円周上の4点の複比(cross-ratio of four points on a circle)とは、円周上の相異なる 4 点 $A,B,C,D$ を、それらと異なる円周上の点 $P$ から見た 4 本の直線 $PA,PB,PC,PD$ の複比である。1 点を通る 4 本の直線の複比は、向きのベクトルの符号付き面積 $D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)=u_1v_2-u_2v_1$ の比で定まり、向きのベクトルの選び方によらない。円周上の 4 点では、この値は $P$ によらず、4 点を複素数とみたときの複比に等しい。これは円周角の定理の言い換えである。楕円でも、楕円の上の点から見た複比は見る点によらない。円周上にない点から見ると、この性質は崩れる。
円周角の定理によれば、円周上の 2 点 $A,B$ を、同じ弧の上の点 $P$ から見込む角 $\angle APB$ は、$P$ の位置によらない(円周角の定理(高校数学))。では、円周上の 4 点 $A,B,C,D$ を円周上の点 $P$ から見て、4 本の直線 $PA,PB,PC,PD$ を引くとどうなるか。4 本の直線の向きは $P$ とともに変わるが、4 本の直線から作る 複比 という量は $P$ によらない。これは円周角の定理の言い換えである。この記事では次の問いに答える。
| 高校の計算・定理 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| 三角形の面積 $\dfrac12\lvert x_1y_2-x_2y_1\rvert$ | 符号付き面積 $D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)$ | 2 次の行列式 |
| 円周角の定理 | 円周上の 4 点の複比 | 2 次曲線の上の複比 |
| 楕円を縦方向に拡大・縮小して円にする | 符号付き面積がそろって同じ数倍になる | 1 次変換の行列式(面積の拡大率) |
道具として、ベクトルの 符号付き面積 を使う。平面ベクトル $\boldsymbol u=(u_1,u_2)$、$\boldsymbol v=(v_1,v_2)$ に対して
$$
D(\boldsymbol u,\boldsymbol v):=u_1v_2-u_2v_1
$$
とおく。$\lvert D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)\rvert$ は $\boldsymbol u$、$\boldsymbol v$ の張る平行四辺形の面積であり、三角形の面積の公式 $S=\dfrac12\lvert x_1y_2-x_2y_1\rvert$ の絶対値の中身である(三角形の面積の公式、1次変換と行列式:面積の拡大率)。$D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)=0$ は $\boldsymbol u$ と $\boldsymbol v$ が平行(どちらかが $\vec0$ の場合を含む)であることと同値である。成分で展開すると、$D(\alpha\boldsymbol u,\gamma\boldsymbol v)=\alpha\gamma D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)$($\alpha,\gamma$ は実数)が確かめられる。
点 $O$ を通る相異なる 4 本の直線の向きのベクトル $\boldsymbol a,\boldsymbol b,\boldsymbol c,\boldsymbol d$(どれも $\vec0$ でない)を 1 つずつ選んで
$$
[\boldsymbol a,\boldsymbol b;\boldsymbol c,\boldsymbol d]:=\frac{D(\boldsymbol a,\boldsymbol c)\,D(\boldsymbol b,\boldsymbol d)}{D(\boldsymbol a,\boldsymbol d)\,D(\boldsymbol b,\boldsymbol c)}
$$
とおき、これを 4 本の直線の複比 という。4 本の直線が相異なるので、どの 2 つの向きのベクトルも平行でなく、分母は $0$ でない。
この値は、向きのベクトルの選び方によらない。実際、$\boldsymbol a$ を $0$ でない実数倍 $\alpha\boldsymbol a$ に取り替えると、計算規則 $D(\alpha\boldsymbol u,\boldsymbol v)=\alpha D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)$ により、分子の $D(\boldsymbol a,\boldsymbol c)$ と分母の $D(\boldsymbol a,\boldsymbol d)$ がともに $\alpha$ 倍になり、約分される。$\boldsymbol b,\boldsymbol c,\boldsymbol d$ を取り替えても同じである。したがって複比は 4 本の 直線 だけで決まる。4 本の直線を、$O$ を通らない直線で切ってできる 4 つの交点の複比は、この値に等しい(射影変換と複比)。
円周上の 4 点 $A,B,C,D$ を円周上の点 $P$ から見るときは、直線 $PA$ の向きのベクトルとして $A-P$ をとる(点は原点からの位置ベクトルとみる)。4 本の直線の複比は $[A-P,\ B-P;\ C-P,\ D-P]$ である。
円 $x^2+y^2=25$ の上の $A=(5,0)$、$B=(0,5)$、$C=(-5,0)$、$D=(3,-4)$ を考える(図 1)。
(1) $P=(4,3)$ から見る。$A-P=(1,-3)$、$B-P=(-4,2)$、$C-P=(-9,-3)$、$D-P=(-1,-7)$ で、$D(A-P,C-P)=1\cdot(-3)-(-3)(-9)=-30$、$D(B-P,D-P)=(-4)(-7)-2\cdot(-1)=30$、$D(A-P,D-P)=1\cdot(-7)-(-3)(-1)=-10$、$D(B-P,C-P)=(-4)(-3)-2\cdot(-9)=30$ である。複比は $\dfrac{(-30)\cdot30}{(-10)\cdot30}=3$ である。
(2) $P'=(-4,-3)$ から見る。$A-P'=(9,3)$、$B-P'=(4,8)$、$C-P'=(-1,3)$、$D-P'=(7,-1)$ で、$D(A-P',C-P')=27+3=30$、$D(B-P',D-P')=-4-56=-60$、$D(A-P',D-P')=-9-21=-30$、$D(B-P',C-P')=12+8=20$ である。複比は $\dfrac{30\cdot(-60)}{(-30)\cdot20}=3$ で、(1) と同じである。
(3) 複素数の複比は、$z_A=5$、$z_B=5i$、$z_C=-5$、$z_D=3-4i$ から
$$
\frac{(5+5)(5i-3+4i)}{(5-3+4i)(5i+5)}=\frac{-30+90i}{(2+4i)(5+5i)}=\frac{-30+90i}{-10+30i}=3
$$
で、やはり $3$ である。
円 x² + y² = 25 の上の 4 点 A, B, C, D を、円周上の P(4, 3)(左)と P′(−4, −3)(右)から見た 4 本の直線。どちらから見ても、4 本の直線の複比は 3 である
図 1 の左と右では、4 本の直線の向きが違う。それでも複比は同じ $3$ になった。これが一般に成り立つことを示す。
半径 $r$ の円の上に、相異なる 4 点 $A,B,C,D$ と、それらと異なる点 $P$ をとる。座標は円の中心を原点にとる(平行移動しても、差 $X-P$ も複素数の差も変わらないので、こうしてよい)。4 本の直線 $PA,PB,PC,PD$ の複比
$$
[A-P,\ B-P;\ C-P,\ D-P]=\frac{D(A-P,\,C-P)\,D(B-P,\,D-P)}{D(A-P,\,D-P)\,D(B-P,\,C-P)}
$$
は $P$ によらない。さらに、各点を複素数 $z_A,z_B,z_C,z_D$ とみると、この値は 円周角の定理(高校数学) の複比 $(z_A,z_B;z_C,z_D)=\dfrac{(z_A-z_C)(z_B-z_D)}{(z_A-z_D)(z_B-z_C)}$ に等しい。
方針:円周上の点を「偏角の半分」$x$ を使って $r(\cos2x,\sin2x)$ と表す。和積の公式で $X-P$ を「数×長さ $1$ のベクトル」の形にすると、符号付き面積から $P$ が消える。
段 1(表し方)。円周上の点は、偏角 $\theta$ を使って $r(\cos\theta,\sin\theta)$ と書ける。$\theta=2x$ とおいて、$A,B,C,D,P$ を $r(\cos2a,\sin2a)$、$r(\cos2b,\sin2b)$、$r(\cos2c,\sin2c)$、$r(\cos2d,\sin2d)$、$r(\cos2p,\sin2p)$ と書く。$A\ne P$ なので $2a-2p$ は $360^\circ$ の整数倍でなく、$a-p$ は $180^\circ$ の整数倍でない。よって $\sin(a-p)\ne0$ である。$b,c,d$ も同じである。
段 2(和積の公式)。和積の公式(加法定理から積和・和積・合成・正接の公式を導く)により
$$
\cos2x-\cos2p=-2\sin(x+p)\sin(x-p),\qquad \sin2x-\sin2p=2\cos(x+p)\sin(x-p)
$$
なので、円周上の点 $X=r(\cos2x,\sin2x)$ について
$$
X-P=2r\sin(x-p)\,\boldsymbol e_x,\qquad \boldsymbol e_x:=\bigl(-\sin(x+p),\ \cos(x+p)\bigr)
$$
である。
段 3($P$ が消える)。def-crc-lines の後の段落で見たとおり、4 本の直線の複比は向きのベクトルを $0$ でない数倍に取り替えても変わらないので、$A-P$ などを $\boldsymbol e_a$ などに取り替えてよい。加法定理により
$$
D(\boldsymbol e_a,\boldsymbol e_c)=-\sin(a+p)\cos(c+p)+\cos(a+p)\sin(c+p)=\sin\bigl((c+p)-(a+p)\bigr)=\sin(c-a)
$$
である。$p$ が消えた。同じく $D(\boldsymbol e_b,\boldsymbol e_d)=\sin(d-b)$、$D(\boldsymbol e_a,\boldsymbol e_d)=\sin(d-a)$、$D(\boldsymbol e_b,\boldsymbol e_c)=\sin(c-b)$ である。
段 4(値)。よって
$$
[A-P,\ B-P;\ C-P,\ D-P]=\frac{\sin(c-a)\sin(d-b)}{\sin(d-a)\sin(c-b)}
$$
で、右辺は $P$ を含まない。分母は、$A\ne D$、$B\ne C$ から段 1 と同じ理由で $0$ でない。
段 5(複素数の複比)。$w(\theta):=\cos\theta+i\sin\theta$ と書くと、$z_X=r\,w(2x)$ である。段 2 と同じ和積の公式で
$$
z_A-z_C=r(\cos2a-\cos2c)+ir(\sin2a-\sin2c)=2ir\sin(a-c)\,w(a+c)
$$
である(右辺を展開すると $-2r\sin(a-c)\sin(a+c)+2ir\sin(a-c)\cos(a+c)$ で、左辺に一致する)。$w(\theta)w(\varphi)=w(\theta+\varphi)$(複素数の掛け算は回転と拡大)なので、複比の分子は $(2ir)^2\sin(a-c)\sin(b-d)\,w(a+b+c+d)$、分母は $(2ir)^2\sin(a-d)\sin(b-c)\,w(a+b+c+d)$ で、比は $\dfrac{\sin(a-c)\sin(b-d)}{\sin(a-d)\sin(b-c)}$ である。分子と分母の 2 つの正弦をどちらも符号を変えて書くと、段 4 の右辺に一致する。$\square$
prop-crc-circle により、円周上の 4 点の複比を「円周上の別の点から見た 4 本の直線の複比」として定められる。円周角の定理(高校数学) で「Steiner の定理」として予告した性質のうち、円の場合がこれである。楕円でも同じことが言える。
楕円 $\dfrac{x^2}{\alpha^2}+\dfrac{y^2}{\beta^2}=1$($\alpha,\beta>0$)の上の相異なる 4 点 $A,B,C,D$ を、楕円の上のそれらと異なる点 $P$ から見た 4 本の直線の複比は、$P$ によらない。
方針:楕円を円に移す写像で、符号付き面積がそろって同じ数倍になることを使う。
段 1(写像)。$\varphi(x,y)=\left(x,\dfrac\alpha\beta y\right)$ とおくと、楕円の上の点は円 $x^2+y^2=\alpha^2$ の上の点に移る($x^2+\left(\dfrac\alpha\beta y\right)^2=\alpha^2\left(\dfrac{x^2}{\alpha^2}+\dfrac{y^2}{\beta^2}\right)=\alpha^2$)。$\varphi$ は 1 対 1 で、ベクトルの差を保つ:$\varphi(X)-\varphi(P)=\varphi(X-P)$。
段 2(符号付き面積)。$\boldsymbol u=(u_1,u_2)$、$\boldsymbol v=(v_1,v_2)$ について $D(\varphi(\boldsymbol u),\varphi(\boldsymbol v))=u_1\cdot\dfrac\alpha\beta v_2-\dfrac\alpha\beta u_2\cdot v_1=\dfrac\alpha\beta D(\boldsymbol u,\boldsymbol v)$ である。複比の分子と分母はどちらも $D$ を 2 つ掛けたものなので、$\left(\dfrac\alpha\beta\right)^2$ が約分され、$P$ から見た複比は、$\varphi(P)$ から $\varphi(A),\dots,\varphi(D)$ を見た複比に等しい。
段 3(結論)。prop-crc-circle により、後者は円周上の点 $\varphi(P)$ によらない。よって前者も $P$ によらない。$\square$
ex-crc-circle の 4 点の $y$ 座標を $\dfrac35$ 倍すると、楕円 $\dfrac{x^2}{25}+\dfrac{y^2}9=1$ の上の $A=(5,0)$、$B=(0,3)$、$C=(-5,0)$、$D=\left(3,-\dfrac{12}5\right)$ になる。$P=\left(4,\dfrac95\right)$ から見ると、$A-P=\left(1,-\dfrac95\right)$、$B-P=\left(-4,\dfrac65\right)$、$C-P=\left(-9,-\dfrac95\right)$、$D-P=\left(-1,-\dfrac{21}5\right)$ で、$D(A-P,C-P)=-\dfrac95-\dfrac{81}5=-18$、$D(B-P,D-P)=\dfrac{84}5+\dfrac65=18$、$D(A-P,D-P)=-\dfrac{21}5-\dfrac95=-6$、$D(B-P,C-P)=\dfrac{36}5+\dfrac{54}5=18$ である。複比は $\dfrac{(-18)\cdot18}{(-6)\cdot18}=3$ で、円の場合と同じである(符号付き面積はすべて円の場合の $\dfrac35$ 倍)。
放物線と双曲線でも、4 点を曲線の上の点から見た複比は見る点によらない。ここでは証明しない。一般の 2 次曲線は、「透視を座標で書くと 1 次分数関数になる」こと(射影変換と複比)の平面版にあたる「平面の射影変換」で円に移せることが要点である(2次曲線と2次形式、Pascalの定理)。
| 外した仮定 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 見る点 $P$ が円周上にある | 4 本の直線の複比が $P$ によらない | ex-crc-off-circle |
ex-crc-circle の 4 点を、円の内部の点 $P=(1,1)$ から見る。$A-P=(4,-1)$、$B-P=(-1,4)$、$C-P=(-6,-1)$、$D-P=(2,-5)$ で、$D(A-P,C-P)=-4-6=-10$、$D(B-P,D-P)=5-8=-3$、$D(A-P,D-P)=-20+2=-18$、$D(B-P,C-P)=1+24=25$ である。複比は $\dfrac{(-10)(-3)}{(-18)\cdot25}=-\dfrac1{15}$ で、円周上から見た値 $3$ と異なる。
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