全有界(Totally bounded)とは、距離空間や一様空間において定義される有界性よりも強い概念であり、任意の正の誤差(半径)に対して空間全体を有限個の開球で被覆できるという性質を指す。プレコンパクト(Precompact)とも呼ばれるこの性質は、空間が「有限個の点で任意の精度で近似できる」ことを意味し、完備性と組み合わせることでコンパクト性と同値になるという重要な役割(一般化されたHeine-Borelの定理)を持つ。
距離空間 $(X, d)$ が全有界(ぜんゆうかい、totally bounded)であるとは、任意の $\epsilon > 0$ に対して、有限個の点 $\{x_1, x_2, \dots, x_n\} \subseteq X$ が存在し、それらを中心とする半径 $\epsilon$ の開球の和集合が $X$ 全体を覆うことをいう。
任意の $\epsilon > 0$ に対し、ある有限集合 $F \subseteq X$ が存在して以下を満たす。
$$X \subseteq \bigcup_{x \in F} B(x, \epsilon)$$
このとき、$F$ を $X$ の $\epsilon$-網($\epsilon$-net)と呼ぶ。
すなわち、全有界な空間とは「どんなに細かい精度 $\epsilon$ を要求しても、有限個の点($\epsilon$-網)を使えば、空間内のすべての点をその $\epsilon$-近傍で近似できる」ような空間のことである。
「有界(Bounded)」と「全有界(Totally bounded)」は、有限次元のEuclid空間では一致するが、無限次元空間や一般の距離空間では明確に区別される。
イメージとしては、有界が「巨大な箱に押し込められる」状態であるのに対し、全有界は「画素(ピクセル)のサイズをどれだけ小さくしても、有限個の画素で全体を描画できる」状態に近い。
全有界性が解析学において中心的な位置を占める理由は、それがコンパクト性の必要条件であり、完備性を加えることで十分条件にもなるからである。これは実数における「有界閉区間はコンパクト」という事実の究極的な一般化である。
この定理により、「全有界だが完備ではない空間」の完備化をとるとコンパクト空間になることがわかる。このため、全有界性はプレコンパクト(Precompact)とも呼ばれる。
全有界な空間は、単なる有界空間よりも強い構造的制約を持つ。
全有界性が「有界性」よりも真に強い条件であることを示す例として、無限集合上の離散距離や無限次元空間が挙げられる。
一方で、無限次元の状況では「有界だが全有界ではない」空間が自然に現れる。
無限集合上の離散距離空間
無限集合 $X$ に離散距離 $d(x, y) = 1 \, (x \neq y)$ を入れる。
Hilbert空間の単位球
無限次元Hilbert空間 $H$ における単位球 $B = \{x \in H \mid \|x\| \le 1\}$。
正規直交基底 $\{e_n\}$ を考えると、$\|e_n - e_m\| = \sqrt{2}$ ($n \neq m$) である。
$\epsilon < \sqrt{2}/2$ の球で被覆しようとすると、各球は高々1つの $e_n$ しか含めないため、無限個の球が必要となる。よって全有界ではない(したがってコンパクトでもない)。