbb C)$ は正則である。列について狭義の対角優位な行列も正則である。

各 $i$ で $|0-a_{ii}|=|a_{ii}|>R_i(A)$ なので、$0$ はどの $D_i(A)$ にも属さない。thm-gc-main により $0$ は固有値でなく、$\det A=(-1)^np_A(0)\neq0$ である。列の場合は cor-gc-column を使う。$\square$

これは Axl24 の Exercises 5D の 22(p. 174)であり、Saa03 Corollary 4.8(p. 121)の前半でもある。同じ考え方で、Hermite 行列の正定値性も判定できる。

対角優位な Hermite 行列

$A$ を Hermite行列 とし、対角成分がすべて正で、行について狭義の対角優位であるとする。このとき $A$ の固有値はすべて正であり、$A$ は 正定値行列 である。

Hermite 行列の固有値は実数である。固有値 $\lambda$ は、ある $m$ で $D_m(A)$ に属するので、$\lambda\ge a_{mm}-R_m(A)>0$ である。Hermite行列 の定理「ユニタリ対角化できる行列」により、固有ベクトルからなる正規直交基底 $u_1,\dots,u_n$ があり、$Au_l=\lambda_lu_l$ とすると、$0$ でない $x=\sum_lc_lu_l$ について $x^*Ax=\sum_l\lambda_l|c_l|^2>0$ である。$\square$

反例の表にあるとおり、Hermite でない行列では、対角成分が正で狭義の対角優位でも、固有値が実数になるとは限らない。そのときわかるのは、固有値の実部が正であることだけである。

既約な行列と Taussky の定理

広義の対角優位だけでは正則とは限らない($\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$)。しかし、行列の非零成分の並び方が「つながっている」なら、1 つの行で不等号が真になるだけで正則性がいえる。

既約な行列

$n\ge2$ とする。$A\in M_n(\mathbb C)$ に対し、頂点の集合を $\{1,\dots,n\}$ とし、$i\neq j$ かつ $a_{ij}\neq0$ のときに $i$ から $j$ への向きのある辺を引いた有向グラフを $A$ の グラフ という。任意の $i\neq j$ について、このグラフに $i$ から $j$ へ辺の向きに沿って進む道があるとき、$A$ は 既約 であるという。

定義は Saa03 §3.3.4(p. 91)に従った。たとえば三重対角行列で、対角のすぐ上とすぐ下の成分がすべて $0$ でないものは既約である($i\to i\pm1$ の辺をたどればどこへでも行ける)。
証明の中心は、固有ベクトルの絶対値が最大になる成分の集合が、グラフの辺に沿って広がっていく、という次の補題である。

最大の成分の伝播

$Ax=\lambda x$、$x\neq0$ とし、$\max_j|x_j|=1$ となるように $x$ を定数倍して、$M:=\{i\mid |x_i|=1\}$ とおく。$i\in M$ で $|\lambda-a_{ii}|\ge R_i(A)$ なら、$|\lambda-a_{ii}|=R_i(A)$ であり、$a_{ij}\neq0$ となるすべての $j\neq i$ が $M$ に属する。

prf-gc-main と同じ計算により
$$ R_i(A)\ \le\ |\lambda-a_{ii}|\ \le\ \sum_{j\neq i}|a_{ij}|\,|x_j|\ \le\ \sum_{j\neq i}|a_{ij}|=R_i(A) $$
なので、この式の不等号はすべて等号である。いちばん右の不等号が等号であることから $\sum_{j\neq i}|a_{ij}|\,(1-|x_j|)=0$ で、各項は $0$ 以上なので、$a_{ij}\neq0$ なら $|x_j|=1$、すなわち $j\in M$ である。$\square$

Taussky の定理

$n\ge2$ とし、$A\in M_n(\mathbb C)$ を既約とする。$A$ の固有値 $\lambda$ が和集合 $G:=\bigcup_iD_i(A)$ の境界に属するなら、$\lambda$ はすべての円板の境界に属する。すなわち、すべての $i$ で $|\lambda-a_{ii}|=R_i(A)$ である。

$x$ と $M$ を lem-gc-propagate のとおりにとる。$i\in M$ なら、thm-gc-main の証明により $\lambda\in D_i(A)$ である。もし $|\lambda-a_{ii}|< R_i(A)$ なら、$\lambda$ の近くの点はすべて $D_i(A)\subset G$ に属し、$\lambda$ は $G$ の内点になって仮定に反する。よって $i\in M$ なら $|\lambda-a_{ii}|\ge R_i(A)$ であり、補題により $|\lambda-a_{ii}|=R_i(A)$ で、$i$ から辺の出ている先はすべて $M$ に属する。
$i_0\in M$ をとる。任意の $j\neq i_0$ について、既約性から道 $i_0\to i_1\to\cdots\to i_s=j$ がある。各辺は $a_{i_{r-1}i_r}\neq0$ を意味するので、いま示したことを $r=1,\dots,s$ の順に使うと $i_1,\dots,i_s\in M$ である。よって $M=\{1,\dots,n\}$ であり、すべての $i$ で $|\lambda-a_{ii}|=R_i(A)$ である。$\square$

定理と証明の筋は Saa03 Theorem 4.7(pp. 120–121)による。

既約な対角優位行列の正則性

$n\ge2$ とし、$A$ が既約で、すべての $i$ で $|a_{ii}|\ge R_i(A)$、かつ少なくとも 1 つの $i$ で $|a_{ii}|>R_i(A)$ であるとする。このとき $A$ は正則である。

$A$ が正則でないとすると $0$ は固有値なので、$Ax=0$ となる $x\neq0$ をとり、lem-gc-propagate のように $M$ を定める。仮定からすべての $i$ で $|0-a_{ii}|\ge R_i(A)$ なので、補題は $\lambda=0$ とどの $i\in M$ にも使える。prf-gc-taussky の後半と同じく、既約性から $M=\{1,\dots,n\}$ となり、すべての $i$ で $|a_{ii}|=R_i(A)$ である。これは $|a_{ii}|>R_i(A)$ となる $i$ があることに反する。$\square$

これは Saa03 Corollary 4.8(p. 121)の後半(列の和についての主張)を転置した形である。$A$ のグラフの辺の向きをすべて逆にしたものが $A^{\mathsf T}$ のグラフなので、$A$ が既約であることと $A^{\mathsf T}$ が既約であることは同値である。上の証明では、$0$ が $G$ の境界にあるかどうかを調べずに、補題を直接使った。$0$ がすべての円板の境界の円周の上にあっても、$0$ が和集合 $G$ の内点になることはありうる(中心 $1,\,i,\,-1,\,-i$、半径 $1$ の 4 つの円板は $0$ の近くをすべて覆う)。

例と反例

三重対角行列

$n\ge2$ について、対角成分が $2$、そのすぐ上とすぐ下が $-1$、ほかが $0$ の $n$ 次の行列 $T_n$ を考える(区間の上の 2 階微分を差分で近似すると現れる)。第 $1$ 行と第 $n$ 行では $|2|>1$、ほかの行では $|2|=|-1|+|-1|$ で、広義の対角優位であり、狭義の不等号は端の 2 行だけで成り立つ。$T_n$ は既約なので、cor-gc-irreducible-dominant により正則である。さらに $T_n$ は実対称で、円板はすべて $[0,4]$ に含まれるので固有値は $[0,4]$ にあり、$0$ は固有値でないから固有値はすべて正で、$T_n$ は正定値である。実際 $T_n$ の固有値は $2-2\cos\frac{k\pi}{n+1}$($k=1,\dots,n$)で、どれも開区間 $(0,4)$ に入る($\theta:=\frac{k\pi}{n+1}$ とおくと、第 $j$ 成分が $\sin j\theta$ のベクトルが固有ベクトルである。$\sin0=\sin(n+1)\theta=0$ に注意すると、各行の式は $-\sin(j-1)\theta+2\sin j\theta-\sin(j+1)\theta=(2-2\cos\theta)\sin j\theta$ に帰着する)。

次の表の各行は、左の列の条件だけを外し、ほかの仮定は満たしている。

外す条件反例成り立たなくなること
thm-gc-count の、円板の組がほかの円板と交わらないこと$A=\begin{pmatrix}0&1\\4&0\end{pmatrix}$、$I=\{1\}$固有値は $\pm2$ で、$D_1=\overline D(0,1)$ には固有値が 1 つもない($D_1\subset D_2=\overline D(0,4)$)
cor-gc-levy の不等号が狭義であること$\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$$\det=0$ で正則でない
cor-gc-irreducible-dominant の既約性$\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$第 1 行は狭義、第 2 行は $0\ge0$ で広義の対角優位だが、正則でない
cor-gc-irreducible-dominant の、狭義の行が少なくとも 1 つあること$\begin{pmatrix}1&-1\\-1&1\end{pmatrix}$既約で、どの行も等号の対角優位だが、$\det=0$
cor-gc-hermitian の、$A$ が Hermite であること$\begin{pmatrix}1&\frac12\\-\frac12&1\end{pmatrix}$対角成分が正で狭義の対角優位だが、固有値 $1\pm\frac i2$ は実数でない
反例の確認

各行で破れている条件と、成り立たなくなることを確かめる。

各行の確認を開く

1 行目:固有多項式は $z^2-4$ である。$D_1=\overline D(0,1)$ と $D_2=\overline D(0,4)$ は交わる($D_1\subset D_2$)ので、thm-gc-count の仮定 $S\cap T=\emptyset$ が成り立たない。和集合 $D_2$ は 2 つの固有値を含み、thm-gc-main とは矛盾しない。$P=\operatorname{diag}(1,2)$ で cor-gc-scaling を使うと、$P^{-1}AP=\begin{pmatrix}0&2\\2&0\end{pmatrix}$ の円板は 2 つとも $\overline D(0,2)$ になり、固有値 $\pm2$ はその境界の上にある。

2 行目:各行で $|1|=|1|$ なので広義の対角優位だが、狭義ではない。固有値は $0,2$ で、$0$ は円板 $\overline D(1,1)$ の境界の上にある。この行列は既約でもあるが、狭義の行がないので cor-gc-irreducible-dominant も使えない。

3 行目:非対角成分がすべて $0$ なので、グラフには辺がなく既約でない。第 2 行の円板は $\{0\}$ で、固有値 $0$ はそこに入る。

4 行目:グラフには $1\to2$ と $2\to1$ の辺があり既約である。固有値は $0,2$ で、$x=(1,1)^{\mathsf T}$ が $Ax=0$ を満たす。thm-gc-taussky のとおり、$0$ は 2 つの円板 $\overline D(1,1)$ のどちらの境界の上にもある。

5 行目:$A^*=\begin{pmatrix}1&-\frac12\\\frac12&1\end{pmatrix}\neq A$ である。固有多項式は $(z-1)^2+\frac14$ で、固有値 $1\pm\frac i2$ は円板 $\overline D(1,\frac12)$ の境界の上にあり、実部は正である。

円板の半径は行の非対角成分の絶対値だけで決まり、成分の符号や行列の構造は見ないので、評価が粗いこともある。ex-gc-tridiagonal では円板から $[0,4]$ しかわからないが、最小の固有値は $2-2\cos\frac{\pi}{n+1}$ で、$n$ が大きいと $0$ にきわめて近い。それでも、成分の大きさだけから計算なしに結論が出るので、反復法の収束の判定(数値線形代数)、行列の正則性の確認、固有値の数値計算の初期値の見積もりなどで広く使われる。Hermite 行列の固有値の動きをもっと精密に追うには、Weylの不等式(固有値) や 固有値の交錯定理 を使う。

関連項目

参考文献

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